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2003年、今年最後の日、主人は病院で何を感じてるのだろう。先生の話しでは、12/24の検査にも腫瘍は出ていないそうだ。病状は安定してきたので、来年は在宅か他の病院に入院かで準備をしなくてはいけない。昨日は、病室にお鏡のお餅を飾った。年末年始は、病院もひっそりして寂しい。来年は是非良い年にしたい。今年はいろんな事があり、楽天を通してたくさんの人に励まされた事を嬉しく感じている。ありがとう!!
2003年12月31日
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今年も残り少なくなった今頃、やっと年賀状が完成した。毎年のことだけど、ギリギリになってしまう。26日に仕事納めをして、27日に仕事場の大掃除をした。今年はたいへんな年であったが、仕事もどうにか黒字でおさまったのが嬉しい。主人の様態は、悪いけど変化なしだ。お正月を病院で迎えなくてはいけないのが可愛そうである。
2003年12月27日
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昨日の日記を読んだ息子Sがケ-キを持って見舞いに来た。彼を初めて見たのは、小学生だったからもう20年の月日が経っている。社会人になって、何時の間に気の効く大人へと成長した。主人が病気をして、何より頼りになるのがSの存在である。仕事も忙しいらしく、しばらくお見舞いをすると仕事場へと帰っていく。仕事先は六本木ヒルズだから、往復約3時間の道程だ。息子Yは今日からスキ-に出かけたので、このケ-キは太りすぎに注意警報だ。主人は依然と変わらずだが、息子が来ると顔の表情が和らぐように見えるのは気のせいかな。
2003年12月25日
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今夜の病院は、先生や看護婦さんの計らいでクリスマス・イブを病院で過ごさないといけない患者さんの為に車椅子のソリに乗ったサンタさんが各部屋を廻りカ-ドを配ってくださった。そして写真を撮って、楽しい雰囲気作りに思わず涙ぐんでしまった。主人の様態は、夜になると微熱が出て依然と良くならない。毎年食べてるケ-キを今年はクッキ-にして、息子と来年は大きなケ-キにしょうねと話した。
2003年12月24日
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良くも悪くも進展なしだ。ゆっくり話してると、返事をする場合もあるけど、解読できない言葉も多い。反応があるだけ前進なんだろうか。主人の姉や弟、そして義母もお見舞いに来てるようだ。来年は、自宅での介護も考えなくてはいけないだろう。
2003年12月23日
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輸血をした主人は、少し体力を回復したように感じるけど、様態は変わらないように思う。T子から昼間、長電話があった。病院の治療が積極的でないので、知り合いの知ってる病院に転院してはどうだろうかという内容だった。病人をすぐ連れ出せないので、検査資料を貸してもらいそれを持って診断をしてもらうそうだ。実際、私は今の主治医を信用してるし、主人の様態が良くないのも病院の責任だとも思ってない。だから、資料を出して欲しいなんて、私の口からは言いかねるので、自分で交渉して欲しいと答えた。彼女の気持ちも判らないでは無いが、泣きながら言われても反す言葉が見つからない。身体の弱い彼女は、主人を失うのが辛いのだろうが、たくさんの素敵な思い出を財産として歩んで欲しい。
2003年12月20日
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今話題の映画「ラスト・サムライ」を病院帰りに息子と観た。トム・クル-ズの映画はミ-ハ-な私には、一度は観たい映画である。スト-リ-は是非劇場に足を運んで欲しい。でも主人公がトム・クル-ズなのだが、完全に「勝元」渡辺謙が輝いてた。何時の時代も命かけて争う戦争は、たくさんの犠牲者が出て悲しい結果を伴う。スクリ-ンで輝いていた渡辺謙さんは、10年前の夏、タイのアユタヤクル-ズでご夫妻と一緒だったけど、普通の優しそうな人だった。*****横浜みなとみらいは、クリスマスシ-ズンで一年を通して一番イルミネ-ションが美しい季節だ。
2003年12月19日
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病院から「貧血気味なので輸血をしたい」という電話だった。今日と明日と2回行うそうだ。昨夜はウトウトと気持ちよく眠っていたけど、帰る時間前に起きたので、音楽をかけてあげた。先生に「先週より良くなりましたよね。」と言ったら、「まだ油断はできません。人間は動物ですから自分で食べられないと駄目です。」と判っている返事だった。
2003年12月17日
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従姉妹のMがお見舞いに来てくれた。5月中半にも一番に駆けつけてくれた。二人で15時から20時まで病室に滞在した。「気」のセミナ-に行ったとかで、「悪い気」を出す方法を教わった。二人して、主人の「悪い気」を除いた。そして、もし自分たちがこのような病状になったら、こうして欲しいとか希望を言い合った。彼女は頭を撫でながら、「痛い、痛い、飛んでゆけ~。」はやめて欲しいと言っていた。その後体力をつける為に、美味しい食事会を開催した。またまた元気を取り戻した私だ。
2003年12月14日
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病室が病院の配慮により、個室に移された。この個室は、大部屋と同料金なのでラッキ-だ。昨日より状態は良くなっている。私が大きな声で話しかけるので、周囲迷惑で個室になったのか、嬉しい処置だ。解明はできないが、言葉も出てきた。もう少し、もう少し自分自身で治してもらいたい。
2003年12月13日
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熱が下がってきた主人の状態は変わらずだ。主治医の先生は、はっきりした原因も判らないので、当分は様子をみるしかないとおっしゃる。最悪の場合もありと必ず言われる。言葉をされる先生も聞く私も辛い。しかし、毎日生活をして、病人に接している内に時間が解決してくれるようだ。私の気持ちの中に、点滴をして、バル-ンをつけて、オムツをして寝ているなら、自宅に連れて帰りたいという思いがでてきた。そう思える自分が嬉しいけど、本人にいいかどうかは別の問題だろう。******激励、いたわりのお見舞いありがとうございます。睡眠をたっぷり採り、好きなものをたくさん食べ、私は強く回復しています。ありがとう!!
2003年12月12日
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なかなか日記にその後の様子が書けなかった。それは、今週に入って反応があまりない。声をかけてもただ一点を凝視してる。目は開いてるが見えているのかどうかわからない。身体に触れば、痛いと顔をしかめる。声も出ないのか、時々小さい声でささやくので、理解してるのかもわからない。なんだか、私自身が試されているような気持ちになる。一緒にいる2時間は、看護婦さんも遠慮して来ない。この状態がずっと続くのなら、早くお家に連れて帰った方が良いのだろうかと考える。一日中、一緒に看病できるだろうか?先生は当分様子を見るしかないといわれる。どうして、こんな事になったのか、悔やまれる。この日記を読んで気分を害する人もいらっしゃたらごめんなさい。今の私の気持ちだから・・・
2003年12月10日
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何処にでもある男女の話しだった。不倫を恋愛だと押しきり、妻子を捨て、再婚した主人公原岡。しかし、また会社の同僚、そして元妻の姪ともダブル不倫、いやトリプル不倫。意外と女性に振り回されていく原岡の姿が楽しいのは、私が女性だからだろう。自分の思うように人生はいかない。--------------------------------主人の様子ずっと38度あった熱が薬を変えたからか、37度だいに下がった。しかし、痛みもあり、口から食べることができない。今が一番辛い時だから・・・という声に肯いてた。
2003年12月07日
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MRIの結果は脳腫瘍見つからなかった。11/7、そして、12/4脳は綺麗になってる。熱は何からきてるのか?主治医の先生のもわからないが、いろんな可能性を話された。熱を下げる薬を変えて、手足の痛みを和らげる薬も変えるそうだ。後は、肺炎を起さないようにすること。そして、口から食べれるようになればよい。今日は、先生の話しを聞きたいと言ってたので、意識がはっきりしたように感じた。人間そんなに弱くないようだ。
2003年12月05日
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今日は熱が無く、すやすや寝ていた。しばらくして、目が少し開いたので、オレンジを食べさせたけど反応があまり無い。白血球が10000ぐらいに増えている。そして、CRP(C反応性タンパク)が出ている。炎症、または組織破壊を示すのだそうだ。先生の話しでは、近くMRIをやり、再発かどうか調べるそうだ。もし、再発であれば熱があれば抗がん剤はできない。
2003年12月02日
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病室の中は暖かだ。そして、主人の身体は微熱でほてっている。今日は、声が大きく出るようになってたけど、食欲は全然ない。「これ食べない?」「勘弁してよ。」穏やかな顔をして、「保険が・・・」発病2ヶ月前に月々5万円の保険を解約したところだった。多分、気にしてたのだろう。「貴方が残してくれた仕事があって、私は嬉しい。ありがとう。」今日は素直に感謝の言葉を口にして良かった。「どういたしまして。」という返事だった。病気が判らないので、治療ができない。治療をするまで頑張るしかない。
2003年12月01日
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