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2006年04月16日
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カテゴリ: 沖縄関係
「建造から沈没まで」

1909年3月31日
ハーランド&ウルフ社の第401造船所にキール(竜骨)が設置され、タイタニック号の建造が始まる。
1911年5月31日
10万人余りが見守る中、タイタニック号は無事進水。

9月20日
ハーランド&ウルフ社製造のオリンピック号船長エドワード・J・スミス(後にタイタニック号の船長となる)が英国海軍の巡洋艦<ホーク>と衝突、船体にかなりの損傷を受ける。
オリンピック号の修理に人手と資材を取られ、タイタニック号の処女航海が延期される。
1912年1月

3月25日
救命ボートの使用テストが行われる。
4月1日
海上試験運転は、強風のために延期。
4月2日am6:00
海上試験運転開始。
1日で試験航海を終え、アイルランド・ベルファストから処女航海の出発地点であるサウサンプトンへ向かう。
4月3日
真夜中過ぎサウサンプトンに到着。
4月6日
大多数の乗組員が召集される。大型荷物の到着開始。貨物合計559トン、11542個の荷物が積み込まれる。同様に燃料石炭5892トンも積み込まれる。

生鮮食品が積み込まれる。
4月10日出港日
pm一二:00
タイタニック号離岸。タグボートに曳航されて埠頭を離れる。
その時、


「4月14日」
〔am9:00〕カロニア号より電文。
『北緯42度、西経49~51度に氷山および氷原アリ』
〔am11:40〕オランダ船ノールダム号が、カロニア号の警告地点を通過。
ノールダム号より電文『氷山多し』と報告を受ける。
〔pm1:42〕バルチック号より電文。
『氷山警告。北緯41度54分、西経49度52分、タイタニック号の前方約250海里(約463キロメートル)の地点において「氷山および大きな氷原あり」。』
この電文はスミス船長に伝えられる。
スミス船長は、この電文をブルース・イスメイに渡す。
が、ブルース・イスメイはその電文をポケットの中につっこみ対処せず。
〔pm1:45〕ドイツ船アメリカ号から電文。
『北緯41度27分、西経50度8分に「氷山あり」』の警告を受ける。
この電文はブリッジ(操舵室)まで届かず。
〔pm5:30〕気温16度下がり、摂氏0.6度になる。
〔pm5:50〕スミス船長指示、タイタニック号針路を正常よりやや南寄りに変更。
〔pm6:00〕ライトラー2等航海士は、ブリッジのワイルド航海士と交代する。
〔pm7:30〕ハロルド・ブライド通信士は、
『大氷山を警告する』カリフォルニアン号からの無電を3回傍受(北緯42度3分、西経49度9分)、ブリッジに報告。しかし、船長は一等客室の富豪との夕食会に出席中。
その時すでに、氷山はタイタニック号から僅か50海里先にあった。
〔pm8:55〕スミス船長、夕食会を辞して急遽ブリッジへ移動。
〔pm9:20〕船長「何か変わったことがあったら起こすように」と言葉を残し、就寝のため船長室に引き上げる。
〔pm9:30〕ライトラー2等航海士は、監視台にいる見張り番に『翌朝まで氷山に充分注意するよう』伝言を送る。
〔pm9:40〕メサバ号より電文。『氷山警告』を受ける。
しかし無線士達は乗客の通信処理(電報)に忙殺され、このメッセージを見過ごす。
この日受け取った7件の氷山警告全てが、『タイタニック号の直進前方78海里地点に巨大氷原』を伝えていた。
〔pm10:00〕ライトラー2等航海士は、マードック1等航海士と交代。監視台の見張り番も交代。
〔pm10:30〕海水温-0.6度。
〔pm10:55〕タイタニック号の北約10~19海里の地点に、カリフォルニアン号が氷原の中で立ち往生し、周辺一帯を航行する船舶に対して警告を送っている。カリフォルニアン号の無線士が、タイタニック号を呼び出すが、『邪魔するな!黙れ!こちらの通信妨害になっている。只今レース岬と交信中』と言う返事が返ってくる。カリフォルニアン号の唯一の無線士は、しばらくタイタニック号の無線交信を聞いた後、いつもどおり午後11時30分に装置のスイッチを切り就寝する。
〔pm11:30〕見張り番フリートとリーは、タイタニック号の前方に薄いモヤが現れた事を確認。
〔pm11:40〕タイタニック号は、22ノットで航行中。
突然、見張り番は前方450メートルほどのところに海面からの高さ17~18メートルの氷山を発見。
警報ベルを3回鳴らした。ブリッジを呼び出し報告。
『まっすぐ前方に氷山を発見』報告を受けたブリッジのムーディ6等航海士は、直ちにマードック1等航海士に知らせる。マードックは、反射的に操舵手に向かって『面舵いっぱい』と叫び、
機関室に『エンジン停止』を命じる。次いでレバーを引き喫水線より下にある水密区画の防水扉を閉める。操舵手は、舵輪をギリギリいっぱいまで回す。タイタニック号は、左舷に旋回しはじめるが、氷山は右舷にぶつかり、船腹を接触しながら暗闇に去って往く。船体前部にいた乗組員は、接触時の衝撃を感じていたが、多くの乗客はその衝撃に気づかなかった。氷山発見から衝突までの所要時間「37秒」だった。
〔pm11:50〕衝突から10分の間に、キール(竜骨)より4.2メートルまで浸水。(船底浸水)

「4月15日」〔最も長く悲惨な一日が始まる〕
〔am0:00〕スミス船長は、トーマス・アンドリュースと共に被害状況点検の為船内を一巡。
船長に被害の程度を聞かれたタイタニック号設計士のアンドリュースは、沈没までに1時間ないし1時間半と割り出す。タイタニック号の舳先がゆっくりと沈み始める。スミス船長は、無線でCQD遭難呼び出しを発信するよう指示。ボイラー室は機能停止。轟音をたてて煙突から蒸気の煙が噴出する。
〔am0:05〕キール(竜骨)の上9.8メートルの高さにあるスカッシュ・コートが浸水。救命ボートのカバーをはずし、乗務員と乗客を集合させるようにとの指示が出される。
〔am0:10~1:50〕約10~19海里離れた海上のカリフォルニアン号の乗組員数人が、タイタニックの明かりを認めるが遭難と気づかず遠ざかってしまう。
『am0:15~2:17』
この時刻の間にタイタニック号から約500海里の地点にいた姉妹船オリンピック号を含む多数の船が遭難電文を傍受。マウント・テンプル号(49海里)フランクフルト号(153海里)バーマ号(70海里)バルチック号(243海里)ヴァージニア号(170海里)カルパチア号(58海里)などが救助に向かう。
〔am0:15〕船上バンドが軽快な曲を演奏しはじめる。
〔am0:20〕キール(竜骨)から15メートル上の船員室に浸水。
〔am0:25〕『女性と子供を救命ボートに乗せるよう』にと指示が出される。
〔am0:45〕最初の救命ボート右舷7号ボートが海上に下ろされる。定員数65人が、実際に乗ったのは28人だった。
〔am0:55〕左舷側の6号救命ボートは、モリー・ブラウンを含む僅か28人だけを乗せて海上に下ろされた。右舷では5号ボートが降ろされる。ロウ航海士の指示に従おうとしなかったイズメイ社長が激しく叱責される。
〔am1:00〕右舷の3号ボートが降ろされる。32人しか乗っておらず、うち11人は乗組員。
強引にボートに乗ろうとする人が増える。
〔am1:10〕右舷の1号ボートが降ろされる。乗っていたのはコズモ卿、ゴードン婦人と乗組員7人を含む僅か12人。左舷側では39人を乗せた8号ボートが降ろされる。ロテス伯爵夫人がボートの舵をとる。
〔am1:15〕船内浸水は、船首に表示された「タイタニック号」という文字まで達する。
船は、左舷に大きく傾き、甲板の傾斜も急角度になる。強引にボートに乗る人はますます増えてくる。
〔am1:20〕右舷から56人を乗せて9号ボートが船を離れる。船は、反対側右舷に傾き、船首が海中に没し始める。
〔am1:25〕左舷側の12号ボートが女性と子供40人を乗せて海上に降ろされる。
船員2名がボートの操舵の為乗り込む。
〔am1:30〕船上に残る乗客の間ではパニックが広がり始める。すでに定員のボートにも数人の乗客が甲板から飛び降り乗り込もうとする。ロウ航海士は、銃を空に向けて2発威嚇発砲して警告する。
〔am1:35〕左舷側の16号ボートが50人以上を乗せて船を離れる。右舷側では13号ボートが64人を乗せて海上に降ろされる。その大部分が二等と三等の女性と子供の乗客。続いて30秒後に70人乗せた右舷の15号ボートが誤って下ろされかかり、13号ボートと危うく衝突しそうになったが、着水した13号が間一髪で船から離脱して難を逃れる。
〔am1:40〕船首にあったボートは殆ど海に出てしまい、残った乗客は船尾へ移動を始める。右舷から最後のボートである折りたたみ式ボートC号(39人)が出発。それに乗ってイズメイ社長も船を去る。
〔am1:45〕救助に向かうカルパチア号が聞いたタイタニック号からの最後の通信
『・・・機関室、ボイラーまでいっぱい』左舷側では2号ボートが降ろされるが、定員40人のところ25人しか乗っていない。
〔am1:55〕ジョン・ジェイコブ・アスター大佐は、4号ボートへの乗船をライトラー航海士に拒否され、妻の乗ったボートが無事海上に出るのを見送る。ボートには40人の女性と子供のほか、数人の操舵乗組員が乗り込む。まだ定員数20人の余裕を残していた。
〔am2:00〕浸水は、プロムナード・デッキの下3メートルまで迫る。
〔am2:05〕沈没寸前のこの船には、まだ1500人が残っている。折りたたみ式ボートD号が出発。定員47人。乗務員達は腕を組み円陣を作り、女性と子供しか乗せないようにする。44人を乗せてボートは船を離れる。
〔am2:10〕スミス船長は、無線士ブライドとフィリップスを任務から解放。
〔am2:17〕スミス船長は、乗務員達に『皆、各自、自分の為に行動せよ』と告げ、ブリッジに戻り最後を待つ。船の建造者トーマス・アンドリュースは、一等喫煙室で空を見つめるように一人立っている姿を最後に目撃される。バイルズ神父は、ボート甲板の船尾の端に集まったニ等および三等船客100人の告白を聞き、罪の許しを与える。バンド演奏が止む。残る多くの乗客や乗員が氷点下の海の中に飛び込む。
〔am2:18〕多くの生存者は、船が2つに裂けた事を目撃。
〔しかし、ライトラー他、著名人の証言により、事故調査委員会はタイタニック号は折れずに真っ直ぐ沈んだという結論に達した。その後1985年にバラード博士が海底のタイタニック号を発見するまで、タイタニック号は折れなかったというのが定説になっていた。〕
船首半分まで沈没。
〔am2:20〕ちぎれた船尾船体が、垂直に立ったまま数分間過ぎた後沈没。「史上最大の海難事故」で1500余人の命が奪われる。
〔am3:30〕救命ボートからカルパチア号の救難信号弾が見える。
〔am4:10〕最初のボート、2号ボートがカルパチア号船上に収容される。
〔am8:30〕最後のボート、12号ボートがカルパチア号に収容される。ライトラーが同号に乗船した最後の生存者となる。
〔am8:50〕カルパチア号ニューヨークに向け現場を離れる。同号が運んだ生存者は706人。タイタニック号の犠牲者は1517人と推定される。





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最終更新日  2006年04月16日 08時30分00秒
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