『†Princesse du sang†』 光ノ章 2-08【首人】
光ノ章 2-08【首人】
―シャルロットSIDE―
「では、わたしの本当の両親は……」
この瞬間、シャルロットはソフィアから注がれた無償の愛の意味を理解した。 それは、我が子を籠姫として差しだした悔恨の念、名乗ることも会うことさえも儘ならぬ日々を享受しつづけた母親の償いでもあったのだろう。
だが、シャルロットにソフィアを責める感情は生まれなかった。 それはソフィア自身が王家の血脈、聖アルジャベータ公会の教義、なにより姉であるエレシアムを守る為の犠牲者であった。 いや、それはエレシアムさえも同様である。
「わたしという存在が母と呼んだふたりを苦しめていたのですね」
シャルロットは己を呪縛する運命を理由に、他者を慮ることが出来なかった過去の自身を恥じた。
「そして、籠姫となった其方の父親役に選ばれたのが、リュズレイ家の遠縁にあたり、聖アルジャベータ公会の司教位にあったアルル=モアの第二王子ルクサー・ガイルフォードじゃ。 真実を闇に屠るには、まさに最適の人選じゃな」
「確かにあの当時のアダマストルはきな臭かったと子供心にもよく覚えている。 第二公女の初産は死産であったと聞いていたが、裏にはそんな奇禍があったのか。 とすれば、同年、宮殿火災によって不慮の死を遂げたラムレイ・ルーンフォルテの件も疑わしいな」
エドゥアルトがしたり顔で参戦する。 どうやら、蚊帳の外から虎視眈々と首を突っ込む隙を窺っていたようである。
もっとも、この天邪鬼な青年の意見は、常に真理の的を射ている。 首人の話す事柄は、一宗派どころか、メナディエル正教の存亡にすら直結する問題である。 教会の信義を守る為に、後々紛糾の種となりかねない異分子を間引いていてもなんら不思議はない。
「あ、あの……、 エレシアム……お母様の実の御子はどうなったのですか?」
シャルロットが怖ず怖ずと口を開く。 真実を知り得た少女にとって、エレシアムの敬称は“叔母”が正しいのだろうが、従来の呼び名を違えることには抵抗があったようだ。
「出産後、赤子の身柄は聖アルジャベータ公会の掌中に落ちたそうじゃが。 その辺の事情が知りたくば、そこにいる者の方が詳しいじゃろう」
首人はひとり押し黙ったままの女枢機卿に鋭い視線を向ける。
「ファティマさまが?」
シャルロットの戸惑いの声にも、ファティマ・イスは押し黙ったままだった。
「いずれにしても、妾が伝えるべきことはこれで全てじゃ。 物語の続きは其方たち自身が統べればよい」
首人は何処か疲れたようにそう締めくくった。
「俺たちはアンタの尻拭いをさせられる羽目になるのかい?」
エドァウルトの言様は首人と件の女屍族を同一視するものである。
「否定はせぬよ。 じゃが今の妾が備える肉体は頭部のみで、拭うべき尻など持ち合わせてはおらぬ」
「おいおい……」
口巧者なエドゥアルトが二の句を継げない。 想定外の返しに半ば呆れているようだった。
「尻拭いも過去の清算も必要ないと思います」
明快に断言してのけたのはシャルロットであった。 驚きの視線が少女に集中する。
「それはどういう意味じゃな」
首人が感興の色彩を両眼に滲ませる。
「他者に押し付けられた望まぬ一生を送るよりも、喩え一時でも、己の思うが侭に生きたエレシアムお母様は幸せだった筈です」
シャルロットは心中に抱く感情を吐露する。 他の誰でもないエレシアムと境遇を同じくする少女だからこそ、その言葉には他者を納得させるだけの力が籠められていた。
「其方はまだエレシアムを母と呼ぶつもりなのかや?」
「わたしはシャルロット・アルジャベータ・リュズレイです。 今のこの名は、わたし自身の意志で選び取ったものです」
シャルロットの心を苛む過去の幻影は完全に払拭されていた。 エレシアムの過去に触れて、母と呼んだ存在が命懸けで生きた証を少女は胸裡に深く刻み込んでいた。
「ならば、これを持っていくがよい。 其方に全てを受け入れる覚悟があるならば渡そうと決めておった」
首人の言葉に巨躯を誇る処刑人が不器用にその身体を折り曲げる。 差し出された巨大な掌には大きな布を巻いた棒状の物体が乗せられていた。
「これは?」
「神剣アンネシュティフ。 女神メナディエルが神界より齎したとされる三神器のひとつ。 地底湖に沈んだ初代教皇アグリウスタの遺骸と共に納棺されておった業物じゃ。 死人には過ぎた代物であるし、アグリウスタも教会の未来を担うべき其方が持つことに異は唱えまい」
首人は死者の忌避に触れることも厭わずにいけしゃあしゃあと述べる。 まるで初代教皇アグリウスタと旧知の間柄であったかのような口振りである。 もっとも、彼女が屍族であり首人であるのなら、数千年の時を生き永らえたとして、なんら不思議は無い。
「アンネシュティフ……」
「この神剣の真の持ち主は、虹彩異色症を両眼に宿すと云われておるが、アルジャベータの血を引く其方なら扱うことも可能じゃろうて」
一瞬、シャルロットの脳裏に左右非対称の輝きを両眼に湛えた妹の姿が思い浮ぶ。 ミルフィーナが聞いていたら「馬鹿に刃物を持たせるなど以ての外です」などと苦言を呈されること請け合いである。
「さて、あまり長居して古老たちに勘付かれても厄介じゃ。 そろそろ帰るとするかの」
首人の言葉を解した異形たちが大聖堂側の出口へと歩きだす。
「若い内は多少の苦労は進んで背負うのもよかろう。 じゃが努々油断することなかれ。 其方たちの崇めるメナディエルは法の最高神などではない。 アレはもっと別の―――」
首人の発した言葉を最後まで聞き取ることは適わなかった。 その姿は現れた時と同じように闇に解けて消えていた。
「聖女さま……」
背中越しに掛かった声にシャルロットが振り返る。 向き合ったファティマ・イスの表情には苦渋が色濃く滲んでいた。
「お気になさらないでください。 わたしはファティマさまのお心の準備が整うまで待つことに致します。 なにより、わたしにそれを催促する資格はありませんもの」
シャルロット自身、水晶の搭で知り得た己の過去を周囲に隠匿していた負い目がある。 ファティマ・イスの抱える過去に興味はあったが詮索する気にはなれなかったのだ。
「それでも宜しいのですか?」
ファティマ・イスの口調には幾許かの安堵が窺えた。
「はい、それよりもファティマさまはお人が悪いです。 端からわたしの身の上をご存知だったのですね?」
シャルロットは僅かに頬を膨らませると上目遣いに訊ねる。 首人がエレシアムの実子とファティマ・イスの関係を示唆したことからも、この女枢機卿がシャルロットの生立ちを存知していたことは確かである。
「……申し訳ございません」
ファティマ・イスは困ったようにシャルロットから視線を逸らす。 このファティマ・イスという人物、一見して酷薄無情な人柄だと思われがちだが、長く共に居ると実は人間味に溢れていることがわかる。 その外見と異端審問官という役職柄、警戒心が先んじてあらぬ誤解を招いているのだろう。
「ゴホン……。 俺は天地神明に誓い知らなかった。 そもそもシャルロット姫が聖女であろうとなかろうと俺には関係の無い話だからな。 俺にとって重要なのは姫が見目麗しき美貌と淑やか女体を兼ね備えているという点だけだ」
わざとらしく空咳をしたエドゥアルトが、どうでもいい自己主張をした。
どこまでOKなのか?(既視感x3)&推敲 2016/05/11
もうすぐ核心 2013/07/10
夜々閑話・其の弐拾陸 2013/06/10
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人物紹介
【人族世界】
アダマストル公国
聖アルジャベータ騎士団
メナディエル聖教
その他
【屍族世界】
ウィズイッド家
用語辞典
一般用語
夜ノ章【短編集】
0-00【炎神】
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| 09/04/26(日) |
| >>月ノ章 0-00【屍族】a |
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| 11/04/02(土) |
| >>血ノ章 0-00【夜娘】 |
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