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金正日が下賜したプレゼントの外国製高級車だけでも約800台 特権層に与える車の番号は金正日の誕生日である「2.16」から始まる 2004年の基準で平壌だけでも「0」で始まる金正日のプレゼントの外車が800台以上 ?北朝鮮の社会主義は共同所有を主張する体制だが、北朝鮮にも個人が所有する自家用車が存在する。個人用の車をはじめとして円やドルの使用は、日本に住む親戚や北朝鮮内の資本特権層だけに与えられた、少数の特権だった。平壌市内でよく見られるこのような車のナンバープレートは、黄色の「平壌-0000」となっている。90年代に日本製の中古車輸入、中国に密売…中国から抗議このような自家用車以外に、北朝鮮には富裕層たちが所有する隠蔽用の車があるが、元々、法的に許されていなかったし、外貨の出処を常時見張る監察機関の標的になり得るので、偽装形態で存在する。こういった車が大幅に増えた契機は、北朝鮮が1995年から始まった日本製の中古車輸入に由来する。 当時、中古車市場を主導していた北朝鮮の特権層の子弟たちは、中国に密売して多くの利益を得ていた。中国の密輸入者たちはロシアとモンゴルに中古車をまた売りしたが、こういう動きは中国の初期の東北自動車産業の発展に障害になった。中国政府はこれに強く反発して、1999年頃には中国の党総書記が金正日に直接親書を送り、中古自動車の密売を中断しなかったら、ガスや燃料の支援を打ち切るという脅迫までしたという。この頃から中国の密輸ルートが閉ざされ、北朝鮮で売れ残った日本製の中古車は、国内用として販売され始めた。金正日は初め、これを取り締まろうとしたが、中古車の輸入の主体が労働党38号室、軍と国家保衛部などの権力機関だったので、統制が不可能だった。 中古車の中で最も人気があった車種は、北朝鮮の未鋪装道路を疾走することができるジープ形態のトヨタ「サファリ」や「ランドクルーザー」だった。それ以外にもトヨタ「クラウン」やニッサン「セドリック」も、年式によっては5,000ドルから10,000ドルで売れた。 自動車はもちろん部品に至るまで輸入だけに依存する北朝鮮の全機関には、実際、廃棄されて存在もしていないが、文書上だけに存在する所属車が多かった。富裕層はこの問題を解決してあげたり、賄賂をあげる形で車の登録をして、自家用車として使った。それだけではなく、北朝鮮全国の主要機関毎に 商用車が1、2台づつあるくらい、不法の個人所有車の数は数え切れないくらい多かった。 車のナンバープレートも金正日の誕生日である「2.16」を付けて神格化北朝鮮ではナンバープレートの番号が非常に重要である。権力機関所属の車だったら、その車は特別待遇を受けられるからである。北朝鮮の機関所属を意味する車のナンバープレートの番号の頭部分だけを見ても、金正日の誕生日である2月16日を優先する北朝鮮の神格化システムがよく分かる。「2.163333」金正日の特閣関連のナンバープレートの番号「2.165555」金正日の招待所関連のナンバープレートの番号「2.160XXX」金正日の最側近へのプレゼントの自家用車番号(0は自家用車を意味する)人民武力部の車は8.15を付ける…金日成の抗日業績を表示また、人民武力部は民間車と区別するため「平壌(ピョンヤン)」という地名ではなく、金日成の抗日業績を受け継ぐという意味で、総政治局は「8.15-XXXX」総参謀部は「8.16-XXXX」となっている。これ以外にも、10単位の数字を重視するので、外務省は「平壌30-XXXX」、文化省は「平壌60-XXXX」となっている。北朝鮮が、彼らだけの社会主義無料恵沢だと誇る教育省は「平壌61-XXXX」、保健省は「平壌63-XXXX」である。 北朝鮮で車主が一番気楽に、そして何の制限もなく利用できる車は、金正日からプレゼントされた車である。金正日からプレゼントされた自家用車には2種類がある。1つは、最側近にだけ贈られる信任用で、もう1つは特別に優秀な功績を立てた者に贈られる下賜品である。 金正日からプレゼントされた車のナンバープレートは、差別化のために必ず数字の前に0を付けて「平壌-0XXX」となっている。0の数字は単純に区別するためではなく、金正日と関係があるので、全ての数字に優先するという神格化の意味がある。金正日のプレゼントは何でも世界最高でならなければならないので、プレンゼントの自家用車にはドイツ製や日本製の車が多い。幹部たちはもちろんのこと、北朝鮮の有名作家、教授、歴史学者、体育人、記者、放送関係者たちが、毎年、プレンゼントとして自家用車を貰う。数百万人が餓死した「苦難の行軍」が始まってから、宣伝扇動に更に依存するようになった金正日は、こういった分野の人たちに沢山の車をプレゼントとして贈った。 有名俳優-演出家-作家-作曲家たちに外車を大量にプレゼント朝鮮芸術映画撮影所や4.25映画撮影所の有名映画俳優、演出家、作家、作曲家たちは、バスではなく金正日がプレゼントした車に乗って通勤する。1996~1997年には、作家と画家、彫刻家などの宣伝分野だけに、総計40台のドイツ製ベンツと日本製ニッサン・セドリックが贈られた。金正日が「私の作家」と呼んで信任した朝鮮映画文学創作社のシナリオ作家のリ・チュングには、5年間で2台の最高級車がプレゼントされた。2台目の車のドイツ製メルセデスベンツは、プレゼントされた日に運転に失敗して、前の部分が少しへこんでしまった。この報告を受けた金正日は、その日中に全く同じ車に交換してあげた。 これ以外にも、個人用の車ではなく2人あるいは3人が共有できる自家用車のプレゼントもある。金日成総合大学の教授や博士、平城科学院の博士や抗日闘士たちに贈られた車が、正しくその部類である。このような場合は、直接運転できる年齢ではないお年寄りへのプレゼントなので、専門の運転手付きで、交代で車を使う。 最高級品は最側近たちに…暗殺目標を避けるために同車種金正日からのプレゼントの自家用車の中で最高級品は、最側近たちに贈られた車である。特権層に与える自家用車のナンバープレートの番号は、金正日の誕生日である「2.16」で始まる。金正日の唯一指導体制を確立する次元で、中央党の責任課長以上の全ての幹部の車も同様な番号から始まるが、最側近たちの自家用車の場合、プレゼントであることを意味する数字の0が入れられる。例えばナンバープレートの番号が「2.160XXXX」となっている。金正日はドイツから新車を持ち込む度に、最側近たちの車も交換してあげる。北朝鮮は最高級車が珍しい国なので、自分の車と全く同じモデルが数十台あったら、テロの目標として容易に露出しないからである。 特権を象徴する「2.160XXX」のナンバープレートを持つ車が道路に現われたら、道路を走る全ての車は止められる。この時は信号を代理する交通保安員たちが、全ての車をストップさせるのが交通原則である。こういった車は道路の中心を走るので、遠くから見ても分かる。平壌を訪問して詳しく見てみると、中区域と普通江(ポトンガン)区域などの中心区域には、左右の車線に関係なく、道路中央に黄色い2本の線が描かれているのが分かる。その禁止線は一般車は入れない、唯一、金正日とその特権層たちの車だけに許された権力線である。
2010年03月29日
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**韓国インターネットサイトで北朝鮮を脱出した人が書いた文を翻訳したものです中国の産業廃棄物が北朝鮮にどのように流入されるかを明らかにして、この対策を要求する手紙を労働党に送った咸興化学工科大土質調査研究所が強制解散させられて、該当幹部たちと研究員たちが全員粛清されたという内容である。 あまり知られていないが、北朝鮮政府が国際社会の汚物を韓半島の国土に持ち込んで捨てたのは、かなり以前からのことである。北朝鮮の外国ごみ処理は1990年代初めから本格化したが、こういったごみは各区域毎に持ち込まれ、分離回収するために、大人だけではなく学生たちも動員された。こういったごみの殆どは一般ごみで、ヨーロッパ国家が自国では捨てる所がないので、北朝鮮にお金を払って捨てたものである。一般ごみを分離回収してみると、中からありとあらゆるものが出て来た。一番多いのがペットボトルとビニール袋だった。使われていないビニール袋が出てきたこともあった。こういうものを見付けた人は大儲けできた。特別な器がない北朝鮮で、ペットボトルは非常に便利な品物だった。この頃から北朝鮮では、廃棄物から出て来たペットボトルが、酒ビンとして活用され始めた。道端で人々が外国製ビニール袋を使い始めたのもこの頃からだったが、廃棄物を選別する過程で出て来たビニール袋は、市場で1~2ウォン位で売れた。南浦(ナンポ)から入って来た廃棄物は、平壌にも流入して来た。金日成大の学生たちですら、廃棄物の選別に動員された。廃棄物を選別している途中、私は未使用の使い捨てカミソリ1束を発見した。その時は、それが使い捨てだということも知らなかった。 「こんなに良いカミソリをどうして捨てるのだろうか。フランスは本当に浪費がひどい」と思いながら、私はそれを懐に入れた。 当時、北朝鮮で生産されるカミソリは質が悪くて、フランス製の使い捨てカミソリの方がずっと良かった。寮に帰って友達に分けてあげたら、外国製なので皆大喜びした。 その使い捨てカミソリ1個を、3年以上使ったと思う。 外国ごみのダミーからは、使えそうなものが沢山出て来た。録音機が出て来たこともあったが、ちょっとへこんだだけのかなり使えそうなものだった。ごみから出て来たボールペンも、市場で良く売れた。 お金になる事にはいつも労働党幹部たちが干渉する。外国ごみでお金を儲けることができるという噂が立つと、外国ごみが港に到着するや否や、誰も近付けないようにして、まず保衛部などの幹部たちが慎重に選別した。 電子製品が出て来たら大儲けだが、それ以外にも使えそうなものを捜し出して、港の外で待つ商人たちに渡してやった。ポルノビデオのテープもあって、密かに幹部の子供たちに持って行くという話もあった。このように選別されて残ったごみは、近くの工場の焼却場に行く。その頃、都市毎に、いつもごみを焼く黒い煙が煙突から溢れ出ていた。これは真っ黒な死の煙だった。煙突から出るビニールを焼いた真っ黒な煙の粒子は、都市全域に落ちて、街頭を歩く人の頭と肩に真っ黒いシミとなった。外国だったら、大騒動になっただろう。しかし、北朝鮮ではその煙がどれほど人体に有害なのか知る人は、ほとんどいなかった。大多数の人々は深刻に考えなかった。私は当時、外国ごみがどうして急に押し寄せて来たのか、全く分からなかった。しかし、韓国へ来てその内幕をある程度知った。各種資料を調べて見ると、北朝鮮は1993年以前から、外国から廃棄物を受け入れていた。 廃棄物を持ちこむことは、外貨稼ぎのためだった。廃タイヤなどの産業廃棄物を、1t当たり200~300ドルずつ貰って搬入させた。これは金正日の妹の金敬姫(キム・ギョンヒ)が総指揮をして、稼いだ資金は党の資金という名目で、金正日個人の懐に入って行ったとのことである。北朝鮮の政治家たちは、お金を儲ける事なら何でもする。台湾から核廃棄物を受け入れようともしたし、日本が捨てるごみも大量に受け入れた。1998年の朝日新聞の報道によると、1990年から北朝鮮はアルミニウムを生産したが、残ったカスの「アルミニウム残灰」という公害物質だけが5万1000tも残ったし、廃タイヤだけでも150万個以上持ち込んだ。こういったごみ商売のブローカーは朝鮮総連だった。しかし、日本だけではなかった。1993年以降、イギリス、フランス、ドイツ、中国などから廃タイヤなどの産業廃棄物を、1t当たり100~300ドルの処理費用を貰って、毎月平均2~3,000t程度搬入した。今は国際社会の圧力が強くなったので、ヨーロッパ産の廃棄物は搬入が減ったようである。その代わりに、お隣の中国から産業廃棄物が流入しているようである。咸興化学工科大土質調査研究所研究員たちの手紙を見ると、そのように考えられる。資金は金正日の懐に入り、ごみを焼いた公害は人民の肺に入って行く。そして有毒性廃棄物を焼いた灰は全国に撤かれた。しかし北朝鮮で環境を考える労働党幹部はまだいない。金正日は個人の政治資金を作るために、国を国際社会の廃棄物のごみ溜めにして、問題提起をする科学者たちを粛清してしまった。しかし、彼は相変らず自分を「21世紀の民族の太陽」と自称している。
2010年03月24日
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北朝鮮のパク・ナムギ前労働党計画財政部長が、貨幤改革の失敗の責任を取らされて、先週、平壌で銃殺されたと伝えられた。対北朝鮮消息通たちは18日、「北朝鮮政府が先週、平壌市順安(スンアン)区域のある射撃場で、パク・ナムギ前部長を銃殺した」としながら、「貨幤改革の失敗により民心が悪化し、金正雲(キム・ジョンウン)後継者体制にも悪影響を及ぼしているとしながら、全責任をパク前部長に着せて、反革命分子として処刑した」と明らかにした。ちなみに北朝鮮政府が明らかにした処刑理由は、パク・ナムギが大地主の息子なので、計画的に国家経済を失敗させたということである。北朝鮮が貨幤改革以後、2カ月も経過していない1月中旬、パク前部長を突然解任、拘束したのに続き、その2カ月後に銃殺という「劇薬処方」を下したのを見ると、現在、北朝鮮の民心が非常に混乱しており、北朝鮮政府がこれを非常に深刻に捉えていることが明確に分かる。北朝鮮政府は当初、「旧券100ウォン対新券1ウォン」の割合で貨幤交換を断行し、いわゆる「市場勢力」を除去して民心を掴み、国家計画経済も修復しようとしたというのが一般的な分析である。その延長線上で「金正雲(キム・ジョンウン)後継者体制」の早期安定化を狙ったことは、充分に想像することができる。しかし、住民たちの生活と直結する「市場威力」を見落としたまま、貨幤改革に続き市場閉鎖、外貨使用禁止などの「反市場措置」を相次いで断行したことが、結局、北朝鮮を更に困難にする大きい理由になってしまった。このように「市場」に逆行する措置で、主要物資の流通の悪化と食糧難が取り返しがつかないほど深刻化してしまい、地方の小都市はもちろんのこと、新義州(シンウィジュ)、清津(チョンジン)といった主要都市でさえ多数の餓死者が発生する結果を招来したのである。このようにして、数百万人が餓死した1990年代中後半の「苦難の行軍」を連想させるに値する状況を作ったのである。貨幤改革失敗のしわ寄せは非常に深刻で、最近になって、北朝鮮住民たちの間から指導部を信じられないという不満の声が露骨に出て、甚だしくは保安員(警察)を住民たちが暴行する事件まで発生していると伝えられた。 外見上、パク・ナムギが貨幤改革の政策責任者だったことは事実だが、彼を銃殺した背景には、他の意図があったという分析が提起される理由も、このような北朝鮮内の「反体制」気流のためである。 言い換えれば「1人統治者」の金正日に集中する住民たちの「非難」を、パク・ナムギに分散させようという計算が隠れているというのである。パク・ナムギが銃殺されたという噂が、北朝鮮住民たちの間に急速に広まったと報じられた部分も、北朝鮮政府の意図と関連して注目に値する項目である。通常、北朝鮮内の情報の流れが遅いという点を考慮した時、「噂の急速な拡散」が事実なら、これ自体が不自然に見えるからである。実は、今年1月、北朝鮮政府がパク・ナムギ部長を解任した時、既に政治的責任は取らさせたと考えられた。それにも関わらずパク部長を銃殺刑に処したということは、それほど貨幤改革以後、民心が悪化してしまい、「犠牲の羊」が必要だったという証拠である。北朝鮮が今回のように、民心収拾を目的に政策失敗の「犠牲の羊」を処刑した事は、過去にもあった。代表的な例が、1997年、ソ・グァンヒ労働党農業担当秘書を平壌で公開銃殺した事件である。当時、北朝鮮政府は金日成死亡直後の1994年から、いわゆる「苦難の行軍」が始まり、数百万人の餓死者が発生した政策責任者のソ・グァンヒを処刑するカードを選択した。 また、韓国の李明博政府のスタート以後、南北関係が悪化し、2007年の第2回南北首脳会談などの対南政策に対する責任論が挙論されたことを受けて、当時のチェ・スンチョル労働党統一前線部副部長が銃殺された。
2010年03月22日
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北朝鮮が貨幤改革を断行してから、3月10日で100日が経過した。これまで報道されたニュースを総合して見ると、現在の北朝鮮経済の状況は、貨幤改革以前より大幅に悪化したようである。何よりも殺人的なインフレにより、住民たちは非常に苦しんでいる。貨幤改革直後、1Kgが20ウォンだったコメ代が、600~800ウォンと30~40倍に高騰した。北朝鮮政府が市場を閉鎖して、住民が保有していた貨幤を「強奪」したので、住民たちがコメをはじめとする全ての財貨を市場に売らないで、保有ばかりするようになった。餓死者が生じ住民たちの反発がひどくなったので、結局、北朝鮮当局は手を打った。例を挙げて見たら、禁止していた市場取り引きと外貨使用を再び許容したことである。一国の経済政策が、100日という短期間で水泡に帰したのである。状況がこれほど悪化したのは、北朝鮮が生活必需品などの十分な供給を確保しないままで、貨幤改革を断行した点にある。しかし、根本的には市場を抑制して、計画経済を強化するという政策の方向自体が間違いだったのである。北朝鮮の経済難は、計画経済の非効率性と国際的孤立の強化、閉鎖的で対決的な対外政策などが複合的に作用した結果である。しかし、北朝鮮政府はこのような問題点を解消することを通して経済難の克服方案を捜すより、「自力更正」とか「我等の方法どおり」といった時代錯誤的方向に政策を推進して来た。これでは効率的な再生方案が生まれるはずがない。今北朝鮮に残された代案は、一つだけである。外国資本を誘致する方向からの開放と、生産性向上のための改革である。この方案は、中国とベトナムの事例がよく証明している。2国は社会主義国家体制を放棄しないで、実利を優先させた果敢な改革・開放を通じて、急速な経済成長を成し遂げた。特に閉鎖的な対外政策を放棄して、海外投資を積極的に引き入れた。北朝鮮が学ばなければならない方案は、正しくこれである。このためには、核とミサイルに象徴される対決的な対外政策を、近隣諸国との平和共存、ひいては相互依存的な方向へと旋回させなければならない。特に日本、アメリカ、韓国などの周辺国家が、北朝鮮を崩壊させようとしているという被害意識から、脱出しなければならない。近隣諸国は、政府と国民の全てが、北朝鮮を崩壊させようとする政策は戦争を誘発する危険性が高いという点を、よく知っている。むしろ、北朝鮮が自ら崩壊した場合に起る極端な混乱が、破局的状況に繋がらないかと、深く憂慮している状況である。北朝鮮が核兵器とミサイルなどを前面に立てて軍事的脅威を与えなかったら、積極的に支援する準備も出来ている。このような国際社会の立場は、既にUNやアメリカが何回も公式的に発表した。北朝鮮は世界で最も躍動的な北東アジア経済圏の中心に位置している。住民たちの教育水準も、貧しい国家の中では比較的高く、地下資源も豊富な方である。正しい発展戦略と政策さえあったら、早急に経済難を乗り越える可能性が非常に高い。北朝鮮は、これ以上遅れる前に、開放をしなければならない。
2010年03月18日
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朝鮮総連の教科書にも金正日が最終決栽北朝鮮で見本作り朝鮮総連に送って印刷日本にも金日成、金正日のポートレートを掛けさせて偶像化教育朝鮮総連の教育は北朝鮮の命令教育である。 最近、日本政府が立法推進中の高校学費無料化の対象から、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)系列の学校を除外する方案を検討していると、北朝鮮が労働新聞を通じて強く反発した。教育問題を反総連、反共和国政策とまでした北朝鮮非難は、もしかしたら正しいのかもしれない。 何故ならば、朝鮮総連系列の学校は教育の純純性を排除するイデオロギー学校、即ち、北朝鮮の統治理念に従える人材養成機関だからである。まず、朝鮮総連系列の学校の教科書は教育の欺俗である。朝鮮総連の教科書は総連が編纂するのではなく、朝鮮大学校で記述した下書きを北朝鮮に送って、修正、決済を受ける。 北朝鮮での過程も、教育省ではなく、党統一戦線事業部101連絡所が主観する。その理由は、朝鮮総連の行政管理と細部的指導を、党統一戦線事業部(統戦部)が専担するからである。日本国内の一部学者は、党対外連絡部が朝鮮総連を操っていると誤った診断をしているが、実は党対外連絡部は工作次元での部分的指導と活用だけが可能で、全体的な行政指導は韓国に対する赤化統一戦線の構築次元で、党統一戦線事業部が統括する。 平壌市中区域リョンファ洞に位置する101連絡所は、統一戦線部内の文化連絡所として、朝鮮総連の月刊雑誌『時代』まで修正、決済した。このような経験と技術を土台に、101連絡所は朝鮮総連の現課業と目的まで反映した教科書を修正、補完した後、813連絡所に渡す。 101連絡所と同一区域中に位置する813連絡所は、統一戦線部の出版連絡所であり、完成した原稿を教科書の見本として作って朝鮮総連に渡すと、朝鮮総連はこれを日本で印刷する。統一戦線部がこのように完璧な結果を自ら作るのは、全ての決定試案を提議書と唯一批准制度に依存する党原則に従って、金正日の最終サインを受けるためであり、唯一的な指導管理次元で法的強制性を付与するためだからである。 日本に対する現実感覚が不足だと朝鮮総連側の異見が提起されたのも、1回や2回ではない。しかし、市場国家は自律性が尊重されるが、理念国家は強制性があるだけである。結局、朝鮮総連系の学校の教育は北朝鮮の命令教育である。従って、教育費も当然、金正日が責任を負わなくてはならないのであって、日本政府の負担する試案ではない。 その上、朝鮮総連系列の学校が、学生たちを巧みに洗脳する主体的な民族性とは、実は、北朝鮮だけの主体である金日成、金正日神格化、即ち、反日から始まった金日成個人の革命歴史であり、金正日政権に繋がる封建世襲教育である。日本の過去と現在は勿論の事、未来とも全く関係がない金親子のポートレートを学校に掛けて置いて、世界で最も失敗した北朝鮮を教えるという亡教育の場所が、果して学校と言えるだろうか? また、朝鮮総連が平等の原則から、無償支援を要求するのも言語道断である。実は、民族差別こそ朝鮮総連最大の目的であり、使命ではないか?在日北朝鮮人たちに日本人への帰化と同化を組織的に遮断して、唯一、金日成民族のプライドだけを持つように強要したではないか?平等は尊重と理解、協助を前提にする。 しかし、朝鮮総連の総司令官である金正日は、2002年、党宣伝扇動部に全党、 全民を相手に、アメリカ、日本、韓国に対する百年宿敵教養を強化するように指示した。これは秘密ではなく、労働新聞でも日本を百年宿敵と見なして記述しており、北朝鮮の公開的な対日敵対政策である。 このように、北朝鮮は現在、日本と国交がないだけではなく、敵対関係にある。従って、朝鮮総連に対する日本政府の抑制政策は差別ではなく、まだ反省していない拉致国家と、国民に対する区別なのである。 朝鮮総連が日本政府の高校無料化恵沢を受けようとしたら、傘下の学校に掛けられた金親子のポートレートを取り去って、金正日の神格化教育を放棄しなければならない。その選択だけが、日本社会で生存できる最小限の良心であり、体面でもある。
2010年03月15日
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** 北朝鮮を脱出した労働者の手記を翻訳したものです。 **出処:北朝鮮人権市民連合ホームページhttp://kor.nkhumanrights.or.kr/main.htm1970年代から始まった北朝鮮の労働者の輸出は、1990年代に経済難が発生して以来、北朝鮮政府が海外で外貨を獲得する重要な手段になった。アメリカ国務省は『2006年例国際人身売買報告書』の中で、北朝鮮政府が自国国民を「非熟練契約労働者」として輸出していると取り上げ、こういった労働者に対する労働搾取と人権問題を指摘した。北朝鮮は現在、中国、ロシア、東欧国家、中東などへ労働者を派遣しており、その数は3万人に上ると推算される。 チェコは北朝鮮労働者に対する労働搾取で、国際社会の指摘を受けて来た国の中の一つである。現在、400人を超える女性労働者たちがチェコに派遣されて働いていると把握される。以下は2000年代初めに北朝鮮-チェコ履き物技術合作会社の社長としてチェコで2年間勤務した後、韓国に亡命した脱北者のキム・テサンさんのチェコにおける北朝鮮女性労働者の勤務環境の実態に関する証言である。 -----------------------------------------------------------脱北者の一人として、北朝鮮の人たちの面倒を見て下さる北朝鮮人権市民連合、そしてその他の皆さんに感謝させて頂きます。 北朝鮮の共産主義者たちが経済政策に失敗して、完全に崩壊した社会主義政策を採択した結果、沢山の脱北難民が発生しました。韓半島が生まれて以来のこのように大きな死と脱出の現実が恥ずかしいです。しかし、倒れ行く人々を助けなければならないという使命感があるので、韓国でこのように暮しています。 私は1951年に生まれて、1999年に平壌人民経済大学で貿易経済学を学びました。内閣で国家外貨稼ぎ事業をしながら、世界の多くの国を経験しました。北朝鮮では生きる希望がなくなり、チェコのプラハで2年間暮らしてから、韓国に亡命しました。北朝鮮で豊かに暮らしていたのに、どうして韓国に来たのかと問う人たちもいます。まず、1951年に生まれて軍需工場で10年間兵器を生産しました。その後、大学で経済学を勉強して、軽工業に必要な物資を輸入しました。北朝鮮の人々が本当に飢え死にしたのかと問う人々がいます。また、本当に12%が死んだのかと問う人々もいます。しかし、これは事実です。北朝鮮の1人当りの生産量は、国家計画によって決定されます。従って、軽工業に携わる人々は、北朝鮮の人口数をよく知っています。90年代初めの人口は2千300万人でした。ところが、2005年2月の上半期に配給が出来なくなりました。金日成、金正日は食糧で人々を統制しました。市場でコメを売ったら、無条件に捕まえて連行しました。北朝鮮の人々の家には、コメが1gも余裕がなくなりました。私がマレーシア貿易代表部で勤務してから帰国した時、300万人が減ったことを知りました。経済の数字だけは欺くことができません。ですから、300万人が餓死したということが分かります。UNで人口調査をした時、2千3百89万人でした。履き物の数から判断すると、北朝鮮の人口が増えたと考えるのは偽りです。金正日が一番恐れているのは、私のような難民です。私たちは外部に金正日の不正を話して回るからです。それでは、北朝鮮が労働力輸出をどのようにしているのか、そして彼らの人権がどのように保障されているのかをお話します。北朝鮮の人々が一番多く働いている国はロシアです。ほぼ5万人に上ります。原木、炭鉱などの70%以上をロシアから輸入しています。ロシア、クウェート、リビアでも沢山の建設労働者が働いています。東欧も同じです。リビアで医者も働いています。 チェコで北朝鮮の女性労働者たちは、履き物工場、かばん工場、被服、布関係の企業で300人が働いていました。チェコで働く女性たちは、それでも北朝鮮より良い待遇を受けていました。家族背景の調査(資本家、裏切り者等々の確認)の後、選抜されると外国に出られます。元々、1日8時間労働でしたが、12時間以上働いて、月150ドル受け取りました。チェコ人より少ししか貰えません。賃金を貰っても、100%国家に捧げなければならないのです。直ちに搾取されるのです。社会主義社会は国家が労働者を搾取するのです。 海外で働く労働者たちが儲けたお金は、国家が100%回収します。開城(ケソン)工団の労働者たちも、1カ月に65ドル貰いますが、国家が回収して北朝鮮貨幤で6,000ウォンだけ受け取ります。北朝鮮の人々は3,000ウォン貰っているので、開城工団の労働者たちはそれでも沢山貰う方です。従って、北朝鮮の人々は開城工団で働くために、賄賂を使います。彼らは開城工団からトイレットペーパーや化粧石鹸などを貰って、また市場で売ります。海外で働くのは非常に難しいです。しかし、開城工団に入るのは比較的容易いので、開城工団に行くために、財産を売って賄賂として使います。開城工団が北朝鮮を助けると言いますが、開城工団によって北朝鮮の人々がどれ程搾取されているか知らなければなりません。国家が開城工団の労働者を搾取する環境を作ってあげたのです。 男性より女性が海外で働くのは難しいです。込み入った事情も多いし、お金を使う事も多いし、服も必要です。70ドル貰っても、30ドルが宿泊費なので、40ドルで外国で生活しなければなりません。しかし、大使館は、金日成主席の命日といった節日に花かご代として2ドル徴収し、労働新聞を飛行機で輸入して1ドルで買わせ、金日成の花や金正日の花を育てるからと1ドル徴収し、祖国から各種資料を輸入しなければならないからその費用として3ドルを徴収します。沢山残る人は30ドル位残りますが、少ししか残らない人は10ドルで1カ月生活しなければなりません。女性たちは生活必需品がもっと必要です。シャンプー、石鹸、化粧品、衣服等々を買わなければならないからです。沢山残ったとしても、12~15ドルで生活しなければなりません。私がいた頃は物価が安かったですが、それでも10ドルで1カ月暮らすのは大変でした。北朝鮮の労働者たちは、北朝鮮に帰国した時に備えて、節約して200~400ドル持ち帰ります。 食事はベトナム米でご飯を炊いて食べました。チェコには醤油や味噌がないので、いつも塩や野菜を食べました。マカロニを茹でて、油と塩で味付けして、ふやかして食べたりもしました。女性は毎日働いても、十分に食べることが出来ませんでした。私の妻が6カ月後にチェコに来ましたが、「女性労働者たちが栄養失調で生理が不順になった」という話を聞いて驚きました。大切な労働者を連れて来たのに、何もしてあげられない自分に対して、罪悪感を感じました。このように生活していたら大変なことになると、チェコ側社長が警告しました。それで、集団給食をしようと提案しました。しかし、300ドル貯金したら北朝鮮で結婚準備ができるので、女性労働者たちは集団給食は絶対にしないと主張しましたが、私は固執しました。彼女たちは食べ物が口に合わなくて苦しみました。1カ月に無条件に10ドルずつ食べるように、商店の伝票を全部確認しました。しかし、後に知ったのですが、彼女たちは商店で他人が捨てた伝票を拾って、マカロニだけ食べていました。平壌に持ち帰るお金を貯めるためには、貯金しなければならないと、彼女たちは主張しました。結局、私は断念しましたが、平壌に報告することは出来ませんでした。報告したら、無条件に集団給食をしなければならなかったからです。労働者たちはチェコにいても、外国人と話す機会はありませんでした。外出証を貰わないと、商店に出ることもできませんでした。3人以上が1チームになって行動しました。3年間の活動範囲といったら、商店しかありませんでした。垣根の中に閉じ込められて働いてから、再び北朝鮮に帰るのです。ロシア、クウェートなどの建設現場で働く人々は、建設現場が変わるので、事情が少し違います。しかし、チェコの工場の場合は、指定された工場と宿所だけで生活します。全く、外国の映画館やホテルなどへ行くことも出来ません。チェコで一緒に働いていたチェコ人の労働者たちは、お金をもらったら、思いきり遊んだり、見物したり、映画を見ます。しかし、北朝鮮労働者たちは土曜日や日曜日も、宿所に居なければなりません。 私はブリュッセル国際会議でこの話をしました。チェコに於ける人権染躪を聞いて、チェコをEUに受け入れないとヨーロッパの議員たちが立ち上がりました。結局、北朝鮮の労働者たちは追放されました。 皆さんが語る北朝鮮の人権が、北朝鮮にどの程度の影響を及ぼすか、北朝鮮から来た人々は知っています。北朝鮮の金正日をはじめとする高位幹部たちは、外部で北朝鮮の人権が話されるのを恐れます。外部で北朝鮮の人権について話したら、北朝鮮の内部は良くなります。皆さんの北朝鮮に対する一言一言が、北朝鮮の人々を生かすのに大きな力になります。 中国の人たちと一緒に、人権問題を解決して行かなければなりません。中国共産党が解体されるのは、時間の問題です。一国一党制が解体されて多党制になったら、中国は崩壊するでしょう。皆さんが苦労して活動したことが、数年後に日の目を見るようになるでしょう。オバマ政府は自国の経済政策に忙しくて、北朝鮮に関心がないようです。皆さんが少しでも力を貸して手伝って下さるよう、お願い申し上げます。
2010年03月12日
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(前回に続く)食糧難と小さな身長というハンディキャップは、女子サッカー界も避けることができなかった。しかし、北朝鮮女子サッカーチームは発足20年余りで、世界のサッカー界が目を見張るほど飛躍的に発展した。現在、FIFAランキング5位で、アジア最強のチームである。まだ、代表チームの競技成績は良くないが、2006年にモスクワで開催された20歳以下の世界青少年ワールドカップで、FIFAランキング1位のドイツを打ち負かして優勝した。2008年にニュージーランドで開かれた17歳以下の世界青少年ワールドカップでも優勝をした。北朝鮮の女子サッカーの成功原因として、強靭な精神力、厳しい訓練、高額の褒賞、優秀な指導者を挙げることができる。女子サッカー選手たちは男子選手たちと一緒に訓練する。毎週金曜日に行われる12km競走は苛酷だと有名である。世界大会で優勝したら、人民体育人といった名誉はもちろんのこと、家族全員が夢にまで見た平壌市民になることができる。このように、女子サッカーチームの成績が良いので、優秀な指導者は男子よりは女子サッカーの監督になりたがる。どうして女子チームだけが頭角を現わしたのだろうか?これは、北朝鮮女性特有の根性が作用したものと見られる。北朝鮮で最も北に位置する咸鏡(ハムギョン)道の女性たちは、粘り強さと根性があると特に有名である。アジア最優秀選手賞を受け、北朝鮮女学生のアイドルでもあったキル・ソンフィ選手が咸鏡道出身であることをはじめとして、モスクワで優勝した20歳以下の選手の半分が咸鏡道の出身である。誰が何と言っても、北朝鮮で一番人気のあるスポーツはサッカーである。野球やゴルフのように韓国でも人気のある種目は、資本主義競技だと排除されて来た。サッカーの人気が高いので、ワールドカップが開催されたら、北朝鮮チームが参加しなくても主要競技は40分間位録画放送をする。特別なことではないようだが、北朝鮮としては破格の事である。全国ネットワークのテレビチャンネルが1社しかないうえ、それさえも午後5時から11時までしか放映しないので、40分は非常に貴重な時間である。しかし、全ての競技が放映されるのではない。それさえも数日後に放映されるので、ワールドカップが開催されると、外交官たちはわざわざホテルへ行って、サッカー競技を見たりする。外国人が宿泊するホテルには衛星アンテナがあるので、生中継で競技が見られる。ヨーロッパで開催される競技は、普通、深夜の1時に始まる。この時間なら、寝ないで父親の電話を待つ外交官の子供たちも多いとのことである。父親が競技を見て最終スコアを教えると、息子は朝、学校に行って、競技結果を友達に教えてあげるのである。それほど、サッカーは誰にとっても関心の的である。サッカーは北朝鮮で一番開放された分野である。ホン・ヨンジョ(ロシア)やキム・ヨンジュン(中国)のように海外で活躍する北朝鮮選手もいる。今回のワールドカップで日本から出場するチョン・テセはもちろんのこと、韓国で活躍するアン・ヨンハクまで北朝鮮の代表チームに合流させるほど、他の分野に比べて開放されている。そして、北朝鮮サッカーチームは韓国の支援により、中国の昆明(クンミン)で訓練をしたり、韓国の体育資材の支援を沢山受けたりしている。北朝鮮サッカー界は海外派が多い上、沢山の国を経験しているので、北朝鮮の選手たちは自国と世界の格差をよく知っている。韓国の生活水準も教育されたこととは違い、北朝鮮よりずっと高いこともよく知っている。北朝鮮でこのように国際化された集団を探すのは難しい。 しかし、ここにもまだ限界はある。1990年代には、北朝鮮体育団の建物の前にはワールドカップ対戦表が掲示板に貼られていた。しかし、各組みに4カ国ずつなくてはならないのに、ある組だけは3カ国しか書かれていなかった。韓国を削除したのである。北朝鮮では韓国がワールドカップに出場しているという事実さえ秘密である。それだけではなく、韓国が各種国際大会で賞を貰ったニュースさえ、一般人には徹底的に秘密にされている。 (完)
2010年03月11日
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