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2021.09.03
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毎年夏休み明けの9月1日に子供の自殺が増えると言われているけれど、今年は7月までに自殺した小学生から高校生が270人いて、子供の自殺者が過去最高だった去年を上回るペースなようで、特に高校生の自殺が多いようである。日本財団の若年層のコロナ禍における自殺意識調査だと、健康問題、家庭問題、経済生活問題が要因で15-19歳は3人に1人が本気で自殺したいと考えたそうな。コロナ禍で女性の自殺も増えていて、子供や女性といった社会的弱者がどんどん追い詰められているようである。というわけでこれについて考えることにした。

●なぜ子供の自殺が増えるのか

・教育の失敗と社会の崩壊

教育の目的は国家や社会の形成者を育成することである。しかし学校は本来の目的を見失って受験勉強を教える場所になってしまって、どうやって社会を形成するのか、将来何の職業につくのかは個人に委ねられたままで、子供が十分に教育されていない。それゆえにやりたいことや目標がないまま、親に言われるがままに塾や習い事をやらされて勉強漬けになることに不満を持つ子供が出てくる。
それに社会を形成しようにも社会に帰属する場所が十分にない。高卒や大卒の新卒でたまたま卒業する年に不景気で就職にあぶれたらろくな職歴がないので転職先も絞られて、薄給激務でやりたいこともやれないような底辺の人生になる。その一方で情報商材屋とか奇行で目立とうとするYouTuberやニコ生主とかの社会を形成していない虚業のインフルエンサーが成功者ぶって、子供はそんなのに憧れて、有名で金持ちでない人生は価値がない、無名で金がない自分はだめな人間だと思ってしまう。
自殺した子供の遺書が公開されているわけではないので自殺の原因は不明なものの、新型コロナで親の仕事がなくなって両親が喧嘩して家庭の居心地が悪くなったりして、家庭に子供の居場所がなくなって孤独になったり不安を募らせたりしたのが影響しているようである。

・親の価値観の押し付けで子供の逃げ場がなくなる

目標を達成出来たらいいねという努力目標にすぎないのに、目標を達成できないのは失敗だ、100点以外は努力不足の怠け者だ、一等以外は価値がないとかのオールオアナッシングで物事を考えて理想像を子供に押し付けて教育虐待をする親がいる。親がこういう考え方だと子供の逃げ場がなくなって子供が潰れる。子供の自殺者の中では特に高校生の自殺が多いようだけれど、大学に進学できそうにない、働こうにも不景気の真っただ中で仕事もみつかりそうにない状況で親を頼れないと、社会に出たことがない子供はどうすればいいのかわからなくて不安だけつのらせて将来を悲観してしまうのだろう。

●生きることと目標の達成のどちらを優先するのか

・中国の寝そべり族の生存戦略

中国では寝そべり族と呼ばれる若者が出てきて、彼らは苛烈な受験競争を勝ち上がっても朝9時から夜9時まで週6日(996)働いても家賃を払うのが精いっぱいで将来が見えなくて、「家を買わない」「車を買わない」「結婚しない」「子供を作らない」「消費しない」「頑張らない」という6つのやらないことを掲げる六不主義で、必要最低限だけ働いたらあとは金がなくなるまで寝そべって暮らしているそうな。日本の就職氷河期世代のサイレントテロみたいなものである。資本主義社会だと働かないことは堕落としてとらえられがちだけれど、生物学的にみるとなるべくエネルギーを使わないのも環境に適応した生存戦略である。熊は獲物がいなくなる冬は冬眠するし、動かずに擬態したり罠を仕掛けたりして獲物が来るのを待つだけの動物もいる。人間だと体力の限界までトレーニングするアスリートのほうが一般人よりも怪我や病気になりやすかったり、仕事を頑張る人がストレスで生活習慣病やうつ病になったり過労死したりする一方で、のんびりしていて平均年収が低い沖縄の人は長寿だったりする。毎日長時間デイトレしてコツコツ稼いでいる人が一発ドカンと大損して退場することもあるし、普段は様子見して相場が大きく動く時にしかトレードしない人が利益を上げることもある。長期的に見れば物事に熱心な人が有利とは限らなくて、最後に誰が生き残るかはわからない。
個体が生き残ることを優先するのか、目標の達成を優先するのかで、生存戦略は変わってくる。戦争みたいに目標の達成のためにある程度死者がでるのを想定する場合もあるけれど、たいていの仕事には命をかけるほどの価値がない。新国立競技場で施工管理していた新入社員の男性が過労自殺したのとかは典型的で、あんなオリンピックのために命をかける必要はなくて、やってらんねーと退職して退職金代わりにマスコミに暴露ネタを売るくらい不真面目なほうが生き延びることができた。金持ちの利益を増やすために人生を不当に搾取されるくらいなら頑張るのをやめて無駄なエネルギーを使わないようにするのも合理的な選択である。働かない人が増えると生産力が落ちて社会の発展が鈍るけれど、それは政治で解決するべき問題で、政治が個人を救わないなら個人は自分の生き残りを優先するほうがよいし、経済発展のために犠牲になる必要はない。
日本の場合は上昇志向が強くて、頑張らないことをネガティブにとらえている。最近は若いうちに高給の外資系とかでガンガン稼いだらアーリーリタイアをして投資をしながら生きていくFireという生き方が注目されるようになったけれど、そんな生き方ができるのは若いうちに稼げる一部の優秀な人しかいない。たいていの人は資本主義の歯車としてすりつぶされるか仕事がなくて困窮するか両極端で、貧乏でものんびり幸福に生きる選択肢がほとんどない。それゆえに大人が子供に頑張れ、逃げるな、落ちこぼれになるなとプレッシャーをかけて、生き延びるためには頑張りすぎないで自分にあったペースでやるほうがよいよ、逃げて環境を変えたほうがよいよとアドバイスできずに子供が自殺するまで追い詰めることになる。

●先行き不透明な不安にどう対処するか

大人は問題があれば自分で環境を変えて対処するけれど、子供は自分で環境を変える力がない。それゆえに子供が自殺するのは親や社会の責任である。しかし大人でさえ失業の不安を抱えて生きていて他人を気に掛けるほどの余裕が残っていないので、それをなんとかしないといけない。大人を救うことが子供を救う事にもなる。

・ベーシックインカムか負の所得税か給付金を給付する

10万円の定額給付金の使い道を調査するために家計簿アプリ「マネーフォワード ME」の利用者23万人分のデータを分析したら定額給付金の7割が貯蓄に回って、決済履歴から確実に消費に回ったと判断できる分は1人当たり約6000円で低所得の人ほど消費をしたそうで、この調査結果から給付金には意味がないという人がいる。私はこれに懐疑的で、そもそも普通に働いている人なら税金や社会保険料を払ったら10万円はすぐになくなって消費に回す分が残らない。貯蓄に回せるほど余るのは年金暮らしの高齢者とか未成年とかのあまり税金や社会保険料を払っていない人や公務員とかの収入が景気の影響をうけない人くらいだろうし、未成年は親に貯金しろと言われるだろうから使えないだろうし、働いている現役世代にとっては実質的に10万円減税したようなものでコロナ過で収入が減った分を補うほどではないし、消費に回してほしいなら給付金額が全く足りない。麻生は総理大臣だった2008年にリーマンショックの景気対策として1万2000円ぽっちを給付したけれど、これも低額すぎて景気対策としては意味がなかった。それに財政均衡論者の政治家や官僚が政治をしている限り、いくら給付しようが結局帳尻を合わせるために後で増税されて回収されるとわかっているので、賢い人はすぐには消費に使わないだろう。
そもそも今は供給過剰で物やサービスが余って買い手がいないから値段を下げて売ろうとしてデフレになっているわけで、庶民の購買力を増やさないとインフレにならないし経済成長しない。バブル崩壊後は新自由主義者が従業員や下請けの給料を絞って低賃金の非正規労働者や移民を増やして上場企業は過去最高益を出して内部留保を積み上げたけれど、それがデフレを深刻化させて世界各国が経済成長する中で日本だけGDPが伸びずに長期間停滞して研究開発力が落ちて少子化が深刻化する原因になったわけで、日本が経済成長して若者が結婚できるように収入を増やして少子化を解消するには今までの逆をやって庶民の可処分所得を増やして消費を増やさないといけない。じゃあどうするかというと、無理やり最低賃金をあげると利益がかつかつのところでなんとかやりくりしている中小企業が潰れてしまうし、自民党の財政出動だと電通やパソナやゼネコンとかの利権仲間や支持団体への利益供与に偏って庶民には金が流れなくて格差が広がるし、となると国民に直接金を配るのが公平である。
不景気で失業しようがとりあえず家賃が払えて生存だけは保障されている状態になれば、景気の先行きを懸念して必要以上に貯蓄して消費を控えることもなくなるだろうし、一時的な失業や受験の失敗で将来への不安を募らせて衝動的に自殺することもなくなるだろうし、病気や障害がある人でも無理のない範囲で働いて社会に参加して貧乏でも幸福に生きる生き方ができるようになるだろうし、経済力がない女性でも気軽に別居や離婚ができるようになれば夫婦仲が悪いのに生活のために無理やり結婚生活を続けて家庭が荒れることもなくなって子供の生活環境が良くなるかもしれない。

・文系の学問を見直す

文系の学問はしばしば役に立たないと言われて軽視されるけれど、金儲けや出世に役に立たないことを無駄として切り捨てると、目先の金儲けばかりやるようになってどう生きるべきか、どういう社会を作るべきかという指針がなくなる。本来の人間の目標は幸福で長生き出来て子孫が繁栄する社会を作ることだろうに、資本主義では幸福よりも金儲けを優先して目先の金を奪い合うのが目的になってしまっている。GAFAMの株価が上がって世界一の資産を持ったところでアメリカが幸福な社会を築けていないなら意味がないし、アベノミクスで日銀がETFを買いまくって株価があがって大株主の金持ちの資産が増えようが庶民の幸福につながらないのでは意味がない。そうして今だけ、金だけ、自分だけよければよいという情けない大人だらけになって、大企業でさえ不正会計や検査偽装が横行して信用をなくしたのが現代の日本の姿である。国家や社会を形成するには、人間にとって幸福とは何か、社会とは何か、人権とは何か、自由とは何か、生きるとは何かという根源的なところから問い直さないと、我々が幸福に生活できる社会は形成できないだろう。日本は発展途上国よりもインフラが整っていて治安がよくて相対的に豊かだけれど、豊かであるというだけで幸福になれるわけでもないし、皆が結婚して子供に教育を受けさせられる程の豊かさではないので未婚化や少子化が深刻になって自殺率が高い。製品を増やして効率化して社会を便利で合理的で豊かにする理系のアプローチだとこの問題は解決できない。

・ネガティブ・ケイパビリティを鍛える

じゃあ文系の学問がどう役に立つのかと言うと、例えば詩人のジョン・キーツは詩人とかの偉人たちには全ての物事が解決できるものではないということを受け入れる能力が高いのだと考えて、ネガティブ・ケイパビリティ(事実や理由をせっかちに求めず、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいられる能力、なんだかわからない不安定で曖昧な状態に居続ける能力、不確実な状態に苛立って安易に事実や理性を追いかけたり、科学的な確実性の中に逃げ込まない能力)という概念を考えた。西洋哲学でいうとエポケーして判断を中止した状態を維持する力か、あるいは東洋哲学で言うとどっちでもないことを許容するレンマの思考のようなものだろう。囲碁でいうとすぐに形を決めずに手抜きしてリスクを抱えつつ他のところに着手して複雑な盤面で紛れを考える力ようなものだろう。これはメンタリストDaiGoやオリラジ中田みたいな浅薄なインフルエンサーが何冊か本を読んで知識をつぎはぎしてまとめて物事をわかっていて頭がいいようにふるまったり、意識高い系がリーダーシップをとってサクサク意思決定したりするポジティブ・ケイパビリティとは真逆の能力で、それゆえに就職活動とかでは評価されなくて見落とされている能力である。この世界のシステムが資本主義にしろ社会主義にしろ宗教の原理主義にしろ景気対策にしろコロナ対策にしろいろいろ間違っていると疑いながら人生を諦めないで希望を持つのにも能力が必要なわけで、このネガティブ・ケイパビリティが低いと安易な解決策を求めて教祖にすがったり、解決策がない酷い現実にうんざりしてゲームやドラッグで現実逃避したり、あるいは短慮で自殺したりしてしまう。たぶん作家はなかなか才能が評価されなくて何者でもないアイデンティティがないしんどい修行時代を過ごして、歴史と現代を相対化して長い時間のスパンで物事を様々な角度から見て不確定なプロットを長期間考えるので、ネガティブ・ケイパビリティが高くなるのかもしれない。しかし明治や大正の文学青年に自殺者が多かったり、芥川龍之介がぼんやりとした不安で自殺したりしたように、作家でもネガティブ・ケイパビリティを高めるのは難しいのかもしれない。現代の子供はLINEを送ってすぐ返信が来ないと無視されているんじゃないかと気にしてスマホを手放せなかったり、自分で考えるよりもスマホに頼ってわからないことをすぐ検索して答えを求めたりしてネガティブ・ケイパビリティが低いようなので、状況が激変して正解がわからないVUCA時代を生きるには宙ぶらりんの状態に耐える能力を鍛える必要があると思う。グロービス経営大学院大学学長の堀義人が40歳で囲碁を始めて、正解が分からない選択肢の中から勝つ可能性が高い一手を選ぶ意思決定の感覚が経営の役に立つと囲碁を推奨しているように、囲碁はネガティブ・ケイパビリティを鍛えるのに役に立つと思うので子供にやらせるとよい。

・失敗を許容する

私はサッカーのキャッチフレーズに使われている「絶対に負けられない戦いが、そこにはある」の「勝ちたい」ではなくて「負けられない」という感じが嫌いである。そんで負けられない戦いに負けたら観客が戦犯探しをしてミスをした選手を誹謗中傷して潰そうとする。北京オリンピックの野球でエラーをしたG.G.佐藤への批判もひどかった。テニスのクルム伊達の試合でミスするたびに観客がため息をつくので「ため息ばっかり」と怒った事件もあった。こういうように成功や挑戦を褒めない一方で失敗にばかり厳しい環境ではモチベーションが上がらないし、失敗してはいけないと意識すると緊張してますます失敗につながってしまう。決まった動きしかしない機械だって材料の成分のわずかな違いや経年劣化で一定数の不良品を作るし、複雑な動作や判断をして体調や精神状態でパフォーマンスが変わる人間が失敗しないことはありえない。怠慢や不勉強が原因の失敗はだめだけれど、熱心に取り組んだ結果として失敗してしまったのは許容しないと、能力がある人でも失敗を怖がって能力を発揮できなくなってしまう。あるいは失敗を隠蔽しようとしてさらに大きな失敗につながりかねない。大人が失敗を許容する姿を見せれば、子供も失敗してもいいんだと考えて将来の不安が和らぐかもしれない。

・競争と敗北に慣れておく

エホバの証人は競争を禁止しているので信者の子供は運動会に参加しないそうだけれど、こういうのは大人の自己満足で子供に悪影響だと思う。社会は本質的に生存競争で、受験にしろ恋愛にしろコンペにしろ定員があるところで選ばれるために他の人と比べられるのだから、子供のうちから競争に慣れておくべきだろう。勉強でも運動でも創作でもコミュニケーション能力でも、競争で優劣が明らかになって、他人の優れたところや劣ったところを認識するのが相手の個性を認めることで、それが自分の個性を見出すことにもつながる。競争して小さな勝利を経験することが自信につながるし、負けを経験して子供っぽい万能感を少しずつなくしていくのが大人になるうえで必要である。ゲームで負けた子供はストレスでキレたり泣いたりするけれど、これも負けた時のアンガーマネジメントやストレスへの対処法を覚えるうえで重要な経験である。負けを経験しないで万能感を持ったまま大人になって初めて大きな負けを経験すると、万能な自己像と現実のギャップで挫折から立ち直れなくなってしまう。私が親戚の子供に囲碁を教えて姉と弟で戦わせたら、姉が負けたら泣いて、次の勝負で弟が負けたら泣いていたけれど、それでも負けが嫌になって囲碁をやめようとせずに、しばらくしたら負けても泣かなくなった。負けて悔しいから上手くなろうというやる気が起きるものである。私もCOSMIというAI相手にフルボッコにされて三手先までしか読めない自分の間抜けさに憤慨しながら囲碁を覚えて、ようやく5回に1回くらい勝てるようになった。何度負けても死なないうちは挑戦して成長して勝利するチャンスがあるけれど、プライドを守るために負けを嫌って勝負をやらないと、敗北から学ぶこともなくなって成長もなくなる。大事なのは次に挑戦するために死なないことである。生きていればいいことがあるというわけでもないけれど、少なくとも何かに挑戦するチャンスはある。私のような貧乏な底辺のおっさんが言っても説得力がないので他の人の発言を紹介すると、囲碁棋士で初めてタイトル戦の挑戦権を得た星合志保三段は数えきれないほど諦めそうになったとインタビューで言っていたけれど、諦めなかったから挑戦権を得たわけである。というわけでみんな囲碁をやるとよいよ。

あと​ 自殺しないために考えること ​という記事で自殺しない方法を考えたので、自殺を考えている人は読んでみるとよいよ。


ネガティブ・ケイパビリティ答えの出ない事態に耐える力 (朝日選書) [ 帚木蓬生 ]






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最終更新日  2021.09.28 20:21:48
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