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【スタッフ】監督=ジョージ・C・ウルフ 原作=ニコラス・スパークス『最後の初恋』 脚本=アン・ピーコック、ジョン・ロマーノ 撮影=アフォンソ・ビアト プロダクションデザイン=パトリツィア・フォン・ブランデンスタイン 衣装デザイン=ヴィクトリア・ファレル 編集=ブライアン・A・ケイツ 音楽=ジャニーン・テソリ 【キャスト】 リチャード・ギア =ポール・フラナー(医師) ダイアン・レイン =エイドリアン・ウィリス スコット・グレン =ロバート・トーレルソン(患者の夫) ジェームズ・フランコ=マーク・フラナー(ポールの息子・医師) クリストファー・メローニ=ジャック・テイラー(エイドリアンの夫) ヴィオラ・デイヴィス=ジーン(エイドリアンの親友・ホテルの女主人) パブロ・シュレイバー=チャーリー・トーレルソン(ロバートの息子) メイ・ホイットマン =アマンダ・テイラー(エイドリアンの娘) チャーリー・ターハン=ダニー・テイラー(エイドリアンの息子) 【あらすじ】浮気で家を出ていった夫『ジャック』は 今更 復縁したいと申し出て・・・・反抗的な思春期の娘『アマンダ』と 喘息の息子『ダニー』と暮す日々 忙しく家庭の問題に悩まされている『エイドリアン』そんな日々に疲れ果てていた彼女はある時、友人が経営する 小さなホテルを5日間だけ手伝うことになり・・・・ノースカロライナの海辺の町“ローダンテ”にやって来た季節外れのリゾート地に宿泊予定の客は高名な外科医の『ポール・フラナー』一人だけ一見、横柄で無愛想な「ポール」だが 実は彼も家族の問題を抱えていたのだった互いの事情を知ると共に心を開き、次第に想いを寄せていく「エイドリアン」と「ポール」こうして2人の関係は、滞在3日目に訪れた嵐と相まって 急接近するのだが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこれが ノースカロライナの浜辺の町ローダンテの人里離れた所にある お洒落なホテル波が家の下にまで入り込み 180度青い海と空が広がるベランダ 部屋の装飾もgooでこんな環境の家に お互い 心に傷を負った中年の男女 それも美男美女が 二人きりで4日間も生活を共に過ごして 何も起こらない筈がない それに嵐まで 完全出来レース高名な整形外科医「ポール・フラナー」(リチャード・ギア)は 「ロバート・トールソン」(スコット・グレン)の奥様の顔のオデキの手術に失敗し死なせてしまい 訴訟されている「トールソン」の手紙で この地を訪れているのだ 5万回に1度という確率の麻酔の失敗が原因の死亡だったが 失意の「トールソン」にその事故の説明を繰り返すだけで謝ったり許しを乞う様な態度がない為 怒らせていたそれを 的確に指摘したエイドリアンの言葉に気がついたポールは 「トールソン」に心から詫びて 心を開いてくれた「トールソン」と 穏やかに話し合えた「ポール」は「エイドリアン」の率直で熱のこもったアドヴァイスの素晴らしさに感激「君を妻にするという幸せが わからないような男は 愚か者だ!」と 思わず口に・・・・そして 自分から離れて行った息子や妻に対する姿勢も同様で 一方的だったと 気付かせられて・・・・遥 南米奥地で医療活動をする息子に会いに出発するのだがあららら・・・・オイラの嫌いな 恋する相手「ポール」が死んでしまう事態に何日も 悲嘆にくれて 無気力にベッドから起きられない「エイドリアン」・・・・それを娘が慰める 自分も大人の女になったから お母さんの気持ちも解るから・・・お父さんとの経緯は聞いた・・・・だから 彼との一部始終を話して欲しいと・・・・「ポール」の写真を見せ 遣り取りした手紙を読んできかせる「エイドリアン」に やっと 顔色が戻って・・・・間違いの無い 不倫の映画なんだけど その汚らわしさを感じさせない老い先短い 中年の憧れ 最後の初恋の夢物語が描かれる・・・・最近 日本の老人男性芸能人が やたら若い娘と結婚してるが・・・・・あんまり美しいと感じないのは ただの嫉妬なんだろうか? クッソー! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 温室の「胡蝶蘭」 オイラ的花言葉:「鷹は飢えても穂を摘まず」(たかはうえてもほをつまず) *気位の高い鷹は、どんなにひもじくても、カラスやスズメのように 人間が作った作物の穂をつついて食べるようなことはしない 転じて、誇り高く節操ある人は、窮しても不正な金品に手を出さない 不純な動機で 異性に手は出さないというたとえ
2012年01月31日
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【スタッフ】監督=滝田洋二郎 原作 =矢口高雄 脚本=古沢良太 撮影=葛西誉仁 特殊造型=上松盛明 美術=小川富美夫 編集=川島章正 音楽 =海田庄吾 音楽プロデューサー=津島玄一 主題歌=the generous『Heart』 VFXディレクター =豊田浩司、田口健太郎 VFXプロデューサー=栗飯原君江 【キャスト】 須賀健太=三平三平 塚本高史=鮎川魚紳 香椎由宇=三平愛子 土屋太鳳=高山ゆり 小宮孝泰=松山 螢雪次朗=駐在 萩原聖人=三平 平 渡瀬恒彦=三平一平 【あらすじ】幼い頃に両親を亡くし、祖父の『一平』と暮らす元気な少年『三平』釣り名人でもある「一平」の指導もあり、すでにその天才的な釣りの才能を発揮していたそんな「三平」は、夏休みに入り、幼なじみの『ゆりっぺ』といよいよ釣り三昧の毎日ある時「三平」は、アメリカでプロとして活躍する『鮎川魚紳』と出会い、“夜泣谷の巨大魚”の伝説を知るさっそく夜泣谷へと向かおうとする「三平」そこへ、東京に暮らす姉『愛子』が現われる弟の将来を案じた「愛子」は、「三平」を東京へ連れ帰ろうとするが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーはっきり言って なんて “ツマラナイ映画”なんだと 吃驚したネオイラ 「滝田洋二郎」監督の映画「おくりびと」「壬生義士伝」「小林家の人々」「バッテリー」「コミック雑誌なんかいらない」「お受験」等 みんな好きでした・・・・「釣りキチ三平」は その昔 少年マガジンを愛読していた頃 釣りを 全くやらないオイラでさへ 原作者「矢口高雄」氏の 釣りに関する“うんちく”を 読むというか 見るだけで 面白かったし 印象深い作品だったと記憶してる何故 それを あのアカデミー賞監督が こんなに 画面を見てるだけでも オイラの方が 恥ずかしくなる様な 映画に仕上げたのでしょうか? 何んで こんなに面白くないのだろうか?主役の「三平」須賀健太君にも その原因があるのかも知れない・・・・・漫画のキャラクター的に合ってない 姿や顔は確かに似てる 麦わら帽子の形まで・・・・しかし どこか違うのです はじけ方というか 純真さというか 素朴さ 田舎っぽさ釣りに対する 魚に向き合う 真剣な眼差しや 姿勢が・・・・「須賀健太君」は あの「三丁目の夕日」の「淳之介」君だよね・・・・ チョット内気で 恥ずかしがり屋の 何処にでも居そうな下町の子供 4~5年前 オイラの孫「HANA」が 幼稚園の運動会で「健太」君を見かけたけど「エぇ~ッ あの子が俳優の健太くん?」って 思ったほど 目立たない感じの子だった これは「健太くん」の所為だけじゃない・・・・脇を固める 共演者も良くない 姉「愛子」(香椎由宇)の 新しく作られたキャラクターと演技が どうにもならない程イメージは 絣の着物にすげ笠 船の櫓を漕いでる感じ・・・・「魚紳」(塚本高史)の格好は 漫画のスタイルそのもので格好はよかったのだが あんな 身の上話は いらない・・・「一平」(渡瀬恒彦)は じいちゃんとしては 若すぎで 竿師 釣名人の感じが出てないそして 最もダメなのは 折角の秋田の自然の中の撮影なのに 何故CG クライマックスの巨大魚釣り場面の CG画像のバカバカしさ・・・・漫画以上にマンガチックで 思わず失笑・・・・眼をつぶってしまいましたョ・・・・・これ以上のコメントは悪口ばかりになるので・・・・・おしまい ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・節分草オイラ的花言葉:「魚を得て筌を忘る」(うおをえてうえをわする) *いったん目的を達してしまうと、役に立ったものの恩恵も 忘れてしまうということ (「筌」(うえ)は 魚を捕る竹製の道具) 魚をとってしまえば 魚捕りの道具の有り難さも忘れてしまう
2012年01月31日
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【スタッフ】監督=リチャード・ラグラヴェネーズ 原作=セシリア・アハーン『P.S.アイラヴユー』(小学館刊) 脚本=リチャード・ラグラヴェネーズ、スティーヴン・ロジャース 撮影=テリー・ステイシー プロダクションデザイン=シェパード・フランケル 衣装デザイン=シンディ・エヴァンス 編集=デヴィッド・モリッツ 音楽=ジョン・パウエル 音楽監修=メアリー・ラモス 【キャスト】 ヒラリー・スワンク =ホリー(妻) ジェラルド・バトラー =ジェリー(死んでしまった夫) リサ・クドロー =デニース(ホリーの親友) ハリー・コニック・Jr=ダニエル(デニースの彼) ジーナ・ガーション =シャロン(ホリーの親友) ジェフリー・ディーン・モーガン=ウィリアム(アイルランドで出会う彼) キャシー・ベイツ =パトリシア(ホリーの母親) 【あらすじ】ニューヨーク・マンハッタンに住む『ホリー』と『ジェリー』結構 派手な喧嘩もするが 幸せな日々を送る夫婦だったが・・・・「ジェリー」が脳腫瘍に冒され、突然 亡くなった陽気で情熱的、歌好きの夫を失った「ホリー」 失意のどん底に、家に引きこもって「ホリー」の30歳の誕生日心配して訪れた母親『パトリシア』が目にしたのは、荒んだ生活を送る「ホリー」の姿そこへ突然、贈り物が届けられた、 それは「ジェリー」が残したメッセージ入りのテープレコーダーとバースデーケーキ・・・・思わぬ贈り物に驚く「ホリー」“友達と誕生日を祝ってくるように”という「ジェリー」のメッセージに従って夜の街へ翌日、二日酔いの「ホリー」のもとへ「ジェリー」からの手紙が届き それは、前夜のメッセージにあった“これからいろんな方法で僕から手紙が届く”という約束どおりだった以後、様々な方法で「ジェリー」から消印のない手紙が次々と届くその手紙の最後は、必ず“P.S.アイラヴユー”という言葉で締められていた「ホリー」は手紙に従い、二人が初めて出会った「ジェリー」の故郷アイルランドを訪れる親友と釣りを楽しみ、バーを訪れ そこで知り合った『ウィリアム』が“ゴールウェイ・ガール”を歌い出したとたん、店を飛び出してしまう・・・・ それは、「ジェリー」と 出会ったときの思い出の曲だったのだ現実に引き戻され、突然の孤独感に襲われた「ホリー」は、どうしようもない寂しさを「パトリシア」にぶつけると・・・・・そして、ついに届いた最後の手紙だが、そこからが彼女の本当の人生の幕開けだった・・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー確かに 映画的には すんなりと見終わったのだけれど・・・・うーん チョット なんかいまいち 納得出来ない話やな~ 美談ナンかね? 死んだ旦那が 残した嫁に その後の生き方を指図つーか メッセージを残すって・・・・ なんか気味悪~ィそれに「早く忘れろ!」なんて言いながら 「P.S. I LOVE YOU 」 なんてサ大体がねー 最初の喧嘩シーンがいけない・・・・「ホリー」の剣幕が嫌だ!直ぐに仲直りしたと思ったら 旦那が 簡単に死んじゃって(相方を殺してしまう悲恋モノは卑怯だ!と 常々思ってるオイラなもんで 尚)二人の愛の歴史や その深さが描かれないままだから なおのこと クールな大人の「ホリー」の あれだけ酷い落ち込みには 感情移入出来ない オイラ的には はっきり言って「ホリー」役の「ヒラリー・スワンク」はミスキャストとしか思えない「ヒラリー・スワンク」の性格つーか オイラにはこの女優のイメージが出来上がってて 実に 男勝りのクールなタイプ シリアスな実力演技派女優1999年の「ボーイズ・ドント・クライ」の男性的な役で イメージはほぼ固まってて「インソムニア」では女刑事 「ミリオンダラー・ベイビー」のボクサー「ブラック・ダリア」の妖しいレズビアン「マデリン」と 泣かない笑わない女のイメージこの映画では 確かにアイルランドで 夫になる「ジェリー」と出会った時の姿格好と笑顔は可愛い娘だったがそれ以外のシーンでは 何時あの冷めた表情の怖い女に変わるのか?って 心配が先に立って大体が「ジェリー」みたいな男は 女性が理想とする条件を全て満たしてる小説の世界の男であって・・・・居ないだろう? 普通は自分の死後 嫁に10通の手紙を書き残し 毎月1通づつ開封させるって・・・・それも 脳梗塞で死ぬんだよ・・・・ 貴方はどうですか? エッ 遺言? ちがう 違うって・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ いつの間にか 玄関脇の庭の片隅に春が来ていた「スノー・ドロップ 雪待ち草」 オイラ的花言葉:「青天の霹靂」(せいてんのへきれき) *突然に起こった大事変・大事件のこと また、予期しないで受ける衝撃のこと (「霹靂」は雷の意で、青く晴れた空に突然雷が起こることから言う)
2012年01月29日
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【スタッフ】監督=塩田明彦 脚色=鈴木謙一、渡辺千穂、塩田明彦 原作=梶尾真治 プロデューサー=平野 隆 撮影=喜久村徳章 美術=新田隆之 音楽=千住 明 編集=菊池純一 【キャスト】伊藤英明 =鈴谷比呂志 ミムラ =青木和美 富岡涼=ヒロ(少年時代の比呂志) 勝地 涼 =布川輝良 吉行和子=鈴谷 椿 愛川欽也=青木 保 宮藤官九郎=臼井光男 倍賞千恵子=角田朋恵 古手川祐子=吉原園子臼田あさ美=布川靖代 坂口理恵 =ハル 中村勘三郎=花を愛する男 金 聖響 =間宮浩介 【あらすじ】『鈴谷比呂志』百貨店勤務の30歳出張で小学校時代を過ごした北九州市門司を訪れたふと見ると少年が走っている・・・・・それは20年前の自分喫茶店で以前に出会ったヤクザ『布川輝良』と再会、新聞を見ると1986年の文字が・・・「比呂志」と「布川」は2006年から20年前、1986年の 門司にタイムスリップしてきていた20年前に自分の不始末で火事を起こしたのを思い出した「比呂志」少年時代に過ごした旅館に駆け込んだ「比呂志」の働きで火は消し止められ、火事は起こらずに済むやがてこの旅館に住み込みで働くことになり、幼い頃の自分と 同居生活をはじめた「比呂志」ある女性と出会う・・・・それは20年前「比呂志」の姉として育てられた『青木和美』だった音大を卒業した「和美」は明るく気さくな性格で、少年時代の「比呂志」は 姉として憧れ 慕いつづけていた しかし「比呂志」の記憶では、20年前、「和美」は難病を抱えており、手術を拒み続けた後に死亡していた「和美」を救えなかった事が心の奥にあった「比呂志」は、 果たして今度は「和美」を救えるのか?・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーータイムスリップして 過去に戻れたら・・・・・あなたの今までの人生の中で 一つだけその事実を変えられるとしたら 貴方は どんな時代の どんなことを やり直したいと 変えたいと思いますか?(ナニナニ内緒?だって あの時 奥さんとの??を・・・・フムフムなるほど)自分の人生の中で 何かやり残したコト 後悔してるコトを やり遂げる 修正する そんな事が出来たらと・・・・20年前から戻った4人が したこととは・・・・「比呂志」(伊藤英明) 憧れの姉の「和美」(ミムラ)は大切なヒト 難病で死んでしまった 無理してでも 嫌がる手術を受けさせたい・・・・若者「輝良」(勝地涼)はヤクザ 母が自分を生んで直ぐに 死んでしまった母の顔を見たことがない 出来れば自分を生む事を 止めたい・・・・盲目のおばあちゃんの「朋恵」(倍賞千恵子)自分の目や手足となって 精神的にも支えてくれた介護犬に 会いたい・・・・「光男」(宮藤官九郎)は 坂道の家の塀に 沢山の植木鉢に咲く花々を ぶち壊した丹精して育てていた その家のオジサン(中村勘三郎)に 謝りたい・・・・ 飛行機事故で死んでしまった4人 遺体が不明のまま 思い出の地“下関”に舞い戻ってその やり残した やりたかったコトを 其々が実行して 消えていく物語なんだけど「梶尾真治」の原作とは かなり違っているらしいが どうも この話には無理があるしなんとか泣かせたい 感動させたいの演出が先き走って なんとも薄っぺらな映画になった「伊藤英明」の とても人が良さそうな好青年が 懸命に人助けようとする姿がイイしその子供時代の「ヒロ」(富岡涼)君も 微妙で複雑な家庭環境で生きる子供姿が上手いだけど 憧れの「和美」さんの 魅力がオイラには解らない・・・・ なんで、そんなに?それに 本格的管弦楽団が 無名の「和美」を特別出演でヴァイオリン協奏曲を弾かせる?何も音合わせもしないまま いきなりステージに上げて・・・・曲名だって不明なままそれに 運命を曲げて 手術を受けて命を取り留めた「和美」半身麻痺の障害者 幾つになったのか独身で 侘しい一人住まいの生活を映し出す 意味?ヤクザの若者「輝良」 お母さんに 「生んでくれて ありがとう!」には ちょっときたそれと 塀に吊るした植木鉢を目茶目茶にされたオジサン「受験か何かで イライラしてやったんだろう 気が晴れたかい?」って 「光男」がやったことを知っていた 目立たない筈の「光男」が 目立ってたそして「倍賞千恵子」の盲導犬は ちゃんと覚えていて・・・・しっぽを振って20年後の倍賞さんでも あんまり変わってないから? 判ったんだよね・・・・“タイムスリップ”ものも いいけど ・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・温室の蘭オイラ的花言葉:「寂滅為楽」(じゃくめついらく) *生死を超越し、煩悩から解放されて初めて、 真の安楽が得られるということ
2012年01月27日
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【スタッフ】監督=南部英夫 脚本=大地康雄 原作=小檜山博(スコール) 製作=大地康雄 企画=大地康雄 撮影=小松原茂 美術=西村伸明 音楽=寺田鉄生 編集=金子尚樹 【キャスト】大地康雄 =野田正男 アリス・ディクソン=クリスティナ 富田靖子 =景子 ルビー・モレノ=リバティ 織本順吉 =清一(父親) いまむらいづみ =登美(母親) でんでん =秀明 阿知波悟美 =由紀江あき竹城 =加奈 石井光三 =藤本 清水紘治 =中田 藤岡 弘 =勇作 村田雄浩 =和男【大地 康雄】(だいち やすお、1951年11月25日 ~ )笑顔がとっても素敵な俳優 本名=下地 康雄 熊本県熊本市生まれ石垣市立石垣中学校、沖縄県立八重山商工高等学校卒業後、俳優を志し、上京サラリーマン生活の後、伊藤雄之助の付き人となるその後アメリカへ渡り、ニューヨークの俳優学校アクターズ・スタジオでレッスンを受けアル・パチーノやジャック・ニコルソンとは同期1979年、木下惠介監督『衝動殺人 息子よ』で映画デビュー1983年、『深川通り魔殺人事件』の主役の殺人犯役を好演し注目される1989年、『マルサの女』、『バカヤロー!』で毎日映画コンクール男優助演賞を受賞【あらすじ】筑波山を背に霞ヶ浦の辺 茨城県新治郡霞ヶ浦の農家「野田」家の長男『正男』中年になっても結婚出来ずに 老いた両親と共に農作業に励んでいるが・・・・ 何度も 見合いを繰り返すのだが 失敗ばかりで絶望している周りの農家仲間も同様に 嫁のもらい手は無く、苦渋の選択ながら農業に見切りをつけて土地を売り払ってしまう等 深刻な後継者不足に喘いでいるそんな中、「正男」は 田舎暮らしに憧れる『景子』と婚約寸前まで漕ぎ着けるも、しびれを切らした「正男」の 強引なアプローチで御破算となってしまう落ち込む「正男」を 農家仲間の勇作が フィリピンパブへ誘い、そこに働くフィリピン人ホステス「リバティ」と 遂に婚約する事に・・・・二人は 先ず「正男」の両親に挨拶し、そして「リバティ」の両親に会いにフィリピンへ 家族に挨拶 200万円もの結納金を渡して・・・・ 翌朝迎えにゆくと 一家は消え去って(結婚詐欺だった)妻になる筈の「リバティ」を 日本へ派遣したタレント事務所を頼りに向かうもののそんな女は知らないと一蹴され 失意の「正男」は行くあても無く 放浪し浮浪者となったそんな どん底の「正男」を拾ったのが 先のタレント事務所で、フィリピンの農村部から娘を金で買い上げ、ダンス等芸事を仕込んでは日本へ送り込んだり 現地で売春ツアーを営んでいる悪徳会社だった真面目な「正男」は 何事も勤勉に働くので事務所の社長も大変気に入り、車も金を与えて 自由な裁量で仕事させていた「正男」は 日本のバイヤーにリンゴやトマトを持ってくるように指示するリンゴやトマトはフィリピンでは貴重品でセレブが喜ぶのだ そんな話をしている ホテルのラウンジで気になる女性が居た売春ツアーの送迎を終えた「正男」は 偶然通りかかった水田地帯に故郷を想い耽る農作業をしている人達を見ているうちに農家の血が騒ぎ手伝う事になるその農作業の人達の中にホテルのラウンジで働いていた『クリスティナ」が居た「クリスティナ」の父親は病気で農作業が出来ない為、 時折帰ってきては農作業を手伝っているという「正男」は「クリスティナ」と親しくなるにつれ農作業に傾倒しフィリピンでは入手しづらいトマトを栽培する事を勧め 「正男」のアドバイスによって栽培は 順調に進んだが・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「小檜山博」の原作「スコール」を 製作総指揮・企画・脚本・主演と4役をこなした「大地康雄」が心底惚れ込み10年以上も温めていた 乾坤一擲の映画「恋するトマト」一体この映画の何が「大地康雄」の心を そんなに動かしたんだろう?別に茨城県出身者でもなし 農村の後継者問題や嫁不足 外人女性の不法労働問題それとも 日本の食糧自給率問題なんかに 揺り動かされ取り組んでいる というような噂話も聞かないけど・・・・単純にサブタイトルの「大切なものは 太陽と土と水 それにあなた」のテーマに惚れた?それと もう一つタイトル「クマインカナバー」フィリッピンの言葉 意味は「ごはん食べましたか?」と言うのだが・・・・フィリピン女性に騙され無一文になった主人公「正男」が ホームレスになって海岸の砂浜に座っていると 家族ずれのオバチャンが声をかける「クマインカバナー」こんな 人情話になのか?でもネ 「大地康雄」の英語力は 流石に凄いよ!プロフィールにあるようにニューヨークの「アクターズ・スタジオ」で勉強してたってでもネ 肝心な茨城弁は もうひとつだっぺ 「イカっぺヨ!」とか言ってたっけがもっと 甲高く 尻上がりのイントネーションだっぺョ・・・・でもネ オイラ的にもっと驚いたのは 「大地康雄」の “稲刈り” 凄~い!ザクッ・ザッ・ザッ・ザッ・・・・と 小気味よい鎌の切れ味で 素早く刈り取るでもネ やっぱり 相手役のフィリッピン女性「クリスティナ」役「アリス・ディクソン」スタイル抜群の 美しい女性 ありゃァ いいよね・・・・「正男」の家は これでいいかもしんないけど・・・・その他の多くの農家はどうすんだ?「大地康雄」さん 政府に 農家に外人嫁 受け入れ緩和法でも運動しますか?真っ赤な大きなトマトが フィリピンの地で実ったのは この映画の最も大きな成果なんだそうです これが「大地」さん 一番の狙いだったりして・・・・*「アッ! そうそう 忘れちゃいけなかった。 茨城県新治郡の農産物 特に“お米” 放射能の影響は どうなんだろう? なんも無ければ いいのだけれど」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・久しぶりに 家の前の雑木林で 木の枝にとまり鳴き声をあげてた「雉子・キジ」 オイラ的花言葉:「遠くて近きは男女の仲」(とおくてちかきはだんじょのなか) *かけ離れているように見えても、男女の仲は意外に結ばれやすいということ
2012年01月26日
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【スタッフ】監督=カン・ジェギュ 製作=カン・ジェギュ、キム・ヨンハ 脚本=カン・ジェギュ、キム・ビョンイン、ナ・ヒョン 撮影=イ・モゲ 美術=チョ・グンヒョン 編集=パク・ゴクチ 音楽=イ・ドンジェン 【キャスト】オダギリジョー =長谷川辰雄 チャン・ドンゴン=キム・ジュンシク ファン・ビンビン=中国人女狙撃兵 キム・イングォン 夏八木勲 =辰雄の祖父(憲兵隊司令官) 鶴見辰吾 =関東軍大尉 山本太郎 =関東軍軍曹 佐野史郎 =辰雄の父親 医師 浜田 学 イ・ヨニ ト・ジハン 【あらすじ】1928年、日本占領時代の朝鮮憲兵隊司令官の祖父と 医者の父親を持つ裕福な家庭で育った マラソンでは 常に一番を目指す『長谷川辰雄』父親が長谷川家の使用人として働いたので 幼い頃からマラソンにおいては 「辰雄」のライバルとして 共に育った朝鮮人の『キム・ジュンシク』オリンピックの金メダルを夢見る2人だったが、いつしか その関係は国同士の戦いとなり さらに「辰雄」の祖父が 時限爆弾テロで殺された事で 憎み合うようになるやがて開催されたオリンピック選考会で 事件が発生「ジュンシク」は 日本人の姑息な妨害と判定で失格となり 騒ぎ出した朝鮮人観衆と共に 罰として日本軍に強制徴用されることになり、2人のオリンピックの夢は消えた1939年、ノモンハンで2人は運命の再会を果たす日本兵として戦う「ジュンシク」の前に現れた「辰雄」は、冷酷な軍人に変わっていた戦場でも 夢を捨てずに走り続ける「ジュンシク」に 激しい嫌悪を抱く「辰雄」は、ソ連軍への 50名の特攻先鋭隊に「ジュンシク」も任命 押し寄せるソ連戦車隊に 狂気の「辰雄」を先頭に 突っ込むが 問題にならず壮絶な死闘の末、敗北した日本兵は ソ連軍の捕虜となって 酷寒の地で重労働にしかし そのソ連でも 対ドイツの戦局が悪化し、決断を迫られる“ソ連軍として戦うか、それとも死ぬか?”日本皇軍に自分のすべてを捧げてきた「辰雄」だったが、誇りを捨て、生きることを選ぶ捕虜として経験する初めての戦場そこで目にしたのは、猛攻を浴びせるドイツ軍に 特攻を強いるソ連将校の姿その姿にかつての自分を重ね、生きる意味を考え始めるやがてドイツに敗れた戦場 なんとか生き延びた「辰雄」と「ジュンシク」はドイツ軍の服をきて逃げ 辿り着いたのは故郷から遥か遠い 大陸の果てノルマンディ夢も友情も捨て、国と誇りを失くした「辰雄」全てを失っても、それでも生きることを選んだのはなぜか?いかなる時も変わらない「ジュンシク」に、生きる意味を気付かされるもう一度、2人で故郷に帰ろうと決めたその時、非情にもノルマンディー上陸作戦の火蓋が切って落とされる果たして、2人の運命は・・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【孫 基禎】(そん きてい、ソン・ギジョン、1912年8月29日 ~ 2002年11月15日)日本統治時代の朝鮮出身の日本の男子マラソン選手 1936年のベルリンオリンピックで、アジアの選手として初めてマラソン金メダルを獲得大韓民国建国後は同国籍になり、同国の陸上チームのコーチや陸連会長を務めた *この映画に出てくるマラソン選手 (ウィキペディア出典) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー何度も このブログ上で 韓流ドラマも韓流映画も韓流スターも歌手も・・・・あんまり好きじゃないと 公言してきたオイラ 別に深い意味がある訳じゃないただ 日本の女共が 熱狂してる姿が どうしても気に入らない事が 要因でそれに 超ベタなストーリーのメロドラマや 時代物風なドラマは 底が浅いモノマネで如何にも単純明快 お涙頂戴的な気がして はなから見る気にもならないと 決めつけてたそんなオイラが ある人の「是非観てください!」の 勧めもあって・・・・たった3人の観客しかいない映画館で 観ました正直 驚愕・感動した 物語のスケール大きさと ド迫力の戦闘シーンと 熱演の俳優にそして 日韓問題のわだかまりを こんな風に考え とりなそうとする監督の熱意にそして更に日本映画界が現在 スケールダウンして 当たり障りのない 動物モノやヒット漫画の映画化 そして人気テレビ・ドラマの映画化でお茶を濁している姿にチョット先日の「山本五十六」にしても なんか 戦争の言い訳めいた感じの作りが 気がかりでそれって韓国が 映画界に限らづ ハングリー精神剥き出しのエネルギー溢れ全力で戦う あらゆる事柄に正面から立向かい戦う姿勢に 少々 日本人も意識改革しないと・・・・ 映画の前半までは 主人公「辰雄」(オダギリジョ)は 何故こんな映画の出演を引き受けたのだろうか?って疑問が 頭の中をぐるぐる駆け回って 不愉快極まりなかったさらに「山本太郎」の鬼軍曹ときたら 巧いだけに その憎くらしさが 浮き彫りになって当時の日本軍がどんな風であったのか 又朝鮮人がどのような待遇を受けてたかは知らない朝鮮人監督が描いた 日本占領軍 ソ連軍 ドイツ軍なんだからと・・・承知の上 その戦勝国軍と 敗戦国軍の立場による違いは・・・・・痛いほど 知ってるつもりそれは みんな同じで 人間性とか 国民性だとか マッタク関係ない事で「勝ち組」 「負け組」 どちら側に所属してるか?で 違うだけ・・・・それは 最前線の戦場では 「生きる」か「死ぬ」かを 意味してだから 日本人と朝鮮人が 国を離れて 他国に来て 他国兵士同士になったらなにも 二人が啀み合い 争う理由がなくなって・・・・素のママの ただの人間同士に二人に残ったモノと言えば 走ること オリンピックのマラソンで 勝負をすることだけに なったのだったのだ・・・・そして 1948年 第14回オリンピック ロンドン大会 そのマラソン競技で 勝ったのは・・・・(ただ、この年 日本とドイツは 参加は認められなかったのだが・・・・) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オイラ的花言葉:「死中に活を求める」(しちゅうにかつをもとめる) *絶望的状況のなかにあっても、なおそこから抜け出す道を見つけること 『後漢書・公孫述伝』に「男児 まさに死中に生を求むべし 坐して窮すべけんや」とあるのによる(公孫述の武将・延岑の言葉)
2012年01月25日
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【スタッフ】監督=黒澤 明 製作=本木荘二郎 脚本=黒澤明、橋本忍、小国英雄 撮影=中井朝一 美術=松山 崇 編集=岩下広一 音楽=早坂文雄 演奏=キューバン・ボーイズ、P.C.L.スイングバント、P.C.L.オーケストラ 監督助手=丸林久信、堀川弘通 広沢 栄 、田実泰良 記録= 野上照代 照明=森 茂 【キャスト】志村 喬=渡辺勘治市民課課長 日守新一=市民課課員 田中春男=市民課課員 千秋 実=市民課課員 小田切みき=小田切とよ 左 卜全=市民課課員 山田巳之助=市民課主任 藤原釜足=市民課係長 小堀 誠=勘治の兄 金子信雄=勘治の息子・光男 中村伸郎 =助役 渡辺 篤=病院の患者 木村 功 = 医師の助手 清水将夫 =病院の医師 伊藤雄之助=小説家 浦辺粂子 =喜一の妻 三好栄子 =陳情のおかみA 本間文子=陳情のおかみB 菅井きん =陳情のおかみC 市村俊幸=ピアニスト 南美江=家政婦・林 関 京子 =光男の妻・一枝 永井智雄=新聞記者A 加東大介=ヤクザの子分 宮口精二 =ヤクザの親分 【あらすじ】市役所の市民課長『渡辺勘治』は 30年間 何もしなかった 無欠勤のまじめな男ある日、病院で検査の結果「渡辺」は自分が末期の胃癌であることを知る命が残り少ないと知った時「渡辺」はこれまでの人生を振り返り・・・・・ 今迄やったことのない遊びを 次々と体験して・・・・ また 役所の部下の 女事務員と付き合ううちに・・・・・役所での 事なかれ主義的仕事と 生き方に疑問を抱き ハッと気づき 生まれ変わる役所で 初めて真剣に申請書類に目を通し 以前から 市民より出されていた下水溜まりの埋め立てと 小公園建設に関する陳情書を取り上げ 必死に その建設に 取り組んだ・・・・ そして ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画は 責任を回避し、事なかれを良しとする お役所仕事 官僚主義への批判人間としての価値 信義に対する哲学がストレートに 明確に表現されているNHK・BSプレミアム「山田洋次監督が選ぶ家族映画50選」での観賞でしたが解説の「山本晋也監督」は この映画の 最も大切なテーマ“腐敗してる官僚主義”に一言も触れる事なしに ポイントは「公園」「ブランコ」「ガン」「玩具」と言ってなんか はぐらかし 山田監督も この映画は父親と息子の物語と 言ってたが?確かに 早くに母親を亡くし 男手一つで 大事に育て上げた息子が 嫁さんをもらうと もう 嫁の言いなりで 父親は 煙たい存在 だろうか?(実は 心の中では いつも心配しているのだ・・・・が 嫁の手前・・・・) 市役所市民課長「渡辺勘治」の人間像を浮き彫りにする事は 大変重要な事です主人公を丹念に描いてるのは 大御所脚本家三人が練り上げた はずせない事で この親子の関係は大切なんだけど でもそれがテーマじゃない あくまでもサブ“ミイラ”と呼ばれ30年間 なんにもしなかった人が 何故生まれ変わった?市役所 女事務員「小田切」に 言われた「それじゃ 何か造れば・・・・」と病院で知ってしまった 末期の胃がん がきっかけではあるのだが・・・・がんじがらめに絡み合った 上下関係 身内意識 縦割り組織 何もしない 出来ないミスをしないで ポジション・権益を守るだけ 市民の税金で養われてる感覚は皆無表向きは 市民課窓口に掲げてある貼り紙にある「市政に関する皆様の「不平」「不満」「注文」「希望」なんでも遠慮なくお申し出下さい」なんだけど・・・・・口先だけで ただ たらい回しにして 取り合わないし やらない今でこそ こんな事はあるまい・・・・って 思っている人は おかしい目先の事は 改善されているように見えるけど 全然やってないし 何も変わってない大阪市長「橋下」さんが 何故あのように 熱狂的な支持を得たのかって言えばそう 腐りきった役所の慣習 組織 仕事 モノの考え方 をぶち壊そうとしてるからこのチャンスに 日本中の市民は一致団結して 一気に改革すべきを 叫ぼう!今 出来なきゃ 今後一切 変わることはないだろう・・・・という 考えに立つという意味合いで この映画「生きる」をNHKで放送することの意味があったのだが残念なことに 強調して欲しかった「山本監督」に スルーされちゃって まったくモウあの「中村伸郎」演じる助役が 実に 役所の偉いさんを見事に 表現してて 巧い「一般的に 役所について無理解なのは困ったもんだね 役所の機構を知らな過ぎる 黒江町の小公園は渡辺君が造ったなんて言う奴が居るが そりゃあ違う・・・・」と 結局は自分の手柄にすり替える 姑息で陰険な あきれ果てた男こんな奴が 今でも役所にはゴマンといて 偉そうに 幅を利かせ セセラ笑ってそれにしても「志村喬」の演技は 気味が悪いし 不気味だったあの酒場で 「ゴンドラの唄」を歌った後 アップの涙顔の数分間 画面から観客に向かって 無言だが 必死に訴えかけたのは なんなの?よーく 考えてみようよ! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今日も温室の蘭 オイラ的花言葉:「改天換地」(かいてんかんち) *大改造すること 自然環境(天)や社会(地)を徹底的に改変すること 一種の革命 (今こそ 役所は改天換地の時)【付録 ゴンドラの唄】 作詞:吉井 勇 作曲:中山晋平1.いのちみじかし 恋せよおとめ あかきくちびる あせぬまに 熱き血潮の 冷えぬまに あすの月日の ないものを2.いのちみじかし 恋せよおとめ いざ手をとりて かの舟に いざ燃ゆるほほを 君がほほに ここには誰も 来ぬものを3.いのちみじかし 恋せよおとめ 波にただよう 舟のように 君が柔手(やわて)をわが肩に ここには人目の ないものを4.いのちみじかし 恋せよおとめ 黒髪のいろ あせぬまに 心のほのお 消えぬ間に きょうはふたたび 来ぬものを
2012年01月24日
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【スタッフ】監督=大庭秀雄 脚色=柳井隆雄 原作=菊田一夫 製作=山口松三郎 撮影=斎藤 毅 美術=熊谷正雄 音楽=古関裕而 録音=小尾幸魚 【キャスト】岸 惠子 =氏家真知子 市川小太夫=叔父勘次 望月優子 =妻信枝佐田啓二 =後宮春樹 月丘夢路 =姉悠起枝 淡島千景 =ひさご家の娘・綾 川喜多雄二=浜口勝則 市川春代 =母徳枝 小林トシ子=梢野添ひとみ=あさ 笠 智衆 =加瀬田修造 須賀不二男=水沢謙吾 淡路恵子 =妻奈美 三井弘次 =横山 【あらすじ】昭和20年5月24日の東京大空襲の夜、家屋の崩壊と火の海を逃げ回り防空壕へ数寄屋橋の上で 互いに命を助け合った若い男女 『後宮春樹』と『氏家真知子」半年後の11月24日の夜、この橋の上で再会しようと約束して・・・・青年は別れ際「君の名は?」と聞いたが、再度の空襲に彼女は名を言わず立去ったしかし約束の夜「真知子」は 遂に現われなかった彼女は頑迷な叔父の強制で縁談の為 佐渡ケ島へ渡航中だった更に 1年後の11月7日の晩 遂に二人は数寄屋橋で再会しかし「真知子」は『浜口勝則』と結婚する前日で 涙での別れだった「勝則」と結婚した「真知子」の生活は・・・・姑は意地悪く、「勝則」は「春樹」との間を疑って止まない「春樹」は 雑誌社がつぶれ 役所に再就職していたが・・・・ そこへ 新課長で転任してきた「勝則」に 失職させられる「真知子」は夫の卑劣な態度に我慢がならず 遂に浜口家を飛びだし数日後、彼女は佐渡ケ島の叔父の家の病床にあり離婚を決意するが、既に「勝則」の子供を宿していたのだ・・・・死を選んだ「真知子」が断崖に辿りついた時、飛んできて抱きしめたのは「春樹」だった結婚をせがむ「春樹」に、「真知子」は「いいえ、出来ません、浜口の子供が生れるんです」鳴咽する「真知子」と衝哭する「春樹」・・・・・アア なんという運命か? ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「忘却とは忘れ去ることなり 忘れ得ずして忘却を誓う 心の悲しさよ・・・・」「加藤幸子」のナレーションに重なり 音楽か流れる チャラリ ラン ラリラーン ~「菊田一夫」原作「古関裕而」音楽 連続ラジオドラマ『君の名は』で・・・・始まった母親が何時も聴いていたから 当然 オイラ達子供達も一緒にラジオに耳を傾けていた「後宮春樹」(北沢彪) 「氏家真知子」(阿理道子)・・・・・冒頭のフレーズは 当時の子供達は 意味も分からないまま 誰でもスラスラ云えたオイラが そんなラジオを聞いていたのは小学校6年生迄「鐘の鳴る丘」「紅孔雀」「オテナの塔」「里見八犬伝」・・・・ラジオ放送で育った 映画の公開時は中学校1年生だったが まさにラジオから映画への転換期にあたりオイラが物心ついた 1952~53年当時を調べてみると “映画の全盛期”だった外国映画では 「第三の男」「風と共に去りぬ」「禁じられた遊び」「ローマの休日」「真昼の決闘」「シェーン」「ライムライト」「雨に唄えば」・・・・日本映画「東京物語」「生きる」「原爆の子」「真空地帯」「カルメン純情す」「雨月物語」と きりがないほど 名監督が続出で 現代に残る古典的名作映画のオンパレードだったテレビが出現するまで この映画ブームというか 娯楽の王様で有り続けオイラも 親に内緒で映画館「日立館」「亀有会館」に通った 不良少年だったこの映画「君の名は」は見た筈だが 殆ど初めて観るのと同じ 何も覚えて居らずあの「笠智衆」や「野添ひとみ」「淡路恵子」「田中春男」「三井弘次」等には 思わず 笑っちゃたネ・・・・懐かしいというか そんな役やってたのかって度重なる“すれ違いって”いうのは 恐らく 人気ラジオ番組を終わらせない為にどんどんエスカレートさせ ヒロインの「真知子」を悲劇のどん底に 突き落とし主なラジオ聴者の主婦達 若い女共を焦らし 同情させ 引っ張り続けたからで今の韓国ドラマと一緒で 単純明快なラブロマンス物は 女子供の好む壺って思ってたら NHK番組解説で「冬のソナタ」は これを参考にして撮ったってなんやかんや言っても こういう話題作が観られると 昔を思い出して これはこれで いいよね~ なんて思えた映画でした 【付録 君の名は】 作詞:菊田一夫、作曲:古関裕而、唄:織井茂子1 君の名はと たずねし人あり その人の 名も知らず 今日砂山に ただひとりきて 浜昼顔に きいてみる2 夜霧の街 思い出の橋よ 過ぎた日の あの夜が ただ何となく 胸にしみじみ 東京恋しや 忘られぬ3 海の涯に 満月が出たよ 浜木綿(はまゆう)の 花の香に 海女(あま)は真珠の 涙ほろほろ 夜の汽笛が かなしいか ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・温室で咲く「カタセタム グレース・ダン ビバー・バレー」という名の蘭オイラ的花言葉:「一期一会」(いちごいちえ) *一生に一度だけ会うの意味で、 だからこそ、その出会いを大切にせよということ
2012年01月23日
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【スタッフ】監督=リュック・ベッソン 脚本=リュック・ベッソン 、ロバート・ガーランド 、マリリン・ゴールディン ジャン・マルク・バール 、マルク・ペリエ 原案=リュック・ベッソン 製作=パトリス・ルドゥー 撮影=カルロ・ヴァリーニ 音楽=エリック・セラ 字幕=戸田奈津子 【キャスト】ロザンナ・アークエット =ジョアンナ・ベイカージャン=マルク・バール =ジャック・マイヨールジャン・レノ =エンゾ・モリナーリポール・シュナール =ローレンス博士セルジオ・カスティリート=ノヴェリマルク・デュレ =ロベルトグリフィン・ダン =ダフィー【あらすじ】1965年、ギリシャのキクラーデス諸島8歳の『ジャック・マイヨール』は 『エンゾ・モリナーリ』と出会ったそこで二人は初めて潜りを競うが、翌日、ダイバーである「ジャック」の父の死を目撃し、大きな衝撃を受ける12年後の1987年、いまや一流ダイバーとなった『エンゾ』は、稼いだ金をつぎ込んで「ジャック」の行方を探していた「ジャック」とダイビング選手権に出場 勝利する、それが「エンゾ」の夢だったのだ 一方「ジャック」は水族館のイルカだけを友として 静かに暮らしていたそんな「ジャック」と出会ったニューヨーク生れの『ジョアンナ』は、彼の不思議な雰囲気にひかれていくやがて「エンゾ」は 「ジャック」をシチリアの競技会に連れ出すが、そこでのダイビングで「ジャック」に敗れてしまう「ジャック」への対抗心に燃える「エンゾ」は、無謀なダイビングに挑み、命を落としてしまうその魂にひかれるかのように、「ジャック」もまた 大海原に一人乗りだしていく彼を愛し、彼の子を宿した「ジョアンナ」を残してやがて、人間の限界を超える深海に達した「ジャック」の目の前に一匹のイルカが現われ・・・・底知れぬ深淵へと連れ去っていくのだった ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【フリー・ダイビング】ノー・リミッツ(NLT)ザボーラという乗り物に乗って潜降し、浮上する浮上にエアリフトなどを使用しても ガイドロープをつたっても良い。 【フリーダイビングの生理学】 一般的に息を止めて深くまで潜ると肺が締め付けられスクイーズと呼ばれる障害が発生する肺にスクイズが発生した場合、胸壁から肺が剥離し、非可逆的な損傷を受ける過去には、人間が息をこらえて潜る理論的な限界水深は 30数メートル程度と言われてたしかし実際には、2007年6月現在のノー・リミッツでの最高記録は『ハーバート・ニッチ』(オーストリア)の -214mであるちなみに この映画の主人公『ジャック・マイヨール』の記録は 映画では120m実際の「マイヨール」は 55才の時に 105m の記録である現在では、閉息大深度潜水時には、水圧により腹部の内臓が横隔膜ごと肺の方向に押し上げられ、肺のスクイズを防ぎ、肺ならびに周辺組織の不可逆的損傷を防いでいることが、明らかになっている 出典「ウィキペディア」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーオイラが ダイビングを始めたのは 48才の頃だった高校時代の親友YAMATAKUから 強引な勧誘があって 無理矢理ライセンスを取らされ潜水用具一式も購入させられ 大島・大瀬崎を経て 沖縄・渡嘉敷島が本拠地になった海底のブルーの魅力は筆舌に表せない 浮世から離脱した無重力別世界 夢の竜宮城だそれは酸素ボンベを付け サンゴ礁や海草に群れる美しい魚達を愛でる 遊びのダイブこの映画でのダイビングは ひたすら真っ暗闇の海の底にロープに掴まり潜るというより落ちてゆく 身体能力の限界に挑戦する 度胸試しの様な スポーツであるオイラ達のように 海の景色やら 魚達な~んて マッタク関係なしのストイックな競技下手をすれば 内蔵破裂を引き起こす危険性が・・・・・主人公「ジャック・マイヨール」は 実在の人物で 潜水世界記録保持者だった人でイルカと関わりは 日本の唐津七つ釜での体験からだったというまるで イルカの生まれ変わりかと思えるような 滑らかな泳ぎと いつまでも潜っていられる驚異の肺活量に 眼を見張る彼女と初めて愛し合った 夜中にベッドを抜け出し 遠くにイルカの跳ねる月夜の海へ泳ぎだし 朝方まで 帰ってこない・・・・・彼を探しに来て 浜辺で眠り込んでいた彼女は ただ呆然と 魚になった彼を見つめる彼も陸に上がれず 打ち寄せる波間の海草に掴まり 無言のままじィ~っと彼女を見上げるたいへん印象的で この二人の関係の将来を暗示させるシーンだった引き換え 競争相手でオヤジのような存在「エンゾ」(ジャン・レノ)は豪放磊落 何時も若い女性を帯同し 派手で豪華なモーター・ボートで現れるでも 母親や弟には 頭が上がらない 特に母親のパスタ料理には絶対服従で・・・・たかだか 海に潜るというだけの 地味な競技の映画なんだけど映画公開当時のフランス人若者たちの殆んどが 熱狂したという・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今年も正月早々から 家の前の沙羅の木にやって来た「めじろ・目白」オイラ的花言葉:「峡山超海」(きょうざんちょうかい) *山を小脇に抱えて海を飛び越える とてもできることではないが、不可能に挑戦する気迫の意味
2012年01月22日
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【スタッフ】監督・脚本・編集=冨永昌敬 原作=太宰 治 撮影=小林基己 美術=仲前智治 音楽=菊地成孔 録音=高田伸也 音響効果=バートン木村 照明=藤井貴浩【キャスト】染谷将太 =利助/ひばり 川上未映子=竹さん 仲里依紗 =マア坊 窪塚洋介 =つくし) ふかわりょう=固パン 小田 豊 =越後獅子) 杉山彦々 =かっぽれ 洞口依子 =ひばりの母ミッキー・カーチス=場長【小説「パンドラのハコ」太宰治著】「健康道場」という 風変りな結核療養所で、迫り来る死におびえながらも、病気と闘いながら 明るくせいいっぱい生きる少年と、彼を囲む善意の人々との交歓を、書簡形式を用いて描いた作品【あらすじ】太平洋戦争中『利助』は、身体が弱い自分を余計者だと思い込み『母親』の心配をよそに、畑仕事に精を出していた1945年8月15日正午、玉音放送を聴いた「利助」は“新しい男”に生まれ変わった と感じるが、 その後、喀血、山の中にある結核療養所=健康道場へ入るそこでの治療法は 屈伸鍛錬や、患者=塾生 の背中を看護婦=助手 が 背中をブラシで擦る日課など 独特の慣習があり、助手から「がんばれよ」と声をかけられたら、「よしきた」と答えるのが決まりであった塾生も助手も 互いにアダ名で呼び合い「利助」もすぐに“ひばり”と名付けられる詩人の『つくし』の結核が完治し晴れて退場・・・・入れ替わるように新しい看護婦長=組長 として『竹さん』がやってくる以後、「ひばり」は、「つくし」を恋しがる助手の『マア坊』のことや、「竹さん」のことなど、日々の思いを「つくし」宛に手紙で伝えるようになっていった具合が悪かった『鳴沢さん』が亡くなり、所長=場長は 講話放送で、人間を永遠に不幸に悶えさせることになった「パンドラのハコ」に触れ、「諸君はひそかに『希望』という文字が書かれた石を探すべく鍛錬に励んでいる」と伝える「ひばり」のいる桜の間に大学生の『固パン』がやってきた助手相手に英会話を披露する「固パン」にカチンときた『かっぽれ』は口ゲンカを始めるが、最年長の『越後獅子』が仲裁に入る「ひばり」の手紙から 「竹さん」に興味を持った「つくし」が遊びに来ると、彼は「竹さん」をすごい美人だと評し、「越後獅子」の正体が「オルレアンの少女」を書いた詩人『大月花宵』だと明かすそんな中、久しぶりに、「ひばり」の「母親」が差し入れを持って訪ねて来た別れ際、「ひばり」は「母親」の口から「竹さん」の縁談を知る「ひばり」は初めて自分の気持ちに正直になり、「竹さん」に一目会ったときから恋をしていたことに気付くのであった ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー2009年は 「太宰治」生誕100年記念と謂うことで 「斜陽」「ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~「人間失格」が 次々に映画化 公開発表された各々が 個性的で 太宰治の雰囲気にこだわった 独特な映像だったが・・・・その中の一つ「パンドラのハコ」 (*ハコの漢字が出てこないのカナで失礼)なんとも不思議でコミカルな「太宰ワールド」を展開する 独特な 黴臭いセピア色の結核療養所の中 変な精神修練とか 呼吸法とか掛け声「やっとるか?」「やっとるよ」など 看護婦と患者たちが繰り広げる人間模様なんだか 見たこともない様な 腹を手で抑え ぎゅーぎゅー擦ったりする体操や 看護婦に 背中や腕を刷子で丹念に擦って貰ったり治療法、なんかイイ感じだけど“変”もしかすると 本当に効くんじゃないかと思わせる所が 笑っちゃう・・・・助手(看護婦)「竹さん」役 女優としては あんまりパットした美人じゃないけど存在感のある人 誰?と思ってたら あの「乳と卵」の芥川賞作家「川上未映子」だって解らんね~ 女優って そんなに専門的な勉強なんてしなくても 出来ちゃうのかね?患者も助手も みんな 仇名で呼ばれ 胸に大きな名札を貼っている男性患者「越後獅子」「固パン」「かっぽれ」・・・・みんな個性的 愉快な奴ばかり主役の「ひばり」は中学生 狭い結核療養所内で 色々な大人の生態 女性の生態を ピュアな眼差しで観察し成長してゆくのを カメラが その姿を 暖かく写し取ってみせる・・・・男女間で 抱き合ったり キスしたり等の映像が無いのに・・・・何故か そんなムードが充満していて 息苦しいと感じるのは オイラだけ?今どきの 映画としては 風変わりで珍しい 好きなタイプの映画でした ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ビロードタッチの真紅の「カトレア」オイラ的花言葉:「采薪の憂い」(さいしんのうれい) *自分の病気を遠回しに言う語 病気のために薪(たきぎ)を採ることもできないの意味
2012年01月21日
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【スタッフ】監督=金子修介 脚本=高橋美幸、伊藤秀裕プロデューサー=坂井洋一、伊藤秀裕撮影=高間賢治 音楽=清水信之主題歌=ステファニー『Pride~A Part of Me~ feat.SRM』【キャスト】ステファニー=麻見史緒 満島ひかり=緑川 萌渡辺 大 =池之端蘭丸 及川光博 =神野 隆キムラ緑子 =緑川多美 五代路子 =松島春子ジョン・カビラ=麻美総一郎 黒川智花 =東野さやか新山千春 =有森秘書 高島礼子 =池之端菜都子由紀さおり =山本教授 長門裕之 =星野権三郎【解 説】 出典<ウィキペディア>より『プライド』は、<一条ゆかり>による日本の漫画作品月刊『コーラス』(集英社)にて2002年12月号から2010年2月号まで連載されていた2007年、第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞2010年9月時点で発行部数は300万部超の売り上げ2009年1月17日に、実写映画が公開され また、2010年12月には舞台化された【あらすじ】オペラ歌手を志す『麻見史緒』は音大卒業を控えたある日、ハウスクリーニングのバイトで家に来た、同じくオペラ歌手を志す 苦学生の『緑川萌』と知り合う直後、「史緒」は 父「総一郎」の経営する会社が倒産イタリア留学してプロを目指すという予定が不可能になってしまう「史緒」と「萌」の二人は 優勝者に留学と帰国後のCDデビューの権利が与えられるオペラ・コンクールで再会「史緒」の尊大な態度に傷つき嫉妬していた「萌」は、決勝で「史緒」の出番直前に「あなたのお母さんはあなたを庇って死んだのよ」という衝撃的な事実を言い放ち、その言葉に動揺した「史緒」を舞台で失敗させ優勝をもぎ取るその後 2人はひょんなことから、「史緒」の大学の同級生で 無一文同然の「史緒」を助けてくれた恩人、『池之端蘭丸』の母『奈津子』が経営するクラブ「プリマドンナ」で働き始める「史緒」は 一度は断念した留学を果たすため、結婚を取引だというクィーンレコード副社長 『神野隆』と婚約する顔も見たくないほど嫌い合う「史緒」と「萌」だったが、一緒に歌うと 自分の実力以上のものが引き出されることに気づくピアノの「蘭丸」と 「史緒」「萌」のデュエット 3人での演奏はクラブ・プリマドンナの客達に大好評を博し・・・・客の中にテレビ局のプロデューサーがいたことから音楽オーディション番組にユニット「SRM」として出演することになるのだが・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー人気のコミック漫画の映画化らしく かなり派手な展開と 強烈なキャラクターの登場人物に 多少の違和感はあるもののオイラ的には エンターテイメント映画として良く出来ていて 面白く観終わったその面白さの大半は主人公の二人「萌」役(満島ひかり)「史緒」役(ステファニー)生まれも性格も容姿も行動力も全く正反対な二人の演技力と歌唱力の対決が見ものでオペラの歌唱(「満島ひかり」モーツアルトの魔笛から“夜の女王のアリア)なんかは 吹き替えなんだろうけど かなり見せてくれるし・・・・後半に入ってのポップス系の歌は間違いなく本人達の歌声で 結構心地よく聴かせるなんか 最近の若手のチャラチャラした歌は聴きたくないが 本格的で 大人の歌声 聴かせてくれる こういうデュオがあったら 流行るんじゃないか?って 思った程銀座のクラブ「プリマドンナ」で初めて二人で歌った曲『A Song For You 』そして ステージでの曲『あなたと歌うと』 最高に素晴らしい! 拍手喝采だ(*YOU TUBE で観られるので 是非観賞してみて下さい) 「満島ひかり」の演技力は もう既に認識していたが、更に 歌唱力も優れていたなんて本当に これからの日本映画を背負ってゆく 女優としての素質に満ち溢れているシナリオ的には なんもコメントするような内容のものではなく・・・・よく少女漫画にありそうな・・・・・(読んだこともないくせに よくいうネ!)しかし 昔 銀座にオペラ歌手の卵(芸大の学生など)が 大勢い働いていたクラブがあって オイラ あるオペラファンの人に連れていって貰ったことがあったが・・・・今でも 営業してるだろうか? ホステスやウェイターが 先を競って 歌いたがっていて・・・・お客も 常連が殆どで リクエストに次々となんか そういう風に 愛好者が集まってくる様な 個性的な店があると いいけどなァ名曲喫茶とか 歌声喫茶とか ジャズ喫茶とか 漫画喫茶とか・・・・まだ ある? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・近所の生産者から購入した「シクラメン」 毎年ヤマタクに贈ってもらっていたが・・・・オイラ的花言葉:「人に高下無し心に高下有り」(ひとにこうげなしこころにこうげあり) *人の価値は身分などの高下で決まるものではなく、 心の高下によって決まるということ 人は平等であるが、人格には高下の差があるものだ
2012年01月20日
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【スタッフ】監督=吉村公三郎 脚色=新藤兼人 原作=吉村公三郎 製作=小倉武志 撮影=生方敏夫 美術=浜田辰雄 音楽=木下忠司 録音=大村三郎 照明=加藤政雄 【キャスト】滝沢 修 =安城忠彦(当主) 森 雅之 =正彦(長男) 逢初夢子 =昭子(長女) 原 節子 =敦子(次女) 日守新一 =由利武彦(忠彦の弟) 清水将夫 =新川斉三郎(闇会社社長) 津島恵子 =曜子(新川の娘) 神田 隆 =遠山庫吉(元運転手の成金) 殿山泰司 =吉田(安城家執事) 空あけみ =菊(女中) 村田知英子=千代(芸者・愛人) 高松栄子 =松(老女) 岡村文子 =春小路夫人(忠彦の姉) 【あらすじ】皇族までが漬物屋を始めるという御時世に 華族の没落はいうまでもない華族の中で名門の“安城家”もその例にもれず、今迄通りの生活をするために 全てのものを手放し、今や抵当に入れた家屋敷まで手放す時が来たそれは「まるで嘘のように無くなり、夢のように消えて行く」のであるその夢のように消えて行く華族安城家の最後を記念するために舞踏会を催した安城家当主『忠彦』は 家を抵当にインチキ闇会社の社長『新川』から金を借りていたが 華族生活から脱けきれないままに、今やギリギリのところまで来たしかし 家を手放すことが惜しく「新川」を招き 最後の哀願をするが「新川」は その申し入れを断り 蔑む言葉を投げつけるだけでなく・・・・自分の娘『曜子』と 安城家の長男『正彦』との婚約も解消すると言い出したそれを立聞きした「正彦」は、そんな「新川」を憎むあまりに、何も知らずに「正彦」を慕う「曜子」を酔わせ犯そうとするが、女中「菊」に見られ逆に 縋り付いてきた「曜子」を邪険に振り払い 罵声を浴びせる家は 出戻りの「昭子」を想い続ける元運転手 運送業で財をなした成り上がりの金持ち『遠山』に 次女「敦子」の必死の懇願で購入してもらうことになり「新川」に 取られることは なくなったのだが・・・・・やがて夜が更けて客も帰り安城家は無気味な迄に静まり返った今日を限りに伯爵安城家の凡てが 夢のごとく消えて行くという寂しさからか長年愛人関係にあった芸者「千代」と結婚することを発表した「忠彦」しかしこの寂びしさには堪える事が出来ず、使用人や家族に別れの言葉を述べ・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【華族】 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』華族(かぞく)とは、1869年から1947年まで存在した近代日本の貴族階級のことである 公家に由来する華族を公家華族、江戸時代の藩主に由来する華族を大名華族(諸侯華族)、 国家への勲功により華族に加えられたものを新華族(勲功華族)、 臣籍降下した元皇族を皇親華族、と区別することがある叙爵内規公爵=親王諸王より臣位に列せられた者、旧摂家、徳川宗家、国家に偉勲ある者侯爵=旧清華家、徳川三家、旧大藩(現高15万石以上)知事、旧琉球藩王、国家に勲功ある者伯爵=大納言まで宣任の例多き旧堂上、徳川旧三卿、旧中藩 知事、国家に勲功ある者子爵=維新前に家を起した旧堂上、旧小藩(現高5万石未満)知事、国家に勲功ある者男爵=維新後華族に列せられた者、国家に勲功ある者 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーどうも 芝居がかった大袈裟な演技が鼻について なんとも居心地が悪い印象だけどこの映画が製作された1946年って 終戦間もない大変な時代で オイラ6才の頃なーんも食べるものが無く 毎日“すいとん”や“サツマイモ”ばかり 食べていた日本国民の全てが 「腹へった~」で 飢餓状態の時代丁度 こんな頃 “華族制度”が 廃止された ある意味 多くの庶民は「ざまーみろ!」的な感じを もったんじゃない?この映画の「安城家」は名門華族“伯爵家”で かつては「西園寺公爵」や「伊藤博文」も舞踏会に訪れ ワルツを踊ったというそのような 名門家族の内情を知りたいと 思った庶民も沢山居たに違いない一般庶民が腹を空かせていたのに 音楽隊に演奏させ 優雅に着飾ってダンス?沢山の招待客に振舞う ワインにお酒 そして豪華な料理の数々・・・・もしかして 戦争中 あんたら なにしてたん? って 聴いてみたいだから この映画で悪者に描かれる成り金の「新川斉三郎」や「遠山庫吉」は実は こんな時代を先読みして いち早く実業の世界へ躍りだした人で・・・・別の見方をすれば 没落していく過去の権力者から見た 妬みと悔しさ だが今まで 庶民を土台にして 何もせず贅沢三昧してたんだから は言い過ぎか(なんでか直ぐに 自分の貧しさが先に立って 感情的に・・・・スマン)この時「原節子」26才 若々しい活躍を見られるのが オイラ的には嬉しい・・・(現在92才 お元気で おられるのでしょうか・・・・)アア「滝沢修」がピストルを頭に・・・・ダダダダ・・・っと走り 体当たり 見事 タックル 大成功!そして 蓄音機のレコードに針を置き 「さァ お父さま 踊りましょう」と 軽ろやかなステップで踊りだす・・・・ 「原節子」の社交ダンス 初めてお目にかかる情景に 感動! でも オイラの家のテレビが横長の所為か、とても太って見えて(スマン) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・温室の「ミニ カトレア」 オイラ的花言葉:「華を去りて実に就く」(かをさりてじつにつく) *虚飾を捨てて、堅実な態度をとる 見かけよりも内容が肝心である
2012年01月20日
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【スタッフ】監督=ブライアン・デ・パルマ 原作=ジェームズ・エルロイ 『ブラック・ダリア』(文春文庫刊) 脚本=ジョシュ・フリードマン 撮影=ヴィルモス・ジグモンド プロダクションデザイン=ダンテ・フェレッティ 編集=ビル・パンコウ 音楽=マーク・アイシャム 【キャスト】ジョシュ・ハートネット =バッキー・ブライカート(警官・元ボクサー) アーロン・エッカート =リー・ブランチャード(警官・元ボクサー) スカーレット・ヨハンソン=ケイ・レイク (リーと同棲中) ヒラリー・スワンク =マデリン・リンスコット(エメリットの娘) ミア・カーシュナー =エリザベス・ショート(無惨な死体のブラック・ダリア) マイク・スター =ラス・ミラード フィオナ・ショウ =ラモーナ・リンスコット(マデリンの母親) パトリック・フィスクラー=エリス・ロウ ジョン・カヴァノー =エメリット・リンスコット(マデリンの父親・大金持ち) レイチェル・マイナー =マーサ・リンスコット(マデリンの妹) 【あらすじ】1946年かつてボクサーだった二人の警官 “アイス”こと『バッキー・ブライカート』と “ファイアー”『リー・ブランチャード』 ロサンジェルス市警“PR”のため ボクシング試合で戦ったこの試合がきっかけとなって 二人はセントラル署“特捜課”に配属、名物コンビとなり、実生活でも友情を結ぶようになった「リー」の同棲相手『ケイ』も交えた三人は 次第に密接な関係になっていくある日、身体を腰から切断され、口を耳まで切り裂かれた若い女の惨殺死体が発見された被害者は 女優を夢見てハリウッドにやってきた『エリザベス・ショート」マスコミは映画のタイトルをもじって彼女を「ブラック・ダリア」と呼んだその事件以来「リー」は妄執にとりつかれたように 事件にのめりこみ、常軌を逸していく一方で「バッキー」は 手がかりを求めて行ったレズ・バーで「エリザベス・ショート」そっくりの扮装の女『マデリン』と知り合い、関係を持つ「マデリン」の父は土地開発で財産を築いた『エメット・リンスコット』だったそんな時、かつて「リー」が逮捕した強盗犯『デウィット』が出所したそして 何者かに殺されてしまう「リー」「バッキー」は、「リー」が 「デウィット」の盗んだ金を横取りした悪徳警官だったと知り、愕然とする一方、「エリザベス・ショート」が出演していたポルノ映画のロケ場所が「エメット・リンスコット」が所有する家であることに気づいた「バッキー」、そこが惨劇の舞台であることを探り当て・・・・犯人は・・・・・ -------------------------------------------------------【ブラック・ダリア事件】 出典「ウィキペディア」1947年1月15日、黒い服を好んだことから「ブラック・ダリア」の通称で知られていた女優志願の女性「エリザベス・ショート」の死体が ロサンゼルスで発見された死体は激しく損壊しており、胴の部分で2つに切断されていたが、洗い清められており、犯人に繋がる証拠は発見されなかった また、事件発覚後に新聞社にブラック・ダリアの所持品が送りつけられてきたが、指紋は検出されなかった事件は非常に注目を集め、約1ヶ月に渡って『ロサンゼルス・エグザミナー』のトップ記事を飾り、500人に及ぶ自称犯人やその関係者が出頭するほどだったが決め手に欠けたために迷宮入りし、現在も未解決である ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー上記の如く この映画「ブラック・ダリア」って 「ジェームス・エルロイ」原作の物語なんだけど アメリカで実際に起きた「ブラック・ダリア」事件を元にした 未だに未解決の アメリカ中を震撼させた 凄惨な猟奇事件 だからアメリカ人なら その経緯や内容を大概の人は知っており 解らない事は 殆どないのだが・・・・日本人にとっては かなりややこしい筋書きと 複雑な人間関係で 1回観ただけでは理解できないかも普通は 1回観て 犯人が解ってしまえば 興味半減なのですが・・・・その内容や 犯人が解ってしまっても 2回目からは・・・・「成程 そーいうことだったのかぁ」って・・・・ それに「アア・・・ここで こんなネタを仕込んでたんだ~ぁ!」とか 意味ない場面だと思って見過ごしてたが 実は重要な場面だったりして 結構 ジグソーパズルの穴が埋まっていく様な 快感が味わえる かもしんないオイラ的には トロイから 3回目でやっとこ この映画の面白さが分かったよ~ それに 何といっても「スカーレット・ヨハンソン」と「ヒラリー・スワンク」二人を観賞するコトだけでも 何回観てもイイのだけれど・・・・ タイプが全然違う大女優 二人とも正体不明で実に妖しくセクシーな役柄 お互い張り合う「S・ヨハンソン」の尻に “B・D”の焼き印が 押されてる 過去の謎「H・スワンク」 夜な夜な レズ・バーで 相手を探してる妖しさそんな二人に絡める お得でおいしい役の「ジョシュ・ハーネット」が羨ましい な~んてネ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今日も また「カトレア」ですオイラ的花言葉:「以毒制毒」(いどくせいどく) *悪人や悪事を滅ぼすための手段として、他の悪人や悪事を利用すること 解毒剤として他の毒薬を用いるの意から言う 漢方では、毒虫や毒草で体内の毒を除く治療法がしばしば用いられた
2012年01月18日
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【スタッフ】監督=フランソワ・トリュフォー 脚色=フランソワ・トリュフォー 、ジャン・グリュオー 原作=アンリ・ピエール・ロシェ 製作=マルセル・ベルベール 撮影=ラウール・クタール 音楽=ジョルジュ・ドルリュー 【キャスト】ジャンヌ・モロー =カトリーヌ オスカー・ウェルナー=ジュールアンリ・セール =ジム マリー・デュポワ =テレーズヴァナ・ユルビノ =ジルベルト サビーヌ・オードパン=サビーヌボリス・バシアク =アルベール【あらすじ】オーストリアの青年『ジュール』は モンパルナスでフランス青年の『ジム』と知り合った文学という共通の趣味を持つ2人はすぐに打ち解け、無二の親友となる2人はある時、幻燈を見て、アドリア海の島にある美術公園の女の顔に魅了されたそれから しばらくして、2人は『カトリーヌ』と知り合い、同時に恋に落ちてしまう彼女が 島の彫像の女と瓜ふたつだったからだ「ジュール」は彼女に求婚し、2人はパリの同じアパートに住んだ「ジム」は出版社と契約ができて作家生活の第1歩をふみ出しだ3人で芝居見物に行った帰り、「ジュール」と「ジム」が文学談義を始めると、「カトリーヌ」は 突然セーヌ川に飛び込んだりして2人を慌てさせたやがて第一次世界大戦が始まり、「ジュール」と「ジム」はそれぞれの祖国の軍人として戦線へ行ったが、ともに生きて祖国へ帰ったライン河上流の田舎に住む山小屋に「ジム」は招待されたその頃、「ジュール」と「カトリーヌ」の間には6つになる娘もいたが、2人の間は冷えきっていた「ジュール」は「ジム」に彼女と結婚してくれと頼むのだったが、自分も側に置いてもらうという条件だった3人の奇妙な共同生活が始まった「カトリーヌ」には、ほかにも男がいた「ジム」は瞬間しか人を愛せない彼女に絶望し、パリへ帰って昔の愛人とヨリを戻したが・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー女神のようで悪魔 純粋で複雑怪奇 幼い熟女 自由奔放 魅力的な容姿 風貌正体の掴めない 奥の深い味わいのする フランス代表女優「ジャンヌ・モロー」 彼女がスクリーンから消えて以降 あまりフランス映画を観なくなったこの映画「突然炎のごとく ジュールとジム」の 魅力は 彼女の魅力に尽きます「カトリーヌ」(ジャンヌ・モロー)の勝手気儘で 自由奔放な生き方に翻弄され 振り廻される事に悦びを感じ それに従って生きることに魅入られた 二人の男の話そして 「ジュール」と「ジム」は 変な関係では無しに 純粋な親友 家族よりも濃密な関係 分身と言ってもイイ程 君のモノは僕のもので 僕のものは君のモノだから 二人が同時に愛してしまった「カトリーヌ」は 二人のもので 二人のものじゃない「カトリーヌ」にしても 二人だけのものじゃないし 二人だけのもの・・・・“嫉妬”とか“独占欲”とか 無い訳じゃない それが無ければ緊張感がなくなるし だいいち“愛”じゃないし・・・・微妙な おたがいの“心”の駆け引き か 思い遣りのシーソー・ゲーム海辺の丘の上に建つ別荘風の家や 川岸の水車小屋を改装したお伽噺の様な家で・・・・毎日がピクニックの雰囲気の中で 信頼し合った友人と妻と子供が一緒に ただ自由勝手に 自然に溶け合って本を詠み 音楽を聴き 遊び回り 愛し合って生活する人間生活の “究極の幸福”な 姿が そこにはあったしかし 誰かが 何かが その幸せのサイクルを乱したり 外れたりすると・・・・ “突然炎のごとく” 一瞬にして 燃え上がったモノが・・・・ 消え去ってしまうという 脆くも 儚いモノなんだという噺モノクロ画面の中でも ひときわ光り輝いて・・・・「自転車に乗り」「海で泳ぎ」「橋から飛び降り」「森の中をはしゃぎながら歩き」「ワインを飲み」「唄を歌い」「キスをして」「おしゃべりで笑い転げ」・・・・・そんな「ジャンう・モロー」(当時33才)を見ているだけで・・・何故か 楽しく心躍るそれだけで いいじゃない フランス映画 愛の物語なんだから ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ なにやら 怒っている人の姿にもみえる「カトレア」オイラ的花言葉:「合縁奇縁」(あいえんきえん) *人が出会い、気心が合って親しく交わることができるのも、 理屈を超えた不思議な縁によるものだ *男女・夫婦・友人の仲がしっくり行くも行かないも 前世からの定めによるものだという意味
2012年01月17日
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昨日が最終日と謂うことで 久しぶりに東京日本橋まで出掛けましたウィーク・デイというのに 店内は全店クリアランス・セールということもあってかかなりの混雑で 景気が悪い 百貨店の売上低迷が長引いているというニュースが嘘のよう催事場と同じ7階にある展覧会場は 三越カード保持者は無料ということもあってかバーゲン会場さながらの混雑だったが その展示作品の充実と 作品の素晴らしさに感激で 広告のある街角(1937年)オイラの大好きな「佐伯祐三」や「ユトリロ」等 多くの画家達が こよなく愛した パリの旧い街角 モンマルトル 歴史を重ね煤けて汚れた壁面 そして落書きや張り紙に彩られた塀や露天の店先 どれだけ美しいと感じていたのだろう 果物屋筆先に絵の具を たっぷりと含ませ 何度も何度も重ねて描き込んだ 重厚で荒々しい画面複雑に色が重なり合い混じり合い 微妙で独特な光彩を放ち 鮮やかに熱を持って輝いてる フジタの窓から見たオドネル通り絵から少しづつ遠ざかりつつ また角度変えて 鑑賞すると 絵の表情が微妙に変わるその絵画の味わいが変化し あの荒々しかった画面が 写実的で優しい絵に・・・・パリから離れ イタリア・ヴェネチアの風景もあって 壁面の美しさと それらを映す 水面の輝きと 水の透明さと 底の深さを感じる絵になかなか絵画の前から離れられない自分に 多くの人が・・・・ リオ・デ・レ・べカリエサンマルコ広場【荻須高徳】愛知県稲沢市出身で、文化勲章受章の洋画家(1901~1986)東京美術学校(現・東京芸術大学)を経て1927年の秋、25歳で渡仏第2次大戦で帰国を余儀なくされた一時期を除いて、84歳で亡くなるまでパリに住み、人々の生活や歴史がしみ込んだ石造りの建物や街並みを描き続けました1935年に初めて旅して以来、何度も長期滞在したベネチアでも、そこで暮らす人々の気配が感じられる細い運河や、苔が生え傾いた建物に目を向けています。 今迄 外国旅行で 絵を描きたい程の風景に 何度も巡り会って描いてみたいと思っても全然それは夢の話であったが・・・・でも今回 いつか ここに行って描いてみたいと想った 絵画展でありました
2012年01月17日
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【スタッフ】監督=アルフレッド・ヒッチコック 脚本=アーサー・ローレンツ 脚色=ヒューム・クローニン 原作=パトリック・ハミルトン 製作=シドニー・L・バーンステイン 撮影=ジョゼフ・ヴァレンタイン 、ウィリアム・V・スコール 美術=ペリー・ファーガソン 音楽=レオ・F・フォーブステイン 【キャスト】ジェームズ・スチュワート =ルパート・カデルジョン・ドール =ブランドン・ショーファーリー・グレンジャー =フィリップ・モーガンセドリック・ハードウィック=ケントレイコンスタンス・コリアー =ミセス・アットウォーターダグラス・ディック =ケネスエディス・エヴァンソン =ミセス・ウィルソンディック・ホーガン =デイヴィッド・ケントレイジョアン・チャンドラー =ジャネット【あらすじ】大きな窓からマンハッタンの摩天楼が一目で見渡せる ニューヨークのあるアパートの一室『フィリップ』と『ブラントン』 大学を出たばかりの青年2人同級生だった『デイビット』を絞め殺して、死体をチェストに入れた・・・動機など別にないただ自分たちが ずば抜けて人より秀れていることを試したかったのだ・・・・2人は もっとスリルを味わうために 被害者の父『ケントレイ』、「デイヴィッド」の婚約者『ジャネット』、その「ジャネット」の元彼『ケネス』、英国から来たばかりの伯母『アットウォーター』、青年たちの先生だった大学教授『ルパート・カデル』を 晩餐会パーティに招待していた死体入りのチェストの上に 燭台を置き ごちそうを並べ 皆に食べさせたり、殺人に使ったロープで幾冊かの初版本を縛って 父親に贈ったりして、腹の中で優越感を味わっていたのだ時間が経つにつれて、来るはずの「デイヴィッド」の行方が判らず みんなは心配を始める「フィリップ」は 犯した罪の恐ろしさに次第に冷静さを失っていく・・・・「ブランドン」は、教授が かつて世の中には 法律など超越した超人がいてもいいと言った言葉を引き合いに出し 「教授」と「ケントレイ」の3人は 言い争いになり・・・・どうも 2人の態度や言葉の異常さに 感づいた教授 帰りがけに 偶然 被害者の帽子を 見つけ・・・一旦外に出た教授は煙草ケースを忘れたと電話してから、再び部屋を訪れた「フィリップ」は すっかり とり乱していて 「ブランドン」は ポケットに拳銃を忍ばせていたが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー映画は いきなり若者二人が 友人の首に紐(ロープ)を巻きつけ絞め殺す場面で始まるなんと この主人公二人 自分達は 超優れた人間だと思い込んだ 超勘違い人間 これと同様の殺人事件の実話を元にした原作の 舞台劇の映画化なんだそうで二人が住むアパート内で 始まり終わる 時間と同時進行の物語です「アルフレッド・ヒッチコック」監督の初カラー作品で 実験的な手法で撮ってる作品色々 技術的な試みに挑戦しているのだが 映画は 果たして面白いのか?お客さんを はらはらドキドキさせる事が出来たのか?・・・・なんだけどオイラ的には「チョットね、友人を殺す動機がイマイチ理解出来ないコトと 殺人を犯す主犯「ブランドン」(ジョン・ドール)の 相棒「フィリップ」(ファーリー・グレンジャー)が 余りにも弱虫 こんな奴 なんで選んだ?って 感じがして 乗れなかったナ」それと 監督は 恐らく観客を犯人側2人の立場に置いて バレないかどうか?を ハラハラさせて ドキドキさせる魂胆だろうが・・・・どうも 「ブランドン」の言動が 気に食わないつーか 殴ってやりたい程の嫌悪感「ブランドン」は 「フィリップ」と どうやらホモの関係らしく・・・・その上 殺した「デイビット」の婚約者「ジャネット」とも その昔 恋人同士だった更に 殺された息子の父親 その息子の婚約者 その彼女の元彼 そして彼等の恩師を招いての宴会 死体の入ったチェストに料理を並べ 食べさせる悪趣味の男にだよ 感情移入なんかできないよねー・・・・どうでもいいことなんだけど・・・・学校を出たばかりの青年が こんな摩天楼のアパートで 家政婦まで置いて どうして生活出来るんだろう? なーんて心配してしまいそれと この死体の後始末は どうするんだろう? 8時間後には湖底だと言って車をガレージから出すように 駐車場の係りに電話してたけど・・・・・「ジェームス・スチュアート」も この映画が「ヒッチコック」初出演の記念映画なんだけどオイラ的には 大変面白く 興味深い会話シーンがあって・・・・ここ大好きで印象に残った「ジャネット」と「アットウォーター」おばさんの3人で 映画俳優に関する会話「あたしジェームス・メイソンが好きなの」から始まって 「エロール・フリン」「ケーリー・グランド」「イングリッド・バーグマン」の名前が出て そのたびにおばさんが その人はナニ座だから どうのこうのと注釈を加え・・・・そして映画の題名がなかなか出てこない「ほら、あれ・あの映画 あれ・あれ・・・・」「something・・・ something・・・・wooo」って イイねーそれで 結末は? 「そう ほら あれ、あれ・・・・言えません・・・・」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今回も 温室の「カトレア」ですオイラ的花言葉:「皮相の見」(ひそうのけん) *物事のうわべだけを見る、浅はかな見解
2012年01月16日
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【スタッフ】原作=パーシヴァル・クリストファー・レン監督・製作=ウィリアム・A・ウェルマン 脚色=ロバート・カースン 音楽=アルフレッド・ニューマン【キャスト】ゲイリー・クーパー =ボー・ジェスト(長男) レイ・ミランド =ジョン・ジェスト(次男) ロバート・プレストン =ディグビー・ジェスト(三男) ブライアン・ドンレヴィ=マーコフ軍曹 スーザン・ヘイワード =イゾベル・リヴァース(姪でジョンの恋人) J・キャロル・ナイシュ=ラシュノフ アルバート・デッカー =シュワルツ ブローデリック・クロウフォード=ハンク・ミラー【あらすじ】英国のブランドン卿の邸宅には『ブランドン卿夫人』、姪の『イソベル』、それに孤児を養子として引き取った『ボー』『ジョン」『ディグビー』の仲良し『ジェスト』3兄弟が住んでいたブランドン卿は邸宅に一切帰らず、夫人に遊ぶ金ばかりをせびる道楽者であった、その為 実際のブランドン邸宅の生活は 楽なものではなかった・・・・その事情を 「ボー」は知ってしまう15年の歳月が流れ、今では3兄弟の「ジョン」と「イソベル」は愛し合う仲だったある日突然 卿が金策に困り、家宝のサファイヤ「青い水」を売ることになったしかし、その夜 最後に一度だけ見せて欲しいと3兄弟は夫人に頼み 見ていると 突然 電気が消えて 暗闇の間に その「青い水」が消えていた・・・・翌朝「ボー」が 盗んだのは自分だという書置を残して 姿を消したしかもそれから「ディグ」も「ジョン」も 宝石を盗んだのは僕だと 書いて出ていったアフリカの外人部隊の“砦”で落ち合った「ボー」と「ジョン」の兄弟・・・・・ あるとき 宝石「青い水」について話していたのを 聞き取った『マーコフ』軍曹「ボー」が持っているものと睨み、 奪い取る機会を狙うようになったが・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 映画は 外人部隊が アラブ軍に襲撃されている“砦”に 応援に向かう場面から始まる砂漠に孤立する“砦”に到着すると 不思議な光景が・・・・そこにアラブ軍は 既に居らず シーンと静まりかえる“砦” 城壁の銃の台座から 兵隊が顔を出し銃を構えているのだが なんの反応も無い長い隊列の隊員の中から 喇叭手が呼ばれ 確かめてこいと命令を受け 乗り込むが・・・なんの合図も無い・・・・暫くして 隊列に向かって 銃が2・3発 撃ち込まれ 又そのまま静かになったそして しばらく時間が経ち 隊長が 反応のない砦の内部に 乗り込んで見ると銃の台座にいる兵隊たちは全員が死亡していて・・・・砦に居た部隊は全滅していたそして おかしなことに“喇叭手”が 姿を消していたのだこの ミステリー仕立てのスタートから あらすじの通りの物語が展開されてゆき この謎解きが始まっていくのだ・・・・昨日の「モロッコ」に引き続き 「ゲイリー・クーパー」主演の外人部隊モノ「マレーネ・デートリッヒ」の様な美女は出てこない 男臭い映画ここでは3人兄弟愛の物語で 冒頭のナレーション通り「男女の愛は 月のように満ち欠けするが 兄弟の愛は 星のように変わらない・・・・アラブの諺」 これが映画のテーマ「ゲイリー・クーパー」は長男らしく 何時もリーダーシップを取る 頼もしい男「レイ・ミランド」は 若くて最初誰か分からなっかった「スーザン・ヘイワード」と恋をす る礼儀正しいハンサムな次男「ロバート・プレストン」は 悪戯好きなやんちゃ坊主が そのまま大人になった三男実は この三男が“喇叭手”で 砦の中の事情を知り 色々細工をするんだ・・・・けどそして 秘宝サファイア「青い水」の謎が 明かされて・・・・・1939年作品 73年前の映画としては 随分内容を練った脚本に驚かされる ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小貝川にいたカモオイラ的花言葉:「兄弟は後生までの契り」(きょうだいはごしょうまでのちぎり) *兄弟の縁は来世まで続く
2012年01月15日
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【スタッフ】製作=ヘクター・ターンブル 監督=ジョセフ・フォン・スタンバーグ原作=ベノ・ヴィグニー 戯曲『エーミー・ジョリイ』脚本=ジュールス・ファースマン 撮影=リー・ガームス美術=ハンス・ドライヤー 編集=サム・ウィンストンB班監督=ヘンリー・ハサウェイ 音楽=カール・ハヨス【キャスト】マレーネ・ディートリッヒ=アミー・ジョリーゲイリー・クーパー =トム・ブラウンアドルフ・マンジュー =ベシエールウルリッヒ・ハウプト =セザール副官イヴ・サザーン =セザール夫人【あらすじ】モロッコ駐屯の外国人部隊の 一兵卒アメリカ人『トム・ブラウン』彼は 女は一時の慰み物、飽きれば捨ててという風で 最近は士官夫人がそろそろ鼻について来た矢先だったが 酒場の歌手『エイミー・ジョリー』に一目惚れして・・・・その「エイミー」は 大金持ちの優男『ラ・ベシュール』をはじめ、自分に言い寄る許多の男達の騒ぐのを尻目にかけて、人々の注意をひくために、ことさら「トム」に特別の好意を示し、彼女のアパートへ誘った「トム」は 彼女の魅力にひきつけられたが、彼女の虜となることをおそれ、すげなく彼女の許を去って街に出た所、そこには 例の士官の妻が彼を待ち受けていた彼の後を追って来た「エイミー」 彼を士官の妻から引き離し アパートへ連れ戻そうとするのを 怒った士官の妻は雇い人に エイミーを殺せと 襲いかからせた・・・・が彼女を庇おうとした「トム」 襲ってきた二人を怪我させたと 軍隊に捕らえられ、士官の嫉妬もあり 懲罰の意味で 危険な任務に服することを申し渡された任務に赴く日「トム」は別れを告げに彼女を訪れたが「ラ・ベシェール」が求婚しているのを立ち聞き 「ラ・ベシェール」が 彼女を安楽と幸福に導くべきことを悟り・・・・・ 彼女の部屋の大鏡に“心変わりをしたグッド・ラック”と書き 立ち去った「エイミー」は 「べシェール」との結婚を決意 その婚約披露宴の席で 彼が負傷したことを聞き、堪らず 砂漠の病院に行くと言い出すが 「べシェール」は 彼女が望むことならなんでもしようと 彼女を自動車に乗せ送って行くのだ・・・・が ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー今から82年前 1930年製作のアメリカ映画「モロッコ」当時 世紀の美女 百万ドルの美脚と騒がれたドイツ人女優「マレーネ・ディートリッヒ」相手役は 当時のハリウッド若手俳優 謹厳実直で売っていた「ゲイリー・クーパー」実に実に、格好良い 日本で封切られた当時 これを観た若者達 どんな風だったろう?「ディートリッヒ」の 登場シーンは船上 ダークなスーツを着て シックでハイソな感じ 大富豪の「アドルフ・マンジュー」に声をかけられ 名刺を渡されるが 破いて海に捨てる次に現れるのは酒場のステージ 燕尾服にシルクハット 観客はブーイングだが・・・・それを止めるのがG・クーパーだ そして歌い始めると客席はシーンとなって 大拍手そして 水着風衣装で林檎売り 少し変だけど チャンと美脚を露わにして モノクロだけど 妖しげな眼差しを 画面から観客に向かって投げかけてくるフェロモン むんむん 今じゃ大したことないって・・・・でも 82年も 昔にだよ!彼女の 一つひとつの仕草が なんとも粋で オシャレで魅力的 流石の大女優の風格アパートから素っ気なく出ていったクーパーが人差し指と中指をたて 額の前でくるりと回したのを真似して 同じ様にする様子の なーんとオシャレなこと シビレたネ!「G・クーパー」も 若々しく実にイイ顔をして 見たことのない白い歯と 笑顔が見られる「アドロフ・マンジュー」の まさしく 正統な紳士振りが 素晴らしい本当に愛している彼が居ることを承知で めげずにアタックする姿勢を貫き通す 流石モロッコ風というか 異国情緒たっぷりの音楽が気分を盛り上げる・・・・ラスト 砂漠の砂に ハイヒールを脱ぎ捨て 外人部隊のあとを追う ディートリッヒあああそりゃあ駄目! 素足じゃ 足の裏の皮がむけちゃう・・・・余計な心配をしちゃう世界第一次大戦の頃のモロッコ 外人部隊に 恋愛物語が似合うのか・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オイラ的花言葉:「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」(みをすててこそうかぶせもあれ) *命を捨てる覚悟さえあれば、窮地を脱して物事に成功することができるということ 溺れかかったときは、あがけばあがくほど深みにはまる 捨て身になって流れにまかせれば、やがて浅瀬に立つこともできるとして言う
2012年01月14日
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【スタッフ】監督/脚色=テレンス・マリック 製作総指揮=ジョージ・スティーヴンス・Jr原作=ジェームズ・ジョーンズ『シン・レッド・ライン』撮影=ジョン・トール 美術=ジャック・フィスク音楽=ハンス・ジマー 編集=ビリー・ウェバー/レスリー・ジョーンズ衣装=マーゴット・ウィルソン 日本語字幕=戸田奈津子 【キャスト】 ジム・カヴィーゼル =ウィット二等兵 ショーン・ペン =ウェルシュ曹長エイドリアン・ブロディ=ファイフ二等兵 ジョン・キューザック=ガフ大尉ベン・チャップリン =ベル二等兵 ジャレッド・レト =ホワイト少尉イライアス・コティーズ=スターロス大尉 ニック・ノルティ =トール中佐ジョン・C・ライリー =ストーム曹長 ミランダ・オットー=マーティ・ベルジョージ・クルーニー =ボッシュ大尉 ジョン・トラボルタ =クインタード淮将ウディ・ハレルソン =ケック軍曹 トーマス・ジェーン =アッシュ二等兵トム・ブレイク・ネルソン=ティルズ二等兵 ニック・スタール =ビード二等兵ジョン・サヴェージ =マックロン軍曹 光石研、酒井一圭、水上竜士=日本兵 【ソロモン諸島ガダルカナル島】【あらすじ】アメリカ陸軍C中隊に属する 二等兵『ウィット』メラネシア系原住民に魅せられたかのように無許可離隊(脱走)を 6回も繰り返していたそんな彼を歴戦のつわものである『ウェルシュ』曹長は 看護兵に配属したさて 1942年、C中隊を率いる たたきあげの指揮官『トール』中佐『クィンタード』准将が 艦上から見守るなか 兵士達をガダルカナル島に上陸させる日本軍の守備隊が たてこもる内陸の丘の攻略にかかる中隊だが、敵の銃火の下、『ケック』軍曹はじめ兵士たちは 激しい抵抗にあい 次々に命を落としてゆく焦る「トール」中佐の強引で 無鉄砲な突撃命令を、中隊長の『スターロス』大尉は部下を無駄死にさせたくないと その命令を拒絶した・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー昨日の日本映画「山本五十六」に 相対しての米国映画「シン・レッド・ライン」「山本五十六」映画は 日本国指導者達 軍事官僚・政治家 海軍司令官達の米国相手の戦争を阻止できず開戦 作戦を練り上げ 指揮命令する立場の人々を描いた作品仕立ての良い軍服を慇懃華麗に着こなして 地図の上で また頭の中に描いた予測に従って見えなてない相手に作戦を展開する・・・・まるでゲームのように軍艦 戦闘機 兵隊を将棋の駒のように動かして 勝った負けたと 一喜一憂する 米国映画「シン・レッド・ライン」は 最前線で直接日本兵と向き合い 戦う米国兵を描く「五十六」映画は 血生臭い兵士の死体や 撃たれてもがき苦しむ重傷者の姿は 一切出てこないし 飛び交う銃弾炸裂する砲弾の中を 恐怖に震えながら 突進する兵士の顔も映さない表現方法は異なるが 同じ戦争映画であり その目的も 同じく反戦映画戦争を引き起こし それを操作する人間達と その為に最前線で殺し合う人間達兵隊達は個人的には お互い 何の恨みもないない筈が 兵隊たちは 必ず言う「俺の仲間を殺した憎い奴!」と・・・・・そして兵隊たちにとっては何の意味もない ただの丘を攻め それを死守する為に 殺し合うでも 日本軍参謀本部にとっては “ガダルカナル島”は重要拠点 負けられない筈なのだがそれなりの準備も体制も食糧・弾薬・兵隊補給もままならず 完全に陥落し日本兵にとっては地獄の戦場となったしかし この「シン・レッド・ライン」を観る限り 米兵たちの損傷も酷いもので・・・結果的には 勝ったものの・・・・最前戦兵士たちにとっては 凄惨な結果であった要するに オイラが言いたいのは 国のトップ共が 決めた政策や方針で何時も苦しむのは 末端の国民であるという事実なんの防御の方策もなしに“原発”を推進する政治家や利権者達は 美味しい汁を吸い家を追われ未だに帰れず 苦しんでいるのは一般市民(なんか似てない?)なんでか 何時も映画の話から横道にそれてしまい すいません!この「シン・レッド・ライン」は 本当に真に迫る兵士(戦争)の怖さを 実感できますそこには 英雄は居ません みんな恐怖に顔を歪め 恐れおののいている様子を映しだしますそして「ジム・カヴィーゼル」も「ショーン・ペン」も「エイドリアン・ブロディ」も誰一人 主人公ではありません 皆がちょっとづつ主役を演じ 死んでしまったりと・・・・日本兵も 凄惨な死に方をしたり 手を上げて降伏しても殴られたり撃たれたりしますし「お前も いつか死ぬんだ!」なんて 台詞も喋らせます・・・・・この映画の監督「テレンス・マリック」は 哲学者だそうで ソレゾレの兵隊たちにモノローグで 心の内の本音を喋らせますし 冒頭からジャングルや 沼のワニや浜辺で遊び 海に潜る現地の子供たちを映し・・・・ナレーションが重なります「なぜ生物は互いに戦い 陸と海は せめぎ合う? 自然に報復力があるのか? 争うもの双方に・・・・・」「神に召される母の姿に 美も高揚感も無かった 魂は不滅というが そう思えなかった 僕の望みは母と同じように静かなる旅立ちだ 静かさの中に 不滅が見えるはずだ」戦場の混乱のなか 平和な家庭 優しい奥さんと過ごす時間が 交差して流れるこんな 不条理を 戦争と平和を 映像でしつこいくらい見せつけて・・・・・無声だが「なんで こんな馬鹿なことを押し付けるんだ!」 いつまでも聴こえて止まない ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今日も 温室の「カトレア」 オイラ的花言葉:「痛定思痛」(つうていしつう) *痛みがおさまってから、その痛みを振り返える 失敗を反省し、今後に備える
2012年01月13日
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【スタッフ】監督=成島 出 監修=半藤一利 脚本=長谷川康夫、飯田健三郎 撮影=柴主高秀 美術=金田克美 装飾=大坂和美 音楽=岩 編集=阿部瓦英 SFX/VFX/特撮=鹿住朗生 SFX/VFXプロデューサー=浅野秀二 【キャスト】役所広司 =山本五十六(聯合艦隊司令長官) 玉木 宏 =真藤利一(新聞記者) 柄本 明 =米内光政(海軍大臣) 柳葉敏郎=井上成美(海軍省軍務局長) 阿部 寛 =山口多聞(第二航空戦隊司令官) 吉田栄作=三宅義勇(聯合艦隊作戦参謀) 椎名桔平 =黒島亀人(聯合艦隊先任参謀) 益岡 徹=草野嗣郎(新聞社編集長) 袴田吉彦 =秋山裕作(新聞記者) 五十嵐隼士=牧野幸一(海軍少尉) 坂東三津五郎=堀悌吉(元海軍中将) 原田美枝子=山本禮子(五十六の妻) 瀬戸朝香 =谷口志津(小料理屋女将) 田中麗奈=神埼芳江(小料理屋常連) 伊武雅刀 =永野修身(軍司令部総長) 宮本信子=高橋嘉寿子(五十六の姉) 香川照之 =宗像景清(新聞社主幹) 中村育二=宇垣纏(聯合艦隊参謀長) 中原丈雄 =南雲忠一(第一航空艦隊司令長 兼 第一航空戦隊司令官) 【あらすじ】昭和14年夏日独伊三国軍事同盟締結をめぐり、日本中が揺れに揺れていた2年前に勃発した支那事変が泥沼化しつつある中日本は支那を支援する英米と 対抗するためにも新たな勢力と手を携える必要があったからだ強硬に三国同盟締結を主張する陸軍のみならず、それを煽り立てる新聞に 国民の多くもまた強大なナチスの力に熱狂、この軍事同盟に新たな希望を託していただが その世論にも 敢然と異を唱える男たちがいたそれが 海軍大臣『米内光政』、海軍次官『山本五十六』、軍務局長『井上成美』だった彼らが反対する理由は明確で “日本がドイツと結べば必ずやアメリカとの戦争になる”10倍の国力を持つアメリカとの戦は 何としても避けなければならない陸軍の脅しにも世論の声にも屈することなく、まさに命を賭して反対を唱え続ける五十六達その甲斐あって、やがて三国同盟問題は棚上げとなる昭和14年8月31日、「山本五十六」は 生涯最後の職である「連合艦隊司令長官」として旗艦「長門」に着任しかし、時を同じくして世界情勢は急転し始め、“アドルフ・ヒトラー”率いるナチス国防軍がポーランドに進攻 それを機に欧州で“第二次世界大戦が勃発”した快進撃を続けるドイツの力に幻惑され、日本国内では再び三国同盟締結を求める声が沸騰しその流れに抗しきれず、海軍大臣『及川古志郎』は従来の方針を改め、同盟締結に賛成昭和15年9月27日、日独伊“三国軍事同盟”がついに締結その後 日本は急速に戦争への坂道を転がり落ちていったおよそ40万人の将兵を預かる連合艦隊司令長官「山本五十六」は、対米戦回避を願う自らの信念と、それとは裏腹に日一日と戦争へと向かいつつある時代のずれに苦悩し続けるだが昭和16年夏、どうしても米国との戦争が避けられないと悟った時、「五十六」は一つの作戦を立案 米国太平洋艦隊が停泊するハワイ、真珠湾を航空機によって奇襲「五十六」は世界の戦史に類を見ない前代未聞のこの作戦を、軍令部の反対を押し切ってまで敢行しようとするそれは世界に勝つためではなく、一刻も早く戦争を終わらせるための苦渋に満ちた作戦だったのだが・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー今 何故 この映画「聯合艦隊司令長官山本五十六 太平洋戦争70年目の真実」なのか? 何故 日本は 無謀な“対米戦争”に 突入したのか?何故 日本は あのナチス・ドイツ「ヒットラー」などと 軍事同盟を組んだのか? 何故 日本は このような無謀な国策を阻止する人達が いなかったのか?それを この映画は 日本海軍「山本五十六」を代表者として 間違いなく 無謀な戦争は やるべきではない 強硬に反対したんだと 強調している映画なのですが・・・・・でも 現実に戦争が止められないと解れば 先頭に立って作戦をすすめ あの ハワイへの 急襲作戦を指揮するのですが (逆に全米国民を目覚めさせてしまった)監督は そんなことを 今更日本国民に知らせるために この映画を撮ったのでしょうか?過去に「山本五十六」は 何度も映画に取り上げられておりその人物を記述した著書は数え切れない程 ウィキペディアにも その功績は山ほどということで オイラは 恐らく「成島 出」監督は 今の日本の状況に当てはめてみて警鐘を鳴らしつつ 皮肉を込めて描いているのではないかと 思うのですが・・・・これといった政策もないまま 経済は下降線を辿り続けてるのに消費税導入・・・・総理大臣は 次々と替わり 国民が期待した民主党は 約束を守らないまま・・・・国民の為に働いている筈の「官僚」達は 保身と権益確保・拡大に尽力ばかり・・・・大地震・大津波に襲われた 東北地方の復興作業は捗らず・・・・原子力発電所の是非は論議されず 放射能汚染の不安は拭いきれないまま・・・・誰一人 責任を取らずに 今だに安全だと言い続ける学者達 評論家たちの戯言・・・・テレビも新聞も週刊誌も 全て横並び 何も信用出来る「確」たるものが無いまま・・・・この映画では 壮烈な戦闘場面や悲惨な戦地の兵士達や・・・・日本各地を襲った 悲惨な戦災状況等は見せませんその代わりに陸海軍頂上会議の様子、作戦参謀会議の様子、指揮命令に対する各部署の受け取り方等々人間関係の複雑さ その組織や人脈 上下関係 ライバル関係 同郷 学閥・・・・日本人の仲間意識って こんなに嫌らしく 狭くって 馬鹿らしい・・・・って 思えるトップ司令長官の命令に 従わない司令長のいる 軍隊なんて・・・・・今の民主党 どじょう総裁の命令なんて 従わないのも当然かぁ? って 言ってるそんなだから 国民の大多数は 失望と 先の見えない不安で 閉塞感が高まるばかり戦争中は、大本営の発表を無批判に垂れ流し、好戦的な社説で世論を煽りに煽った新聞社敗戦と同時に「民主化しよう!」一面の大見出しを打ち出す 恥知らず振りを見せつける「政治家」にも、「総理」にも、「官僚」にも、「東電」にも、「原発」にも、「沖縄基地」にも「消費税」にも・・・・なにもかもに 無責任 結論は言わない 批判も 追求もしない 曖昧なままにして 時の流れのままに 流されて 評論家の意見に迎合してる 軟弱さ・・・・・そんな 今の日本を もう一度見直し 考えて見るべきじゃない? って言ってる映画 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・少し 弱りかけの「カトレア」オイラ的花言葉:「思慮分別」(しりょふんべつ) *色々と心を働かせ深く考え 識別し 正しい適切な判断を下すこと *用例:こういう厳しい状況が続く世の中では“思慮分別”のある 優秀な指導者が必要だ (今年から 中一の孫の為? トイレのカレンダーは四字熟語にした)
2012年01月11日
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【スタッフ】監督=田中 誠 脚本=栗原裕光、田中 誠 製作=佐藤直樹 撮影=鈴木一博 美術=新田隆之 音楽=林 祐介 歌 =ゴスペラーズ 編集=大永昌広、辻井好子、菊池玲子、佐藤洋子 【キャスト】夏 帆 =荻野かすみ ゴ リ =権藤 洋 石黒英雄 =牧村純一 徳永えり =野村ミズキ 亜希子 =松本 楓 薬師丸ひろ子=瀬沼裕子岩田さゆり=青柳レナ 森下能幸=運転手溝口 田中要次 =カメラマン中島 加勢大周 =かすみの担任 利重 剛=荻野康平 中村久美 =荻野あゆみ) ともさかりえ=黒木杏 間 寛平=荻野知恵蔵) 【あらすじ】北海道の進学校・七浜高校女子合唱部の『荻野かすみ』は歌っているときの自分が 大好きある日「かすみ」は、密かに憧れていたイケメン生徒会長『牧村純一』に写真を撮りたいと頼まれ、合唱コンクールの北海道予選壮行会、表情豊かに歌うかすみの姿を「牧村」は撮影する撮影を頼まれ、自分のことが好きなんだと有頂天になっていた「かすみ」だったが、出来上がった写真を見て、歌っている自分の顔がこんな顔だったのかとショックを受けるさらにその写真を生徒会新聞に載せられ・・・・・「牧村」に思いを寄せる『青柳レナ』にも「あんたの歌っている顔って変」と追い討ちをかけられてしまうショックを受け自信を無くした「かすみ」は、合唱部顧問の産休代員教師『瀬沼裕子』に退部を申し出る「かすみ」は、夏祭りの合唱祭にラストステージとして出場するが「かすみ」のやる気のない態度を見ていた 湯の川学院高校ヤンキー合唱部の番長『権藤洋』 に厳しく 歌を侮辱していると 指摘されてしまうその上、湯の川学院のソウルフルな合唱を見て「かすみ」は 合唱への素直な思いが蘇る ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーNHKで放映される全国学校合唱コンクールを 観る機会が たまにあるけど・・・・この映画での“問題発言”「鮭が産卵しているような顔で 歌ってる」という指摘・・・・「本当にそー よく言い当てた!」と オイラも共感しきり・・・・目玉を これ以上は開かないというぐらいひん剥いて 大口を大袈裟な振りでパクパクとなんだって こんな風にして 歌わなくちゃ いけないの?って ホント思ってたんだイヤイヤ だからって貶してる訳じゃないんよ・・・・ 素晴らしい歌声とハーモニー眼を閉じて聴いていれば 頭の中を駆け巡る その旋律の創る 夢の世界へ・・・・この映画の 純情で可愛い主人公「かすみ」(夏帆)の 出だしの うぬぼれ屋で 自意識過剰の性格が なんとも ムカついて・・・・ナンだコイツって 思っていたら それが あの 超悪ヤンキー学生風の「権藤」(ガレッジセールのゴリ)から「合唱をなめんじゃねー!」って指摘され 叱られるのだよ・・・・それはネ あの「清原和博」のバッティング・フォームの写真を見せ「俺の お守り」とそのフォームはエネルギッシュで力強く 渾身を込めて振り切った感じで・・・・・しかし その顔は 無茶苦茶に壊れた モノ凄ーい 表情だったのだ人が出来る限りの能力を振り絞って その力を発揮しようとすれば 自ずとそれが顔に出る“鮭の産卵”も鮭にとっては 一生の大事業 必死の形相になるのは当たり前だと言うのだこの映画の不思議さは この「権藤」のセリフの一言・一言が なんか教訓めいていることでもね 映画そのものには 何故か 感動には至らなかったナ・・・・だって 余計な演出や 仲間とのエピソードなんか不必要 いかにも風で 臭い芝居! あのサ 「所さんの笑ってこらえて」っていうTV番組でやってる 高校生のクラブ活動を追っかけるヤツのが ずうーと ずうーっと感動するよ!「吹奏楽部」「新体操部」「チアリーディング部」「マーチングバンド部」「ハンドボール部」 みーんな 相当ハードな練習を重ねて地方大会から 全国大会へ進出し 栄冠を勝ち取るまで ドキュメンタリー風に数人の個人を追いかけて 写し取るだけで 泣けるもんそれと 何の番組か覚えてないけど 日体大女子の集団行動パフォーマンス 見た?あの 只ひたすら 列をつくって行進するヤツ・・・・凄かったネ!この「うた魂」の合唱部からは あんまし練習のハードさなんか 感じない指導する講師の熱心さや 技術的な指導が重要なのだろうと思うのだが・・・・「薬師丸ひろ子」演じる「裕子」先生は ただ ぼ~っとしてるだけで・・・・ という訳で 折角の面白い素材だと思ったが 空振りの・・・・でした ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・温室で今年も咲いた「パフィオペディラム」オイラ的花言葉:「雲外蒼天」(うんがいそうてん) *困難を乗り越え、努力して克服すれば快い青空が望めるという意味 絶望してはいけないという激励の言葉
2012年01月10日
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【スタッフ】監督・製作・脚本= チャールズ・チャップリン撮影=カール・ストラス音楽=チャールズ・チャップリン、ラリー・ラッセル、レイモンド・ラッシュ助監督=ロバート・アルドリッチ【キャスト】チャールズ・チャップリン=カルヴェロクレア・ブルーム =テレーザ・アンブローズ(テリー)バスター・キートン =カルヴェロのパートナーシドニー・チャップリン =ネヴィル(作曲家)ナイジェル・ブルース =ポスタント(興行主)アンドレ・エグレフスキー=アルレッキーノを演じるバレエダンサーメリッサ・ヘイデン =劇中バレエシーンでクレア・ブルームに代わり踊ったバレリーナジェラルディン・チャップリン=オープニング・シーンの少女ジョセフィン・チャップリン =オープニング・シーンの少女マイケル・チャップリン =オープニング・シーンの少年【あらすじ】かつてイギリスNO1と言われた道化師の『カルヴェロ』いまや中年を過ぎ すっかり落ちぶれ酒浸りの日々を送っているある日「カルヴェロ」は、自殺を企て意識不明で倒れていた『テリー』という美しいバレエの踊り子を助ける「テリー」は 姉が娼婦となって自分のレッスン代を払ってくれていたことを知ってから 足がマヒしてしまい、すっかり失望し 生きる気力を無くしていたそんな彼女を「カルヴェロ」は もう一度バレエを踊らせようと献身的に介抱し 立て直した 再び踊りはじめた「テリー」は ダンサーの職を得、その昔 助けたことのある 作曲家の『ネヴィル』にも 気に入られ 新作バレエのプリマ・ダンサーに抜擢される一方の「カルヴェロ」はカムバックに失敗し、逆に「テリー」に励まされる始末だった「テリー」に惚れ込んだ「ネヴィル」 彼女に愛を告白するが 彼女の想いは「カルヴェロ」にあり 「テリー」は「カルヴェロ」に結婚しようと言い出す「カルヴェロ」は 年齢差や自らの境遇と「テリー」の順風満帆の現在を比べ、結婚話をばかげていると一蹴し 「カルヴェロ」は 彼女の元を離れ 辻音楽師へと落ちぶれてゆく「カルヴェロ」が離れていった 後の「テリー」はヨーロッパ各地での興業でも絶賛され 今や 世界が認めるプリマドンナとなっていたその一方で第一次世界大戦が始り「ネヴィル」は出征してゆき 再びロンドンに帰って「テリー」を口説くが、彼女は まだ「カルヴェロ」のことが忘れられないでいたのだが・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【ライムライト】(limelight) *ライム(石灰)片を酸水素炎で熱し、強い白色光を生じさせる装置 また、その光 19世紀後半、欧米の劇場で舞台照明に使われた“石灰光” *「 名声」「評判」「花形」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー昨日のブログ「ダンシング・チャップリン」で チャップリンの「ライムライト」で ヒロインが舞台で踊っているバレエの“空中のヴァリエーション”というのが 気になって どんなものだったのかと思い 再観賞となった実は「テリー」が 舞台で踊る場面は3回あるのだけれど 1度も空中で舞う事はない恐らく「ローラン・プティ」のダンシング・チャップリンで 振り付けられたモノなんだろう「草刈民代」を支えられない フランス人ダンサーをクビにしてまで こだわった空中ヴァリエーションは まるで空を翔ぶ白鳥の様に美しい 仕上がりだったのだが・・・・「テリー」(クレア・ブルーム)の足が 麻痺で歩けないのは 精神的なモノであることは 「カルヴェロ」は 医者から聞かされていた 「カルヴェロ」久々の舞台で 全然笑って貰えず 次々と客が席を立って出ていってしまったことに ショックを受けて 落ち込んでいると・・・・・励まそうと 厳しく叱責する「テリー」 興奮のあまり立ち上がり歩いて 近寄っていったそれからは 立場が逆転 「テリー」はどんどん有名になってゆくのだが・・・・老いぼれの「カルヴェロ」に「結婚をして欲しい 愛してる」と迫る「テリー」でも「カルヴェロ」は 若い作曲家「ネヴィル」との 若き頃の経緯を知っていて黙って 「テリー」の前から 姿を消すのだ・・・・・なんとマア 泣かせる話ではありませんか・・・・・それにしても「カルヴェロ」の 笑いのパフォーマンス は流石!であの「ノミのサーカス」は 昔 高校で流行ったもんだ・・・・けど「バスター・キートン」のピアノ弾き と 「チャップリン」の左利きのヴァイオリンあの すっとぼけの舞台芸は 今 観ても 大爆笑 特に あの足の芸は 凄~い!つーことで チャップリンの映画「ライムライト」は「ダンシング・チャップリン」は 全然 別物でした あくまでも「ローラン・プティ」がイメージしたチャップリンの 創作バレエで映画「ライムライト」は 笑いと涙が溢れる 愛の人情劇でした ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・丁度 バレエの群舞のような姿の蘭「カトレア」オイラ的花言葉:「昨日の襤褸今日の錦」(きのうのつづれ きょうのにしき) *昨日ボロを着ていた人が、今日は綺麗な着物を身につけている 人の運命は変わりやすく、人生の浮き沈みが激しいたとえ
2012年01月08日
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【スタッフ】監督=周防正行 構成=周防正行 エグゼクティブプロデューサー=周防正行 撮影=寺田緑郎、西村博光、高岡ヒロオ 音楽=チャールズ・チャップリン、フィオレンツォ・カルピ、 ヨハン・セバスチャン・バッハ、 周防義和 編集=尾形竜太 衣裳デザイン=ルイザ・スピナテッリ 振り付け=ローラン・プティ 【キャスト】ルイジ・ボニーノ 草刈民代 ジャン=シャルル・ヴェルシェール リエンツ・チャン ナタナエル・マリー マルタン・アリアーグ グレゴワール・ランシエ ユージーン・チャップリン ローラン・プティ 【あらすじ】第一幕『アプローチ』2009年5月11日、都内の稽古場で、主演の『ルイジ・ボニーノ』と『草刈民代』が草刈の引退公演以来の再会を果たし、『街の灯』のパ・ド・ドゥ(二人踊り)の 振り写しが行われる2人をはじめ、海外から集められたダンサーたちの60日間のリハーサルの日々がスタート一方、監督『周防正行』は、イタリアに滞在している振付家『ローラン・プティ』を訪ねる「周防」が提案した演出構想に「プティ」が拒絶反応を示す(警官のダンスを屋外でする事)また、チャップリンの四男『ユージーン』へのインタビューを通じて、映画では知ることのできないチャップリンの素顔が語られる(カラーテレビの話等)本番まで10日と迫っていた東京では、ライムライトの『空中のバリエーション』のパ・ド・ドゥで波乱が起きていた「草刈」を支えるダンサーの『ナタナエル』が、彼女を支えきれないのだ果たして、「ダンシング・チャップリン」は無事に完成するのか第二幕『バレエ』1991年の初演時に全2幕20場で構成されていたバレエ作品ダンシング・チャップリンを、「周防」監督が 1幕13場に絞り、再構成して、映画として撮影したチャップリンの「ライムライト」、「街の灯」、「黄金狂時代」、「キッド」、「モダン・タイムス」、「犬の生活」などの映画から着想された作品で構成されているチャップリンと盲目の花売りが恋に落ちる「街の灯」をもとにしたパ・ド・ドゥや、チャップリン映画に欠かせないドジな警官たちを想起させる『二人の警官』と『警官たち』「ライムライト」のヒロインが舞台で踊っているような『空中のバリエーション』など、チャップリン映画の名場面を、プティの芸術的解釈で新たに甦らせた作品が演じられシンプルな世界観のなかで7人のダンサーたちは様々な役に扮しながら、チャップリンの世界を描いていくまた周防は、プティから「それをするなら中止」とまで言われていた屋外での撮影を強行し又 360度あらゆる視点からダンサーを捉えるという自由な発想で演出を行った・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー自分が観る映画の選択は ナニを基準にしてる?「原作」「監督」「俳優」「ジャンル(文芸・喜劇・アクション・ミュージカル・ホラー・ドキュメンタリー・恋愛モノ・動物モノ・ポルノ・・)」「批評」「宣伝」「予告編」・・・・色々あるけど一応は事前に調べて あれが観たい これがいいとチェックはしておくでしょ?オイラ的には この「ダンシング・チャップリン」を観たかったのは「周防正行」監督作品であること そして昨年引退を表明し 驚きのヌード写真集で その素晴らしい肢体を発表した「草刈民代」のラスト・バレエダンスが観られることが主な動機そして あのチャップリンの喜劇が どのような演出で見られるのかの期待感で・・・・勿論 ドキュメンタリーでその練習風景を撮った前半部と 後半部がバレエ「ダンシング・チャップリン」を映画化した作品だと承知の上で 観賞しましたオイラ的には勿論 ヤッパリ凄いぞ!「周防監督」「草刈民代」だったそれは充分に楽しめるし そして「アア これは 周防監督と草刈民代の愛情物語なんだ」とある意味 別な意味合いで感動したというか 納得させられた映画でした これ程までに製作者が 観る人達に 主役である自分の奥様の美くしく しなやかな肢体と躍動感溢れる素晴らしいバレエ姿を写し取り そしてその究極は 監督の 赤裸々な愛の告白を見せつける作品ないんじゃない? (そう いわばノロケ映画)この映画の批評で 「周防監督らしくない作品」とか 「ただの練習風景で眠くなった」とかあまりにも酷い 多くの評価が YAHOO映画ユーザーレビューで拝見しましたが・・・・この映画は見る方の側が 視点を変えて又 二人に暖かい目を持って観賞するべきなのです“バレエ”って オイラ 過去に「白鳥の湖」と「くるみ割り人形」ぐらいしか見たことないだから第一幕「アプローチ」編で その制作過程における 重要な作業とか 事前根回しとかそのハードな練習風景とかの様子を見られるというのは バレエ初心者にとっては有り難い事でもね・・・・その大半は「草刈民代」が 常に真ん中にいて・・・・その様々な場面で見せる顔と姿を あらゆる角度から映し出して 彼女をスッピンにしてゆく相手の「チャップリン」役 「ルイジ・ボニーノ」との やり取りと踊りの進行状態を丹念にそして 何度も何度も繰り返し撮り続ける・・・・それに応える「草刈民代」 足には何本ものテーピングが痛々しいが泣かないし 挫けない 「周防」監督の愛の告白に応えて 顔は顰めるものの 笑顔を見せ 頑張り続けるのだそれらの 苦労の積み重ねは第二幕で 何事もなかったような スムースな踊りで魅せる確かに主役は「チャップリン」の「ルイジ・ボニーノ」なんだけど 影が薄い・・・・いや 脇役のように映ってしまうのは 「周防」監督の狙い? なのかバレエからの引退という プリマドンナ 最後のステージを 夫の采配に全てを委ね見事な映像としてのモニュメントを残すことが出来た 愛のメモリー映画でした ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 温室に華麗な姿で踊る黄色の「カトレア」オイラ的花言葉:「立つ鳥跡を濁さず」(たつとりあとをにごさず) *飛び立つ水鳥が水面を汚さないように、人も立ち去るときは、 その後始末をきちんとしておかなくてはならないということ また、引き際を潔くしなければならないということ
2012年01月07日
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【スタッフ】監督=リチャード・アッテンボロー 脚本=ウィリアム・ボイド、ブライアン・フォーブス、ウィリアム・ゴールドマン 原作=チャールズ・チャップリン、デイヴィッド・ロビンソン 原案=ダイアナ・ホーインス 製作=リチャード・アッテンボロー、マリオ・カサール 撮影=スヴェン・ニクヴィスト 美術=スチュアート・クレイグ 音楽=ジョン・バリー 編集=アン・V・コーツ 【キャスト】ロバート・ダウニー・JR =チャーリー・チャップリン ジェラルディン・チャップリン=ハンナ・チャップリン ダン・エイクロイド =マック・セネットモイラ・ケリー =ウーナ・オニール/ヘティ・ケリー アンソニー・ホプキンス=ジョージ・ヘイデン ケヴィン・クライン =ダグラス・フェアバンクス ダイアン・レイン =ポーレット・ゴダード ナンシー・トラヴィス =ジョアン・バリー ジェームス・ウッズ =ジョセフ・スコット ケヴィン・ダン =ジョン・エドガー・フーヴァー ミラ・ジョヴォヴィッチ=ミルドレッド・ハリス 【あらすじ】ロンドンの芝居小屋の舞台を見つめる少年『チャーリー』舞台の上には 彼の母『ハンナ』がいた突然 その母親「ハンナ」が体調をくずし、その母の代わりに 舞台に飛び出した少年「チャーリー」の見様見真似の芸に 観客は熱狂「ハンナ」の発狂により 「チャーリー」と 母と 兄「シドニー」の、貧しくとも ささやかな幸福に満ちた生活は終わりを告げた「チャーリー」は 兄の勧めで 名門『カルノー』一座に入り、看板俳優にのし上がったコーラス・ガールの『ヘティ』との出会いもそんな頃だったその後 アメリカ巡業に旅立った「チャーリー」は、そこで映画に出会い、ハリウッドからの招きを受けて 映画界に飛びこんでいった大プロデューサーの『マック・セネット』に認められ、リトルトランプとして世界中の人気者になった「チャーリー」は、莫大な富と名声を得たしかし、「ヘティ」の結婚や 母の病気など 私生活は順調とは言えなかったそれでも親友『ダグラス・フェアバンクス』、『エドナ・パーヴァンス』など良い仲間に囲まれた「チャーリー」は、次々と傑作を撮り続けたロンドンへの凱旋の途中「ヘティ」の死を知ったチャーリーは、故郷への想いを断ち切ったアメリカに戻った彼は、サイレントからトーキーへの移行、世界恐慌などを前に次々と映画を撮り続け、「リタ・グレイ」、「ポーレット・ゴダート」とのロマンスが世間を騒がせた忍びよるファシズムの影に怒りを感じたチャーリーは「独裁者」を発表し、FBIから 政治的危険人物としてマークされてしまうようやく最愛の女性「ウーナ・オニール」と出会ったチャップリンだったが、父親認知裁判のスキャンダルに巻き込まれ、やがて 吹き荒れる赤狩りの嵐の中、チャーリーは家族と共にアメリカを去り、政府は 彼らの再入国を禁じた・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー今日の午後 近所の映画館へ「ダンシング・チャップリン」を観に行くので、事前にチャップリンの映画をと 丁度チャップリンの一生を描いた「チャーリー」があったので 観ましたチャップリンの生い立ちから 特に喜劇界に入った動機 そして人気者となりハリウッドへ進出 その映画の面白さは抜群で どんどん名声を高めてゆく様子がわかります1915年『チャップリンの拳闘』 1916年『チャップリンの消防夫』1917年『チャップリンの移民』 1921年『キッド』1925年『黄金狂時代』 1928年『サーカス』1931年『街の灯』 1936年『モダン・タイムス』1940年『独裁者』 1947年『殺人狂時代』1952年『ライムライト』以上のようなタイトルの名画の制作場面や 実際の映画が挿入されたリで 如何にチャップリンが 桁外れの才能のヒトだったかが 理解できます一方 女好きの一面も描かれ 特に若い女性好みで 16才の「リタ・グレイ」をはじめ生涯4度結婚し 6男5女11人の 子供をもうけ 常にスキャンダルの渦中にあった共産主義者と疑われFBIフーバーの「赤狩り」の犠牲者となってアメリカを追われ スイスに移住していたが その疑いもはれ 1972年 第44回アカデミー賞受賞式に出席名誉賞を受賞 映画関係者達は 赤狩りの犠牲になったチャップリンを救えなかったとして 会場全員のスタンディング・オベイションで謝罪をしたもし ハリウッドに留まり 映画制作を続けていたら どれだけ沢山の名画が生み出されていたか・・・・官憲の 取り越し苦労が招いた 知的財産の妨害だったんだ「モダンタイムス」「独裁者」が 問題だったらしいが 無粋なFBIには理解されなかったチャップリンには「ロバート・ダウニー・JR] 相当 練習したんだろう なりきってたチャップリンの母親役は4番目の奥さん「オーナー・オ二ール」(ユージン・オニールの娘)の娘「ジュラルディン・チャップリン」が演じ 狂ってしまって そのガリガリに痩せた素顔での 熱演が光っていたその他にも「アンソニー・ホプキンス」「ケヴィン・クライン」「ダイアン・レイン」「ミラ・ジョボヴィッチ」「ジェームス・ウッズ」などが出演してて 脇を固めてる「チャップリン」を知るためには 有益な映画である ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・高井城址公園の花壇に もう咲き始めた「スイセン・水仙」オイラ的花言葉:「泰山北斗」(たいざんほくと) *その道の第一人者として仰がれ、尊ばれる人 「泰山」は中国山東省にある名山、「北斗」は北斗星で、 ともに最も優れたものとして 仰ぎ見られる対象の人
2012年01月06日
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【スタッフ】監督=黒澤 明 製作=黒澤久雄 原作=内田百聞 脚本=黒澤 明 撮影=斎藤孝雄、上田正治 美術=村木与四郎 衣装デザイン=黒澤和子 編集=黒澤 明 音楽=池辺晋一郎 ネガ編集=南 とめ 助監督=小泉堯史 【キャスト】 松村達雄 =内田百けん 香川京子 =奥さん 井川比佐志=高山 所ジョージ=甘木 油井昌由樹=桐山 寺尾 聡 =沢村 日下武史 =小林 小林亜星 =亀山 平田 満 =多田 岡本信人 =太田 吉岡秀隆 =高山の息子 谷村昌彦 =肉屋のおやじ 頭師佳孝=酒屋のご用聞き 桜 金造 =巡査 板東英二 =巡査 【あらすじ】昭和18年春『内田百間』先生は生徒たちへ、作家活動に専念するため、学校を去ることを告げた生徒たちは『仰げば尊し』を歌い敬愛する先生を送る退職後に引っ越した家にも、門下生たちが遊びにやって来る 皆、中年のいい大人になってある日、先生の家で還暦の祝宴が開かれ 先生と奥さん、門下生たちの 馬鹿鍋を囲みながらの楽しい会話が弾むが、戦時下のこと、空襲で水をさされてしまう先生の家は空襲で焼けてしまい、知人の厚意で貸してもらった 大邸宅の焼け跡に 三畳一間の堀建小屋暮らしを余儀なくされる先生と奥さんは狭いこの小屋で夏、秋、冬、春・・・・三年半を暮らす昭和21年の晩春、門下生たちの画策で 第一回『摩阿陀会』が開かれた元気な先生はなかなか死なない、そこを洒落で死ぬのは『まあだかい?』と問いかけ 吉例となっていく大きなジョッキのビールを飲み乾して 先生は『まあだだよ!』と答える門下生たちの尽力で新しい家ができた 先生も 猫を抱いた奥さんも嬉しそうだある日、先生もお気に入りの猫、ノラがふいに失踪 以来 哀しみにくれる毎日を過ごしノラを捜す周囲の人たちの善意に、先生の胸は感激でいっぱいになった昭和37年、晩春 第17回の『摩阿陀会』先生の髪は白くなり、門下生たちは子供や孫を同伴しての出席である先生は小さな子供たちへ言葉を贈る『みんな、自分が本当に好きなものを見つけて下さい・・・・・』と言って 倒れ込んだが ------------------------------------------------------------「黒沢 明」監督の遺作「まあだだよ」作家「内田百間」が 我が母校“法政大学”教授を退任し その教え子達との交流を描くオイラ 小学校から大学まで 全然“先生”には恵まれず 卒業以来 先生とのお付き合いは 同窓会を含めても マッタク無い だから 人生についてとか 何事かに行き詰まったりとか 問題を抱えて 悩みとか 不安などについて 教えを乞うたり 相談したりする人は 友人以外 マッタクいなかったこの映画の先生と教え子たちの交流具合は一体何なんだ? 教え子達は先生を金無垢という“誕生会”を毎年開催し 60才を過ぎてからは「摩阿陀会」として 死ぬのはまだかい?すると 先生は「まーだだよ」って応える・・・・なんて イイんでしょ!これが エスカレートして カネをチーンと鳴らした坊さんを先頭に 先生に模した死体が担架の車に乗せられて登場 驚きつつ先生「これ ワシか?」・・・・・顔に被せられた白い布を剥ぐと 紅い扇子を持った「所ジョージ」が「まーだぁかい?」「まーだだよ!」 出席者全員で「まーだぁかい?」 「まーだだよ!」大爆笑 だ!超大ジョッキの生ビールを 一気飲みする先生それを合図に 皆が通路に出て 肩に両手をかけ列になって「おイッチ・ニー の薬屋さん」で 最高に盛り上がるんだ・・・・実に 楽しそうだ こんな同窓会 したいな~ 先生が「富山の くすりやさんは・・・・」と歌いだすと みんなが声をそろえて「イチィ・ニィー」で敬礼し「イッチ・二イー、イッチ・ニィー」と手を振って二歩前進する「松村達雄」扮する「内田百間」が 絶妙な すっとぼけた味がでていて好演・・・・寡黙で 献身的な奥さん役の「香川京子」も 凄くいい 酒の席では「百間」の傍を離れず「百間」の杯が空くと 絶妙のタイミングで酒を注ぐ 常に眼を離さないでいる事が分る「呑ん兵衛」の目で この奥さんを見ると最高に出来たヒトだと感動 流石クロサワ監督確かに 往年の黒澤作品に比べると 迫力や重みに欠けるけれど ヤッパリ 老いても鯛抑えどころは心得ており 何回観ても 楽しませてくれる映画でした ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・毎朝の散歩路にある ドブ川に最近は定住してる「アオサギ」と「マガモ」達
2012年01月05日
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【スタッフ】原作=浅野いにお 監督=三木孝浩 脚本=高橋 泉音楽=ent 音楽プロデューサー=安井輝主題歌=ASIAN KUNG-FU GENERATION『ソラニン』エンディングテーマ=ASIAN KUNG-FU GENERATION『ムスタング(mix for 芽衣子)』撮影=近藤龍人 編集=上野聡一 美術=磯田典宏【キャスト】宮崎あおい=井上芽衣子 高良健吾 =種田成男桐谷健太 =山田二郎 近藤洋一 =加藤賢一 伊藤 歩 =小谷アイ ARATA =冴木隆太郎 永山絢斗 =大橋 岩田さゆり=鮎川律子 美保 純 =芽衣子の母 財津和夫 =種田の父【あらすじ】都内の会社に勤めるOL2年目の『井上芽衣子』(通称メイ)は、フリーターでバンドマンの恋人『種田成男』(通称タネダ)と同棲して6年になる田舎から上京、大学時代に軽音サークルで知り合った二人は、多摩川沿いにある小さなアパートで一緒に暮らしていた毎朝バイトから帰ってくる「種田」と入れ違いに、満員電車に揺られて出勤する「芽衣子」やりがいのない仕事と面倒な人間関係の日々に辟易していた「芽衣子」は、辞表を提出する久しぶりに「種田」がギターとボーカルを担当するバンド“ロッチ”の練習を見に行った「芽衣子」は、メンバーであるかつてのサークルの仲間たちと会う今は実家の薬屋を継いでいるドラムの『山田二郎』(通称ビリー)大学に残って2年留中の『加藤賢一』「加藤」の彼女でしっかり者の『小谷アイ』「芽衣子」の親友の5人が集まると、「芽衣子」は 大学時代へいつでも戻れると感じていたが、音楽への思いを押さえこんでバイトに励む種田を見て、釈然としない思いも抱えていた自分と種田の未来はどこへ向かっているのか・・・・そんな中「種田」は バイトを辞めてレコーディングに集中し、今回チャンスを掴めなければバンドを解散する、と宣言完成したデモCDをレコード会社やライブハウスに送った その後、大手レコード会社から連絡が入るが、新人開発の担当者『冴木』が提案してきたのはグラビアアイドルのバックバンドとしてデビューという話だったが 芽衣子がキッパリ断る夢が破れ、再びゆるい日常に戻った「種田」は「芽衣子」に 別れを切り出すそして 散歩に行くと出ていったきり戻らない「種田」帰りを待ちながら、芽衣子は種田が書いた曲“ソラニン”の歌詞をなぞっていた・・・・ある朝、何事もなかったかのように種田から電話が入り 前の会社に復帰し、働きながらバンドを続けていく覚悟を決めたと連絡が・・・・・ 種田は 芽衣子のもとへバイクを走らせた・・・・・が ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【ソラニン】 (solanine) 主にナス科の植物に含まれるステロイドアルカロイドの一種ジャガイモの表皮や芽、ホオズキ、イヌホオズキなどに含まれている神経に作用する毒性を持ち、中毒すると溶血作用を示し、頻脈、頭痛、嘔吐、胃炎、下痢、食欲減退などを起こす ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【感想】あのNHKドラマ「純情きらり」「篤姫」の「宮崎あおい」が主演の青春映画「ソラニン」その相手役は同じくNHK朝ドラ「ひまわり」の「高良健吾」 爽やかコンビ?「浅野いにお」原作コミック漫画の映画化で 新人監督「三木孝浩」による 音楽バンドものこういうタイプの映画は かなり辟易している筈のオイラなのに・・・・何故か又観てまった大学を卒業して2年目というから25才~26才か?いい大人が なんとも分別のない言い分会社って そんなに遣り甲斐のある仕事なんて ざらにあるわけじゃないよ 「芽衣子」さん遣り甲斐のあるものにするには 自分の取り組み方次第、それを会社の所為にして辞める?母親には内緒で男と同棲中、訪ねてきた母親に「私の勝手に生きていく」と 邪険に追い返す独りで大人になった様な口ぶりで 大学まで出してもらったのに・・・・なんちゅう言い草そして 同棲中の相手「種田」 大学時代の仲間とバンドを組み ギターとヴォーカルで プロになる夢を捨てられず・・・・彼等なりに頑張っているのだけれど、中途半端ハングリーさに欠け なにがなんでも!の必死さが マッタク伝わってこない・・・・オイラ的には「バカヤロー! 人生舐めんじゃねー 甘ったれんじゃねーヨ!」って 感じ食い扶持稼ぎのバイト先で イヤホンで音楽を聴きながら 定規で拍子をとってる 馬鹿もん それで上司に咎められ クビになってなってしまう・・・・アホ! バンド仲間の一人「ビリー」(桐谷健太)は 家業の薬屋を手伝っているから 生活は安定もう一人「加藤」は留年していて 彼女の「小谷アイ」がシッカリ者で ちゃんと支えているこの「桐谷健太」君がイイ(^v^)・・・・ドラム演奏も素人はだしの素晴らしさ!でチャリンコに芽衣子を載せ「種田」の事を話しながら走り 泣くシーンは唯一 ウルッとくるそしてラスト 随分練習したんだろうネ 「宮崎あおい」のギター演奏と歌は・・・・でも こんなに短期間に 人前のステージで出来るようになるんかい?そして「芽衣子」の将来は一体どうなるの?ジジイが 本気になってコミック漫画の内容に食ってかかっても 大人げないヨ! ってかそれにしても昨日の「リズ」の26才と 「あおい」ちゃんの26才 あまりにも・・・・「宮崎あおい」人気のもとは“可愛い~ィ”だけど・・・・少しは それから脱皮しないとあの「満島ひかる」のような 可愛くて凄い演技が出来る若手に 置いていかれちゃうよ~ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・最近 気がついたんだけど「山茶花」か「寒椿」の花が どこでも満開ですごいのは なぜ?これは 高井城址公園の「さざんか」だけど オイラ的花言葉:「遠慮近憂」(えんりょきんゆう) *よく先のことまで考えて行動しないと、必ず急な心配事が起こって苦し むことになるという孔子の言葉。 行き当たりばったりの行動を慎しみなさいということ
2012年01月04日
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【スタッフ】監督=リチャード・ブルックス 脚色=リチャード・ブルックス、ジェームズ・ポー 原作=テネシー・ウィリアムズ 製作=ローレンス・ウェインガーテン 撮影=ウィリアム・H・ダニエルズ 美術=ウィリアム・A・ホーニング、ウーリー・マックリアリー セット=ヘンリー・グレース、ロバート・プレストリー 衣裳デザイン=ヘレン・ローズ SFX/VFX/特撮=リー・レブラン 【キャスト】エリザベス・テイラー=マギー(妻) ポール・ニューマン =ブリック(夫)バール・アイヴス =ビッグ・ダディ(父) ジュディス・アンダーソン=ビッグ・ママジャック・カーソン =グーパー(兄) マドレーヌ・シャーウッド=メイ(兄嫁)ラリー・ゲイツ =ボー医師 ボーン・テイラー=デイヴィス助祭【あらすじ】アメリカ南部の旧家が舞台当主の『ビッグ・ダディ』の退院を祝いに出来損ないの長男「グーパー」とその妻「メイ」とその子供たち(孫)がやってくるしかし、それは癌と診断され死期が近い「ビッグ・ダディ」の遺産を狙って、彼に取り入ろうとする長男夫婦の思惑があるからだった「ビッグ・ダディ」本人は 余命わずかなのを知らない次男の『ブリック』は学生時代、フットボールの花形選手だったが、今では美貌の妻『マギー』との夫婦関係が、親友で自殺した「スキッパー」と「マギー」の 不倫の疑いで・・・・ 完全に 冷え切っているだが、不倫の疑いとは 実は「ブリック」を愛する「マギー」が、「ブリックとスキッパーの秘密」を探るため 「スキッパー」に近付いたものだった「ブリック」は「スキッパー」が自殺してから以後ずーっと・・・・ショックと悲しみで酒浸りの生活を送っており、おまけに怪我をして足を骨折している一方、「ビッグ・ダディ」は長男夫婦より、次男の「ブリック」と「マギー」の方を溺愛しているのだが・・・・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【タイトルの 『熱いトタン屋根の猫』の意味】愛する夫が 同性愛に走り、久しく夫婦関係がない欲求不満の「マギー」のことを指す映画化に際し、原作戯曲の「ブリック」と「スキッパー」のホモセクシュアルな関係は匂わす程度で留まり、隠された演出となっているのだが・・・・この脚色に原作者のウィリアムズは大変失望したと言われている (ウィキペディアより) ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^1933年生まれの「エリザベス・テイラー」は この時25才 まあ美しいこと最初は 流石「テネシー・ウィリアムス」の戯曲だけに舞台の芝居風で 引いて観ていたそれに なんだかガキみたいに スネて酒ばかし飲んでいて あんなに美しい「マギー」(エリザベス・テイラー)を邪険に退ける 「ブリック」(ポール・ニューマン)に感情移入出来なくて イライラが続くのだが・・・・・この「ブリック」が 後半に入って 実はホモの関係にあったと解ると 俄然 成程と納得の行状なんだ・・・・そして更に 問題の根源が 父親「ビッグ・ダディ」(バール・アイヴス)にあることが父親と息子の真剣な会話から 徐々に解ってくると アアそういうことなのか・・・・って全ては「愛情」の問題だったのだ 全てを「金の力」で積み上げてきた「ビッグ・ダディ」実は 極貧の父親の元で暮らした恥ずかしい程の子供時代の生活の日々が 本当に“幸せ”だった事を思い出して・・・・それは 何もなくても みすぼらしい父親を誰よりも“愛していた”からだったと 気が付いたのだ・・・・それは 金が全てでは無いことも・・・・そして 父と子は 解り合うのだが・・・・長男とビッグ・ママは どうなるのだろう?・・・・気になってしまうそして ラスト 「ブリック」と「マギー」が 仲直りした証 それは クッションが ポーンと投げられる印象的なシーンで “THE END” ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 同じ場所で 同じ時間に待って三日目 やっと待望の「初日の出」が拝めました
2012年01月03日
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【スタッフ】監督=ヴィンセント・ミネリ 脚色=ダルトン・トランボ、マイケル・ウィルソン、 アイリーン・キャンプ、ルイス・キャンプ 原作=マーティン・ランソホフ 製作=ベン・カディッシュ 撮影=ミルトン・クラスナー 音楽=ジョニー・マンデル 【キャスト】 エリザベス・テイラー =ローラ・レイノルズ リチャード・バートン =エドワード・ヒューイット エヴァ・マリー・セイント=クレア・ヒューイット チャールズ・ブロンソン =コズ・エリクソン ロバート・ウェバー =ウォード・ヘンドリックス ジェームス・エドワーズ =ラリー・ブラント 【エリザベス・テイラー】(本名:Elizabeth Rosemond Taylor)1932年2月27日 ~ 2011年3月23日 (昨年79才で逝った)イギリス出身の女優 愛称「リズ (Liz)」 雑誌「LOOK]の表紙に11回の記録を持つ 世界一の美女として有名だった【あらすじ】カリフォルニア海岸に建てられた一軒家に、無名の画家『ローラ・レイノルズ』と、9歳になる息子『ダニー』が、世間に煩わされることなく、自由な生活を送っていたところが ある日「ダニー」が 鹿を撃ったことから なかば強制的にミッション・スクールに入れられることになった神父で校長の『エドワード・ヒューイット』と、妻『クレア』は 「ダニー」ばかりでなく、世間知らずで、自然児のような母親「ローラ」をも教育する必要があると感じたそして「ローラ」と接触するうち、「エドワード」は 彼女の持つ謎と神秘性と その人間性に強い魅力を感じるただ 学校の理事『ヘンドリックス』によると、彼女は不幸な恋愛のすえ、私生児「ダニー」を生み、彼の援助で美術学校に通ったのだというこの頃「エドワード」は、新しい礼拝堂を建てる計画を進め「ローラ」にも協力を求めたしかし彼女は、その建築費を貧しい子供たちの教育費につかった方がいいというのだ無神論者だと言いきる「ローラ」の前で、「エドワード」の宗教観は崩れそうになった数日後、ありあまる自由を持ちながらも、やはり孤独だった「ローラ」は・・・・密かな想いを持って訪ねてきた「エドワード」の熱い眼差しにうたれ 身をまかせた罪の意識を失くした彼は、妻を偽り、傷いえた“いそしぎ”が、大空をはばたくように・・・「ローラ」と小舟に乗って 岩陰の誰も人影のない海岸沿いの小屋で愛し合ったしかし思いあまった「エドワード」は二人の関係について 妻「クレア」に真実を告白したむろん{クレア」は許すことができない一方、「ローラ」にとっても自分たち2人だけのことを、たとえ妻といえども 人に話したということは 許せなかったのだが・・・・・ -------------------------------------------------------------【いそしぎ】あの名曲「THE SHADOW OF YOUR SMILL」をバックにして映画は 航空撮影で カリフォルニアの海岸沿いを舐めるように映して 青い海と白い波の海岸から 岩肌を上り緑深い山々にまで迫り その魅力溢れる景色の中 その海岸沿いの崖の上に建つ瀟洒な家で 息子と二人 ワイルドなライフスタイルで 自由に生活する「ローラ・レイノルズ」(エリザベス・テイラー)海辺に遊ぶ“いそしぎ”を素材にして 様々な姿を 油絵に描いている画家(イイよねー! こんな生活 大きな岩に囲まれた崖下の小さな入江の砂浜に人影はない)その崖の上の山には渓流に滝もある 緑の自然がそのまま残る 鹿が住む森なんだそこで学校にも行かず 自然に学び 自由に遊ぶ9才の息子に 役人からクレームがつく判事「何故学校を辞めさせた?」 ローラ「教師が最低 私の方が教え上手よ」判事「法律の尊重については 何を教えたんだね?」 ローラ「成長すれば 良い法律と 悪い法律がわかるわ 良い法は守るわ」しかし 息子は強制的に“ミッション・スクール”に入れられてしまう(子育ては 自然派か 社会派か・・・・) そこの神父で校長の「エドワード」(リチャード・バートン)が 大問題の人で 「ローラ」を愛してしまうのだよ・・・・・妻「クレア」(エヴァ・マリー・セイント)を 愛していながらの不倫そして何故か 神父だからなのか?・・・・正直に告白してしまうそれを聞いた妻「クレア」の衝撃は ただ事では無かった・・・・・20数年間も 夫で神父の校長を ひたすら陰に陽に支えてきた苦労を 一瞬の一言で 全てを 引っくり返されてしまった驚愕と失望・・・・・ これって「神父様も人間だもの」・・・・は 通用しないんじゃない?「ローラ」が どんなに魅力的だからってサ あんなに簡単に「あなたが欲しい!」なーんてサ・・・・宗教の厳格さを否定?(この映画の頃 二人は結婚したばかりだった・・・・そうな、 でもねえ~)その当時33才 最も美しい時のエリザベス・テイラーなら 仕方ないか・・・・それもヌードになって「チャールズ・ブロンソン」の彫刻家に裸像を彫らせているシーンもあるのだから・・・・・大サービスなんだよ!「リズ」の美しさと 景色の美しさ それに テーマ曲の美しさだけで 観る価値有りです【THE SHADOW OF SMILE】One day we walked along the sand One day in early spring You held a piper in your hand To mend its broken wing Now I remember many a day And many a lonely mile The echo of a piper's song The shadow of a smile The shadow of your smile When you are gone Will color all my dreams And light the dawn Look into my eyes, my love, and see All the lovely things, you are, to me Our wistful little star Was far too high A teardrop kissed your lips And so did I Now when I remember spring All the joy that love can bring I will be remembering The shadow of your smile ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2012年01月01日
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昨年は 何かとお世話様になりまして 有難う御座いました 本年も 又 どうぞ 宜しくお願い申し上げます SHIROCHOKO二日酔いの 重い頭を抱えて 早朝5時45分に起きて 毎年初日の出を迎える小貝川畔へでも 今朝は 寒い中やってきたのに お陽様は とうとう顔を出してくれませんでしたなにやら不気味な感じの地震雲が見えていたが 地震がなければいいのだが・・・・昨夜は 毎年末恒例 実家(長男家)にての大忘年会 5人の兄弟姉妹と連れ合い含めて15名が集合した毎年ソレゾレが 清酒の一升瓶を下げてくるのだが(基本的には大吟醸酒は無しで)でも 今年は7本中 4本が大吟醸酒で・・・・(でも本当は 格別に美味しいのだが)今年は趣向を凝らして“第一回 イチロー杯 利き酒大会”として 7本の清酒 銘柄当て競技が用意されており 全員参加で戦いました オイラは 7品種中5品種正解の“準優勝”ちなみに 優勝は全品種正解の妹で・・・・・うゥ~ん(;´Д`)残念、悔しい! それは 岩手県の「あさ開 純米大吟醸」と、宮城県の「浦霞純米大吟醸」を流石の香りと味に どっちか?って 随分迷った末のことだったので・・・・・でも 6時から12時過ぎまで 時間も忘れるほど 呑み・喰い・喋って・・・・・1年締めくくりの 楽しく愉快な幕引きの宴会でした、 お姉さん! お世話様 そして御馳走様でした! ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー2m程にまでひょろひょろと伸びた 紅い茎と葉のてっぺんに深紅の花を咲かせた「しそあおい・紫蘇葵」オイラ的花言葉:「年年歳歳花相似たり歳歳年年人同じからず」 (ねんねんさいさいはなあいにたりさいさいねんねんひとおなじからず) *悠久不変の自然に対して、年とともに老いていく人間のはかなさを言う 毎年毎年花は同じように咲くが、それを見る人は年ごとに同じではない
2012年01月01日
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