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「今どきの若いものは・・・」の嘆きはローマ時代の昔から続いている。人間社会の真理なのであろう。年輩者は、自身の成功の核心を次代に継承したいと思っている。しかし、若者は中々耳を傾けない。ゲームやアクション映画の世界に浸る。年配者にはじれったい焦燥が募る。どちらかというと海外の若者、発展途上国の若者の方がハングリーなこともあったりする。そこで年配者は考える。何を継承し、何をあきらめるか。いろんなイベントを開催してフルイにかけ、伝わりそうなものを選んで、次世代への継承の方法を考える。コンサート、出版、展示会などなど。これらの熟年市場は面白い。儲かりはしないが、手ごたえがあると「まちがってはいなかったんだ」と。嘆いてばかりではなく、この狭間にあるものを世に問い、継承・保存・発展させてゆくものを埋もれさせないようにしよう。
2014.09.30
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合唱団の同窓会で、現役時代に初演でそれ以来演奏された記録がない曲を再現することになった。もちろん住まいはバラバラで、同窓会に集まるその場所でのぶっつけ本番である。難曲なだけに練習した思い入れも強く、今やっておかねばこの世から消えるかもしれない。そんなことで、演奏を記録しておこうとムービーに記録しようと考えたが、最近の機械の操作をしっかりとマスターせねばならない。作詞家と初演指揮者の資料を読み込んだり、楽譜を読み込んだり、その上に機器の操作を読み込まねばならない。配布資料の購入などボリュームのある仕事が舞い込んできた。しかし、ITのお蔭で書籍の注文などもPC上でできるし、楽譜や音源の操作もPC上でできる。しかし、困ったことには、同窓生の多くがITでつまずいている。しかし、レターパックなどを使って、これを地道にこなしてゆくしかない。年齢を取っている分、要望は厳しい。しかし、これを面倒だと思った瞬間に時代に取り残されると覚悟し、何とか乗り切りたいと思う。面倒くさいと感じたら、老化が始まるのだと実感した。
2014.09.28
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OB合唱団に所属して、今回こそは生涯で最後の挑戦ということが増えてくる。そうなると課題になるのが声であり、当然のこととして高い声や低い声が出なくなってくる。だからこそ最後の挑戦をしているのだが、ベテランになると無理はしない。少しでも消耗を減らすような歌い方を心がけておられる。ヒソヒソの音を重ねるからこその合唱であると割り切っておられる。それだからこそ周囲の人の声に聴き耳も立てて調和を保ってゆくのである。そこに素晴らしいハーモニーが生まれてくる。音量ではなく、リズムとハーモニーと曲想で勝負される。ハモるというのは大きな声で声を合わせる快感に身を委ねがちであるが、熟年の楽しみは異なるというたしなみを身に付けねばならないと認識を改めさせられた。力もお金も大事に使う必要がありそうだ。
2014.09.27
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アジア放送協会のロボコンでベトナムが日本を破って優勝した。内容は完勝であった。センサーを使い、メカをコントロールするプログラムを組み、簡素な構造のロボットに作り上げていた、手動の部分も許されたのだが、手動部分を殆ど排除する設計であり、設計から製品作成まで完璧に仕上がっており、戦う前からメンバーは余裕綽々で歌も出るという状況で、予選から決勝まで同じ状態を再現し続けたのも素晴らしかった。日本代表の名古屋工科大学のメンバーも敬意を払っていた。今まで、メカ部分で優秀なパフォーマンスを見せていたのが、ロボットのコンセプトでセンサー・プログラム・精度の高い信頼性のある組立、この全体を構想し設計に落とし込んでゆく構成力まで備えていることに驚きを覚えた。さて、ベトナムからの留学生をお世話しているが、本科にゅがく準備で留学生別科で1か月日本語を大いに勉強しはじめたが、口にしたのは日本人学生の頼りなさや粗暴な態度のことであった。若い人は成人社会の認識の反映であることが多いが、発展途上国とか援助国であるということから発展途上国の若者を未開の人であるように思いがちであるが、実は非常に優れた才能を持ち、日本の良さをかなり吸収しており、冷静な目で学生や社会を見ているということである。大いに留学生や研修生を受け入れる学校・会社・社会は、誇れる日本社会の担い手てあるところを見せられなければならない。ロールモデルとしての発展途上国の学生の期待を裏切ってはならない。
2014.09.26
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高齢者の間で四国のお遍路が人気である。仕事や子育てで一区切りがつき、介護や自身の高齢者生活を見直すのに、少しハードな道のりにどう挑むかを考えながら振り返るのにもってこいということである。現役時代は収入のために自己を殺して宮仕えすることもあっただろうが、高齢者の生活はそのようなしがらみから解放される。それでも現役時代の人脈で仕事の紹介を受けるため、当時の上下関係に自己を殺すことが快適になっている人たちも見受けられないこともないが。さて、実際に巡礼に出ないまでも、心の巡礼はみな一様に経験している。青春時代を回想してやり残しはないかどうか。当時の同窓会・同好会が集まってリバイバルさせる演奏・舞台なども数多い。そして、安保闘争や学園紛争などのほろ苦い体験も蘇り、今日の社会との相似点・相違点に想いも馳せる人々もある。幸い、合唱団に属していたので、当時の歌の中で心に残る歌を掘り起して、改めて吟味するのも興味深い。なぜ、この歌が頭に浮かぶのか。時代がこの歌を呼んでいるのか。人生の来し方、やり残しなどなど。つぎに会って歌う時のどんな話が出てくるのか楽しみなことである。
2014.09.25
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言葉を学ぶ多言語テープを聞いていたメンバーの中で、日本人男性が遠回しな好意の表現をしたのを聞いて、こんな回るくどいのはベトナムでは嫌われるとベトナム人留学生は言い放った。米国人留学生も古臭い時代遅れと切って捨てた。しかし、これが日本において日本語で表現されると当のベトナム人留学生も「これもありかと思う」と柔軟になってきた。ベトナムでは、いい男がいれば女性の側からドンドン好意を表明するそうだ。言われてみたら、先日ホーチミンに出張したときに我が家にホームステイしていた留学生が就職し、昼食をとるときにボーイフレンドを連れてやってきたことだ。日本にいたときには、同じ故郷から日本勤務している研修生のところにわざわざ訪問して1週間ほどステイさせてもらっていたのにどうなっているのかと思ったが、そういうことだったのかと再認識させられた。「いい男かな」と思ったらお付き合いを申し入れ、もっと良い男が現れたら乗り換えるということである。男女どちらがイニシアチブを持つかということなのだが、日本との違いに日本人メンバーは驚かされた。それゆえ離婚率も結構高いようである。日本もそれほど離婚率が低いわけではないので、文化差とは一概に言えないかもしれない。ただ、結婚率も高いし、出生率も高いのだから優れたしくみだと言えよう。日本でも、もっと女性がイニシアチブを発揮してほしいと願うのは、おかしいだろうか。
2014.09.24
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イスラム国の暴走に困惑する現代社会。イスラム教のジハードはテロリストの免罪符なのか。彼らの根絶を訴えることが根本解決につながるのか。難しい問題を世界は抱え込んでしまった。イスラム国根絶作戦に巻き込まれてしまいそうな状況である。ここは、難民支援など人道主義面から弱者救済の立場を強調してゆく日本だが、世界の目は厳しい。なぜ、イスラム過激派がここまで蔓延するのだろうか。命の大切さ、生命の安全保障などを訴えても、命をかくも軽々しく取り扱う人々や国々の存在を深刻にとらえなければならない。結局は、国民一人一人の日々の過ごし方に関わってきていると思われる。地球上の人々に支えられて生きていることへの感謝の気持ちと、そのことへの報いてお返しする行動が大事なのだろうと思う。草の根であろう。そんな甘い考えでは国際社会を乗り切れないと言われるかもしれないが、結局人は、その人に関わる人を見ており感じている。信頼に足る人物か、共感できる人物か。手前勝手なものだが、それでもその人々の暮らし向きに想いを馳せることが重要であり、ここの断絶が過激な報復を生んでしまう。イスラム国根絶同盟が新たな憎しみの連鎖を生まない保証はない。多数派工作が成立したから、少数派を根絶してゆく論理は成り立たないのではないか。少なくとも、私は身の丈にあった貢献というものを一人一人が働きかけてゆかねばならないだろう。その行動に希望を託して。
2014.09.23
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日本企業は想定外に弱い。ベトナム出張で驚いたのは、韓国企業が建設する超高層ビルの数々である。日本のホテルも建築法ぎりぎりのビル建設を計画して採算が合わずに計画を断念する。韓国企業は、建築法を変えて高層ビルを建設する。想定外のことを可能にしてベトナム人を驚かせる。なぜこんなことが、あちらでもこちらでも起こるのだろうか。こんなことが始まったのは、90年代末の国家破綻以降である。国家破綻から立ち直るのには命がけの展開をするということから始まった。液晶テレビ、半導体、携帯電話・スマホなどなど。日本企業が弱いのは、失敗しても屋台骨は大丈夫という程度の投資しかしないことが読まれている。大胆な投資を伴うようなプロジェクトでは勝負をしてこないと読まれているのである。日本も、そろそろ資源も限られてきており、地味な勝利だけではじり貧になることを考えれば、想定外というブルーオーシャンで勝利するような想定外の発想力が求められてきているように思う。
2014.09.22
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従軍慰安婦の問題は、人類始まって以来の問題である。この問題の摘発に、スケープゴートのように旧日本軍が使われてしまった。主に米国において韓国をはじめとしたプロパガンダが展開されている。沖縄問題や芸妓外交など多くのうしろめたさを抱える人々が日本のほうがはるかに下劣だったとすることで、イメージの貶めあいをしているように思える。ここに女性の地位向上の動きをからめて人権問題のスケープゴートに日本はされつつある。これは広範囲にわたるコミュニケーションが必要であり、広く誠実な日本人の外国語による対話が必要なのだが、最近の内向き日本人をあざ笑うかのように、このスケープゴートの動きは広がりを見せている。いわゆる国際的なイジメになりつつある。これには日本国民の高潔な活動と対話しか回復する道はあるまい。若者のグローバルな活躍に期待するところは大である。最近、多くの大学で2年生、または、3年生の時点で交換留学に出る動きが急であるが、非常に素晴らしいことである。多くの若者が日本の近現代史の歴史認識を問われることと思うが、若者には歴史認識という学習と自身の信念を固めてこれからのグローバル社会に向かってゆくことが求められる。
2014.09.21
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携帯電話の海外持ち出しで法外なチャージがかかり、帰国後大変な時間をかけて修正を行った経験がある。今回の海外出張には、携帯・スマホは持ち出さず、ポケットWiFiとタブレットを携行した。すると今回は前とは一ケタ違うチャージがかかってきた。家に置いていたスマホい連絡が入ったようだが、家内は要領が得ずそのまま法外なチャージがかかってきた。最近は顧客の数も多いので、自動電話ログやネットビリングを通じての話になり、中々担当者が電話口にでてくるまでの手続きが煩雑である。早朝到着の飛行機で、くたくたになって帰国したが、眠い目と疲れた足取りで携帯電話店に赴いて、店員の支援で電話会社とやり取りするが、携帯電話店とのやりとりではなく、電話会社とのやり取りになるので非常に煩雑である。結局、相当のペナルティーを了承することで法外なチャージは逃れたが、あらかじめ海外に持ち出さないようにというような購入時の指導はなかったのにペナルティーになったのは残念である。通信につながるものは、人間と同様で入国審査が必要になると考える必要があるようだ。どうもこのあたりは、グローバル化に対して機器の扱いをする業者が追いついていないようである。トップはドンドングローバルに活躍し、海外の会社のM&Aを仕掛けているが、ユーザーのグローバルな動きには優しくないのは残念である。
2014.09.20
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ベトナムの研修生・実習生の養成機関を訪問した。貧しい農村から外国で稼ぎたいと思う若者が集まって、社会人の基礎と日本語を勉強している。日本人以上にハキハキと挨拶し、感謝の言葉を表明する。自分が疑問に思ったことも尋ねてくる。就職がかかっているので、選ばれたいがために、より上級のクラスに昇進することを目指して励んでいる。日本から雇い主企業のトップが来たら、門から玄関まで全員が整列してお出迎えし、内定したものが見送りに出る。見ていて、日本の学生もここで研修させたいと思うほどである。そこで、向上心を刺激しているのはお金であり、彼らの共通に心配はお金である。若い人たちに元気の出るようなお金の使い方をして、社会を活性化したいものである。高齢者の余裕のある人が十分すぎる収入にへばりついて若者にお金が循環しないことはないか、十分に気を付けたいものである。
2014.09.19
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日本経済の発展を支えたのは、信頼できる品質で次々と新製品を展開していったことは世界の共通認識である。その過程では、整理・整頓・清掃・清潔・しつけなどの基本動作を5Sと言って徹底が図られた。今では、5Sは日本にモノづくりを残した企業に受け継がれている。しかし、ものづくりが後退し、ソフト・サービス産業の隆盛とともに影が薄くなっている。しかし、新興国で日本に技能実習・研修をさせる期間では、研修生に日本語と同時に基本動作も教え込んで日本での仕事に備えている。研修センターを訪問すると、研修の一環として、来訪者があると玄関前に整列させて、大きな声で「おはようございます。いらしゃいませ。ようこそお越しいただきました。」など挨拶してくれる。このようなはきはきした挨拶は日本では聞かれなくなったし、ならんで玄関で来客を出迎えるという歓迎の表現も見られなくなってきた。このような企業文化も外国人に理解してもらうために少し誇張するぐらいに行われるのだろうが、モノづくりが新興国に移るとともにこのような企業文化まで移転されて、その良さが海外で継承されてゆくのは、少し複雑な感じがした。しかし、よいものが消滅するのではなく地球上で継承されているというのは素晴らしいことだと思った。
2014.09.17
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「もうベトナムではサムソンのスマホは終わりです。中国製にはかないません。」と若者から聞いて驚いた。6か月前には誰もがサムソンの脅威に驚いていたのが、手のひらを返すようなレポートだったからである。もちろん、しっかりとした調査をして報告してくれと聞いたわけではなく、食事をしながらのよもやま話なので、裏をしっかりととった内容ではない。そこで、もう一人の若者に聞いたところ、「私はI-Phoneを使っているが、サムソンもすごい」という。どうも、サムソンの独走だったところに中国製の挑戦が始まり、結構若者に訴えかけるところもあるのだろうと推測した。サムソンの独走に牽制が入り、中国製が善戦し始めたということなのだろう。ショッキングな報告も鵜呑みにするのではなく、いろいろ多くの若者の意見を聞かねば実態はわからないと再認識させられた。しかし、両方の若者が共通していたのは、韓国式マネジメントは日本式とは大きく異なり、激しいトップダウンであり、その激しさについてゆけないベトナムの若者も多いということだった。韓国経済の屋台骨を支える事業だけに、労働者と上手に付き合い、事業を順調に展開してほしいものだと祈っている。
2014.09.16
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ベトナムに6か月ぶりで出張に来た。韓国のスマホが大ブレークしていたところから、中国系のスマホが大衆から支持を受ける大転換が起こっている。また、小さなホテルでもWiFiは備えてフリーにしている。また、公共機関では全く問題がない。技術で後れを取らないということが、平均年齢29歳と若いだけあって徹底している。日本では、通信に関する努力を課金で回収したいということからみみっちいパウワード認証でぶる切れ接続が起こっているが、その点、ベトナムではシームレスという感が強い。老いた国というのは既得権益のしがらみが強いというのは困ったものだ。このような通信というものについては公共財として扱えるように努力したいと思った。
2014.09.15
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留学生の支援をしていてうれしいのは同窓生の中に同じ分野の人と出会うことである。ベトナムの博物学の学芸員を目指す学生を支援するのに、友人の学芸員が支援を申し出てくれたことである。ベトナムとのゆかりの角倉了以の長男角倉素庵の研究をしていて、朱印船貿易ののち、長崎出島の交易で薬種の貿易で財をなし、本業の土木関係でも公共事業の推進や工芸品の収集を進めた功績をぜひ知ってほしいし、この分野の研究も進めてほしいということである。留学生の将来性を広げ、留学生活を豊かにし、人脈を広げて支援チームを作り上げるというのは非常に楽しいことである。後継者・次世代リーダー育成こそは「第2の人生」の醍醐味であろう。留学生がどのようにこれを活かすのかが楽しみである。もちろんこの動きには留学生の親御さんも大いに関係しているので、一人だけの問題ではなく、広がりのある動きである。このような草の根が少しでも将来の両国関係によい影響につながることを確信する。
2014.09.14
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この歳になると同窓生の訃報は珍しくなくなる。現役時代は大いに悲しみ遺族が心配だった。しかし、65歳も過ぎたころから冷静に受け止めるようになってきた。子育ても終わり通常の役割を果たした後だろうと思うようになり、余生を十分に楽しまれる機会が短かった残念に思いをはせるばかりである。そして、今会える同窓生とは、やり残しがないかどうかという気持ちが強くなってきている。青春時代の感激を今一度思い出したい。また、あのころの挑戦のし残しに再挑戦したいという話が多くなる。そのような共感が同窓生との距離なのだろう。その共感は、離れていた時間を一遍に巻き戻してくれる。しかし、体力は劣化しているが、挑戦をあきらめると老いが急速に近づいてくるように思えるので、同窓生との再挑戦を老化防止の活動としておつきあいしてもらえるのは非常にありがたいことと思う。そこに少しでも社会貢献がからんでいるとよりうれしいものである。ただ、同窓生それぞれに背景を背負っておられるので、単なる階級趣味だけで老いた姿を丸出しにしてばかりはいられない。恥ずかしくないパフォーマンスが求められる。この挑戦そのものが、青春時代に追いかけていたものなのだと実感させられる。
2014.09.13
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留学生でも進路選択に迷っている人がほとんどである。自分を知り、世界を知ることで何に自分の心が響くのかを探っている。そんな中で、自分の進路をある程度固めて留学してきている学生は頼もしい。仮にその通りにならなくても努力するモチベーションは高い。その中でのいろいろな試行錯誤を通じて、自分の想いによりよく添うものが見つかればさらに素晴らしい。これが中々見つからない人の世話は大変である。人柄がよいのでお勧めしたい職業が思いついたりするが、中々言葉には出せない。責任を伴うからである。そんなときに、率直に悩みを打ち明けて、本人が選択肢を先に言ってくれると、「それは向いていそうだ」とか回答してやることができるのだが。いずれにせよ、率直で正直で笑顔の余裕のある留学生が人望を集めるようだ。
2014.09.12
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研修や実習、留学で来る研修生・留学生をお世話していて、若い国は活力が著しい。一回り二回りほど下の親御さんが住宅を購入したとか、家の庭で菜園をしているなどの写真を見せられると、その活力に驚く。日本は本当に豊かなのかと疑わせられる。やはり日本は高齢化して、少し地味なモードに入ってしまっているのではないかと反省させられる。家内は新築の家への招待に、お茶会をやってくれるか、結婚式の招待なら喜んで飛んでゆくという。そのような元気のある話が必要なのだろう。美しい景色と音楽と料理に舌鼓をうつのも結構だが、新興国の元気な知り合いを励ましに行くような旅も大切なんだと思うようになってきた。
2014.09.11
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今日は、ベトナムからの留学生と面談した。おじいさんの代からの生物学者で、娘にも生物・博物の勉強を継いでほしいとの思いで、日本留学させているようだ。今や世界中の親御さんが子供をグローバルな環境で学ばせようと努力しておられる。ベトナムはついに5万人を留学させるようになり、日本の3.5万人を大きく上回るようになった。中国・韓国・台湾・香港に加えてアセアンの国々の学生も留学が盛んである。有力な学校に入学させるというのも多いが、それよりも就職と密着した留学というのが多くなってきている。日本のモノづくりやセールスが海外に移っているわけだから海外での人材が必要になってきており、就職に密接にかかわるというのはうなずける。日本の親御さんも就職が有利な大学への進学というだけでなく、もう一歩進んで、子供の社会への参画希望・適性を見出し、就職に結びつく進学を考えないといけないのだろう。そうすれば自ずからグローバルな見識を備えさせるという努力も必要になるだろう。親だけの財布で難しい場合は祖父母の貢献が期待されているのだろう。
2014.09.10
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スポーツ選手の社会への影響については、努力と能力という側面でしか考えていなかった。しかし、錦織選手が見せてくれたのは、世界を舞台にしのぎを削る選手が支えてくれる人々や対戦相手に示す評価や感謝が現れていて、リーダーとして進んでゆく人の姿を体現したことが素晴らしかったと思う。いろんなスポーツの選手のインタビューでもスキルと戦略の巧拙と自身の努力という個人的・ナショナリズムのレベルでしか話を聞けず、また試合を見に来て応援よろしくお願いしますという紋切り型の話でしかないのが、今現在を懸命に生きる自分とチームと社会に想いを広げてくれたことは、子供たちにも非常に刺激になったと思うし、外国語の習得が一番遅れている日本人にも大いに勇気を与えてくれたと思う。ご苦労様・ありがとう。
2014.09.09
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男子が多い大学より、女子大のほうが財務内容が良くなる傾向がある。それは、女性の方が長生きし、母親の遺産処理で母校に寄付しようという遺言や遺族の意向が働くからだろう。何をおいても女性の力は強い。その女性を終末期だけではなく、働き盛りを戦力化しようということだから、これからの日本社会はますます女性が強くなるというものだ。今までは、消費の世界で圧倒的な力を誇っていて、百貨店でも女性関係のフロアが男性の4-5倍あったものが消費・社会的リーダーシップ・遺産処理と力を付けると男の出る幕がなくなる。男性もしっかりヘソクリ・消費・育児・家事分担などで実力を透ける必要があるのだろう。
2014.09.08
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自身も学校のクラブの同窓会を兼ねた演奏会にも出るようになってきたので、演奏会の多さにびっくりする。演奏会場はホクホクだと思われる。しかし、高齢者の演奏は、一方でパフォーマンスの能力低下は否めないので、若返り策が必要で、時には高いチケットをいただきながら、居眠りを楽しませていただくことにもなる。ときには、少し我慢の限界を感じるようなこともある。もちろん、家族や親しい友人に対してのお披露目で、厳しい意見も聞いて、さらなる向上を図ろうとする狙いもあるようだが、想いについてこないこともあるようだ。思い切って、演奏する喜びのみの会合にした方がよいこともあるのではないか。家内の友人はしっかりしておられて、このような演奏会後にサロンのような食事会を設けられて、意見交換と同時に来演者同士でいろいろ情報交換し、人脈を広げる活動をされているが、これは特色のある人材だけに面白かった。高齢者が持つ豊富な経験を交流されるなど、副産物込みで見てゆくようにしなければならないかもしれないが、本来の活動の方も演奏会という形をとるからには、聞くに堪えるかどうかを常に振り返っていたいと思った。
2014.09.07
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今日は男声合唱クラブの同窓会で愛唱歌集を歌った。名曲に国防の前線に立ち、犠牲となりつつ本国を侵略軍から守った英雄を讃える美しく力強いハーモニーの曲に酔いしれた。血なまぐさい侵略には勇敢な抵抗があって国を守れると語り継がれ、歌い継がれてきた曲である。尊い犠牲によって国家集団が守られるという辛く切なく力強く美しい曲である。一方で、できるだけ海のような寛容さでもろもろの課題を辛抱強く適宜適切に解決し、無用の諍いを起こさぬように平和な営みの続くことを只々祈る歌のことも話題に上った。安保闘争と学生紛争の間の学生の心情を読んだ詩に少し現代曲的なハーモニーを織り込んだ祈りの歌だが、学生時代に一度歌った曲がDNAに焼き付けられて、同期会の集まりで歌うことになった。毅然と国を守る勇気をたたえる歌、平和を祈る歌、一見矛盾に満ちていて、好みは分かれるところだが、祈りの歌を歌い継ぎ、国を守る歌も歌い継ぎ、このいろいろな歌が平和を築きあえるようにと祈るばかりである。いずれにせよ戦闘になれば、悲惨な結果が待っていることは誰もが承知していることであり、緊張が高まる前に相互の課題に対して協力関係で解決し合える活動が最も重要なのだのだろう。
2014.09.06
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「テレビは生活における顔のようなものである。他社に負けるな」という競争を40年に亘って続け、テレビはこのように進化すると語り続けていたことを、韓国メーカーがそれを受けた活動を展開している。「私は盛田の夢を受け継いだものだ」と言い放ったスティーブジョブズのような立場を鮮明にしている。両者の活動には、リストラされた日本メーカーの社員が夢の続きを託したことはいうまでもない。経営者は社員をコストだけと捉えているとこのような手痛いしっぺ返しを受けるのだ。社員の夢を企業活動の中に包み込まねばならないのだ。定年で退職する社員の中にも夢を持ち続けている人材が多くいる。これらの夢や活力を生かすという発想を経営者が忘れるとテレビと同じようなことが起こり続けるのだろう。社員とともに夢を見続けることが大事であるし、大変器量のいることである。もちろん社会や顧客があってのことであり、一時の個人的な出世欲・権勢のうまみに惑わされてはならないのだろう。ここが経営者の一番難しいところなのだろう。
2014.09.05
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外国語大学の国際教養部に外国人留学生が多く在籍し、1年間研究をしている。今日は米国人に出会ったが、文化人類学の勉強中で日本人と文化も研究したいと話していた。文化人類学の研究者は現地生活に深く入り込むことに興味を持つ人なので、これから1年間が楽しみである。日本と日本人に興味を持って来日してくれるというのはありがたいことである。非常に人懐っこそうな人物で、今日はまだ来日3日目なので特にコメントは聞けなかったが、2-3週間もするといろいろ聞けそうである。奈良や京都が近いので、観光案内に連れて行ってやりながら意見交換をしたいと思っている。日米関係も米国からの圧力を受けることが目立つが、米国人も人種問題をはじめ、国内の矛盾に悩んでいるはずである。日本社会の中から米国問題の解決のヒントに何を見つけるのか楽しみである。日本が米国にどんな影響が与えられるか、そろそろ整理する必要がある。
2014.09.03
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日本的経営は、予算統制スタイルをベースにしている。政府の予算管理のやり方が大方の大企業の事業計画の進め方に浸透していて、概算要求・組織組み換え・事業計画策定方針・予算折衝という形をとるので、現在の課題認識は次年度の事業計画に反映して、初めて動き始める。これが意思統一の進め方、納得の進め方になり、このパターンに乗れば仕事の推進はスムーズである。一方で、課題対応が1年がかりなので、中国韓国企業には、この隙間を突いて市場を取られてしまうという事態も多く見られる。それでもOBの皆さんはタフで、できるだけ事業計画のところに、現役では気づきにくいOBならでは感じる課題を提起して、事業計画に反映させるチャレンジをしておられるのを見ると、事業運営の機微を経験してきたんだなあと感心させられる。現役の皆さんは、このような動きを上手に使って、よい事業計画を組んでもらいたいものである。
2014.09.02
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担当する仕事はきっちりと仕上げないと気が済まない。そうするとドンドン最後の詰めの作業や事務が宛にされて集中してくる。OBになっての仕事なのに、病院通いなどと駆け回っていると日記を書くのさえ深夜になってくるのもしばしばである。若い人の仕事を奪ってはならないという原則を通しながら、同世代の納得を作り上げるため、あわよくば次世代につながる仕事という面では手抜きはできない。便利なだけに変なこだわりを捨てて最少必要限度の作業にとどめること、自分のテーマにそっているかどうかの選別を心がけるが、何事も半端なものはない。年を経るごとに完成度については目が肥えてくるが、体力はなかなかついてこないことも多い。あてにされるときが花という家内の言葉を信じて、もう一ガンバリしてみようと思う日々である。
2014.09.01
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