2009/03/11
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カテゴリ: 物語

『†Princesse du sang†』 光ノ章 1-02【古怪】
光ノ章 1-02【古怪】
―シャルロットSIDE―

 「ファティマ様はお母様をご存知なのですか?」

 シャルロットの意識の深層から亡き母親の記憶が浮かび上がる。 しかし、それはシャルロットが成長するにつれて靄がかかったように不確かな姿へと変貌していった。
 次第に少女の心の奥底に封じ込められていた澱みが意識の表層に漂いだす。

 それは―――赤

 視界が紅く染まる。 生臭い匂いが鼻を突く。 撒き散らされた血液が全てを斑に彩っていた。
 転瞬、シャルロットの視界がぐらりと揺らいだ。

 「シャルロット様!?」

 よろめくシャルロットの身体をミルフィーナが背後から支える。

 「ごめんなさい…大丈夫です。 それよりもお母様の話を聞かせてください―――」

 母ソフィアは禁忌を犯し異端審問にかけられたと聞いている。 その後、幽囚された牢獄内で死病にかかり最期を迎えたとも。 ソフィア・リュズレイに関しては誰もが口を閉ざし、それ以上のことはシャルロットにもわからない。 だが、目の前の人物は異端審問の全てを司るイス家の人間である。 シャルロットが知りえぬ“何か”を知っていたとしてもなんの不思議もなかった。
 それを知ってか知らずか、ファティマ・イスは、

 「今は、止めておきましょう。 いずれ時がくれば貴女にもお話することになるでしょうから……それに―――」

 やんわりとシャルロットの申し出を断り、ミルフィーナに目線をおくるファティマ・イス。 少女の肩越しに貫くような厳しい視線が女枢機卿へと向けられていた。

 「それを望んでおられぬ方もいらっしゃるようですしね」

 「で、でも……」

 尚も食い下がろうとするシャルロット。
 しかし、ファティマ・イスは無言で首を横に振る。

 「……」

 淡い期待が焦燥と落胆へと変わり、シャルロットは舌を噛みそうな心持でうな垂れる。

 「それに、シャルロット様。 今の貴女には他になすべき事があります。 教皇様が貴女に内々のお話があるそうです。  詳 ( つばひ ) らかなことは私にもわかりません。 ですが、くれぐれも貴女お独りで“水晶の塔”へ出向いてくださるようにとのことです」

 シャルロットはファティマ・オイスの言葉を反芻する。
 古より水晶の塔は教皇位を世襲するフォン家の人間以外の立ち入りを禁じられている聖域である。 よほど他者に聞かれては困るような話であるに違いなかった。

 「はい……確かにお話を承りました」

 ファティマ・イスはシャルロットの答えに満足そうに頷く。

 「私はこれから外せない所用がります。 貴女も早々に水晶の塔へと向かわれますよう」

 手馴れた仕草で十字を切ると、踵を返して白の間を後にするファティマ・イス。
 シャルロットの指先は無意識の内に教皇の歯牙によって穿たれた傷痕に触れていた。

 「ヴィルヘルム先生への挨拶は後回しに致しましょう」

 シャルロットは迷いを振り払うようにミルフィーナにそう告げる。

 「シャルロット様。 お体が優れないようでしたら無理をなさる必要はありません。 理由を話せば教皇様とて無理強いはなさらない筈です」

 ミルフィーナの進言はシャルロットの身を案じての心遣いである。
 聖アルジャベータ騎士団はメナデェルの信義を旨とする。 だがその忠誠は全て聖女の血縁者へと向けられていた。 ミルフィーナは教皇の思惑に顧慮するつもりはないようだった。

 「ありがとう。 でも、私自身も教皇様にお聞きしたいことがあります。 フィーナは心配せずに待っていてください」

 シャルロットはミルフィーナを安心させようと微笑みかける。

 「それは罷りなりません。 私奴もお供させて頂きます。 それが我ら守護騎士団にとって聖女の血脈をお守りすることは唯一無二の聖務故」

 ミルフィーナは武人特有の石頭であった。

 「…わかっています。 でも、ファティマ様のお話だと教皇様は私に何か内密のお話があるご様子。 護衛を伴って向かうようでは失礼に値しますわ」

 「それとこれとは関係ありません」

 ミルフィーナも一歩も退かない。 頑固なのか実直なのか自らの意見を決して曲げようとはしなかった。
 融通の利かない護衛役を前にして、シャルロットは大きなため息をつく。 そして、少女は最終手段を講じた。

 「フィーナは私が礼節を心得ない恥知らずだと陰口をたたかれてもよいのですか?」

 流石に反論する術を失うミルフィーナ。
 元々、シャルロットを困らせることも本意ではなかったらしく渋々ながらも頷く。

 「……わかりました。 ですが、どのような状況においても、常にご自分の身の安全を第一に考えてくださるようお願い致します」

 ミルフィーナの殊更真摯な眼差しに心裡に抱く不安を見透かされてしまいそうで、シャルロットは思わず目を逸らしてしまっていた。



 広間から退出する際、すれ違った給仕のひとりに蜂蜜酒の継がれたグラスをひとつ貰うと、シャルロットはそれを一気に喉奥に流し込んだ。
 傍から見ればかなりはしたない行為に見えただろうが、ともすれば萎えてしまいそうな気分を鼓舞する為にあえて他者の視線は気にしなかった。

 フォン家の長子であったグランディエは、教皇位を継承するとフォン=バレル3世と名を変え、善政に努めた。 しかし彼は即位後、僅か二年で病に倒れる。 病床から療養の合間に職務を遂行するという状態が長く続いた為に、心身に負担の掛かる長時間の式典などには代理を立てることが多かった。 近年、その病状は悪化の一途を辿り、近しい者達の間では余命幾ばくもないと専らの噂であった。 此度の聖誕祭も教皇が担う斎行については代理が立っていた。 しかし、周囲の心配や危惧を一掃するようにフォン=バレル3世は聖誕祭へと姿を現した。 絢爛たる装いに確かな足取り、その両眼には燐光めいた強い光を宿していた。 死に直面している人間とは思えない堂々たる様子に、誰もが驚きを禁じえなかった。

 今も尚、ファン=バレル3世は清廉潔白な人柄で贅沢を嫌い、教皇庁に蔓延る古き悪習の撤廃に勤めている。 民衆から賢聖とまで称されたフォン=バレル3世の健在ぶりはメナディル正教にとっても明るい材料であった。 なかでも改革派の聖職者達は、さぞ安堵の息を漏らしていたことだろう。
 シャルロットもフォン・バレルの温厚な人柄には少なからず好感を持っていた。 今回のことも何かの間違い―――いや偶発的な事故であったと信じたかった。

 聖宮の回廊には美術史において計り知れない価値を持つであろう巨大な絵画が一面に飾れていた。 しかしシャルロットはそれらに気をとめることもなく正面を見据えていた。 水晶の塔には過去に一度だけ、我侭を言い連れていって貰った覚えがあった。 その記憶を手掛かりにシャルロットは歩みを進める。
 地理に疎い人間だと、気づかぬまま素通りしてしまうであろう黒曜石の小さな階段。 それを上まで登りきり東外回廊にでる。

 少女の目前に強大な石の塊が姿を現す。 塔の石壁は水晶細工技術の粋を集めて作られた美麗な黒水晶の層で覆われている。 それがこの宝塔が“水晶の塔”と呼ばれる所以である。

 夜の帳が完全におりて、空中庭園の花々のいっそう熟れた香りが外壁の風に運ばれてここまで届いていた。 静寂が辺りを包み込み、外の冷たい空気がシャルロットの肌を撫でる。
  教皇領はバールペオル大陸の北東に位置するソウルガイス諸島群でも絶壁の断崖に囲まれたルブリス島に存在する。 標高が高い為に、平地では残暑を感じられる今の時期も夜になればかなり冷え込む。

 塔へと至る回廊棟を歩みながらどこか釈然としない予兆めいたものをシャルロットは感じていた。

 「……」

 ここに来るまでに護衛官どころか、聖宮内の誰ともすれ違っていない。
 まるで意図的に用意された舞台に迷い込んでしまった登場人物のように、少女は心許なげに表情を曇らせていた。

 水晶の塔は外部から完全に隔離されている。
 塔への入り口は地上にはなく、聖宮の東外回廊から塔の4F部分に設置されている鉄門へと跳ね橋を降ろして渡るしか方法はない。

 そして、そこに橋守の姿はなく―――その必要も今はない。
 水晶の塔へと至る跳ね橋が既に降りていたからだ。

 シャルロットはこの舞台から降りる術を完全に失っていた。






※推敲はフリーページ内で行います。





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Last updated  2009/03/12 03:03:00 AM


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光ノ章【シャルロット編】
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1-01【神都】
1-02【古怪】
1-03【呪夜】
1-04【蠱毒】
1-05【残光】
1-06【脱出】
2-00【老卿】
2-01【籠姫】
2-02【我意】
2-03【涜聖】
2-04【慫慂】
2-05【追跡】
2-06【聖堂】
2-07【神韻】
2-08【首人】
3-00【過去】
3-01【鷹眼】
3-02【決断】
3-03【船旅】上
3-04【船旅】下
3-05【真実】
3-06【魂牢】上
3-07【魂牢】中
3-08【魂牢】下
3-09【神娘】
3-10【聖座】
3-11【終焉】完




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16/01/09(火)
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15/12/22(火)
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13/08/05(月)
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13/07/22(月)
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月ノ章【ミューク編】
0-00【屍族】
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1-03【聖船】下
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1-06【余談】
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2-01【灯台】上
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2-08【転換】
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3-06【捕竜】
3-07【取引】上
3-08【取引】中
3-09【取引】下
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3-11【凶刃】中
3-12【凶刃】下
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Ж―†【血ノ章】†―Ж


0-00【夜娘】


0-01【血契】


4-00【囚姫】


4-01【変節】


4-02【目的】


4-03【煙街】


4-04【接触】


4-05【屍妹】


4-06【呪獄】


4-07【姫妹】


4-08【姫妹】


なぜなに吸血鬼


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