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2006年03月21日
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「事件の真実なんか、どうでも良い。死刑廃止運動の為なら、何でもする」

法的知識を身に付けた人間が、偶然想像を絶する悲惨な犯罪に巻き込まれて家族を失った悲しみにうろたえながら法廷に立たざるを得なくなった一般国民を相手に自らの「理想論」を叶える為に“勝つに決まっている闘争”を展開する事自体が不公平な“圧力”だと思います。

常識的な範疇から著しく逸脱しても“弁護士”のバッヂを付けて“弁護活動”と名付ければ許されのでしょうか。

広島弁護士会は、遺族からの質問に「(“死刑廃止”啓蒙劇の)準備が必要だから欠席した。弁護活動に支障を起こす日程を組んだ最高裁が悪い」と答えたそうです。

一部弁護士達の“心得違い”なら、まだ救いがあります。
しかし、このニュースが本当だとしたらもはや弁護士は司法から逸脱した“自分勝手な権力”を振り回していると言わざるを得ません。



この、本末転倒が諸悪の原因だったのです。
本来“死刑”は、国家による最高の処罰です。

国家の殺人とは、誤った国策によって国民が重大な災いを蒙った場合のみ当て嵌ります。(戦争・人災・公害)

全国民が等しく受ける生きる権利を奪った殺人事件の場合、 犯人はその被告人であって国家ではありません。

陳腐な“風が吹けば桶屋が儲かる”じゃあるまいし、主軸となるはずの裁く立場である国家が何で犯罪者一人一人から責められなきゃイケナイのよ!!

自分を叱る親を逆恨みする根性は、此処が発生源だったのね。
そんな捻くれた状態で、刑期ばっか軽くなったって幸せになるもんかい。


あるブログでは、「(被害者ご遺族は)国家を使って“死刑”と言う殺人を行っている」とさえ論じています。

それでは彼等は、理不尽な被害を受けた被害者側が“国家(法)に、人間的・根源的な怒りや悲しみを委ねる”事さえ許さないと言うのでしょうか。

彼等は「死刑廃止」実現を願うあまり、自らの玉座を明け渡して裁かれるべき犯罪者を審判者の位置(中央)に据えてしまったのです。

※弁護人は、本来「裁きの場」で弁護をするのが職務です。いつから、闇雲に「ありとあらゆる手段を使って庇う」のみになったのでしょう。

この様な考え方では「個人の八つ当たり殺人=正しい」「法の裁きによる死刑=国家の殺人」との馬鹿馬鹿しい逆転理論がまかり通っているのです。

そして、こんな議論に凝り固まった連中が弁護士のバッヂを付けて非力な被害者側を法的知識の圧力で押さえ付けようとしています。

他者を蹂躙した犯罪者側は、本来国家から受けていた自らの人権を自らの手で潰したのです。

さらに、犯罪者側には状況判断による“情状酌量”が認められています。

「盗人にも三分の理」は、昔からの知恵です。
加害者側にも、一定の人権は元から保障されているのです。

それを「盗人に全権を」と訴えているのが、勘違い“人権派弁護士”です。

その結果が、この「犯罪者おイヌ様状態」

最近の殺人事件の動機の殆どが、「むしゃくしゃしたから」です。

この程度の気まぐれで、一生涯を踏み躙られ脅かされる国家が何処にあるのでしょう。
こんな有様で、おちおち街も歩けなくなった私達一般国民の生活をどうしてくれるんですか。

法廷テクニックを駆使して法廷を愚弄する弁護活動を擁護するなら、弁護士会は自らの天秤の使命(公正な“社会正義”を担う役割)を破棄した事になるでしょう。

法廷を利用して、持論の“死刑廃止運動”を展開するなんてもはや狂気です。まともな正気の弁護士さんに、立ち上がって欲しいです。

これ程までに弁護士のみに権力が集中した為に、司法の中立的な役割が損なわれているのです。





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最終更新日  2006年03月21日 21時19分28秒
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