2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全10件 (10件中 1-10件目)
1
北九州地区の不動産業者約800社が、17地区に分かれたその一地区を任され4年間が過ぎました。当社の事務所移転のため他地区に属することなり、この役職を離れることになり、3月の年度替りまでの任期を残すなか、最後の会合を持ちました。当地区には、昨年、楽天仲間でもあるマキさんが、独立によりこの地区の新入会員にもなったばかり。しかし同地区会員としては束の間、結局入れ替わりに私が出て行くことになった次第です。他地区に比べて、会員数も32社と少な目な我が地区ですが、そのなかには、やがて会社を引き継ぐ若き二代目も多く、私が言うのもなんですが、どこよりも純粋で、気持ちもスマートな人が多いのだと、私は内心、悦に入っているのです。以前から誰かに早めの役目交代をと思っていたのですが、皆さん誰しも自社の仕事が優先で、つい無理も言えずにのびのびになっていました。ですから、当社の移転は良いきっかけになり、皆さんには悪いけど、内心ホッとしたのは事実。後を引き継いでいただく人達も、地区長は銀行出身のOさん。そして副地区長のFさんは引き続き、新たな副地区長をSさんが引き受けてくれました。皆さんまだ若い、三十代二名と二十代。しかし、仕事はベテラン、スキルも高いのです。やはり会員さんの援助をするには、変わり行く市場の見極めもきちっとできて、実務にもしっかり長けていることも大切。そして能力も十分にして、今日選出された新役員さんしかり、当地区会員さんの爽やか度は他地区のどこよりも一番と、身内びいきではないけれど本心そう思う程に自己満足しています。そうそう、マキさんも実務に長けています。いつか彼も活躍してくれるでしょう。そしてそして、毎度誠意ある、できる限りの援助をしてくれたWさん。彼の存在は実に有難かったです。今日は、今期会計報告等を終え、これまでの間、未熟な私をサポートしてもらったお礼の言葉を述べた後、お弁当を食べながら楽しく歓談しました。私は、その他の役も今期で全て降ります。この業界団体における組織の役はいろいろあり、その役に選出された皆さんは、自分の相当時間をこの組織運営のために割かなければなりません。当然ボランティア的に、会員さんの為に努力されているのです。ただ、やはり組織の役となれば、要所においては、個人的意見としては、それは人の子、地位、名誉欲・・、人によってはそれらに無縁とはならないような印象を受けることもあるのです。人には、引き際と潔さというものが大切。長くなれば長くなるほどに組織は知らず内に硬直し澱んできます。適度に新しく若い風を入れていくことも肝心。いつもお世話になっているこの団体の発展と、誇れる我が地区の新人さんが、いつの日か、真のリーダとして活躍する日を願って。お世話になった当地区会員さんに心より感謝した日でした。嬉しいな~!今日知らされたのですが、なんでも3月に、私の慰労会を皆さんでしてくれるらしいのです。大感謝です。(^^♪
2006年02月27日
コメント(8)
今朝はもちろんTV画面の女子フギュアに釘付状態。そして日の丸を背負って出場した三人には感動。国民の期待を背に、しかし実にさりげなくナチュラルな女性陣。たった女性三人が演じるこの一時は、一瞬にして日々の喧騒を吹き飛ばし、多くの人にその爽やかさと感動を、忽ちその心の隅々まで巡らさせることができるわけですから、これはもう考えただけで実に凄いことです。他愛なきしがらみや争いは飛び越えて、人は満遍なく感動を共有できるはずです。やがて万感の期待のなかで登場した荒川静香さんは、我々の想いを乗せて実に優雅に自然体で、しなやかに美しく銀盤に舞います。きっと皆と同じく、私もその内に熱きものが込み上げてきて・・。そして、こんなにも、誰もが共有でき、素直に受け入れられる、優しき想いや平和感というものを、私達は日常のなかで、つい見失なったり気付かないでいるのではと。心を凝らせば、きらめくほどの感動は、そこいらに塵のように落ちていてるのかもしれません。
2006年02月24日
コメント(12)
1週間日記をご無沙汰したのは初めてですが、私は、いたって元気です。ところで、本業においては、半歩先を見据えての考察を常々心がけている私ですが、このところ仕事をこなしていくなかで感じるのは、やはり世の流れは目まぐるしいということ。じんわりと、しかし確実に市場は変化しつつあることを、つくづくと感じるのです。そんななかで、あるかないかの私の感性とやらを、せいぜい変化のなかで錆付かせないようにしておきたいと思っています。先日、突然に、見知らぬ方から不動産売却についてのご相談をいただきました。早速お伺いして、当社へ頂戴した電話の原因をお訊ねすると、それは同じ町内の知人さんからの紹介によるものでした。そして、その隣人さんとは、つい最近まで、直ぐ近所、三軒、斜め前に住まわれていた年配のご夫婦で、昨年の今頃、当社の取引によって、息子さんがいらっしゃる神奈川県内へ、終の棲家としての引越しをされた方でした。ここにみる小規模団地のように、開発されて25年も経つと、定年後も住み慣れた場所を随分と棄てがたく思われつつ引越しされた、その方と同様の事情があちこちで派生してくるようです。相談受けた方も60代後半のご夫婦でした。もうしばらく先のことではある相談にいろいろと乗りながら、とても嬉しかったのは、ほぼ一年前の春に、新天地へと旅立たれたそのお客様が、「何かあったらここに相談してみたらよい・・」と、この相談者に言い残しておいていただいたこと。それは何よりも、その方の、私どもに対する、この日の相談事としての最良の「置き土産」。ただ単なる相談でも、それはそれは、私と当社にとっては、実に有難い大きな財産なのです。とっても感謝で一杯になった幸せなある日でした。当社の実験的パノラマビュー。↓これは当社事務所。今度はこれで物件紹介していく予定です。お客様も見学の手間隙省けて尚、判り易くて良いでしょう。
2006年02月22日
コメント(13)
深夜、女子スケートを見ていました。1回目最後の走りを見終わって、さすがに2時を回る2回目はパスしましたが、今朝その500M最終結果を聞き、岡崎朋美ファンの私としては残念至極。しかしながら、とても爽やかさが残りました。惜しくも3位と100分の5秒差の4位。けれども、そこには、やり遂げた人だけが持つことのできる表情が。モーグル5位に終わった上村愛子さんは、メダルを逃した直後での笑顔とコメント、とても好印象で気持ちよいものでした。そして二人には、その爽やかさと同時に、深い内面の強さをも感じさせます。これまで積み上げてきた己の経過というものは、誰よりも自分自身が知るところの自負として存在します。結果に多弁もなく、たとえ形としての勝者とはならずとも、それはその人の人間的な厚み、重みとして、一層その笑顔から伝わってきて、見るほうに感動を覚えさせます。男とか女とかに関係なく、そこには、人としての真の強さと素晴らしい魅力を感じるのです。
2006年02月15日
コメント(2)
楽天仲間にみる、才能ある人、素晴らしい感性の持ち主の多さには常々感嘆。そして、最近私がおじゃまする福岡。ここもまた、それはそれは、元気と才能ある楽天仲間がいっぱいなのです。福岡よびりん学校の縁をいただいてからというもの、私はこの地において、多くの友人を持つことができました。その楽天仲間の一人に、パワールックMIWAKOさんがいらっしゃいます。本職はグラフィックデザイナー。格好いいですね。具体的にその仕事内容は知りませんが、何しろグラフィックデザイナーですよ。(^^)ナウい感じがしますね。ちなみに私はThe不動産屋。グラフィックデザイナー>不動産屋イメージ好感度↑?断っておきますが、正真正銘、私は、バブルとかには全くもって縁なしの、ただの地道な真面目な不動産屋です。狐とも狸とも狼とも無縁の不動産業を営んでおります。よくお客様からは、「まあ!nextさんって、銀行マンのようにしか見えないわ・・それもメガバンクの・・!?」もしくは弁護士、司法書士・・」等との評判を若干?得ております。時々〒職員風?とも。自慢はお年寄りにもてること。”^_^”自分で言っていますから、半分の法則でご判断ください。余談はさておき、そのMIWAKOさんが、今回私の友人である、やはり楽天仲間で不動産屋であるマキさんのキャラクターを作られました。とっても本人を超越?した素敵な仕上がりになっていますよ。(^^)その内容は今日のMIWAKOさんのの日記をご覧いただくとして、実はこの方、本業の才能と共に、上質の笑いのセンスを持っておられるようです。MIWAKOさんとは、「よびりん学校」仲間ということで、時々勉強会等でご一緒させてもらっていますが、あの方の、その大場久美子似で、のほほんとした外見と印象からは計り知れないほどの、奥の深い洗練された天性?の「ボケ」は、なかなかのもので、(少し褒めすぎ?)このところの私は、すっかりその虜になってしまいました。洒落っ気十分、ジョークの返しも絶妙。いい味持っておられるのです。私の見る限り、よびりんさんの提唱される、ほんまもんのあっほ~~~~~~~道をまっしぐら。福岡はその他様々な人間的魅力の持ち主がいて凄いですよ。同じくよびりん学校でMIWAKOさんとともに学んでいるきらりんgoさんもその魅力の持ち主。お二人ともキャラは大ボケながらも、内面のアダルト性が高く、大変人間的魅力に富んでいるのです。見習うこと沢山あるのです。この様に多くの方との縁ができ、各人の魅力を発見できること。それがブログ。とりわけ楽天日記の交流の魅力ではないでしょうか。また福岡でワイワイする日を楽しみにしておきましょう。
2006年02月14日
コメント(10)
朝から立て続けにいろんな業種の方が来社されました。ビル内にある当社には、飛び込みのお客様がいらっしゃることは、先ずありません。ですから、こちらとしては、一見のお客様に対する店頭での接客にばたばたすることもなく、落ち着いて仕事に専念することが可能・・と言えば聞こえが良いでしょうか。その仕事作りにいつも苦慮をするのですが。マンションを借りに来られる、買いに来られる・・その来客のない不動産屋も少し寂しすぎる?これまでも年に2、3人の来客。飛び込み客のない不動産屋というのもあまり聞いたことないでしょう。今年はその飛び込み一見客さんは皆無になるかもしれません。でも、以前とは違い、来店客はなくとも人の流れは増して、良い「気」の循環がこの事務所になされているような感じを受けます。ところで、今日お会いした方々も、その他訪れる人達も、そのほとんどは直接契約取引に繋がる人達ではありません。しかし、こうして集まった方々との世間話には、直接の仕事はしなくとも、私は、なんとなくのハッピー状態になれるのです。出入りされる方達の多くとは、業種を超えて、ある部分共鳴し、互いに少し先を見据えた前向きな発想の会話ができることによって、私自身、明日に繋がるなんとなくの希望感と満足感というものを持つことができています。時折音楽でも聴き、時折窓から見える冬の街路を眺めながら、時折仕事に専念する。良くも悪くもマイペースで、もう少し仕事に貪欲さを持って発奮しなければならないとも思いつつ、相変わらずに、のほほんと、日常の出来事に一喜一憂せず、やはりなんとなく仕事をこなしているというのが実情です。責任ある社長としては少々万年のんびりを反省。しかしなあ、群雄割拠の戦国時代にあっては、社長は城主。策のない、手の内見えすぎの武将はひとたまりもないかもしれませんね。平和な現代で本当に良かったです
2006年02月10日
コメント(10)
タクシーというものは、本来我々一般普通車両よりも機敏に走っているはず。街を流して客を拾うのも、目敏く客を乗せて目的地へと街路を走り抜けるのも、極めてすいすいでなければ効率よい売り上げには繋がらない。だからおのずと機敏な走りになってくる。近頃は、運賃の自由化や、自家用者増、あるいは飲み屋街における酔客減によって、このタクシー業界も、その売り上げにおいては、年々厳しくなってきているようです。先頃私が利用した運転手さんによると、給料の手取りは、仲間内でも、以前に比べておしなべて低水準で、とてもやっていけないと。しかもクシーばかり運転手ばかり多くて・・収入も水揚げによる配分だから、会社は痛くなくとも、この市場のなかで、運転手さん達の収入は、年々下がるばかりと悔やんでいました。で、そのタクシー、最近なんとなく危なっかしい運転を見かけるようになったのです。印象は、やたら、よたよたふらふらの感じ。周囲をよくみていない感じなのです。路帯を、いきなり併走するこちら側に寄ってきたりして。まるでもみじマークをつけた高齢者の方の走りのように、その慎重さに、なんとなく周囲が注意を払わなければならないような。最初は限られたものだけかと思っていたのですが、朝も昼も夜も、頻繁にそのような状況に出くわすので、これは怪しいとよくよく見てみれば、随分と高齢あるいは業界初心者らしき運転手さんが多くなっているのに気づいたのです。同時に、最も多かった中年層の手慣れた運転手さんが少なくなったような気がするのです。中間層の年代が抜けたのは、やはりこれも収入の厳しさ故による職業離れなのか。ここにも老齢化の波。私が時々利用するタクシー会社の代行運転は、ほとんど年配者を採用しているようです。タクシー代行は、二人でやってきます。私の車を運転する人と、後についてくるタクシーを運転する人。そしてどちらも高齢者。いつぞや、その代行運転を利用したとき。運転手さんの動作は実に緩慢で、シート位置調節やブレーキ解除等々準備して発信するまでの時間がやたらに長い。フットブレーキだというのに、やたら手元にブレーキをさがしたり、ウインカーとライトを間違えたり・・隣の席で寛いでいるほろ酔いも飛んでしまいました。"^_^"思わず、この運転手さんを後部座席に乗せて、私が運転したほうが早いと思ったくらいです。(^^)発進、停車、割り込み・・機敏さが普通の従来のタクシーとは違って、慎重に丁寧な運転になったのは良いことですが、失礼ながら、あえてしないのではなくて、できないような風でもあり・・。”^_^”しかしやはりタクシーというものの緩慢な走りは、逆に、側から見るには実に危なっかしさを感じさせます。まっ、でもそれはそれでスローな優しい世界ができていいかもしれませんね。でも最近、私は何故かこのスローなタクシーを見かけると気になるのです。なんとなくこの、ぶっつけられそうになる危なっかしいタクシー、いいんです。(^^)タクシー運転手でありながら、不慣れそうな頑張っている年配の運転手さん達。せいぜい、乗客探しによそ見して、周りの人や車が見えなくなってしまわないように、そして車の流れに適度に合わせた安全運転をお願いします。
2006年02月09日
コメント(1)
幸せを感じる時。それぞれ人にはその感じる時というものがあるでしょう。ふとした時に感じる幸せ感というもの。少しばかり自分自身を思い起こしてみれば、日頃はほとんど気にもとめない、その自分の幸せ感を見つけることができます。例えば、私にとっては、このようなこともそのひとつ。朝方、寝床のなかで、まだ覚めやらぬまどろみのなかに窺う、台所に立つ妻の、朝食準備の様子。まな板を叩く音や炊き上がる炊飯器の音等。あれには、私にとっては限りなく平和な「幸せ感」を持つのです。遠く振り返れば、やはり早朝の炊事場に聞く音は、温もりとどこまでも続く穏やかな日を、子供心にも強く感じさせたものです。私の場合、小さな頃から高校生時代まで、その穏やかな温もりは亡き祖母が担ってくれました。私はおばあちゃん子だったのです。寝るときも一緒でした。10年程前に亡くなった祖母と私は、血縁関係にはありません。酒問屋をしていた夫に嫁いだけれどすぐに死に別れ、若くして未亡人となった祖母には、子供もなかったので、兄妹の多い、遠い縁戚だった父を養子に迎えたのだそうです。現代であれは、十分に将来に向けた再婚の途というものがあったでしょうに。血縁関係に無い。よくよく考えてみればそうなのですが、私にとっては、血の通った実祖母と同じ。小さな頃から私はその祖母に面倒をよくみてもらっていました。若きときには相当苦労をしたらしく、小さいときから奉公に出され、子供の頃からよその家の子守をしながら家計を支えていたようです。学校にもろくに行けず、読み書き算盤も夫と一緒になってから商い上、独学で覚えたようです。昔ながらの大きな5つ珠算盤は、老いても大事に手元に置かれていました。子供時分からも、そして結婚縁も薄かった彼女の人生は、その後も自分の自由と贅沢には無縁の、ただ、我々家族の朝食や夕食の支度をするというだけの、決して幸せだった人生とはいえないものに私にはいつも映っていました。一生が何の楽しみもない人生。考えただけでちょっと辛過ぎます。その祖母には、一時だけの酒問屋の妻となった当時に働いていたという、某使用人が亡くなった後も、身寄りのない無縁仏となったその墓を、いつまでも気に留め、我が家の墓参りの折には、家族同様に世話をしてきたような律儀なところがありました。私は元来口数の少ないほうでしたから、自分の父や母や祖母とも、これまでの人生で交わした会話というのは、一般的家族における1/10程度のものではないでしょうか。コミュニケーションの取り方もうまくありませんでしたし、その点、子供としての孝行を全うしていないかもしれません。私にとって大切だった祖母にも、感謝や想いのたけとは裏腹に、私の接し方は極めて無機質だったともいえます。やがて県外に出た私が、時折帰省したときなどには、いつも、彼女は、その都度貯めた、なけなしの自分の貯金から、そっと小遣いを手渡してくれたものです。相変わらず言葉少なく、ぶっきらぼうな対応の私に、毎度、帰ってきたことをとても喜んでくれていました。その後、結婚した私に子供ができ、私の家族と帰省のときには、私の分まで妻が優しく接してくれていましたから、その点はせめてもの救いのような気がします。ただ、返す返すも心残りなのは、私の住まいについに一度も連れてきてやれなかったこと。いつも気になりながらついに実行できなかったこと。もし一度でも呼んであげたらどんなにか喜んでくれたことでしょう。私には、母親から日常において食事を作ってもらっていたことがありません。手料理の記憶がないのです。ただ一度記憶にあるのは、小学三年生の頃か、私の誕生日に友達が遊びにやってきたときに、カレーライスを作ってくれた、そのときだけに思います。苦手だったのか、不向きの気質だったのか。けれども、私の心には、祖母からもらった、台所の温もりが今でも残っています。何の楽しみもなく薄幸の人生を終えた祖母の、小さな頃から高校を失業し県外にでるまでの世話をしてくれたことへの感謝。そして今でもその温もりを記憶に想う、朝食や弁当を入れてくれるための、カタコト、グツグツ、その台所の支度音なのです。母親の皆さん、そしていつか母親となる女(ひと)へ子供さんのために是非、台所に立ち、しっかり世話をしてあげてください。その頑張っているグツグツ、カタコト賑やかしい「支度音」というものは、きっと子供に、「幸せ感」という温もりで、心の内に、いつまでも残っていくことでしょう。
2006年02月05日
コメント(8)
身体を悪くした妻の母を我が家に引き取って、1カ月少し過ぎました。後で判ったのですが、腰の部分を骨折していたらしく、よくなるまで(年寄りなので完治は難しいようですが)は、4カ月はかかるとのこと。医者にかかりながらも、しばらく骨折を発見できず、相当な痛みを我慢していたようです。今もコルセットの装着なしでは歩行困難な状態。このような状態になる迄は、我が家の近くで一人住まいをし、畑仕事や、自ら車を運転して、少し離れたスーパーにも元気に買出しに行く元気さでした。三年前に夫である義父は、最期の数年を認知症と腎臓を悪くした末に88歳で亡くなりました。その義父を、最期の最期に入院するまでを、自宅で面倒を見、やはり、日々車で病院通い等もしていました。そして、もはや二度と帰宅できることもなくなった入院後も、私の妻とともに、日々入院先へ面倒を見に行っていました。亡くなった義父の自慢は、戦時中に自分が属していた海軍の話。いつもその話になると長くなりなかなか切れることがありませんでした。潜水艦、戦艦に乗り、真珠湾攻撃、ミッドウエー海戦に参加し、数々潜り抜けたる戦火の体験話。日独伊三国同盟により、ドイツ上陸してあのヒットラー総督の歓迎晩餐会に出たことも。少し頑固親父風で、しかし純粋で良い人でした。妻と付き合っていた頃、よく家に入り浸り、食事もしてそして泊まったりしたものです。私も案外振り返ってみれば厚かましい。すっかりよそん家に慣れきってしまって。あれですよまるで。以前にも書きましたが、あまりに可愛い野良犬(←nextのこと)に餌やったらすっかり懐いてしまった・・古い時代の人間なのに、よく寛大にこの両親は私を迎え入れてくれたものです。その点、私は良い義父義母に恵まれたと言えるでしょう。横道に逸れましたが、先日、その義母がどうしても免許更新するというので、試験場まで送りました。すでに81歳ですから、もう更新をしなくても・・と妻に言ってみたのですが、おそらく本人としては、また復帰して元の住まいに帰って一人住まいする気でいるらしいのです。また、これまで長年自活してきた自負でしょうか、早く元の生活に戻りたいようです。我が家はマンションですから、住まいの窮屈さ退屈さと、やはり身内でも多少気兼ねさがあるのでしょう。そして子供に迷惑を掛けているという気持ちが強いのでしょう。義父の時と同様に妻は、仕事しながら、家事炊事をしながら大変です。私はせいぜい、自分の脱いだ服を自分でハンガーに掛けるか、床を上げることくらい。そして時々の食器洗い位。料理もできません。(すみません。家に帰るとだらしない男で、つい服は脱ぎっぱなし・・のこともあるのです”^_^”)結婚して今日まで、女房殿が寝込んで料理をしなかった日というのは先ず記憶にありません。決して風邪ひとつ引かないほどに健康だということではないのです。ましてやお菓子をぼりぼりしながら、だらだら昼下がりを過ごしているといった光景も浮かびません。ただただ主婦と母親としての責任感からだと思います。朝4時起きの仕事をしているときも、3時には起きて必ず朝食を作ってくれました。私が一人で旅行に行くときには、前日の内に、バックに日程分の着替えもすべて段取りしてあります。当日私はバッグを持って出かけるだけ。亡くなった義父も自分では何もできないタイプでした。どこに何があるやら・・もちろん料理も。義母に頼りっぱなし。宿命といいますか・・母娘で。”^_^”今世、料理できる役立つ夫は多々見受けるのに、とんだ災難か。まあいずれにしても、セレブな奥様と違い、一般的主婦はいろいろと用事があるもののようです。男はその点、仕事で大変といいつつ酒飲んで気晴らし、自分の事だけを考えていればよい気楽さも多分にあります。早く元気になり頼らず自活したい義母。多分に母娘で、人に迷惑をかけない自活の精神が強いようです。しかし、人間、特に年寄りの場合、一旦寝込んでしまうと、体力気力を落としてしまうようですね。このところひと頃の、年齢によらない元気さも消え、老け込んでしまった気がしないでもありません。おそらく本人は随分と気落ちしているでしょう。そして妻も日々の介護で大変、少々お疲れ気味。反省して私も少し妻に協力することにしましょう。やがて老人が老人の面倒をみる時代に。我々がしっかり元気でいなけばなりません。
2006年02月03日
コメント(11)
慌しかった私の1月も終わりいよいよ2月のスタート。相変わらず時の流れをとても速く感じる日々です。このところ、当社がテナントとして入居しているビル管理会社(=家主)さんからの情報で、賃貸がとても忙しくなっています。この管理会社にも不動産部門はあるのですが、組織替えにより、仲介部門の転換を図るということになったらしいのです。しかし従来の法人顧客があり、この時期(転勤時期)になると、いろいろとビル内テナント企業さん等から相談があるため、その問い合わせ情報を今期は有難くも当社に回していただいているのです。これも縁で、当社の賃貸担当は、物件案内等、各法人様と忙しくやりとりをし、今のところなんとかその役目を信頼の内に果たせているようです。移転してみると、やはりこの場所では、法人様との案内、契約のやりとりも実にスムースに行きます。書類も少し歩いて隣のビルまで・・先方の担当者さんも、出勤前や時間の都合がつくときにちょいと顔を覗かせてもらえる・・と、仕事のアクセスの良さを改めて実感。やはり移転は正解だったようです。あとは、私が責任持って自社の方向性を定めていかなければならないのですが、まだまだ暗中模索、課題山積みのなか、その戦略と計画実行となると、なかなか大変なのであります。
2006年02月01日
コメント(10)
全10件 (10件中 1-10件目)
1


