るんたるんた 民族楽器専門店

るんたるんた 民族楽器専門店

PR

×

プロフィール

るんたrunta

るんたrunta

コメント新着

コロリ@ Re:浜下り(はまうい)由来の民話(04/06) 調べてみたら、浜下りと同じ習慣が江戸に…
背番号のないエースG @ Re:沖縄民謡  「石垣市役所新庁舎」に、上記の内容につ…
坂東太郎9422 @ Re:琉球舞踊  「管理栄養士・比嘉早苗」に、上記の内容…
イナミノニマニ @ 粟ぬ盛   はじめまして 「粟の酒」で検索して辿っ…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2004年12月19日
XML
カテゴリ: 沖縄関係
 小浜島は石垣島と西表島の間に位置し「周囲16.57km」島の中央部に北部落・南部落からなる集落があり、後方に「大嵩(うふだき)高さ99.4m」がある。頂上から前方を見下ろすと、田園等そして白浜が見える。

 海の向こう側には、黒島(くるしま)・新城島(あらぐすく)等が見え天気の良い日は、日本最南端「波照間島(はてるましま)」が見える事がある。

 島の西端には半農半漁の「東細崎(あがりくばさき)・西細崎(いりくばさき)」の集落からなっている。

 「1751年」小浜島を管理する役人に拝命された、武芸の達人「宮良永祝」は、島の「新里加武多氏」が謡っていた小浜節を琉歌体に改作して(工工四)に発表。

 永祝と新里は「東細崎(あがりくばさき)」の(ナフマ作)で新里の唄を聞きながら、改作したと言われている。

 永祝は「ニックネーム」を付けられる程の武芸の達人で、石垣では「唐メーラ主(唐人から武芸を習得した者)」、与那国では「クズラーメーラ主(小柄な者)」と呼ばれ、与那国では数々のエピソードを残し、武勇伝の伝承は今にも伝えられている。

   「小浜(クモー)節」(本調子・二揚)「1751年作」

1、小浜(クモマ) てぃる島(スィマ)や
  果報(カフ)ぬ島(スィマ) やりば「シタリヌ」

  白浜(シルパマ)前(マイ)なしヤゥ ンナ
 〔小浜と言う島は、果報な島であるから、うふだきを腰当にして、白浜を前にして良い島だ〕

2、大嵩(ウフダギ)に 登(ヌブ)てぃ 
  押(ウ)し 下(クダ)し 見(ミ)りば 「シタリヌ」
  稲粟(イニアワ) ぬなをり 
  弥勒世果報(ミルクユガフ)ヤゥ ンナ
 〔うふだきに登って、四方を展望すれば、五穀が豊に稔って、弥勒世の豊年万作だ〕

3、稲粟(イニアワ)ぬ 色(イル)や 
  二十歳頃(ハタツィグル)美童(ミヤラビ)「シタリヌ」
  粒々(ツィヅィ)美(ジュ)らさあてぃどぅ
  御初(ウハツィ) 上(ア)ぎるヤゥ ンナ


4、潮(スー)ぬ 満干(ミチヒリ)や
  月(ツィクィ)からどぅ やゆる 「シタリヌ」
  島(スィマ)ぬ 有掛無掛(ウキムキ)や
  村(ハラ)ぬ 主(シュ)からヤゥ ンナ
 〔潮の干満は、月の引力によって起きているが、島の吉凶盛衰は、村の役人の如何による〕


  浦々(ウラウラ)どぅ 寄(ユ)ゆる 「シタリヌ」
  くま かぬさ あてぃどぅ 
  くまに 寄(ユ)ゆるヤゥ ンナ
 〔海草などは、島の浦々の入江に自然に流れ寄る、そこが恋しいから、そこに集まり寄ってくる〕

6、夜(ユル)走(ハ)らす 舟(フニ)や 
  子方星(ニヌファブスィ) 見当(ミア)てぃ 「シタリヌ」
  我(バ)ん 産(ナ)しゃる 親(ウヤ)や
  我(バ)んどぅ 見当(ミア)てぃヤゥ ンナ
 〔夜、走らす舟は、北極星を目印にして安全な航海をしている、私を産んでいる親は、私を頼りにして生きがいを感じている〕


 6番の歌詞は、「でんさ節」(1768年作)の引用追加か?
「でんさ節」は、「仲筋ぬぬべーま節」(1734年作)の舞踊曲(ちらし)として、又「上原(ウイバル)ぬ島節」(1821年作)の(ちらし)としても使われています。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2004年12月19日 09時22分24秒
コメントを書く
[沖縄関係] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: