2007/09/18
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カテゴリ: 物語
『†Curse of blood†』 月ノ章 1-06【哀奏】
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月ノ章 1-06【哀奏】
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―ミュークSIDE―


  隠匿された書庫に漂う空気の質感が、明らかに変わっていた。
  それは意志の耽溺によって生じる、時間の輪郭さえ曖昧になるような空間。

「さて、まずは礼を言うべきかの?」

「まだ2日もある…考え直してみてはどうかな?全てを知る事が幸せであると決まった訳でもあるまいに…」

  まるで子供に言い聞かせるように、聴く者に安心を抱かせる声であった。そこにはただ、長く生きただけでは足りぬ、濃密な何かが感じられた。

  ―そう、ヴィルヘルムは知っているのだ。

  アレシャイムの典礼魔術の全てを記した『銀の魔法書』を用立てたのが、この老人であるのなら間違いはないだろう。
  枢機卿位にありながら、我の目的を知って尚、その手助けをしたのだ。

  夜の気配を纏わりつかせながら、我の紅玉の瞳が妖しい輝きを放つ。
  溢れ出す『力』に身を委ねる。心の奥底、ずっと眠っていた何かが首を擡げる。それは、とても魅惑的で恍惚な瞬間でもあった。

「よしなされ、エルダー。今更、この老骨の心を覗いても、面白いことなぞ何もないはずじゃぞ」

  ヴィルヘルムは鼻頭に掛かる眼鏡を指で押し上げ、その唇に微笑を浮かべた。しかし、その眼は笑ってはいなかった。笑みとは別の光が読み取れた。
  それを正面から、微動だにせず受け止める我の瞳に、老人は深く嘆息していた。

  「知らずにはおれぬかの…それを知れば、ミューク・ウィズイッド。お主も逃れられぬ運命に縛れる事になるやもしれぬぞ」

「目を背け、得た、偽りの生を生きる事が幸せとは思いません。『私』は知りたい。アレシャイムには母の意志が眠っているはずだから…」


  ―想いは打ち寄せる波のように、満ちては退いていく。
  それはとても、遠い日。
  今も尚、『私』を縛り付ける鎖。

『私を…チェルシーを忘れてしまったの?・・・・・・お母様』

  まるで、闇そのものであるように、妖艶な美しさを纏った女性。
  私の必死の問い掛けにも、母の表情は凍りついたままだ。ただ、その瞳だけが悲しい色を燈していた。
  私は母に認めて貰いたかった。ただ、それだけだった。
  力の覚醒を迎えるまでに、屋敷の蔵書室にある全ての本に目を通し。その知識は彼方の世界に至るまでに、造詣深きものとなっていた。
  既に落日の下に晒されつつある、ウィズイッドの威光を、もう一度世界に知らしめるべく。様々な知識を集積した。
  それが次期当主たる私の役目だとも信じていた。
  だが、如何ほどに知識を、力を、手に入れようと、母は悲しげにそれを見つめるだけであった。

  ―拒絶された。

  そう感じた。
  だが、今になって想えば、母は怯えていたのかもしれない。

『私は何か大切なモノを壊してしまったのだろうか?』

  いや、母はきっと視ていたのだろう。私の内に眠る未来の姿を…
  母は歴代の継承者の中でも、最も優れた『先視』能力の持ち主だった。

『…この子の背負う宿命を少しでも私が肩代わり出来るのなら』

  それがウィズイッドに継がれし『夜』を継承した際に、触れてしまった母の心の欠片だった。
  我は最初、その言葉の意味するところがわからなかった。しかし、ひとりの人間の女、エレシアム・リュズレイの心に触れたときに、母の想いの一端に触れた気がした。
  今は遠い場所であるのかもしれない、しかし、その想いを忘れぬように…消さぬように…
  我は余命幾ばくもない母の眼前で、継承した『夜』の力に制限を儲け、覚醒した『力』に限っては、完全に封印した。

  それが母の意志だと感じたから…だからこそ、『私』は『我』であるのだ。
  母の衷情を確かめることは、『私』という存在の内包を明瞭にし、そこから導き出される未来の外延を確定することに繋がるのだろう。


「何が正しくて、何が間違っておるかなど、誰にもわからぬよ。我は『私』の想いに身を委ねてここにおるだけなのじゃから」

  「わしの言葉ではやはり止められぬか、母親に似て頑固な性格じゃ」

  過去の残滓を脳髄から追い払うと、ヴィルヘルムへ、いや我自身へと無解の問答を投げかけていた。
  我の応えに満足したのか、ヴィルヘルムは揺り椅子から立ち上がると、一冊の書物を手渡してきた。

  (!?)

  掌中で異質な質感を醸し出す標題のない書。
  誘われるように紐解く。ひと目みて分かった。
  それは、今は失われた古代の言語『イス』、ロストスペルで記述された書物。
  ロストスペルとは人間よりも遥か以前からこの大陸に存在した古の文字。象形文字に起源を持つ表意文字である。現在では、その全てを解読する術は失われているといっても過言ではない。
  恐らく、神聖魔術の『リード・ランゲージ―読解―』を用いても解き明かす事は叶うまい。
  勿論、我にしても、知りえる知識の断片から内容を推測する程度だ。

  (皮肉な話じゃ…古来種の常用語でもあったはずの言語が、我ら屍族自身にも理解出来ぬとはの…)

  この大陸に覇を唱え、その全てを一時期にしろ支配した我ら屍族は、多くのものを切り捨ててきた。
  ロストスペルもそのひとつである。本来の文字体系から多種多様に派生する古代文字の統一を図り、現在の大陸語でもある『イル・アムル』を制定したのは、他ならぬ我ら屍族であった。

  今は、その存在自体が、神秘の対象ともされている、古来種の2つ、巨人族や妖精族であるならば、解読する術も有しているかもしれない。
  我ら屍族とも並び、半神とまで呼ばれる彼らは、巨人族の持つ『カラクリ』と呼ばれる機械技術、妖精族の行使する高度な神霊知識の下に高度な発展を遂げる文明を築いていた。
  しかし、彼らは、もはや歴史の表舞台から、自らの意思で降板している。今更、多種との接触を持つ事はないであろう。ここ何世紀もの間、3古種の間には物理的交流は存在しなかった。

「それは、お主の母親から預かっていたものじゃ。そこに真実の一端が記されているのじゃろうて」

  (母上から!?)

  我はあまりに唐突なその言葉を容易には嚥下できずにいる。
  思わぬところで母の隠す秘密の一端に触れる事が出来るかもしれない。
  だが、と我は自問する。ヴィルヘルムと母との接点が我の記憶に参照されない。些か、稀薄にも感じる。何か裏があるようにも感じられてならない。
  そこに至り、ふと微笑が漏れた。

  (擁立する確かな論拠もないままでは、演繹も帰納もできまいに…ここで、無駄に思考を巡らせるのは合理的ではないの…)

  なにより、ヴィルヘルムを執拗に訝しむ事こそ、意味もない行為だ。
  油断のならぬ人物ではあるが、信用に足る人柄であることは心得ている。
  どちらにしても、事が成されれば、この『無銘の書』を読み解く術を探さねばならないだろう。

  それに、ヴィルヘルムは、我の衷心に潜む『私』に、母の姿を重ね合わせたのかもしれない。もしくは、その問い掛けに含まれる、強い意志に打たれたのか。

「アルフォンヌ・ウィズイッドについて知る事は、ここアレシャイムの隠匿された秘儀に近づくことになるはずじゃ。太古から蠢く、神聖であり醜悪な渇望にの・・・・・・・・・・」

  ヴィルヘルムはそっと眼を細めると、自らの記憶を披瀝するかのように、喉の奥底から暗澹と言葉を引き上げ始めた。

  通り雨は過ぎ、ステンドグラス越し降り注ぐ月光は、ぼんやりと仄暗い空気にとけていく。それは、出口のない常世の迷宮に人を誘う哀思な輝きに映った。



※訂正・改訂はフリーページで致します。

日本語とは実に多種多様な表現がり、日々、勉強になります。
少々、厄介でもあり、魅惑的でもあるその空間が胸裡を占める今日この頃です。





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Last updated  2007/09/19 03:15:05 AM


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13/05/04(土)
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11/08/22(月)
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11/08/11(木)
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11/08/11(木)
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※以下略
>> †Curse of blood†時更新


光ノ章【シャルロット編】
0-00【聖女】
0-01【妹姫】
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0-03【聖船】
1-00【世界】
1-01【神都】
1-02【古怪】
1-03【呪夜】
1-04【蠱毒】
1-05【残光】
1-06【脱出】
2-00【老卿】
2-01【籠姫】
2-02【我意】
2-03【涜聖】
2-04【慫慂】
2-05【追跡】
2-06【聖堂】
2-07【神韻】
2-08【首人】
3-00【過去】
3-01【鷹眼】
3-02【決断】
3-03【船旅】上
3-04【船旅】下
3-05【真実】
3-06【魂牢】上
3-07【魂牢】中
3-08【魂牢】下
3-09【神娘】
3-10【聖座】
3-11【終焉】完




16/01/13(水)new02
>>月ノ章 4-11【祟神】
16/01/09(火)
>>月ノ章 4-10【祟神】
15/12/22(火)
>>月ノ章 4-09【奈落】
13/08/05(月)
>>月ノ章 4-08【奈落】
13/07/22(月)
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13/07/15(月)
>>月ノ章 4-06【真因】
13/07/01(月)
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13/06/23(日)
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13/06/17(月)
>>月ノ章 4-03【技師】
13/06/10(月)
>>月ノ章 4-02【再会】
13/06/04(火)
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13/05/15(水)
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11/04/01(金)
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11/02/27(日)
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11/02/20(日)
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10/01/27(水)
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10/01/21(木)
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09/11/16(日)
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09/11/10(火)
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09/11/09(月)
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09/11/03(月)
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09/10/22(木)
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09/08/31(月)
>>月ノ章 1-05【脱出】ab
09/08/24(月)
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09/08/07(金)
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09/08/04(火)
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>>月ノ章 1-00【日常】
09/06/21(日)
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09/05/12(火)
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09/05/01(金)
>>月ノ章 0-01【双子】ab
09/04/26(日)
>>月ノ章 0-00【屍族】b
09/04/26(日)
>>月ノ章 0-00【屍族】a
08/10/01(水)
>>月ノ章 1-00【兎姫】
08/09/26 (金)
>>月ノ章 0-09【潜入】
08/09/20(土)
>>月ノ章 0-08【死海】
08/09/12(金)
>>月ノ章 0-07【灯台】
08/09/07(日)
>>月ノ章 0-06【凶兆】
08/08/27(水)
>>月ノ章 0-05【翼竜】
08/08/10 (日)
>>月ノ章 0-04【双子】下b
08/08/07 (木)
>>月ノ章 0-04【双子】下a
08/08/04 (月)
>>月ノ章 0-03【双子】上
08/06/13(金)
>>月ノ章 0-00【屍族】
08/06/07(土)
>>月ノ章 0-02【闇商】下
08/06/05(木)
>>月ノ章 0-01【闇商】上
※以下略
>> †Curse of blood†時更新


月ノ章【ミューク編】
0-00【屍族】
0-01【双子】上
0-02【双子】中
0-03【双子】下
1-00【日常】
1-01【慧眼】
1-02【聖船】上
1-03【聖船】下
1-04【妹姫】
1-05【脱出】
1-06【余談】
2-00【呪地】
2-01【灯台】上
2-02【灯台】中
2-03【灯台】下
2-04【国境】
2-05【女難】
2-06【幻影】
2-07【血渇】
2-08【転換】
3-00【金策】
3-01【月兎】
3-02【思惑】
3-03【水都】
3-04【天敵】
3-05【語部】
3-06【捕竜】
3-07【取引】上
3-08【取引】中
3-09【取引】下
3-10【凶刃】上
3-11【凶刃】中
3-12【凶刃】下
4-00【迷途】
4-01【因縁】
4-02【再会】
4-03【技師】
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4-05【奇縁】
4-06【真因】
4-07【霊廟】
4-08【奈落】上
4-09【奈落】下
4-10【祟神】上
4-11【祟神】下




16/03/08(火)new02
>>血ノ章 4-08【姫妹】
16/02/21(日)
>>血ノ章 4-07【姫妹】
16/02/06(土)
>>血ノ章 4-06【屍妹】
15/10/25(日)
>>血ノ章 4-05【屍妹】
13/04/30(火)
>>血ノ章 4-04【接触】
13/04/16(火)
>>血ノ章 4-03【煙街】
13/04/06(土)
>>血ノ章 4-02【目的】
13/03/29(金)
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11/04/11(月)
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>>血ノ章 4-00【囚姫】
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>>血ノ章 0-00【夜娘】
※以下略
>> †Curse of blood†時更新


血ノ章【ラグナウェル編】
0-00【夜娘】
0-01【血契】
4-00【囚姫】
4-01【変節】
4-02【目的】
4-03【煙街】
4-04【接触】
4-05【屍妹】
4-06【呪獄】
4-07【姫妹】
4-08【姫妹】




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アダマストル公国


聖アルジャベータ騎士団


ウィズイッド家


メナディエル正教


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★Princesse du sang★


【†短編集†】


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3-09【取引】


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4-01【変節】


4-02【目的】


4-03【煙街】


4-04【接触】


4-05【屍妹】


4-06【呪獄】


4-07【姫妹】


4-08【姫妹】


なぜなに吸血鬼


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