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余すところ7時間ほどとなりました平成18年。ささやかに平穏に、しかし、それこそ私にとってはとても上等で、最も価値あるハッピーな一年を終えることができます。そして、またまた多くの方々のご縁とお付き合いのなかで、私は生きることができました。感謝の念で一杯です。ここに改めて心よりの『ありがとう』を言わさせていただきます。皆さんにとって迎える新しき年が、良き年となりますように祈念しながら。皆さん、本当に一年ありがとうございました!(^^)
2006年12月31日
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昨日は雨と雪が強い風に煽られて今年一番の寒さだったようです。今日は荒れる模様は収まっても、そのまま厳しい寒さに突入してしまったみたい。本格的真冬の到来といったところで、いよいよ年末らしくなってきました。今年も様々な風景や出会いというものが私の前を通り過ぎていきました。それらはもっぱら私に幸せ感をもたらすものでした。ところで風景といえば、やはり緑の平原、広がる青空と、その先に浮かぶ白雲。あるいは青い海原、やはりもくもくと稜線に広がりただよう雲。自由に駆け巡る心と一体感となれる様な風景そのものに、私は心惹かれるのです。そして、その広がりの彼方へどこまでも伸びる道風景といったものも大好きなのです。深呼吸とともに胸の内まで、平原の草木を優しく撫でていくそよ風に満たされるような、その様な平和的自然の風景が好きなのです。九州阿蘇風景は、その様な私の大好きな風景の一つでもあり、又、一昨年に新婚旅行以来となる二度目の訪問をした沖縄の地も、阿蘇同様になんとなく心落ち着くのです。何故でしょう。人も懐こくて、ほっとできる感じです。風土的に根ざす人と町の素朴感というものが、何故か安心感とともに、我が胸懐を開放してくれるのです。そしてそれは、小さな海辺の町とか田園風景の中に存在する山間の村とか、地方都市の街の佇まいとか。いずれもその風景のなかを歩きながら、時に道行く人との他愛無く交わす会話のなかにも、気を許し心落ち着く我が家へ帰ってきたような、その様な、生きている喜びというか、私自身が落ち着く居場所的な本来の縁の中にいるような気がしてくるのです。人には、何故か落ち着く、いつか出合ったような風景というものがあるようです。例えば神社仏閣も、その場所にいて心落ち着いたりするものです。それは、風景以外の人、あるいは事象にもいえることなのですが。反して、五木寛之は好きなのですが、『青春の門』に出てくる、あの荒涼とした筑豊の風景は苦手かもしれません。(決して他意はありませんので)好きな高倉 建さんの出身はこの界隈なのですが、軟弱な?私としては、粗っぽい?印象はだめなのかも。そして、私は北九州市に住んですでに三十年になりますが、いまだにこの街に馴染まないのも事実。雑居的な感じもして。(北九州市にお住まいの皆さん申し訳ありません。同じく他意はありません)今でこそ、多くの人の努力によって随分と綺麗に住みやすい街となりましたが、最初に田舎から出てきてこの町を見たときには、旧八幡製鉄所の工場の煙突からもくもくと立ち昇る煤煙に青空は見えず、電車道は赤茶けて、いくつも並ぶ大型ショベルカーの光景に、つい気分が悪くなったものです。それまで住んでいた私の田舎町とはあまりに掛け離れていましたから。しかし、何故か門司方面に行くと、またなんとなく緑ひとつでも違う様な、その風景にほっとしたり。又、北九州市を抜け日豊を過ぎ大分に近くなる。あるいは耶馬渓から日田、九重、そして阿蘇に近づくとまた気持ち和らぐというか。自然の緑や青さに限りなく近づいていくことで妙に安心するのでしょうね。福岡も心落ち着く街ですね。とは言いながら、この住み慣れた、そして育てていただいたこの北九州市に、意外とすでに私は馴染んでいるのかもしれません。これからもお世話になった分、精一杯、私のできることでこの町に恩返ししていきたいと思います。どうぞ北九州市民の皆さん宜しくお願いいたします。皆さんにとって新年が幸多き年になりますように。
2006年12月29日
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なんとか年賀状を郵便局へ持ち込み一安心。枚数が多いので、裏面はインクジェットプリンター、宛名はコピー機でプリントアウトしています。今年は、そのいつもの自社印刷の途中で、ついにプリンターが壊れてしまいました。修理云々より、今は買ったほうが安く付くよといわれ、買い替え購入しましたが、電器店にいくと手頃な価格帯が揃って機能も豊富。そしてこれでは確かに性能比も含め買い換えた方がお得。壊れたプリンターは、長く使ってきたもので、PCをMACからWindowsに替えてからですから、かれこれ七、八年近くも使っていたことになります。しかし新機種に替えてびっくり、印刷スピードの速いこと速いこと。まるで急行列車から新幹線に乗り換えた様。これまでは、印刷するときにはPC台が揺れていましたが、なんとも静かに、そして綺麗な仕上がりに満足。ただこれに限らず昨今の家電品というものは、一見造りは綺麗でも、よくよく見ると、随分と軽くなって簡素に、いかにも安っぽい部材が使用されているような気がします。今は、耐久性を追及するより、流行のサイクルとのせめぎ合いのなかで、新機能を満載しながらいかに価格を抑えながら競争に打ち勝つかということなのでしょう。先日はPENTAXとHOYAが来年合併。と報道されていました。先進的な技術で業界をリードしてきたPENTAX。我が愛機K100Dは割安感もありヒットし、次の新製品K10Dも評価大なのに残念。しかし考えようです。HOYAとの合併により技術開発資金が潤沢になれば、埋もれていた技術がもっと世に出て、PENTAXの名は残っていくことでしょう。何より開発者が元気でるに違いない。PENTAXさん、いつまでも応援していますよ。今では電気メーカーがカメラを作る時代。残念ながら、デジタルの世界では、高い技術力を持っているだけではだめなのですね。世の流れか。しかし、やっぱりカメラはカメラメーカーのものでなくちゃ。さて本日は、最後の忘年会が待っています。当社は29日が仕事納めですが、どうやら世間も慌しさを呈してきたようです。
2006年12月26日
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楽天仲間で『お気楽隊』というグループに一応私は属させていただいています。きっかけは、どの様なご縁によるものだったのかは忘れてしまいましたが、メンバーは皆さん素敵な方々なのです。そのお気楽隊メンバーのお世話をしていただいているのはyuki5679さんという方。とても優しい人です。そのyukiさんが自身のサイトと別に、立ち上げておられるのが、愛猫の為のもの。生まれて間もない拾ってきた猫を、手元に置いて可愛がり、世話をしながら、その成長を実に優しく見守ってこられたのです。それは日々の愛猫日記で、サイトを訪問する人にはよく分かりました。何人もの人が、いつまでも近しく温かく関わりながら見守って・・。それは多分にyukiさんの人柄によるものもあったようです。けれどもそのトイチ君は、一年少し前の夏に残念ながら突然あの世に行ってしまったのです。Yukiさんの悲しみは如何程か、周囲の想像以上だったはずです。その後も、トイチ君の日記は続き・・彼の1周忌後、最近しばらく中断していたその日記『トイチ君』との世界が久し振りに復活。なんと素晴らしい絵の世界と共に。作画はyukiさん本人ということで尚、びっくり。その才能、そしてなによりこの人の温もりが今も愛猫トイチ君に注がれていることに敬服。表面だけではない、人の持つ、確かな心の温もりというものは、心を動かすものだと改めて思いました。昨年、私はトイチ君の想い出にと、トイチ君の写真をワインラベルにしてyukiさんに贈ったのですが、ラベルが出来上がったとき、私は大満足。今にも飛び出て、こちらにじゃれてきそうなその姿。利口そうな、そしてイケ面のトイチ君。本日(『トイチ君』との世界)復活と、保護者さんの人としての温かさと才能に敬意を表して、私も此の場でそのものを公開。本日は、保護者さんとトイチ君の、永久の深い絆に感動したのです。もちろん保護者であるyukiさんの真に心のこもった絵やドラマには遠く及びませんが。トイチ君。あなたは、永遠と続く保護者さんからあなたへの愛情を注がれて、実に幸せ者ですよ。
2006年12月22日
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いよいよ2006年も残すところ10日となりましたね。昨年末の今時期は、事務所の引越しのために荷造りに大変で、次々と積み上げられるダンボール箱に埋もれながら年末ぎりぎりまで準備に追われていました。そして年明けの5日に現在地へ荷物を搬入。その後の一年というものは、あっという間の1年でした。振り返れば今年も、忙しくさせていただきながらも、結局は自分の力というより、いつものごとく、否、これまで以上に、もっぱら多くの他人(ひと)の援助により生(活)かさせていただいたことの多き1年でした。結局、人は一人では生きることはできず、日常において気が付かずとも、自分の人生という舞台の上で、例え端役的に位置しているかのように思えても、己の立ち位置から見れば、やはりそこは、我を取り巻く多くのサポーターともいえる人達によって成り立っていることを実感するのです。数々お世話になりながらも、何分非力故に、それらの恩に報いることも十分にできずじまいで来年に残したまま、まだまだ頑張る課題は我にあり。さて、慌しい仕事の合間に自分なりの、心を充足させるようなものもしっかりと手に入れているわけで、そのひとつが写真というもの。一眼デジカメと手に・・という、なかなか我ながら良き趣味に今年出合えたと思っているのです。まだまだデビューしたばかりですが、野山を街を海を。いたるところに被写体はあるわけで、もどかしさのなかで、カメラを手に自己表現していくことは、実に穏やかな幸せ感というものが心を充たしてくれます。その良き趣味のきっかけをいただいたのが、ご近所さんの この写真ブログサイト20日の日記上にある、クリスマスメロディ付きの写真は素晴らしいですよ。写真はこの方の撮影によるもの。実に心安らぎます。このサイトへは時々お邪魔しながら、写真撮影の楽しさ、良さを教えていただきました。いつこの域に達することができるやら。私は、勝手に迷惑を顧みず『師匠』と思っているのであります。(^^)そして日夜?その腕を、感性を、そっと盗み見?しているのです。今ではコンパクトカメラでも高機能で、一見誰がとっても綺麗に写っています。しかし、やはりそこは違うのです。撮る側の感性、その人の心情や優しさ等々が、おのずと反映されるのですね。その様な写真は心を動かされます。というわけで、来年こそ、小生少しは腕を上げたいと思っているのです。音楽、絵、陶芸・・芸術表現への想いと憧れはありながらも、我凡人なり。しかし、写真だったら・・ひょっとしたら私なりの感性を少しは表現できそうな、そんな気がして。ドライブするにしても、傍らに愛機のカメラがあると・・考えただけで楽しくなってきます。何か趣味を持つということはいいですよ。皆さんも是非、自分ならではの良き趣味を。そして心豊かになりましょう。買ったものの、ほとんど使いこなしていない、我が一眼デジカメ一眼デビュー。構図もなにもあったものではない。やみくもに撮った一枚。"^_^"追記:20日のよびりんさんの日記2のなかの『きんと雲』理論知るものぞ知る。で奥が深いですね。聴くだけでわくわくしてくるのです。よびりん学校ならでは。(^^)
2006年12月21日
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重要:楽天ブログ 旧画像倉庫終了のお知らせ上記のお知らせが以前から表示されていましたね。12月20日をもって、楽天日記の旧画像倉庫の管理画面上のリンクが廃止されるということで、気になっていた私は、ぎりぎりの今日、保存画像を慌ててフォト画像へ移行させました。21日からの画面がどのようになっているか心配ですが、解りづらい説明を読むと、どうやら旧画像倉庫から設定されている画像は現在の画面に残るようです。もちろん画像も倉庫には残るが、20日以降、旧画像倉庫からの新たなるリンクは出来なくなるということのようです。さて私nextは、日記を始めて早二年半が経とうとしております。日頃この場を貸していただいている楽天さんには、心より感謝申し上げます。この日記のお陰で、本来なら先ず知り得ない人との縁もでき、この間、私にとっては、正に気付きのオンパレードというか、楽天日記に限らず短期間で急速に拡がったこのブログというもので、人間の各々における個性というものは実に素晴らしいなと痛感もし、又、私の人生において、ある意味、『縁』というものが凝縮された二年半でもあったような気がします。改めてご縁あった皆様に『ありがとう』を言わせていただきます。そしてこれからもどうぞ宜しくお願いいたします。では皆様メリー・クリスマスそして良いお年を・・!? まだ早すぎます?昨日(18日)は午前1時頃まで飲み屋にいたので、ちょっとくたくたであります。"^_^"
2006年12月19日
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今日は休日。なので妻と映画館へ。観たのは「硫黄島からの手紙」戦い前から全てが終えるまでの硫黄島での日本軍兵士の心の葛藤を、画面は淡々と映し出し静かに語る画面はそれなりに評価できるものでした。様々なる喧騒はさておいて、映画を観終わり、私は素直に靖国に眠る先人に心の中で合掌。そして、その礎の上に生きる平和な時代に感謝。さて映画の監督であるクリンント・イースト・ウッドは大したものです。アカデミー監督賞も受賞して最近は名監督としての地位も不動のものになりつつあるようです。ところでそのクリント・イーストウッドを初めて私が見たのは、まだハリウッドで売れる前の、マカロニウエスタン(イタリア製西部劇)での主演作、『荒野の用心棒』でした。エンニオモリコーネの主題歌「さすらいの口笛」も大ヒットしました。私が中学生の頃でした。この頃はマカロニウエスタンが大流行で、次々と似たものが封切されたのです。もうひとりの人気俳優だった甘いマスクのジュリアーノ・ジェンマと硬派イーストウッドは人気を二分。そういえばジュリアーノ・ジェンマは新庄似でしたね。その後、日本映画が真似した西部劇も撮られました。なんと高倉 健主演の和製ウエスタンです。荒野の渡世人なんかよくわからない内に、西部に高倉 健が現れて、ウエスタンルックで拳銃ぶっぱなすんですね。この時代のお決まりの1時間20分~30分の上映時間の間、ストーリーは?????のまま「終」が出た記憶があります。”^_^”この頃は、健さんの出世作『網走番外地シリーズ』が人気で、健さんにはやっぱりカウボーイハットは似合わないと思いましたね。話は随分とそれましたが、それにしてもクリント・イースト・ウッドはご高齢の身で今尚作品作りに情熱を燃やして凄いなと思いました。一作品を創り上げるには、相応の根気がいると思います。そして監督は、常に全体を捉えながら、もちろんスタートの段階から先の完成迄が、到達するまでの道順とともに、すでにしっかりと頭のなかに描かれている。この事は、我々の普段の仕事においても十分参考になるものです。渡辺 謙はやはり素晴らしい俳優ですね。そして二宮なんとかという若い人も良かったですよ。この人、グループ歌手の一員ということを聞いたのですが、全然知りませんでした。そう言われても、そのグループが浮かんできません。^^;でも役者として素質大有りで将来が期待されます。夕方帰宅した後、先日ゆかいさんから届きながら、時間がとれずまだ観ていなかった、よびりんさんのコラボセミナーDVDを夫婦で観賞。内容てんこ盛りの爆笑長時間ものでしたが、これが大笑いでしかも改めてためになりました。良き映画にほろっとし、次に大笑いであっほ~~~~~~~と幸せ気分になり、実に良き、久し振りの妻と二人の日曜日でした。※どなたか知りませんが、資料をリンクさせていただきました。感謝。
2006年12月17日
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ここまでやってこれた理由山、谷ある人生を一人で歩いていくにはやはり寂しすぎる。そしてもちろんこの世は一人では生きられない。大勢の中ばかりでは窮屈すぎ、独りの世界を堪能しながらも、さりとて全く独りぼっちでは、なんだかおいてけぼりをくったようで、つい人恋しく、都合に合わせて人の輪の中にも入りたくもなり。実に我輩は身勝手なり。仕事の事を妻に相談する事は皆無に近く、八度の転職も仕事の悩みも、これまで一度も相談することなく自分で選択して進んできた道。しかしこのどの選択も全然後悔しておりませんし、人生ラッキーだったと確信できるのです。ただですね、金銭の扱いに関しては、女房殿の言うとおりにしたほうが間違いありません。金はないのに"いけいけさっさ"の私の身勝手で随分迷惑もかけました。反省。二年前に、よびりんさんから教わった『半分の法則』を、得意げに妻に申しましたところ、きつく注意されました。「同じようなことを、私が前々から言っているのに聞かないんだから・・」^^;さて話は戻って。さして人生目標もなくその折々の仕事を精一杯こなすだけの、世慣れず不器用だった私は、仕事のなかでなんとか自分を存在させることに懸命で、時に悩みもしながら選択する道を結論づけていく自分の過程のなかで、おのずと犠牲は家族に与えてしまった部分が大なのです。繰り返し押し寄せる障害の小波大波に時に溺れそうになりつつ、気持ちはもうへとへとで、ある時には、リング上で大の字でギブアップ状態にもなりながら、「もういい。なにもかも放棄してこの状態でしばらく休ませてくれ・・」と願いつつ、しかし現実には食っていかなければならず。大の字のまま・・ボクシングであれば、素早く白タオルが投げ込まれ、すぐさまトレーナーがリングにグロッキー状態の本人を抱きかかえてくれるのでしょうが、人生での本番はまったなし。気力は大の字のまま、周りを見回し、しかしいくら待てども誰の助けがくるわけでもなく、その内、日は暮れ、また朝日は昇り、時は容赦なく過ぎ行きます。結局どんなに血反吐、そしていまにもため息すら出来ず窒息してしまいそうに思えるほどの精神の閉塞感の状態においても、また自ら立ち上がるしかないのです。もともと図太い精神を持っていればよいのでしょうが、世間知らずの直線的生き方できたものですから、人間関係の苦労も大変でした。振り返れば実に黙々と自分自身、頑張ったという感じで、それなりに精神力も強いのかなとも思うのです。人間は何度も障害を乗り越えながら、次第に精神のばねは強度を増していくものです。仮に今私にある現在を失ったとしても、再度ゼロから復活する精神はまだあるような気もします。どの様な逆境でも、また黙々と歩めるでしょう。元々、長く山谷を歩いてきながら、財産としては、物でもなく、私自身の胸の内にある、紛れもない、歩んできたこれまでの道程という事実なのです。ただしかし、踏ん張ってきた人生、そしてこれから先の人生。私自身の案外強かった、あるいは鍛えられた精神というものは、ただただ黙々と、時に精神の山を何度も転げ落ちながらもまた前に向き歩を進めてこられたのは、妻という、家族という支えがあったからにほかならないのです。人間としての度量が備わっていれば、外で踏ん張りながら家庭内においても充分に与えるものがあったでしょうが、ただそれはそれで私なりに懸命だったのだと許しを請いながら。やはり、完全独りだったら果たして、これまで頑張ってこられただろうかと、つくづく思うのです。とりあえず今を踏ん張るということさえ。人はやはり誰かの為に事を成し、誰かによって支えられているのだと。そしてその誰かが身近に存在することによって少々の困難もまた乗り越えられるのだと。人生は己を寄る辺とし、愛するものを寄る辺とし。さあ~恩返ししなきゃ。妻からはそれはもう聞き飽きた「貴方は口ばっかし・・」と言われております。トホホ。まあ長い目で見てよ。といいながらどんどん年取っていきます。「まあ来世にかけて迷惑かけた分、恩返しするよ」(^^)「それはいいから、もうストーカーは止めて」「次は苦労なしの人と結婚します」「お願い!そんなこと言わないで。確かに夫失格。家族孝行できなかったけど、俺は俺なりに人生一所懸命だったんよ、黙々と」「俺は充分満足だけどな~ジェットコースターに乗ったような人生。八勝七敗のような・・」・・!?もしかして七勝八敗?・・とにかくせめて八勝七敗で人生終えなければ・・^^;「とにかく来世でも迷惑欠けた分、責任とらせて。お願いしま~~す。」”^_^”・・・永遠と続く我が家の課題なのであります。(^^)ここだけの話ですが、もう決めちゃいました。来世もその次も、私、妻をストーカーしちゃいます。迷惑かけた分、もちろんお返ししますよ。私流の黙々と(^^♪
2006年12月15日
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実年齢に比べ若いとよく言われる私です。日頃において特別に意識をしたことはないけれど、周囲からそう言われれば確かにそうなのかなと。その事を実感したりするのは、仕事柄お客様を含め多くの方と接触し、年齢を知る機会において等。眼前の、その人自身の風貌からくる年齢的印象に照らして、えっ?私と同年?年下?と思ったりることもしばしば。又、常日頃、特に仕事上での友人知人、あるいは若い人に対して、特別、相手と私の間に年齢というものを意識せずに交わりながら、ふと気付くと、相手は、例え同年代であれ見るからに私より年齢は上に思えたり、同じ感覚で話していた相手は随分と年下だったりもして。知り及ぶ相手の年齢が、仮に私と同年代であった場合などには、その事自体には、世間一般相応歳の取りかたとして何ら違和感のない納得する様なこととはいえ、やはりそこで私は、私の年齢の現在地に改めて気付き、「そうか・・私も歳だな・・」と、過ぎた年月を否応なく気付かされ、溜息することもままあるのです。そしてまた一抹の寂しさも感じてしまうのも正直なところ。但し、それは一瞬の事で、また私はいつもの気持ちに舞い戻りはするのですが。内心、なんで皆そんなに早く気持ちも老いてしまうの・・と。マラソンに例えると、ゴール前でもうテクテク歩き出しているという感じか。走れる余力は充分にあるのに、もう人生終わったような。まだまだあれもしたいこれもしたい。なんで私はこうもだめなの?もう少しまともになりたい・・綺麗なあの風景もみたい、良い音楽も聴きたい、苦労掛けた妻にも良い思いをさせたい・・あれもしたこれもしたい、こうなりたい・・その他、心の中を充足させたいこと大有りで。完成させるためには全く時間が足りない感じ。さりとて日々あたふたするわけでもなく、のんびりすぎる程に自分の時間を回しながら。単に年齢ではなく、この人老けているなと思うこともいうことも、また逆に若々しい人もいるわけですが、その要因の一つとして、それは外見上のことより、多分にその人自身が内包する現況精神によるところもあるのでしょう。例えば今、その時以来会っていない学生時代の私の友人達にでも再会する場を持ったとすれば、おそらく皆私より老けていると思うことでしょう。その様な気がします。そして又愕然とするかもしれません。とは言え、私も年齢相応。世間には同様に随分と歳くってきたおじさんに映っているには違いないのです。翻ってみて私というものを冷静に考察してみると、若さ=未完成と相成るのです。どうも人生好き放題。といっても放蕩三昧で生きてきたわけではありません。私の感性というものは、子供の頃、学生の頃とほとんど変わっていないようです。心の内は絶え間なく循環していて、自分でいうのもなんですが、ふらふらと人間的未完成ではあるけれど澱みは全くなし。ただ、人生長く生きてくれば様々に経験を積んできているのですが、どうやらそれをうまく生きるコツとしての活かし方はまるきしできていないようで。人の接し方にしても、仕事の上での処世術にしても、知識としてはあれこれ頭のなかで理解できながらも、いざとなると、まるきし直球勝負的な部分があるようです。やや直情的で、障害物を上手く飛び越え、あるいは迂回し・・が苦手。人間的未成長なるゆえに、時々自己嫌悪にも陥りながら、さりとてなかなか成長できず変化球も身に付かず。要するにいつまでも人間的未熟さから抜けきらない自分自身があるのです。政治の世界であればひとたまりもない存在かも。いい年をしたおじさんが、今尚大人になりきれないというのもなんだか可笑しな話なのですが。まあしかし、人にはそれぞれ生き方にも得手不得手があって、もう今更じたばたするよりも、逆に未熟ながらもその自分自身の良しとするところを大切にそして信じてこれからもいくしかないと思っています。野球でも、変化球より直球勝負の投手というのがいるじゃないですか。けれどもですよ。時に凹みながら(凹んだようで凹んでないかも(^^))まだまだ一歩でも自分自身の成長を見込んで日々生きているというか。少しでも今より成長した自分を見込めるなら、明日を生きる勇気も元気も湧いてくるというもの。未達成の先があるからこそ、今日を、そして明日を頑張れる気力も出てくるのではないですか。私が周りから同年代より若くみられているとすれば、その様な、精神の部分が全く歳相応に萎れてきていないということなのでしょうし、子供の頃見た田園風景も、白い雲も青空も、その時の感性は、未完成のままのおじさんとなった今でも、変わらずに心のなかに存在し続けているようなところなのかもしれません。欠点はあったとしても、ひたむきさ純粋さといいますか・・。その部分はいつになってもいくら歳をとったとしても必要なのではないでしょうか。それが、人をいつまでも瑞々しく生き生きとさせる要点。大宇宙的に、人の魂は悠久の世界に亘り、現世は一時の修練の場に過ぎないと、全面的理解をしながらも、眼前に起こりうる事柄にまだまだ時として直情的な喜怒哀楽を示しながら、多少のぶれも生じさせる私自身。けれども、生き方としての根本部分は一貫しているし、これが最大の支柱。しかし根本的にお気楽で、良くも悪くも真っ直ぐに前を向いて、あちこちぶつかりながらも、気持ちの背骨はしっかり伸びている。やがていつの日にか、魂を宿す器としての外見上の腰は曲がったとしても。多くの人との縁に恵まれ、多くの前向きな人との関わりのなかで私は育てられながらいつまでも若さを保ち続けたいと思います。もしいつまでも私が若い(未熟?)といわれるすれば、所以はそのようなところかもしれません。
2006年12月14日
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いよいよ師走も中日に入ってきましたね。昨年の今頃は前事務所で、移転のための引越し作業で慌しかったのですが、振り返ればあっという間の一年でした。とりあえず新天地で、漠然と行く先を模索しながらひた走ったという印象でしょうか。迎える新年は、少し落ち着いて考えながら軌道修正しつつ、当社と私の進路を正確に定めていかなければと思っています。残りわずかな2006年。私は、これまで忘年会を4つこなし、残すところ4つとなっていますが、ひょっとして他にまだひとつ二つ入ってくるかもしれません。こうなったら、もうじたばたせずに、年の瀬を楽しく過ごすことにしましょう。そして当社の正月休みも決定しました。30日~明けて8日迄の十日間を休むことにしました。零細企業としては少し休み過ぎかもしれませんが、これも日頃頑張っているということでいいでしょう。後は、必要に応じて、自主的に出てすべきことをするという事。ところで昨日の朝、出勤して駐車場に車を入れようとして不覚にも隣に停まっていた車のバンパーを少しこすってしまいました。私の名刺に「大変申し訳ありません。ご連絡ください」と書いて、その車のドアミラーにはさんでおきました。今日その所有者の方から電話いただいたのですが、「修理に出してください」という私に、「以前にも擦られて、誰が当てたかもわからずじまい。そのまま修理しないでいるし、今回も少しだからもういいですよ」との電話口での言葉。「とにかく申し訳ないので、とりあえずお会いしたい」と私は言って、出向くことにしました。その方は学校の先生だったのですが、放課後の授業の終了を見計らって、菓子箱を手に学校の職員室を訪問した私に、その方は、「わざわざ来ていただいてすみません」「今回は互いに出くわせの災難と思って・・」と逆に言われ、私は、ただただ「本当に申し訳ありません」「以後注意いたします」と言って、互いが頭を下げながら恐縮した次第。先般は私が、気がつくと誰かにバンパーを当て逃げされていたのですが、当たり前のことだけれど、やはり正直が一番。気持ちもすっきりなのであります。最後には、「ちゃんと名刺持っていますから、不動産買うときには是非・・」と冗談交じりに笑っていただいて。O先生、心より感謝申し上げます。良い方で本当に良かったです。・・不動産でなにかあったら遠慮なく相談してくださいよ。(^^)嬉しい気持ちで別れて、今度は歯科医院へ。この歯科医院へは二週間前まで治療に通っていたのです。計10回ほど通院したでしょうか、とても信頼している医院で、先生もスタッフさんもよくしていただきました。顧客(患者)満足度も充分で、私は大満足。全ての治療も終わり、あの、治療台での「まな板の鯉状態」の緊張感もなくなって少々寂しい感じもします。私の通院予約は毎度火曜日の18:30分。本日、私はもう行かなくてよくなったその歯科医院に18:30を少し回った時間に到着。いつもの受付の人に、「いや~いつもの時間に遅れて・・」”^_^”「冗談ですよ」「これお世話になったんで」と言って手土産の甘~~いお菓子を渡し「これで皆さん、是非虫歯になって」と軽いジョークを。私のお客様でもあるこの歯科医院には、これからも私のかかりつけの信頼できる医院として、長くお付き合いしたいと思うのです。本日はほとんどゆっくり状態。仕事らしい仕事はしなかったのですが、此の二件の訪問で、私の気持ちは充分満足した好日となりました。
2006年12月12日
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深夜12:00の天神最終高速バスになんとかマキさんと間に合い帰宅したのが1:30。今朝一番で事務所で取引きをし、前夜の心地よい疲れを引きずり、私は椅子に座ったまま、先程(午後二時頃)までつい居眠りしていました。いや~昨夜は、よびりん学校生、楽天仲間が集まって、実に楽しく有意義な忘年会でした。泣く子も黙る、貧乏神は退散、福の神は一緒になって飲んで笑っての、おそらく全国で行われていた昨日の忘年会のなかでは、これが最高のものだったに違いないと確信できます。何度も福岡では飲んで語っていますが、私の記憶に残る印象的な飲み会でした。よびりんさんを囲んで、幹事役の鍛冶屋さん、マキさん豹柄さんsfpさんよびりん学校で一緒させていただいている素敵なY御夫妻笑顔がすてきなきらりんgoさんそして別の女性会が終わって参加してくれた、素敵で不思議な魅力の持ち主パワールックMIWAKOさん脅威のウエスト55センチkakoヨガクラブさんばぉ~んさん、そしてその友人である経営者兼モデルのSさん。心配していた女性陣も集まってくれて、場は一気に盛り上がりました。皆さん明るくて素敵な個性の持ち主。そしてあっほ~~が渦をまいているような面々。最初から最後までワイワイ大爆笑の連続で、この面白おかしさはどう表現したらよいやら。(^^)抱腹絶倒とは正にこの事なり。鍛冶屋さんの喋りも絶好調でした。その会場では結構長居させてもらって、とりあえずそこを散会したのが10時半頃。それから又よびりんさん、私、sfpさん、豹柄さん、MIWAKOさん、御Y夫婦、マキさんで近くの居酒屋に移ってまた爆笑。最後に、皆は、注文したてんこ盛りのアイスクリームまで食べて・・ふと傍らを見ると、鍛冶屋さんは喋るだけ喋って・・瞼がとろ~んと閉じて開いてを繰り返しています・・。今朝鍛冶屋さんと話すと、二軒目での自分の記憶は、かなり飛んでいるようで。(^^)19:00~深夜まで、博多の夜の爆笑よびりん学校忘年会は最高のものとなったのです。明るく素敵な笑顔の皆さんと年末過ごせて超はっぴ~でした。来年も引き続き宜しくお願いいたします。皆さんと一緒していれば運も回ってくる感じです。サンキューです。(^^♪鍛冶屋さんお世話様でした。「私暗いんですよね・・」「女房に家でため息つくなって言われるんですよね・・」を連発のマキさん。そのキャラに誰にも言葉を信じてもらえず尚も、「ほんとなんです・・」"^_^"もう爆笑ものでした。愛すべきマキさん、貴方にこの先十分ハッピーは付いてきますよ。(^^)※途中、電話参加したいとということで、度々私の携帯にTELいただいたタカさん。大騒ぎの最中で気付かなくてすみません。^^;どうです?↓このハッピ~な温もりのある雰囲気。居酒屋の店長さんに撮ってもらいました。
2006年12月10日
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さてさて今夜は待ちに待った愉快な楽天仲間(よびりん学校仲間でもあります)との忘年会なのです。わくワク待ち遠しい忘年会なんて、そう多くあるものではありません。しかし此処福岡での仲間との飲み会は、実に楽しく語って飲めて待ち遠しいのです。やや独断専行で開催日を決定したものですから、先に予定が入っていて、残念ながら参加できない方もいらっしゃったようですが、それでもなんとかこれだけの御参加をいただくことができました。『よびりんさんを囲んで博多の夜の爆笑あっほ~忘年会』いずれにしても貧乏神は恐れをなし、集まった変人達のそのアホさ加減に、思わず福の神も飲み会に参加するという、楽しい楽しい会なのです。来年の運気をしっかり捉えてくるのであります。参加者は下記の方々です。↓アホの神様よびりんさん今回の幹事である人生リベンジ鍛冶屋さん疑惑なしの建築家sfpさん元プロボクサーで岩盤浴店長豹柄さんよびりん学校生でsfpさん友人でもあるY医師御夫妻メイクセラピストきらりんさん私の友人マキさん&まともな?変人NEXTそして飛び入りあるかも・・パワールックMIWAKOさんヨガのkakoさん参加してくれたら益々盛り上がること間違いありません。さて・・・今回の忘年会開催に下記の皆さんから御祝辞?をいただいております。※皆さん楽しそう~!私も行きたい。しかし今それどころでは・・パウンドケーキ焼かなくっちゃ。1月には是非。(とき)※大いに盛り上がってほしいものです。 元気をたくさん貰える集まりになりそうですね。 当夜は多分、神戸ルミナリオの輝きの下で、交流の盛り上がりを祈っていると思います。 私は夫婦水入らずで、神戸の夜の街を楽しんでいます・・1月のよびりん学校では是非。(ワインレッド)※現在とても仕事が忙しくて・・早く、いつでも九州に飛んでいけれるように、自由な時間が取れるようがんばりまっす!NEXTさんにも是非、是非お会いしたい。(ゆかい)※残念!その日は予定が・・夏のビール会のような楽しさが目に浮かびます。関西の地から開催を祝します。(貴人鉄舟)※よびりんさん、そしてNEXTさんに是非会いたいです。ついでにその他の皆さんにも。当日の美女パーティが終わったらなんとか参加したい。(パワールックMIWAKO) 敬称略ご注意:上記は事実に基づいて少々私感が入っております。"^_^"では福岡の夜を大いに楽しんできます。真夏のビール会以来、愉快で気の許せる皆さんとの再会です。(^^♪
2006年12月09日
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昨日会合で一緒した知人の業者さんと話していたら、此の度、お嬢さんにご縁があり現在結婚の段取り中なのだとか。「まだ嫁がない」「全く結婚する意識がないようだ」等々、会う度に、そのお嬢さんの話になると心配されながらも半ば諦めの苦笑をされていましたから、昨日はとても嬉しそうでした。私も知っているそのお嬢さんは、明るくとても気立ての良さそうな娘さんでしたから、きっとその内に良縁に巡り会えるだろうと思っていましたし、これまで待って本人が選択した縁というものは、きっと間違いのないものであろうとだろうと心より思った次第。さて我が家も、未だこれからの娘がいまして、・・どうなることやら。しかし、世に一人の最良のパートナーに出くわすなんて、考えてみれば大変な事だし、又それだけに素晴らしい事。しかし一人を選択するなど大変だ。けれども、けれども、またまた考えてもみれば、複雑に絡んだその糸が、微妙に解けながら、それぞれ違った所在に人生を送ってきた二人を手繰り寄せていくのですから、縁とは実に不思議であって不思議でもない。ところで、仮にそれぞれの人生を振り返って、互いの出逢いまでの道程を、端から出来上がった道として、『時』、『想い』、『境遇』・・ありとあらゆるその歩みのなかから、辿っていき、人生という表に描いていくことを考えただけでも至難。正に『縁』というものは、その個人に相応しく『与えられた縁』として、確実に赤い糸で結ばれているとしか言いようもない気さえしてくるのです。我が家も、娘が一人を選択するとして、それはもう、娘の目を信じて天に任せるしかない・・とは言いながらも、やはり、私の好みからすれば、アイドル系でもなく、筋肉隆々系でもなく、そうだな~イメージ的には、艦上に、ぴしっと整列した白い制服の海上自衛官の様な・・清潔できりっとしたスピリットの持ち主であればいいと思うけれど。若い自衛官はいいですね。言葉もきちっと気持ちよくて。言葉も・・「・・自分は○○であります!」「現在、○時○分の方角にある○○町に親と住んでおります!」・・・こんな感じかな?(^^)・・初めて我が家にやって来た時、私と相手は互いに正座で挨拶して・・多くは語らなくても気持ちが通じて・・”^_^”と、こんな妄想をいつまでも抱いているので、娘からは煙たがられるのですが。^^;現実は、その昔、私の両親との接し方の時の様に、今は、我が娘との会話もほとんどないのであります。何故か娘には照れくさいのです。話そうと思っても、「今仕事どうだ?」「まあまあ」・・・この先、とんと会話は回転していかないのであります。トホホ。大体において私は多分に男、夫としての反面教師として我が娘には映っているのです。これは確信が持てます。こんなことに確信が持てていいてはかんのですが、事実ですからいたしかたない。^^;父親失格、夫失格男なのであります。まあしかし、私の理想的彼氏は別として、彼女が選択した相手を、私はやはり歓迎するのでしょう。数年前の息子の結婚式上、私は父からの言葉の段において、不覚にもおいおい泣いてしまいました。お恥ずかしい。嗚咽状態で言葉にならず。娘ならともかく、息子の結婚式で泣く父親は少ないようで。参列してくれた友人には、今でも「泣き虫父さん」と言われております。さてさて、いつかやってくるかもしれないその様な時。今度は泣かないぞ。(^^)いずれにしても、娘よ、良きパートナーに出逢う為には、気持ちきれいに前向きに今を生きることです。自己に合った縁はあるもの。といいながら、私と妻の出会いは、事故のようなもの(妻からすると・・)私はまるで救急隊員の様な妻に救助されたようなものなのです。片方が未熟でも、良き出会いがあるケースです。 妻の運は私との出逢いで万事休す。しかしながら、私は万事OK。(^^♪世の中上手くいっているんだか、いかないんだか・・おっといけない。仕事時間のコーヒータイムに日記書いちゃった。"^_^"
2006年12月07日
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・・三丁目の夕日を観ました。数々の賞を取った映画だったのですが、遅ればせながら先日放映されたTVにて。評判どおりとても良かったですね。年末に、またひとつ私の心に宝物が増えた感じです。決して物や金銭の多寡ではなく、何より代えがたい財産となるものは多々あるものです。いつも思うことですが、それは個人の考え次第で、如何様にも人生を実り豊かにし、又、人間皆等しくその受容の機会を与えられていることを、心底有難く思うのです。この映画に登場してくる当時の光景も、それぞれ様々に豊かなの『個性』を持つ人物にも、子供時代に、私は確かに出合ったようで、観ながらもつい感情移入してしまいました。荒削りの無骨で尖った『個性』・・要するに『人』が人として、生き生きと人間と人間との関わりのなかで心の温もりが踊っているというか。短所も長所も、表面に窺い及ぶその人の、紛れもない人間としての気持ちそのものが息づいていて、それ自体に、今の世の無機質感とが違い、温もりを感じて何故かほっとするというか。そして、決してノスタルジックに涙したわけではないのですが・・。その昔、やはり私も・・町内の菓子店に、唯一初めてのTVが入って、近所の子供たちは、夜になるとぞろぞろ連れ立ってそのお店にTVを観るためにおじゃまさせてもらったものです。私もその中にいました。もちろん礼儀として手に10円玉をしっかり持って。その店で買った駄菓子を手に、皆が行儀よく正座して正面の白黒TVを目も白黒させながら観ていて。三輪ミゼット車も走っていて。・・昔は友達のいるご近所へ、互いに夜でもわいあい集まっていたものです。家人も快く受け入れてくれ、気軽に話しかけてくれたり、その内帰宅した無愛想な親父さんも意に介することもなく。今から考えるとあの時代は、よくもよその子を気軽に受け入れてくれたものだと思います。大人と子供の間に生活における垣根はなく、しかし、子供から観た大人は大人としての、やはりなんとはなくの一目があり、大人から観た子供は子供として、叱りもし、心で抱きもし。互いに接し方の無骨さはあっても、そこに魂が存在していれば、決して今の世の様にはならないのかもしれません。おせっかいにも似た真の関わりというものは、いつの世も大事なのではないでしょうか。・・友達の家に遊びに行った時必ずその時には、おばさんがテーブルに何か出してくれて。夏はスイカ、そう白い『初恋の味』がキャッチフレーズのカルピスも定番。民家の垣根越しに、子供たちや大人達の日常の会話が飛び交っていたりもして。あの映画の様にそれぞれの人の『個性』というものは良い意味で尖がってもいて、そしてその人としての『尖り』そのものに、頑固も、明るさも、物静かさも、がさつさも・・そういった性格の部分を超えて、人としての心の温もりがあって。近所の頑固親父も、おせっかいなおばさんも、子供が成長する過程で遭遇する事象と登場人物の誰もが、しっかり息吹いて存在していたような気がするのです。粘土をこねくり回す様な、がちんこの関わりのなかで、人は気付き、考え、感じて成長していくのではないでしょうか。・・昭和二十二年、光文社刊による定価二十五円なる『一握の砂』石川啄木。私のまだ生まれぬ前の、父が独身時代の青年期に買ったと思われる一冊。子供の頃、これを父の机のなかに見つけ、その後こっそり自分の机に移したまま、私は密かに大切に保管していたものです。父子の会話もほとんどなく、しかしその後姿に愚直さと誠実さを子供心にしっかりと感じていた私なのですが、青年だった父はどのような気持ちで読んでいたのだろうと。私が中学一年になった時、私は自分の小遣いで、新潮社から発刊された『一握の砂』を買ってきて古い一冊と同様に、それもまた大切に今も手元に置いているのです。私は、どちらかというと口数は少ない方です。特に子供頃は孤独に自分の世界に遊ぶというか。(というと知っている人は!?と笑うかもしれませんが、寡黙も時に饒舌も、どちらも二面性を持った私は、もちろん事実の私。”^_^”)映画を観ても、音楽を聴いても・・感動した感情というものは、更に無口になって、どちらかというと内に、内に広がってくタイプでした。ほとんど父子で交わす言葉も少なく、成長期においての反発もしながら、しかし世渡りの決して上手くない父の背中に、その人としての奥にあるものを観て、そして私自身はそれ以上の何をも表現することもなく、心の中に父としての信頼の気持ちを落としている。いかに暗い印象を受けようとも、自分自身としては、父とのほとんどない会話の関係も、今でも思い起こせば、深く胸の内に膨らんでいくのです。『尖っている』ことは、良しなのだと思います。私など、多分にお節介で、やや空回りで時に自己嫌悪に陥ることもありますが。^^;尖るということは、決してつっぱるというのではなく、人が人として先ず心が存在して、例え欠点多く、人間としての荒削の部分があったとしても、やはり感情豊かな『個人』として、この先も生きて行きたいと思うのです。今の世は、何故か妙に分別くさく、オブラートに包まれた様に、相手への関わりも希薄で、人もゲーム上に登場するもののように無機質で。小さな時から塾通い。それよりまだ子供の成長過程にあって大切なものがあるのではないかと思うのです。端から競争のなかで育ち、しかしそれはあくまで『自己愛』というもので人生を終始する。常に自己に向いた被害者意識と傷の舐めあい、馴れ合い的関わりの蔓延。時には必要な、相手を思う故の心の怒りも関わりも・・現代の喧騒の世の中で、その内ピクリとも人の感情に揺れもなくなる恐れ。小説を読むのも、音楽を聴くのも、自然を愉しむのも、・・人として、悲喜、恐怖・・感情と想像力を膨らませ、育んでいく事こそ長い人生におけるその人の幸せを全うする上で、真に大切なのではなかろうかと考えるのです。暴力の傷みも戦争の恐怖も自分ごとのように感じることができる。『明るい』、『暗い』、それらを超えて、心の内に豊かな感性を育んでいる子供は、そして大人というものは、感謝と謙虚さと持って、他人の傷と痛みを我が事のように察しえる事ができるのではないでしょうか。
2006年12月05日
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