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地球人口の爆発的増加で、エネルギーと食糧問題が深刻になるという。このような状況を潜在的に共有すると産めよ増やせよという意識は働かなくなる。小づくりをしないでもと思う人が出てきても止むを得ないと思う。ただ、生きとし生けるものの本能として子孫を残そうという営みは備わっているので、絶滅には至らないと思う。少子化になると介護や年金を稼いでくれる世代が細くなるというのは高齢世代のエゴと言えるかもしれない。子育て環境の整備や女性の社会進出の促進というのは大いに進めてゆく必要があるが、少子化に関しては若い人々の思うに任せる問題だと思う。日本という視点だけではなく、グローバルに考えれば人口増加にはブレーキをかけねばならないと言っているのだから。
2015.04.29
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日本人に対する信頼は高く、穏やかなメンタリティーに共感する人は世界にも多い。これは、何事にも一生懸命に取り組み、自分の役割に対するこだわりの深さがつくりあげたものである。どちらかと言えば与えられた任務をよろよく遂行するという行為の積み重ねであり、広い資源を活用して新たな事柄を作り上げてゆくというものとは異なるようである。世界という大きな舞台になると、自分の役割は自分で規定しなければならないし、それに伴う調査と立論を行い賛同者を募るという活動が必要になるのだが、これはあまり得意ではない。新たな取り組みということになれば、自由に作り上げることになる。寿司にマヨネーズをつけるということは、日本の寿司職人から生まれたものではなく、海外の寿司職人が始めたことである。今でもマヨネーズ寿司は日本食ではないなどと意地を張る人も多い。日本人や自分に都合よくあってほしいと願うあまり、日本の都合の良い読みにしたがって世界は動いてくれるだろうという想い違いが引き起こしたのが先の太平洋戦争だった。今、日本の針路は大きな曲がり角に立っているが、核廃絶・テロ抑止力・領土保全・海洋開発などで、日本に都合の良いシナリオを盲信するようなことがあってはならないだろう。交流の実をあげることに力を注ぐ平和推進の動きを大切にしてゆきたいものだ。
2015.04.28
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4つの団体で活動しているが、3月4月は決算・予算・人事のシーズンで、それぞれが参加者の都合で方針検討会を開催するので、どうしても検討会の日程がダブってしまう。日本の組織の特徴で、4月から3月の暦が染みついているのでどうしようもない。体質に染みついているので、このシーズンに兼務している組織への価値判断の踏み絵がされてしまう。自身がかつ判断しなければならないのだが。とりわけボランティア団体の場合は、お金で身分を縛ってちないだけに去就が組織の死活問題につながるようにも思える。利益団体の場合は収支で割り切れるが、ボランティア団体は収支で割り切れないのが難しい。しかしながら、所期の志に立ち返って、使命達成のための活動の余地があるのかどうか、真正面から問い直さざるを得ないのは変わりがない。お手伝いで参加している場合は、仲間に引導を渡すようなことになるので、つらいがボランティアと言えども社会の評価は厳しい。
2015.04.27
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ボランティア団体で活動しているが、一方的な弱者救済ボランティアではなく、留学生の国際交流ボランティアである。ボランティアにも濃淡があって、もっとも負担の大きいホストファミリーをするというものから、日本語指導や平和学習など金銭的な負担が軽いものまである。負担の大きいホストファミリーは金のわらじを履いてでも探す必要があるのだが、近年このホスト探しが苦戦している。交流を経験した留学生が成長して自身の子育ても佳境に入ったり、これを終えたりする人がホストになってもらいたいのだが、この交流の受益者にホストを呼びかけるというのが事務局では歓迎されず、ボランティアと事務局との間の温度差になってきている。改革に熱心な人は、プログラムに参加する段階でホストについての賛意を示してもらうべきだという意見がある一方で、これまでの行きがかり上、ホストファミリーは求めないという守旧派とが対立してきている。この対立の中で、中間派も生まれて混乱を来している。どうも右か左かというデジタル思考なのが問題を複雑にしているが、趣旨は理解して努力はするが、無理な状況を押してホストをすることを求めるわけではなく、できるだけ経費を下げて派遣できるような奨学金への賛同というような道を目指すなど、中間の解決策があるように思われる。双方の主張の間での解決で、少しでも本来の趣旨が認められるような取り組みをしてゆく必要がありそうだ。
2015.04.26
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古希を迎える高校の合唱部員が、高校時代の思い出のコンサートを開催する。というのもこの時代にNHKと朝日新聞の2大全国合唱コンクールで全国制覇したメンバーだからである。かなりのメンバーが鬼籍に入ったり、病気をしたりしてそろわない。また、まだ現役の仕事をしているメンバーもあり、合唱練習には集まれない。そんなこんなで、本来のメンバーの4割ぐらいが月1-2回のれんしゅうを1年重ねて明日本番を迎える。甲子園に出たような部員がなつかしの試合を再現するようなことはあるようだが、合唱では珍しい。つい1か月前までは、メンバーの集まりもまちまちで、出来栄えもいまいちだったのが、いよいよ舞台を明日に控えるとフルメンバーが集まり、真剣勝負の練習になり、やっとそれなりの演奏ができるようになった。一か月前まではハラハラしたのが、今日の段階では、表現の彩にまで練習が及ぶようになってきた。卒業53年になろうとする面々が大丈夫かいなと思われたのがウソのようである。昔取った杵柄は時々虫干しし、磨きをかける必要がありそうだ。そういえるようになっただけでも一大進歩である。
2015.04.24
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今日は国際交流団体のセミナーで高槻市にある生命誌研究館を訪ねた。この上ないセミナーになったのは、まず館長である中村桂子氏のお話を聞いてから、館員が懇切丁寧に館内を案内してくれたことである。中村館長のお話は、著書である「ふしぎなつながりーひろがるいのちー」という絵本を読み聞かせしていただいたことである。地球上の生物は38億年の生成を共有するという大切なメッセージを子供たちにしっかりと理解してもらおうという熱意と優しさに溢れたお話だったことだ。さすがに出産を経て研究の考え方が変わったといわれるだけに、母親の読み聞かせというのを思い起こさせる情感豊かな話しぶりであり、途中で押さえておくべきことをしっかりと補足されるのは、ご本人ならではの迫力であった。また、研究館の2階は大阪大学の生命工学科が運営される研究展示になっており、平安時代の「虫愛ずる姫君」のものがたりをベースに観察・研究の発想のもとを現代の研究に展開している様を見せてもらえた。DNA、ゲノム、遺伝子などの言葉がどんどん日常生活にポピュラーになる中、その実用・応用への展開とそれに伴う注意事項なども研究員の方が丁寧に説明していただけたのも素晴らしい体験だった。それで、入館料が無料というのだから感激である。中村館長はこの団体の理事なので、直々のお話が聴けたが、館員の方々も館長に劣らない情熱家なので、訪問をお勧めできるすばらしい施設だった。
2015.04.23
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戦後の日本の復興を振り返ることが盛んにおこなわれるようになったが、その一つの大きな要因が、平和憲法下で軍事出を抑制し、民生に国家予算を投じることができた点も見逃せない。そこを安保ただ乗りだから、安保経費の拡大を主張されても、一方で国際貢献予算も円安を受けて大きく伸びることになる。あれもこれもで、またまた大判ふるまい予算で多少の歳入増も海外の方にもってゆかれて、軍事費と国際協力費ばかりが膨れ上がる可能性がある。福祉予算が膨張する中で、そちらに回す余裕がなくなりそうなのは、素人目だろうか。平和貢献と安保負担とどちらが国際社会に喜ばれるのだろうか。国際社会はすぐれて見えにくいので困るのだが、これは多くの外国人と交流を重ねる中で、自身で手探りして持論を形成してゆくほかないのだろう。個人的には、安保コストを下げて国際貢献予算を増やすのが、多くの地球人に喜ばれるのだとは思う。安保のただ乗りの解消は、国際貢献の次のような気がするのだが。難しいかじ取りを求められるが、舵をとれる内が華なのだろう。
2015.04.22
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外交はどんどん英語中心にシフトしてきている。在外公館でも日本語族と英語族が存在し、英語族の中に有能な人が増えてきている。一方、日本側が英語対応する若手は非常に忙しく、対応力が限られてきている。そこで我々のような国際ビジネスOBがお手伝いする余地が生まれてくる。日本語での告知や問い合わせを受けるようにしているが、でしゃばリ過ぎないお手伝いというのは非常に難しい。また、持ち出しボランティアでもできないので、ほとんどボランティアであるということが解る程度のコストで支援を申し出るが、どのように受け取られているかは気にかかるところだが、取り組みが成功することが本義なので、些末なことは無視している。国際コミュニケーションを通して、交流が活発になるのを祈るばかりである。
2015.04.21
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在外公館のイベントを支援し、一応の成功をおさめた。これに気をよくした公館は、次のイベントへの協力依頼をしてきた。同じメンバーが次々とイベントを成功させるという保証はない。どうもイベントの成功が公館の得点になるとの読みだが、お客さんあってのことであり、成功の条件をしっかりと押さえてゆかねばならない。若い人々だけにチャレンジ精神旺盛なのは結構なことだが、ビジネス経験豊富な我が方としては簡単には請け負えない。よくよく仕掛けを考えて望みたいと思っている。柳の下にはドジョウはいる保証がないし、ドジョウを呼び込むしかけが必要なのだから。
2015.04.20
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戦後70年談話有識者懇談会の北岡座長が、謝罪についてはもう十分という見解をだし、直前の見解から大きな変節をした。国民を代表する国会議員の圧力を受けて、民意の反映をしたということなのだろうか。自民党が国民の大多数を占めたからということなら、自民党の得票率が過半数であったわけではないし、高投票率であったわけではない。一般に間違いを起こしたほうは、自信から十分謝罪したなどというのは間違いである。これはかえって責任感の薄さという印象を与えてしまうと思う。今日の日本が受け入れられてきたのは、海外で真摯にその国の発展のために懸命に苦労を積み上げてきた海外勤務者の努力によるところも大きい。謝罪が十分というなら海外で経験を積んだ人々が心底からそのように思っているかどうかを聞くべきだろうし、今後の現地での活動を担っている海外勤務者の意見を聞けばよいと思う。際限ない謝罪要求にいい加減にしてほしいという気持ちはわかるが、現実を認識してもらう努力を継続してゆくしかないのではないかと思う。果てしない謝罪だが、その長さでも根気強く取り組まねばならないだろう。米国は「もういいのでは」と言ってくれるかもしれないが、「原爆投下についてももういいのではないか」という点を共有することが裏にあることを意識しておく必要がある。アジア諸国にとっては、そのように言ってくれてるかどうかが大事である。謝罪は相手に伝わっているかどうかが重用なのだから。世界は見てないようで、よく見ている。米国だけが世界ではない。
2015.04.19
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マクドナルドが苦戦しているようだ。ノマドの私にとって重大問題である。朝は主婦の井戸端会議、昼は学生が部活の合間に、夜は受験生やビジネスマンが談笑したり、自習している。高齢者は時間の間を縫ってノマドや読書をしている。不調の原因を私なりに考えると、低価格路線で客数を上げたのが、その後の客単価を上げるところにも成功せず、標準商品で飽きられてきたということだろう。問題は、同じ価格でもマクドでは居場所の提供が伴っており、コーヒーでもコンビニバリスタ+アルファの値段で提供すべきなのだろう。その上で標準品での飽きに対応する必要があるだろう。ちょっとした地元ソースや特産地ソースなどを指定できるサービスで味の飽きを克服できるような気がする。どうも本社で集中して決算して課題分析をして現場に似つかわしい対策が取れていないのではないかと思われる。現場でのお客さんとともに考える姿勢が弱いように思うのだがどうだろう。是非、このあたりを克服して元気を取り戻してくれないと作業場に困るのである。
2015.04.18
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家内が坐骨神経痛でうずくまった。坐骨神経痛の痛みは、ここが痛いというのではなく、問題ある箇所ではなくその箇所が関係する範囲に痛みが広がる。そのために原因不明の痛みのために何が問題かと不安にさいなまされる。すでに手術から6年も経過するのに、ひょっとしたら転移したのではとの思いが走る。救急救命に飛び込んでエックス線撮影の結果、坐骨神経痛がみつかり、痛み止めとシップで応急手当てを行い、翌朝整形外科で同様の診断をもらった。痛み止めの注射もしてもらい、痛みが軽減すると悪い予想は晴れて元気を取り戻した。一旦がんを患った人は、ことあるごとに転移と再発を疑う。まるで前科者のようである。しかし、この年齢になると、がんを患ったことがあるなしにかかわらず、もしやがんではとの思いがよぎる。しかし、患った経験者とは心理的な不安の度合いに大きな違いがあるだろう。無理しないように体を大事にしてゆきたいものである。
2015.04.17
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韓国は恨の文化と言われる。フェリー沈没事件の1周年を経ても、政府をはじめ関係者の対応への怨嗟の声は大きく止むことがない。世界から見れば日本も韓国と似ており、空気が燃え上がると、なかなか止められないと考えられている。先の大戦、核兵器廃絶運動、それに対抗しての核平和利用の流れ、原発再稼働など空気が流れ始めると、なかなか止められない。日韓関係も国境問題・従軍慰安婦問題など燃え上がると収集策に妙案は少ない。それは、韓国人でさえ一旦燃え上がった課題を治めるのが難しいので、国の異なる日本人が考えるのはさらに難しい。汝の隣人を愛せよとの言葉があるが、隣人とは長い歴史の中でもよしみを通じてきた。それでも理解して愛するというのは至難の業である。それでも、武力でぶつかった期間より平和友好の期間の方が圧倒的に長かったわけである。これからも武力衝突に至らぬように、難しい隣人を理解しようという努力を重ねて平和友好の期間を一日でも長くできるように努力したいものである。
2015.04.16
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損得で物事を判断しるのは、年輩者としていかがなものか。今まで自分のお世話になった仕組みや組織にお返しをする活動を行うべき。と発言したら、宗教家になったらよかった。一般人の活動の中で、このような発言はお仕着せがましく共感を得られないと言われた。難しい世の中で、同様の発言をしたケネディーは暗殺の憂き目にあった。こんな偉人を引き合いに出しては恐縮だが、一般社会人の倫理観に訴えるのは難しい。そのような好意を逆手に取る人々もいるからだろうか。ピケティ氏も前途多難である。しかし、富裕層というのも社会の仕組みのお蔭での成功なのだから、運の悪かった人々への奉仕と社会の仕組みを健全に発展させる貢献を忘れてはなるまい。今日の富裕は、日々のコツこととした努力の積み重ねであるという論理がまかり通っているが、そのような単純なものだけではないように思うのだが。宗教家のなりそこねが言うのもなんだが・・・。
2015.04.15
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投票率が低い選挙で選ばれた政治家の行動が、国民や司法から疑問符を投げかけられる。原発の再稼働停止の仮処分措置が地方裁判所により下った。選挙には行かずに反対だけすると怒られそうな事態だが、今こそ社会が変わり目にあると思う。これまでの経済が右肩上がり時代の雰囲気がきっちりと変わらないで、利権構造だけがそのまま維持継承されているのでは、予算の拡張という習性が延長されることに繋がってきている。しかし、過去の延長線上にない取り組みが求められている今日、様相は一変して民意が非常に重要になってくる時代に変わったのである。既得権益を守ろうとする組織は、改革をしてゆこうという個人より選挙に強いが、この動きが顕著になってきた今、いよいよ一般市民が何を考え、何をなすべきかを突き詰めて考えるようになってきているのではないか。次の参議院選挙に向けて潮目が変わりつつあるように思える。組織に負けない個人が生まれつつあるように思える。
2015.04.14
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投票率の低下が止まらない。人々はスマホでの連絡やゲームに忙しい。政治に関心が向かない。当然、選挙組織や利益誘導される人々とそれを憂える人だけが投票所に向かっている。スマホ・ゲーム族は、政治向きは難しいのでお任せで、解りやすいノリが出てくれば、そのノリについてゆくからという姿勢に見える。これは、世の中が自分の思惑で動くものだと安直に考える習慣の延長線でないことを祈りたい。これが、先の世界大戦に日本が巻き込まれてしまった道だからである。それが怖いから、若い人には世界に出かけてわかもの同士のコミュニケーションをとってほしいと願っているはずなのに、その若者が内向きになっているのが問題をより深刻にする。これを選挙年齢を下げることで乗り切ろうというのだが、これはあくまで一つの方策に過ぎない。大人としては、うまく若者を日本の行く末の選択として解りやすいことばで提起する様に努力しようと思う。先が短い世代は、福祉充実の投票行動だけでは将来に大きなツケと禍根を残すことになるかもしれないからである。
2015.04.13
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高校の合唱部員が50年の時を隔てて再結集してコンサートを開くことになり、2週間前の最終練習を行った。同窓生なので寛容の気持ちで練習を重ねてきたが、いざ本番を前にするとこんなはずではなかったのにということが頻発した。なぜこんな問題が起こるのだろうか。一つは高齢化で、声域やスタミナが持たないからである。二つ目には高校時代は毎日練習をしていたので、2週間もあれば十分に調整が可能だったが、この年になると前日練習の前には集まることはない。これは予想されてはいたが、ここまで課題が出るとは想定外だった。今日は、課題を共有して個人の努力によるしかない状況である。ここは、人生経験を積んだだけの結果が期待される。ヒア汗ものであるが、この緊張感をプラスに替えることができるのが人生経験というものだろうに。練習の段階では同窓会気分のノリだったが、コンサートとなると厳しい耳にさらされるので、妥協は許されない。趣味と同好の人々が集まっているとはいえ、実力が問われる。
2015.04.11
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NPOで重鎮が退職した。辞表を提出されるというのは、日本国内で勤務していた同僚にはショックだったようだ。辞めさせる経験はあっても辞められる経験に乏しいのが団塊の世代である。しかし、海外勤務を経験していると、辞表を突きすけられるのは日常茶飯事である。常に定着と整理を頭に置きながら仕事することが求められる。後輩を引っ張ってこいと言われても、引っ張ってくるには責任が伴う。よほど事業に自信がないと不用意に引っ張ってこれない。そのあたりからして昔勤務していた時の観念から抜けられない人が多い。いずれにしてもギリギリの状況で仕事をするという経験を団塊の世代以前の人はしていないことが多いのに驚かされる。時代は変わったと実感するとともに、恵まれた環境で仕事をさせていただいていたということなのだろう。その点だけでも、若い人々はよく頑張っていると経緯を払いたい。
2015.04.10
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NPO団体における先輩が退職された。NPOとはいえ、活動の収支は逃れられない。会員から集めた資金を課題ごとにつぎ込んでゆくが、構想とは別に成果が出ないときにはプロジェクトは赤字に陥る。その赤字が集めた資金内であった場合にはお互いの理解で埋められるが、団体内の資金を上回り、翌年度の資金にまで食い込むようになると、おのずから責任問題になる。次年度に回復できるような活動を提案できないとなると退職するしかないのは世の習いである。もちろん先輩は若い時から子会社の社長職にあった人なので、他人から指摘されずともよく理解しておられる。また、30年近くも社長職をやってこられただけに、この時期には決算と責任に応じた役員人事が反射的に頭に浮かぶようなので、慰留するすべが見つからない。引き時を図るのは、高齢者の組織の常であり、先輩を見るにつけ、今できることに全知全能を注入し、引き際は美しくありたいと再認識させられた。
2015.04.09
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選挙公報を読むと、それぞれの候補がまちまちの政策を掲げていて、目くらましにあっているようだ。全国から注目を集めている大阪都構想に関して言えば明確に反対を表明するより、より優先する政策があるだろうというアプローチである。もちろん推進派が立候補しており、それでも議席で過半数を占められるかどうかは難しい情勢である。共通の政策は子育て支援強化ぐらいで、争点は分散している。混沌状態を作り上げて、選挙民に選択をゆだねるということである。政治と民主主義を守るために有権者の見識と投票行動が求められている。利益誘導に結びついたものだけが投票所に赴くということなら、利益以外の争点はないがしろにされてしまうことになる。今回の選挙ほど、大阪府民の見識が問われる選挙はないように思われる。是非、選挙公報に目を凝らして高い投票率を実現してほしいものである。
2015.04.07
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桜前線は東北へと移っている。海外からの花見客も動くのだろう。桜の花見は日本だけと思っていたら大間違いである。お隣の韓国ではプサンから慶州まで桜で一杯にする運動がその成果を見せている。日本の桜どころではない桜並木が町中にあふれている。日本人観光客もびっくりである。戦後、韓国では日本の植民地支配への反発と「同期の桜」という忌まわしい記憶から逃れるために桜を一掃したようだ。しかし、ソメイヨシノの原産地が済州島だというお話がきっかけになり、今度は桜の本家を取り戻そうという動きになったそうだから、極端な動きが国民性である韓国らしい。うかうかしていると桜は日本の特産ということを言えなくなるかもしれない。「吉野の千本桜など知れたもの。実際に韓国の桜を見たら、その差は歴然。」ということにならないとも限らない。いままでの歴史や伝統だけに依存しているとびっくりするような目にあうのは、テレビや携帯電話だけではない。伝統と定評だけに胡坐をかいていると、インバウンドの観光需要にも見放されかねない。大きなビジョンを持って日々努力することが求められている。
2015.04.06
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統一地方選挙が迫り、国会議員と県議・市議の連携が強まってきている。そして、地方選挙の趨勢が中央の政党の優劣を決めるような流れになっているようだ。しかし、地方の問題と国政の問題は大きく異なっており、必ずしも地方選挙の結果が国債の決断と関連しないものも多い。特に安全保障問題や原子力・エネルギー政策は地方を越えた問題である。しかし、与党は地方選挙に余勢をかって国会で決議してゆく情勢である。十分な論議を経るのかどうかもはっきりしない。地方の問題も政党の人気投票のようになり、議員の主張と論戦ははっきりしない。論議を上手に展開できる方法を考えたいと思うし、それでないと政治の停滞と発展の遅れを生み出すだろう。そうでなければ、選挙年齢の引き下げもより困惑を広げるだけになるかもしれないからだ。政治家キャリアルートの維持発展だけにならないように注意しようと思う。
2015.04.05
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春休みになったが、息子夫婦は忙しく、海外出張も入ってくる。そうすると孫を預かってやることになるが、家内も海外出張が入っており、娘親子が中心になって預かってやることになる。このような帰省は数も重なってくると、娘の子供を含めて家族ぐるみでお付き合いしている輪に孫は当然のように巻き込まれるようになる。これで2回目となるような家族や子供がいて、知り合いが徐々に広がってきている。グローバルに一足飛びに友達の輪を広げるのではなく、順次交際範囲が広がってきているのはたのもしいかぎりである。去年よりも孫もたくましく感じられるようになってきているのは、非常にうれしいことである。子供たちを大いにもまれる環境に置くという事を今後とも進め、全国に全世界に友達の輪を広げてほしいと願うばかりである。
2015.04.03
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在日外国公館の支援をした。お国の将来に向けた課題を国際ビジネス経験豊かなメンバーが総力を挙げてお手伝いし、初めての取り組みながら幸い参加者からの好意的な評価もいただけた。公館の責任者と関係者が我々のために一席設けていただき、感謝の気持ちを伝えてくださった。採算度外視だっただけに評価を一席という形で示されたのだと思う。こちら側は、しっかりと反省と改善点の指摘も行い、PDCA(計画ー実行ー点検ー行動)を明確にし、メリハリもはっきりとさせた。これを手始めにビジネスOBが、丁寧にお手伝いをしたいと申し出て一席は明けた。一席の後は、お相手側は席に残っていろいろと打ち合わせておられるようだった。採算を度外視して初めて我々の心意気も通じただろうし、いろいろ人手と経験不足で出来ていないことについて打ち合わせ、次に何かをお願いしてこられるのではないかとの予感もした。こちら側のメンバーはお国の発展の筋道にお役にたつなら大喜びという姿勢は十分に感じ取ってもらえたと思う。さて、どんな要請が寄せられるか楽しみなことである。
2015.04.02
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国際協力などでは、各国が善意で発展途上国を支援する。しかし、一旦援助が始まるとなかなか依存体質は抜けきらない。戦争ほどではないが出口戦略は難しい。善意への甘えであり、国家で起こることは一般組織でも起こる。NPOでもボランティアに支えられているだけに存続発展は危うい。受益者がボランティアに加わってゆかないと存続しない。しかし、受益者が受益したということを理解するのは非常に難しい。自身が立身出世したのは自力であり、金持ちになったのは刻苦勉励があったからだと思いがちである。善意があってのことで今日があるという事実は忘れられやすい。わが身や日本におきかえてみても良くわかる話である。自戒したいと思うし、自戒を促す活動を地道に続けていきたい。
2015.04.01
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