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2006年05月24日
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カテゴリ: 沖縄関係
沖縄の民話「熊役人」

昔々、
琉球仕役人が国王命令で大陸へ行く途中、暴風に遭い船が難破してしまいました。
役人は、船の板切れにしがみつき、辛うじて小島に辿り着く事ができました。
この島は、地図にも載っていません。
同じ難破した船員も他の役人もいません。
皆、海の底のようです。

役人は、浜辺で死を待つ、そんな状態でした。
島には人間はいません。

この島に人間が来る事は珍しく、群れから離れたメス熊が役人に近づいてきました。
役人は、
「この島に、鮫にも遭わず何とかたどり着いたが、熊に食べられるのか」
と、観念しています。
しかし、メス熊は、甲斐甲斐しく介抱しようとします。
水をココナツ殻に入れて持ってきたり、木の実を持ってきて食べさせてくれました。
役人は、少しづつ回復していきました。
でも、難破した残骸も無く、その島から出る事ができません。
風が強く、雨も降り、寒さで凍えそうにしていると、メス熊は、
群れ熊の死に場所に行き、熊の皮を持ってきて、役人に掛けてくれました。
そのうちに、

男の子の名前は「くまー」といいます。
くまーは、顔も手足も人間と同じでしたが、一つだけ違う事がありました。
それは、全身に長い毛は生えていました。
丁度、獅子舞の様な毛です。

くま-が生まれて、3~4年が経った頃でしょうか、

役人は、高い崖に登り、大きく手を振りながら叫びました。
「おーい、助けてくれー」

その船は、琉球国の貿易船でした。
船乗りは、島の崖先で手を振る姿を確認しました。
船は、浜近くまで寄って着ました。
小さな息子を抱えながら泳ぎ、船に飛び乗りました。
母熊は、食料を取りに森に入ったきりでしたが、船乗りには言えませんでした。
島に残したまま、父と子は、その船で琉球に帰ってきました。

母熊は、何も知らず、食料を集めて浜辺へ戻って着て見ると、誰もいません。
高い崖へ駆け上り、悲しみのあまりアダン木の傍で、立ったまま身動きすらしませんでした。
そのまま死んでしまいました。

くまーは、琉球へ産まれて始めて上陸しました。
それから数年が経ち、くまーは学校へ行きます。
大変賢く、学問では誰よりも優れていました。
ただ、他人に自分の体を見せない様にする為、人前で水浴びすらしませんでした。
食事の時も、手の甲の長い毛を気にするあまり、素早く手掴みで食べる癖がありました。

くまーが10歳を過ぎた頃、父親に聞きました。
「私の母親は、誰ですか?」
父親は
「一番科(いちばんこう)〔琉球国の官史登用試験に最上位で合格する事〕になって、唐の国に留学出来るようになったら教えてやる」
と言いました。
くまーは、
「母親に会いたい」
その思い一つに、懸命に勉強しました。

数年が経ち、見事に一番科に合格です。
先生も、くまーが唐の国に留学するので大変喜びです。
「私が教え子が、唐に行くと言う事は名誉なことだ。今日は私がご馳走しよう」
と言いました。
くまーは、家に帰り、父親に相談しました。
「今日、先生の家でご馳走すると言われました。ですが、私は行きたくない」
と言いました。
父親は、わかっていました。
「お招きして、お祝いして下さるのだから、行くだけ行きなさい。食べなくてもいいから、行ってきなさい」
と言うので、先生の家へ行きました。
招待席に座ると目の前に、たくさん御馳走が出されました。
が、彼は食べようとしませんでした。
「どうして食べないのか。私の家の食事はまずいというのか」
と言い、友人達も
「先生の食事を食べないのは、無礼だよ。食べなさい」
と言うので、仕方なく手で食べ始めました。
これを見て、友人達は
「こいつは野蛮人だ。彼を唐に行かせたら琉球の恥になる。これでは二番科の者を行かそうではないか」と、言う始末です。
くまーは、泣きながら家に帰ってきました。
父親は
「そうか、今、お前にとって大切な事は、箸の使い方だな。始終練習をしなさい」
と言ってなだめました。
くまーは、寝る間も惜しみ、箸の使い方を練習しました。
手の甲の長い毛など構う事も無くなり、箸を上手く使う事ができるようになりました。
くまーは、もう一度先生の所に行き、
「箸を上手に使えるようになりました。毛深い事も気にならなくなりました。どうか唐に行かせて下さい」
と、頼みました。
「うむ、よかろう。唐に留学しても良い」
と許され、唐の国に留学しました。
数年の留学を終えて帰り、父親に尋ねました。
「お父さん、私の母親はどこにいますか。教えてください」
と言うと、
「お前の母親は、熊だよ」
「熊でも、熊でもいいから、一目会わせてください」
と言うので、父親は船を頼みました。
母熊のいる無人島に行きました。
この島から離れて長い年月が経つのにも関らず、母熊はアダンの木につかまったまま、立っていました。くまーは、駆け寄り
「お母さん」
とすがりつくと、母熊の毛皮は滑り落ち、骨はサラサラと崩れ、風に流れていきました。
「お母さん、私はこんなに立派になりましたよ」
と、泣きながら、毛皮を大切に持ち帰り、弔いました。
このくまーは、後に大変出世して、熊の様な体に優しい心根を持つ役人として、琉球国の偉い人になったということです。






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最終更新日  2006年05月24日 10時05分21秒
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