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新潟中越地震については、毎日韓国でもニュースが流れているとはいえ、今ひとつ現実味がないのが正直な所だ。神戸の地震の時も、被災地に救援物質はたくさん届くが、配給が行き届かなかったり、色々問題があったと記憶している。他の人の日記を拝見したら、同じような問題が今回も起こっているらしい。海外にいる自分に何が出来るだろう。そこで、さっき日記のリンクをたどって、「クリック募金」なるものを知った。1回クリックすると1円。本当だったら、ど~んと現金を寄付したい所だけど、親からも助けてもらってる今の生活ではとても出来ないのが現状だ。この1円も自分が払うのではない。こんなんで自己満足してはいけないなぁ~と思いつつ、でもこれでも役に立つなら、やらないよりはいいんじゃない?と思うのだ。救援物資ももちろん必要だけど、これから先、再建をするためにも現金は何より利用価値があるはずだ。この日記を読んだ方、リンク先に行って1回だけでもクリックしていかれませんか?義援金のサイト
Oct 29, 2004
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やっと楽天を通して再会したハワイ市場さん。私のお気に入りで見た彼女の日記のタイトル「楽天を辞めます」・・・。ずっとネット、特に楽天の方を覗けなかったので、一体何があったのか全然分からなかった。彼女のサイトに行き、事情を察した。人気のあるサイトなだけに、いろんな意見、見解がさまよってるけど、彼女の名誉の為に言いたい事がある。彼女は嘘を平気でつくような人ではない。いつも正々堂々としてて、自分に非があるときは潔く謝れるそんな人だ。困っている人、助けが必要な人がいたら、放っておけない人だ。それは、メールを通して、実際に会って、私が知っている事だ。この前、彼女との再会を書いた日、彼女の日記に私のサイトの住所を書いてくれたので、訪れた人は過去最高を記録した。私とこんな形で再会できて「本当に嬉しい」とメッセージをくれた。私も今まで楽天で書いてきて、ネットをやっててこんな嬉しい事はなかった。それから1週間しかたってないのに・・・こんな事になってしまうなんて。彼女の決心は仕方のないことだ。残念だけど、彼女が楽しく日記をかけなかったら、充実した毎日を送れなかったら意味のないことだから。今彼女はどうしてるんだろうか。メッセージを送ってもコメントを残しても心が晴れない。私に力をくれた彼女。今度は私が力をあげたいけど、どうしたらいいんだろう。どうか又いつもの生活に戻ってほしい。学校に通い、生き生きとしながら子育てしている彼女に戻ってほしい。そしていつか又彼女のエネルギーあふれる日記にめぐり合う事が出来るように心から祈ってます。****************************************************この日記を書いた日、アクセス数は550になりました。誰にもトラックバックしてないのに(ハワイ市場さんにしようと思ったらなぜかできない??)この数。もちろん私の日記の最高アクセス数です。これが彼女の影響力だと思います。
Oct 26, 2004
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私たちがアメリカにいる時、一番の食事の問題は「キムチ」だった。私はともかく、パパはやっぱりキムチがおいしくないとご飯がおいしくない。最初のうちは、どこどこのスーパーのキムチは結構おいしい、と言う感じで大きなビンに入っているキムチを買ってきていた。大体9ドルから12ドル。韓国のレストランの中でも、結構おいしい所はキムチもおいしく、外食をすればおいしいキムチにありつける、そういうこともあった。ところが、韓国人の特長にはこんなところがある。「売れ始めると味がおちる、またはサービスが悪くなる」まあまあおいしかったスーパーのキムチはだんだん「シンゴウォ(味がない)」になってきた。どうみても、材料をケチっているとしか思えなかった。おいしいと人気が出てきたレストランも少しするとサービスが悪くなったり、味がおちたり、キムチももちろんおいしくなくなったりした。おいしくないキムチを食べるくらいなら、いっそのこと食べない方がマシだ。なければないで、何とかなる。しばらくキムチなしのご飯生活が続いた。私はそれでも大丈夫だ。やっぱりそこは韓国人じゃないんだな。韓国人のキムチは日本人の漬物だ、なんていう人がいたけど、韓国人にとってのキムチってそんな生易しいものじゃない。韓国人じゃキムチなしでは生きられない。(たま~にキムチが嫌いと言う韓国人に遭遇するけど)そんなわけで、どうしてもキムチが食べたい時には、そのまずいキムチを買ってきて我慢して食べる、そんな生活が続いた。そして結婚して、やっとそんな問題を解決することが出来た。自分で作ればいいのだ!本当のキムチは、いろんなものが入る。だけど、それが不可能な時、本当に簡単な材料で簡単にキムチを作る事が出来るのだ。これから紹介するのはその簡単キムチを作り方。材料は全てアメリカにある韓国系スーパーで手に入るものだ。そしてレシピはウリ英子ハルモニによるもの(!?)材料白菜6~8個(スーパーの中で一番大きくて重いもの)、あら塩、にんにく5~6個(みじん切りにしてお玉に1杯くらいになる程度)、しょうが少々、グリーンオニオン5束くらい、コチュカル適量、ジョックック適量、白ゴマ(好みで)作り方白菜を適当な大きさに切っていく(レストランとかで出されるキムチの大きさくらいに)良く洗い水を切る。その後、あら塩を満遍なく振り掛ける。そのまま4~5時間くらいつけておく(2~3時間経ったら、ひっくり返す)。時間がたったら、白菜の状態を見る。しんなりフニャフニャになっている事を確認。もう一度洗う。今度はしっかり水切りをしないといけないので、洗ったあとザルにそのまま置き、水が完全に切れるのを待つ。にんにくはつぶしてからみじん切りに(フードプロセッサーでやっても良い)、しょうがも同じように、グリーンオニオンは3センチ幅くらいで切っておく。白菜の水が切れたら、用意しておいたにんにく、しょうがを入れ、味の素は少々、コチュカル、ジョックックは味を見ながら入れる。フィッシュソースは大体コップ半分くらいを目安に入れる。コチュカルは手で混ぜ、白菜にしみこませながら、追加していく。最後にグリーンオニオンと白ゴマを入れて又混ぜる。*混ぜる時は必ず手袋をしましょう!手がすご~く痛くなります。出来たものをビンやタッパーに入れて、約一日くらいそのまま室温で置いておく(室内温による)。発酵させるためなので、キムチの味を時々見て、発酵してきてる(ちょっと酸っぱい感じ?)ようだったら冷蔵庫に移す。ちなみにジョックックにはいろんな味の種類があって、家はエビかミョルチ(煮干)だった。しかしおかしなもので、私たちが同じ要領で作るのだが、ハルモニが家に来て作ってくれた時は味が全然違った。同じ材料、同じ方法で作るのに、全然おいしいのだ。そうハルモニに言ったら「そりゃ、私は何十年もこうやって作ってるんだよ。あんたたちが何回か作ったって同じ味が出来たら困るよ。」と言ってた。キムチはやっぱり奥が深い。
Oct 25, 2004
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韓国ドラマに関してはフリーページで別に書いてるんだけど、今はまってるドラマに関して・・・。ずっと人気の外だったKBSだけど、最近はすごい。話題だったMBCの「英雄時代」も「アイルランド」も最近では視聴率が稼げないらしい。KBSで今人気なのは「오!필승 봉순영(オ!ピルスン ボンスンヨン)」と「두번째 프로포즈(二番目のプロポーズ)」私個人的にはオ!ピルスンにはまっている。オ!ピルスンと言えば、サッカーの時の「オ~ピルスン(必勝)コリア」と言う歌を思い出すんだけど、ここで出てくるのはオピルスンと言う人の名前なのだ。そこからしてコメディーなんだけど、コメディーの中に感動もあって、シリアスな部分もあって、なかなか見逃せないドラマなのだ。もちろん、韓国ドラマお決まりの、金持ち対庶民と言う設定、出生の秘密はあるんだけど、これはこれを抜きに韓国ドラマはありえないと思うので、仕方ないだろう。ピルスン役のアンジェウックがはまり役だと思う。私が遊びで持っている韓国のブログにミュージックビデオをアップしたので、良かったら見に行ってみてくださいね~。本当はメインテーマ曲のがほしかったんだけど、ないんですって。残念。
Oct 19, 2004
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ってよくあることだけど、まさかネットでそんなことがあるとは思わなかった。つい先日、この楽天でもう4年位会わなかった人と再会した。私がここで日記を始めて1年半ほど。彼女もきっと長くやっていると思う。私が彼女の日記にお邪魔するようになってしばらく経つ。その内彼女も私の日記に遊びに来るようになった。でも先日までは全く知らないネット上の"知り合い"だったわけだ。お互いの日記を行ったり来たりするだけの。彼女の日記はトップを争う人気のサイトだ。私が行くようになったのも、ランキングで上位の方にあったので、何となく覗いてみたのがきっかけだ。誰の日記もそうだけど、大体の場合、フロントページを見て、もしくは日記を一日分だけ読んでみたら、その人の日記が私に合うかどうか分かる。彼女の日記は、私に何度も行きたくなる様なそんな雰囲気があった。私はとっても無精者なので、数多くある日記を探して歩くと言う事をしない。ランキングにある中で自分が読みたいサイトを見つけると、そこだけ行ってコメントをしてくる。と言う事は、相手は誰にも人気のあるサイトの持ち主なので、わざわざ知られてない私の日記にまで来る事はまずないだろうと思ったら、来てくれるのだ、これが。(やっぱり私は見る目があるのかなぁ*^0^*)彼女はその中でも本当に人気のある人なので、まさか私の所に来てくれるとすら思ってなかった。ところが、来てくれるどころかリンクもしてくれ、そしてあるときはメッセージまでくれた。彼女は私があの私だとは思ってなかった。私は彼女はあの彼女かもと思ったことはあったけど、まさか~という気持ちの方が大きくて、彼女にはとても聞けなかった。彼女は私がSDにいた時に知り合った日本人ママだった。あるサイトでは近所に住む日本人を検索する事が出来、そこで知り合った一人だった。私の周りには、日本人で私と同じような人ってあまりいなかった。私と同じ学生なら、結婚してないか、してても子供はまだいない人たち。結婚して子供もいるような人は学生ではなかった。多分SDで会った最初で最後の学生兼ママの日本人女性だった。彼女は大学まで卒業しようとしてた。ところが突然の引越で彼女は他州に行ってしまい、学校もきちんと終わる事が出来ないまま慌しく行ってしまった。しばらくメールをしていたが、時々忙しさにかまけてメールしない事が増えてきた。あまりにもご無沙汰になったら、今度は今更メールして迷惑かしら?と心配し、もっとあとでは、突然メールして私のことまだ覚えてるかしら?と不安になった。そうこうしてるうちに、PCがウイルスでやられ、全滅。そこにセーブしてたメールアドレスは全部なくなってしまった。それでも、多くの人は自分のメールサーバーの所に残していたけど、なぜか彼女のはしていなかった。4年ぶり(もっとになるのかな)の彼女は、私が知っている彼女のまま、いやそれよりももっともっと前進した彼女だった。彼女だって思って日記を読み返したら、白色だった日記たちに色がつき音が入ってくるようだった。私はあの時の自分で止まってしまっている。毎日のあわただしさを理由に、1年前の自分となんら変わりない生活をしている。やらなきゃいけないこと、やりたいことはある。動かなきゃいけないのも承知だ。そんなぐうたらになってしまった私に、冷たい水をかけられた気がする。彼女は4年前の自分に約束した事を忘れず、4年経った今、その目的に向かって前進をしている。今になって彼女に会わせてくれた事。神様は、きっと私にしっかりしろ、昔の自分を忘れるな、と言ってくれてるのだ。(私は無宗教です、念のため)彼女がメッセージを送ってくれなかったら、この偶然はありえなかった。そうしてくれた彼女の勇気(私には出来なかった事だから勇気と呼ばせてもらうが)に本当に感謝!
Oct 17, 2004
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イパルの幼稚園で運動会があった。それでふと思い出したのが、私の姪っ子(日本在住)の幼稚園の事だ。そのこの幼稚園は運動会の準備に約1ヶ月かける。その間に行進の練習をし、リレー選手を選び、旗持ちをする子を何人かテストをして決める。まるで小学校のようだ。姪っ子は運動会の練習となるとうんざりした顔をして幼稚園に行っていた。イパルの幼稚園は先週突然今週のスケジュールに「運動会」と載せて、多分特に何も練習もせずに運動会開催となった。今週は、どんどん冷え込んでいき、運動会をやったおおといは一番冷え込む日だった。しかも場所は漢江公園。川の目の前だ。朝、やっぱりハルモニから電話が来た。「や~。今日はイパル行けないわ」と突然言う。「寒いの、外! こんなんで運動会なんて行けないよ」「今日は行かせるのやめなさい」と言われて、「アルゲッスムニダ(分かりました)」というしかなかった。え~でも寒いからって、運動会行かせないの~!!??と心の中は納得言っていない。イパルもすっかりむくれてしまった。結局はパパがハルモニに電話してくれて、とりあえず行ってみて、寒かったらすぐ帰ってくればいいんじゃないかと話してくれた。キンパップを準備して、慌しく出発。やっぱり同じような考えの親たちもたくさんいるんだろう。多分半分くらいの生徒しか集まってなかった。それでも結構お母さんたちも集まってて、楽しそうに運動会は進んでいる。練習なんてしてないから当たり前のように、みんなバラバラ、何を次するかも分からずに進行してたけど、でもまあ、アットホームな雰囲気の中、子供たちは大暴れして楽しんでるからいいやって感じだった。でもやっぱり寒いは寒い。川の傍だから余計に寒く、冷たい風が吹きまくってる。先生たちもあまりの寒さで、お弁当は各自宅で食べるように、と言いだした。ハルモニはもうすでに心配しまくり。特にホパルの事。「じゃ、もう帰ろう。」としきりに言っている。まだ競技が終わってないのに~。競技が終わり、全体で集まって、それからごみ拾い。その間も「早く帰ろう」としきりに言っている。先生にろくすっぽ挨拶もせずに車に戻ってきてしまった。帰りの車でホパリが咳をする。「やっぱり心配したとおりだ。」と心配が始まった。これで風邪を引いたら、ホパル! お前は本当に鍛えないといけないぞ!!と心の中ではつぶやいてた私。きっとハラボジもそろそろ電話してくるだろう。と思ったらやっぱり電話が来た。そして昨日ホパルの様子を聞きにパパに電話が来る。多分この冬、1回や2回くらいは子供たちも風邪を引くだろう。その時の事をかんがえると大変怖い。怖すぎる。何がって、子供が風邪でかわいそうなのよりも、その両親の反応が心配ってことが怖いのだ。昨日はおとといと打って変わっていいお天気。昨日やれば良かったのになぁ。漢江公園は人もいなくて、子供たちがもっと走り回れたら最高の一日だったのに、残念。そうそう、私もリレー競技に突然誘われて、イパルのオンマの意地をかけて走ってきた。それも一番最後(アンカーって言うんだっけ?)!!もちろん勝利! 子供たちから羨望のまなざしで見られて、ちょっと得意になったイパルオンマでした。
Oct 15, 2004
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行ってきた、ソウル大公園。平日だったので、人は本当に少なく、来ているのは団体様、幼稚園や小学校の遠足の子供たちがほとんどだった。2年前に来た時は、週末だったので、混んでいたという記憶しかない。象の電車に乗るのも、チケットを買うのも、動物を見るのも、人ごみとの戦いだった。すっかり秋が深まった動物園。並木が全部秋の色に変わって、お散歩するだけでも気分がいい、そんな日だった。入口からてっぺんのリフトのり口まで一通り見て回ったが、今日の動物大賞は以下の3者に贈りたいと思う。まずはカバの親子。ちょうど食事時間だったので、飼育のおじさんがバケツいっぱいのにんじんを持ってきていた。それぞれの名前を呼びながら、おじさんの前に並び大きな口をあけるのを待つ。アッパとオンマはすぐ来たけど、子供がなかなか来ない。来ても「こっちにおいで」と言う言葉を無視して、アッパとオンマの間に割り込んできた。えさをやりながら、おじさんは見ている人たちと話してる。実際に飼育してる人の、生の声はみんな興味深く聞いていた。 そして、2番目は象。この子は一人だけ大きな池の中にいて、その中に浮かんでいる大木を突然外に出そうと動き始めた。その長い鼻で何とか大木をコントロールしようとするが、なかなかうまく行かない。でもやっぱりぞうって頭いいのだ。一回うまくいかなかった方法ではもうやらない。あの手この手を考えて頑張っている。その内それを見に来た幼稚園の団体が「ヒム ネーラ(がんば~れ)」と声をかけ始めた。その声に応えてもうひと踏ん張り。 やっと外に出たと思ったら、又自分で中に入れて同じ事を繰り返していた。どうやら遊びだったらしい。最後の登場はクマ。何をしていたわけじゃないけど、この子のポーズに賞を贈りたい。まるで見に来る観客を迎えるように、デーンとすわりお腹をボリボリかいていた。 イパルは久しぶりに動物園、ホパルは初めての動物園に大興奮。やっぱりエバーランドじゃなくて動物園にして良かった。 そうそう、心配性のハラボジはやっぱり家を出てすぐに電話をしてきた。午後は暖かくなってきたので行って来てみますよとパパが言うと、「ちょっとみて、すぐ帰って来い。あったかいうちに帰ってこないとダメだぞ。」と念をおしてたそう。ゴメンなさい、ハラボジ。帰りはちょっと寒くなってきてしまいました。でも子供たちは元気です。
Oct 14, 2004
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チュウォとは「寒い」の意味である。暖かくなったり、冷え込んだりしながら確実に冬を迎える準備をしているソウル。昨日から又5度くらいガクンと下がり、空気はやっと透き通ってきたようだ。この季節から春まで、頭が痛い言葉が「チュウォ」だ。大韓民国ハルモニ、アジュンマのお得意の言葉。風が吹いたら「チュウォ」、子供の足が見えたら「チュッケッタ」、どこかに連れて行こうとすると「チュウォ、カジマ(行くな)」・・・・確かにソウルの冬は寒い。東京や、南カリフォルニアに比べたら、絶対寒いと思う。でもそれは真冬のこと。12月になるくらいまでは、日本の冬とそうは変わらない。でもハラボジ、ハルモニはうるさく「チュッタ」という。子供たちを外に出すな、ハラボジ宅に来る時は(徒歩でも7分くらい)車で来い、外に出る時はズボン下をはかせろ(たとえハラボジ宅まででも)などなど、アドバイスは尽きない。私は日本式に「子供は風の子元気な子」で育ったものだから、全然分からないのだ。子供はちょっと寒いくらいでいいと思っているが、その考えはハラボジ、ハルモニには虐待に当たる。寒かったら風邪を引くなんて思っているので、薄着をさせていると、外で遊ばせていると、風邪を引かせたいのかといわんばかりである。子供たちが風邪を引こうものなら、「ほら、言う事聞かずに薄着なんてさせるからだ」と言われてしまう。去年はソウルでの初めての冬だったので、とりあえず言う事を聞いた。それこそ冬眠中のクマのように家でおとなしくしていた。おかげでストレス溜まり放題だったけど。でも今年はちょっと違うぞ。ハラボジ、ハルモニが何と言おうと子供を「風の子」に育てるつもりだ。で、まず最初の関門だ。今日、実は前から子供たちをどこかに連れて行こうとかんがえていた。本格的に寒くなる前に。韓国に来てから、韓国のアミューズメントパークというものに行った事がなかったので、「エバーランド」を考えていた。しかし、このエバーランド、腹が立つほどに高い!朝買ったチケットで、終日いる事が出来ず、夜までいたかったら、又チケットを買わないといけない。イパリは動物を見たいので、ためしにソウル大公園を検索してみた。一度行った事があるが、ここはさすがに市の施設。料金はとぉっても良心的。私たちが安心していける^-^;;そこでソウル大公園に決定!と思ったら、ハルモニから電話が来た。「ヤー(韓国語ではまず最初に出てくる)、明日すっごく寒いんだって。動物園行くのやめなさい」さっきまでハルモニ宅にいた時に、その話にならないのが不思議だったんだよね。よく言わないなぁと思ってたら、思いつかなかっただけなのね・・・。そしてその10分後、今度はハラボジから電話(ハラボジは今南部の方に単身赴任している)。全く同じ事を言って、パパがただ「分かりました、行きませんよ」と反抗せずに答えたので、「じゃあそれだけだ」と言って切った。でも行っちゃうよ。寒かったら、寒くないように上着とか準備していけば良い。暖かい午後を狙って行き、寒くなるまでに帰って来れば良い。それだし、今はまだ10月! 今からこもってしまったら、私たちソウルの冬越せませ~ん。今日の最高温度17度、最低8度。まだまだ大丈夫でしょ~。
Oct 13, 2004
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これはパパの怒りの叫び。この前の日曜日、うちのご用達のホテル、Pホテルのビュッフェに行ってきた。このPホテル、何でご用達かというと、私がかれこれ9年前にはじめてパパを訪れて韓国に行った時に泊まってから私たちの結婚式、ホパリのドルチャンチ(1歳の誕生日)までそこでやったし、ハルモニは何かしらアパートの関係で会議に使ったり色々とお世話になっている。もともとはチョンダン洞でこじんまりとやっていた小さなホテルだったけど、最近景気が良いらしく、隣に結婚式場を別に作ったり、近所のホテルを買い取ったり、どんどん大きくなっている。毎回お世話になっておきながら何だけど、このPホテルの食事というのはあまり満足したことがない。よかったといわれたのは唯一披露宴の時の食事か・・・。それは結婚する当人たちは食べられなかったので、私は味見もしてない・・・T-Tそこで今回のビュッフェ、招待券をもらったので家族全員で行く事にした。ハルモニは以前に一度行った事があって、このビュッフェは結構大丈夫だったという話だった。そこで少々期待しながら向かった。到着したのは6時。多分ビュッフェが始まってすぐだったと思う。日曜日のせいか、すでに何組か来ていた。私とパパの中ではビュッフェに来た時の鉄則がある。一番おいしいものをひたすら食べる事。色々メニューがあるビュッフェ。見た目はおいしそうに見えたり、あれもこれも試したくなるけど、取ってみると意外においしくなかったり、妙にお腹だけ膨らむ事になる。だから一番好きなものをそれだけ食べるのだ。私たちの好きなもの。それはお寿司^-^Y 韓国のホテルだからあまり期待してなかったけど、見た目以上においしかった!!種類は少なく、白身の寿司が3種類、青物が1種類、マグロ、という具合だ。マグロが一番おいしかったので、私たちはこぞってそれを食べた。まず1回目。マグロとそれ以外の寿司を満遍なく持ってくる。マグロがおいしかったので、2回目はパパがマグロのみ持ってきた。う~ん、やっぱりおいしい。という事で、3回目行った所、シェフに「マグロが相当お好きなようですね」と言われた。パパが言うには、「お前、まだ食う気か」という視線だったそうだ。やっぱり他の人にもマグロが一番おいしかったのだろう。マグロは登場するたびになくなっていく。白身の寿司たちは、寂しそうに取り残されていた。3回目のそのあとからはマグロが姿を見せなくなった。取り残された寿司たちを何とか売ろうという感じだった。まだビュッフェが始まって1時間も経ってない。そんな馬鹿な、と今度は私が登場。「マグロないんですか?」と聞いたら、布に大事そうに隠れている次の軍団の寿司の中から、分けてくれた。それ以来、マグロの姿を見ることはなかった。多分7時以降に来た客たちは、マグロの存在すら知らなかっただろう。そうやって、刺身の中ではサーモンが、ご飯類の中では一つ一つ細長い容器に入っている蒸ご飯のようなものが、人気のものはある程度出るとストップしてしまった。これがビュッフェかぁ!!というのがパパの怒りである。私たちはチケットできたとはいえ、もともと40000ウォンもするビュッフェだ。え?安いじゃん! という意見もあるかも。もともとビュッフェの相場なんて知らない。だけど、近所の燕京という中華レストランに行けば、そこも結構高いんだけど、一人40000ウォンも払ったら、おいしいものがお腹一杯以上に食べられる。それにビュッフェってもともと食べたいものを食べたいだけってものじゃないの!?これは田舎的発想なのかしら。しかもしかも・・・私たちが食べたかったのは、トロでもなくウニでもなく、ただのマグロ~!!本当にね、日本でどこだったっけ、寿司食べ放題の(まだあるのかな)・・・そこで5000円だか払って好きなだけ食べた方がよっぽどいいわ~。お寿司はおいしかったし、他の料理もまあまあPホテルにしてはよかったんだけど、やっぱり不満の残るお食事だった。パパはその夜も不満は消えない。その翌日もまだ文句言っていた。食べ物の恨みは怖いって知らないの~、Pホテルさん。明日の朝にはハルモニが支配人に文句言いに行くって言ってるよぉ~。(支配人とは長年来の知り合いなので、ケンカにはならないと思うけど・・・)今日はパパの怒りを綴ってみました。
Oct 12, 2004
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H1-bがCapにとうとう達してしまった。10月1日の事だった。去年H1-b(労働ビザ)の定員が半数に減って、しかもビザ費用が1000ドルも減額されてから、競争率が途端に激しくなったのだが、今年は本当にあっという間だった。これで来年のビザはおさらばだ。来年4月まで待ち、再来年のビザに向けて準備しないといけない。それというのも、アメリカの会社がギリギリまで動いてくれなかったのも原因の一つだが、一番痛かったのは、パパのパスポートが切れていたこと。何でギリギリまで気づかなかったのか。今でも不思議である。慌てて更新しに行ったけど、秋夕のためいつもより時間がかかり、ほんの数日違いでビザのCapが勝ってしまった。何だかこういうときに運命みたいなものを感じる。というのは、パパがなにか大きな動きをするとき、必ずこんなような事が起こるからだ。大学に編入する時は、普通絶対Dead Lineを過ぎたら受け付けないマンモス大学が、パパのケースに限り待っていてくれたこともある。今回、あと数日で間に合わなかったのも、来年アメリカに行く運命ではなかったのかと思わざるを得ないのだ。パパの今までの傾向からすると、来年行くはずならパスポートも間に合っていただろうと思うのだ。、な~んて心のどこかに、だからもっと前もって準備した方が良いよって言ったじゃん、というのもあるんだけど・・・-_-;;日本行きは、本当は私にはいいことなのだ。その間、母に会える。誰にも気を遣わず。しかし、その一方で、パパは本当に日本社会でやっていけるか、イパルは又新しい環境に入らないといけなくてかわいそうじゃないか、など不安の材料は山ほどある。一番の不安は、私たち夫婦がうまくやっていけるかということ。アメリカで私が働いていた期間に、夫婦最大の危機を迎えたことがある。私は本当に離婚しようかと思った。もうこのひととはやっていけないと思った。そしてそんな私にパパは怒り傷ついていた。私にしてみたら、その働いていた期間、本当に精神的に疲れたのだ。パパのその間に受けるだろう精神的なストレス、苛立ちを出来るだけ理解して、家では仕事の疲れなんか見せないよう、家の事は出来るだけ私がするように努めたつもりだった。でも帰ってくると見るのは、パパの怒ったあるいは無表情な顔。何を言ってもろくすっぽ返事をしてくれない。何がどうしたのか、何か気に入らない事があるのか、何もいってくれず、ただ無視されていた。だから、パパと一緒の空間が辛く、仕事疲れもあって、娘を寝かせる時につい一緒に寝てしまう事が多かった。正直言ってパパといる時間が負担だった。そんな私をパパは怒っていた。自分との時間を持とうとしない私を責めていた。これはお互いの気持ちのすれ違いだった。どっちかがもうちょっとエネルギーをつかって向き合う努力をすれば、あそこまで夫婦の関係が悪化する事はなかったと思う。問題は、パパは今でもあれは私だけの責任だと思っていることだ。私があまりにもひどかった、という。私がその間どんなに心を痛めていたかは、あまり分かってくれない。今度日本にもし行くことになったら、同じ事が起こらないか。パパがそのような事を口にしだした。「又アナタがあんな風になったら、今度は無理だと思うよ」と。私はあの時でも、自分なりに精一杯だったのだ。でもそれをパパは分かってない。パパも少し私を理解する努力をしてくれないと、絶対無理だと思うのだ。私たちの仲は、私がパパに「ああしてよ」「こうしてよ」という様な事を言ってしまったら、大変なことになる。パパにそうしてほしかったら、パパがそうしないといけないと思わせるようにしないといけない。私から言ってしまって良い事は今まで一度もなかった。今回もパパが「俺が理解しないと」と思ってくれないと難しいのだ。でも今のところ、出る言葉といえば、「アナタがずっと働いて(自分が)大丈夫かな」とか「又大変な事になるんじゃないの」などしか出てこない。私は「夫婦の仲が悪くなるくらいだったら、日本に行かないほうがマシ」と言っている。日本に行ったら、一番大変なのはパパだ。私は大変かも知れないけど、自分の国、何とでもなる。だけど、パパにとっては初めて住む国。そこでいきなり仕事もしないといけないし、何と言っても韓国でも電車バスなどを一切使ってなかったパパ、日本のラッシュの中通勤できるのかと言う不安まである。パパが強くなってもらうしかない。それだけの覚悟をして日本行きを決めてもらうしかない。韓国での嫌な事一つ一つを考えたら、日本での苦労は絶対我慢できるというけど、本当かなぁ。「辛抱する」というのは、結構韓国人には苦手な事なのだ。ああ・・・ふあん。
Oct 9, 2004
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San Diegoの時からの友だちがメールで送ってくれたのだが、とにかくおかしいので、日記に載せる事にした。家も男の子がいるけど、出来れば知りたくない事実ばかり・・・!?アメリカの元気な男の子たち(時には女の子も)の様子が伺えるようだ。 アメリカで子育てしてるお母さんたちはもうどこからか聞いた事ある話かも?25 Facts about raising boys but it probably also applies to girls. For those with no children - this is totally hysterical! For those who already have children past this age, this is hilarious. For those who have children this age, this is not funny. For those who have children nearing this age, this is a warning. For those who have not yet had children, this is birth control. The following came from an anonymous Mother in Austin, Texas. Things I've learned from my Boys (honest): 1.) A king size waterbed holds enough water to fill a 2000 sq.ft. house 4 inches deep. 2.) If you spray hair spray on dust bunnies and run over them with roller blades, they can ignite. 3.) A 3-year old Boy's voice is louder than 200 adults in a crowded restaurant. 4.) If you hook a dog leash over a ceiling fan, the motor is not strong enough to rotate a 42 pound boy wearing Batman underwear and a Superman cape. It is strong enough, however, if tied to a paint can, to spread paint on all Four walls of a 20x20 ft. room. 5.) You should not throw baseballs up when the ceiling fan is on. When using a ceiling fan as a bat, you have to throw the ball up a few times before you get a hit. A ceiling fan can hit a baseball a long way. 6.) The glass in windows (even double-pane) doesn't stop a baseball hit by a ceiling fan. 7.) When you hear the toilet flush and the words "uh oh", it's already too late. 8.) Brake fluid mixed with Clorox makes smoke, and lots of it. 9.) A six-year old Boy can start a fire with a flint rock even though a 36-year old Man says they can only do it in the movies. 10.) Certain Lego's will pass through the digestive tract of a 4-year old Boy. 11.) Play dough and microwave should not be used in the same sentence. 12.) Super glue is forever. 13.) No matter how much Jell-O you put in a swimming pool you still can't walk on water. 14.) Pool filters do not like Jell-O. 15.) VCRs do not eject "PB & J" sandwiches even though TV commercials show they do. 16.) Garbage bags do not make good parachutes. 17.) Marbles in gas tanks make lots of noise when driving. 18.) You probably DO NOT want to know what that odor is. 19.) Always look in the oven before you turn it on; plastic toys do not like ovens. 20.) The fire department in Austin, TX has a 5-minute response time. 21.) The spin cycle on the washing machine does not make earthworms dizzy. 22.) It will, however, make cats dizzy. 23.) Cats throw up twice their body weight when dizzy. 24.) 80% of Men who read this will try mixing the Clorox and brake fluid. 25.) Women will pass this on to almost all of their friends, with or without kids**********************************昨日からかなり空気の悪いソウル。今日に至ってはモヤモヤで遠くが何も見えない。汝矣島の人でも、ここに来ると空気が悪くて喉が痛くなるという。私がここに引っ越してきて、仲良くなった韓国人のママ友だちがいる。彼女もご主人、娘さんと一緒にアメリカから戻ってきた帰国組だ。子供はイパルより1才下、知り合いになったきっかけは、家も彼女のところも車を持って帰ってきたのだが、同じメーカーの同じ車種だったことだ。その頃、まだ韓国にそのメーカーの車が販売されてなかったので、何か問題があったら、どこにもって行けば直せるか分からなかった。それを聞きに行った所で仲良くなったというわけだ。言葉があまりスムーズに出ないのは相変わらずなので、忘れてきてしまったとはいえ、英語で話せるのは気持ち的に楽なものだ。彼女は結構きれいな英語を話す人で、話しやすい相手である。時々子供たちを連れて、又はイパルが幼稚園に行っている間にホパルだけを連れて遊びに行くが、一番話題になるのは幼稚園のこと。家は、私が話せないために、あまり親が関わらなくていい幼稚園に行かせている。そこはこの辺には珍しく、あまり勉強型の幼稚園ではない。結構庶民的で私は結構気に入っている。一つだけ問題は、韓国にありがちな一軒家を改造したものなので、全体的にどこもせまいし、外は本当にお庭程度だ。でもこればっかりはこの辺のどこの幼稚園に行っても大して変わらないので、あきらめるしかないだろう。彼女の子供が行っている所は、英語教育もやっている結構高めの幼稚園。最近出来た小奇麗なビルに入っており、写真を見せもらったが、すごくきれいな施設だ。彼女がそこに入れた理由は、英語をやらせたいからだ。彼女のご主人の仕事でアメリカに3年間住んでいたのだが、又3年後くらいにアメリカに行くらしい。もちろん永住するわけではないが、その時に娘が英語が問題なく話せるようにしておきたいというのだ。せっかくアメリカにいる間に得た英語、忘れてほしくないというわけだ。そのために幼稚園で英語を重点的に勉強できる所に入れたいらしく、今も転園することに頭を悩ませている。私や多くの日本人ママは、子供がバイリンガルな場合、どっちかというと母国語を忘れないようにどうしたらいいか、頭を悩ませることの方が多い。実際、イパルもアメリカにいた時はある時期ほとんど英語を使っていたが、今では90%韓国語だ。でも私が心配なのは、今度アメリカに行った時に、遅れている英語よりも、忘れてしまうだろう韓国語の方が心配だ。でも韓国人ママは、結構彼女のように英語を心配するママが多い。この辺のママの自慢と言ったら、自分の子供が英語ばかり話し、韓国語は片言しか話せないということだ。そういえば、家のハルモニですら、どうせあとで忘れてしまうんだから、ハングルを勉強させなくても良い、なんて言っている。韓国にいる20代30台の家族の何十パーセントだったか、かなりの割合で、海外移住を希望しているという事だ。以前COEXで移住フェアみたいな催しがあったとき、ものすごい数の家族、特に若い家族が押しかけてきた。もっと以前には現代デパートのホームショッピングにカナダ移住パックなるものを販売したらものの数十分で完売したという事だ。韓国語離れの韓国人たち。こんな所にも理由があるのだろうか。私は韓国語だけでなく、日本語も忘れてほしくないので、今でも時々ひらがなとか教えてるけど、果たしてこれもうまくいくんだろうか。バイリンガルの子供たちを持つお母さん方、何か秘訣を教えてください。
Oct 8, 2004
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