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2005年10月25日
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カテゴリ: 四方山話
昨日のお話の続き

1951年4月、チベット政府は大臣(カロン)のアポ・アワン・ジクメーを団長とする、5人の代表団を北京に派遣した。
代表団に与えられた権限は、チベットの意見を述べ、中国の見解を聞き出すことだった。
ところが白書は、代表団が「全権」を与えられていたと書く。
しかし実際のところ、代表団は条約を結ぶだけの権限はもっておらず、重要事項はすべて政府の指示を仰ぐようにと指示されていた。
4月29日、交渉は、中国代表団の団長が協定草案を提示することから始まった。
チベット代表団が草案を拒否すると、次に修正草案が提出された。
しかしそれとて受け入れがたいことに変わりはなかった。
この段階で、中国側の代表であった李維漢(りいかん)と張経武は、これがぎりぎりの条件であり最後通牒だと明言した。

それ以上の議論は許されず、中国の言い分とは裏腹に、チベット代表団はチベット政府の指示を得ようにも、連絡を取ることすらできなかった。
自分たちの責任で「協定」に署名するか、あるいはラサへの即時侵攻を受け入れるか、代表団は苦しい選択を迫られた。
1951年5月23日、チベット政府に知らせるすべのないまま、また中国の重圧の下、チベット代表団は「中央人民政府とチベット地方政府のチベット平和解放に関する協定」に署名した。
代表団は、署名はあくまで個人の責任で行うものであり、ダライ・ラマやチベット政府を拘束する効力がないことを中国政府に確認した。
しかしそんなことはおかまいなしに、中国政府は調印式を行い、「チベットの平和解放」のために「協定」が締結されたと世界に向けて報道した。
また中国政府は協定を本物に見せるため、チベットの印璽(いんじ)を偽造して捺(お)すことまでした。
(チベット亡命政府 情報・国際関係省著「チベット入門」より抜粋)



一国を消し去る方法。
報道の力を利用した最も卑劣な行為。





一服の清涼剤です。
バイマーヤンジン/チベットのこころ バイマーヤンジン/チベットのこころ
こんにちはバイマーヤンジンです。 こんにちはバイマーヤンジンです。






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最終更新日  2005年10月25日 07時30分33秒
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