2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全7件 (7件中 1-7件目)
1

ホントは、毎日来たいのに。ホントは、友達と一緒に遊びたいのに。ホントは、みんなと笑いあいたいのに。 「さようなら!もう私は二度とここへ来ないから!」心からの言葉ではないことは誰でも分かるし、一時的なへそ曲げの言葉だって分かってるから、そう言われた所長も、大人の対応 「そんなこと言うなよ!また午後ね!」とか取り繕うような言葉は言わない。 「さようなら!そう、それから、もうすぐお誕生日おめでとう!」期待に反した言葉を受けた彼女。彼女の目からは涙が滲み出ている。泣くくらいなら、そんなこと言わなきゃいいのに。素直になればいいのに。素直に自分の思いを表現すればいいのに。でも、それが思春期なんだよね。強がった分、素直に折れるのも、なんだかこっぱずかしくて、なんだかかっこ悪くて、けれども、それでもみんなにかまって欲しくて。強がってみたり、へそ曲げてみたり・・・そして、そうすることで、みんなが自分のことを愛してくれているかを確認するかのように。思春期ならではの感情子どもと大人の間のどちらにも所属しない宙ぶらりんな時代何をするのも楽しいんだけど、時折訪れる、寂しい孤独感わけの分からない悲壮感友への嫉妬心表せようのない怒り 善と悪への葛藤 そして、心がキューンとして・・・自分の心なのに、急に現われるこんな感情を自分でコントロールするのってすごい難しい。日々、 悩んで、悩んで、悩んで、悩んで、悩んで。そんな時に相談できるそっとアドバイスをくれる 友達・家族・先生 等々 が側にいればいいけど。何度も何度もそんなん繰り返して、私達は大人になっていく。思春期は大人になるためのステップ。彼女達は今まさにその中にいて、ちょっとでも何かのバランスが崩れると、全てが音を立てて崩れていってしまう。本当に、ちょっとした、雨が降っただけで、本当に、ちょっとした、風が吹いただけで、今まで積み上げたブロックは崩れ、また1から開始。でも何度崩れても、1から積み始める。決して諦めずに。何度も、何度も。そうして、ブロックが積みあがった時。それが大人になった証拠。そんな繊細な時期の子ども達と接していると、時に難しいと思うこともしばしば。そして、扱いには採算にわたって注意しなきゃいけないなと。もう子どもじゃないんだから!そうそう。私自身も大分思春期は大変だったからね。まぁ両親はそんな扱いにくい私をもっと大変に思っただろうけど。自分が大変な思春期を過ごした分、彼女達の気持ちが痛いくらい分かるんだよね。自分ではどうにもコントロールできない感情とかね。冒頭の言葉を発した彼女の家に今日はお昼ご馳走になった。それから彼女とじっくり話す。彼女の親友である優等生の彼女の話をする。彼女がへそを曲げてるだけなのが分かる。私達からみれば「そんな対したことないことで、なぁんでそこまで頑固に言い張るのか・・・」まぁ、そうは言っても、彼女にとってみれば重大なこと。そんなこと~なぁんて言ったら怒られちゃう。それでもいつものようになだめてみたりすかしてみたり。けれども、なかなか頑固な彼女。今回ばかりがガンとして動かない。これには私もまいったまいった!もう直接話し合わせるしかないなと思い、彼女に、今から彼女の親友の優等生の家に行こうと誘ってみる。答えはもちろん「NO!」そうは言っても、半ば強引に彼女を引っ張り連れて歩く。彼女の家へ到着。優等生の彼女は涼しい顔。ちょうど時間なので、青年の家に行こうと提案。2人を引き連れて青年の家へ。道中、ムスッとした彼女といつも通りの優等生の彼女。このままでは埒があかないので、私の部屋に2人を座らせ、他の人を全員外に出し、私と3人で話し合う。子どもだましのような言葉じゃ納得しない。私が少し話した後に、優等生の彼女が口を開く。 「今、彼女が私と口を利きたくないって言うのは、大変な問題じゃないの。それよりも、彼女がどうしてああいう行動をとったのか、それを聞きたい」と。今まで、ちっちゃいケンカはよくしてる彼女達。その都度、理由はどうあれ互いに「ごめんなさい」をして、「あなたは私の親友だから!」でことは解決していた。けれども、今回は一歩進んでる!いつもの子どもだましのような、「ごめんなさい」だけでは終れない。理由を聞いて、根本的解決を望んだのだ。「あぁ!大人になったなぁぁぁ」と感心する私。その問いに対し、いろんな思いが込み上げてきたのだろう、大きな瞳からボロボロと涙をこぼす彼女。しばしの沈黙の後、2人の言い合いがはじまった。まぁ、これは売り言葉に買い言葉みたいなもんで。それでも、お互い思ってることを、思いっきり言い合うってすごい大事なことだと思うよね。繰り広げられる言い合いに、半分くらいしか理解できていない私に見守られ(笑)30分は言い合いしてたかな。お互いそれぞれ言い合ったところで、少しの沈黙。もうどっちからも言葉がでない。「他にまだ言いたいことある?」と聞くと、両者から、「もうないわ」と。「あなた達は今自分達の思ってることを全て話して、相手の思ってることを全て聞いたでしょ!さぁ、これからあなた達はどうする?」と問いかけると。沈黙。ボタッボタッ・・・っていう大粒の涙が落ちる音だけが部屋に響く。「みんなあなた達のことが大好きだし、2人がいない青年の家なんて考えられないわ。ホントにみんなそう思ってるのよ!そして、あなたは1人しかいない。そしてあなたも1人しかいない。お互い代わりの人はいないわけで、大事な大事なそのたった一人しかいない彼女をあなたは失うことをしてはならないし、彼女もたった1人しかいないあなたを失うことはしたくないのよ。さぁ!」お互いの手をとり合わせると。「ごめんね」とワァワァなく彼女を、そっと抱きしめる優等生の彼女。ほっぺにチュッチュッで一件落着。つたない言葉でも、私の真剣な思いは伝わったみたい!!!ふぅ。安心して、ホッとして、思わず腰が抜ける私。それをみて笑う彼女達。やっぱり笑ってる顔が一番だよね!!!そうそう、さっきの言葉ね。日頃、よく女の子達が私に言ってくれる嬉しい嬉しい言葉なんだ。私が躓いたり、熱いもの触ったりすると、「気をつけて!! 私達は、Imane(←私)をたくさん持ってるわけじゃないんだから!!!Imaneは1人しかいないんだからね。変わりはいないんだから!!!」ってね。ただ躓いただけで、死ぬわけでもないし~んなおおげさなぁ!といいつつも、そんなこといってくれるなんてホントに嬉しいよね。いつも言ってもらってる分、私も言ってみました!人を友達を大事に思う気持ちをこれからも忘れないで欲しいな。また1歩大人の階段を登った女の子達でした!
2007.12.30
コメント(0)

誰にでも優しくて、気立てが良くて、頭が良くて、賢くて、歌がとても上手で、リズム感がよくて、何でもできて、気が利いて、聞きわけがよくて、礼儀正しくて・・・そんな彼女はいつもたくさんの友達に囲まれている。大人の私から見ても、「スゴイな!」と思うくらい大人な考えを持っていて。とても14歳とは思えない。そんな優等生の彼女に危機がおとずれた。それも本人のせいではなく、周りの大人のせいで。そう、私のモロッコ人の嫌なところは、「すぐに比べ、いいものだけをいいとするところ。」例えば、音楽会を催したいとする。 歌の上手な子Aとそうでない子Bがいれば、私は、AもBも同じ回数歌わせたいと思う。同じ回数の出番を与えるだろう。Bが歌が上手でなければ、一緒に何度も何度も練習するだろうし、逆に、そういう舞台に立って、練習した成果を発揮するっていう経験をして欲しいと思う。けど、モロッコ式にいくと、Aの出番が9回あって、Bの出番が1回、あるいは出番がないか・・・大げさにいえばこんな感じ。この考えは、気に入らないんだよね。どの子も同じ。金子みすずさんじゃないけど、 「みんなちがってみんないい」SMAPじゃないけど、 「No1じゃなくてもいい。もともと特別なOnly1」だから、発表会をやっても、いっつも、同じ子ばっかりが出演し、センターに立っている。そして、今回、詳しいいきさつはよく知らないんだけど、たまたま、1人の指導員(モハイヤムで一緒に働いた)がライードで里帰りしてて、女の子達に新しい歌を教えてたんだけど、その時に事件は勃発したみたい。彼は、もともと、ちょっと、特定の子ばかりだな~ と私でも思うことがあるんだけど、案の定、歌う人に、彼女を指名!周りの女の子達にとってみれば、 「なんでいつも彼女ばっかり!」彼は、 「だって、彼女は上手に歌えるから。そんなに言うんだったら、ほらキミ歌ってみなよ。」そんなん言われたら、誰も歌えないよね。彼女のいつもの大人の振る舞いに、彼女が14歳だということをついつい忘れてしまうんだけど。そう、彼女が14歳なら、周りの友達も13歳~15歳。あぁ!!!なんとも思春期真っ只中ではないですか!!!こっちの子って、大人びてるから、もっと大人に見えるんだけど、やっぱり、心は思春期の日本の子と変わらないのね。思春期真っ只中、多感な時で、嫉みだって、ケンカだって、悪口だっていう、そんなお年頃。私だって、思春期を過ごしてきたからね、知ってるよ!何でもできる、そんな彼女が、嫉まれてしまったわけだ。しかも間の悪いことに、周りの子が嫉んだ挙句、彼女のいないところで、彼女の悪口を言ってて、それを偶然、彼女が聞いてしまったとのこと。それが一昨日の出来事。3日目の今日。以前、ことは解決しておらず、嫉んだ女の子達は、彼女と全く口を利かないし、中学校内でもそうらしい。彼女には本当に何の原因もなくて、悪いのは理解のない周りの大人。今の彼女をみていると不憫でならない。何より、嫉んだ女の子達の中心にいるのは、彼女の一番の親友。いつもいつもいーーーつも彼女と一緒にいて、一緒に笑い、一緒に泣き、お互い双子のような存在。彼女もそれを一番気にしていた。「解決策は絶対あるから、見つけよう!」と心配する私に、「解決策なんてないわ。私は大丈夫だから。」と、心配をかけまいと強がる彼女。ぜーーーんぜん、大丈夫なんかじゃない!!!ってか、彼女には何の原因もないのに、なーーーんで、こんなことになるのか。何が悪いのか、ビックリするくらいみんな気付いてないんだよね。彼女が友達に悪口を言われる必要も、仲間はずれにされる必要も、まぁぁぁったくないんだよね。それなのに、彼女は、この状況をなんとなく受け入れてて。いや、ちがうって!「あなたは、何にもわるくないんですよ!!」こういう時に、つたない語学が仇となる。。。ほんとに悔しい。ホントは両者をじっくり話し合わせ、私も彼女達に言いたいこと、教えたいこと、伝えたいことはいっぱいあるんだけど、そして仲直りしてほしいんだけど、、、こういう時に言いたいこと全てがスラスラ~って出てくればいいんだけど。悔しいかな、私の語学はそんなレベルに達してない。いつも私を助けてくれる彼女の為に、今は、私が彼女の力になるときなのにね。情けないかな。今は彼女の話を聞いてあげることしかできなくて。。。私はここで、プログラムやアイディアを提供することはできるけど、精神面のケアが一番の難題・・・いつか、所長が言ってたっけ。「ここは、青年の家。学校でも、地区センターでもない。家なんだ!ここにいる僕達はみんなファミリーなんだ。遊びに来る子ども達に、ただ、遊びを教えるだけじゃなくて、僕達は時に、父・母親になったり、時には兄・姉の立場になったりして、大事なことをその都度教えていかなきゃならないんだ!」って。そう、まさに、今、その時。彼女にとって、頼りになれる存在になれれば・・・「出口のない迷路はない!」そう、必ず解決策はあるもんね。今日は、彼女の家でお昼をご馳走になってきた。明日は、彼女の一番の親友の家に招かれている!私も普段、青年の家では、いろいろプログラムがあって、特定の子とゆっくり話し込むことがなかなかできないんだけど、明日は絶好のチャンス!!じっくり、じっくり、彼女の一番の親友と話したい。(↑見上げると、木の上には白い鳥(鳩)でいっぱい。みんな仲良く暮らしてる!)
2007.12.29
コメント(2)

2頭いたうちの1頭が連れていかれる。仲間が殺されるのを見ないためにという計らいのもと。2頭が一緒に過ごしたのは、たった1週間。それでも、離れ離れになる時に、きっとお互いの運命に気付いているのだろう。壁を隔てて「ベェー ベェー」と鳴きあう。いや泣きあう。台所では、首を一瞬にして切れるようにと、モスクから帰ってきたばかりの一家の主であるお父さんが包丁を研ぐ。お父さんの優しさ。お父さんと21歳になる4男坊のナビルが羊を抑える。最初は抵抗していた羊も、自分の運命を受け入れたのか、それとも、抵抗しても無駄なことに気付き諦めたのか、はたまた、この神聖な日に神に奉げられるという名誉を悟ったのか。おとなしくその時を待つ。「神の名において・・・」 イスラムの言葉を唱え、包丁を首に入れる。ザック ザック という 首の皮・肉が切れる音がした10秒後、包丁が頚動脈に達し、シャーーーと勢いよく 赤い液体が噴出す。それだけでは死にきれない羊。直に力は弱くなりながらも、まだ足をバタバタさせている。完全に首を切り落としてからは、縦につるし、皮を剥いだり、内臓を取り出したり。お父さんがナビルに、「ここはこうやって・・・」と教え、ナビルが実践。横にいた長男ムスタファも、「ちがうよ。ここはこうやるといいんだよ!」とすかさず口出し。親から子へ受け継がれる大事な伝統。いつか、子どもが一家の主になったときに、同じようにできるように。昔は、長男と。その次は、次男と。そして今年は 4男と。4男ナビルもお父さんの言うことをよく聞きながら、目の前の羊と格闘している。その表情は、何とも誇らしげ。まるで、一人前の男として認められたかのように。何年か後、一家の主になった時に、自分で買った羊を捌く日のナビルが見てみたい。お祈りに行っていない男性と、女性が羊を捌くのはイスラムにおいて禁忌とされている。女性達、つまり、お母さんや娘、嫁は、内臓が開かれたころ良いタイミングで、内臓をいれるためのボールを持ってくる。彼女達にとって、羊を捌くことは何にも珍しいことでもなく、今さらその過程をじっとみるということもしない。ただ、業務的に、内臓を取りに来て、台所に運ぶ。そこから台所では女性の仕事。肝臓をオーブンで焼き、心臓を茹でる。それらを一口サイズに切り分け、脂肪の皮みたいなものを巻き、串にさす。後に炭火焼。 その他肺や小腸諸々の内臓を細かく切り、塩・クミン・ターメリック等の香辛料や香草と一緒にココットで煮込む。こちらも、母から娘へ。いつか、娘が母となった時に、同じようにできるように。そうしていつの間にか、羊の身包みが剥がされ、綺麗に洗浄。初日 は内臓二日目 は頭三日目 以降に肉を切って食べる羊に感謝して、余すことなくいただく。それが、生きる物の命をいただいた私達の義務。頚動脈から血が噴き出している瞬間。そして、お腹を切り内臓を取り出している時に、外の気温よりも内臓の方が温かいので湯気が出ていた。何よりも、今、たった今まで、それが生きていた、息をして、全身に血が流れていた 何よりの証。当たり前のことながら、本当に月並みな言葉しかでてこない自分の語彙力を情けなく思うが、生きるために、他の生き物の命をいただいている。決して粗末にしてはいけない、生き物の命 と、それをいただいている自分の命。生きる物の命をもらって、生かされている事実。こんな分かりきったことなのに、やっぱり日常こんなことを考える機会・時間はあまりなくて、忘れてしまう。だからこうやって、年に1度でも、こんなふうに考えられる貴重な時間があることは、すごいことだと思う。この国には、人殺し なんて 滅多に滅多におこらない。ましてや、子どもが親を殺すなんて そんな奇怪なこと ありえないに近い。それはもちろん イスラムの教えにあるから。そして、こうやって、命のありがたみ、生きることの大切さ を、生活の中で、小さい頃から実際に見て、知らず知らずのうちに学んでいて、生かされている尊さを知っているからってのも大きいんじゃないかと思う。何不自由ない恵まれた世界にいる子ども達。けれども、プラスチックの中の肉しか見たことのない子ども達。いや、大人だってたくさんの人がそうなんじゃないかな。この大切な生きる授業。体験できる時があればいいなと思う。目の前で生き物が殺されるって、残酷 で、ついつい目を伏せたくなる。けれども、殺される生き物を命を尊ぶために、目を閉じず、その目でみて、しっかりいろんなことを感じてほしい。というわけで、2007年12月20日。初めて生き物がしめられるところを目にした。ところが、本来のライードは12月21日。これはいわゆる前祭(?)みたいなもの。なんかよく分からんが、「フデラ」と呼ばれるもので、ラマダン中も27日目にお祝いしたようなものだ!って言ってた。とりあえず、家によっては、羊を2頭買って、一日一頭ずつしめるんだって。この日は、いつもお世話になってる ノラの家にお邪魔。翌日のライード本番は所長の家にお邪魔。 2日続けて、羊の解体を見せてもらい、内臓の串炭火焼・煮込み料理をいただいて。そして、午後からはいつもの挨拶まわり。みんな、家に来なさい!って誘ってくれる。ありがたい。家を回るのは大変だし、すっごい疲れるけど、こういう機会でもないと、普段疎遠になってる家には行くことないから。いい機会ではあるんだよね。訪問して、お茶とお菓子をいただいて。必ず「肉食べてきなさい!」と。「いや、他の家に行かなきゃなりませんから。ありがとうございます。また今度!」と後にする。ちょうど、時期的にも、日本にいた時の、年末の挨拶周りを思い出す。あぁ。会社員からは足を洗ったはずなのになぁ。。。何はともあれ、大事なことを学び、頭も心もお腹もいっぱいな日が終了。 (↑ライード前日のスーク。前日までも羊を買う人で賑わっている。ドナドナのメロディーが頭を流れる。)
2007.12.23
コメント(4)

ある夜、イブラーヒームは息子イスマーイールをアッラーに供犠する夢を見る。それをアッラーからの命令と解釈した彼は、息子にそれを伝える。イスマーイールは「父さん、どうか神様のご命令のとおりになさってください。アッラーの御心なら、ぼくはきっとしっかりしてみせます」と答える。とうとう目的地に着いた二人は、イブラーヒームが息子をまさに屠ろうとしたとき、親子の揺るぎない信仰心を確認したアッラーは、天使を遣わせて供犠を中止させる。そして仔羊を彼らに贈り、イスマーイールの代わりに屠るように命じる。(http://structure.cande.iwate-u.ac.jp/religion/islamx.htmより抜粋)今、ハンマムに行ってきたので、全身サッパリ、ポッカポカ。そして、ポカポカ ホルノの隣で、ホットワイン(←最近ハマってます)と焼き芋を堪能!!そう、前にも書いたけど、や・き・い・もうまい うまい !!!まだ極寒ではないから、ホルノつけなくても全然過ごせるんだけど、焼き芋が食べたいばかりに、毎日ホルノつけてます(笑)しかしながら、こちらのサツマイモ。割って ビックリ!!!オレンジ色です!!肝心の味は・・・といいますと、限りなくかぼちゃに近い。。。甘みは、そりゃー日本のサツマイモに比べればかなり劣るけど、かぼちゃよりかぼちゃらしい(笑)こちらのかぼちゃは甘くないので。まぁ、いいや。ちなみに、今日のハンマム。さすがに混んでました。やっぱり、ライード ケビール(羊の犠牲祭)前だからね。とうとう、やってきますよ、イスラム教 最大の祭り ライード ケビール(羊の犠牲祭)今年は、今週の金曜日(21日)ということです。この日の朝。数え切れないほどの羊が神に奉げられます。以前、信仰の強い人がどうして、羊を奉げるかって説明してくれました。この話を聞いた時に、真っ先に思ったこと・・・「あれ?これ、聞いたことあるよ!」そう、中学生の時に「聖書」を勉強した時に、旧約聖書に同じ話が載っていました。旧約聖書の中では、息子の名前は「イサク」でしたが・・・キリスト教もイスラム教も、もとはユダヤ教から分派した(?) 同じ根からの宗教だということを強く感じた瞬間でした。なにはともあれ、今は、どこへ行っても羊の話で持ちきり。スークでもたくさんの羊が、一週間後に待ち受ける自分の運命など知るよしもなく、買い主を今か今かと待ちわびて・・・「羊を買いましたか?」「いくらでしたか?」金曜日の朝、モスクに行ってお祈りをした後、まずはじめに王様が羊の首にナイフを入れ(テレビで観るらしい!)、その後、どの家庭でも同じように、羊の首にナイフを入れ・・・必ず、各家庭に1頭 ないし2頭。モロッコ国内だけでなく、イスラム圏全体でのことなので、この日、世界で、一体何頭の羊がしめられるのか・・・検討もつかないほどの数なんだろうね。 ちなみに、女性・そしてお祈りに行ってない者が羊の首にナイフを入れることは禁止とのこと。シメた後は、皮を剥ぎ、肉を解体。部位ごとに冷凍保存。まず、はじめに、内臓から食べるとのこと。羊の肉。匂い・クセがとても強く、苦手な人も少なくない。これからしばらくはタジンもクスクスも羊肉を食べることになるんだって。まぁ何事も経験ですわね! ↑ノラ家の羊さん ↑ノラの向かいの家のノラん家の羊さん ↑所長家の羊さん ↑羊さんと会話する所長の娘オーマイマ
2007.12.17
コメント(2)
先日、カサブランカを訪れた際に、4枚のDVDを購入しました!何のかというという、4枚とも全て、ジ・ブ・リちなみに、1枚目・・・となりのトトロ2枚目・・・魔女の宅急便3枚目・・・千と千尋の神隠し4枚目・・・蛍の墓(←これって、宮崎駿じゃないけど、製作はジブリらしい(?))とまぁ、こんな感じで。大好きなジブリのDVDを見つけて大興奮。即買いでした!!!ステキなやわらかいタッチの絵と、どの作品も楽しくて、ちょっぴり切なくて、なんだか懐かしい感じがして、ハラハラして、ミステリアスで・・・時々、日本の物を見て、日本に浸りたくなるんだよね。だから、購入した理由は私がみたかってのが大きいんだけど、前回うまくいかなかった「日本の映画鑑賞会」を、リベンジしたかったからってのもあって。子どもが分かりやすいのを選んでみました。4枚目の「蛍の墓」だけは、機会があったら・・・と思っているんだけど、今はまだ子ども達に見せるかどうか いや 見せていいのか 考え中。。。中国と日本の区別はなかなかつかないのに、びっくりするくらい、みんな「HIROSHIMA」と「NAGASAKI」のことを知っています!日本がアメリカと戦争をして敗戦したことも、広島と長崎に原子爆弾が落とされたことも、そして、終戦後に日本は驚異的なスピードで発展したことも。現に、昨年の8月に、一緒にモハイヤムで働いていた指導員が、広島原爆投下の日にお悔やみのメールをくれました。日本人として、戦争の事実 こんな悲惨な事実があったこと。そして、私達は二度と同じことを繰り返してはいけないんだ!と伝えることは、とても重要な使命に感じます。けれども、このDVDをみた時に、子ども達がどう感じるか。。。日本の子ども達は、機会があるごとに戦争のことを学んでいるし、こういった映像も何回かみてるでしょ。けど、ここの子ども達にとってこういうのをみるのは、きっとはじめてなんだろうと思うんだよね。うまく、私が伝えたいメッセージが伝わればいいんだけど・・・うまく伝わらなくて、ただただ、被災した人の姿を「こわい」とか、ショックに感じたり、なんと言っても、一番避けたいのは、「アメリカが悪者だ!」ととられてしまうこと。今、一緒にここでアメリカ人のボランティアも一緒に働いていて。彼女の立場を崩してしまうことは、最も避けたいことで。伝え方、もっていきかたによるんだろうけど、うまくいかなかった時のリスクがあまりにも大きすぎて・・・そう考えるとちょっと怖いんなぁ。まぁ、どっちにしても、映画をただみせるだけじゃなくて、見せる前にも、見せた後も、何かしらのクッションが必要だろうし。まぁ、これはやるとしても来年の夏。まだまだ時間があるから、ゆっくり考えよう! そして、何より観たかった「魔女の宅急便」何でかって、時折、自分とキキをてらし合わせてるんだよね。友達にこれを言うと「馬鹿じゃないのぉ!!」って笑われるけど(泣)知らない遠くの街に1人で修行に出て、途中もうすぐ修行が終る先輩魔女に会って、彼女の堂々とした立派な姿に圧倒され、私もああなれるかなと不安になりながら、新しい街で、生活を始め、新しい人々にすこしずつ受け入れられ、新しい仲間ができ、時に落ち込みながらも、日々古今奮闘しながら成長していく・・・あら、あたしじゃないって(笑)!ってわけで、こっちに帰ってきて、早速パソコンにDVDを投入。あの懐かしい、オープニングテーマがはじまるのを今か今かと。キキが芝生に寝転んで、ラジオの天気予報を聞いてるシーンを。で、はじめのシーン。昭和30年くらいの日本伝統的家屋の 横に、下駄をはいて腹巻をしたおじさんがいて・・・何やらフランス語を喋ってる。。。「ん?」「ん?」「ん?」「なぜ日本?なぜ下駄をはいたおやじ?腹巻までして・・・なぜキキじゃない?なぜそよ吹く風が気持ちよさそうな芝生がでてこない・・・」まったく理解できない状況に、頭が真っ白になって、しばらく放心していると、画面に出てきたのは・・・「じゃりんこチエ」え?え?え?これ「魔女の宅急便」じゃないの?外見は確かに、「魔女の宅急便」中身はなぜだか、「じゃりんこチエ」とんでもない、わけの分からないことに、放心しつつ、頭を冷やし、考えてみる・・・私なりの解釈仏語のタイトルに直すと・・・魔女の宅急便 →kiki la petite sorciereじゃりんこちえ→kie la petite peste確かに、タイトルが似てるといえば似てるぅぅぅぅぅだからってねぇ、魔女の宅急便を観ようと思って、じゃりんこチエが出てきたらビックリよねぇ。そして、吹き替えだから、じゃりんこチエさん仏語がペラペラでした。いいなぁ。でも、絵は日本の伝統的な感じなのに、みんなが仏語喋ってるのってなんか変な感じです!ってわけで、さすがモロッコ!!!こんなありえないこともありえる、サプライズな毎日(笑)どうしてこういうことになるのか分からないけど、まぁ呆れすぎて怒るにも怒れず、笑いがでてしまいます!現にカサブランカまで遠くてもってけないからね。まぁしょうがない。暇があったらじゃりん子チエでも楽しみましょうか(笑)
2007.12.16
コメント(4)

なんて、なんて、なんて、なーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんて、ステキな子ども達なんでしょう!!!夕方、テニス教室を終えて、呼ばれるままに部屋に入ると・・・真っ暗な部屋で、可愛い子ども達が、可愛い歌を歌っていて、真ん中には、可愛いケーキに26のろうそくがささっていて、可愛いプレゼントが置いてあって、そう、サプライズパーティーはっっっと我に返り、私のバースデーパーティーだっっっ!!! って。ステキなステキな可愛い可愛い子ども達が、「Bon anniversaire!!!(お誕生日おめでとう!!!)」って言ってくれるだけで、それで充分。胸いっぱい。なのに、なのに、私の知らないうちに、こんなステキなパーティーを企画して、みんなを呼んで、ケーキやジュース、プレゼントの数々を用意してくれて。なんて私は幸せ者なのでしょうか!!!なんと、サプライズパーティーだから、朝から、「私に、誕生日おめでとー!とか誕生日の話題は口にしちゃだめだよ!みんな知らないフリをするんだよ!」って言ってあったんだって。(↑ケーキカット)そういえば、朝、誰にも「お誕生日今日でしょ!」とか「おめでとー」とか言われなかったわ。今日が誕生日ってのを忘れちゃうくらい(笑)でもたくさんの方からメッセージやお電話をいただいて・・・みなさん本当にありがとうございました!!!モロッコで迎える初めての誕生日26歳のはじめ本当に忘れられないステキな日となりました☆バイバイ25歳はじめまして、よろしく26歳あっという間に過ぎ去った25歳25歳のはじめって。そう、昨年の誕生日も忘れられないとてもステキな日でした。一年前のちょうど今日。70日間の訓練を無事に終え、これから飛び出す未知の世界に、これから踏み出す第一歩に、期待に胸を膨らませ、訓練修了書とモロッコ行きのチケットを握り締め、二本松訓練所を巣立った日。そこから大きく踏み出した一歩。最初は手探りで歩きはじめて。時々、後退してみたり、足踏みしてみたりしながら、それでも、 一歩一歩、ゆっくりではあるけれども、ここまで歩いてこれました。あの時に、今のこの姿を想像できたでしょうか?思い描いていた世界よりも、期待していた世界よりも、現実は、もっともっともーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと、ステキなステキな世界でした。たくさんの笑顔に囲まれ、ステキな日々を過ごさせてもらってます!ここにきて、いつも思うこと。いつもみんなにもらってばかり。たくさんの笑顔、たくさんの親切、たくさんの思い出、たくさんの幸せ...私がみんなに何かを提供する立場なのに、そのために、派遣されてるのに、結局、私がいつももらうばかり。みんなにたくさんのものをもらった25歳。26歳は、私がみんなにいろんなことをあげられるそんな1年にしたいな。
2007.12.13
コメント(6)

12月1日「世界エイズデー」に鑑み、エイズ教育のイベントをして、その前日には小さい子ども対象に歯科教育をして、で、先週1週間は「モロッコ協力隊派遣40周年」のイベントに出席するため、ラバトに上京そのまま、初カサブランカ観光をちょっとして、今週頭にミデルトに戻ってきました。今、エイズ教育のイベントのレポート等全て終え、ようやく平穏な日々がはじまりました!!!というわけで、しばらく更新してませんでしたが、元気ですよ♪♪♪いろいろ書きたいことはいっぱいあるんだけど、もうキリがないので、最近のことを・・・そういえば、噂に聞いていた「ミデルトの極寒」残念ながら(?)まだ体験しておりません。。。夜は寒すぎて、頭が痛くなって、眠れないくらい・・・ときいておりましたが、まだ、毛布2枚で充分寝られます!布団はまだ出してないんですよ!!11月、12月はかなり寒いってきいてたから、あんなに急いで薪買ったのに・・・というわけで、大騒ぎしてた「ホルノ」(薪ストーブ)ようやく買いましたよ!冬になるに連れて、どんどん値段は上がっていってたので、早く買うべきだったぁ・・・と後悔しつつ、毎日探し歩いて。。。結局日本語教室の善良な生徒さんが(生徒さんといっても私より年上の青年ね)安くていいホルノがあるよ!って教えてくれ、連れて行ってもらい、たしかに、良い感じだったので、即決!その場で、その生徒さんが家まで運んでくれて、取り付けてくれました!!!よかった、よかった。ところが・・・・・・・・・・・・・・・翌日、それを見に来たアブド(青年の家の管理人兼同僚兼お兄ちゃんみたいなお父さんみたいな、まぁ、とにかくいつも所長と並んでお世話になっている人)が、今までにないビックリするくらいのマシンガントークのダメだし。。。そう、買う前はいつもアブドとホルノを探しに見に行ってて、あれはいいとか、これはだめだとか教えてもらってたんだけど、まぁ、要するに、あんなに自分と探しに行ってたのに、結局、自分の知らない間に、私が日本語教室の生徒さんと買ったのが、気に入らなかったみたい(笑)私のお世話役として全部を把握したいみたいなんだよね。で、彼のすごいところ。結局私のホルノを返品して、新しいのを買いに行くことに。。。まぁ、ホルノはもともと使ってみて、気に入らなかったら返品していいよ!ってお店のおじさんがもとから言ってくれてて、お金もまだ払ってなかったから、返品は難なくすんだんだけど・・・あーあーふりだしへもどる。彼はたまにこういうことがあるんだよね。自分の知っているもの、自分の買うものがいつも一番だと思っているから、何かしたい時、何か買いたい時は「必ず僕に言うんだよ!」って。で、彼の言うとおりに行動したり、買ったりすると、「ホラ、やっぱり僕の言うことが1番だろ!!!」って、繰り返し、繰り返し。まぁ、確かに、得することが多いし、いつもいろいろ教えてくれるから、本当にありがたいんだけど、善意だしね。でも、たまに、彼の思い込みが激しすぎて、大変な時も。。。まぁ、世話になってるのは確かだから、こんなこと言ったらあたし罰当たるね(笑)私は次の日、ラバトに上がるから、レポート書いたり、ハンマム行ったり、準備したいなぁって思ってたんだけど、まぁ、私のために、動いてくれてるんだしね、ありがたく、アブドと 午後の散歩 じゃなくて ホルノ探し。→散歩の途中の景色何とか、いい感じのホルノが見つかって。「この子はボランティアだからお金がないんだ。負けてやってくれぇ」って、ジョニーデップもびっくりなほどのアブドの名演技による交渉により、前回よりも-30DH(450円くらい?)で購入できました!翌日からラバトに上がっていたので、本日、ホルノ 本当の初日(?)を迎えました。→装着して、薪の組み方、火のつけ方等を教えてくれました。アブド(右)とムスタファ(モハイヤムで一緒に働いた指導員、私の仲良しのノラのお兄ちゃん)めでたしめでたし☆あったかぁぁぁいよぉぉぉ快適だぁぁぁホルノの上にやかんを置いておくと、すぐにお湯が沸いて温かい飲み物が飲めるし、お湯は湯たんぽや洗濯にも使えるし、1度で3度美味しいホルノです!!!それからそれから私が今目論んでることは・・・や・き・い・もふふふ ずっと考えてたんだよね、これ。今日スークでサツマイモを買ってきたので、濡らした新聞紙とアルミに包んで、今ホルノの中に投入してあります!!!ただ、サツマイモはスークにも時々しかなくて、高いわりに、日本のようには美味しくないらしいんだよね。まぁいいや。やきいも やきいも おなかがグー。平和だなぁ!
2007.12.11
コメント(0)
全7件 (7件中 1-7件目)
1