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夜のなので,湿っぽく。するめ片手に焼酎など飲みながら。 (ウソです。)この日記を始める前,ブログのなんたるかもよくわからなかった頃,迷い込んだことのある男のこのおうち。血気盛んな若い男のコらしく,世界とセックスと女をテーマに, ほんの3日分ぐらいの短い散文を書いていた。私はそれらを読んで,あちゃ~★ と思う。彼には「忘れらない女」がいるそうだ。すでに新しく付き合ってる彼女もいる。その新しい子に惹かれたから,元の彼女にも別れを告げた。そんなこんなな自分に戸惑いながら,世界で起こっている不祥事や不正義にも憤りを感じて,モノ申したい。新しい彼女とうまくいっており,その子にすでにめろめろなのに,自分からフッた元カノにも未練たっぷりだと。そして後日書き進めて,男なら誰でも一人はそういう「女」がいるはずだと言っていた。なんだか身につまされるような,どこかで聞いたことあるような話だねぇ・・・。 (* ̄m ̄) ププ彼のサイトへの道順は,カナダのPCにおいてきてしまったので,日本にいる間は遊びに行けない。今ごろはもう,すっきりさっぱりして,新しい恋人と酒と愛欲の日々を過ごしているのかもしれない。いいなぁ,私も誰かの忘れられらない女になってみたいなぁ。 (ΦωΦ) ブブッ数日前空港に向かう電車の中で,偶然立った人の前で,ふと気がつく。あれ,このおじ様,見たことある・・・。 (・_・?) ハテ?嗚呼,これがかつて恋焦がれたあのおじ様Vさん!? アオーン(~○~;)(;~○~)アオーンンなわけないのだ。おじ様に恋したことはないのだ。 次の瞬間に,彼が,昔参加していたヒッポファミリークラブという言語クラブの元仲間と気付く。彼自身と彼の奥さんのニックネームまで即座に浮かんだ。でも,かつて「ファミリー」と呼ばれるその集いで見ていた時は,いつも同じトレーナーを着ていたので,その日のピンクのストライプのシャツの襟元から覗く,バーガンディーのスカーフという彼のオサレないでたちに,ややぴんと来ない感じが残る。ユニフォーム化された衣服を脱ぐと,人って随分違って見えるから。それに,いざ声をかけてみようと思うと,違う人だったらハズカシイしなぁ,もうヒッポやめてから4~5年ぐらい経ってるしなぁと,彼のことに気付いてから空港につくまでの時間をかえってモンモンと悩むハメに。 (* ̄∇ ̄*)エヘヘそうして観察していたらば,別の方向に立っていた,若くてかわいい女の子に見惚れていることにも気付いてしまったのだ。 壁│・m・) プ (奥さんには内緒にしといてあげるよん★)お邪魔をしては申し訳ないと,ますます声はかけられなくなる。 気をひこうと思って,ワザとお茶なんか落としつつ「あっ!」なんて言ってみるが,見向きもされない。 (≧∇≦)ぶぁっはっはっ!!電車を降り,エスカレーターに前後して乗ったところで,彼が気付いてくれた。彼: 「あれっ!?」海: にぱっ!!(満面の笑み) 「・・・ですよね!? 話しかけようと思ったんだけど,違う人だったらどうしようと思って声かけられなかったんですよ~。 〇×(彼のニックネーム)でしょ?!」彼: 「おお,ええ~と。」海: 「海です。 覚えてます?」彼: 「おお,覚えてるよ!」きゃ~!! ヽ(^◇^*)/ ワーイ 嬉しいんですけどぉ! o(・∇・o)(o・∇・)o ヤッタ!誰かに覚えててもらうのって,嬉しいねぇ。 うふふ。海は,一度仲良くなっちゃった☆ (*^ ^* )ウヒッ と思う人達は,向こうがころっと忘れてても,けっこうし~っかり覚えてますヨ♪名前はころっと忘れるけれどね・・・。 (-。-)ボソッって,違う違う,海も,メスとして,誰かに覚えててもらいたいって話しだったんだ! ダメかな? 別の意味でなら,かろうじて覚えててもらえるかな? 「(≧ロ≦) アイヤー
2005.02.28
薬も困るけど,市販されてる食べ物も困るんだよね,ホント。食べないわけにはいかないし,食べるのならいいものをと思っても,平気でラベル詐欺が行われてたりするから,どこまで信じていいのかわからないし。愛を込めて育てられた野菜,それを使ってさらに愛を込めて作られた料理って,手の込んだことをしなくてもそれだけで,オーラの精度が高い,ものすごくパワーのみなぎるご馳走になる。でも忙しさにまぎれていると,自分で野菜なんて作れないし,料理だっておろそかになりがち。ついつい外食や,買い食いになりがちなとき,「医食同源」をなるたけ思い出すようにしている。一時期,中華料理には大量のMSGが入っていると大騒ぎになっていたが,これは日本の調味料では,味の素。詳しい症状は忘れたが,たしかむくんだり痺れが出たりする。それから私はアスパルテームなどの人工甘味料を取ると,とたんにムカムカしたり,お腹がごろごろしたりする。辛党かつ甘党の両党使いで,今時の小学生は見向きもしないような駄菓子屋さんでうきうきしちゃうので,ほっておいたら大変なことになる。 (* ̄m ̄) ププッだから,自ら気を引き締めて,購入前には原材料や添加物の内容を目を凝らして読む。牛乳は滅多に飲まなくなったが,以前たまたま買った3・7以上の特農牛乳について,おいしいじゃん♪と飲んだ直後にコワイ話を読んだ。通常自然界ではそんな濃い牛乳はつくられるわけがなくて,人為的にホルモン投与をされての濃度だと。 それは実は普通の牛達にもとっくの昔から行われていることで,だから(めちゃくちゃはしょっているが)最近の子達の発育が目覚しいと。 以前から言われているカップラーメンの害も,もう耳に新しいものではないだろうね。カップ麺の容器とフタからは,それぞれ熱湯を注ぐことで,高濃度のフタル酸エステルが溶出され,それは多摩川の688倍もの環境ホルモン汚染度だそうだよ。多摩川のオスの鯉は,3匹に1匹の割合で精巣がひも状にちぢんでるんだって。オスとしての生殖機能がなくなってるてことね。それからね,缶詰製品からも,ビスフェノールAというエストロゲン様物質が溶出してる。これは乳がんにつながる。コーン,グリーンピース,ミックスベジタブルなんていう普段お手軽に使ってるであろう缶詰めに,乳がん細胞を増殖させる科学物質が含まれてるんだよ。缶飲料からも,高濃度のビスフェノールAが検出されてる。これは,多摩川の194倍だって。特に暖められてる缶詰め飲料に顕著なよう。これは業界が知っていて,数年前から少しずつ缶の切り替え作戦にも出ている。私がこれらの事実を知った数年前は,見てまわったコンビニや自販機などでもまだ従来の缶が9割だったのが,最近,底が白い缶が増え出した。そう,底が白く塗ってある缶ならば,エポキシ缶コーティングをしてないので,ビスフェノールAの溶出はないのだそうだ。「昔ながらの瓶詰めや,陶磁器に入っているのが一番安心。」それはそうだろうねぇ・・・。「どうしても缶詰を使う場合は,なるべく新容器に入っているものを使いましょう。」 はぁ,サイでっか。 ( -_-)ノ ---===≡≡≡ 卍でもさぁ・・・。生活の利便性を追うばかりで,何にもかえ難いはずの命を,はぐくむどころか削る食材を選ばなきゃならない,今の世の中ってどうなの? ┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~ 食材は新鮮で土や海から直接取れたものを,自分で好きに調理して,だ~い好きな家族と一緒にほこほこ食べる,っていうのが一番だよね☆ たとえ料理が苦手でも,台所を握るお母さん(あるいはお父さん)がそのことを知っていて,子供達に伝えて欲しい。そうでなかったら,こういうことを聞きかじった子供達が,お母さんやお父さんと一緒に「食べる」ことを病気予防という視野も含めて探検して欲しい。そしたらきっと,簡単に人を傷付けたり殺したり,そんなことをする人間も育たなくなると思う。「医食同源」は,「家族人類愛同源」とも通じると思うよん♪ __☆~~ヽ(・_^)ゝ
2005.02.27
え? 違うよ,誰かのことをブスだって言ってるんじゃないよ?そう言う名前のお薬があるのだよ。ブスコパンA錠, ¥1200なり。胃痛,腹痛用の鎮痛剤。例の胃痛を抱えたまま,また南国(今度はアメリカ領)に呼ばれたのに,飛行機に乗った直後,急遽私だけ行き先変更になって降ろされ,西海岸へ行くことになった。しかも,そこにはこんな胃痛のときには一緒に飛ぶのはしんどい,イヤ汁(「負け犬の遠吠え」と言う本を参照されたし。)垂れ流しのR譲が・・・。 (イヤ,悪い人ではないんだよ・・・でもあの汁があまりにもべとついて・・・。 (T~T) )ああ,これも試練とあきらめる。こうなることを予想していたわけではないが,空港に行く前に近所の薬局で薬剤師のお兄さんに,かくかくしかじかの症状がある,常用していた鎮痛剤はないと伝えたところ,ブスコパンを薦められたので購入しておいた。手持ちのホメオパシーのレメディー(Geist Holistic Centerさんちを見に行ってね。)では合う症状用がなかったし,日本では駆け込みでホメオパシー扱ってるとこなんかに行けないしで,イヤイヤながらの,苦渋の選択だった。かなりの薬嫌いの海だが,予期していなかったR譲のことは抜きにしても,鎮痛剤のお世話にならずにフライトするのは心もとなかったのだ。 (/-\)いやーんブスコパンとは,名前がイマイチだなぁと思ったし,一応説明書を読み,「妊娠している場合は服用しない。」とあるのを見つけ,は~ん,結構強い薬なんかねぇ。 と思うが背に腹は変えられず。具合の悪い時に薬を飲むと,抗生物質生薬漢方問わず,すぐに気持ち悪くなって吐いてしまうので,恐る恐る口に入れる。砂糖でコーチングしてあるので,飲むのに難はない。うむ,まぁ,こんなものか。 ( ̄、 ̄)いざ飛び始めてみると,効いてるんだか効いてないんだか,やっぱりキリキリとした胃の痛みが定期的にやってくる。でも薬を飲む前よりは,ちょっと幕がかかって遠くで響いているような痛みになっていたので,服用してなかったらもっと七転八倒の痛みなのかもと思い直して,サービスを続ける。それにしても体がだるいなァ。はぁ,しんど。 ((((((o_ _)o ~☆4時間ごとに1日3回までの服用とあったので,時間を置いてあと2服したが,それでもまだ痛いのは飛んでいかない。それどころかかえって気分が悪くなっていき,頭痛が激しくなってきた。 (普段,滅多に頭痛は起こらない。)昼過ぎに現地のホテルについて,いつものようにお風呂でゆっくり雑誌でも読もうと思ったら,湯船の中で強烈なめまい,頭痛&吐き気に襲われて,慌てて雑誌を放り出して,ホウホウの体でベッドへ這い登る。なんだよ~,なんでこんなに具合が悪いんだよ~!? (@_@;)そのままドロにつかったように寝た。途中「きりきり」で目がうっすらと覚めかかること数度,それでも眠りは途切れない。 (どうも獣のような体の治し方が一番なようだね。 ひたすら寝て治すっていう・・・。 (゜∇ ゜)ブヒャヒャヒャヒャ)翌日の朝・・・。目が覚めたら,結構気分がよい。まだお腹は遠くで響く雷鳴みたいに痛いし,数日前から続いてるぴ~ひょろ状態も一行にひく気配はない。でも昨日のあの頭痛は全くなくて,せっかくだからと気分転換に散歩に出かける。十二ブロックぐらい離れたところに,オーガニックや自然化粧品を揃えたグローサリーストア(スーパー・・・って言うんだっけ?)があるので,そこで前日に日本を発って以来食べていない食物を買う。そこで,胃痛に効く自然補助食品はないかとお店の人にたずねたら,イロイロと種類を教えてくれた。胃痛に悩まされてる人は,一般に思われている様に胃酸過多が主ではなくて,実は胃酸が極端に少ない人が多いのだそうだ。それを見分ける為には,酢を1さじ飲んでその後さらに気分が悪くなるか,よくなるかを見分けてみるといいよといわれる。胃酸の量によって,これやこれがいいと何種類か進めてくれたが,とりあえず,アロエのエキスをゲットした。ダーリンのお兄さんが以前胃潰瘍になって,これを飲んでいたというのを思い出したから。こちらたったの$4。ピックアップの車に乗る前に,鞄からちらりとのぞくブスコパンを尻目に,さっき買ってきたアロエを2さじ飲む。アロエも大概まずいけど,舌の奥にのせてすぐに飲みこめば平気だね。痛みも結構すんなりひいていく。さて空港に向かう車の中で,改めてブスコパンA錠の説明書をじっくり読んでみる。(丿>ロ
2005.02.26
年末にアジアを襲った,例の津波。自然災害の突発さ,規模の広大さ,威力の強大さに世界は愕然とし,あれにおいてようやく過去においても類を見ない,国家間での助け合いが促され,助長されたように思う。先進国からの支援額は億単位でせりあがり,タイだったか,受け取る側の国が,うちはいらないから,それを隣国へまわしてくれなんていう天晴れな発言もあった。あの災害は,地殻が広大な範囲で動いた為に起こった,純粋な自然災害だとある雑誌で発言されているのを読んだ。あの地震で,地軸が数度ずれたために,以降の異常気象にも拍車がかかったとの話しも別の文献で目にした。確かに,私の住んでいるカナダの地域は,数年ぶりの大雪だったし,わりと穏やかな冬を過ごせるはずのカリフォルニアのある地域では,寒さが厳しくて参っていると知人が知らせてくれた。さて,その 「自然災害。」これに,真っ向から対抗するように,核による操作で,あれが起きたと言う話しが,そこここでささやかれている。おい,こら!! (--メ) チャラリーンそんなことがあってイイのか~!? オラ (ノ`0)ノ ⌒┫ ┻ ┣ ┳☆(x x) ウギャ当然私の耳にも入っているわけだが,911の陰謀説のように,一部の実行犯達意外には,真相は誰にもわからないわけだ。だけど,スマトラ沖の地震によってこうむった被害は,イスラム教の住人が密集する地域に顕著であり,つい昨日か一昨日に起こったイランでの地震とも繋がって,私の中で疑惑がむくむくと頭をもたげる。イランは,シリアについで,アメリカが次に侵攻を進める地域であるとも言われている。 (シリアに関しては,去年イラク戦争を始めた直後に,すでに米軍は送りこまれている。)ただし武装勢力が強く,イラク侵攻によって諸外国のブーイングをくらい,軍備拡大をしすぎて赤字続きの今の脆弱な米政府の立場では,イランに勝てる見込みがないらしく,とりあえずシリアを押さえておこうということらしい。この話が伏線にあるわけだが,こんなに近い時間間隔で,米政府の次のターゲットと言われる,イランという地域に死者を多数出す地震が,都合よく起こったのが腑に落ちない。ここまで踏んだりけったりの仕打ちを,アラブやイスラムの人々がこうむらねばならないほど,アラーの神は彼らに試練を与える必要があるのか?それとも,これはあくまで地殻のつながりの影響による,純粋な自然災害?アメリカでは,少しずつ核問題に対するアクションが広がっている様子。参加しているMLに,貴重な情報を流してくれる,伊藤和子さんの話しを以下に添付。***********************今年にはいって、UNの仕事、裁判のリサーチ・・・そして大学、となにかと追われています。 今年5月にNPT再検討会議という核軍縮の国際会議がNYで開催されるので、その機会に、イラク、劣化ウラン、核問題を訴える機会をつくれないだろうか、と思って日本のいろんな方とご相談、準備を始めているところです。 ところで、先日、湾岸帰還兵でDU問題のアクティビストのデニス・カインさんがNYに来られたのでおあいしましたので、今日はその際のお話を。 湾岸帰還兵でアクティビスト、というのは全米広しといえどデニスさん1人なのだそうで、全国を講演して歩いているそうです。 政府から湾岸戦争症候群(診断名なし)と認定されて、毎月補償金をもらっているそうですがそういう補償対象者は全米で25万人にのぼるとのこと。 兵士は、入隊の際のペンタゴンとの契約により、国に対する裁判は出来ないそうです。みんな月々の補償金をもらって泣き寝入りしている状態のようです。彼は、劣化ウランの後遺症に苦しむイラク戦争帰還兵ともコンタクトを取っていますが、NY州に住む数名のイラク帰還兵が弁護士を雇って劣化ウラン問題の訴訟を起こそうと準備しているとのこと。これからおあいする予定です。 このデニスさん、実は、8月の共和党大会の際に「公衆の前で不合理に大きい声を出した」「公衆の通行を妨害した」という理由(NYではこれ、犯罪。怖いですよねえ)逮捕され、12月にトライアルがあったのです。共和党大会で逮捕された人で、陪審トライアルを迎えたのは彼が最初。 ところが、裁判で証言をした警察官の証言が全て嘘だった(その警察官は逮捕の場所にいなかったのに、話を適当につくりあげて証言をしていた)ことが裁判で明らかになってしまいました。 NLGという法律家団体が市民に対する人権侵害の監視活動をしていて、デニス氏の逮捕の際の一部始終をビデオに取っていたので、警察官の嘘が立証されてしまったのです。検事が取り下げてデニスさんは自由の身になったというわけです。これからも同様のトライアルが予定されていますが、多くが無罪になるか検事が断念することと思います。逮捕された人たちの中には、単なる通行人の若い女性たちも多く、そういう若い女性たちが中心になって、NY市を相手に損害賠償を求めるクラス・アクションを始めています。 このクラス・アクションには、NYの著 名な人権派弁護士がせいぞろいして(まだトライアルは当分始まりそうにないですけれど) にぎやかにやっている模様です。デニスさんの弁護を担当した弁護士のオリビエさんにもおあいしたんですけれど、弁護士らしくないギターと平和と環境を愛する青年で(70年代系)、とっても好感を持ちました。 もちろん、デニスさんもすごいパワフル!! 5月にはNYに来て被爆者の方々と交流したい、出来れば8月に日本に行って報告会をしたいと言っていましたので、是非興味のある方はよろしくお願いします。 彼の紹介で、NY州の大学各地でイラク戦争被害の写真展を取り組んですごく成功している、という女性のアクティビストの方ともお話をしました。 学生たちが感想を残していくのですが、デニスさんによると「みんな衝撃を受けて本当に真剣に戦争を考え直していた。その感想を呼んでいて、涙が出てきた」ということでした。 反戦運動をメディアが取り上げない度合いはアメリカのほうが日本よりむしろひどいと思うのですけれど、みんな草の根でがんばっているのです。 ***********************オウ,私もがんばる!微力だけどね。草の根どころか,浮き草の根だけどね。(弱そっ!) ププッ ( ̄m ̄*)
2005.02.25
具合が悪いのが続いている。胃が時折差し込むようにキリキリと痛むのだ。風邪もひきかけていると思う。実を言うと,韓国に同行していた女の子と離れてからは,少し「キリキリ」の間隔が長くなった。決して彼女のせいで胃痛があったと言ってるのではない。旅行そのものはとても楽しくて,冗談を言い合い,げらげら笑い,おいしい物もたくさん食べた。彼女の頭のよさ,面白さ,強さ,可愛さに,私は日々発見で,人ってつくづく面白いなぁと思った。ただ私が日を追うごとに具合が悪くなり,「キリキリ」の感覚もどんどん短くなって,彼女にとってはせっかくきた旅行が楽しくなくなってしまったのではないかと思う。さて,何故この同行者と離れてから,私の症状が軽くなったのかというと。SYMPATHY PAIN (日本語では共鳴痛とでもいうのかな?)だったと思うのだ。 彼女は病気になって,数年間仕事を休んだ後,数ヶ月前に復帰した。今では少しよくなったと言うが,まだまだ痩せており,完全復活と言えるわけではないようだ。それでも元気だし,いつでも自分から人に声をかけて笑いを起こしているし,何よりも仕事をしっかりしに来ている。でも。この数日間一緒に過ごして気付いたのだが,ご飯をもりもり食べた後に,どうも吐いている模様。自分でも,ガリ状態なのは自覚しているらしきことを言い,どんなに食べても太れないのは,すぐにお腹がくだるからだといっていたので,「そうなんだ」と納得していたのだが,どうしても吐いている痕跡を見逃すことができない。私も昔,拒食症という言葉がようやく聞かれ始めた頃,なりかかったことがあるので,吐き戻しの話をふってみたところ,「私は吐いたことがない」と言う。韓国から戻った後に偶然会った別の友達に,その同行者の話をもちかけてみたところ,その彼女は拒食症になって休職していたし,DV(ドメスティックバイオレンス)などの話もあったのだが,それすらどこまで本当だかわからないと言う噂が飛び交っていると言う。でも数日間寝食を供にした私からしてみれば,そんな噂を丸のみにできるような感じではない。けれども,今一つしっくり来ない話があったり,ン・・・?という印象を受けることもあったのは否めない。つらい体験があったのに,人から全て嘘だと思われるほど酷なことはないと思うし,たとえウソであっても,一人ぐらいその話しを信じる人がいてもいいとも思う。本人がそう言っているのなら,それがその人の現実なわけだから。だけど,実際のところはどうなんだろう?治療ということを考えた場合には?現実を見据えずに,楽しいこと,面白いことのみを追い求めつづけるのは,逃げているだけで,根本の問題改善にはならないのではないのかなぁ?そういう覚悟をもてない時期があるのも,わかるつもりだけれど。もちろん,パッチアダムスが推奨するように,笑いは病状改善に大いに役立つとも信じている。楽しく時間を過ごし,その人の中の強い生命力にアクセスして,その中から,病状を一緒に治して行こうっていう姿勢。癒し手に,強靭な生への躍動感と,深い愛が必要だね。「あんなぁ,君は君を好きか?」そうたずねたら,そんな哲学的な話しはキライ。 自分を見つめることは,ブルーになるからイヤ。 今が楽しければいいねん。と口をとんがらせて言いきる彼女。その潔さ・・・と言っていいのか,何が欲しいのかはっきりわかっているらしい様子に,大笑いしてしまった。そういう元気になり方も,アリなんだろう。一緒にいるだけで体が勝手に彼女に同調して,こんな胃や腸の痛みをもたらすのはしんどいけれど。これは私の弱さ,あるいは敏感さのなせるワザだな。ちょっと調べたら,摂食障害の人は,内蔵がぼろぼろになっているという。あの大きな目とぴかぴかのお肌の下に巣食う,彼女の抱えている痛みが,私の胃を締め付けることで何かを訴えているのなら,何かしたい。でも。実のところは何もできない。本人が現状を打開しようと思わないかぎり。だから,たとえ作り話であったとしても彼女のつらい体験談を本当の話しだと信じて聞くし,面白いことを言い合ってげらげら笑うだけだ。例えば,世間にはこの彼女のように自分の身を痛めつけることで,救いの手を求めている人がいると思う。自分を大切にするのは,誰を置いてもまず自分だ,と気付いて欲しい。 自分にはもう誰もいなくて,この世でたった一人ぼっちだと思ってる人がいると思う。信じられないかもしれないけれど,そんなことはないよ~~~~~~~~~~!!!!!!!!。・°°・(*>_
2005.02.24
2日前からソウルに遊びに来てる。南国から成田に仕事をして帰って、その足で直接ここに来たので気温差(その差約40℃)がとてつもなく激しく,なれない辛いご飯にもやられたのか、毎日お腹が痛い上に、微熱も出だしている。おっかしいなぁ、昔住んでたのになぁ。 (..?)もうとっくに体が韓国の辛みを忘れて、食べ物が合わなくなってしまってる。もう別にほしい物もないし、汗蒸幕やチムチルパンやらといっても、べっつにーという感じでいまいち楽しめない。一緒に来ているコとの話の方が盛り上がり、何というか、ただ彼女と一緒に時間を過ごすために韓国まで来たという感じだ。このコはプチでかわいい上に、めちゃくちゃ強くて面白くて、ものすごいつらい体験も潜り抜けてきた。今の私はとりあえず、明日無事に日本に戻れる事を祈るのみ。今もまた微妙に発熱しているようで、椅子に座っているのさえつらい。
2005.02.22
お年寄りと話をしていて面白いのは,彼等の昔話だ。 自慢話も底をついてくると,思いもかけない話をしてくれる。 あの日のはまちゃんもそうだった。 戦前の事だったはずなのだが,ご主人の妹さんだか従妹だかにあたる,みっちゃんという人物のことをきかせてくれた。 物腰の柔らかな別嬪さんで,ハンサムな将校さんに見初められほれ込まれ,熱烈に望まれて嫁いでいったのだそうだ。 ところがこのみっちゃん,物腰柔らかとは言いようで,実はちょっとずれたところがあったお嬢様だったらしい。 (* ̄m ̄) ププッ 箱入り娘だったために,家事炊事もうまくこなせず,将校であるだんな様をうまくたてることができなかったようなのだ。 あるとき,だんなさんが鼻をかんだハンケチを,「洗っておいておくれ。」とみっちゃんに手渡したのだが,お嬢様育ちの彼女は,「まぁ,こんなもの洗ったことがありませんワ。」 と,それをそっと女中さんに渡して,洗濯をお願いしてしまった。 それがお姑さんに知られることとなる。 翌日か数日後に,お姑さんから実家へのお使いを頼まれたみっちゃんは,風呂敷包みをお土産にと渡された。 さて実家へ戻り,いざ風呂敷を紐解いてみると,文が一通のっている。 「この者は,帰るにあたわず。」 ただ一筆。 こうして三行半は,お姑さんから下された。 (;°°)ワーッ! 将校である旦那さんは,とても悲しんで,なんとか復縁しようとしたが,まったく取り合ってもらえず願いはかなわなかった。 そして行き場のなくなったみっちゃんは,はまちゃんご夫妻のところへ転がり込んできた。 ヽ(゜ロ゜;)ノ \(°o°;)/ ウヒャー 疎開(だったかな?)で田舎へと引っ越すことになっても,洗練された山手風のお嬢様の雰囲気は,みっちゃんから一切抜けることはなく,その村でもちょっと有名な,言葉のとてもきれいな叔母ちゃんとして知られだした。 しかも,有名になるのに拍車をかけたのが,みっちゃんのふるまいだった。 青洟をたらした小僧っ子にでも,いつも敬語,どんなに汚いものでもとても丁寧に扱い,お百姓さんにも必ず深く腰を折ってお辞儀をしていた。 ある日,村の人が,はまちゃんに,みっちゃんが大変だと知らせてくれた。 ご主人とあわてて彼女を探しに行くと,家畜のえさ箱に頭を突っ込んで,残飯を食べている。 汚いよみっちゃん,と言って抱え起こそうとすると,「汚いことはないですよ,まだ食べられますよ,大事にしないといけませんよ。」とだけ言って,そのままふらふらとどこかへ行ってしまった。 q(・・;q) ))) ((( (p;・・)p その後,みっちゃんは具合が悪くなり,床に伏せる。 急激に衰弱して,お医者様も,食べ物も何も要らないという。 その代り,と一人一人を枕元に呼んで,はまちゃんには,みっちゃんのお兄さん(従兄?)であるご主人をよろしくお願いしますね,今までありがとうございました。と三つ指を突いた。 その後,ご主人に,玄関脇を指差しながら,「私はあの竹のとこを通って,明日外へ出ますから。」 と言った。 そんなに具合が悪いのに,外に出られるわけがない,それに急に改まってなんだいみっちゃん,そんな事言うもんじゃないよと,はまちゃんとご主人二人で散々言い含めたが,頑として同意せず,その後はすやすやと寝入ってしまった。 翌日はまちゃんが目を覚ますと,みっちゃんは亡くなっていた。 そしてその日,みっちゃんは間違いなく玄関にあったついたてを越えた。 (。。lll)ガーン この話をしてくれた日は,アパート裏の大家さんの庭の桜の樹から,桜吹雪が舞い散り,窓は開けていなかったにもかかわらず,桜の花びらが部屋の中に数枚おちてきた。 ( ・◇・)?(・◇・ ) どんなフリであの話になったのか,さっぱり覚えていないし,どうしてはまちゃんが私にその話をしてくれたのかもわからない。 もう何十年も前の話で,はまちゃん自身もみっちゃんのことは長らく忘れていたという。 それでもみっちゃんの「あの笑顔と立ち居振舞い」は,今でもはっきり覚えているそうだ。
2005.02.21
今日も仕事に呼ばれた~。 一昨日いた国に,また戻る。 れんちゃんはさすがに体がきつく,腰がイタイイタイだ。 (T_T) 飛ぶメンバーが,毎回これでもか!っていうぐらいカラーが全く違うので,楽しくない人達と飛ばないといけない時ももちろんあり,そういう時は,ま,仕事を黙々とこなすだけになっちゃう。今回も楽しい人たちで,ギャレイの中でフラダンスや,サンバを踊ったりしているが,いかんせん私は腰が痛いので,おとなしめだ。 (*-m-)プ キワ者ばかりが同僚かと思われても,世のスチの方々に迷惑がかかりますので一筆したためておきましょう。 美人で「普通」の人達も,たっくさんいます。 うちの会社も,かわいいコ(という年ではもうないのが真実だけど)が多い。 しかも面白いときてるんだから,言う事ないでしょう。 (え,それはどうでもよろしい? (≧∇≦)ぶぁっはっはっ!!) 話は飛ぶが,むかーし全く別のとき,友達の結婚式で同席した人に,スチを観察していると,時計や貴金属類,かなり高額な物を身につけているね。 と言われた。 は~,そんなとこまで見てるんかいなぁと驚いたけど,実際座ってるお客さんからだと,手元とお腹の辺りが一番目線なんだよね。 そう言われて気をつけてみてみたら・・・。 (个_个) ジッ~ 確かにおますがな,ぎょうさん! ロレックスぐらいはわかるので,それをしてる人や他にも高そうな時計やジュエリーをしている人達が,たくさんいることに気付く。 きらきらとした装飾品を身につける,そういう正統派達と飛ぶと,話題があわないんだなぁ・・・。 (推して知るべし。) なので,そういうメンツでの長時間のフライトは,拷問となる。 (眠気とのタタカイ★) 時々がんばって,話題をふってもみるが,あまりの感覚の違いに最終的には,話しがかみ合わない・・・。で終わってしまう。 一時,同僚達が競い合うように,こぞって高額な時計を買っていた時期があった。 ドコそこの(覚えられない),ダイヤがついてるとかなんとか(ダイヤの数によっても格が違うとか),時計一個に40万とか50万とか(あるいはそれ以上も)払うらしい。 は~,そうなんだぁ。 (*○*;) (絶句) ち~ん☆ 会話しゅうりょ~う!! ヾ(- -;)コラコラ ある時は,思うところがあって,ダイヤモンドの話しを持ちかけてみた。 すると驚くことに,結構 きっ! となって,ダイヤについてアツク語りだすのだ。 結婚なんかするときは,婚約指輪の石の大きさあるいは質が,相手の男性の収入バロメーターになるらしいですな。自分がゲットした男の経済力を見せびらかす道具なために,これまたドコそこの,何カラットの,クラリテーがどうの,プラチナじゃないとイヤだのと,やたらとウルサイ。 そして,身にさりげなくつけている装飾品の値段を聞いて,また驚いてしまった。 人によっては¥100万単位のものを指にくっつけていたり,首からぶら下げていたりする。 (人によっては,そのレベルの物を持っているけど,フライトには絶対つけてこないとも言っていた。) いくらであれ,時計すら身につけないでポケットに入れてる海には,かなりあっけにとられる話★ は~,そうなんだぁ。 これがスチなんだぁ。 と感心することしきり。 (よその業界でも,派手好きな女の子達はこうなのかな?) 彼女達は,容姿ももうしぶんない,間違いのない美人である。 男性諸君にしてみれば,美人は何もしなくても侍らせたいであろうに,きらびやかな装いでイロイロとお世話をしてくれるのだから,合コンなどでまだまだスチ人気が高いのもうなづけるわな。 幻想が幻想を呼ぶのですな。 (_ _,)/~~ コウサン さてそういうスチ達は,接客態度も丁寧で,お客さんから無理難題をぶつけられることもあまりなく,「写真をとらせてください。」なんて言われたりも。 でも時々,そういう彼女達だからこそ遭ってしまう難もある。 同年代または,年下の若い女のお客さんに,眼の敵にされて意地悪されるのね~★ ナンだろうねぇ,女同士のあの火花の散らしあいって・・・。 あくまでも,サービスを受ける側は優位と,とことんサービスを施す側を見下す言動をする。 \(〇_o)/コワイヨー サービスを施す側も,会社の評判があったり,自分の査定が気になったりするものだから,黙って耐える。 女同士でなくても,お客さんという立場を利用して,とんでもないことを言う人もいる。 ばか呼ばわりしたり,あんたやお前と呼ばわったり,怒鳴ったり,ちくちく嫌味を言ったり,露骨に不機嫌な態度をしてみせたり。 お客さまは神様ですと言うのは,今でも常識なの? (弊社では『お客様はお客様です』という教育を受けている。) そろそろ,そう言う場合の対処の仕方も身について来てるので,100万歩譲っても,どう考えても理不尽な振る舞いをされたときには,あくまで感情を交えず落ち着いて相手に不快感だけははっきり伝える。 「お客さま,それはお言葉がすぎませんか?」 と。 さすがに8年も飛んでると,貫禄も出るし,お客さんがそうまで意地の悪いことをしたり言ったりしないように立ち回り,あまり不快な思いをさせず,こちらにも無理のない範囲で物事を処理する術も身につく。 どんなに頑張って仕事をしても,皆様を満足させるのは無理な話で,スチの態度が悪いとか,ドコそこのエアラインはサイテーだとか,読んでてコワクなってくる掲示板もあるし,そう言われても仕方のない,こちら側のおハズカシイ対応のときもあると思う。 でも。 例えば明らかな意地悪をしたり嫌味を言ったり,きちんとした文章をつくって話をできなかったり,アリガトウの一言も言えなかったり,何かをしてもらって当然と思いこんでる人達も,どこの国の人に限らず,相当な数いるのだ・・・。 そう言うお客さんは,現地へ行っても同じ調子で,人を愚弄する態度をとりつづけているようだから,別に機内だけでどうのという話でもない。 (偶然街中で見かけたり,同じホテルに泊まっていたりするお客さんを見る事があるのだよ。 印象が強いし,辺りかまわずきゃんきゃんやるので,目立つのね。) あるいは旅行を終えてから,あの国はサイテーだ!なんて友達に述べたりしている。 日本人に関していえば,物事のスタンダードと,期待度がとても高いね。 そういう人達に,いつでも心からの笑顔で接するのは,それはそれでなかなかエネルギーの要ることだ。 それは美人だろうが,高価な物を身につけていようが,キワ者だろうが,ベテランだろうが,同じことだと思う。 もちろん,それを越えてサービスをし,機内の安全の為の目配りも忘れないと言うのが,プロのスチであるわけで,そういう修行をさせていただけるのは全くありがたいことである。 これを読んでいるのは日本人だけだろうから,ちょっとお願いをしよう。 (こんなことを言ったら生意気だ,どこの航空会社のスチだ名を名乗れ!と言われてしまうのかもしれないけど・・・。 /(・_;\ キャ― コワイヨー) 海外に出るのなら(イヤ,本当は日本にいてもと言いたいところだけど), 日本だけ,あるいは日本人だけに通用するやり方は脇において,もうちょっと視線をあげ,人間としての優しさと日本人としての誇りを持って行動して欲しいものである。 別に英語や現地の言葉が話せなくても,相手が何人であっても(人でなくても),こちらの感情ってかなり通じるのだし,笑顔は万国共通なのだから。 それとも,日本人が冷たいのは,日本人にだけなのね・・・? 日本人同士だと,相手に気を使わないといけないってのがあるんかね・・・? だから余計に,サービスを受ける側は尊大になりがちなのかな? それがお前らの仕事だろ! って?? ( ・_・)ん?
2005.02.20
お友達の数は少ないが,層はかなり広いと自負している。下は5歳の双子君達から,上は85歳のおばあちゃんまで。はまちゃんは,この「昭和枯れススキ」アジトに引っ越す前に住んでいた,こことは雲泥の差の快適アパートに,ダーリンと愛の巣を築いていた時分,階下の住人だった最高齢の友,その85歳のおばあちゃんだ。茶飲み友達である。 ヽ( ^ー^)人(^ー^ )丿 引っ越すにあたって,電話番号をおしえておいたので,数ヶ月にいっぺんの割合で,日本のアジトに電話がかかってくる。カナダに引っ越して,日本にはあまりいないよと説明しておいたし,はまちゃんの娘さん御夫婦がよく海外に出入りしてるそうで,そこら辺もさばけていて話が通じる。が,アジトにいればめっけもので,たいてい留守なため,めったにその電話を受けることもない。当然,思いもかけないときに電話に出る羽目になり,最初,誰だかわからない。だってはまちゃん,「もしも~し? あたしだよ,おばあちゃんだよ?」 としか言ってくれないんだもの。だから私は,実家のおばあちゃんだと思って,「?? おばあちゃん? 声がちょっと変わった?」 なんてお間抜な返事をしてしまい,あれ? でもうちのおばあちゃんじゃないなぁ,おかしいなぁと思ってると,はまちゃんが「おばあちゃんだよ,はまちゃんだよ!」 と重ねて言うのだ。ややこしいことに,うちのおばあちゃんも若かりし頃,『はまちゃん』と呼ばれていたのを昔語りに聞き知っているから,ますます混乱する。 「ええ~!? どちら様のおばあちゃんですか~??」 (・_・?) ハテ?とにかく,このはまちゃん,めちゃくちゃ面白いのだ。しかも下ネタがスキらしくて,ことあるごとにびっくり発言を繰り返してくれる。一番びっくりしたのは,始めて会話をしたときのことだった。息子さんと二人暮しの彼女は,いい年(50代)をした男が,彼女もいないまま独身でいるのがとても心配らしく,顔を合わせて早々,その心配をつらつらと述べだした。そうか,そうか,ソレは心配ですな。 (-"-)/ フムフムと聞いていたら,いきなり,「そうだよ,だからね,言ってやるんだよ,まさか,お母さんのここを貸してやるわけにはいかんだろ?ってサ。」そう言いながら,節くれ立った手を,下腹部にぽんぽんとやる。 はいっ!? \\(゜ロ\\)Ξ(//ロ゜)//聞いたことの意味が一瞬わからず,そのまま平気な顔をして会話を続けるはまちゃんに再度たずねるわけにもいかずで,その話はそのままうやむやになった。会話が続くにあたり,1LDKのそのアパートで息子さんと二人仲良く,お布団を並べて寝ているらしいと知る。さっきの余韻が残っていて,このおばあちゃん,大丈夫なんだろうか?といぶかしくなるけど,本人には聞けない・・・。 (^ ^;)ゞ イヤー そしてその言動は,以後会うたびに幾度か繰り返された。 (≧∇≦)ぶぁっはっはっ!! さらに親しくなるにつれ,昔話などを聞きおよび,末の息子さんがとても孝行者で,結婚もせずに彼女の面倒を見る役目を引き受けている,とも知った。その頃には,はまちゃんにとっては下ネタだろうが仏様の話だろうが,全てが同じレベルのことなんだとわかってくる。ご主人を早くに亡くされた彼女は,甘え上手でもある。海外旅行はしたことはなくても,娘サン御夫婦からよく聞いているらしく,空港や外国の話題にも気後れすることなく,食い付いてくる。「一人で寂しいんだよ。」 って孫に言うと,「『じゃあ,おばーちゃん,成田空港でも羽田空港でも行って,外人のおじいちゃん引っ掛けてきなよ。』なんていうんだよ。だから,『何言ってんだい,こんな干からびてしわくちゃなばーさんを誰が引っ掛けるって言うんだい,みんな尻尾巻いて逃げてくよ。』って言ってやるのサ。」そしてカラカラと笑う。確かに白髪ぼうぼうの頭で,ちいちゃくて,しょぼんとしてるような姿を見たら,誰もはまちゃんがこんなに面白い人だとは思うまい。スクーターで10分ほどの距離に住むはまちゃん。実家は電車で2時間ほどかかるので,実のおばあちゃんにちょっと悪いなと思いつつ,はまちゃんちへ。おはぎだとかウグイスもちを持って,おコタにあたりに行く♪ \(^0^)人(^0^)/ おひさ~
2005.02.19
前回とは違う南国にいってきました。今回のフライトも楽しかった。こんなに毎回楽しくていいのかしら~? v(≧∇≦)v イェェ~イ♪カナダ帰りでまだ気持ちに余裕があるからかもしれない。「マーフィーの法則」もあることだし,うかれポンチにならない程度に気を引き締めようと,頭の後ろで戒める声もする。それにこの調子で5本も6本も続けて飛んでしまったら,飛行機をちらとも見たくなくなるぐらい疲れ果てて,サービスも億劫になってしまう。さて今回は,現地の道端の屋台で,虫を売っているのを見た。韓国でもポンデギ(蚕)を道端でぐつぐつ煮ており,あの匂いにも慣れてしまっていたから,別に虫を食用で売っているのを見るのは何てことない。でも,あの国で,あんなに沢山食用虫を売ってるのを見るのは初めてだった。8種類ぐらいの虫が,全て佃煮のような様子になって,夜の蛍光灯の下でてらてら光っていた。いなごやばった,白い幼虫,ぽんでぎらしきものもありました。びっくりしたのは,ゲンゴロウ。いや,どう見てもゲンゴロウなんよ。今回行った国の言葉は話せないし,お店の人も英語が話せなかったので,これなぁに?と日本語で聞いてもちんぷんかんぷんな答えが返ってきて,実際の名前はわからなかったんだけど・・・。でも,あれ,ゲンゴロウだった・・・。しかもかなり巨大・・・。食べられるなんて知らなかったよ~。羽とか固そうなのにね。どんな感じなんだろう?と興味はわきましたが,チャレンジするには至らず。その代わりと言ってはなんだが,沢山のお花を買ってきたので,今夜はバラ風呂だ。うひっ♪ 追記: ほのかにバラの香りが漂う贅沢気分を味わえるけど,バラ風呂は,片付けが大変である★
2005.02.18
雑誌を読んでいたら,ページをめくる際に指を切った。 紙で切るとイタイのよね~!!! (* T-) アダダダ うっすらと血がにじみ,す―ッと開いた傷が早速ジンジンし始める・・・。 とっさに切り傷を押さえ,イテテテェ と思いながらも,「神様,この傷と痛みをあなたにお返しします。」 と思ってみる。 昔読んだ本に,フィンドホーンの創始者の一人,アイリーン・キャディが,ざっくりとナイフで切ってしまった血の滴る傷を,数人の目の前で瞬時に治してしまったという話を思い出したからだ。 そしたら。 傷が。 消えてしまいました。 ( ° ° ) ボーーー ほんとだよ――――――!!!!! ジタバタo(+_+。)(。+_+)oジタバタ そう言えば,以前にも,ステイ先のホテルで夜中に目が覚めたら,結膜炎になってしまっていて目やにで目があけられない状態になっており,これでは翌日のフライトに差し支えると,「神様」にお願いをしたら翌日ににキレイに治っていたり,仕事中にした突き指を「手当て」で1週間ほどで治したこともあった。 ただ,アヤシすぎて,あまりおおっぴらに人に言えることでもないし,自分でもイマイチ信じられず,すっかり忘れていた。 今日これがまた起こったということは,どういうこと? もう,いいかげん,自分を信じてもいいんじゃないかというサイン? 誰にでもある,自然治癒力。 心のあり方と,思いの深さが全てを決定する。 傷でも病でも(それが心のものであれ体のものであれ),瞬時に治すことができる力が,私達には備わっているということ。 (逆にいえば,傷でも病でも,自分達で瞬時に作り出す力も備わっているということ。) どんなにためつすがめつ,人差し指を眺めても,そこには傷はまったくない。 ***** 信じること ***** (*^◇^)/°・:*【祝】*:・°\(^◇^*) 数時間後・・・。なんだか,中指が痒い。わしわしと掻いていて,ふと気付く。 あれ?切り傷がある・・・。 ( ‥) ナンデ?!Σ(▼□▼メ)なんだよ,さっき切ったのは人差し指じゃなくて,中指だったよ! キャー!ビックリ(*゜ロ°)ノミ☆(;>_
2005.02.17
ボランティアの手伝いで,ある旧家に行った時の事。そこは,江戸時代から続く旧家で,蔵出しはされてしまったものの,当時のままの蔵と建物が残されており,ご主人達はここを,地域の人たちが参加できるようにと,イロイロなイベントに開放している。その日私は,20畳はありそうな畳敷きの部屋に縁側が続き,あまり手入れはされていないものの,風情のある庭が見渡せる一角で一日を過ごした。何度も一緒に活動したことのあるコたちが一緒だった。そこで,ある男子に,ふと思いついて,なんの前振りもなしにいきなり彼の奥さんであるように振舞ってみせたのだ。靴をはいて外に出かける用事がある彼に,縁側にきちんと正座をして,靴の向きを変えてさしあげ,とても思いやりのある声をつくり,「貴方,今日はどちらへおいでになるの?」 とふってみた。きょとんとされるかと思いきや,「ン,ちょっと〇×さんのトコで会合があってね,あまり遅くはならないと思うよ。」 なんて,すんなり返って来るではないか!こんな面白い機会を,逃す海ではない。そのまま穂を継ぎ,「まぁ,そうでしたの? お食事はどうなさる? あまり呑みすぎにならないでね。 お気をつけていってらしてね。」 「ン,食事はいいよ。 じゃあ,行ってくるよ。」 なんてすらすらと答え,『旦那さん』然として鷹揚に出ていく彼。生真面目な風で,こんなおままごとに付き合ってくれそうにない彼でさえこうなのだ! 以来,反応が面白くて,この,「貞淑な妻ごっこ。」 に,しばしはまってしまった。入り浸っていた女友達の家から,男友達が出入りする度に,普段ならじゃーまたねー!というところを,相変わらず前振りなしで,いきなり貞淑な妻になってみせる。反応の仕方が千差万別で,それはもうおかしくておかしくて仕方ないのだ。通常,別れ際のほんのつかの間の時間を捕らえて,これをした。理由に使われるのは100%会議か,接待。日本人だなぁ~!!! (≧∇≦)ぶぁっはっはっ!!そしてある友達は,「早く帰っていらしてね。」 という私に,「ウン,なるべくそうするよ。」ちょっと考える風に首をかしげて視線を斜めに上げ,たまたまその時は周りに誰もいなかったのに,声をおとしてちょっぴり恥ずかしそうに,「今夜はいいんだろう?」 吹き出してしまった!! びゃははは d(≧ω≦)bそうかぁ,そうやって奥さんを誘うのかぁと,まったくもって納得してしまった。彼の奥さんになったとしたら,あの表情が事あるごとに見れるのかと思い,ますますおかしくなった。 \(>▽<)/ワーイまた別の友達は,ひょうひょうとした声でのんびりと,「接待で遅くなるから,先に寝てていいよ。」そう言って一度出ていった後に,再度やってきたので,帰ってきてからの会話を海が投げた。海: 「あら,随分早いお帰りでしたのね。 何もお食事用意してないけれどよろしい? もうお腹はすいてらっしゃらないでしょう?」友達: 「ウン,お得意さんと食べてきたからね,大丈夫だよ。 それよりミツオはどうしたんだい??」海: 「ミツオなら,もう寝ましたわ。 あなたがお帰りになるまで待つって言ってたんですけれど,疲れてしまったようで。 起こさないで下さいよ。」友達: 「ウン そうか, どれ,ちょっと見てくるよ。」そう言って部屋の隅へ行って,ふすまを開けるような動作までする。ここで,もう私はこらえきれなくなって大爆笑してしまった。ミツオってだれ~~~~~~~~!? (o_ _)ノ彡☆バンバン ギャハハハ~あくまで新妻を想定していた海は,子供がいるなんて思いもしなかった。悔しいけれど,彼は一枚上手だったね,負けたネ★ それにしても,男の人達,おんもしろいよなぁ・・・! ブハハハハ (≧∇≦)人(≧∇≦) ブハハハま,おままごとだから,貞淑な妻を気持ちをこめてやってられるけど,実際に日本男児の妻になる事があったら,貞淑なんて言葉はきっと私の辞書からはじき出されるに違いない。 それとも結構,貞淑を地で行くようになるのかしらん? ε=(>ε<) プッーカナダで私の帰りを待つダーリンは,じゃじゃ馬馴らしに長けているのであろうか・・・?
2005.02.16
今日は天気がよいねぇ。引っ越してきてから,一度も干すチャンスのなかったお布団を干した。棚の裏の埃がすごいし,本やら郵便物やらが床に積まれている。それでなくても手狭なんだから,余計に気が滅入るってモンダイ★ 部屋の乱れは心の乱れと言うそうで。アジトを,歌を歌いながら大掃除することにする。 ♪o(^0^o)♪o(^-^)o♪(o^0^)o♪きれいにしよ~っと♪ ごそごそと,それこそ財布の中のレシートから,押入れの中までを掃除するに,紙類をかなりな量溜めこんでいることに気付く。PACK RATって,ものを溜めこむ人のことを言う。うちの両親がそうだと,学生の頃にダーリンに言われ,以来,私は気をつけるようにしていた。いつでも身軽にいられるようにと。ところが,今日のこの紙の量!! (゜ロ゜) ヒョオォォ!PACK RAT道,ばく進だよぉ~。 だぁ~っけど,紙,好きなんだもの☆ ヾ(@^▽^@)ノ わははそれは,会社関係のペーパーであったり,折り紙やメモ帳であったり,葉書や日記,ノートや本であったりするわけだが,どれも紙である。友達からもらった手紙や年賀状も出て来る出てくる。こういうものって,ポポイと捨てていいものなんかな?人はどうやって処理しているんだろう? (-"-;) ?? そのうちそれらを読み出してしまった。もちろん掃除はそこでストップだ。 (--) まぁまぁよくもコンナニと言うぐらい,いろんな事が書いてある。友人からの手紙類は,型通りの文句しか書いてないものは,思いきって処分することにした。古い日記や,雑記帖に書いてある事柄は今現在,あくまで記憶の彼方だし,当時のいろんな感情も,思い出すことすらできない。そんな,思い出すこともできない思い出に浸っていても仕方ない。捨てよう・・・。 (≧∇≦)ぶぁっはっはっ!!そんな中,特に強烈だったと思われる出来事いくつかに関して読んだ後,お腹の辺りがむずがゆくなる感覚にみまわれる。あの頃の私と今の私は違うことは,わかっている。けれども,知れば知るほど「自分」を知らないというたまねぎ現象を日々かいくぐる昨今,いったい何をもってして確固たる「これ」という事を,示すことができるのだろう? と疑問がわく。目の奥ががんがんし,脳みそがすぐに飽和してしまうので避けていたけれど,ここしばらく,他の方々のブログを少しずつ読んでいる。人気があるのは,テーマがはっきりしていてハウツーの知識が得られて,書き手の個性がとてもはっきりしているモノのようだ。恋愛モノや闘病記も,コメントがとても多い。凹んでる人達を支えてあげたい,って思う人達が沢山いるんだね,素敵☆ それから,とてもユニークな人生を送っている人達のモノ。うちの会社の同僚に濃い人達が多いなんて書いたが,濃い人達はどこにでもいるもんなんだねぇ・・・。「自分の行為について確信」を持って書かれている文章をみるにつけ,本当にそういう事柄が「自信」に繋がることだと,200%確信して書いておられるんだろうか?と,先に上げた疑問に重なってさらに疑問になる。昔,田口ランディのMLを受け取っていたとき,「書く」という行為に関して,彼女がある人から,「田口さん病んでますねぇ。」と言われたという話を読んだことがある。「病んでいる人間は,だから,書くのだ。」と結ばれていた気がする。まぁ,思い込みの話もしたことだし,言葉にするって言う行為自体が,自分の思いこみを再表現してるっていうだけとも言えるのかな。 現に私のしていることがそうだしね。ただ,不思議なんだよなぁ・・・。私は,行為が全て終わって,それを振り返る段にならないと,言葉にならない。行為を行っている,或いは感情を感じている最中は,あくまでその行為,その感情そのものなのだ。だから,その最中に,人から「海は今~なんだ?」 と言われると,まったくピンと来ないし,「海ちゃん今~だねぇ。」と決め付けられると,激しく抵抗してしまう。(もちろんその抵抗にも,気付きが起こった後に,ようやく気付くわけだが。)それは,よく言われるように,イタイところを付かれて図星だから,逆ギレしてるだけなのかと思ったが,それだけでもなさそうだ。自分自身で感じる,観じるということを邪魔されるのに,我慢がならないらしい。他の人達はどうなんだろう? いつでも自分の行いに,確信をもって日々生活していらっさるんだろうか? (・_・?)ン?人に何を言われても,これが俺だと,確信していらっさるのだろうか? (・_・?)ンン?さてここで,自分の行為を振り返る。私は相談事を持ち掛けられたり,その人にとっての「人生どん底ドコドコ(重低音の太鼓の音♪)」期に,なんとなく擦り寄っていったりする傾向がある。頼られる事で自分を確認したいとか,助け舟を出すことで自分を成長させたいとか,そういう段階もあったと思う。でも,私ごときに人を変えられるはずはなく,かえって新たなことを学ばせていただいた上で,その人がどん底を浮上する頃,関係は自然と幕引きされてきた。別れがつらくて,人と近しくなることを避けていた時期もある。でも結局,何があっても次から次へと現れる,そういう状態の人達と供に時間を過ごし,周囲が「ちょっとヘン?」と言う人達と一緒にげらげら笑っているのが,私なようだ。え? そういう海が一番ヘン? (‐。‐)ボソッいいんで~す♪ そういう自分でしかいられないから~☆ \(@^o^)/ <キャッホー!!昔は言葉に頼りすぎて,良かれと思って言ったことすら,核心をつきすぎる為に相手をとても傷付けた。そんなに人を傷をつけていたのかと,話すという行為そのものが,怖くてできなくなってしまったこともある。どうせ何を言っても,変な風に取られてかえって責められるんだから,黙っていようと。それも越えてしまえば,やっぱり言葉が好きだぁ。 ☆~(ゝ。∂)そして,相手も気付かないようなトンでもないところを,自分自身も知らないうちに,ある日いきなりポロッと言ってしまうことに気付けた時からは,言葉を,細心の注意を持って選ぶようにした。そしてそれ以前に,その言葉を発するもとである心を,なるべくいつもきちんと見るように心がけている。言葉を発するのなら,愛を持って行うこと。言葉を発しない時でも,愛を発すること。 (これはまだ,目標にと掲げ続けてる段階だな。)受けてしまった言葉の刺による傷は,目に見えない分,どう治療をしていいかわからないために厄介で,ハートに刺さったそれらの矢は,自分ではなかなか抜けない。大体,「その言葉に傷付いた」のは,自身の中の,過去に受けた傷に連動しているからで,これがまた,さらにややこしい。人は記憶の PACK RATS だね。 傷の記憶はじゃんじゃか捨てて身軽になろ~っ! ♪☆\(^0^\) ♪(/^-^)/☆♪
2005.02.15
仕事に行ったよ,南国だったよ。外を歩いてたら暑くて汗をかいて,日本へ戻ったら寒いのだ。暖かい所から,寒い所に戻ったときが一番きつい。気をつけないと即,風邪をひく。カナダで呆けまくった後,実に一ヶ月ぶりだから,化粧の仕方も忘れてるし,おろしたてのストッキングは,はいてた途中に電線させるし,現地でお昼ご飯食べようと思って用意してきたお金をいざ出そうとしたら,よその国のお金だった。まったく! ( ゜┌・・ ゜) ホジホジさて,今回はリハビリフライトにふさわしい,とても気楽で面白いメンバーと飛べたので,行きも帰りも,フライト中は笑ってばかりいた。会社によって異なるけれど,弊社は毎回一緒に飛ぶ乗務員が違うので,メンバーによって仕事がしやすかったりしにくかったり。もちろん楽しい同僚達と飛んだほうが,機内全体の雰囲気が明るくなるので,よっぽどばか騒ぎをしないかぎり,お客さんとも楽しく会話できる雰囲気になるから,そちらの方がよろしいのではなかろうかと。 (多分 ププッ ( ̄m ̄*) )さてさて,うちの会社は,個性の強い者どもが多い。個性が強いなんて言い方じゃぁ,物足りない。生い立ちが複雑な人もいるし,現状がはちゃめちゃな人もいるし,ちょっとイっちゃってる人もいるし,仕事にめちゃくちゃまじめな人もいるし,サボることしか考えていない人もいる。それぞれが突出しすぎてしまっていて,もうどれをとっても笑いのネタにしかならないような破天荒ぶりだ。もちろん,地道にまじめにお仕事をしてるスチもおります。そう,私のようにネ♪ (* ̄∇ ̄*) エヘヘ今回のフライトでは,エコノミークラスで働くことになったのだが,休み明けで400近くの目玉と対峙するにはやや気後れし,ギャレイで働くことにした。 ギャレイとは機内の台所である。通路でお客さんに直にサービスするのに劣らず,ここでもすることはたくさんある。食事を暖め,カートの準備をし,サービス中も通路で働いている同僚がスムーズにサービスできるように飲み物&備品の補充や,待っているお客さんの呼び出しボタンにも応えたりする。まぁ,通路に出ている人達よりも,少なくとも半歩先を読んで行動しないと,サービスがぐちゃぐちゃになるポジションなんだな。そしてそこは,サービスが終わると,スチ達の唯一にして最善の貯まり場になる。一応お客さんが,勝手に酒類を取って行ったりしないように見張っている名目もあるのだが,機内には他に,我々がお客さんの目を逃れてほんのつかの間息をつく場所はないのだ。 (もっと長時間のフライトでは,横になって休める場所も確保されるが,またそれは別の話。)そしてお客さん達も寝てしまい,時間ごとにするお水などの飲み物を配ったり,呼び出しボタンに応える以外,スチにすることはなくなる。よって,そこからはお話タイムになるわけだ。今回は年功序列も近い,顔見知ったメンバーが集まっていた為,それはもうトバシまくりだった。日本語の他に3カ国後話せるくせに,英語だけは絶対にべたべたの日本人発音を捨てないA。素では絶対に使わない山手言葉を,お客さんには完璧に使いこなし,「ハリーウィンストンの7キャラットのダイヤ以外は,ワタクシ,身につける気はございませんワ」(本気か冗談かも判断つかない。)なんて言うB。仕事をちゃきちゃきこなしまくる為に,とろい人達にはきぃ~っ! ってなりがちなC。お客さんにもバリバリ関西弁を使うDや,美女と野獣カップルの異名高いEとFやと,もう,それはそれはおかしい人達ばかりだったのだ。当然,みんな冗談ばかりを言い合っていて,この前のフライトはこうだった,だれそれはどうだったと,どうしようもない話ではあるが,とてつもなくおかしい話をし続けている。けらけら笑い転げ,そして一息をついたころに,「モ~,うちの会社って,ホントに濃い~人ばっかりなんだからねぇ,おっかしいねぇ。」と言ったら。そしたら!!!!横目でチラッと私を見たAが。「君もだから。」 (ゲッチュー!!の指付き。)ええええええええええ?! !Σ( ̄□ ̄;)こんなに醤油のように薄くて地味で陽炎のように目立たない,私がデスか!?「ちょちょちょ,ちょっと待て,納得いかん! どこがだ?」と尋ねたところ。ケ・セラ・セラだし,別に自分からワーワーと面白いことは言わないらしいが,人や事に対するコメントが意外で,皆様を驚かせていると言うのだ。(¬_¬) ふーーーーーーーーん。 (以前として納得いってない★)フライト後,空港内を歩いている最中に,違うキャビンで働いていたDにそれを伝えたら,あっさり。 「そうやで。」えーーーーーー!? ( * 3*)ぶー。あくまで,人がそう言ってる,私は同意してないって言う表情で,海: 「あんナ,あんナ,びっくりキャラなんだって。 (*゜▽゜*)」 (違うという言葉を期待しつつ)D: 「ナニを『ホントは違います』アピールしてんねん。 あんたはそうやって言うとるやん。 こいぃーっちゅうねん。 」なんでやねぇぇぇ~ん!!がっくり。 _| ̄|●
2005.02.14
思い込みが激しいから,自分の身に起こっていることをそのまま受け入れずに疑問視することがあるとちょくちょく書いた。どれだけ思い込みが激しいかというと,それはも~う,たいへんなものだ☆ フフフ ( ̄+ー ̄)キラーン例えば幼稚園のお遊戯会の話。なぜこの話題になったのか覚えてないが,中学生か高校生の時,母との会話の際に話がそれに及んだ。茶摘踊りを披露した年のことで,手ぬぐいのほっかむり,水色の着物のようなもの,赤い前掛けに赤い紐でたすきがけ,手にもなんだか装着して草履も履き,上から下までまるっきり茶摘娘に扮した。同じ格好をした園児達が舞台にずらっと並び,音楽に合わせてダンスをしたのだ。記憶では,自分は舞台の中央よりにいて,それは優雅にその踊りを踊りきった。とても得意だったのを覚えてる。 ((((ノ^◇^)ノ ウヒョヒョヒョそう母に告げると,「ええ? 何言ってんの? 海ちゃんは列の端っこに立ってたし,しかも音楽の半分ぐらいの間何もしないでぼ~っと突っ立ってたのよ。」 と言うではないか!!えええ~!? そんなはずはな~い! o(゜^ ゜)○ウッキー と押し問答になったのだが,母が写真を持ち出してきた。|||||/( ̄ロ ̄;)\||||||| まじ~~? 確かにそこに写る彼女は,列の一番右端,しかもみんなが一斉に手を上げて踊っている最中に,両手をだらりと下げたまま,うすらぼんやりと宙を見つめて立っているではないか!! w(☆o◎)wガーン写真はうごかぬ証拠だな。 観念するしかないな。とお思いか?い~や,そんなことはしない。 ププッ ( ̄m ̄*)海は自分の好みの記憶をとることにした。だから今でもあの茶摘ダンスの時は,中央で,晴れ晴れと踊っていたことになっている。 (≧∇≦)_彡☆ ばんばん!笑いが止まらん! でもこのことには,とても深い衝撃を与えられたよ★記憶のいい加減さを,まざまざと見せつけられた。その他にも,友達と昔の話をしていた時に,1つの出来事を見ていたはずなのに,記憶がまったくかみ合わなかったりと言うことも多々経験。 (これは,それぞれの視点が違うということからも生じるから,仕方ないんだけどね。)とにかく,記憶って言うのが思い込みの産物でしかない事を,いろんなトコロで感じるようになる。そうして,自分が知ってる,覚えてるって言うことが,思い込みに過ぎないっていう感覚になってきた。「自分」が「存在してる」ってことすら,思い込みに過ぎないんじゃないかって思うし。 (≧∇≦)ぶぁっはっはっ!!唯一わかっているのは,宇宙はとてつもなく広くて,自分は何も知らない,わかってないってことだけだな。しかも,何がわかってないのかもわからないし,これもそう思い込んでるだけかもしれないから,始末に終えないや★ ξ\(^。^ ))))) オーホッホッホッホッホ~♪
2005.02.13
11日の朝,日本でのボランティア仲間,M君の告別式に参列した。享年24歳。とても若い死。実は彼とは,一度しか会った事がない上に,ほんのちょっぴりしか言葉を交わしたことがない。1年半ほど前,ある地域で行った子供フェスティバルで,仲間10人ほどでピエロになって参加し,他の催し物を行う人々と供に祭りを盛り上げたのだ。衣装も友人達で作り,顔にもペインティングを施して丸一日,会場である学校内をそれぞれの持ち場にしたがって,行ったり来たりした。M君は,車椅子に乗っての参加だった。当時,車椅子生活の理由すらも知らなかった。ただ,彼のきらきらしたやわらかなオーラにひかれた。障害があろうとなかろうと,ボランティアをいきいきと楽しんでいる精神。あ~,この子,すきだなぁ (*^。^*), と。それに,身体的障害を背負って暮らす人達に,私はひとしおの尊敬を抱く。そんな難しい課題を選んで産まれてくるなんて・・・と。自分自身の不自由さと取り組まなければならないことについては言うに及ばず,彼らに関わる周囲の人達にも何らかの深い影響を及ぼす,稀有で高潔な魂として。そして11日。棺桶に横たわるM君。会ったのは,やっと2度目。訃報を知ったとき,私はカナダを出る日の朝で,そんな距離にありながらも,可能であるなら参列したいと,迷いもなく強く思った。しかしふと我に返り,一回しか会った事がないのに出向くのはおかしいのかな?と躊躇する。M君のヘルパーをしていた,共通の友であるY君に後押しをしてもらうかたちで,参列させてもらうことにした。それになんと言っても,カナダから戻った翌日なのだ。自宅待機であるにもかかわらず,仕事も入らなかったのだ。呼ばれているとしか思えない。 (例によって,思いこみ?)M君と彼の家族は,オオネズノなんとかさんという神様を心の支えにしており,告別式はそれにのっとって行われた。白袴を着けた神主さん(とお呼びしていいのかな?)や,進行係の方々が,M君の御霊が健やかに心の世界へ逝き,また生まれ変わった時には,今世でやり残したコトをひきついで生きるでしょう。 そして残された人々が彼の魂を通して生を感謝することを・・・と,とうとうと述べる。いいお話だった。が,式途中で,違う,これはM君の言いたいことじゃない。 空中のどこかから聞こえる。?? (・_・?) ハテ?なぁに~?何を言いたいの~? o(°°)o ホヨ?そのまま式は進み,信主(喪主)であるお父様が,M君に向かって話をされた。「産まれてきてくれてありがとう。障害を負いながらも,精一杯前向きに生きる姿を見せてくれてありがとう。次に生まれ変わるときには,健康で自由に動き回れるといいね。」なんて愛情深いご両親なんだろう! でもまだ,「ちょっと違う?」という気がする。 まだ言われるべきことが言われていない。そしてさらに式は進み,お父様が今度は来場者への謝辞を述べる。遠目にもわかる,随分枚数のある原稿を手にされている。M君は,3歳で筋ジストロフィーと診断され,小学校5年生時より車椅子生活を余儀なくされた。友達に恵まれた彼は,地元で小中高と進み,大学へも進学する。自分に障害があることをばねに,障害者だからこそ活動できる,と福祉関係へ進もうと決意し,さらにそのフィールドを掘り下げようと大学院へも進学。ボランティア活動も始める。しかし,大学院在籍中に参加した研修旅行から帰ると,M君はがらりと人が変わってしまった。旅行中に,先輩にあたる人物から,心と体に深い傷を負わされてしまったという。お父様は,「虐待」を受けた とおっしゃっていた。学校の教授に相談をするも,さらに心無い言動に終始し,傷はいっそう深まった。M君の病状には,いつかお別れが来ると,家族全員で覚悟をしていた,けれどこんな形ではなかったはずだと。無念であると。(先述したY君から,「無念の訃報です。」 と知らせを受けたとき,仏教用語のそれとして受取り,M君自身の寿命をおおらかに全うし,安らかに往生したのだと思った。 けれどどうやらそうではないらしい。)そしてお父様は続ける。虐待を期に,前向きだった彼はふさぎがちになり,果ては自分を攻めつづけ,対人恐怖症にも陥ってしまった。弱りきってしまった心は,以前のように不自由な体を支えることはできず,この1年半で病状が一気に悪化した。けれどM君はそんなつらい状態でありながらも,その経験から心のありかたの大切さを繰り返し語っていたそうだ。そして,障害がある人達もない人達も,お互いに気持ちよく,やさしく助け合って生きていける世の中にしてゆきたいと言っていたという。友人たちと徐々に,また笑顔を取り戻しつつあった時の急逝だった。M君の志の高さが,私の琴線を思いっきり揺さぶる。君の人柄と,心に光を持つその信の深さに,たった一度しか会ったことのない私も強くひかれ,お別れにも参加させてもらったのだね。ほんの一瞬だったけれど,出会えて光栄でした。ありがとう。君の魂が安らかにあることと,君の思いが一人でも多くの人の心を照らすことを,心の底から願うよ。*合掌*
2005.02.12
日本に向かう飛行機の中で,久し振りに日本語の新聞を目にした。9日付けの朝日新聞で,一面は堂々の『中東首脳 停戦に合意』。歴史その物が争いの渦のイスラエルとパレスチナにも光明が!よ~し,このままその方向でゆこう! \(*T▽T*)/ワーイ ただし胡散臭いのが,同じ記事の見だしにあった『米仲介 和平進展へ一歩』アメリカ政府の行動が,イマイチ裏がありそうで信じられない。その証拠に,同じ日付の新聞には『北朝鮮のウラン濃縮計画に「証拠」(パウエル前国務長官の側近により告発)』,『米,「地中貫通核」研究を予算計上』,『次世代核兵器米が開発着手』という見出しの記事がおどっている。 やけに核,核という文字が目に飛び込んできて驚いたけれど,とうとうアメリカが次の段階へまんまとごり押しに入って,世界をケムに巻く作戦に出たな,と。それに核兵器に関しては,北朝鮮なんかよりもイスラエルの方が危ないし,朝日新聞も何をそんなにしれっと情報を流しているんだ?という感じを受けたよ。どうせ,この情報もイラクの時の『大量破壊兵器』と同じで,北朝鮮にはないよ。 次世代核兵器については,2年前ロレーン・モレ(LAUREN・MORET)さんが来日した際にお話を伺う機会があって,そのときにすでに彼女により情報はもたらされていた。 一昨年のクリスマスイブ,パーチーもせずに(言い訳:ダーリンはカナダにいて,私は急に当日休みになったの★)せっせと友人に流したメールを添付しよう。 きちんとしたメモをとらず,なかば記憶を頼りに書いた文章なので細かい数字が不正確であったり,ロレーン自身に起こった出来事に前後している部分があるかもしれないけど,そこはご愛嬌で♪ ロレーンは,確か別の機会にも,きくちゆみさんの通訳付きで日本で講演されたはず。 彼女とDUについてもたくさんネットで見られるよ。(英文が多いかも) 詳細を確認されたい方はどうぞ調べてね。 ********************** 12月14日(’03)にアフガニスタン国際戦犯民衆法廷の公判で,有罪判決が下されたプッシュですが,その法廷に承認として召還された,地質学&科学者のロレーン・モレさんのお話を聴く機会が12月23日(’03)にありました。 ************************************ロレーンは,核研究開発所に,廃棄物による土壌汚染を浄化する目的で数年間雇用されていた人物で,彼女を含めた他の科学者達も,自分達が核開発にかかわっていることや,放射線物質の性質などは露ほども知らないでいました。 しかしじょじょに自分の行なっていることが何かおかしいと気付き始め,ロレーンはある日「ここに居てはいけない」と思いたち,行動に移します。 自分の机を整理し全てを箱に詰め,そして研究所から貸与されていたポケベルとIDを返したのちに,自分の車に乗りこんで,颯爽と立ち去ったのです。 その後の悪夢のような信じられない現実が,彼女を待ち構えてるとは夢にも思わずに。 「彼等」は,ロレーンさんを執ように追いまわし始めたのです。 相次ぐ脅迫や,嫌がらせに,彼女の家庭は崩壊してしまいました。 当時彼女には3歳になる娘さんが居ましたが,その娘さんが13歳になった時,彼女の父親(ロレーンの元夫)をたきつけ援助して,娘を誘拐させ,その後5年間会えなかったそうです。 その後も脅迫行為は続き,ロレーンの口座は差し押さえられ,破産させられ,家宅侵入,車への侵入,差し押さえ,とにかく彼女の生活は機能しなくなってしまいました。 そんなどん底にあったあるときに,日本から証人として来日して欲しいとの要請がありました。 日本がどんな国かも全く知らず,ポケットには$20札1枚のみ。 滞在期間の2週間,きちんと食べていけるのかもわからず,不安を抱えながらも,アメリカ横断デモを行った人達が道中お金がなくなり,ごみ箱をアサって食いつないでいた話を思い出し,食事が与えられないなら,自分もごみ箱から食べればよいと,とにかく日本へ行こうと決心しました。 広島を訪れ,記念館で,被爆している人々は日本や諸外国だけでなく,アメリカ国内にもいたことを知ります。 その後ロレーンは,放射能汚染&被爆による被害についての知識をその道の専門家を凌駕するほどに学び抜き,今に至ります。 学会や会議を経るたびに,世界の科学者や,要人達がいかにこの放射性物質による汚染,劣化ウラン弾についての知識がないかを知り,またアメリカ政府の計画を知るにつれ,その信じられないような真実を,一般市民にも知らせる必要があるといいました。 1)原発の周囲に住んでいるだけでも,放射能汚染の被害にあっています。 (癌だけでなく、糖尿病・白血病なども放射能による被害である)2)劣化ウラン弾はその原発から出た,核廃棄物を基に作られた物で,着弾と共に高熱を発し,放射能を霧状にして散布させる,核爆弾です。 ************************************** これから詳しく記すことは,全てロレーンにより語られた事実です。(私の記憶違い,知識不足による表記違いはお許し下さい) 昨年(2004年)3~4月にイラクで落とされた劣化ウラン弾(以下DUと略)は,広島で落とされた核爆弾の250,000発分にあたります。 広島に落とされた当時の核爆弾は炸裂した後に,外部からの被害を与えることをねらって作られた物ですが,今回イラクで使われたDUは,内部からの被害を計算されて作られています。 DUは,着弾時に高温を発して燃え,放射性物質をガス状にしてばらまきます。 この方法だと,より多くの人達をより確実に殺すことが出来ます。 なぜなら空気よりも小さい粒子のため,呼吸器官や,防御服などを簡単に通り抜ける為,被爆すると,精子や卵子に及ぶ被害は永遠だからです。 1927年当時,H.J.ミュラーという科学者により,ショウジョウバエによる実験が行われていたのですが,核爆弾を1度被爆すると,4万世代先までその影響が続くということが,結論付けられていました。 この事実を米国政府は,広島に原爆を落とす以前から知っていたのです。 そして1943年,マンハッタン計画(広島・長崎の投下された原爆の開発・製造計画)に発展します。 DUが使用され始めたのは,91年の湾岸戦争からです。 当時使用されたのは,340t分の DU。 アフガニスタンでは,1000t分。 この前のイラクでは,2200t分が投下されています。 湾岸戦争時,米兵は2週間から1ヶ月現地に滞在しました。 その帰還兵251人を調査したところ,派兵前には健康な赤ちゃんを授かっていたのが,帰国後,実に67%の奇形時出生率を記しています。 その子供達は,無脳児であったり,目がなかったり,足や手がかけていたり,所々の臓器が欠けていたりしました。 もちろんアメリカの政府は,DUとそういった奇形児たちの出生との関連を一切認めていないのはご存知ですね。 バスラという,DU着弾地点から,100KMほど風下の地域では,流れてきたDUの放射線によって,生まれてくる子供達は,もはや人間の形をしていないことが普通です。 ただの肉の塊として生まれてくるのです。 足だけや,手だけや,どこかの臓器の一部だけが。 この状態は,340tのDUが使われたことの結果です。 今回のイラクでは2200tです。 汚染地域は,イラクとアフガニスタンのそれぞれの地域で直径1000miles(約1609km)に拡大しており,この地域は,空気,土壌,食べ物,水,そこに住む生き物の血,全てを汚染されています。 防御マスクも防御服も役に立たないのです。 そこに居るだけで,被爆します。 そして,半減期(放射性元素の原子数が崩壊により半分に減るまでの時間)は45億年,地球が形成されたのと同じ時間です。 そこに自衛隊を送るのは,彼等に死刑宣告をすることと等しいのです。 核兵器を戦争で使うのは,ジュネーブ条約やハーグ協定など,全ての国際法に違反しています。 7月に日本の外務省を訪れたとき,外務省から男性が1人,武器に関しての管轄(ごめんなさい日本語の名称がわかりません)からは女性が一人やってきました。 そこでまずおかしいと思ったのが,なぜ,その「従来の武器」管轄の機関から人が派遣されてきたのかということ。 その女性に,DUはただの武器ではなく,核兵器だと知っているのか尋ねたところ,答えはNO。 そして,外務省からの男性に,日本は核兵器が国際法違反だと知っているのかと尋ねたところ,YES,国際法に準じる意思があるのかと尋ねたところ,YESと答えました。 そして,被爆者の被害を告げると,こう言いました。 「でも,アメリカ政府はそこに関連性を認めていない。」 現在米政府は,第4世代核兵器を開発中です。 そしてこれは,ドイツ,フランス,ロシア,日本でも作られており,ドイツと日本はアメリカの開発基準とほぼ同等です。 日本で開発しているのは,大阪大学。 私達は市民として,この情報を知る権利があります。 アメリカであろうと日本であろうと,この核開発資金は,国民の税金から出ているからです。 米政府のねらいは,第4世代核兵器にとても近い効果を望めるDUを使うことによって,人体における影響ならびにその効果を試すことと,国際法ではっきりと禁じられている核兵器と従来型の兵器との境界をあいまいにし,米軍に新しい核兵器を取り入れるのをより容易にすることです。 あるとき,自分自身も目を疑うある機密文書を,アメリカのリバモア研究所で目にしました。 商業と軍事のサインをデザインしたマークがつけられたその文書には,これから米政府がさらに核開発をすすめ,監視衛星を設置するという計画が丹念につづられていました。 それらを設置する場所は宇宙。 宇宙にサテライトと軍事施設を配置し,そこから地球の監視をするのが目的で,個人の思考や体内情報,コンピューターや,携帯電話,FAXなど,デジタル化出来る全ての情報をそのサテライトから監視するのです。 (携帯のGPSシステムや,キャッシュレス生活の利便性の強調,動物の体内にマイクロチップを埋め込むことの奨励,この全てが布石でしょう。) 日本にも北海道と本州(の上空?ちょっとわかりませんが)にすでにそういった監視施設が設けられています。 このことに関しては,米国が,ヨーロッパの議会の議員達の個人情報を,スパイしている事実が発覚していることからもあわせて考えてください。 こうしてアメリカに世界の企業や,個人情報を優先的に集めることでアメリカ政府の繁栄が約束されます。 アメリカは石油経済国家ですが,世界中で今,原油の枯渇が想定されている為に,新しい経済基盤を確立しようとしています。 ***************************最後にロレーンは言いました。 私達日本人が出来ることは,1945年にマッカーサーが来日したときに,欧米より10年先行していた物理学を活かし,エネルギーの供給法を変えること。 優れた科学者や技術者を奨励すること。 そして日本人としての伝統と文化と誇りを思い出し,日本から発せられたこの活動の意味を見なおすこと。
2005.02.11
はぁ,日本につきました。1ヶ月ほったらかしにしておいた,アジトに潜伏中です。ここは,まさかスチが借りてるとは思えないような,安普請のアパートでございます。「なんとか‘荘’」です。6畳と3畳の和室,2畳のキッチン。しめて3万7千円なり。 (o_ _)ノ彡☆バンバン ギャハハハちょっと前にはネズミのうんこがありました。PCを置いてる棚の隅で最初に見つけました。ネズミ君のブツを見たことなかったので,うんこだよなーこれ・・・?? 鳥? こうもり? どこから入って来るんだ? ( ̄~ ̄;)??その後,キッチンの隅っこや,おしいれの隅っこに同じブツがちらほらと。友達に確認して,ようやくそれがネズミ君の置き土産と判明。でも食べ物とか,何にもかじられなかったんだよねー。最近のネズミはグルメらしい。  ̄\(-_-)/ ̄そして小さなゴキブリも出ました。虫もなるべく殺さないようにしてるし,大きいのは逃がしてあげたりもするんだけど,ごめんなさい,この赤ちゃんゴキブリは二度ほど水で流してしまいました・・・。 (。_。) ゴメンでもその後,もう誰も尋ねてくれなくなりました。みんなつまんないと思って,帰っちゃったみたい。 面白いもんで,別に殺虫剤とか殺鼠材とか使わなくても,きちんとお願いすると,皆さん出て行ってくれるの。ま,こんなトコですが,日本での活動拠点♪詳細な所在地は,家族にすら知らせておらずヾ(ーー ) オイオイ,誰もここに住んでるとは知らない・・・。秘密過激作戦に備えて,ひっそりこつこつと,イロイロ作ったりするのさ・・・。 (大ウソ★)
2005.02.10
友が入院した。長引きそうだと聞いたので,活字を追う元気がある時の暇つぶしのために,日本語の本を数冊持って, 今日またお見舞いに行く。がんばりすぎるほどのがんばりやさんで,前回見舞った時はこの期に及んでもまだ,やろうと計画していたことを手放す気はないようだった。活動していないと不安になるタイプの彼女にとって,今回のこのつらい時間は,間違いなく「少し休みなさい。」とのお達しだと思う。今のところ命に別状はないとのこと,これから彼女がどう変わるんだろうかと楽しみにしている。(もちろんこれは,ベッドに横たわる彼女には内緒だ。 弱り目に祟り目になったらイヤだしさ★)さて,どうやら私はとうとう明日,日本へ戻らねばならないらしい。嬉々として休みを延長し続けたけど,スケジュール調整の限界に来たので戻らないわけにはいかない。はぁ~,いきたくないよ~。 (+o+)登校拒否児の気分だよ~。 ( ´△`) アァ どうしちゃったんだろうねぇ,昨夜はものすごいイヤイヤ症候群に,初めてなった。普段戻る前1週間ぐらいから,気分的に日本への準備を始めるのに,今回はそれをあえて避けたからかな?カナダに居たい気持ちがますます強くなってるンね。仕事に行くのがいやなんじゃなくて,太平洋越え通勤が考えるだにしんどいの。ダーリンが「イッカナイデ~」って小さな男の子みたいな日本語で言ってくれるのが,聞く度に噴出すほどおっかしいんだけど,可愛いから許そう。 (* ̄m ̄) ププッそれにいくら駄々こねてみても,行かなきゃならん時は行かなきゃならんだから,行くさ!そうさ,俺は漢(ヲトコ)さ!! 押忍!でも☆まぁいいや,こんな気分の日もあるさ・・・。と,イヤイヤモードを満喫。( ̄。 ̄)ボーーォ 起きるのもイヤで,欲望にそってもっと不貞寝してあげたら,腹がくくれてたよ★さ,日本に戻る準備だ!
2005.02.09

すこぶるお天気がよろしい!木漏れ日がやさしく光っている~!るんたったるんたった♪だんだん春日が多くなってきた。まだ2月始まったばかりだけど,こちらでは3月になったら,日焼けを気にしないといけない。(緯度が高いせいか,紫外線の量が多い気がするのだ。)ほっておくとまず第一に,手が焼ける。あんまり気にしないが,手の甲だけ真っ黒だとちょっとおかしいから気にしようと思いつつ,毎年忘れ,黒くなってから,はっ! しまった! (°◇°;) と気づく。(遅いって。)今年こそっ!! シュッシュッ (」=ロ=)―○今日は朝から種まきをした。もうすぐ日本へ出稼ぎに行くので,その前に,近い将来我々の食卓を潤してもらう野菜やハーブたちと,以前ブッチャードガーデンに行った時に買った花の種を蒔いといた。去年はあんまり何も考えずに普通の種を蒔いたけれど,今年は野菜の種は,全てオーガニックを見つけた。 むふふ,楽しみだわ~♪やや割高だけど,調味料でも素材でも,オーガニックの物をなるべくとるように心がけているから,オーガニック野菜を自分で育てられるのがまた嬉しい!! キャーq(≧∇≦*)(ほんとは,土まで吟味してオーガニック土にしないと,「オーガニック」と呼んではいけないらしいが,そこまで細かいことはいいやね★)種によって,蒔く深さが違うので,種まき用のふかふかの土に,指で指示されてる深さの穴を開けていく。きもちいい~。 (@^∇^@) わぁーいその穴に,種を一つずつ,がんばってね♪と声をかけながら入れたら,そっと土をかぶせる。それから猿蟹合戦のように,「早く芽を出せ全ての種!」と歌いながら水を上げた。私ができるのはここまで。後は空を飛んでるうちに,太陽とダーリンが彼等の面倒を見てくれるでせう。帰ってくる頃には,植え替えができるぐらい大きくなってるかな?もしかしたら,大家さんがお庭の一部ちょっと貸してくれるかも?ジャガイモとか人参も植えたいモンなぁ。ん~,楽しみだぁ~! ρ( ^o^)b_♪ランラン♪
2005.02.08
レストランに行くとよく使うけど,おうちにいる時は別に使うことないのがナプキンやねー。できれば使い捨ての紙よりも,布のほうが上品な気がしていいんだわ。って,そのナプキンやなくて,女の友達,生理用品の方のナプキンやで~。もう3年ぐらいたつかな,布なぷを使い出して。留学中にホストマザーが,「1人の女性が一生涯に使う生理用ナプキンの量を考えたことある!? ものすごいごみの量だわよ!!」と冗談交じりに言っていたのがずっと忘れられず,かといってタンポンはどうしても使いたくなかったので,必然的にお座布団の世話になっていたわけです。でもごみを減らしたいと言うことと,市販のナプキンが石油を使って作られてる部分があるって言う話を聞いてから,デリケートなとこにそんなモンあててたのか! 不快になるはずだな! 資源保護! ナントカならんもんか! と心の片隅でずっと思ってた。そしてあるとき,布ナプのコメントに出会い,これだ!! と聖子ちゃんなみにビビビッ☆ときたので,速攻で注文を。手始めは,そのサイトで紹介されていたオーストラリア製のブツから。(WEMOONというやつでした。)1枚1000円ぐらいだったかな?高いとは思ったけれど,コストパフォーマンスと,環境への影響を考えたら,プラスの投資ということで,大小合わせて9枚ほど購入。(内何枚かは友達にあげてしまった。)最初は洗濯でどれぐらい血液が落ちるか,またそれを自分がどれだけ気にするかがわからなかったので,ちょっと汚れが残っても気にならんようにと,真っ赤なのを選んでみた。(他にもいろんな色&柄があって,見るのも楽しかった。)届いてみると,ネル素材のコットンでとても柔らかいし,見た目も可愛い。早く使いたくなってくる。 うきうき♪いざ使ってみると・・・・?これがすこぶる気持ちがよろしい!感動のあまり,すぐに同僚達に力説してみせたぐらい!!以降,次の生理が楽しみになったぐらい!!!まずね,ぺったりはりつく感じが一切なくて,ムレない痒くならないかぶれない。それから,女の子ならわかるだろうけれど,経血が出るときの,あのなんとなく抵抗のあるようなかすかな押し出されるような感覚が一切ないの。(カタマリも出なくなった。)普通に呼吸するような感じで,今生理だってことすら忘れてられる。最初にGETしたのはウィング付で,羽の部分にボタンがついてるので,それでぱっちんと留めちゃう。ずれるかなと思いきや,下着もコットン(海は元から生理用下着使ってないので。),ナプキンもコットンで,繊維同士がうまく絡むらしく,ま~ったくずれません☆ 吸収力も抜群♪市販品使ってた頃は,夜,後ろもれするのが心配で,夜用+普通サイズをさらに後ろにあててたけれど,それでもすべって失敗してたときもありました。 (/-\)いやーんちょっと前に,パンパースみたいにはける生理パンツで,絶対にもれません!っていう宣伝見たことあるけど,あまりにも不自然で笑っちゃった。 (使ってみたら具合がいいのかもしれないけれど,ごみ倍増だよ,やっぱり★) が!布ナプになってからは,夜用のを1枚,ちょっと後ろ目にずらしてあてておけば,後方にすべった分もきっちり吸ってくれるので,もれませ~ん! d(゜ο゜)o よくできました!当然ながら洗濯するわけですが・・・。水につけて放置しておきます。(時々ティーテゥリーオイルを数的たらして殺菌するけど,洗剤もなるべく使わない生活にしてるので,それ以外は強固に水のみで。 (* ̄m ̄) プ)そして3~5時間後にワシワシと手もみをして,シミがあるときだけはじめてちょぴっと石鹸をつけ,後はゆすぐ水がクリアになるまで流水で揉み洗い。その後は,お天道様に日光消毒もかねてお願いしておくだけ♪ 天気がよければ薄いのは半日ぐらいで乾くよ。 (生理が終わった頃に洗濯機で他の衣類と一緒に洗って,次回に備えます。)それからね,この付け置きしておいた水をだね,植木にあげます。(だから,余計につけ置きの時は水だけが望ましいのでありマス。)一滴も,無駄にはしません。 (≧∇≦)ぶぁっはっはっ!!(お庭があれば蒔きたいけれど,ないので植木がもう水イランと言う時は,すごすごと捨てるけどね~★)すると,植木,ものすごく元気になります。オーラもがんがん強くなります。血中のリンが,植物によろしいんでしょうと友達が分析してくれました。(ホントかな??)そうやって,自分の血を養分に採ってくれる植物を見ると,彼らのためにももっと血をきれいにしようと,食べ物にも気を配ります。いい循環ですね~♪ ププッ ( ̄m ̄*)扱いに慣れた頃に,普通の生成りのネル布を買って,自分でも作ったよ。布を大小の長方形に2枚切り抜いて,小さいほうを大きいのの真ん中に載せて縫うだけ。かんた~ん!これは3つ折にして使うの。多い日は,何枚か重ねたりして工夫をしつつ,軽い日なら,面を変えられるから1日1枚で済むことも。ただし,この布なぷ,長時間お出かけする時や,仕事の時はチト不便。何度かはがんばってジップロックの袋に入れて持ち運び,帰ってから,またはホテルについてから洗ってたけど,血は時間がたつと臭いも強くなるし落ちにくくなるのね~。(血は8時間程たつと変化するんだって。)それにホテルだと滞在中にきちんと乾かなくて困る。ので,そんなときは無理せず市販の使い捨てのにお世話になる。布なぷに慣れた身には,あのぺったり感が毎回新鮮に不快だけれど,利便性をとらないとかえって不愉快(=ストレス)になることもあるので,臨機応変に使い分けてるよ。布:市販 = 7:3 ぐらいかな。それから,同僚にこの話をしてたときに気づいたこと。反応は様々で,みんなたいてい驚いてたけれど,自分の経血を洗うのなんて絶対にいや~!キタナ~イ!! (≧ε≦)ノ ブーって反応をする子達のほぼ100%が,よくよく聞いてみると,ものすごい生理痛に悩まされてた。本人達には言わなかったけれど,女性であることの証である生理を受け入れられないのが,痛みの一因でもあるんじゃなかろうかって密かに思ったよ。30~40年も付き合う現象だものね,自分の体のために快適にしてあげたいよね。無理せず,楽しく布なぷですな~♪ \ ( @^◇ ^@)/
2005.02.07

いつの間にかカナダに春が訪れていた。うちのご近所さんの家の木々は,花の蕾がかなり大きく膨らみ始めていて,もうすぐ御対面できそうだ,楽しみだと思っていたら,ダウンタウンの通りは,桜がもう満開になっていた。 まだ梅の時期だと思いそうだが,こちらでは梅はめったに見ない。桜の花も,日本の桜のように淡いピンクよりもずっと濃い紅がかったピンクだ。(そういう種なんでしょうね。)でもやっぱり桜は,日本で見たいかなぁ~。周りの植物との兼ね合いがあるしさ。日本のちょっと湿気を含んだ空気の中で見るのが,一番しっくり来る気がするよ。 (刷り込まれてますね,そういうイメージを☆)それから, 街に出たらよく行くカフェで,とっても素敵な絵と出会ってしまった。 (ついこの前までは壁に何もかかってなかった。)オーダーした飲み物をすするのも忘れて,放心しきって見入っちゃった。同じ画家のだと思われるものが,他にもっと何点もあったんだけど,この絵がダントツ!アーティストに連絡を取りたくて,カフェのおじちゃんに聞いたら,彼の家族が昔南米から購入してきたものなんだって。額も,全て手彫りらしい。しかも,興味があるなら売りますよ。だって。ぐぐぐ。欲しい,けど・・・。あの空間で,皆に見られた方が,絵のためによろしいんじゃなかろうか。それに,そんな金満家みたいなことするのは気が引ける・・・。
2005.02.06
ここ最近で,最高に天気がよかった日,例の散歩コースに出た。赤いカフェの近くの桟橋に,陽気に誘われて人がたくさん集っていた。釣りをするティーンエイジャーの可愛い男の子達。それをながめるおじ様。橋の先っぽでぼんやりと座ってるおじいちゃん。みんな,ほっこりほんわかと陽射しを楽しんでる。日光のせいかどうか,この日の桟橋の下の海水はとても澄んで見えた。何かが釣れそうなのに,間一髪で取り逃がしては嬌声を上げてる子達を眺めるおじ様に,彼らは何をとろうとしてるの?ときいてみた。カニだそうだ。え~,カニなんているの~?と4~5m下の水面を見ると,たしかにいる。かなり大きいやつが☆釣り針をつかみそうになるも,少し考えるようなしぐさをした後に,やっぱりや~めたという態度ですすすっと移動を繰り返し,最後にはしつこいなぁって言わんばかりに釣り糸を振り払ってる。 (=^^=) ニョホホホそうこうするうちにはぜのような魚が,釣り針に興味を示しだした。男の子はカニを釣りたいらしく,魚が食いつこうとするのを何度もかわしてカニの目の前へ針をたらしなおすけど,結局魚が釣れてしまった。すぐに針をはずして逃がしてあげてたけど,逃げろ~!!!って一目散に泳ぎ去るその魚を見て,怪我しちゃったんだよな・・・楽しむだけの釣りなら,しなくてもいいのに・・・と思っちゃったヨ★その桟橋は何度も行っていたのに,ほんとに初めて,たくさんの生物がそこに共存しているのを見られたのが素敵だった。ヒトデもちっさ~いのからどでかいのまでたくさんいたし,私は見なかったけど,アシカも遊びに来てたそうだ。いろんなサイズのヒトデを見てたら,ヒトデはどうやって生まれるんだろう? 卵からかな? って疑問になったから近くのおじいちゃんに聞いてみた。しらないって。 そっかー。 o( _ _ )o ザンネンそれからたくさんのくらげ。何でだか,くらげ大好きなんだよね。あの,ふうわりぷうかりと浮かぶ様を見てると,時間を忘れてしまう。桟橋の突端は水が触れるぐらい近い代わりに,水底がかなり深い模様で,底がまったく見えない。その分,水がとても濃い深緑で,プランクトンらしきものが,その水中で金箔のかけらみたいにぴかぴかと光を反射してる。目の前のくらげが弛緩したまま,でろ~んとなっているのや,カサを閉じたり開いたりしてるのを見てたら,誘われてる気がして,そのまま水の中に入って私もくらげになりたくなった。まだ水温低いから,思いとどまったよ。さされると痛いしね。どんなにがんばっても,くらげにはなれないしね。 ちぇっ。 ちぇっ。
2005.02.05
フェルナンド神父のヒーリングを受けてから,ほぼ一週間がたつわけだが,相変わらず私の視界はすこぶるよろしい。視力を測ったわけではないから,数値を示せないのがつまらないが,1~2年前に測ったときには0.3ぐらいだったかな。それからさらに悪くなっていたと思われる。何せテレビは画面に80cmぐらいまで近づかないと,登場人物の表情が見えなかったし,本を読むにも眼前30cmぐらいまで近づけないと目がしょぼしょぼしたり。車を運転するにあたっては,サインを通り過ぎる間際にしか読めなかった。 (さすがに不慣れな場所へ行く時にはメガネをかけたけれど。 すぐ酔うのでまたこれがつらかったのだ。)それが今では,テレビは2mほど離れたカウチに座っててもきちんと見えるし,街中のサインがちょっと遠くからでもきちんと見える。視力,0.6か0.7ぐらいにはなってるんじゃなかろうか。O(≧∇≦)O イエイ!! さて思いもかけない贈り物をいただいて,感謝をするし,起こったこと自体に対して疑問をさしはさむ余地はないのだけれど,それが起こった経過を追うに,疑問がわいてくるわけよ。例えばてかざしを受けて人がパタパタと倒れたのは,集団自己催眠的な要素はなかったかとか。「病は気から」を信じている身としては,まず第一に,痛みや病を作り出したのが本人だということに着目するわけですな。それが瞬間的に治ったということ自体が,あのエネルギーの助けにより,個々人の持つ自己治癒力にうまい具合にアクセスさせてもらえたことを証明してるのではなかろうか,とか。こんなことを言い出すのも,教会の列で待っている最中に,ダーリンがこう言ったからだ。「どれだけ信仰心があるかにもよるよね。 信仰心が深ければ深いほど,効果も絶大にあるはずだよ。」それを聞いてハタと思った。もしそれが本当なら,誰かに治してもらう必要はまったくないのじゃないか,と。だってそうじゃない?信仰心てのは,本人が培わない限り,誰からも教えてもらえるわけではないし,例えば神様と呼ばれる存在と個人との間でとりかわされる出来事を, その人がどれだけ体感できるか,前向きに捉えられるかってことでしょう?(まぁ,これが私の「信仰心」に対する解釈なわけですな。)ということは, その個人が「気づいて」いさえすれば, そのパワーにいつでもアクセスできるはずだし,そうすることによって,あの至福のエネルギーを自分自身でまとえるはずなんだ。フェルナンド神父の行いは,ものすごいことだった。お会いできて幸運だった。そしてその力を使っての,彼のとことん利他的な行為は感動的だった。 (疲れてるんじゃないかって,肩をもんであげたくなったもの。)ここは間違いないことだ。私が行った翌日にも,また彼のセッションがあり,そちらに出向いた人があとから話してくれた。フェルナンド神父いわく,彼はあくまで主の媒体または道具で,みんなのことを癒せるけれど,自分に頭痛があるときは,タイロノール(頭痛薬)を飲むそうだ。 (^▽^) ハッハッハタイロノールの件はただの冗談なのかもしれないが,それがホントだとすると自分は治せないってことか・・・。じゃあ,私が先にあげた疑問や仮説は,行い手に関して成り立たんわけだね・・・。 ふむ。 (- .-)ヾ ポリポリそれなら仕方ない,私の理解力を超えた奇跡だということにしよう。 (ノ*゜▽゜*)ニパパパ今回のことで感じたのは,あの恒久に広がるエネルギーを,我々個人が,自分達自身でも体現し,いかに利他的に行動できるようになるかが,人として生かされることの課題ではないのかな~,ということ。そうすれば,たとえ自分を癒せなくても,その自分を癒してくれる誰かが近くに必ずいるわけでしょ?そしたらサ,お薬もいらないし,争いもないし,いつもお互いを助け合おうとする人達ばっかりになるね☆まぁ,言うは易し,行うは難しだろうけどね★ そうすれば世界は,間違いなく平和になるだろうなぁ。(*^∇^)
2005.02.04
壇上に上がってから,神父さんの一挙手一投足にますます釘付け。ほら,私目が悪いでしょ。 でもメガネは気分が悪くなるし,コンタクトはソフトでさえ涙がぼろぼろ出てつけられないので,いつもうすらぼんやりした視界のままでいる。だから,遠くからだとオーラは見えても,表情とか見えないわけですよ。 なので,至近距離で,彼の目を見ることができてさらに嬉しくなる。すぐ隣に立つ人は,赤毛でそばかすの浮くお兄ちゃん。列に並んでるときもずっと前にいて,何か鬱積したものがある人だなぁ(余計なお世話★)と思っていたら,なにやら前置きをして神父さんに話しかけだした。肩が触れ合うぐらい近くにいたのに,何を話してるのかはさっぱり聞こえない。二人ともつぶやくように会話をしていたし,私もダンボになるつもりはなかったので,所在無く立っていたけれど,彼の一言が,フェルナンド神父さんを吹き出させていた。 (何を話してるんだろ?)お兄ちゃんの頭をかき抱いて,ほとんどあやすようなしぐさでハグをする神父さんの様子が微笑ましい。柔らかい愛の波を感じて幸せになってしまった。そうこうするうちに,そのお兄ちゃんも倒れた。おや,私の番だね! (0゜▽゜)0 ワクワク壇上にあがってから,何から口に出そう? なんて挨拶しよう? とか,いきなりどこそこが痛いって言っていいのか? とか,愚にもつかないことにいろいろと考えをめぐらせ,皆さんが何を言ってるのか聞こうとしたけど,さっぱり聞こえない。総じて健康体ではあるが,生活習慣から来る腰痛と,近眼がネックだから,この2つのことを伝えようと思いついていた。彼が目の前に立った時,自然と出てきた第一声は,“Nice to meet you Father.” 目をきっちり合わせ,にっこりと笑いながら,彼の手をとっちゃったりもしてる。 ププッ ( ̄m ̄*)一瞬目と目で深く語り合った。 (エエ,何を!?)彼が,“What would you like me to pray for you?” (何を祈って欲しいのですか?) と静かに問う。さあ,今よ! 腰と目を治して下さいってお願いするんですよ!! 親愛の情を表す視線は一秒たりともはずさず,相変わらず微笑んでる口元からささやかれたのは,本人ですら予期していなかった言葉。“For the world.” 一瞬きょとんとする神父さん。幾分しっかりした声で繰り返してみた。“For the world peace.”(おい,こら!) 。。・・((; °°)言った本人が,内心一番びっくりした★何らかの思いがフェルナンド神父の中を通り抜けた様子で,一度目をゆっくり,きぅっとつぶり,再び視線を合わせた後に,また目を閉じてお祈りを始める彼。てかざしが始まった。何をされたかよく覚えてない。多分直には触れなかったと思う。額に手をかざされ,彼のささやくようなお祈りが耳に入りだしたとき,自然と目をつぶった。そこからは,エネルギーの渦!!体が勝手に揺らぎだす。持ちこたえようと思えば可能だったけれど,そんなことはどうでもよくなる,強烈なのにこの上なく心地よいエネルギー。抵抗することの無意味さを,細胞の一つ一つが主張してる。はい,いきました。ストーンと後ろへ。 (* ̄。 ̄*)。。。oO 支えてくれた人がゆっくりと床へ横たえてくれ,しばし静寂をたゆたう。意識はあるの。起き上がらなくちゃと頭の片隅で思いつつも,身動きが取れない。その間の感覚は,あれをこそ“Eternal Bliss”(永遠の至福)と言うのではなかろうか。他になんと表現していいのかわからん。。・。・°★・。・。☆・°・。・°。・。・°★・。・。☆・°・。・° とにかく圧倒的な幸福感。。・。・°★・。・。☆・°・。・°。・。・°★・。・。☆・°・。・°しばらくしてから,ぱちりと目が覚めた。半身を起こすも,まだ立ち上がれないから,そのまま,またしばし静寂。 (@ ̄◇ ̄@)。。。oO○ ようやく起き上がり,身づくろいをして壇から降りる。足元がまだ覚束ないので,再度教会の椅子へ座った。隣にいたお兄ちゃんも,倒れて起きて,椅子に座って放心してる。 (*^^*)それからの感覚については,なんと言えばいいのでしょうね。ようやく永~~~い眠りから目が覚めたような感じ。ろうそくに火を灯して,イエス像に目をとめてから教会を後にする。カフェに行こうと思いたち,通りを歩き出したとき。( ・_ ・)ん? 腰が痛くなくなってる??あら??看板の文字がいつもより見えるんですけど・・・。 (・_・ )( ・_・)キョロキョロ(☆゜o゜)ハッ視力があがってる~~~~!!!???お願いしてないのに癒されちゃってるよ。びっくりダヨ。 ありがとうって言葉にするのももどかしいぐらい,感謝が全身を包んだよ。長生きしてみるもんだね,こういうこともあるんだねぇ・・・。 。・:*:・( ̄∀ ̄ )。・:*:・ポワァァァン・・・
2005.02.03
神父さんのお話は一休み☆ (あと1編か2編続きます。)今日は昨日MLで流れてきたお知らせをUP。劣化ウランについても後日詳しい話をあげますが,その一環で。鎌仲さんの「ヒバクシャ」は,かなりよかったの覚えてるんだけど,何せ他の映画も全部同じ日(昨年の東京平和映画祭:http://www.peacefilm.net/2004/index.html)に一緒に見たので,ちょっとワヤになってます。この平和映画祭は,今年も4・16にありま~す。(http://www.peacefilm.net/) 「911~」と「テロリストは誰?」以外は見たことないので,ぜひとも行きたいでもまたおシリが痛くなるかな~? (・。-;さて本題。NHKで放映されたということだから,もう見た人もいるでしょうけど・・・。*********************************************************鎌仲ひとみ監督と見る 『イラク 劣化ウラン弾被害調査-ドイツ人医師13年の足跡』 *********************************************************▼ 日時:2月13日(日)午後6時~8時▼ 会場:総評会館裏 APPF事務所 (神田淡路町1-21静和ビル2階、B号室 総評会館裏 最寄駅:地下鉄都営新宿線 小川町、東京メトロ千代田線 新御茶ノ水、東京メトロ丸ノ内線 淡路町、JR中央線 御茶ノ水)▼ 参加費:500円□『イラク 劣化ウラン弾被害調査-ドイツ人医師13年の足跡』の上映□ 1月27日、神戸市立藤原台小学校で行われたワークショップの報告(予定)●『イラク 劣化ウラン弾被害調査-ドイツ人医師13年の足跡』先日NHKで紹介された劣化ウランについての番組イラク 劣化ウラン弾被害調査-ドイツ人医師13年の足跡』(ドイツ制作)が大きな反響を呼んでいます。イラクで凄まじい増加を見せている子供達のガンや白血病の原因を、まさに命を賭けてこの問題を告発したドイツ人医師の行動を通して、劣化ウラン兵器へと絞り込んで行くスリリングな展開。この番組のビデオを、早くからこの問題を取材し、「ヒバクシャー世界の終りに」で世界の各賞を総なめにした鎌中ひとみ監督とともに見てみませんか?劣化ウラン廃絶のために今一番必要なことは、真実を伝えることです。劣化ウラン廃絶キャンペーンは、昨年の産声を上げて以来、イラク拘束事件という荒波を超えて大きな一歩を踏み出そうとしています。ぜひ、新たな仲間たちとの出会いを広げる機会にしたいと考えております。一周年のお祝でもあります。食べ物、飲み物持ち込み大歓迎!****************************劣化ウラン廃絶キャンペーン http://www.cadu-jp.org/WEB担当:熊谷 宏 peace21st@ybb.ne.jp************************総評会館の裏手ということなので,総評会館の場所の詳細をこちらから見て,APPF事務所の見当をつけて下さい。(笑) → http://www.sohyokaikan.or.jp/これもぜひともみたいので,仕事がお休みなら行くだろう。その頃は日本だから・・・。
2005.02.02
ヒーリングに関して,何が行われるのかよくわからなかった私は,相変わらず最後列でことの成り行きを見守っていた。彼は,最前列に座る人達一人ずつに言葉をかけ,体の一部を触ってはまた次の人に移っていく。ふれあいの長さは,時間にしたらたったの数秒とか,長くても1分程度。気絶・・・と言っていいのかどうか,後ろ向きにふぅ~っと倒れる人達も出だした。何人目かはわからないのだが,あるお年を召した女性が,壇上のマイクへゆっくりと近寄り,震える声で静かに話した。「腰の痛みがひどかったのですが,たった今その痛みがなくなりました。 主よありがとう。」ナ,な,何~~~!!!??? \(°o°;)/ウヒャーその後も,なんとか言う病気のせいでどこそこに痛みがあったが,それがなくなった。と言う人々が,「主よありがとう」と言っては去ってゆく。私自身,レイキもするからそういうことに対して抵抗はない。ただそのあまりの即効性に,畏敬の念を抱きだしたよ。イエスが行っていたと言う,例の癒しを施す姿を,私は今フェルナンド神父を通して目撃しているわけだな?!静か~な感動が,全身の毛穴をちりちりと刺激しだした。はじめは半信半疑だった人々も,だんだん前方へにじり寄っていく。 両脇の通路には,早くから列ができ始めていた。私も受けてみたい!という欲求が沸いてくる。だけど,ほら,クリスチャンじゃないし,特に悪いところもないし・・・。と遠慮がちな気持ちでいたのだけれど,体は正直で,気がついたら最後列から中央ぐらいの席まで移動していた。 (* ̄m ̄) ププッそれでもまだ,や,もっと他にこれが必要な人がいるから。といいきかせる自分がいる。でも一緒に行ったダーリンが,仕事の合間のランチタイム1時間しかなくて,受けるのなら今並ばないとと言う状態になり,エイヤッと列に加わった。結局ダーリンは時間切れで仕事場に戻ったのだけれど,その後も私は神父の行いを見続けた。彼のオーラは,ものすごく密度が高いエネルギーに覆われているような白金で,彼の肉体は精妙なフィルターに包まれているようだった。他の人と比べても,明らかに彼の周りだけエネルギーの粒子が別次元の精度になって,肉体をぼやけて見せてる・・・肉体粒子そのものが超高速で振動して見える・・・としか言いようがない。列は途切れず,ぜんぜん進まない状態が多分1時間ぐらい。その間も神父の手かざしを受けて倒れる人が後を立たない。倒れる人を支える人が必要だから,教会メンバーで力もちの人,壇上に集まってくださいとのアナウンスまで入る。並んだ列がまったく動かず,私は次第にいらいらしてきて,最前列の人に「適当なところで見計らって動くってこと考えないのかね~。」と嫌悪感を抱いてみたり。 (* ̄m ̄) プ幸いそのことにすぐに気づけたけど★「あ,さっき神父さんが言ってたじゃん。こういうのも,掘り出さないといけないんだよって。」「クリシュナムルティも言ってるじゃん,個の中の否定的感情が世界に反映されてるんだよって。」自分の中のそういった負の部分を見つめることができ,押し込めることをせずにそれを花開かせたら,あとは自然に枯れるのね♪その後は嘘のように穏やかな気持ちで,待っているという気すらおきずに待っていられた。そこからはもう時間なんていっさい気にならない,「今」の連続だったよ。促されて他の人々と供に,壇上にあがる。馬の蹄鉄型にゆるく広がって,神父さんが自分の所に来るのを待つ人々は,とても穏やかな顔つきになっている。そしてのきなみ皆さん倒れてゆく。私の番まで,あと数人。どきわく。 (* ・・*)
2005.02.01
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