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春 風 満 帆 今年も知ったようなことをば書き連ねます。 どうぞよろしゅうに お引き立てのほどお願い申し上げまする。 2012年 元旦
2011年12月31日
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特別なる感激もない。 ”おおつごもり” と言ったって近年の 筆者にはさしたる特別な思いもなくなった。 こう書くと何やらおめえさんも面白くもない人間になりさがって しまって~と言われるやも知れぬ。 年に一度の大晦日じゃね~の、 感激くらいしたらどうなの、って! 新年も来ることだし・・・・・ 新年が来たって、また一つ年齢(とし)をとるくらいでなんにも感激 するもんでもあるめぇし・・・・・この屁理屈屋の隠居ヂヂーめ! まあ、落語みたいなやりとり書いてもしょうがないが確かに 感激もアタマのてっぺん同様うすくなってきている。 タイトルに 「あ~あ、大晦日だぁ~」と書いた。 このタイトルと いうものは大変に大事なもんである。 本の題名もそう。 キャッチ フレーズとよく言われるが文字と写真や絵で売るサイバーショップ (通販)ではそのことが最重要視される。 甘い美味しいケーキを売るのでも、「甘くて美味しいケーキ」などと 書いてはダメで、「蜜のようで口に入れると、とろ~り」などの表現、 「お口がパニックで止まらない」とか彦麻呂さんのようなユニークで 相手を惹きつけるものでなくてはならない。 そうでないと売れない。 本のタイトルでも例えばタイトルを見ただけで読みたくなるような ものにする。 「何用あって月世界へ」「生きてる人と死んだ人」 「日本人の忘れもの」 在り来たりのものはダメなんです。 映画の題名だってそう。 「郵便配達は二度ベルを押す」なんてのも あった。 古いけど、「欲望という名の電車」なんかも見るからに 興味をそそられる題名だろう。 キャッチフレーズを専門的に言えば ”つかみ” と言う。 顧客の 心を言葉でわしづかみにするのである。 新聞に入るるチラシも キャッチが最重要。 如何に買おうという気持ちにさせるかだ。 ”ピチピチとれとれのこの魚” ”今が旬の甘みのミカン” 文章だって、「朝起きて歯を磨いて顔を洗ってご飯を食べて学校へ」 などと小学生のようなものでは面白くない。 「眠いのに母さんが ムリヤリ布団をめくった。 ぼくは半分怒りながら学校行く準備し 朝ご飯もそこそこ家を飛び出た」などと書くほうがよっぽど読み手は 面白い筈である。 真正面で律儀なのはいいが面白みに欠けるのである。 人間、変化が ある方がいい。 同じものを書くにも前後左右斜めから見たり昨日も 書いたけど鳥の目、虫の目で見る見方もあるのである。 奥が深い。 ではでは、どなた様もよいお年をお迎えください。
2011年12月31日
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作家の井伏鱒二氏が1966年に文化勲章を受賞した。 その時に インタビューした記者が感想を求めたところ、井伏さんは「大変 晴れがましい気持ちです」 とおっしゃってから、「あっ、ちょっと 待ってくださいよ」 と、机上の広辞苑を手許に引き寄せてパラ パラとページをめくり、 「晴れがましい」 という言葉を引いた という。 1.はればれしい、 2.甚だはれやかである、 3.ほほえましい・・・ 井伏さんはぶつぶつ口に出して読み上げ、「あ、ちょっと違いますね、 ぼくのはもっと照れ臭いという気持ちなのです」 と訂正する様に おっしゃったという。 日本語というのはそれほど微妙で、特に作家はその使い方には神経 を使っているのである。 今でこそ阿川佐和子さんはテレビ番組の 司会に、そしてエッセイ作家として名が売れているが、本を書き始め の頃、父君の阿川弘之氏から随分と叱られたという。 言葉について である。 父君は東大出の国文学者であるから止むを得ないだろうが。 私は阿川佐和子さんのファンである。 彼女の随筆も数々読ませて 貰ったが、今やお父上の心配をよそに堂々たるエッセイストとして 存在感があるのではないか。 また数々のテレビ番組の司会をおやり になっているが、軽妙でしかもものおじしない語り口は面白いこと この上ない。 言葉といえば、お粗末だったのが麻生太郎元総理、それに鳩山由紀夫 なる軽佻浮薄元総理。 特に鳩山由紀夫の言葉は一国の総理たる者が 出すものとしては軽薄すぎるものが多すぎた。 言葉というのは正確で説得力があるべきである。 立場によっては より以上に慎重に口から出さねばならない。 総理が出した以上は 何があっても実行し実現することが要求される。 ウソはダメだ。 一般社会、民間に於いて、口から出任せでいい加減なことを言って いたらその人間は誰からも相手されなくなる。 その人間はそれを 直さない限り周囲は受け入れてくれない。 井伏鱒二氏が当然の様に言葉の意味を探ったほどに鳩山ポッポが もしも出来ていたなら彼の政治はもっと誠実なものになったろう。 まあ彼の場合は言葉以上に日本国の政治家としてふさわしくない 考えが余りにも多すぎるのはどうしようもないが・・・・・
2011年12月30日
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年の瀬も押し詰まってくると今年一年を振り返りサルでもする 反省なりをしてみよう・・・・・また言い訳がましいことも併せて 言ってみようかなぁ~と思ったり。 ナニナニ、このブログに 就いてでありますがね・・・・・ かれこれ2000回ほど書いてきたことになるけど、毎日それはそれは 書くテーマについて悩んできた。 ”苦しみを通して歓喜に至れ” と言った音楽家もいたがこの凡人にとっては塗炭以上の苦しみで あった。 続けることにこそ意義があると信じて・・・・・ 本を読んだり、広辞苑を開いたり、ウイキペデイアを見たりして テーマを探してはドロナワ式に拙文を書き連ねた。 我ながら内容 の貧相な他人に読んで頂くにおこがましいものもよ~けあった筈だ。 先人の優れた著作を読んでいて、すばらしい魅力的な文章表現が あると、うひゃ~いいなぁ~と思い、ノートに書き留める。 そんなノートが二冊もあるがついぞ活躍の場がない。 何故って アタマに入っていないから使うことが出来ないのである。 誠に 以って貧弱な能力である。 さて、優れたもの書きはモノを見つめるのに 「鳥の目」と「虫の目」 の両方を使うという。 「鳥の目」は高い空から物事を鳥瞰する見方で 「虫の目」は地べたを這い回って手触りの様に確認する見方である。 成る程なぁ~と感心する。 自分の場合は果たしてどうなのか、どんな 見方をしてどんな表現をしているのか、恐らくゴッタになっているに 違いない。 政治のことを書く時でも自分のエコヒイキで書いてしまうことが多い。 ホントはもっと鳥瞰的に書くべきなのだろう。 これは反省すべき事 だが果たして自分の小欄にそんな寛大なことを書く必要はないのでは ないかという疑問が片方ではある。 自分の思う通り好き嫌い、エコ ヒイキに溢れた内容でいいのではないかと・・・・・ 飲み屋のオヤジなら旗色を鮮明にしてはいけない。 阪神をヒイキ したら巨人フアンは来ない。 自民をヒイキしたら民主ファンは来ない から商売に響く。 ・・・が、私の小欄ごときで無差別平等にしても詮無いものと断じて、 結局来年も天衣無縫、独断専行を押し通すことにしますのでどうぞ 悪しからずお願い申し上げまする。
2011年12月29日
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はっとした。 いい言葉だと思った。 これは道元 『正法眼蔵』 の中の語句らしい。 私などはあの数十巻に及ぶ難解膨大な禅書を 読むなんてことは考えられない。 ものの本で断片的に言葉を知る だけである。 「花は愛惜(あいじゃく)に散る」 花は人に愛され惜しまれている うちに散るべきだという。 何も花のみならず人生すべてそういう ものだという教えであり、戒めなのである。 はてさて俗っぽい話になるが、政界にもプロ野球界にもこの貴重なる 教えに従うべき人間がいるだろうかな~、政界には居ないだろうな~、 だって惜しまれて地位を下りる政治家なんか聞いたこともないからね~ 飽きられ、嫌がられ、不信任を問われた挙句、立場を退いた総理大臣、 国務大臣の如何に多かりしことか。 それらがまだ国会議員として大 きな顔して残っている日本の政界の不思議さよ! どうも潔くない。 悪が蔓延っている印象が強い。 老害の感じだ。 院政の感もある。 ロクなことはないからそういう人間は直ぐ政界を 引退する規則を作るべきだろう。 小泉純一郎氏などは 「花は愛惜(あいじゃく)に散る」 的要素が なくはない。 でも政治を知悉する国民は彼の政治を否定するだろう。 一方プロ野球界には以って銘すべき選手は古今枚挙に暇はない程だ。 その典型は、我が阪神タイガースの金本選手だろう。 43才でまだ 現役を張っている。 肩を壊した昨年の姿は見るに耐えないもので あった。 投げられない、打てないかつての名選手のプレーにどれ だけのファンが落胆しそれが罵声に変わって彼に投げつけられたか。 彼を出場させるフロント、ベンチの配慮がなかったのだ。 あれ程 の名選手の醜態をフアンに見せてはいけないし、本人も出たい気持 を抑え治療に専念し回復完治の姿でプレーしなければならなかった のである。 もし来シーズン同じことをベンチが繰り返したならば 何をか況やということになる。 私は一ファンとして金本選手は 「花は愛惜(あいじゃく)に散る」 を知ってほしかった。 ”晩節を汚す” という言葉を使われる様 になったらその差は大変大きい。 その点から言えば、王貞治氏や 長嶋茂雄氏は潔い幕引きでこの言葉に近かったと思う。
2011年12月28日
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と言っても小5と小3の男児だからラクといえばラクである。 息子はゴルフで嫁は仕事だというから2晩預かったわけだ。 昨日はそれで図書館に2時間程連れていった。 好きな本を選 ばせヂーちゃんと並んで温和しく読書。 別にエエカッコでは ない。 漫画のような本を読んでいた。 ゲームよりはいいから 今日も連れて行こうかなぁ~、ゲームも勿論持参してきている。 我が家では我々への呼称は、”おじーちゃん、おばーちゃん” に している。 我々があって息子があり孫がある訳だから、自然に 尊敬の意を汲ませて ”お” を付けさせているのである。 さてそれは兎も角昨夜はトランプゲームをして遊んだところそれが 余程気に入ったと見えて今朝も朝から、”やろう、やろう” である。 ”二・八(にっぱち)” というゲームで ”ページワン” の亜流で 二は義務で八は権利のゲーム。 これはかつて現役の頃、上司の殊更好んだトランプゲームである。 この上司、途中でヘッドハンテイングで入社してきたオッサンで 変人だったがよく仕事が出来た。 私もよく薫陶を受けたほうだ。 それはいいが、この上司、そうだとかそうそうとか肯定的な言葉 を一切発しなかった。 普通は上下関係で二人が話合いする時 には、”そうれはそうだが・・・” とか ”君の言うことは分からん ではないが・・・” とか一応は肯定し、それから自分の言いたい事 を言うのが普通だと思うが、このオッサン、ついぞそれがなかった。 だからいつも話は一方的なものになる。 それやこれでストレスが 溜まり、こんなオッサンと仕事を続けるなんて堪えられんと考えて 会社に移動を申し入れたのであった。 それ以来このオッサンとの 関係は終了した。 それでこのオッサンがこの ”二・八(にっぱち)” トランプゲーム を持ち込んだのである。 兎角このゲームが好きで仕事が終わった 時や共に出張の時、何はなくとも江戸むらさきなのだ。 勿論賭ける のですぞ。 ・・・で、いつもやられるのである。 妙に強かった。 それで勝っても滅多におごらない。 おごる時はいつも会社の経費。 そんなゲームを孫が気に入っちゃった。 今もパソコンで書いてる 私のそばにきてソワソワしている。 さあ~、これからまた勝負だ!
2011年12月27日
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ブータン国王夫妻が来日したのはつい最近であった。 かの国は 幸福度NO.1であるという。 日本の様にモノが溢れているか というとそうではない。 早速移り気な日本人達のブータン旅行 が増えているらしい。 恐らく2~3日も居れば直ぐ飽きるに決ま っている。 我慢できる筈はないのである。 ところで先日、家に溢れるモノの整理と処分について書きました。 我々は高度経済成長時代にひたすら便利で快適な生活を追及して 来た。 戦後の貧窮した生活の反動のようにして手当たり次第に モノを揃えた。 冷蔵庫、洗濯機、テレビが三種の神器と呼ばれ それが文明のしるしと信じられた。 ネコも杓子も働いてそれら を競争して購入した。 消費が上がるから経済は相乗効果で上昇 したのである。 そしてやがてバブル。 ようやく気がつきはじめた。 モノの欲に 一億総国民が捉われそれまでの狂気が何だったのかと・・・・・ いくらモノを買い求めても際限がなくそれは真の豊かさを齎さない ことが少しは分かってきたのではないか。 欲なければ一切足り、求むる有れば万事窮す 越後の良寛和尚の言葉である。 もちろん彼の時代と違うのは 先刻承知なり。 でも警鐘としては貴重なものではあるまいか。 ブータン国にモノはない筈であるが心の安寧があるのだろう。 それが幸福度NO.1になっている最大の理由に違いない。 日本人 もそろそろ価値観の違いに気がつくべきではないだろうか。 以前にもこの小欄で書いた覚えがあるけど、もう二度と70年代から 始まった高度経済成長は望めないとして自覚すべきではないだろう かと思うのである。 だから経済も福祉もすべてそれを基準に考え 直す必要がある。 例えば経済が成長すれば国の借金は返せると いう空論を基準にした考えは払拭すべきだと思うのだ。 国家予算は相変わらず無用な投資で増え続けている。 政府の誰も 国のあるべきカタチを想定していない。 硬直したお役所発想しか 感じられないのである。 非常に保守的に思えるかも知れないが、 あれも要る、これも要ると容認していると東洋のギリシャに一直線 だろう。 平成の高橋是清はホントに待望されているのだ。 この私も良寛和尚にはなれないが、彼の気持ちは心の片隅にでも 残しておこうと思っている。 どう思うだろうか賢明な諸兄姉!
2011年12月26日
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どのような改革にも反対者がいるのは当然である。 既得権を持って いる人達、或いは同じような立場にいる人達、これらは当然反対の 立場になるに決まっている。 然し考えてご覧なさい、公僕としての立場でありながら民間よりも 3割も高い給与待遇で組合バックに少々サボってもクビにもならず ノウノウと仕事が出来るなんてどう考えても不合理でしょう。 大阪市役所の改革である。 橋下新市長の大ナタが振り下ろされる。 市バスの運転手の平均給与が739万円ですって。 それも毎年大赤字 を出しているのに地下鉄の儲けから回してもらっているという。 近鉄、阪神、阪急など民間バス会社5社の平均給与は544万円です。 市交通局は民営化でバスも切り離すという。 バスも民営化になる。 市バスの恩恵を受けているお年寄りも多い様であるがそれはそれだ。 デマンドバスにするかどうするか知らないが独立採算できるように したらいい。 税金に群って既得権を主張するのは不公平である。 天下りの全廃。 意味不明の補助金。 パリ、上海など4ヶ国にある 大阪市の出先出張所の廃止。 これなどは市職員エライさんの視察 などの際の観光案内係が主な仕事だという。 これに年1.7億円予算 を割いてきた。 これもそれもあれもこれまでの組合傀儡市長平松は何もせず看過 してきたのである。 ホントにムダな税金を使ってきたものだ。 何れにしても府と市の二重行政の一本化。 24区長の公募開始と その決定で区長への権限委譲と予算権とその行使、ダメなら責任 を問う仕組み。 次の段階では区の再編(24の区を10とか8つ?に) と区長の住民選挙へと移行するという。 日本一金持ち東京都はどうか知らぬが大阪はこれまで橋下氏以前 は 「日本のギリシャ」 と言われたほどの公務員天国だったのだ。 それ迄の無能知事、無能市長が職員を厚遇し大赤字を垂れ流して いたのである。 借金を両方合わせて8兆円以上もつくりながら。 今時、自分の身を切りそれこそ命賭けて(絶対に命を狙うヤカラが いる) やろうとする首長がいるだろうか。 中央の永田町を見れば よく分かる。 今回の圧勝で中央が放って置けなくなったのは民意が 既成政党である民主、自民、公明、共産を否定したのである。 地方自治法の改正がなされ、もしこの四年間で大阪都構想が実現し 大阪がすっきり整理されまとまり経済の活性化でも見たなら地方は 挙って見習うに違いない。 是非そうなってほしいものである。
2011年12月25日
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”タンスの肥やし” とはよくぞ言ったものだ。 これは要る、 いつかきっと出番がある。 流行は繰り返すから必ずリバイブ するはずだ。 アタマの隅でチラチラ考えながら結局捨てる事 が出来ず元の場所に仕舞いこむ。 それやこれやが長年積み重なって家中モノで溢れる。 戦争を 体験した人達はモノを大切にするから尚更だろう。 我が家は3年前の引っ越しの時にこれでもか、これでもかと大胆 に処分してきた。 家具調度の大きなものは引き取って貰うのに 市役所の清掃課かどこかにカネを払って持っていってもらった。 多かったのは衣料品。 着用できるものは洗濯し、ネーム入りの ものは丁寧に外しダンボール3個ほど大阪釜ヶ崎の”出会いの家” にチャリテイで送った。 本は本箱一杯以上、古本屋に来て貰い 処分した。 その他日用品がゴミの日に仕分けして処分した。 そんなで引っ越して暫らくは、あれ~、あれどこにいったかな~ などと特に着るものの行方に困惑した。 でも、あるものしかない のだからそのうち馴れてしまった。 結局なければないで済むもの なのである。 この三年間で新たに購入したものといえば殆んどが ユ〇クロのポロシャツ、肌着の類だけ、 ユ〇クロ様々である。 家財の処分といえば女優の高峰秀子さんを思い出す。 彼女は55才 で女優業を引退し62才で大きな家を圧縮し三部屋の家にし家財道具 を売ったり人にやったりして皿もコップも夫婦の分だけイスも四脚 だけという極限の簡素にしてしまった。 老年を迎えるに当たって 要らないものは全部捨てたのだ。 彼女は著書で述べている、”私 には好きな人間と僅かな本があればいい” 彼女のご主人は脚本家 の松山善三氏であった。
2011年12月24日
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吾が生既に蹉?(さだ)たり、諸縁を放下すべき時なり。 (徒然草第百十二段) <自分の人生はもうけりがついた。 これからは義理は全て 欠くことにする> 神奈川の妹夫妻からハガキが来た。 時節柄誰かに不幸でもあった のかと見ると、しんどくなったから今後年賀状は出しませんから、と あった。 そうか、まあそれもよかろうと思った。 でも考えてみれば年に一度の音信をやりとりする関係の知己もいる だろうからそれを絶つということは絶縁の宣言の様になる。 冠婚葬祭の義理も盆暮れの贈答も何もかにもなくするということだ。 年齢(とし)をとるということは冒頭の徒然草の文のように世間との 義理の関係を遮断して気楽にしたいと思う終段のことだろうか・・・ 私などは浮世との関りを絶つなどは考えが及ばないからまだそうした 枯淡、隠遁、隔世の気持にはなれない。 もう一つ言えることは、都会に住んでいれば、特に集合住宅にでも 住まうと ”隣人なにする者ぞ” という関係もそこここにあって別に 向う三軒両隣と疎遠でも不思議はない。 ところが田舎ではそれは叶うまい。 田舎では地縁が密で下手する と村八分になってしまう。 生活ができなくなる可能性がある。 葬式だって祭りだってみんな寄って盛大にやるのが普通だからだ。 恐らく妹夫妻も隣近所との関係は都会でも戸建住居だから従来通り にするのだろうが遠隔の知己との交信は止めるという意味だろう。 まあ考えることはそれぞれカラスの勝手だから勝手にしたらいい。 家人は今セッセセッセと毎晩少しずつ年賀状を書いている。 私は もう書き終って投函した。 家人は沢山の交友関係を楽しんでいる。 やれランチだ、お茶だ~と週に2~3回は出てゆく。 家に居るとき でもしょっちゅう電話で話している。 よく話すことがあるもんだと 感心している。 我が家は二人とも浮世の義理は欠かせない性格だからこれからも ずう~っとああでもないこうでもないって人と関っていくことは間違い ない。
2011年12月23日
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立場を弁えられなかった総理が二人続いた。 あれらは何の為に 総理大臣になったのか未だに理解不能である。 「綸言汗の如し」 の言葉も幾度となく使った。 つまるところは議院内閣制だから 民主党を選んだことに間違いがあったということになる。 あれらはどう見たって総理の器ではなかった。 その前に国会議員 として失格である。 つまり国民を代表して国の為に正しく尽くすと いう見地から凡そ相反しているからである。 総理を辞めた後もまだ議員として闊歩しているのを許す日本と言う 国もどうかと思う。 自民党にもかなり残っているが・・・・・ 今朝は、”言っていいこととそうでないこと” の話をしたかった。 プロ野球ソフトバンクホークスの杉内投手が巨人に移籍したことは ニュースにデカデカと出たからご存知だろう。 ナンやら4年契約 で20億円などというケタ外れの金額である。 その移籍の原因になったのは、来シーズンの契約更改の場での球団 幹部の言葉だったという。 FA資格を取った彼に ”お前を必要 とする球団などありゃしない” と言ったらしい。 本人はそれが悔しくてオレがこれまで球団に貢献してきたことを何 も評価してくれていない。 球団はそれしか考えていないのならば オレはFAを宣言して他所に問うてみるということが発端だという。 選手にも実績に対する自信とプライドがあろう。 それを頭から否定 されたらそれは怒って当然だ。 この幹部はツイッターでホークスの 多くのファンからバッシングを受け、孫オーナーもその意を汲み役員 から降格して海外渉外担当にした。 この幹部も部下に対する配慮、理解が不足していたということだ。 つまり社会経験の欠如である。 一般の会社でも部下にそんなことを 言ったら、ナンじゃいな、この上司は! ってなことになる。 とんだヤブをつついてヘビを出してくれたものだ。 この杉内という 投手、我がタイガースには滅法強いのである。 今更その東大出の 小林という幹部を恨んでみてもしょうがないけど、ホント余計なこと を言ったものだ。 すべからく ”口は禍の元” ”沈黙は金なり” を自覚したいものだ。 前出の二人の総理は日本を滅茶苦茶に後退させたアホと言っていい。
2011年12月22日
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オヨヨ~、オヨヨ~、アイゴー、アイゴ~と嘆き悲しむ様子を これでもか~これでもか~と映像に出す。 全部ウソ泣きだそうだ。 泣かないと連行されるからみんなして 演技をするのだという。 国はもちろん国民もみんな悲しいのだそうだ。 チュチェ思想の 大親分、我らが同志の将軍様がお亡くなりになった悲しみはいか ばかりか・・・・・アイゴ~! おかしいやろ~大体、最愛の身内の者が亡くなったのならいざ知 らず、食べ物も着る物も何もかも不自由させて国民を貧乏のドン 底に落としつづけたドンが命脈尽きて頓死したのなら、普通は手 でも叩いて喜ぶのが当然だろうに・・・・・ つまり、あの体制の下でいい思いをしていた一部の連中がそれを 強いるのである。 みんなで悲しもう、そして ”ガキ” を盛り立て てこれまでの体制維持を図ろうとしているのだ。 国民は蔭で金正恩をガキと呼んでいるらしい。 どうせ政治も経済も 何も分かっていないだろうから周りが後援しなければ何もできない ことは誰でも知っている。 シナがいち早く金正恩体制の支持を表明しているが、そうせざるを 得ない事情がある。 崩壊されると困るし何分核を保有しているから である。 もし軍の暴発でもあれば大変なことになるのだ。 これは シナのみならず隣の韓国、日本など周辺の国すべてに影響を及ぼす 可能性があるからである。 難民の問題もある。 海から陸から難民が溢れ出たら大変なことに なる。 だからソフトランデイングさせて徐々に徐々に今の体制を 軟化させシナの様に経済に資本主義を導入させて一国二制度にする ことが主眼であろう。 シナが考えてるシナリオはそうに違いない。 さて、朝鮮人は韓国人を含めて嘆き悲しむのがオーバーアクション である。 何かといえばアイゴ~、アイゴ~と号泣する。 そして それを映像は大写しにする。 情報操作の一つだが日本大使館前の 慰安婦の銅像だって騒いでいるのはごく僅かである。 それを取り 上げてさも韓国全体が揺れている様を装う。 大統領は世論を煽り 日本を攻撃して国民の歓心を買い、選挙を有利にしようとする。 意図が見え見えなのだ。 戦後処理は終わっているのだから野田 総理が突っぱねたのは正しい。 今更蒸し返す方がどうかしてる。 竹島の問題にしてもこの問題にしても韓国はどうもやり方が汚い。 話が外れたが我が国でも ”泣き屋” は存在した。 悲嘆の場面で リードして悲しさを盛り上げる役を演ずる。 でも我が国の場合は 私的なものだから罪がない。 彼我の違いは大きいのである。
2011年12月21日
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正しくは<白菜と豚バラのミルフィーユ仕立鍋>とでも言おうか。 カッコつけてミルフィーユなどの言葉を使ったのは他でもない 白菜に豚バラ肉を交互に挟み込み何層にも重なる様にするから である。 今は白菜が旬だから時期としては申し分ない。 このところ寒いし、 テーブルにガスコンロ乗っけてお鍋をグツグツいわせながら冷たい ビールと共に鍋をつっつくのは堪らんべさ。 この <白菜と豚バラのミルフィーユ仕立鍋> はいろいろな作り 方があって好みでどんな味付けでもいいが、私の作り方を簡単に ご紹介しましょう。 淋しく一人で食べる方は白菜のタテ切り1/4ほどでいい。 豚バラ 肉は200~300g、あと安もんの焼酎720ml500円くらいのでいい。 ”大五郎” のどデカイ瓶を買っておいて何回にも分けて使っても いいのではないか。 それとニンニク、胡椒、ポン酢を揃える。 作り方は白菜の間に豚バラ肉を一枚ずつ挟んでゆく、なくなったら それはそれでナシでいい。 そいつを鍋の深さー3cmほどの長さに ザクザクと切る。 それを一人なら手鍋に断面を上にして並べいれる。 そして焼酎をドボドボと浸るほどに注ぐのである。 その上にカリ カリ焦がしたスライスニンニクをパラパラ。 胡椒、あれば黒胡椒 をパッパッと振る。 アトはコンロのスイッチオンでグツグツと煮え 出せばもういい。 焼酎はアルコールが飛べば白菜と肉にウマミが加わる。 もし焼酎 無かりせば鍋底に昆布を一枚敷いてあとは水でもよし。 昆布も無 ければ顆粒ダシ少々でもいいだろう。 入れるのはビールでも日本 酒でもいいかも知れない。 ハフハフ~フ~フ~と食べ、冷たいビールをグビ~、ハフハフグビ~ 冬の寒い夜はタマランよ~、 如何ぉ~、やってみる?
2011年12月20日
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先日、ジンクスやら縁起やら運について書いた。 その中で運 についてもうちょっと考えてみたい。 どうも世の中、運の強い人と弱い人があるように思う。 運は 誰にでもあるのだが、それを掴む人と逃す人に分かれるのでは あるまいか。 運をつかむには、「私は運が強い」 と信じるか不運と感じる 時でも、また必ず運が開けると思い込むことが大事のようだ。 先日年末ジャンボ売り出し日に街頭インタビューで白髪のヂー ちゃんが出ていて、「この10年ほど1億円も当たってないので そろそろ3億円でも当てて孫達にでも分けてあげようと思う」 などと嘯いていた。 購入するたびにスカに終わり、買いだしてこのかた、いい思い などしたことのないあたしには何と無慈悲に響いたことだろう。 きっと運に上手い事乗れるヂーちゃんなのだろう。 お~し、オレも同じヂーとして運が強いんだと思うことにしよう。 そして今年はダメでも来年があるさ、とでも思い込もう・・・・・と、 そして年末ジャンボを買いにゆくべ! 忘年会も終わったし、後の楽しみを年末ジャンボにでも託そうか。 どうせダメだとは思わずに運をつかめるか、運に乗れるかどうかを 試してみるべか・・・・・(P_-)
2011年12月19日
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またぞろカネに飽かして巨人は他チームの選手を漁っている。 ラミレスに逃げられ菅野を取り逃がし、どうするかと思ったら グラグラする横浜の村田を獲り、ソフトバンクの19勝投手である ホールトンも獲った。 次はソフトバンクのエース杉内を4年で 20億円の大金とエース背番号18をチラつかせて獲るつもりだ。 ソフトバンクもエース級二人も取られては今年は上手い事日本一に なったが来シーズンは連覇も覚束なくなるので杉内に巨人以上の カネを積んで引きとめにかかっている。 一体どうなるだろうか。 それにしても金持ち球団はあからさまだ。 我が阪神タイガースも 近年は感心したものではない。 大金を投じた城島も故障やらで 大した活躍もしていないし、小林宏に至っては昨シーズンは散々で あった。 そしてまだ米国にいる五十嵐を2億円で狙ってるらしい。 二軍には素質のあるのが埋もれているのだから要らんだろうに! プロ野球もスター選手ばかり集めても以前の巨人のように必ずしも 勝てるとは限らないのだから地道にドラフトで獲った選手を育てて 広島カープのような球団を何故目指そうとしないのだろう。 かつての南海ホークスや野村監督時代のヤクルトスワローズの様に スキのない野球をやったらどうなのか。 練習で鍛えエラーのない、 ヒットエンドランやランエンドヒット、盗塁などを駆使して緻密な 野球を目指せばスター選手など居なくても優勝できる実力だって備 えられるのである。 大砲もいいがマシンガンもいいのだ。 権藤横浜が優勝した時はそう であった。 勿論デフェンスの投手力も大事であるが、これにしても 完投型大投手がいなくとも継投型の組み立てだって可能なのだから それなりの整備が出来るだろう。 だんだんとアメリカの物真似をしてカネ万能の世界にプロ野球も 傾きつつある。 夢があっていいというご仁もいると思うが過度の 放任はどうかと思う。 もっと地道な努力が報いられる様な世界で なければパワーのある外国人が益々参入してくることになる。 コミッショナーもアメリカのそれを参考にしつつ日本独自の仕組み を構築していくべきである。 WBCの参加で日本がモメたように カネ万能社会のやり方に批判的であるべきだろう。
2011年12月18日
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今の教育についてはこれまで何度もこの小欄で書いてきました。 どうなることでもないけどこの教育を受けた忍耐も競争心にも 欠けた無気力な子供達が成人して生み出していく世相は恐ろしい 感じがすると・・・・・ 大阪の堺市で起こった二件の殺人事件は悲惨なものだった。 別々の事件かと思っていたら同一犯人だった。 被害者の一人は 歯医者さんの奥様で67才の方。 買い物に行っていて狙われた。 犯人は金持ちを物色していて被害者は高級外車にのり服装もそれ なりに見えたのだろう。 全くのアカの他人なのに拉致し、カネと キャッシュカードを奪って暗証番号を聞きだして直ぐ殺害したと 自供。 そして死体を焼いてしまったと白状した。 残虐極まりない 人間の皮を被った悪魔のような所業である。 もう一人の被害者は向かいに住んでいた幼少の頃から可愛がって くれていた元会社重役さん84才のご老人。 月末に賃貸家賃の 集金があるのを知っていて殺してそれを奪いキャッシュカードも 奪ったようだ。 これも暗証番号をどのようにして知ったものか。 多分、脅して苦しめて聞き出したのだろう。 そしてラップで窒息 させて命を奪った。 何ともやりきれない残虐な事件である。 犯人は親の死後残された 財産を遊びと商売の失敗で失い、保険金目当てで自分の家に放火し て捕まり長い間刑務所暮らしをして出てきたばかりだったという。 50才の典型的なノーテンキ野郎である。 どうも近年、このような 人間がひどい事件を起こしている。 気がムシャクシャするからと アカの他人を傷つけたり、無差別殺戮に及んだり忍耐も辛抱もない ままにとんでもない行動を起こすという・・・・・ まあ、おおもとは政治の貧困に起因するのだろうが、私はこの様な 事件はまだまだ頻発してゆくような予感がするのである。 現在の ニートやフリーターが親がかりで居れるうちはいいが、その親達も 間もなく居なくなっていく。 国の経済も破綻に向かっている様な気がするし、人心もまたそれに 伍しているいる様にも思える。 私の危惧に終われば言う事はない のだが・・・・・
2011年12月17日
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団塊の世代がどどっと定年退職して勤め先がなくて困っている。 凡そ年に100万人程だろう。 年金の支給年齢でもめているけど これまでの65才を68才に延ばそうと政府はあの手この手で検討 している。 年金の原資が不足するというのだ。 サラリーマン からてん引きした年金はどこに行ったのだろうか。 いい加減だ。 それで厚生労働省は定年を65才まで延ばすよう経団連、日商などに 要望した。 ナンやら社会主義国のような話ではないか。 民主党 政権は赤っぽいから不思議じゃない話かも知れないが民間の会社に そんなことまで要求するのはおかしいに決まってる。 ただでさえ政府の無策で円高、デフレで国内産業は疲弊しているのに それに追い討ちを掛けて定年を5年も延ばせなんてどうかしている。 最低賃金やら労働時間を規制するのはいいだろうが定年制まで踏み 込むのは越権だろう。 案の定、経済団体は「柔軟に対応すべき問題であり義務化の必要なし」 の見解を出した。 当然である。 企業は特に中小零細企業では今の 状態で延命にノツノツしているのに更に賃金と高い高齢者を継続して 働かせるなんて出来る相談ではなかろう。 勿論中には高齢者の技能 と経験を頼んで65でも70才でも働かせる会社もあるだろうがそんなの は極々一部である。 連合が考えているのは公務員の立場であろう。 またぞろ公務員保護 の立場から民間に65才定年制を押し付け公務員もそれに倣おうとして 画策しているに違いない。 また税金を食うのである。 民間なら60才 で一度退職しそこから給与を新入社員並にど~んと下げて嘱託として 再雇用するのが普通である。 やるなら公務員だって同じやり方に しなければならない。 どうせそんな積りはサラサラないのであろう。 100年安心な年金制度などと言ったのは2004年の6月で小泉内閣の厚労 大臣、公明党の坂口力である。 舌のねも乾いていない。 ようあんな ことが言えたもんだ。 オッサンまだ国会議員でいるのか? アホか! 昨日のニュースで北海道、北陸、九州の整備新幹線を2兆数千億円かけ て着工するんだと! そんなもの不急不要だろうに。 本当にメリハリ のない日本国政府だね~、タテ割り組織の悪弊だ。 どうかしてると 思いませんか? カネがないカネがないと言っていながら片方ではムダ なカネを使おうとしている。 息子の入学資金が無いのに親父が新車を買おうとしている家庭と一緒だ。 どうだろかこんな国。 どっか間違ってるのではありませぬかや!
2011年12月16日
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阪神淡路大震災の時もそうであったけど今度の東日本大震災でも 日本人の思いやりの心はまだまだ失われていないことに安堵した。 たくさんの人達が遠路厭わず東北の地に参集した。 阪神淡路大 震災の被害を受けた人達も大勢ボランテイアに参加しました、我々 も沢山の人達に助けられたからお互い様だと言って・・・・・ 援助物資に整然と並ぶ日本人の姿が全世界に報道されて世界の人々 が日本人の人間性を絶賛しました。 世界どこでもあの様なパニック の時には我勝ちに他人を押しのけ分配に預かろうとする光景をテレビ はどれだけ映してきたことでしょう。 日本人にはまだまだ他人を思 いやる心が残っています。 思いやりの心は本来日本人に当たり前に根ざしていたものです。 それが戦後の教育によって希薄になってしまっているのです。元々 「惻隠(そくいん)の情」 と言って相手の心情を深く推し量って思う 気持ちや弱者を守り親孝行をつくすという心のことです。 最近では藤原正彦先生がよく用いる言葉です。 「惻隠の情」という言葉はシナの孟子の言葉です。 今のシナには 国民にそうした心は殆んど見られないといっていいでしょう。 自分さえよければいいと言うカサカサと優しさも思いやりもない 国民に堕落しています。 これは政治の貧困が人々の心をその様な 索漠としたものにしたのでしょう。 政治は怖い。 政治が民心を 変えてしまうのですね~。 日本だってこれからこんな政治を続け ていけばどうなるか分かりませんよ~・・・ 「情けは人のためならず」という言葉もありました。 慈悲とか 心配りとか日本語ならではの表現ではないでしょうか。 ボランテイアに関してはアメリカが一歩も二歩も進んでいます。 アメリカ人のそうした奉仕の精神はキリスト教との関係が大いに 影響しているのでしょうが子供の頃から学校で叩き込まれるので 当たり前のこととして認識されているようです。 教育に直結させ て指導しているのですね。 今の日本の教育では考えられないこと ではありませんか。 日本も戦前まであった修身の科目を復活させて中味は現代に合う 様に変えて採用すべきだと考えるひとりです。 今の日教組に任せ ておくと強いしっかりした人間形成はできません。 このままでは 世界に伍して行く人間が減り落伍する人間ばかりになるでしょう。
2011年12月15日
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どうもジンクスとか縁起とかに拘ると人生やり難くてしょうがなくなる のではないか。 でも世の中一般的に勝負の世界にいる人は結構 真剣に考えているようである。 例えばプロ野球の監督とか選手。 負けた日の翌日は昨日通った 道を避けて違う道を行くとか・・・・・勝った日に着ていった背広は 縁起がいいからゲンを担いでまた着ていくとか・・・・・そんな話を よく聞く。 元阪神の監督であった岡田氏などはそうであった。 また、自分のラッキーカラーを決めていて勝負の日は必ずその色 の服とか身の回りのものにその色を付帯させるとか・・・・・ こうしたことは必ずエスカレートしてゆくものだ。 もし期待通りの 結果が出なければ、やっぱりいつもの通りしなかったからだ・・・と、 そのことに結びつける。 方角のこともそう。 どっち向きが縁起がいいとか、どっち向きが 悪いとか・・・・・家を建てる時には玄関をどっち向きにするとか、 東南の角には南天を植えれとか、トイレとか水回りはどこの位置が いいとか、これは建築屋さんでは半ば常識的にそうしているのかも 知れない。 まあ、一生に一度のものだから無視するよりは縁起とか 謂われに沿ったものである方が安心するだろうけど。 これに占いとか八卦が絡んでくると益々ややこしくなる。 血液型が どうだから結婚の相性がいいとか悪いとか・・・生まれ年の干支がどう だから吉だとか凶だとか・・・まあまあ、そんな条件を考えたらウカ ウカ結婚も出来なくなる。 どうだろか、何事もなるようにしかならんのだから、努力して出来る ことはそうする。 一々ジンクスやら縁起を考えていたら、したい事 も出来なくなるであろうし・・・・・ あたしは占いなどというものは一度もして貰ったことはない。 大体、 まことしやかに、あなたはこうだからこうなる、とかこうしなさい などと規制されてたまるか、と思うのだ。 自分の行く末の運命を 予言されるのは決して気持ちのいいものではないだろう。 占い師は必ず予防線を張っておく。 私の予言通りにならなかったのは あなたが私の言った通りにしなかったからです・・・と! アホかいな。
2011年12月14日
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政治の話は半年くらいは野田政権を見守ることにして余り話題に しないようにしていた。 でも時折我慢できなくなるのは期待値が 当初はそこそこあったからなのか昨今の優柔不断さ、換言すれば リーダーシップの無さが歯痒い。 元々民主党の中では少数派であったから党内融和を考えるのは 分からんことではないが、今回の二大臣の問責のことでもそれを 野党から出させる前に罷免すべきだった。 国民の多くがあの二人 は大臣として不適格と判断している訳だからジョッパらないで民意 を汲んだらよかったのだ。 政治が国民を向いているならば派閥が横車を押そうが堂々と思う事 を通せばいいのである。 小沢が塀の外から消費税は契約違反だと か言ってるが民主党が契約(マニフェスト)で示したものは殆んど 実現されていないのだから、今更契約違反だから、なんてのは噴飯 な話だろう。 永田町ではこうして押し合いへし合いし国民の為の政治がちっとも 前に進まないのは国会議員の質が悪いのか政党政治の仕組みに 問題があるのか知らんが、もう国民は飽き飽きしている。 大阪ではダブル選挙で維新の会が圧勝して中央の政党が危機感 を持ったようだが、何故彼らが勝利したか考えてみたらいい。 維新の会が橋下氏を中心にして府政の改革がどんどん進んだ故 であろう。 これまでの組合上位の地方自治を変換したのである。 国家でも地方自治体でも既存の体制が黒字体質であれば問題は ないだろうが赤字を積み重ね、これからもその体制を維持しようと するならそれは変えるべきであるのは100人が100人賛成であろう。 反対するのはその体制でスネを齧り税金を食う公務員だけだろう。 あるべき将来ビジョンを示し、オレはこう進むからオレについて来い と言うのが何で独裁なのか。 既存の体制、方法が間違っているから 今日の赤字の実績が残っているのではないか。 組合、自治労の言う 通りにしていたら日本は間もなく東洋のギリシャになる。 1000兆円の大赤字を減らす一大政策を誰がやるのだろう。 700兆円 と言われる国家資産を売却して差し引き300兆円の赤字にでもするか? 平成の高橋是清は出て来ないだろうか?
2011年12月13日
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今朝のブログで1949回目になります。 記入率99.1%だから これは自慢していいのではと、高石ともや氏ではないが、”自分を ほめてもいい” のではないかと我ながら飽きもせずよう続いた もんだと・・・・・ それで毎日毎朝何を書いたらよいかとテーマを探すのですが、その マクラが決まれば長いムダメシもムダにはならなかったかしてボチ ボチとナンやカンや書くことができるようです。 でも恐らく自意識はあるのですがこれは以前に書いたことがあると 言うテーマは時々あります。 この水虫についても何度かこの小欄 で書いた覚えがあります。 それは兎も角、どうやら完治したみたいです。 この一ヶ月くらい 塗りクスリなしでも痒みがないのです。 やった~、長年の無二の 盟友が私から去ってゆきました。 もう棲みついても私の皮膚は 老化して美味しくなくなったのでしょうかね~ 思えば半世紀を越える呉越同舟でした。 市販の塗り薬はどれだけ 買って使ったことでしょう。 市販のクスリで水虫は治りません。 塗布した時は気持ちいいですがそれだけです。 あれは製薬会社の 戦略だろうと思います。 治ってしまったらクスリが売れなくなるので さも効き目があるように成分を弱めてあるのでしょう。 最終お世話になった皮膚科では水虫患部の皮膚を削り顕微鏡で見て 菌の所在と種類を確認して飲み薬と塗り薬を処方してくれました。 前のボンクラ皮膚科の不勉強ヂーはいつも患部を診て、いつも決り きった塗り薬だけでした。 せっせと塗ったけど効き目さっぱり。 最終の医院では若い女医さんがこのクスリちょっと強いですけど 治りますから毎朝一錠服用してくださいと言って確かネリドール という錠剤を処方してくれた。 塗り薬と併用である。 教訓として学んだのは通院して治らないのなら病院を変えてみる ということです。 セカンドオピニオンでもサードでもいいから いい医者が見つかるまで変えたほうがいい。 開業医には不勉強 な医者が多い。 疑ってかかって私の場合は正解でした。
2011年12月12日
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どうだろか、日本ほどバクチにゆるい国は世界中にあるまい。 競馬、競輪、競艇、パチンコ、麻雀、花札にチンチロリン。 ようここまで許したものだ。 麻雀、花札、サイコロの賭けは公け には禁止ではあるけども・・・・・市中ではみんなやってるべさ。 ヤクザもカタギも一緒になって。 国会議員までやっている。 アジアでは思想、宗教上などの理由で国の締め付けが厳しいから バクチ資本、バクチ人口は全部日本に集まってくる。 政治家にもそれらに関係している人物が居たり、政治献金なども そうした分野から政治家のフトコロに随分とゴッツアンだ。 テレビでも最近は不景気だから一般企業のCMが激減し、それに 代ってパチンコ、競馬、競輪、競艇などのCMが増えている。 正にバクチ奨励のおかしな世の中だ。 だ~れも倫理観でそれを 取り締まるところがない。 国も放置だからTV局がカネ欲しさ に善悪など疾に失っている。 嘆かわしい話である。 我が日本はいい国である。 何でもありだ。 清濁併せ呑むどころか 濁々の世界ではないのか。 どうしてこんな国になってしまったの だろうか。 終戦後、自由だ平等だ資本主義だと言って、それ迄の 道徳・倫理を洗いざらい捨てさせられた結果ではあるまいか。 そしてまだカジノ待望論が残っている。 東京都の石原知事も大阪の 橋下新市長も賛成派である。 あたしは反対である。 カジノを作っ てもパスポートを持った外国人しか入場出来ないようにするのだろう が、バクチだらけの日本に更にカジノは要らんだろう。 そんな泡銭 を稼ぐような姑息で頽廃的なものは止めてほしいもんだ。 沢山のサラリーマンや主婦がパチンコやバクチで破綻していると聞く。 夫の退職金をアテにしてサラ金でカネを借りパチンコに溺れる主婦。 少ない退職金をアテにしてバクチに身をやつすサラリーマン。 どうするんだろうか。 お先真っ暗じゃござんせんか・・・・・ パチンコがなくっちゃ~生きられないのでしょうかね~、競艇や競輪 がなくっちゃ~他にすることがないんでしょうか? 間違っているで しょう。 否、間違っています。
2011年12月11日
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地縁血縁とよく言う。 血縁は同じ縁でも結束は固いだろうが 問題は地縁の方である。 あのフォーク歌手の松山千春氏と 政治家の鈴木宗男氏はガッチリと固い地縁で結ばれている。 北海道の足寄町というのは人口8千人足らずの小さな町である。 阿寒湖から糠平湖に抜ける小さな町で一度車で通り抜けたことが ある。 あ~、この町が彼らの故郷なんだぁ~と思って感慨深い ものがあった。 著名になると出身地が小さければ小さいほど絆が固くなるようだ。 同じ山川、小中学校の姿、知人、町の佇まいなど同じニオイを嗅ぎ 過ごした感覚は消えるものではない。 それらを共有するのが同郷 の誼(よしみ)というものだろう。 だから松山千春は鈴木宗男を 何が何でも後援するのではあるまいか。 ところで私の好きな椎名誠氏の取り巻きで太田篤哉という東京新宿 東口で手広く池林房とか陶玄房、浪漫房、犀門、梟門などの居酒屋 のオーナーがいる。 東京に住んで居られる方は行ったことがある かも知れない。 その太田篤哉氏が私と北海道の岩見沢市出身である。 しかも私と 同じ鉄道官舎に住んで北本町小学校まで出ているのだ。 恐らく 中学校もすぐその隣の緑中学校に違いないし高校も当時は校区が あったから岩見沢西高に違いないと推測する。 そうすると彼は 私と同じ山川を見て同じ空気を吸って同じニオイを嗅いで子供時代 を過ごしたことになり懐かしさでいっぱいになるのである。 大学に入って札幌に移転したから札幌出身としているが私の23年間 の道産子時代のうち、20年近くは岩見沢の住人だったのである。 太田篤哉氏は偶に居酒屋の傍ら椎名誠氏のエッセイに加わる事が あって 「これもおとこの人生だ!」 という本に自分の出自の ことを詳しく書いていたので知ったのだ。 上口先生という小学校 の私も覚えのある名前も書いてあったから年齢的にもコンテンポラ リー(同時代)だろう。 懐かしいし今度東京に行くチャンスでもあり 時間が許せば是非新宿の池林房に寄ってみたいと思っている。
2011年12月10日
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師走になっても仕事をしていた時代と違って殊更変わったことも もない。 精々大掃除と呼ばれる自分に分担される天井とか電器 類とかの清掃である。 これも日を決めて2~3時間もあれば済 ますことができる。 家人の方はそうはいかない。 まだお節の準備には早いから大体 はクリスマスが過ぎた頃から忙しくなる。 毎年、毎年、今年は どうしようかな~、作るの止めて注文でもしようか・・・などと言い ながらも結局自分で食材の買い物をしている。 何でお正月が近 づくとものが高くなるんだろうと毎年ブツブツ言っている。 まるでアリさんの冬支度のようにも見える。 そうして一のお重 から三のお重まで三段に入るものを作ったり、中にはゴマメとか 黒豆とかお飾り的に量の少なくて済むものは出来合いを買う。 昆布巻きも買うかな~、あとナマスとかキントン、煮しめなどは 作っている。 カズノコや出世魚のブリの照り焼きも入る。 お頭つきはエビが常連、紅白のカマボコなど、それやこれやで お重は何とか三段いっぱいになる。 そうしてお正月を迎えるとお重を広げ、お屠蘇を頂きながら昨年 も宝くじは当たらなかったね~と自嘲的にテレビを見つめながら つまらんウソばかりの総理の年頭所信を見たりする。 二日にはお重を持って息子の家庭を訪れヨメさんのご両親共々に 新年の交歓をする。 ヨメさんもお母さんもお節は作らないから 家人が作るのは半ば義務的に思っているからかも知れない。 という具合で我が家の年末年始は想定内のことである。 今年こそ は宝くじが当たらんかいな~と思うが、まだ買ってもいなのだから 話にもならんべさ。 これ迄年末ジャンボには随分と振り回された。 どこそこの宝くじ売り場は当たりの確率が高いとか、どこそこの 売り場のオバちゃんの名前が目出度いからいいとか、どっちの方角 の売り場がいいとか全部試してみたが全部ダメだった。 ニャロメ! あたしの人生に運は無縁なようである。 でも結局は買うんだろう、 一縷の希望を託して・・・・・
2011年12月09日
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♪京都~大原三千院~恋に疲れたぁ~女が~ひとりぃ~・・・・・ 前夜の忘年会で飲み過ぎてまだ朦朧としていたけど起きてみたら いい天気だしぃ~、お~し紅葉ば見に京都大原でも行っちゃろと。 オト~さん何言ってんの、今から大原なんて遅いわよ、大原着いた ら2時過ぎになるよ~、へぇ~大原ってそんなに遠いんけ~ってな 言葉づかいはしないが、で大原は諦めた。 ほんなら何年かぶりに清水寺でも行こまいかとノロノロと支度して 家を出た。 京都四条まで約一時間。 バックパック、カメラ首に ぶるさげ片手には地図・・・・・ 兎も角腹減ったし、とりあえずラーメン屋はないかラーメン屋はと、 四条から祇園の辺りをウロつく。 ない、ない、探す時にはない もんだ~、そのうち向うに ”なか卯” の看板が! 仕方ない、 今日はラーメン我慢して牛丼とタンタンぴり辛うどんにしとこと。 京都は相変わらず人が多い。 この時期は修学旅行生だ。 どこに 行ってもセーラー服と詰襟が溢れている。 みんなキョロキョロ、 キラキラした目だ。 あたしの濁ったトロンとした目とは違う。 元気で騒がしいが明るくて気持ちがよい。 若いのはいいもんだ。 清水寺は音羽山の絶壁のようなところにあるから参道は登りでダラ ダラと長い。 両側にはお店がずらずらっと並んであらゆる京土産 を売っている。 湯豆腐屋もある。 生八橋屋もいろいろある。 まあ~よ~けあるもんだ。 今の清水寺は1631年に家光の寄進で 再建されたというから今日まで380年・・・元々は奈良末期778年に、 坂上田村麿が建立したと言われる世界遺産の名刹である。 見慣れた清水寺の姿でしょ・・・あたしが撮ったんです 土台のところも下から撮ってみました。 重機もない昔、 どうしてこんな建物が作れたんだろ・・・素朴な疑問 美しき紅葉を見て気持ちも高揚しました・・・な~んちゃって! 二日酔いも醒めたし、ダラリ帯の舞妓さんも見たし、見るもの 見たから帰途につきました・・・唯ラーメンだけが心残りでした。 次回はラーメンをセットにしていざ大原を目指そう♪ ではでは!
2011年12月08日
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一旦成田に移した国際線が羽田をハブ空港にするということで 一挙に様相が変わってきているのではありませんか。 国交省も 一貫性がなかったですね~ 韓国の仁川、香港、シンガポール、上海などハブ空港として24時間 離着陸できるから大盛況になり日本は放って置かれて、これじゃ~ いかん、都心に近く騒音も問題にならない羽田をハブ的位置づけに するべと前原氏の国交大臣時代に一挙に風向きが変わった。 千葉の森田健作どんが一時わぁ~わぁ~言ったがあっさり黙殺され てしまったようだ。 成田は成田でこれまで通りやりますよって! 大阪だって伊丹と関空があり関空が出来た時に伊丹は国際線が無 くなってすっかり寂れてきた。 橋下氏が知事になって関空一本化 に絞りどうやら伊丹空港は廃港の方向である。 そして関空をハブ 化して24時間オープンにしようという考えだ。 ところが関空は都心 から遠いのでそこに超高速のリニアモーターカーを走らす計画を 立てたら大阪市の平松が反対した。 ロクなもんじゃない。 そうした総合的な大阪の将来を見据えたデザインをしようと思うと 独自の行政体である大阪市が反対するのである。 橋下氏が都構想 を練った根本にはそのお邪魔ムシ排除があったのだ。 平松は大阪市をつぶすだとか独裁だとか訳の分からんことを言って 敗北したが大阪府民にとってあれ程の独善はなかったのである。 グランドデザインの描けない既得権でしか動けない行政の長は不要 なのである。 未来の展望が何もない者に大阪の将来を預けること など出来ないに決まってる。 上海が浦東という都心から遠いところに新空港を作ったが同時に リニアを走らせたから都心まで十数分で到着する。 都心には古い 虹橋空港があるが国内線中心に変えて共存している。 航空機も新鋭機がどんどん開発されて益々人々の移動、貨物の移動 が活発化する。 そんな未来を予測して都市づくりをしてゆかない と経済の発展は期待できないだろう。 賢明な行政者を選ぶことと 国は中央からの規制を出来る限り撤廃しなければならない。
2011年12月07日
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私の過去に、学ぶべき経営者が二人いた。 一人はオレについて来い というタイプ。 もう一人は客観的に比較検討し内容を吟味して、 あるべき最もふさわしい政策を採ってゆく管理型のタイプである。 前者は好景気の時にはグングン業績を伸ばしてすごい牽引力がある。 後者は不景気型と言おうか、どこに欠陥があってそれをどう治せば 足腰が強くなって業績を伸ばせるかを考える。 大阪市長に当選した橋下氏は正式には19日に就任することになるが 昨日から市の各部門の幹部とヒアリングを始めた。 4年前府知事 になった時、それまでの慣行で報告といえば役人は沢山のファイル を抱えてやってきたという。 それを橋下氏は報告はA4の用紙を 一枚にまとめて来るように指示した。 つまり役人は自分の立場を 糊塗して責任の降りかからないようにするのが常套手段なので、 あれもある、この件もある・・・で問題点をぼかすのだろう。 大阪市は問題だらけである。 大赤字体質である。 職員数が多く 給与が高い。 天下り先が多く補助金が多い。 生活保護受給者が 日本一。 子供の学力全国で47番目。 公僕の意識に乏しく政治に まで介入していた。 前市長は組合の傀儡そのものであった。 新市長はヒアリングで実態を確認し次は一つずつ大ナタを振るって ゆくことになるだろう。 どうすべきかの腹案は既に持っていると 思う。 どれだけの抵抗があって、それをどの様に切り崩してゆく ものか。 これは大阪府庁で既に経験していることだから道筋は見 えているだろう。 つまり冒頭に述べた、経営者タイプで言えば橋下氏は両面を兼ね備 えた経営者と言えるのではないか。 攻めも出来るし守りの管理面 も出来るという両用タイプのような気がする。 大阪市役所は今、戦々恐々としているらしい。 それはそうだろう。 今までヌクヌクと自分達の居心地のいいように市長を懐柔して好き 放題やってきたのだから・・・・・ さあ、これから大阪はどう変わってゆくだろう。 橋下市長は今迄 以上に身辺警護をしっかりして大阪府民の期待に応えていって欲し いと思っている。 政治が久し振りに嬉しい。
2011年12月06日
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オフレコ発言のつもりがバレてしまって問題化されてクビになる 要人がアトを絶たない。 一体ありゃ~何だろうかね~ 然るべく立場になって豚のように木に登った状態になるんだべか。 「ちょっと、ちょっと、ここだけの話だけどさぁ~、誰々さんが さぁ~・・・・・」 と内緒のつもりの話をアチコチにするから その話がどっかから洩れて内緒のつもりが公けになってしまう。 我々の周りでもよくそんなことは起こる。 思うのだが、口に出していい事とそうでない事との区別のつかない 人間は世間知らずに多い。 民間ではそういう発言を続けると疎外 され仲間外れになるのが普通である。 相手を傷つけることを言っ たり不適当、不適切なことばかり言ってたら誰も相手してくれなく なり会社内なんかでは孤立してしまうのがオチである。 社会経験のない、或いは自分ひとりのペースで出来る公務員的仕事 をしている人間は他人のことを余り斟酌する必要がないから、つい そのクセが出てしまうというケースが殆んどではあるまいか。 震災の東北で多忙の極みにあった知事に上から目線でもの言ったアホ 大臣。 大臣は適当に3つの返答をしてりゃそれで勤まると言ってクビ になった法務大臣。 放射能をウカツにジョークにしてクビの大臣も。 そして今度は沖縄の人の悲しみを酒の席で他人事のように例えて失脚 したオッサン。 その他今の政権には危なっかしいのはまだいるし、 過去の自公政権の中だって数々の人間がいた。 こんなのが永田町で 日本の政治を仕切っているからロクな国政にならないのだろう。 これらはみんな世間知らずのボンボンだ。 言っていいこととそうで ないことの区別がつかない〇輪人間なのである。 天真爛漫という 褒め言葉もあるが、この場合はアホに等しい。 その典型は鳩山 由紀夫なる元総理! 普通の人間ならしゃべる前、瞬時に口に出すべきがそうでないかを 頭の中で識別する。 口に出しかかって止めることだってある。 今更詮無いことだが、社会は人と人とで構成されている。 人という 字は二本の棒が寄りかかって成り立っているなんてことは誰でも知っ ているのに、こうした人間は ”人の気持ち” が分からないのだ。 学校の教師もそうだが政治家も一定期間の社会経験を義務づけては どうかいな。 世間知らずが然るべき仕事をするほど危なっかしい 話はあるまいに・・・・・賢兄姉は如何思うや?
2011年12月05日
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弱いのですな~、胃腸が、 これだけは子供の頃から変わらない。 オヤジも弱かったからDNAをそのまま引き継いでいるようだ。 多分、牛乳を飲んだ所為だろうと思う。 ついノドが乾いたから ゴクゴクと飲んだのである。 美味いんだよね~ノドの乾いた時は! 真夏の暑い時に仕事終わって同僚と飲み屋に行き取敢えずビールを ジョッキで2杯ほど空け、その後で飲むものと言えば酎ハイが多い。 美味いからこれをついついジョッキで2~3杯やる・・・・・ 飲んだ当初は何ともないのだが段々と弱い腸に響いてきて腸の温度 を下げることになる。 そうするともういかん。 お腹がグルグル 言い出しておトイレが恋しくなるのだ。 いわゆる英語で言えば、 "have the runs" or "lose bowels" というやつ! 帰りの電車では各駅トイレ休憩の状態になる。 間に合えばいいが 間に合わなかった場合もあった。 恥ずかしい~(T_T) 酒は飲みたし、冷たい酒を飲みたし、飲めばてきめんピー子ちゃん。 よう困ったことである。 爾来近年ではお腹と相談して量を飲まない ように用心している。 人間の腸は小腸など6~7mもあって最も長い臓器であるのは知って いる。 表面積はなんと200平方メートル(テニスコート並み)も あるんだから少々の水分くらいどうってことなく吸収されると思う のだけど我がチョウチョウさんは育ちがいいかして脆弱なのである。 今更チョウチョウさんを強化合宿させる訳にいかんしぃ、どうした もんだろう・・・・・このまま彼女の言いなりになって冥途までか! 明後日は忘年会だから正調な腸へと整腸しなければ・・・・・ 今朝はビロウな話でごめんなさい (#^^#)
2011年12月04日
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「感動したぁ~」 と言って優勝賜杯をあの不惜身命の元横綱、 貴乃花に渡したのは純ちゃん元総理だった。 「芸術は爆発だぁ~」 と言った芸術家も感動を爆発させてそれを 作品化した。 万博の太陽の塔は今も健在で我が家から見える。 ところで、この感動については以前にも書いたことがある。 もう 忘れた頃だからも一度言及してみたいと思う。 思えばこのところ感動することが殆んどなくなった。 若い頃なら 受験に合格してドキドキ胸を時めかせて興奮したし、通学で美しい メッチェンに恋してポワ~ンとなり胸キュンになったりした。 初めて就職が決まり大阪に来てさあ~やるぞぉ~とイキったがカラ 回りだったこともあった。 でも見るもの聞くもの新鮮で興奮した。 宿直の夜に食う屋台のスシも美味かった。 初めて結婚して所帯を持った時も感動した。 初めて欧州へひとり 旅の出張! 次々と新しいことずくめで感動のしっ放し・・・・・ 美味いビールを飲んでその幸せに酔った。 レーパーバーンでは 日本男児の意気も見せた。 得意先の事務所のパリジェンヌを誘い、 デートして仄かな恋心も抱いた。 小椋佳の全盛期にコンサートを見て大興奮! 尊敬する加山雄三の ギターやピアノや歌は今だに好きだ。 私のこれ迄の人生には沢山 の感動があった。 ただ感動を覚えるだけではなくそれを何かの形に表す人達がいる。 音楽で表す音楽家。 ベートーベンはナポレオンに感動して交響曲 「英雄」エロイカを表した。 パブロ・ピカソは感動を絵に表した。 小説に表す人達もいる。 彫刻にして残す人もいる。 書に表す人 もある。 みんな感動を形にして残した。 凡人の私には感動を表すすべがない。 淋しい話である。 芸術家 の如く作品に表し、それを媒体にして感動を普遍の形で表して人々 にその感動を伝えることも出来ない。 自分が受けた感動はその侭 内面で薄れやがて消えてゆくのみである。 凡人たる所以だろう。
2011年12月03日
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ビールをドボドボとジョッキに注ぐその注ぎ方について以前に この小欄で書いた。 書いたところがそれは違う、チャウチャウ と東京の<ホヤの塩辛>ヂーからお叱りを受けた。 あたしは確かジョッキを斜めにしてジョ~ジョ~と入れるのだと 書いたところが、”そうじゃない、ジョッキを立ててジョジョ~と アワを立てて半分ほど注ぐ、そして粒の大きいアワが消えた頃 肌理細かいアワだけが残ったらアト半分のビールを注ぐのだ” 素直な性格だからそれ以来、350mlの缶ビールが丁度入るジョッキ でそれをやっているがヂーちゃんの言う通りである。 口の周りに アワをつけながら毎晩プファ~とやっている。 それはそうとしてもビールは暑い夏だけのものにはあらず。 冬の 戸外を歩き回って一息ついた後の一杯のビールもこれまたオツな もんである。 ビールといえばあたしゃドイツビールが大好きである。 ドイツは 日本と違って完全民営化されているから街中で飲むビールは それぞれ味が違うのである。 日本は今でこそ民営化されているが 大手4社の独占のようなもので変わった味のものは少ないようだ。 ドイツビールの特徴は日本のものと違ってスターチ(でんぷん)を 含んでいないので飲み易い感じでいくらでも飲めるのである。 広~い体育館のようなビアホールで ”リリーマルレーン” なんぞ の歌を聴きながら大勢で飲むビールの味はまた格別のものだった。 あたしのビール飲みの歴史はその頃からだからもうどれくらいの 量を飲んだことだろう。 ガソリンタンク車に一杯くらいはとうに いってるだろうか。 といいながら今晩も、”取敢えずビールから” ということになる のだろう。 我ながら飲兵衛である。 追伸 家人は昨日退院いたしました。 お気遣いくださいまして有難う ございました。 原因は確定しておりませんが冠攣縮性狭心症 (かんれんしゅくせいきょうしんしょう)の疑いがあり引き続き 通院で診察をつづけましょうと、張り薬を処方してもらいました。
2011年12月02日
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”かつら” と言えば芸能人にお被りになっておられる方が沢山 おられる様だ。 いいイメージを保ち続ける為ということらしい からそれはそれでいいだろう。 永遠の若大将さんもそうらしいけどいつまでも黒々ではおかしい かも知れないね~、 8チャンネルの朝ワイドショーのオジサン は何とかならんのか・・・これも余計なお世話かな~ 佐川満夫さんなどはツルツルで堂々としている。 中日の和田選手 も堂々でスッキリだ。 人間性格も百様の通り外見だって千差万別 でいいと思う。 あたしも以前のブログで書いたが今年はかなり進んでススキ野原の 如く枯れ尾花風に近づいた。 年齢(とし)相応だから人工的な ものは一切受けつける積りはないからやがては満月になるだろう。 さて、カツラの語源は葛(かずら)というツル科植物であるらしい。 平安時代のカツラは現代のようにハゲを隠したりするものではなく、 頭に被る装飾品のようなものを指したようだ。 外国でも古代エジプトでは直射日光が強いのでカツラを帽子代わりに 使っていたという。 我々が一番印象的に覚えているのはクラシック 音楽の作曲家バッハ、ヘンデル、ハイドンなどの姿を思い出すのでは ないだろうか。 それとルイ王朝時代の貴族のアタマである。 あれは直射日光などと いう問題ではなくまともにハゲを隠したものと断定できる。 ルイ14世が率先してカツラを被ったから当時の貴族の間では大流行 したらしい。 脂っこい美味いゴチそうばかり食ってたらそりゃ~ オツムも薄くなるっちゅうもんだ。 男性ホルモン、ムンムン人間は毛深くてハゲやすい。 女性ホルモン 過多の人はハゲなく白髪になると言われる。 まあ、どっちでもいい けど外見は親の因果だから今更仕方がない。 それよりも中味を充実 させることが大切ではないか・・・・・今更、遅いか・・・(T_T;)
2011年12月01日
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