2010/09/22
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カテゴリ: 物語補助
※続きです


『†Princesse du sang†』 月ノ章 1-05【脱出】

月ノ章 1-05【脱出】

―ミュークSIDE―




 レムリアは肩を震わせながらしゃくりあげている。

 「そ、そうか。 せ、精一杯やったのなら仕方なかろう。 失敗は誰にでもあるからの」

 ミュークはレムリアから視線を逸らすと、気まずそうに頬を掻く。 どうやら命じた本人が霧の影響を計算に入れていなかったらしい。

 「ミュークさま……、今日はなんでそんなにお優しいのですか?」

 レムリアは驚いたように頭を跳ね上げる。 優しく労わるミュークの声に、深く感じいるどころか不審の眼差しを浮かべている。

 「ワチキが優しいといけないのかや」

 少し憮然とした口調で返すミューク。

 「だ、だって……、普段のミュークさまなら問答無用でど突き回した挙句、海に投げ入れるぐらい日常茶飯事なのに……」

 そこで、はたと気づいたレムリアが硬直する。

 「ま、まさか、散々弄んでおいてポイ捨てするおつもり―――むがっ」

 ミュークの鉄拳がレムリアの顔面に命中。

 「ひ、人聞きの悪いことを申すな! ワチキがそんなことするわけないじゃろう。 それに、優しいのは生まれつきじゃ」

 言動の不一致から些か説得力に欠けるが、ミュークは至極当然といった口調である。

 「そ、それで、ミュークさま。 そちらは……、もしかして聖女シャルロットですか?」

 鼻面を抑えながらレムリアが尋ねる。 これ以上この話題を長引かせても損をするだけだと判断したのだろう。 なら最初から深入りしなければ済む話なのだが、浮かんだ疑問を口にせずにはいられない損な性分であった。

 「むっ!? シャル姉さまはプルのだからあげませんよっ!」

 プルミエールが肩を怒らせて反応する。 どうやら、聖女に関連する単語が琴線に触れる仕組みらしい。
 ミュークは再び無益な問答を繰り返そうとする人族の少女を手で制すると、

 「いや、この娘はアダマストル公国の第二王女プルミエール・リュズレイじゃ」

 「うみゅ、よきにはからうです♪」

 ミュークの紹介を受けたプルミエ-ルが態度だけ王族の風格で無い胸を張った。

 「えっ、え~と、その……宜しくお願いします」

 レムリアは頭に疑問符を浮かべながらもペコリとお辞儀をする。 だが、こそこそとミュークの耳元に口を近づけて、

 「なぜ聖女シャルロットではなく、その妹君を?」

 「そういえば、忘れておったわ」

 ミュークは思い出したようにレムリアの脳天に拳骨を落とす。

 「あぐぅ……、いきなり酷いですよぉ」

 レムアリがたん瘤のできた頭を抑えながら抗議の声をあげる。

 「当然の報いじゃ。 聖女はこの船には乗っておらなんだぞ。 まったく、とんだ誤情報を掴ませおってからに」

 ミュークの口調は厳しい。 もっとも、最終的な決断を下した負い目もあり、手加減はしている。

 「で、でも、さっき、誰にでも間違いはあるから仕方ないって……」

 「それを真に受けたワチキの浅はかさに腹が立つから殴ったまでじゃ。 ワチキは自分自身には厳しいのでな」

 無茶苦茶な自己理論を展開するミュークに、レムリアは「それならご自分を殴ればいいのに」などと心の中で思ったが、勿論口にはしない。 というか、出来ない。

 「それに、その様子では脱出手段も確保できてはおるまい」

 「うっ……」

 図星を指されてうろたえるレムリア。 確かに仕置かれて当然のように失態を繰り返していた。

 「使えない下僕ですね」

 「同意」

 プルミエールがレムリアを扱き下ろして、今度はルムファムが同意する。 性格は真逆のように見えるが、内心で考えていることは同じらしい。

 「そもそも―――ムグ!?」

 二の句を継げかけたプルミエールの身体が崩れ落ちる。 ミュークは当身で気絶させた小さな体を物陰に引っ張り込む。 瞬時に双子の屍族も後に続いた。

 「最初からこうするべきじゃたな」

 今し方居合わせた位置に主柱の物見台から投光が投げかけられていた。 所々に設置された角灯や篝火の明かりも霧の影響で弱々しい。 光源から数歩離れれば暗がりになっている為、夜目が利かない人間相手ならば見つかる心配はないだろう。 息を潜めていると、案の定、周囲は再び闇に閉ざされる。

 「これ以上、この船に長居は無用なようじゃな」

 如何に百戦錬磨の水夫とはいえ、視界が悪い上に空を自由に飛び回る敵が相手では些か分が悪いだろう。 なにより、レムの件もあり、竜鳥の襲来にミュークたち屍族の存在が無関係とは言い難い。 この上、船が沈みでしようものなら、流石に目覚めが悪かった。

 「で、でも、どうやって航行中の船から? 下は海なんですよ」

 レムリアが至極もっともな質問をする。

 「教会船ともなれば緊急避難用の小型艇ぐらい常備してある筈じゃが、今はそれを探している暇はあるまい」

 ミュークは落下した竜鳥に歩み寄ると、暗紫色の羽毛に覆われた眉間に指先を突き立てる。 僅かな脈動と共に暖かな血流が派手に飛び散った。

 「ふむ、まだ息はあるようじゃな。 では、役に立って貰うぞ」

 覚醒した竜鳥が苦悶から跳ね回り、迫害者を啄ばもうと身を捩る。 翻された前脚がミュークの首筋を掠めた。

 「ミュークさま!?」

 「心配は要らぬ」

 驚いたレムリアが駆け寄ろうとするが、ミュークはそれを手で制した。

 『我が血の一滴は、不滅なる契約となりろう』

 ミュークは胸元に垂れ落ちた血液を指先で拭うと、それを竜鳥の躯に塗りつける。 すると、竜鳥の巨躯が痙攣するように蠢き、牙を抜かれたように大人しくなる。

 「命じる―――ワチキを最寄の陸地へと運ぶのじゃ」

 ミュークの両眼が冥紅に染まっていた。
 血統アルカナ“女教皇”の三能力の中でも最たる力を宿す“精神操作”である。 この能力は術者の血液を触媒に、絶大なる強制力を対象の精神に植付けるものであった。

 「レムとルムもワチキの身体に掴まるのじゃ」

 ミュークはプルミエールを小脇に抱えると、脱出用に用意した布束を竜鳥の首回りに巻きつける。 竜鳥が大きく咆哮して両翼を羽ばたかせ始めた。

 「まさか、これで逃げるおつもりですか!?」

 レムリアが目を白黒させて訊ねる。 屍族特有の色白の肌から血の気が引いて、輪を掛けて青白くなっていた。 もっとも、竜鳥の胃袋に収まりかけた経緯があるので、腰がひけて当然である。

 「ああそうじゃ。 泣き言など聞いておる暇はない故、さっさとせぬか」

 「で、でも……」

 ミュークが強く促すが、レムリアの反応は煮え切らない。

 「仕方ない。 ルム、やるのじゃ」

 コクリと頷いたルムファムが、まごつくレムリアの首根っこを鷲掴む。 そして、竜鳥が船縁から飛び立つ瞬間、間一髪で巨体へと飛び乗る。

 「って、ひぅわぁぁぁぁぁぁぁぁ~~わぁぁぁああ……」

  竜鳥はぐんぐん上空へと舞い上がっていく。

 「どうじゃ、なかなかに爽快な脱出劇じゃろう」

 「行き当たりばったりの間違いではないですか」

 レムリアが珍しく明確な反論に転じる。

 「だいたいレムの失態が原因なのじゃから。 見苦しいぞよ」

 などと、緊張感の無いやり取りが続く。
 暫くすると霧の彼方にイプス岬の稜線が浮かび上がっていた。 岸壁付近の海面には、まるで巨大な魔物に食い散らかされたように船の残骸が数多く横たわっていた。 近海で座礁した船が海流の影響で流れ着いているようだ。

 「あ、あのミュークさま、心なしか高度が下がっているように思えるのは気のせいでしょうか?」

 レムリアの言葉通り、竜鳥の羽ばたきも不安定なものへと変わっていた。

 「心配するなや。 イプス岬近海は船の墓場と呼ばれる岩礁地帯じゃ。 少しばかり水に浮かなくとも、どうにかなる」

 ミュークの返答はごく近い未来を予期していた。

 「え~と、ボクが訊きたいのはそういうことじゃなくて……。 そもそも、なぜ落ちることが想定済みなのですか?」

 汗だくで真意を質すレムリア。

 「元々竜鳥の巨躯は空を飛ぶには適しておらん。 その上、余分な重しを四つも付けておるのじゃ。 順調に飛行しろと云うほうに無理があるじゃろう。 なにより、この竜鳥は怪我まで負い、まともに動ける状態ではなかった。 以上の事実から凋落といった結論が帰納される」

 ミュークは多角的な見地から断言してのけた。

 「そんなの嫌だぁぁぁぁぁぁ……」

 レムリアの悲鳴が岸壁を削る波の音に混じって消えた。

 「はて、なにか大事なことを忘れている気がするの……」

 ミュークは暗い海に身を投げだされてから、そう自問したが、結局答えは得られなかった。







時計台での試練で使用したい描写がある為に、
ここで“精神操作”の布石を敷いておきました。







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Last updated  2010/09/22 10:38:02 PM
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>> †Curse of blood†時更新


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1-01【神都】
1-02【古怪】
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1-04【蠱毒】
1-05【残光】
1-06【脱出】
2-00【老卿】
2-01【籠姫】
2-02【我意】
2-03【涜聖】
2-04【慫慂】
2-05【追跡】
2-06【聖堂】
2-07【神韻】
2-08【首人】
3-00【過去】
3-01【鷹眼】
3-02【決断】
3-03【船旅】上
3-04【船旅】下
3-05【真実】
3-06【魂牢】上
3-07【魂牢】中
3-08【魂牢】下
3-09【神娘】
3-10【聖座】
3-11【終焉】完




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16/01/09(火)
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15/12/22(火)
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13/08/05(月)
>>月ノ章 4-08【奈落】
13/07/22(月)
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13/07/15(月)
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月ノ章【ミューク編】
0-00【屍族】
0-01【双子】上
0-02【双子】中
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1-02【聖船】上
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1-06【余談】
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2-01【灯台】上
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3-02【思惑】
3-03【水都】
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3-07【取引】上
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3-11【凶刃】中
3-12【凶刃】下
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4-01【因縁】
4-02【再会】
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4-04【出立】
4-05【奇縁】
4-06【真因】
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3-04【天敵】


3-05【語部】


3-06【捕竜】


3-07【取引】


3-08【取引】


3-09【取引】


3-10【凶刃】


3-11【凶刃】


3-12【凶刃】


4-00【迷途】


4-01【因縁】


4-02【再会】


4-03【技師】


4-04【出立】


4-05【奇縁】


4-06【真因】


4-07【霊廟】


4-08【奈落】


4-09【奈落】


4-10【祟神】


4-11【祟神】


【†ラグナ篇†】


Ж―†【血ノ章】†―Ж


0-00【夜娘】


0-01【血契】


4-00【囚姫】


4-01【変節】


4-02【目的】


4-03【煙街】


4-04【接触】


4-05【屍妹】


4-06【呪獄】


4-07【姫妹】


4-08【姫妹】


なぜなに吸血鬼


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