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昨日、高橋真梨子さんの歌の魅力について書きましたが、何故聴く耳に心地良いかと申しますと、メロディ、歌詞もさることながら、やはり歌の上手さではないでしょうか。詞の一言一句がしっかりと聴き手に伝わってくるということは、やはり聴いていて先ずは疲れませんし、心に響いてくるものがあると思うのです。歌の上手さ、伝える力。美空ひばりしかり、私の好きなYAZWA(年重ねてからの彼がよろしいかと・・)にしろ、上手い人というのは、皆さんやはり、しっかり詞は一つとして欠けずにその人自身から発っせられ言葉が生きています。それはある種、歌い手の積んだ人生をも反映させ、人間的魅力もが心地よさを増幅させて、しっかりと伝わってくるのかもしれません。ただただメロディだけが優先して、うるさいだけの、何を言っているのかわからないような歌は、やはり長くは残らないものです。疲れないというと、オーディオの音にもいえます。今時受ける、高音と低音を強調した音を、よくドンシャリ音といいますが、ガンガンギンギンのこの様な音より、中域音がしっかり出るオーディオの方が、やはり良い音を鳴らすということになり、奥行き感の、聴いて心地よいリラックスできる音といえるのです。音楽というものは、例えそれが廉価なラジオのスピーカーから流れるものであっても、良い音楽は心に響いてきます。やはりそれはそれで、伝えるものをしっかり伝えるという、飾り気のないシンプルな良さとして心地よいのでしょう。車でもそうですが、ただ派手なものはやがては飽きます。しかし、しっかりした車づくりの思想の元に出来上がった車というものは、時代を超えてもなんとなく、その良さは、見る人に印象を残したりします。いいものはやはりいいと。人もいくら若くて美人でも、やがては老いていくのです。いくら人目を惹きつけたとしても、一時の事。夫婦だってそうだと思うのです。美人、いけ面にこしたことはないでしょうが、しかし、長い年月に飽きないのは、その人の人としての骨格の部分が互いに連れ添うものとしてどうであるのかということ。人生において、人においては、やはりオーディオの中音域のように、その辺りの、人間味のある懐の深さのようなものを持ちたいものです。ドンシャリではなく、何ともいいようのないその人の『間』というものが、気取らない笑顔のなかにもしっかりと人間的魅力を感じられるような、その様な味わい深い人としての人生を送りたいものです。そして、どうせなら、その様な人との関わりを、もっともっと大切にしたいと思うのです。
2006年09月28日
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朝の出勤途中、立ち並んだオフィス街の通り。ビジネスマン、OLの出勤風景がとても好きです。JR線のガードを潜ると必ず赤信号で停車するその場所の交差点。左は小倉駅、右方向は門司へ。交差点を足早に行き交う、あるいは立ち止る人の、一日の始まりの朝に息づいている光景も、なかなか良いものです。信号が変わり、次の交差点を左折するとR199。左はリーガロイヤルの高層ホテルでR199の通りには、秋色に染まった街路樹が並びます。この景色、カメラに収めたら結構絵になるな・・と毎日思いつつ、人通りの多い往来に出てシャッターを切る勇気もまだまだなくて。そして通り過ぎると事務所のあるビルへ。 ネクタイをきりっと締め、スーツ姿で颯爽とビジネス街で働く自分の姿を常にイメージしながら、黙々と日々小型トラックを運転しながら、朝早くから夜遅くまで、配達に明け暮れていた、あの過ぎ去った若い頃。イメージ通りの颯爽とした姿には程遠いかもしれないけれど、今はそのオフィス街に一応思い通りの姿で、自分なりの仕事の仕方と、生き方で日々を過ごしながら。そして、その私は、ほっと一息つき高橋真梨子を聴きながら、ちょいと日記書いています。酸いも辛いも、人生踏んできた彼女の、なんとなく吹っ切れて、ちょっと気だるそうな大人の雰囲気と落ち着いた魅力は、なかなかいいもんです。彼女の歌は、しかし落ち着くな・・隣の事務所もまだ仕事しています。さっきゴミ出しに通路に出たら、二階フロアでは、なにやらどたどた。定期的に聞こえてくるこの騒々しい音は・・・二階は端から端までカルチャーセンターになっていいて、おそらく今日はダンス教室の日なのでしょう。ちょいとイメージしてみましょう・・・”^_^”どうやらおば様達のようです。^^;やっぱり高橋真梨子の方が断然よかです。ところで先日買ったこのカメラ。このところ休日もろくろく取れず、なかなか腕試しする機会がありません。その内、一泊の温泉でも行くつもりなので、その時を楽しみに。今、この望遠レンズを注文しています。望遠レンズ標準望遠のレンズキットを購入したのですが、失敗しました。やはり最初から望遠タイプを買うべきでした。売れすぎて納期未定というこのレンズの入荷を楽しみにしている状態です。しっかり仕事して、自分の寛ぎの領域もしっかりエンジョイ。そして、料理も酒も旨い季節になってきました。冷たい風に吹かれている暖簾の先にちらちら窺える店のなか。客と客の肩が当たるほどのカウンターの温もり。いいな~元気出てきました。(^^)
2006年09月27日
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人はそれぞれの人生において、生きてきた証としての、その人だけの体験があります。悲しみも喜びも、失敗も成功も、窮乏も富みも苦境も。それは決して、金銭の多寡だけで量ることのできない、その人自身の財産として生きている間、個人の価値観の取り方次第で、まぎれもなく存在するものです。ですから、例え一言で言い表せない程の人生を送ってきた、あるいは現在においても送っている人も、その人が経験した分、その人は、自身の心の捉え方次第で、かけがえのない財産を心に所有している幸せ者である場合もあるのです。様々な方との出会いでは、時に、笑顔の裏にとてつもない程の人としての奥行き感を感じる方がおられます。未熟は私にも、価値ある存在の人というのは判ります。人間的大人とでもいいましょうか、身分も地位も超えた部分で、おそらく想像に絶する程の辛酸を経験してこられた故の、居心地良い、懐の深さと間というものを感じさせるのです。幸せのある部分を、金銭的潤いの最低必要額が占めることも確かですが、人が人として存在すために大切な人間性とか、真の幸せ感を充足させ得る心の糧としての財産は、決して良い事柄ばかりによって成り得るということでもなく、経験した負の部分にこそ、これから先の自分の人生における、大いなる財産、あるいは糧と成り得るのです。経験はその人自身が持つ、かけがえのない財産として、人生における心の充足感をもたらし、限りない程の、幸福感を友とすることができるでしょう。その財産とするところの多いほど、人生路における心強い杖となるのです。しかも、先の、辛さを越えてきた懐の深い人との巡り会いも又ありで、実に幸せなる人生の旅を、片道列車の合席で、時に車窓の遠景を眺めつつ、気取らない平和感のある会話を愉しみながら送ることも可能なはずなのです。私は、不動産業界に身を置いて数多くの取引に立ち会うことができました。700件は超すでしょうか。どれも思い出しますし、その都度とても良き出会い、印象深い取引というものがありました。そのなかでも、最も印象深い取引を一つ挙げるとすれば、それは、ある取引のことを思いだします。数年前のある取引でしたが、全て完結するまで半年がかりでした。価格はびっくりするほどの低価格で、しかも手数料は0円のものでしたが、条件内容は取り掛かる前から了解済の事でした。その頃は、私自身とても多忙な時期でした。その様ななか、私自身、相当の時間を割きその案件に取り組んだのですが、全て完結したときには、私なりの満足感がありました。手数料0円のこの1件の仕事。これを成すために、私はこの業界に縁があったのだと思わせる程の、私なりの自己満足感と、とてつもない幸福感を味合うことができたのです。今でも、これこそが経験した最高の取引だと思っています。そして私のかけがえのない財産として、胸の内にいつまでも存在しているのです。数多い私の財産の一つに過ぎないのですが・・・。事の起こりから、1人の友人の死によって完結したこの出来事。その間多くの人が絡んだ、今でも夢のなかの出来事のような、関る人々に感動さえ与えてくれた1人の友を巡る半年間。まるでドラマを観ているかのようなその出来事の、不動産に関るほんの一部分に、私自身が関れたことを、とても嬉しく思うのです。私をはじめ多くの人に、胸いっぱいの幸福感をもたらしてくれたのです。いつかこの事を書き記す時があるやもしれません。いずれにしても、人はどれほどの自分自身の財産を持ちえるかだと思うのです。様々な経験は、心の持ち方ひとつで、誰よりも幸せなる人生の拠り所を一生の友とすることもできるのです。これは決して、身分、肩書き、金銭の多寡とは別個のものなのです。誰しも持て、しかし誰しもが持つことができないものなのかもしれません。
2006年09月26日
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先日TVで、聾唖者の青年が、医師の国家資格を目指している姿を放映していました。知らなかったのですが、昭和23年制定の医師法による欠格事由によると、聴覚障害者は、その専門的知識取得において困難が予測されることをもとに、人命を預かる医療業務という特殊性を踏まえ、これまでこの様な障害者の方にはその医師への途が閉ざされていたとの事です。しかしこの放送を観る限り、制限緩和に向けて動いているようです。放送のなかの青年は、限りなく純粋に、人のために役立とうという強い思いで医師を目指しています。そしてこの青年は、大切な心の部分を持っているからこそ、途が拓けた将来において、おそらく患者の心をも、信頼をも掴み取ることができることでしょう。果たして今、彼のように純粋な心で医療の場に立つ、あるいは目指す医師、医学生がどれほどいるのでしょうか。やはりいつか雑誌で、高齢の町医者の話が掲載されていました。そのお医者さんは、訪れる患者さんに出す薬が極端に少ないそうです。無用に薬を出すのではなく、十分なる患者への問診で、治せるものは治すという主義で、その町の小さな界隈で、患者の絶大なる信頼得ておられるのです。もちろん、処方箋の乱用なきゆえに、金とは縁遠い様子の開業医なのですが、写真の顔を見れば解ります。医療の立場に立つ人間として、とても信頼に足る医師だと。温もりのある顔をされていました。TVのなかの聴覚障害者の青年の目は澄んでいました。父である老年の開業医師は、真の医療の現場を心から真剣に目指している息子を、閉ざされた資格制度のなかで、自分も懸命に手取り教え、その気持ちを大切に支えてこられた様子も、また感動でした。この障害を持つ青年は、もうそのひたむきさで、障害云々より、医療の現場に立つ資格は十分あるのではないでしょうか。私には、華々しい医師という側面での医者より余程にそう確信できます。よく思うのですが、教育の現場でいえば田舎の小さな学校の先生、あるいは、村の駐在所の警察官だったり、町の診療所だったり・・、小さな現場にこそ、職本来の精神を全うしながらしっかり頑張っている人達が多いことを。何より温もりを感じ、その人自身の、人格の信頼を感じ取ることができるのです。是非、医師資格を目指す、あの聴覚障害をもった青年が一日も早く希望通りの途を歩まれんことを。そして、どのような職の現場においても、その町で、患者と共に信頼を根ざしている一介の町医者の様に、駐在所の警官の様に、山村の分校の教師の様に、真に周囲に役立つ、明るく自分の責務を果たす崇高なる職務精神をしっかりと持った人が、数多く輩出されることを願うのです。
2006年09月23日
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私が社員に求めるもの重要な項目に素直さと、自省心があります。世にはなかなか自分を省みることをできない人がいます。失敗の時に、言い訳が先に出て、責任転嫁、自分のミスの問題点の摩り替えに終始する人。そして、同じ過ちを度々繰り返す人に、意外と、一見頭も良く、仕事もできる人に見受けられるのです。なぜでしょう。自分はできる。という過信、そしてそれによる中途半端なプライドが成長への変化の邪魔しているようにも見受けられます。他人から注意されることに極端に反発心が先に立つとともに、自分はできるんだという部分を取り繕う保身の言動。あるいは、指摘に対して「ハイ解りました」と返事よく、軽い反応を示す人。どちらのタイプも、全く真に問題を理解できておらず、結果としてそれ以降も相変わらず失敗を繰り返したりするものです。根本原因を解ろうともしない、考えない。私はできる人間である、という錯覚に過ぎません。誰しも失敗はするもので、その事は特段重要な問題点とはなりません。しかしながら最も問題なのは、何か事があった時に、素直にその問題点の部分をしっかり捉えることをしない、反省点に立つことができない、その人自身が持つその考え方そのものなのです。あるいは、私はこの私でいいんだ、という頑な心や意に介さないその気持ちの持ち方。一つの問題事に直面したときに、いかに真摯に見つめ、何故失敗したのか、客観的、多角的視点で捉え、自省することができれば、その経験は決して無駄にはならず、次に直面する場面において必ず活かせると共に、自分をも成長させる、価値あるチャンスとして捉えることもできるのです。いつまでも一点に囚われる必要はないのですが、考えなければいけない時に考えることをしないといのは、もはや心の怠慢というほかありません。人間、やはり性根の部分がどうであるかなのです。その素直に己を見つめることをしない、できない人というのは、再び同じような失敗を踏む可能性が大。すなわち全く懲りないというか。永遠と、周囲が注意を払わなければまらない状態が続きます。変化できない人に、その人の成長、あるいは会社としてもマイナスになる部分があるのです。人はやはり変化の出来ることが大事なのです。会社に二人の社員が入社したとします。1人はツーカー、ピンとくるというタイプで、何をさせてもそつなく仕事をこなしていきます。頭も切れる。しかし、人の話を聴いているようで上の空状態の人。失敗してもあっけらかんと悪びれた様子もない、反省しても反省したつもり型。もう1人のタイプは、最初から飛びぬけた能力はなくてもしかし自省心を持ち努力を惜しまない人。コツコツこなし、失敗したときは自分の至らなさに時に落ち込んだり。しかしその失敗の問題点を自分自身がしっかり見つめ、なにより素直に聴く耳を持っていること。例えば、計量器の違いを挙げましょう。大きな器と小さな器。能力と言うこの器に能力という水を注ぎ込みます。はなから才覚に長けた人、実務能力の高い人というのとそうでない人は当然できる部分も違うわけです。用意された、一見頭の良い人の大きな器には、それなりの能力が最初から満々としています。この大きさ分の仕事がこなせるわけですから、ある面とても重宝する人物といえます。しかし、「私は出来る」「自分はこうだ」という自負と意識が強すぎます。結果、あくまで、例え大きかろうと、その器の量以上の成長を観ることができません。それ以上は受け付けないのですから。何しろ、この人には、これだけの大きさの器が最良なのですから。これ以上は受け付ける気がないのです。それ以上にあれこれ教えよう、援助しようとしても溢れ出してしまいます。本当は、その人の意識次第で、ずっと更に大きく成長、変化できるはずなのですが。結果、常に何ら解決しないまま、問題点の先送りになってしまうのです。片や、スタート時には大きさの違いはあったにせよ、素直さと反省心のある人というのは、やはり価値があり、自身の成長につれ、あるいは失敗、障害が発生した都度、その問題が何に起因するかを捉え、気付きがある度に、器を取り替えていける人。要するに柔軟性に富んで、自分の成長位置をしっかり目標として掲げ変化していける人。結果として、そのような人は、頑な自分だけの視野の狭い人より遥かに成長が望めるのです。そのような人は観ていて、その行動に信頼が生まれます。仮に失敗しても、そのような、彼(彼女)なら、根本を理解し、次に活かしてくれるな・・という信頼感ができます。頑なな反省心のない人というのは、結局いつまでも信頼に足る人にはなりえず、いつもまた同じ失敗の不安から逃れることはありません。変化できない人を指導するのは指導する側も凄くエネルギーを消費するのです。半年経っても、一年経っても、その人が持つ固定した能力の容量のまま。やはり素直さというのはとても大切だと思うのです。先ずは真摯に聴く耳を持つ事。そこから問題の解決は全て始まるのです。この人にはいくら言っても同じだと思われるのは悲しくないでしょうか。職場でも変化できる人に教えるのはとても楽ですし、何より希望が持てます。失敗が失敗でなくなります。成長していく喜びさへ覚えます。これまで折々において、私は社員に、・・・失敗は誰しもある。私だって失敗だらけ。たとえば同じ過ちを繰り返したとき、自分自身が歯がゆくて、どうしてそうなったのか深く考えてみる。失敗→反省→活かす、の繰り返しが自分を成長させる。反省しないことを責めても、失敗それ自体を責めることはしない。大切なのは、その時に素直に自省してみることであり、その時の問題点をしっかり自身で捉えること。それができればきっと次に活かせるし、失敗リスクも軽減される。解らないことはいくらでもこちら側が教えるけれど、やはり教えられる側もその気でこなければ互いの?が埋まることはない。仮に、互いの空白部分を教える側が100%の意思で埋めることになったとしても、素直に受け止め考える気があれば、次は、こちらは70%、相手は30%。その次には50%、相手も50%・・・そしてやがてはこちらが30%程度でも空白部分あるいは?部分、あるいは問題、課題部分も十分埋めることができる。そして何より、互いがその柔軟性を持ち、変化でき、成長しようとする心が身についてくれば、互いの意思にダブリ部分ができ、結果として、限りなく、誤りの発生リスクが軽減されるのである。そういう意識ができればどのような障害でも知恵をしぼり難なく取り払うこともできるし、個人の発展も会社の発展も、実に確実性を持って希望が見えてくるのだ。変化できない能力、性質を持つ人より、より変化できる人を望む。・・・やはり人は、反省と、感謝、そして思いやりの心、愛の心で日々生きていける人が、真に価値ある人であり、単に勉強的能力の頭の良さより、そのような人こそ真に頭の良い人と言えるのではないでしょうか。仕事をこなす上での能力はもちろん大切ですが、そこに、謙虚な心(気持ち)が働くか働かないかは、とても重要になるのです。兎と亀の話ではないけれど、謙虚に前向きに、一歩進む精神こそ、人として、真に価値があるのではないでしょうか。ところで、当社は只今人材募集中。業界という枠に囚われず、柔軟性を持って変化できる人。口は上手くなくても優しい心を持った人。そういう人は営業も十分できます。その人に精一杯の心で受け止めてあげたいと思います。どっぷりと浸かった、業界経験者でなくてOKですよ。(^^)
2006年09月22日
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PCの発達で、いまではなんでも便利に簡単にできてしまいますね。HPも、当社は初期段階で専門業者にレイアウトをお願いした後は、ほとんどの変更、更新を自社で行います。エクセル以外での数式の定義付けによる計算書も、データーベース構築も。このような封筒やレポート用紙はもちろんの事。レイアウトから印刷まで自社製。↓レポート用紙は多めに刷り、適当枚数を糊付けして頭部分を糊付けした後、必要分を剥ぎ取って利用します。封筒も大、小を、必要な時に適当枚数を刷っておくのです。地図も間取りもチラシも年賀状も名刺も・・・会計は税理士事務所とPCで繋がっていますし、お客様とのやりとりもメールでスピーディにできます。作成ソフトの互換性を気にせずPDFで、あるいはデジカメ写真を添付して即時に情報共有できます。実に便利な世の中になったものです。で、どれもこれもの便利さを真に活かすのは、やはり心の部分。時に手書きのお礼のハガキを出したり、時に会話によるコミュニケーションだったり。例えば、「ありがとう」の言葉に自然に感謝の心が入るかどうか。心からの気持ちのスパイスを効かすことによって、様々な便利さも有効な使い勝手を持って、こちらの助けとなり得るのです。徹底的にその便利さを享受することにおいては、やはり大手資本力に勝てないでしょうが、そこはやはり、人間よくしたもので、心までもを、金と機械的便利さで簡単に買う事はできないことになっているのですね。結果、人も、会社も、生き残る、あるいは自身、自社の必要性を持つ領域というものが必ずあるわけです。塾漬けの後、一流大学をでていようが、医者であろうが、官僚であろうが、心まで明晰なる頭脳で簡単に手にする事はできないんですね。人格と地位は別物。だからいいんですね、人は公平で。育ちや地位に関係なく、そこかしこに、立派な人は、わんさかいて。(^^)私とて、会社も、自分自身も誰かが必要としてくれて、きっと役立っている信じて。そして何よりも大切な心だけは持ち合わせていると思っている。謙虚に・・不完全だけれど、しかし己の生き方に120%の自信あり。内気で無口?な私だけれど・・・う~ん。なんか元気でてきたぞ。↑いつものことで、自分で言って自分で納得。いつでもどこでも、すぐに元気が出る、超簡単、お気楽な私であります。ちょっとスパイシーでトロピカルな、next的愛の心で、明日も私は、愉しく皆さんのお役に立つように生きることにしましょう。私と付き合える人は、きっと幸せになりますよ。(^^)金は降り注ぐかどうかわかりませんが、心は豊かになります。きっと。おそらく。・・・たぶん。"^_^"
2006年09月19日
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以前当社で働いていただいていた女性社員さんより電話をいただき、お客様の紹介を受けました。この社員さんは、かれこれ10年近く前に、人を介して当社で働くことになった人です。会社を立ち上げ3年目に入っていました。今も小さい会社ですが、当時も、もちろんほそぼそと、なんとなく経営しておりました。とりあえず、事務所から見える景色の四季の移ろいを感じながら、欲もなくマイペースで仕事できることが一番の幸せに感じながら、つい経営の大変さなど忘れてしまう日々を過ごしておりました。その頃、独立時に、やはりご紹介により働いてもらっていた事務、経理、営業兼務の女性社員さんが寿退社。地元四年生大学を卒業し、カーディラーの営業も経験済みでなかなか能力も高かったのです。よく頑張ってくれた社員さんでした。今でも未熟ですが、当時はまだいろんな面で未熟そのものの私は随分迷惑を掛けたと思います。創業期を共にしてくれた彼女には、改めて心より有難うを言いたいと思います。かれこれ10年過ぎましたが、結婚式にも出て、いきなり新郎側の次にスピーチを任され、しどろもどろになった記憶も懐かしく思い出されます。全般的に、これまで当社に関わった社員さんは能力も高く、人柄も良い人ばかりでした。パートさんでさえ、世間一般的な仕事能力を超えたものがあったと思っています。ある種、職業訓練校的な面もあって、当社ではなんでも覚えられる。パソコンも、経理も、その他仕事処理に関する能力も高められる・・というような。言葉を変えれば、人使いの粗い?なんでもありの「ごった煮」のような職場かもしれません。それはそれで結構楽しめる職場だと思っています。その都度頑張っていただいた社員さんを活かしきったとは決して言えないでしょうが、これまでの皆さんの援助に報いるためにも、今一度原点に還って新たなる気持ちで頑張らねばとつくづく思うのです。で、初代女性社員さんが退社した後、しばらくパートさん二人に働いてもらっていました。その内の一人であった今回、お客さんを紹介していただいた元社員さんは、当時ご主人を亡くされ幼稚園から小学生まで三人のお子さんを抱えて保険の仕事などをしながら日々頑張っておられましたが、縁合って当社に。子供さんも小さく、時間的制約もあってパートさん扱いでしたが、営業もこなしてくれていました。時には、車の後部座席に三人のちびちゃんを載せてお客さんの案内にいっていたりもしていました。数年の後、家の都合で退社しましたが、その後も、不動産に関する話が身辺にある度に声を掛けてくれていたのです。今回も、そんな縁でしばらく振りに電話をもらったのですが、会った折に話すと、当時の子供達も、成人、大学生、高校生と、皆立派に女手ひとつて育て上げたようで、「親に似ず、皆立派に成長して・・」と冗談を私が言うと、向こうは向こうで、「社長も、相変わらず立派?な体格で・・(^^)」と全く昔と変わりません。しかし、当然のごとく歳月は過ぎていくものだな、と改めて感慨深く。私は果たして成長しているのか・・・。だらだらと続けたような私の会社ですが、こうして今も、当時の社員さんから声を掛けていただくことにとても感謝です。至らないとこだらけの社長人生ですが、関わる人に感謝、感謝であります。過ぎていく年月。現在も、なんとか私の存在があるのは、やはりこれまでの皆さんのお蔭。私自身が成長しなければ、関わった皆さんに申し訳ありません。幸いにして現在の社員さんもとても能力が高い。精進しますので、これからも是非応援を宜しく。25歳新婚旅行の私。↓今から八年前、47歳の私。今回のパートさんに働いてもらっていた頃です。ということは結構齢なんですね~。"^_^"いつも齢忘れています。止まったままです。精神は、いまだに、森田健作の「これが青春だ!」のような、変な若さを引きずっているという感じでしょうか・・。先日、EVの監視カメラに写った自分の頭を見て、「ぎょ!?」最近、なんか、猫毛になったようで、気になる今日この頃かな・・^^;↓で、今は更に月日は過ぎゆき、私はというと、面影なく、こんな感じか・・・(^^)現在
2006年09月18日
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いや~凄いことになってきましたね、北部九州は。そろそろ暴風雨真っ只中の様相を呈していきました。先程は、この状況下、是非ともお家をご覧になりたいとのお客様の問い合わせで、ちょいと現地に行ってきました。この様な悪天候のなかで、有難いことです。強くフロントガラスを打つ雨に、運転も危うくなりながら、現地に着きましたら、予想通り、良いご家族でした。良かった、良かった。で、私は、すっかり水も滴るいい男になってしまいました。(^^)子供の頃は、この台風前の、黒雲立ち上がる状況が好きでした。なんか、心の底から、力が沸々と湧き上がる様で。といっても、各地で被害もあっているようで、早く通り過ぎればいいですね。もちろん、台風一過の後、からっと天空に澄み渡る青空も大好きです。これも又力湧いてきます。その気になれば、何でも力の源にできます。気は持ちようで、幸せ舞い降りてくるのであります
2006年09月17日
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当社は、問い合わせいただいたお客様を、しつこく追うということはありません。過剰に追っても気疲れしますし、そうしたからとて、良い取引ができるとは限りません。やはり人には会社には、その人、会社に相応しい縁というものがありますから、天に向かって恥じることのない、信頼するところの自分自身というものを持っていれば、決して何ら憂うこともなく、あとは自然の流れに任せる。結果、必然たる良縁に必ず巡りあえるというものです。朝夕の気温の程よい冷たさと、そしてそよぐ風に気持ちよい秋の風を感じとりながら、冷静に気持ちも落ち着く私の好きな季節となりました。良縁の社員探し、そして、年重ねてこそ持てる、言葉の奥にある人生の想いをさりげなく語れる友人との出会いこそ、今の私の大いなる楽しみでもあります。社員には、素直で、前向きで、明るさと思いやり、そして、何か一つでも自分という芯を持っていて・・もうすぐそんな貴方に、私は出会うかもしれませんよ。街角で声を掛けたからといって、決して痴漢ではありませんからびっくりしないでください。必要と思えば、いきなりスカウトしたりする大胆さもある私ですから。"^_^"いずれにしても、その良縁まで、私もせいぜい貴方の為に精進しておきましょう。(^^)
2006年09月14日
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私の父は、若い頃銀行マンだった時期がある。商業高校を出てすぐに入行したらしい。入行して何年にもならない内に、慣れない心労からか胃潰瘍を患い、半年近くの入院を余儀なくされた父。口数も少なく、どちらかというと生真面で、人との関わりも得意ではなかったかもしれない。その父が、入院により休職をすることになった時、「休職の身で、職場に迷惑を掛けたまま給料をもらっては申し訳ない」と、自ら退職願を出したのだそうだ。その後、回復した父は、地元の会社に就職した後、数年して自ら事業を興した。けれども、ただ実直が取り柄のような人間であった父には、元々荒波の商売など似合っていなかったかもしれない。一時的に景気の良い時もあったようだけれど、丁度私が高校生の時、父の会社は倒産に追い込まれた。当時直面した不景気の波に、取引先の連鎖により、頑張ってきた自らの会社を閉めるに至ったのだ。もう少し図太さと立ち回りが上手ければ、回避できたのかもしれない。ただその時、関係者は逃避したけれど、その場に残り負債を受け止めた。ある日、帰宅したら我が家の家具、私の大切なステレオにまで、差し押さえの紙が貼ってあった。私の不在時に税務署の担当官に来てもらったようだ。(現在の仕事をしていて私と同様のケースの方に会うことがある。私は、笑って再起を応援する言葉を掛けるのである。)その後、父は黙々と働き、そしてまた様々に事はあったりして。父が病気を患い、職場に迷惑をかけるに忍びないと、銀行を退職した理由は、祖母から聞いたような気がする。本人は決して言うような男ではなかった。そして、私が小学生の頃聞いたその話を、当時においても子供心に誇らしく思い、そっと胸の内にしまったその後も、私は、時折ふとしたときに、その事を思い出しながら生きてきたのだ。私の人生で、声を掛けられ、縁合って採用していただいた会社。ある独立創業されたばかりのその会社で、入社したばかりの私が、夕暮れ時に営業から帰社すると、事務所には電気が灯っていない。ドアを開けて事務所に入ると、薄暗がりのなかに社長はぽつんと椅子に座っておられた。創業期で大変なんだな、と感じた私は、その後、真夏でも車のエアコンのスイッチを入れる事はなかった。少しでも、経費削減をと思ったのである。少しばかり古い考えかを持つかもしれない私は、お世話になる会社というものは、その会社のためなら、自分の家財を質に入れてでも、大変な時に尽くすのは当然の事、という愚直なる考えをずっと持っていた。決して社長に良く見られようとの保身もなく、極自然な思いで。その後も様々と経験する折々において、「あっ!なんか親父に似ているかな・・」と思うこともあったのである。いいではないか人それぞれ。父と私は、その互いが生きてきた家族縁のなかで交わした会話というものは、おそらく一般的な家族の100分の1にも満たないかもしれない。倒産のその大変な渦中。就職か進学かの狭間で、なんとかいろんな方の援助で大学には転がり込んだ。この事は、生涯唯一の私の甘えだったかもしれない。その後は、当然、仕送りなんてほとんどなかったけれど、この時のお蔭で、勉強はともかく、妻とも出会うことができたのだ。考えてみれば、親父の倒産万歳!でもある。大感謝。回り回って、なんとか今でも、自分の力と人の縁によって生きている。私も父と同じく口下手で、特に家族にはなんか気恥ずかしく、故郷を離れ、たまに帰省したときにもほとんど会話をすることもなく年月だけが過ぎていった。心中は、莫大なる想いを持っていたとしても。時に帰省したとき等、朝早く、昔から変わらずにまめに神棚に手を合わせ、一時経営者だった時とは、雲泥の差の現状の仕事にも黙々と日々出掛ける父は、その出掛け際、まだ寝床にいる私に、寝相悪くてずり下がった布団を、そっと掛け直してくれるのである。いつも。私は、又、いつも横向きに顔を隠し、その父の動作を、気恥ずかしさを持って知らん振りで受ける。その後も様々にあり過ぎる程にあって・・何十年も月日は過ぎながら、相変わらず、会うときにの会話はほとんどなく。自分でも歯がゆいくらいに本心とのジレンマ。そして、その父も数年前に亡くなった。我が子らしい振る舞いを、私はできぬまま。良くも悪くも引き継がれた少しばかりの父のDNA。同様に生真面目すぎるところはあるけれども、私の場合、少しばかり反骨精神があるから、荒波にもなんとか頑張っている。黙々と働きながらも、やむなく転職を繰り返した私。私は、その時々の職場において、私自身を求めて彷徨っていたのかもしれない。
2006年09月13日
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昼のコンビニで、どこか近くの工事現場に入っているのか、作業着姿の茶髪の若者が、カップヌードルにポットからお湯を入れて出て行く。おいおい、大丈夫かい?そんなので。すっかり陽も落ちたコンビニで、おにぎりとつまみと缶ビール1本を買っていく、陽に焼けた顔をした仕事帰りの若者。一日お疲れさん。明日はきっといいことあるよ。日曜日の国道を、勢いよく私の車を追い抜いていく、一見ちょい悪そうな若者と彼女が乗った車。その中古の軽の室内は、しかしとても幸せそうで愉しそう。1人徹夜もしながら、自分のボーナスを他の従業員に回しながらも、黙々と頑張っていたあの頃の一社員に過ぎなかった私。ある時期には、給料を毎月毎月、自分だけ遅配。しかし皆の為ならいくらでも自分の我慢もOK、としていた頃の私。八度の転職のなか、いつの時も、めげることなく、逃げることもなく、手を抜くこともなく。それを誇りとしながら、その都度縁をいただいた会社には、恩こそ思えども、決して恨む事もなく。仕事に、生きることに誠実だったと思う自分なりの自負と生きてきた証が、私のかけがえのない人生の勲章でもあり。そして、だからこそ、懸命に、甘えず黙々と生きている人を応援したくなるのです。特に、エリートでなく、日の目を見ないような、裏方的な人達に、つい目がいくのです。同時に、私も原点に還って、あの時代を思い起こしながら、再びこちらが勇気をもらったりするのです。今日、楽天仲間のときさんから、手作りケーキの箱詰めが届きました。ときさんのケーキは楽天仲間での定評があるのですよ。早速我が家で美味しくいただきました。サンキューです。 ケーキ工房TOKI
2006年09月11日
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皇室に皇位継承資格者である男子が誕生してなんとなく安堵感の日本。皇太子の第一子を、例え女子でも皇位継承者にするのも良いのでは。しかし今回とりあえず、典範改正の論議の渦中から逃れ一番ほっとされているのは皇太子妃か。皇太子妃からすれば、愛する女子を皇位継承者になど、母親として、できれば避けたい。雅子さまの現在地の心境はそのようなところにあるような気さえします。一般人には計り知れない苦労があるでしょう。当初とは随分と思い違いによる、心の乖離があるのかも。一般人に還してあげたい・・そのような気にも。大変だな~勝手な事を言って怒られそうですが、私は気楽に今宵も酒飲みながら、つくづく庶民であることの気楽さを満喫しつつ、勝手に憶測してみたりして。ほろ酔い気分になり、ごろっと、横になれるのも庶民ならでは。ふと傍を見ると、神々しき我が家の皇后様が。"^_^"庶民の皇室もあれこれ大変だが、とりあえず自由で気楽なものである。
2006年09月10日
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人は、その人自身が持ち合わせているもの(性格・五体・・)、あるいは生きてきた道程からの経験則によって様々に感じ得ることがあります。心優しく臆病なところがあれば、例えば、絶つことのない争いのなか、悲壮感の坩堝の中東等。日常的な出来事として報道に映し出され続ける戦渦の恐怖を、自分もその只中に置くことで、心底その悲惨と恐怖と悲しみを感じ取り、瓦礫の中の泣き崩れる人に、強い憂いを持つでしょう。愛する我が子を持つ親は、他人においても肉親の気持ちがわかるでしょう。心に病を持つ人は、同様に病を持つ人に共感するでしょう。例えば五体不満足であったとすれば、その不満足の部分について、不満足の人のその箇所の心の痛みをわかるでしょう。街角で、重度の障害者の方を見かけることがあります。歩行もままならず、身体を揺すりながら歩を進めておられます。目的地まで、健常者の歩の何倍もかかる時間と、そして時に衆目を感じながら。通勤途中、スクールバスを待つ、障害者の子供さんと母親を見ます。毎日こうして、しっかりと子供さんを支えておられる親の、しかし、将来いずれは年取っていく我が身と我が子への漠然としながらの不安を推し量ったりもします。私の心に捉えられる様々な情景。単なるセンチメンタルな偽善的感情かもしれません。私が当事者であればいかほどの強さと真の愛を持てるかも疑問。世の中想像に絶する困難に遭遇している人は多くいます。肉体的な痛みを感じるとき、とてつもなく痛いときは、「うっ!」と声も出ません。同様に、愚痴も、声もでない、嗚咽するような過酷な苦しみの状況下にある人も数知れず。しかし、それを乗り越え強く生きている人もまた多くおられます。我々が容易く口にしがちな、「辛い、苦しい・・」等は、甘えの構造から発する場合が多々あるのです。苦しいながら、誰も助けのない時も、逃げ込むところも持ち合わせない人は、自分自身で立ち上がるしかないのです。生きるということはそういうもの。放棄すること自体が、「生きる」から引き離されることになるのです。職を切り捨てられることになるのです。その様な状況下に置かれた人がいることを、どれだけ推察することがあるでしょうか。つい恵まれている自分の状況下を忘れてしまっている。自分以上に苦難を持つ人がいると解れば、山あり谷ありの己の人生も、さして取るに足らないものとして捉えるこができ、人生の道程における様々なる想いも、ぐっと胸の内に飲み込み、また明るく一歩踏み出せるのです。愚痴をいいながら、笑いながら、一杯飲みながら・・・またぼやきながら・・・こうして考えれば、ただただ感謝の気持ちあるのみ。レバノンでは、四六時中、死の恐怖のなかで一日を生きるのです。日本はしかし、ぬるま湯的に平和です。
2006年09月09日
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現在22時過ぎ。久し振りに此の時間まで仕事しています。夕方からの取引は、売主様も買主様も双方良い方で、とても気持ち良いものでした。買主様は、堅実に家計を遣り繰りされてきたなかでの不動産の購入。ご主人も奥様も、その人柄から、ご家族の生活設計に対する誠実さが手に取るように判ります。銀行ローンの組み方も、現在から将来を、二人してしっかりと見据えておられるのが、アドバイスをするこちら側によく伝わって、この方の、現在から未来における夢膨らむ生活設計の一助を担うことができたことに、とても嬉しく思うのです。この業界に私が身を置いてからというもの、これまで数多く取引をさせていただいてきましたが、私が充実感を持つのは、やはり、今日のような、一つの家庭が、一つの夢を持つ機会に立ち会う瞬間だと改めて思うのです。大きな取引でもなく、この手作り的な温もりのある一つの取引。それがまた、関係者において、『良縁』だと思われる時には、尚更に私は幸せ気分になるのです。さあ、明日は、久し振りの休日を取ります。ハッピーな気持ちのまま、明日も又、きっと私に幸せな一日の降り注ぐことを信じて。
2006年09月06日
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・・・・只今、机の前で、ブログネタを思案中・・・てな、ことはありません。三時の休憩であります。・・・一人で瞑想中。?(^^)ようするに、気を抜き、ぼ~っとしているだけなのであります。"^_^"ところで、小さな会社には社長室もありません。ということは、問い合わせもクレームも直通。直に耳に入ってきます。結構なことです。移転時、私の顔が見えないように、机と机のの境に、目隠しをして欲しいと社員は言っていました。それはあんまりだろう、失礼やないか、寂しすぎるよ、ということで、なんとかいまだに私は、隔離されずすんでいます。ところで今日は、夕方から取引関係者と当社社員も同席しての飲み会です。当社の女性社員はめっぽう酒に強いので、酒の席では戦々恐々としていなければなりません。けれども、お笑いもとれるキャラ持っていますので、「まっ、来るか?」と声を掛けました。ひょっとして場を盛り上げてくれるかもしれません。但し、社長と社員で、せっかくの酒席を酒乱の場にしないように注意しなくては。^^;当社の飲み会は、相手が誰であっても、ついつい馬鹿笑いの席になってしまうのです。私自身が照れと緊張の裏返しで、つい自ら三枚目を演じ?墓穴を掘ってしまう傾向があります。心は二枚目?なのに・・・”^_^”まあ酒は、愉しく飲んで、ハッピー気分で散会できるのが一番です。ということで、瞑想中・・・といいながら、不謹慎にも、今日はすでにのんびりと飲み会モードなのであります。(^^)
2006年09月05日
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久しぶりに、ある同業者さんからTELあり。「nextさん、あんた、ネット(Web営業)で相当儲けて、事務所まで移転してしまったらしいじゃない。皆さんが言っとるよ」「え~っ?誰がそんなこと言っているの?」^^;もう唖然であります。おいおい、いい加減な噂の広がりは勘弁してよ。他人の芝生はよく見えるのでしょうが、次々と膨らむ外野席の憶測は、際限なく同業者間に流布していくようです。別にネットで株して儲けているわけでなし、ただ黙々と、当社なりに精一杯、本業をしているのみ。「いい加減な噂はやめてよ。あのね、貴方みたいに、ドドンと一つ二つ大きな仕事して、後は寝て暮らす様な、仕事の仕方とわけが違うんだから」「こっちは、日々コツコツと地味な努力の上に、やっとなんとか会社も回っているというのに・・」”^_^”だめかな~と思ったら、また少し仕事が降ってきて、・・・またまた次の壁に遭遇して、今度こそしんどいな~。まいったな~・・^^;と思ったら、またなんとか運が巡って・・その繰り返し。要するに、生かさず殺さず・・てなとこかな、私の人生。度々のの苦労に、ついに精神も麻痺?し、熱くもなく冷たくもなく、程よい湯加減の露天風呂に浸かりながら、心落ち着く自然の遠景を眺めているような、漫然とした日々。取り分けて何かに強い欲があるわけでもなく、良くも悪くも、按配良い自分の生き方として、すっかり慣れきってしまっているのでしょう。まっ、いいではないですか。穏やかなる海原も、寄せる高波も、私の人生、よーそろ
2006年09月04日
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不動産業界における休日の取り方は、日曜日営業、振り替え日が水曜日辺り、というのが多いようです。お客さんの立場からすれば、物件見学はやはり、休日にしか時間もとれないのが現実でしょうから、業者側が営業日を合わせるのも当然でしょう。特に賃貸、売買仲介を主にしているところは大半がそのような営業日スケジュールを組んでいます。当社は、随分以前から、日曜日は休業としてきました。人員も少なく、繁華街に位置して、集客をする営業手法でもなく、開店していることと休日にしてしまうこととの営業的有効性を判断すると、店を開けていることの非効率性が勝っていたのです。転勤移動時期の繁忙期や、事前予約による必要性を判断し、その都度、社員も自主的に出勤のやりくりをする。それで十分でした。しかし、このところ、日曜日の問い合わせも多くなってきて、とりあえず営業日を修正。といっても本日から。人員の体制が整えられるまで、私は日曜出勤とすることにしたのです。といっても、飛び込みの来店があるわけではないので、10時~17時迄を、静かで自由な環境のなかで、問い合わせに応じたり、あれこれ普段時間を割けない仕事ものんびりとこなしながら、しかし能率よくできたりもしています。社長業というのはそれなりに大変ですが、しかし、何より上からあれこれ指示されない自由さを特権としてもっているなかで、ある種、気ままにのほほんと、マイペースで日々生きております。束縛感はないけれど、必要なのは自己コントロールのみ。自己責任の上に立った自由。いいですよ~。(^^)時々緊張感にも見舞われたり、障害物競走のような場面にも遭遇したり。^^;また、愉しき出会いもあったりして、さながらディズニーランドの様なのであります。本日も、お陰でなんとなく日曜日営業もよいかなと思わせるに至りました。で、私の日曜日出勤の振替え休日は?一応、業界における一般的な休日である水曜日にしています。しかし、これはこれで何かあれば出たりします。何せ小さな会社ですから。まあ、一応休日を決めながら、私は自由に、自己コントロールしながら、その都度臨機応変に、自分の休日をやりくりしていくのです。これが使われる立場だったら、嫌でしょうが、何せ一応社長ですから、自分で思うように持っていけます。どうです?社長になってある種の自由?を手に入れてみませんか?そして小さな会社は、さながら、後楽園のジェットコースターに乗っているような、スリルも味わえるのです。(^^)度々の障害も、いつしか快感?に変っていきます。・・・てなことはありません。やはりその都度大変なのであります。(^^♪
2006年09月03日
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あるビルオーナーさんと会ってきました。オーナー業に入られた頃からの二十数年来の知り合いなのです。こちらのご夫婦は、奥様がきっちり経理全般を司っておられるようです。ご主人の役割といえば、日々ビル内にある事務所に出て、店子(住居及びテナント)とのコミュニケーション図るとともに、対外的な付き合いが仕事のようです。人脈の多さは、長年において、自然な振る舞いのなかで縁が回って構築されたものであるようですし、周囲からも好かれ、良き縁に恵まれておられるようです。初めて知り合った当初から、奥様の方が傍目にすぐ解るほどに強くしっかりされ、いわゆる、旦那が尻に敷かれる・・という感じでありました。ここ十年以上、このご夫婦とは近く会うこともなく、今回、あるテナントさんのお世話で、実に久しぶりに再び会話する機会を得たのです。しかし、二人ともが持たれている、とりたてて営業的愛想があるわけでもないなかでの、逆に気を使わないでおれる口調を含め、気さくな本音の部分での人柄が、店子を含め多くの人と何気ない感じで上手くいっているのだろうと推測されるのです。お会いする度に、その人脈の広さに感じる意外性から、どこがどうなんだろうと、とても「人」の魅力について気になったり、ヒントを探してみたりするのです。一見強さを感じる、しっかりした奥様。かといって、ご主人がまったく自由もなく小さくなっているということはないのです。若い頃は、遊び三昧も経験あるようですし、男の自由を謳歌されたようでもあるのです。それはそれで、私が推察する限り、当時は多少、ご主人に翻弄されたにしろ、元々手綱はしっかり締めながら、しかし、世間体における、男のプライドを立てながら、上手く許しながら・・男の、自由勝手なある時期の寄り道も年齢と共に収まり、もちろん当初から、縁あり結ばれた事を互いにどこかで確信しながら、年齢を重ねた今、お二人は全くの阿吽に境地におられるようにも見受けます。久しぶりにお会いしたこのご夫婦は、私には、二十数年前、初めて機会を得た時と、全く変りなく見えました。相変わらず、奥様が経理その他、経営の基本的なところをしっかりされ、一見ご主人が尻に敷かれているようで、しかし互いの許容の懐が意外と深くて。信頼の上に、互いの持ち味を活かしながらビル経営を、そして家庭を、「私達も年取ったわね・・」笑いながら、どうしてどうして、とても若々しく、相性ぴったし、益々いい感じの、枯れたご夫婦になられたと思ったのです。「奥さんがしっかりしている家庭は上手くいく・・」の典型的例の様です。夫婦には様々なスタイルがあります。どれがどういいといいのでもなく、二人に最も適したスタイルがあるでしょう。私の場合、家庭人としては、全く落第生といっても過言ではありません。一体月にいくらの家計費がかかっているのか、預金がいかほどあるのか、子供の教育費がいくらかかるのか、度々注意されながら、これまでも意識したことは一切ありません。子供の面倒も、掃除も、ほとんど妻任せ。無責任極まりない夫でしょう。勝手な想いですが、私の場合、いわゆる野球選手の妻のようなのが理想。(^^)男は外でしっかり頑張りながら、家庭は日々の料理もできて、健康管理も含めしっかり女房殿が守っていてくれている。上手く守ってくれいている分、しっかり外で男は活躍できている。世の奥様方からすれば、今時とんでもないとお叱りを受けるかもしれません。我が家の場合、幸いにして、(妻からすればおそらく何も手伝わない夫に、不幸?)よくしてくれています。結婚して三十年。波乱万丈の私の生き方故に、迷惑かけ続けた人生ですが、長い夫婦生活の間、一緒に旅行に出掛けた時以外、ただの一度も、妻は、日々の料理、洗濯、掃除を欠かしたことがありません。自分自身が風邪を引いて、床に伏せているときにも、子供の為、私の為に必ず台所に立ってくれます。料理の一つもできない私は、迷惑かけっぱなしで、何の役に立ってもいません。かといって妻は、これまでもずっと働いておりました。仕事をしながら、家事を怠ったことがない。家計はしっかり任せて安心。つい甘えすぎてしまっている日々ですが、そんな妻には、尊敬しつつ大感謝。やや私が尻に敷かれているような気がしないでもないですが・・私は引き続き、その感謝の想いを、そっと心に閉まって、明日もまた仕事に頑張るのであります。(^^)まあ、いろいろなパターンで夫婦縁があるものです。オーナーご夫婦は実にいい味出されているとつくづく思いました
2006年09月02日
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さあ、月も替わってまた気持ちも新たに・・と思いきやいろいろと負の出来事が発生しました。トラブル発生の時、ままあることですが、いざその場合における関係者の責任回避の狭間で、度々奔走する羽目に。この様な場合、誰も、責任所在を真摯に見つめようとはしないことに、いつもながらとはいえ、情けなくなります。いくら注意深くしていても、様々な形で、突発的、あるいは想定外でのトラブルは発生します。今回も、こちらに落ち度はないとはいえ、発生した事実からすれば、どこかに一分の気付かなければならない盲点があったのかもしれません。社内でいつも口を酸っぱくいっているのが、何事か問題発生すれば、仮に悪くないと思うことでも、その時は素直に自分を見つめ、どこが原因だったのか、どうして防げなかったのか精査する心がけ。そこが自己成長の鍵となると常々申しています。そしてそれが、次のステップアップになり、様々なるトラブル軽減、回避に繋がるのです。しかし、どれだけ注意深くしていても、永遠にその多種多様なるトラブルの可能性からは逃れることはできません。トラブルに出くわしたとき、人はつい自分を省みることはせず、相手の落ち度を指摘しがちです。けれども、例えそのなかの一分にでも気づくことがあれば、その部分を真摯に自分自身に、そして組織内に落とし込むことによって、次の失敗も回避することもできるというものです。今回、明らかにそこが原因だと思われる、ある公的機関の担当者に、諫言しました。あくまで業務ルールに則って・・と、機関的杓子定規な自省する風でもない返答。今回の件も、どう考えても関係者のなかで最も責任がある立場。上から下まで、業務の目的がしっかり理解できていれば発生しない事なのです。しかし、いくらこちらが意見しても、立場上、非をなかなか認めることができない組織であることは明白なのですが、省みる姿勢に欠けて情けない限り。想像するに、現場の人間が、ただ指示のなかのそのルールとやらにのって、ただ”作業”をしただけ。専門的な立場から、少し気を回せば絶対に起こらなかったこと。「これでは同様な事がまたどこかで発生して、誰かが迷惑を蒙りますよ」「この際、組織内でチェックリストでも作成して、次に活かしてかしてくれなければいけないでしょう」「私は今回の件でそこを強く申したいのです」・・・度々思うのですが、人は、仕事をする上で、つい自分の領域だけを見がちです。関る互いが、そうであれば、必ずその領域と領域の間に空白部分が生まれます。そこがトラブル、ミスの起因するところとなります。互いが、ほんの少し頭を使い配慮しながら、一歩踏み込んだ形で注意を払い、ダブリをつくることによって漏れも回避できるのに。医療の場合もそうだと思うのです。専門分野における知識が格別にあって当然ですが、しかし、人の身体全体の把握はとても重要でしょう。別の部位に起因する病気、症状というのもあるでしょうし、専門外も多少ダブらせながら診る目というのはとても重要なことだと思うのです。時には、患者のメンタルな部分を伺いやる心の持ち方も必要でしょう。細かなことを云うようですが、素人ながらにも強くそうは思うのです。民間企業、役所、警察、教育・・それはいろいろな場面で重要視されるべきです。不祥事も、問題も、その少しの責任という視点を各部署、確認が持てるかどうかということです。その様な観点からすると、それぞれの長の役目は尚更大きいということになります。先日のどこかのプール事故でもそうですね。なんとまあお粗末。関係者が頭を、心を使っている形跡がないように感じるのです。誰も他人事の様。今日はその事も例に出し、「いいですか?お願いですから、そこのところ全体で捉えてください。今回は誰も悪気はなかったとしても、その職の立場で真摯にかんがえれば、やはり反省されるべきところは多々あると思います。でなければ、また同じことが繰り返されるでしょう」「私も、今回の様なトラブルケースもあるのだと、大いに考えさせられました。」「しかし、私は必ず次に活かすでしょう」ちょっとした気遣いのなさに負を背負わされた日で、しかもその他関係者も含め、特定者に絶対的な非はないにせよ、いざとなったら背を向けたがるのも世の常。少々がっかりしながら、しかし、例え当方に直接的な非はなくとも、一分でも気づきがあり関係者のなかにいれば、誰かが解決に向け動かなければなりません。「何故?何故?」「何が原因だった?どの様にしたら回避できた?」自省し過ぎで時に葛藤もありますが、いずれにしても、障害に背を向けれない信条であれば、そこは、次の回避へ向けて、この経験を活かすしかないのです。マイナスに引っ張られるエネルギーはさっさと解消して、プラスの方向に気を持っていかなければなりません。さあ、とっとと解決して、負の縁を断ち切り、どんまいどんまいで行こう。オセロのように早めに黒を白に返して、白の縁で埋めなければ。マイナスに出くわしたら、いかにスピーディに先ず±0に戻すこと。そしてまたコツコツプラスの積み上げに精進です。(^^)
2006年09月01日
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