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2004年10月17日
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カテゴリ: 沖縄関係
 沖縄に蒸留酒が到来し、本島で造られるようになったのは、1534年頃、南蛮がめと共に「シャム国」からだと言われている。

 沖縄本島の泡盛の味はシャム国の「ラオロン酒」と同じとの説からである。

 八重山で蒸留酒の製造時期は不明だが、相当古くから、行事や祭に必要で、泡盛が造られていて様だ。

 酒も自給自足で、各家庭もしくは、村や島単位の組織的に造られ、自由に製造していた。

 明治30年以降、沖縄本島より寄留商人の店が出き、沖縄酒が安易に手に入れることが出来、明治41年に「酒造税施行」により、沖縄から移住者の「酒造専門家の専業」となった為、従来の民家での酒造りは全く途絶えてしまった。

 八重山の酒造りでは、米を原料としていたのは、(与那国・西表)のみで、新城(あらぐすく)・黒島は、粟(あわ)を主原料としていた。

 大正の頃から、外来の砕米を原料とするようになった。
 中国・ラオス・タイ・ミャンマー・フィリピン等の東南アジアの米(長粒米)が、原材料となった。

 今では、日本米や島生産米の泡盛が主流で、20年くらい前から、品質の向上が見られる。


 トーラ(炊事場)の前に、カヤブキの小屋(二間半四方)のサキタリヤー(酒造り小屋)があって、大きなカマド・大釜・サキタリコシキ(酒造り用のコシキ)・もろみ用の大がめが置いてあり、
 酒を造る日になると、主婦は黒い鉢巻をして、ムイチャー(作業着)の軽装で、大きなもろみガメから、ミューダリ(ひょうたん製のヒシャク)で汲み出しては、大釜に入れ、水を足し、サキタリコシキは鉛製の円錐形で底にナベを伏せたような形状で、大釜にフタをする要領で固定。
 コシキの底の中央には長い管が取り付けてあり、そこから蒸留酒が出てくる。

 花酒は、(米5升のもろみから、一番蒸留した物)で、1升くらい出てきた物。
 2升目は、泡盛(アームリ)
 うまく酒造り日の訪問客に振舞われる酒は、この2升目の酒で、口の小さな酒入れ器(カラカラ)をやや高めから、杯に注ぐと、泡が盛り上がる様に注がれる。これを泡盛の由来。
 3升目は、煮炊き料理酒
 4升目はギーザキ(下酒)として、(パイリ)酢の原料になる。

今では、こんな造り方より、合理的に大量に生産する工場状態で、造られている。
与那国 花酒 60度 600ml





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最終更新日  2004年10月17日 10時22分59秒
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