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北朝鮮の食料事情が本格的に悪化し始めた1970年代末頃から、農民たちの不満を減らして、農業生産性を高めるためのインセンティブとして、集団農場の農場員一世帯当り60~80m2程度の畑を与え、個人で耕作できるように許容した。ところで、この個人耕作用の畑の生産性が、集団農場に比べると10倍以上になるという驚くべき結果が現われ、北朝鮮政府を慌てさせた。 このように農村で野菜などの余剰農産物が生産されるようになり、このような農産物と犬、兎、山羊などの家畜を対象に、10日に1回くらいの割合で開かれる「原始的形態の市場」で、主に生活必需品と農産品の物々交換の直接取引が行われるようになった。これを「農民市場」または「市場」と呼ぶようになった。 当初は数カ所しかなかった農民市場が、90年代に入って急激に増加した。郡別に1~2カ所、市別に3~5カ所の「市場(チャンマダン)」と呼ばれる「農民市場」が現れ、北朝鮮全域に約350カ所が誕生したとのことである。「市場」では北朝鮮全体の生活必需品の60~70%が取り引きされていると言う。また、取り引きされる商品の大部分は、中国を通じて入って来たものであり、取り引き価格は北朝鮮の公式価格(配給価格)の少なくとも数10倍から数100倍、時には1,000倍の闇取り引き価格もあるとのことである。 価格の差が最も激しい「コメ」の場合を例にあげてみると、コメ1kgの公式配給価格は0.08ウォンなのに、闇取り引き価格は、信じられないことに約75ウォンであり、下級労働者1カ月分の月給に相当するという。すると、闇取り引き中心の農民市場の登場は、単に北朝鮮の食糧不足などの物資の欠乏と経済的な立ち後れだけを意味するのだろうか?総体的な経済破綻という側面だけではなく、もっと根本的で深刻な問題を示唆している現象ではないかという点を考えて見る必要がある。[1]共産革命の最初のボタンと最後のボタンソ連占領軍が1946年2月8日、「北朝鮮臨時人民委員会」を設置して真っ先に着手したことは、1946年3月5日に制定した、所謂、「土地改革法令」であった。これは農業経済が主流を成していた当時の社会で、「人民民主革命」を推進するためには、既存の土地制度を崩壊させて既存の民族主義勢力の経済的基盤を抹殺するという側面と、共産党が生産手段を掌握するという2つの側面から、「重要な意味」を持っていた。 土地改革初期の「耕者有田」というスローガンは、北朝鮮政権の樹立後、第1次、第2次経済計画と朝鮮戦争前後の復旧時期を経て、1958年に毛沢東式の「農村集団化」の強行へと繋がり、終には農民を一時的に欺いた共産化政策だったことが明らかにされた。 その後、1972年12月に改訂された北朝鮮の社会主義憲法では、農業だけではなく鉱、工業などの北朝鮮の全ての生産手段と所有形態は、公有と共有しかない完璧な社会主義天国になったと断言した。 このように北朝鮮の共産集団は、「私有制度と市場経済」の破壊を社会主義革命の目標にして、「農業の集団化」という世紀の愚かな手段を選択したのである。特に北朝鮮の場合、社会主義革命の開始と完成(?)を、農村の集団化と市場経済の抹殺に置いた。このように見てみると、農民市場(市場)の登場と拡散は、社会主義革命の失敗を意味すると考えられる。即ち、「資本主義とブルジョアの生成」をもたらす危険性がある反社会主義的状況を捨てておくしかないということは、単純な経済難の一断面ではなく、体制崩壊の兆候と見なければならない。1945年8月17日、羅津(ナジン)港に上陸して北朝鮮に進駐したソ連軍と忠実な追従者の金日成が、混信の努力で完成しようとした共産化革命が約60年で「失敗」終わったということが、市場という名前の「農民市場」の登場で分かる。 [2]苦難の実験が、とうとう終わりを告げるのか?北朝鮮金正日の独裁体制を支えている3本の柱は何だろうか?(1)人間の本能的基本欲求を抑圧統制する政治社会的制度及び装置(2)厳格な相互批判監視と処罰の恐怖(3)徹底的な閉鎖で、人民に対する集団洗脳教育と体制盲従、盲信の維持こういった項目を労働党宣伝扇動プログラムと有機的に結合させて相乗効果を出して運営することによって、今飢え死にしても「金正日将軍の恩恵、我々方式の社会主義地上楽園」だけを呪文のように唱えて、幸せに死んで行く群衆たちで一杯の謎の国を作り上げた。北朝鮮の人民を金正日独裁政権に奴隷のように屈服させるメカニズムの中で一番重要なことは、何よりも「人間の本能的基本欲求を抑圧統制」する手法のようである。このメカニズムの主要骨子は、a.配給制、b.自由の制限、c.思想統制だと言える。まず、「配給制」は全ての人民に余裕と充足を与えないことによって、服従と忠誠を強要することができる。これは共産党式支配と抑圧論理の基本になる。北朝鮮は食糧を含む全ての生活必需品を、徹底的な「配給制」で管理して来た。ここで、人間生存の基本要素とも言える「食糧配給」問題を詳しく調べて見よう。北朝鮮は1958年に農村の集団化と共に、社会主義建設という名目で、全面的な食糧配給制を実施した。「食糧の無駄使いを無くして、全ての構成員に均等に分配する」というそれらしい理由と名分を掲げていたが、食糧の無駄使い防止と均等分配よりも、「戦争備蓄用のコメ」の確保と、身分による「差等受恵の制度化」、及び共産革命の基本である「私有制度と市場経済」の抹殺という目標が隠されていた制度だと言える。このように考えてみると、市場と呼ばれる市場が各地に生まれたことは、「資本主義とブルジョアを生成」させて、60年間金日成から金正日まで世代を超えて引き継がれてきた社会主義体制が崩壊する兆候と見られる。また、農民市場が北朝鮮住民の生活必需品の60~70%を供給するようになったということは、単純に物資供給体系に異常が生じたこと以上の意味がある。強力な住民抑圧統制手段の一つが完全に麻痺して無力化されたことを意味するからである。また、「市場」の発達は必然的に人々の往来をもたらすので、口コミで伝えられる情報の流通を統制することができなくなる。もちろん、旅行、居住地の移転、職業の選択、私有財産の制限などの社会的強制の緩和、あるいは解体が不可欠になるという意味もある。「市場」の登場が社会主義体制に及ぼす打撃は、想像することができない程大きくて深刻なものである。全国350カ所に「市場」が生じたということは、共産政権が住民に対する「統制力」を徐々に喪失しているという証拠であると同時に、約60年間続いた苦難の実験が完全に失敗したことを意味する。[3]新しいスタートはどのように始められるか?北朝鮮に「市場」が登場したと言って、金正日独裁体制が崩壊することを意味するのではない。ただ、苦難の社会主義60年の実験が終わって、体制の崩壊が始まったことを意味するのである。そうなると、北朝鮮の崩壊現象をどのように管理するかが問題である。国際社会の一部では、まだ対北朝鮮支援をしなければならないと主張している。しかし、このような支援の目的が、崩壊しつつある金正日政権を対象にするとしたら問題である。金正日を相手にドルと食糧を提供しても、金正日独裁体制の延命の助けになるかも知れないが、「北朝鮮体制」の秩序ある変化を期待することはできないからである。北朝鮮人民の抑圧と苦痛だけが延長される結果をもたらすだけである。従って、目標は北朝鮮の市場にならなければならない。北朝鮮当局を経ないで、北朝鮮の「市場」に大量で良い商品を投入することができたら、これを購入する北朝鮮人民は新しい世界を知るようになるからである。即ち、彼らを覚醒させられるからである。このように国際社会は北朝鮮政権を相手にするのではなく、北朝鮮市場に侵透する方法を捜さなければならない。「市場」の活性化こそ、北朝鮮独裁政権の圧制を乗り越えられる最も効果的な方法だからである。金正日に「改革開放」を要求する必要もない。「市場」の成長が、即ち改革であり開放だからである。
2010年08月31日
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「彼らには脱出するパラシュートがなかった」今年8月17日に中国で墜落した北朝鮮の戦闘機の問題で、北朝鮮と中国政府は機械の欠陷による墜落事故だったと迅速に発表したが、北朝鮮の住民たちは操縦士の死亡が強要された死だったと信じていると、自由アジア放送(RFA)が21日伝えた。2000年初めまで、江原道のある飛行場で整備員として服務していたという北朝鮮内の放送消息通は、「墜落したミグ21機の飛行士(操縦士)が、なぜ国際的に公認された救助要請をしなかったのか。また我々(北朝鮮)側や中国側が、なぜ案内機を飛ばさなかったのか理解できない」と、事故機に対する疑惑を提起した。消息通は墜落した飛行士の死について、「徹底的に強要された死」としながら、「2002年から北朝鮮空軍の大部分の戦闘機に、脱出用パラシュートが装着されなくなった」と証言した。 彼は「2002年4月と6月に金正日が『密林飛行場』と『温泉飛行場』を現地視察し、老朽化した飛行機を改造するために、ロシアで廃棄された飛行機と部品を捨値で買受けるように指示した」としながら、「飛行士たちが飛行機を最後まで守ることについてのお話(指示)をして下さった」と述べた。 彼によると、当時、空軍飛行場を訪問した金正日は、我々の飛行士は千万金でも替えられない存在だが、飛行機は億万金を払わなければ買えないとしながら、操縦士が不意の事態に直面しても沈着に行動して、飛行機を最後まで諦めてはならないと指摘したとのことである。金正日の指示に対する対策として、北朝鮮政府は2002年以降、空軍の訓練用飛行機からパラシュートを除去して、その代わりに訓練場の周辺に臨時の滑走路を作って、事故機が不時着出来るように措置したとのことである。これは飛行機が故障を起こしても、飛行士が空中脱出しないようにするためのものと考えられる。 この件と関連して北朝鮮は、2002年以降、空軍の飛行士に飛行機は300%の安全性を担保にした機械だと教育しながら、空中で事故が起きたら、周辺にある臨時滑走路や高速道路に着陸する方法について特別に講義していると消息通は付け加えた。両江道恵山(ヘサン)市の別の放送消息通は、「1997年元山(ウォンサン)飛行場の飛行士たちが『キル・ヨンジョ』英雄を模範として、自爆決死隊を決意しながら、自らパラシュート着用を拒否した」としながら、「それ以降、戦闘飛行士は緊急パラシュートを諦めることは自分の忠誠心を表現する手段だと考えるようになった」と語った。『キル・ヨンジョ』は1992年に元山飛行場で訓練をしていた時、不意の事故で墜落しながらも、金日成の別荘を避けてわざと海に墜落させて犠牲になった人物であり、北朝鮮の飛行英雄である。 北朝鮮は、有事の際に飛行機事故に遭遇しても、敵陣や敵艦に追突して死ぬようにと、空軍の飛行士たちに教育していると知られている。
2010年08月30日
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「北朝鮮は5,000tに至る化学兵器を保有しており、戦時には1万2千tまで生産することができる能力がある。北朝鮮が保有する化学物質の中で、TICという毒性の化学物質は、一般の軍用化学兵器の装備では探知されないし、軍で使う防毒マスクや防御服では防御が不可能である」(米ランド研究所ブルース・ベネット博士) 北朝鮮に精通した専門家たちは、異口同音に北朝鮮が保有している核とミサイルより、生化学兵器が脅迫的だと指摘する。同時に北朝鮮が韓国を奇襲攻撃をする場合、核やミサイルより生化学兵器を先に使って、戦争のイニシアチブを握るはずだという憶測も提起されている。生化学兵器は少ない費用で作ることができるのに破壊力が大きいので、「貧者の核兵器」という別称も得ている。1Km2にいる人間を殺傷するための生物兵器を作る場合、同じ条件で核兵器を作るのに比べて、1/800程度の費用しか掛からない。 大量に生産することができる上、保管が簡単だし、少量でも多くの人間を殺傷することができる。その上、接近が難しい地形でも効果的に攻撃することができるし、敵が気付かない内に、痕跡もなく攻撃することができる。神経作用剤VXの場合、1滴以下の分量で4分以内に人間を殺すことができる。ガス形態で目にはっきりと見えないので、敵に極甚な恐怖心を抱かせると同時に、敵は多様な装備を準備しなければならないので、戦闘の効率性を落とすことが出来るという効果も期待できる。このような利点のために、北朝鮮は1960年代から生化学兵器の開発に取り掛かり、約10年で独自的に生化学兵器を作り始めた。 北朝鮮、致命的な化学兵器を5,000t保有生化学兵器は、生物兵器と化学兵器に分類することができるが、北朝鮮はこの2つを、非常に組織的かつ体系的に開発して保管している。約20種に達する約5千tの化学作用剤を全域に分散貯蔵している北朝鮮は、この中でも特にサリンとVXといった神経作用剤、化学作用剤の生産に集中しているとのことである。 化学作用剤の生産地は、平安北道朔州(サクジュ)にある清水化学工場、平安南道順天(スンチョン)にある順天窒素石灰肥料公団、咸鏡道咸興にあるビナロン(合成纎維の一種)工場を含む12カ所である。大部分が嘔吐と水泡、窒息を誘発したり、血液と神経に作用する化学作用剤を生産している。研究は新義州(シンウィジュ)、興南(フンナム)、江界(カンゲ)、龍城(ヨンソン)などで進められている。研究開発を通じて生産された化学作用剤は、兵器化されて後方で保存された後、サンウム里、サンサム洞、サリウォン、ワンジェ峰といった前線にある弾薬庫に配置されるとのことである。 化学兵器の中から代表的なものとして、サリンの破壊力を調べて見よう。サリンは毒性が非常に強い化合物で、人間の中樞神経を攻撃する。サリン・ガスを吸引した場合、数分で死亡するほど致命的である。アメリカ・ランド研究所のブルース・ベネット博士は、サリン・ガス1tを散布した場合、23万人の死亡者が発生することがあり得ると明らかにして、化学兵器の破壊力がどの程度かを紹介した。北朝鮮はこのような化学兵器を5,000tくらい保有しており、戦時には2倍以上生産することができるとされている。 北朝鮮の化学兵器の脅威を分析したある報告書によると、北朝鮮が240mm長射距離放射砲100台に15tのサリンを搭載して発射した場合、発射量の60%だけが目標地点に到達したとしても、最低で4万6千人、最高で46万人が被害を被ることになる。スカット・ミサイルを使って攻撃した場合、人命の被害はもっと急増する。 化学兵器より敵をもっと恐怖に陥れる兵器は、生物学兵器である。生物学兵器は微生物病源菌や毒素、バクテリア、ウイルス、カビなどで作られる。匂いや形態もなく、肉眼で識別することもできないから、化学兵器よりずっと隠密に敵を攻撃することが出来る。即効性もあるが、潜伏期を通して広い範囲で長期間に渡って敵を焦土化することができる。 北朝鮮は炭疽菌、天然痘、ペスト、コレラ、膓チフス、発疹チフス、赤痢、梅田熱、黄優毒素、ブルセラ症、野兎菌、ボトルリニュム毒素、黄熱病などを自主的に培養して生産することができるとされている。 代表的な生物学兵器である炭疽菌は、呼吸器を通じて感染し、潜伏期が1~6日程度である。そして呼吸困難や敗血症といった症状が現われた後、抗生物質を投与しても致死率が80~95%に達する。また、炭疽菌100kgを大都市の上空から低空飛行で撒布した場合、1メガトン級の威力の水素爆弾が爆発した時に匹敵する殺傷能力を持つともされている。世界保健機構でも20Km2の都市に炭疽菌50kgを撒布した場合、少なくは数万人から、多くは数十万人が死亡するか被害を被るはずだと言及した。アメリカ国土安保部が2005年10月にマスコミに公開した「15大災害」にも、液化炭疽菌と伝染性肺炎菌の撒布に関する最悪のシナリオが言及されている。テロ犯が液化炭疽菌を搭載した車に乗って、2週間アメリカ国内5都市を通って菌を撒布したと仮定すると、事件の発生から2日間経過してもこれを見抜くことができない。このような攻撃を受けた場合、35万人が炭疽菌に露出して、1万2300人が死亡することがあり得ると同報告書は予測した。 北朝鮮が培養中の天然痘ウイルスの場合、過去の全世界の死亡原因の中で10%を占めるほど恐ろしい疾病だったが、1979年に影をひそめた。従って、抗ウイルス剤がない天然痘に感染したら、高熱、悪寒、頭痛、痛症と共に、意識錯錯乱が始まる。一般的な天然痘も致死率は30%だが、肌に出血が現われた場合、致死率は100%とされている。1954年から微生物研究所を運営して来た北朝鮮は、中国と日本から技術を導入して、1970年代末から本格的に生物学兵器の開発に着手した。現在、北朝鮮は全域に国防科学院傘下の細菌化研究所と医学研究所を含む5カ所の研究施設と、3カ所の生産施設、1ヵ所の実験所を運営中である。北朝鮮は人間と動物の体から細菌を抽出して培養してから、これを金日成医大で政治犯を相手に生体実験していると知られている。
2010年08月27日
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北朝鮮の主張する主体音楽は、「人民大衆の自主性のための闘争が盛り込まれていなければならなず、人々を革命的な思想に教育するのに貢献するものでなければならず、形式は人民大衆の思想と感情に合う人民性を基本にしなければならないもの」とされる。従って、北朝鮮の音楽は人民の階級意識と共産革命意識を高揚させて、教育及び宣伝扇動の手段として使われるなど機能的な側面が強い。この為に、北朝鮮の音楽は敍事的な音楽と声楽音楽、リアルな音楽と民俗音楽、単純な和声的音楽などが大部分を占めている。北朝鮮は「音楽の創作と表現は民族音楽を主とすると同時に、洋楽を発展させて、民族的メロディーを土台に現代的好みに合うメロディーを創造するのに重点を置いている」と主張する。北朝鮮は他国と違い、音楽を大衆音楽と純粋音楽に区分しない。また、発刊されている歌集の約半分はソ連の民謡と中国風の国民歌謡式の民謡調メロディーを帯びていて、和音とリズムよりは歌詞とメロディーに重点が置かれている。 和声は単調なので一般住民が簡単に学ぶことができるが、変化が乏しい。唱法は鼻声を多く使うのが特徴である。歌謡は党の政策宣伝用の歌謡、?叙情歌謡、?革命歌謡、朝鮮歌謡などがあり、金日成父子の讃揚のための頌歌が大きなパーセンテージを占める。『朝鮮文学芸術年鑑』(1998)に収録されている普天堡電子楽団、旺載山軽音楽団、?朝鮮人民軍協奏団、万寿台芸術団など4つの団体が発表した76曲の楽譜を見ると、金日成父子を賞賛する音楽が52曲で68%を占めている。また、固有の伝統楽器を改造して西欧の現代楽器と合奏するなど、伝統音楽の洋楽化傾向も顕著に見られる。最近、北朝鮮の音楽は非政治的な作品が増加している一方で、先軍政治のための歌も沢山登場している。特に民族概念を強調しながら、伝統民謡の発掘に力点を置いた作品が創作されている。2003年に発表された、、などがこれに相当する。また「歌は時代のエコーである。啓蒙期の歌謡は我々人民に深い感興を抱かせてくれる」という主張の下、北朝鮮は苦難の行軍期だった1990年代半ばから朝鮮音楽家同盟が主観して、啓蒙期の歌謡を発掘、整理し、2000年に約190編の歌が収録された『啓蒙期歌謡集』を発行した。 北朝鮮では最近、先軍政治と強勢大国建設が強調されたことを受けて、これに係わる音楽が発表されている。金日成の死亡以降から苦難の行軍を経て先軍政治が完成段階に至る過程を描いたと民謡風の大衆歌謡などがその代表例である。また、北核問題などでアメリカとの対決が強まっているので、「祖国愛」をテーマにした歌が広く歌われている。代表曲としては、、といった戦時歌謡がある。一方、金正日政権の登場以降、北朝鮮の音楽はそれまでタブー視されて来た人民の生活感情や恋愛感情を表現した歌、すなわち大衆歌謡風の生活歌謡が登場して流行するいった変化を見せている。最近、北朝鮮の20代が好んで歌う歌はと、などである。は戦争映画であるのテーマソングで、は先軍政治をテーマにした歌、は北朝鮮の主要記念日の行事によく登場する。
2010年08月26日
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大豊(テプン)グループは北朝鮮の国防委員会の主導下に設立された企業であり、平壌(ピョンヤン)に本部を置くとされている。表面的には北朝鮮の対外投資を担当しており、北朝鮮の高位幹部であるキム・ヤンゴン統一戦線部長が、大豊グループの理事としてで在職中である。また、中国朝鮮族のパク・チョルスがこのグループの副理事及び総裁になっている。 しかし、最近、韓国のマスコミを通じて公開された大豊グループの内部文書を調べて見ると、その実体は異常とも言える。大豊グループが2009年に作成した同文書は、国家開発銀行の設立を促す内容である。同文書は国家開発銀行を朝鮮国際開発商業銀行と表記した。しかし、同文書を検討したある専門家は、資本主義が分からない北朝鮮が、中国朝鮮族のパク・チョルスに騙されているのだと分析した。北朝鮮政府が同文書の報告を受けて国家開発銀行の設立を決めたとしたら、国際金融について何も知らない情けない決断だと言う事が出来るとのことである。同文書は、「大豊グループの申請内容が妥当で、銀行設立資本の為の融資の可能性が明確ならば、2009年12月までに設立準備を完了して、2010年に国家開発銀行を設立する」と促した。北朝鮮は1月20日に国家開発銀行を設立し、大豊グループを外資誘致の窓口と指定した。 大豊グループ総裁兼国家開発銀行副理事長であるパク・チョルスは、中国朝鮮族の出身で、北朝鮮の高位職に上った初の人物である。1959年生まれ。延辺(ヨンビョン)大を卒業して、対外経済貿易大で修士号の学位を授与されたとされる。彼は1990年代後半に中国国営石油会社の役員として働いていた。この時、北朝鮮軍部に揮発油を供給して、北朝鮮側の要人と親しくなったとのことである。大豊グループは元来2006年に設立された北朝鮮の対外経済協力機関で、香港と北京に法人を登録したが、売上げが殆どない、事実上、書類だけが存在する会社だった。 パク・チョルスは副総裁の名刺を使いながら、パク・ソンチョルという名前で活動した。総裁はペ・キョンファンという名前の中国朝鮮族関係者が引き受けた。パク・チョルスは大豊グループ副総裁を務める前に、北朝鮮-韓国との経済協力現場でブローカーとして活躍した。しかし成果は良くなかったと言う。 また、パク・チョルスは韓国で拘束されたこともある。韓国の三星物産と輸出入契約を結んで北朝鮮の水産物を納品する過程で、三星物産から受け取った資金を北朝鮮に送金しないで横領した後に水産物を正しく納品しなかった容疑で2001年に拘束されて、懲役1年、執行猶予2年の判決を受けた。横領の容疑は無罪、外貨不法搬出の容疑は有罪だった。三星物産は漁船を北朝鮮に提供したが、損害だけ受けた。 パク・チョルスは韓国の「韓国鉱物資源公社」に北朝鮮の資源開発に関した提案書を提出したが、事業は成功しなかったと言う。2007年には豊漁で市場に余ったイカを韓国政府が購入した後、北朝鮮に人道的に支援する事業を提案した。 このようにブローカーとしては成果がなかったパク・チョルスが、国家開発銀行を媒介として、事実上のペーパー・カンパニーだった大豊グループを再生させた。それでは、パク・チョルスは北朝鮮をどのように説得したのだろうか。 「大豊グループは真の実力と資本で、国家経済の発展を成し遂げます!」大豊グループが作成したブリーフィング用文書の最終章の初めの一言である。この一言の下には、「調整によって変化するか、変化によって発展するか」と書かれている。「調整」という表現は、第3者の介入を示唆しているように見られる。 パク・チョルスは国家開発銀行の目標を3つに分けて提案した。 「世界一流の金融機構を設立して、現代化された金融企業の制度を構築する」「国家信用度を基礎に、市場業績を基本にする金融機構を創設する」「国家の総合的競争力の回復を増強して、対象の建設と制度の樹立の全面的な成功を実現して、国家の金融安全と経済的な安全性を保障する」しかし、北朝鮮は国家信用度が最低レベルの国である。北朝鮮の国家信用度を基礎に世界一流の銀行を創設するのは、簡単な事ではない。大豊グループがブリーフィングした国家開発銀行の任務も、実現が疑わしい。任務が経済全般を網羅しているからである。▲国家経済の基盤施設▲下部構造の建設対象▲農業畜産▲先端技術産業▲エネルギー開発▲基礎産業▲農業畜産を重点支援するのが、国家開発銀行の任務だと同文書は説明する。 大豊グループは北朝鮮の国家信用度を回復させて、現代化経済強勢大国を建設するために国家開発銀行を設立しなければならないと提案した。国家開発銀行を通じて経済的な復興を成し遂げて、国際経済協力・交流を促進するとも明らかにした。 「世界一流レベルの銀行を設立する」同文書によると、国家開発銀行の資本金は100億ドルである。北朝鮮政府と大豊グループが各々出資して投資会社を設立した後、北朝鮮政府が設立した投資会社が40%を出資して、大豊グループの設立した投資会社が60%を出資する。大豊グループの持分が多いというのが目に付く。大豊グループは出資額の中で30%を自力で調達して、70%はIBRD(国際復興開発銀行)、ADB(アジア開発銀行)から融通を受けると明らかにした。 資金の調達計画も疑わしい。北朝鮮が非核化手続きを踏んでアメリカとの関係が改善しない限り、国際金融機構が北朝鮮の金融機関に融資をする事は、事実上あり得ない。▲外貨債券の発行▲資産の証券化▲海外市場の上場▲国内外の各種貯金を引き出して資金を確保するとブリーフィングしたが、これも実現の可能性が非常に低い。 大豊グループは「北朝鮮政府は国家開発銀行の設立準備の権限を、大豊グループに全面的に委任」としながら、「国家の承認と政府の委任によって、国内該当部門は大豊グループの国内外の便利条件を提供」して欲しいと要請した。大豊グループと北朝鮮の内閣が共同で「共和国10年経済発展戦略計画」を作成しようとも提案した。 実体なき組職朝鮮総連の機関紙である「朝鮮新報」は3月2日、「大豊グループは国家財政とは別途に、食糧・鉄道・道路・港湾・電力・エネルギーなどの6つの事業を推進して、『経済インフラ構築10カ年計画』を推進する方針」と報道した。朝鮮中央通信によれば、国家開発銀行は3月10日に初の理事会を開いて、チョン・イルチュンを理事長に任命した。しかし、国家開発銀行は設立されはしたが、実体のない組職である。資本金を確保することができなかったからである。チョナン号事件により北朝鮮制裁の雰囲気が形成されたことを受けて、中国を除く国家からの外資誘致は当分難しい見込みである。 大豊グループの関係者と親交がある一人の北朝鮮専門家は、「パク・チョルス総裁が中国銀行が保証する経済協力資金保険会社を設立すると言う。モンゴルからの資本誘致が切迫しているし、中国やヨーロッパとも接触していると言う」と伝えながらも、「小さな件は分からないが、大きな件の外資誘致を成功させるとは思えない」と予想した。また、他の北朝鮮専門家は「パク・チョルスが北朝鮮政府を騙したというより、北朝鮮政府がパク・チョルスを利用していると見なければならない」と言った。
2010年08月25日
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映画は一般大衆に訴える力が強いので、社会主義国家では重要視される芸術分野である。特に北朝鮮で映画は「直観芸術」なので、宣伝や煽動効果を増進させるのに最も効果的な手段だとされており、他の芸術分野より重要視されている。 一般的に映画の社会的機能に対して私たちは「健全な娯楽の育成と、文化芸術の発展に貢献すること」を目的にしているのに対して、北朝鮮では「人民大衆を思想的に武装させて、革命的に教育し、自主的実現のための闘争へ組職動員する階級革命の思想的武器」と規定している。このように映画が住民教育の重要な手段であることが分かる。 すなわち、映画は「社会主義的、事実主義的な創作方法に立脚して、『党性、階級性、人民性』を高度に発揚させるように製作されなければならないし、党の政策路線を貫徹するための武器にならなければならない」というのである。従って、他の国とは違い、映画がすべきことと兼ね備えなければならない理想的な形態などに対して、具体的な方向が決まっている。例えば、男女の愛、友情、家庭や職場での葛藤も、劇的な感動を与えるための一つの触媒剤であるだけで、結論は唯一偉大な首領と党の意思に従わなければならないという内容で一貫している。また、善と悪を極端に作為的に区分したり対比させて、観客の涙を強要する要素が多いのが特徴である。 それだけではなく、西洋映画の主要機能である娯楽性を認めないし、作品の素材やテーマの選択が限定されているので、結局、金日成父子の偶像化と体制擁護のための宣伝・扇動の次元を逸脱することができない。 このような北朝鮮映画の特性は、北朝鮮の社会主義憲法、金日成の教示、そして金正日が書いたという
2010年08月24日
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金正日は自分に忠誠を誓う者には全てを容認してあげるが、少しでも忠誠心が疑わしくなると全てを剥奪してしまう。このような両極端を併用しながら、幹部たちを相手に「恐怖政治」を進める。自分を「恐ろしい存在」と絶え間なく浮上させながら、幹部たちに「忠誠」を強要する。1990年代末から金正日が作り出した「忠誠」文化が、末端の幹部階層まで拡散し、90年代後半から直属の上級幹部に自分の全てを捧げる「オールイン(All-in)文化」が普遍化された。金正日を頂点にする組職構造の中で、幹部たちは自分の意思半分、他人の意思半分で、誰かのグループに属するようになる。金正日一人だけに向かっている権力構造の中で、幹部たちが生き残るためには「無限の競争」をするしかないからである。幹部たちの間の競争の基準が能力と経験ではなく、金正日個人に対する「忠誠度」で左右される状況なので、仕方なく誰かのグループに属さなければならない。このような状況なので、あるグループの最高幹部が粛清されたら、彼が後援してきた下級幹部たちも全員粛清される。罪が許されてまた幹部職に復帰する時も同様である。全てが集団で行われる。2000年代に金正日の妹婿であるチャン・ソンテクが粛清されてから再起する過程で、数十~数百人の幹部たちが同時に追放されてから復帰したのが代表的な例である。直属の上官に全てを任せるオールイン文化は、幹部たちの不正と腐敗を爆発的に増加させた。直属の上官に評価されるためには、必ずお金が必要である。上級幹部の小遣い、娯楽、家廷生活を補助するための賄賂だけではなく、上級幹部の体面を支えるための活動にもお金が必要である。例えば、一級連合企業所の党支配人のグループに属した幹部は、金日成-金正日の誕生日毎に金日成の花や金正日の花を予め準備して、もっと上の人たちに支配人の名前で花を贈る。このようなことをするには、少なくないお金が掛かる。また別の側面から見たら、上級幹部が権力を失えば一緒に没落するので、「この地位にいる間に、精一杯財産を増やそう」という考えが広まった。幹部の地位はいつも不安定なので、信じられるのはお金しかないのである。老後のためや、検閲に掛かった時に助けてもらう為に、一番切実なものは「お金」である。1990年代の「苦難の行軍」の前までは、名目上は首領と党、祖国と人民のために最も献身する人を幹部に選抜するという原則が維持された。幹部選出の基本核心は当然出身成分だが、これに首領-党-大衆に対する総合的な忠誠心と共に、一定の能力と経験までが要求された。当時は幹部自らと家族の安否より、首領-党-人民のために働かなければならないという「服務精神」が最高の美徳として教育された。1980年代までは、引退した党幹部が余生を貧しく暮らす姿がよく見られた。幹部として働いていた時、真面目に仕事ばかりしていたので、老後の準備が十分に出来なかったからである。もちろん当時も私利私欲に目がくらんだ幹部たちも少なくなかったが、少なくとも外見だけでも「貧しく」見えるように努力した。この時期に頭の回転が速い幹部たちが注目したのは、年老報奨金制度である。この制度は功労者の資格を獲得した人に限り、定年退職後の配給600g(1日分)と毎月60ウォンの年老報奨金が支給されるものだった。選定対象は、金日成勲章を授与された人と、「英雄」称号者、国旗勳章(努力勲章と功労メダルを含む)5個以上を授与された人などである。ところで、工場企業所の支配人、あるいは党秘書以上級の幹部になれば、この制度の恵沢を受けることができる候補者になれる。毎年、金日成の誕生日などの国家の節日の毎に勲章の授与式が行われるが、彼等の殆どが年老報奨金の対象になれるチャンスが与えられる。勲章の推薦・授与は市・郡人民委員会の表彰指導員が担当するが、推薦の選考が進められる時に、優先して幹部たちが授与されるように下工作をして、「分け合い」の規則を適用するのが殆どだった。従って、大部分の上位幹部たちは、特別な過ちがない限り、定年退職に合わせて勲章が授与され、年老報奨金で安楽な老後を楽しむことができた。しかし、このような文化は金正日の執権以降、具体的には90年代の「苦難の行軍」以降、大きく変質してしまった。つまり、金正日式の「一人忠誠主義」が拡散し、2000年代の物質万能主義まで加味されて、お金と物質に対する幹部たちの欲望は果てしなく大きくなったのである。「物質欲」が「名誉欲」を追い越したのである。特に北朝鮮政府の供給能力が低下して、「年老保障金制度」の実際の運営が中断され、例え運営されたとしても物価高騰のために、何の魅力もなくなった。結局、幹部たちは2000年代以降、「お金」に向けて走り始めた。既にお金は権力の副収入ではなく、権力の主要動機に変わった。同時に、幹部たちの保身主議も目立って強くなった。80年代の幹部たちの保身主義が「一切の過ちなく、停年退職しよう」くらいだったとしたら、2000年代の保身主義は「上級幹部に憎まれないのなら、何をしても良い」という形の積極的な日和見主義に変わった。国家の法や道徳の遵守は既に考慮する対象ではなくなった。上級幹部だけに問題視されなかったら、あとは「自分の能力」次第だった。このような理由のため、2000年代以降、北朝鮮の幹部たちの麻薬、密輸、公金横領などの個人経済の不正腐敗は急激に増加した。幹部たちの不正腐敗が増加するにつれて、上級幹部に対する依存度と忠誠心は更に強くなった。信じられるのは、結局、上級幹部しかないからである。幹部たちの保身主義と不正が蔓延したことを受けて、政敵を除去したり政治的な犠牲の羊が必要な時も、「不正と腐敗」が定番メニューとして登場するようになった。2009年11月30日の貨幤改革の失敗責任を問われて、2010年3月に銃殺されたパク・ナムギ労働党財政経理部長には、「貨幤改革直前に予め情報を側近たちに流して、旧貨幤を大挙処分してドルを確保するなど、違法で個人財産を増やした」という罪目が加えられたことが代表的な例である。しかし逆に言ったら、幹部たちの保身主義のために、最大の被害を被っている人は、正に金正日である。上級幹部だけに従って、お金だけでも沢山に集めようとする幹部たちが、金正日の指示を真心誠意執行するわけがない。結果的に、保身主義に夢中の幹部たちは、「首領の権威」を深刻に毀損する。また、このような幹部たちの不正腐敗理が人民たちに暴露されたら、住民たちの反発が金正日を向けられる。今まで金正日体制維持の為の主要動力だった幹部たちが、今や金正日権威を崩壊させる害虫の役割をしている。予想されたブーメランである。但し、20年以上に渡って保身主義で訓練された北朝鮮の幹部層が、何時、金正日に背を向けるかは非常に興味深いテーマである。唯一明らかな点は、そのクリティカル・ポイントが急速に近付いているということである。
2010年08月23日
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3月末現在、全世界の銀行に預けられている北朝鮮の預金規模は、6,700万ドルと集計された。このような事実は、国際決済銀行(BIS、Bank for International Settlement)が最近発表した分期別報告書の中で明らかにされた。 VOA(アメリカの声放送)は、「ユーロ貨の価値の下落によって、この金額は去年末に比べると大幅に縮小した」と説明した。 同放送は、「全世界43カ国の中央銀行が報告した資料を集計して発表した分期別報告書の中で、国際決済銀行がこのように明らかにした」としながら、「しかし、この報告は各国が自発的にするもので、自国の銀行に北朝鮮の預金が預けられている国の中にも、報告をしない国がある」と付け加えた。 同報告書によると、3月末基準で北朝鮮が海外の銀行に預けた預金の規模が、去年末基準の1億600万ドルから3,900万ドルに減少した。 米議会傘下の研究機関である議会調査局の経済専門家であるディク・ネント博士は、「北朝鮮が海外の銀行に預けた預金がこのように大幅に減少したのは、レートの変動によるものと考えられる」と同放送に語った。 北朝鮮はアメリカ・ドルではなく、ヨーロッパ・ユーロでの取り引きを望んだので、大部分の預金がユーロ貨で預けられていた。従って、ユーロ貨の価値下落により、大きな損失を受けたようだという説明である。 同報告書は、北朝鮮が海外の銀行から借りた借金は、2010年3月末基準で6,200万ドルと集計されたと明らかにした。これは去年末基準の6400万ドルから、200万ドル減少したものである。 また、3月末基準で海外の銀行が北朝鮮に請求した海外負債請求額(foreign claims)は4,200万ドルだと明らかにした。これを国家別で見ると、フランスが2,000万ドル、ギリシアが900万ドル、イタリアが600万ドルなどで、ヨーロッパの銀行が3,500万ドルだった。 一方、ネント博士は北朝鮮に対して支援を最も沢山しているとされる中国の場合、国際決済銀行に定期的な報告をしない場合が多いとしながら、「資料に限界がある」と明らかにした。
2010年08月09日
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対北朝鮮金融制裁の発表を控えているアメリカ政府が、北朝鮮のシリア核開発支援説を初めて公式的に確認した。また、北朝鮮とミャンマーの間の核協力に対して、憂慮を表明した。 米国務省は7月28日(現地時間)ホームページを通じて、『2010軍縮・非拡散条約履行報告書』を公開して、「アメリカが2008年4月、北朝鮮がシリアの核原子炉建設に介入したという情報を、国際原子力機関(IAEA)に渡した」と明らかにした。 同報告書はまた、「シリアは2007年9月まで、シリア東の砂漠地帯であるアル・キバにプルトニウムを生産する目的で秘密裏に核原子炉を建設していた。この原子炉が(イスラエルによって)破壊された後も、証拠隠滅のために該当地域に大型の建物を建設してIAEAの査察を拒否するなど、核拡散禁止条約(NPT)の義務を履行していない」としながら、「シリアはこの原子炉を、北朝鮮の助けを借りて建設していた」と明らかにした。 また、北朝鮮とミャンマーの核協力疑惑と関連して、「入手した情報によれば、ミャンマーが核研究センターを建立する過程で、北朝鮮の援助を受けた可能性がある」としながら、「アメリカはミャンマーの核プログラム追求と北朝鮮との核協力の可能性を憂慮している」と明らかにした。 同時に、「北朝鮮は生物兵器禁止条約(BWC)に加入してからも、生物兵器の生産装備と材料、技術獲得の努力を熱心に続けており、協約加入国の義務に違反している」としながら、「北朝鮮が将来、軍事的衝突の際、生物兵器を使う可能性がある」と憂慮した。中国に対しては、「中国企業がミサイル開発憂慮国である北朝鮮とイラン、リビア、パキスタン等地に、ミサイル技術と部品などを供給し続けている」と報告した。今回の報告書は米国務省検証遵守履行局が2005年以降5年ぶりに北朝鮮とイランなどの軍縮、非拡散義務履行の可否を評価して、米議会に報告したものである。
2010年08月07日
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中国の「以夷制夷」戦略…6カ国協議の成功より、北朝鮮先を前面に立たせて、日本、アメリカ、韓国の共助体制破壊に逆利用する。UN安保理でチョナン号事態を円満に成功させた中国が、6カ国協議の再開を急いでいる。遅々とし進展が見られない6カ国協議の議長国としての体面もあるが、チョナン号事態により日本、アメリカ、韓国の関係が密接になったことを受けて、中国の牽制心理が作用したようである。 それならば、中国が6カ国協議再開を急がせる真意は、果して何なのだろうか。北核の完全廃棄を望むアメリカをはじめとする国際社会の要求を、受け入れたのだろうか? 結論は、そうではないようである。今まで6カ国協議の重要な局面毎に、中国は北核問題を対米戦略の次元で扱って来た。即ち、中国は北朝鮮の核兵器保有と核開発を内心容認する戦略を取りながらも、対外的には強大国の核兵器削減という流れに便乗して、国際的努力に形式的に同調して来た。 北朝鮮を前面に立たせて、日本とアメリカの力の相乗作用を阻止しようと考えたのである。中国は6カ国協議の議長国としてだけでなく、政治、軍事、経済的な面からも、北朝鮮に絶対的な影響力を行使できる国である。中国の決定の行方如何で、北核を廃棄できる充分な役割を果たせる位置にある。 それにも関わらず、中国は北核廃棄の為に、一度も北朝鮮に圧力を行使したことがない。中国のこのような2重態度には、どのような戦略的意図があるのだろうか? 第1に、中国は北朝鮮の核兵器保有と核開発政策を利用したら、東北アジアでのアメリカの覇権を牽制することができると考えている。北朝鮮はテポドン・ミサイルなどの中・長距離核運搬手段を持っており、日本は勿論の事、沖縄、グアムなどにある米軍基地が射程圏内に入っている。従って、日本、アメリカには軍事的に直接的な脅威手段になり得るという点を、利用しようとしているのである。これは、中国が国際平和に逆行するという認識を与えないで、北朝鮮を通じた一種の代理戦効果を狙っているのである。 第2に、6カ国協議で北朝鮮が核を保有することを通して狙っているアメリカとの平和協定締結を、最大限に利用しようという戦略である。アメリカ-北朝鮮の平和協定が締結されたら、米軍を韓半島から完全に撤収させられる名分と実利を得ることが出来る。そうなったら、中国は東北アジアにおけるアメリカの影響力を弱化させられるという戦略的判断をしているのである。そうなったら、東北アジア地域で中国が戦略的イニシアチブが掌握できて、座っているだけで利益が得られるだろうと予測しているのである。 第3に、日本、アメリカ、韓国の共助体制を弱化させるのに、北朝鮮を利用しようという戦略である。北朝鮮は崖っぷち戦略戦術と国際テロ、反人権的活動などで、国際社会から不良国家という烙印を押されて久しい。中国がこのような北朝鮮を擁護する理由は、正にこのような北朝鮮の非常識な行動が、場合によっては日本、アメリカ、韓国の共助体制を弱化させるのに効果があると判断しているからである。即ち、中国は北朝鮮の非常識な行動を取り成す条件として、東北アジアで中国の影響力が認められて、外交的優位を維持するのに利用できると考えているのである。 第4に、6カ国協議で失敗しても、アメリカは北朝鮮の核基地攻撃という積極的な武力手段を行使することができないということが分かり、これを戦略的に最大限に利用するというのである。アメリカは以前、共産主義者との会談や休戦会談などで、攻勢的になれず、常に最善策でなければ次善策を選択して来た。ブッシュ政権初期には、北朝鮮を「悪の枢軸」と規定して北核の完全な廃棄という戦略を固守したが、北朝鮮が2回の核実験を強行した後は、現実的に北朝鮮の核兵器保有を内部的に評価しながらも、核保有国と認定することができないというジレンマに陥ってきた。最近になって、アメリカは北核を解決する際に、北朝鮮が核を固守する限り、北核廃棄の代わりに北核封鎖というラインに後退するという政策転換も感知されている。このようなアメリカの政策変化を、中国が見逃すわけがない。北核を認めても、中国に反抗する北朝鮮ではないからである。 結局、中国は東北アジアでの基本戦略として「以夷制夷」戦略を行使している。北朝鮮を中国の最前線に立たせて、日本、アメリカ、韓国を抑制する戦略である。中国のこのような戦略的2重性は、6カ国協議で中国が北核廃棄の為に自ら先頭に立つ必要はないし、むしろ北朝鮮の体制維持が中国としては非常に切実なので、北朝鮮を直・間接的に支援して行くのが有利だと判断しているからである。 既に、北朝鮮が犯した韓国戦艦チョナン号の攻撃から分かった様に、中国はUN安保理議長声明で北朝鮮を糾弾するより、むしろ北朝鮮に兔罪符を与える悪役を買って出ている。こういった点から、中国のこの2重性を赤裸々にうかがい知ることができる。
2010年08月06日
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「金正雲の信頼を裏切った」選手の欠点を一々言及、選手たち全員がキム・ジョンフン監督を批判…「犠牲の羊」にポルトガルに7:0で敗れ、ワールドカップベスト16進出に挫折した北朝鮮サッカー代表チームが、帰国後、「大論争」という形式の思想批判を受けたと伝えられた。 自由アジア放送は7月27日、北朝鮮内部の情報に精通した中国人ビジネスマンの言葉を引用しながら、「北朝鮮代表チームの選手たちが帰国してから数日後に、人民文化宮殿の大会議室で『大論争』という思想闘争形式の批判を受けた」と伝えた。このビジネスマンは、「今月2日、平壌人民文化宮殿でワールドカップに参加したサッカー選手を対象にした思想闘争会議があった」としながら、「ただし、(在日朝鮮人の)チョン・テセとアン・ミョンハッ選手は、思想闘争会議から除外された」と同放送で明らかした。彼は、「平壌にいる幹部たちを通じて直接聞いた話」としながらも、思想闘争会議がどのような形式で進められたかと、選手たちにどのような処罰が下されたかは分からないと伝えた。また、平壌の他の情報員は、「7月2日、人民文化宮殿大会議室で中央党組職指導部副部長とパク・ミョンチョル体育相が参加する中、ワールドカップに参加した国家総合代表チームの選手たちに対する大論争集会があった」としながら、「体育省傘下の各種目別選手たちと、平壌体育大学(朝鮮体育大学)、金日成総合大学、金賢植師範大学体育学部学生約400人が参加する中、非公開で会議が開かれた」と言った。また、外部世界の非難を意識して、大論争会議は非公開で行われたとのことである。そして、「この日の会議には、ワールドカップで解説を引き受けた解説員が直接参加して、選手一人一人の欠点を細かく指摘した」としながら、イ・ドンギュ北朝鮮サッカー解説員がこの日、大論争会議で北朝鮮代表チームの選手たちを批判する主役を務めたことを伝えた。 この日の会議は、代表チームの選手たちとキム・ジョンフン監督が批判の表舞台に立たされ、体育省傘下の各種目別の選手代表たちと大学の代表たちの批判が続き、イ・ドンギュ解説員が個別に選手たちの欠陷を指摘し、他の参加者たちが続けて批判する形で進められたとのことである。特に会議の終わりには、代表チームの選手を一人づつ立たせて、キム・ジョンフン監督を批判するように仕向けたとのことで、今回のワールドカップ敗北の全ての責任をキム・ジョンフン監督に負わせたことが示唆された。 新義州(シンウィジュ)市に住む別の情報員も、人民文化宮殿でワールドカップに参加したサッカー選手たちを相手に、6時間もの大論争集会が行われた聞いたとしながら、「国家総合選手団の責任を負った指導員(監督)が、労働党から脱退させられたという噂もあるし、革命化させるという目的で監督を平壌市建設現場に労働者として送ったという話もある。しかし、真偽は確認することができない」と言った。また大論争の内容が「金正雲(金正日後継者)青年将軍の信頼を裏切ってしまった」ということなので、誰かが責任を負わなければならないので、キム・ジョンフン監督は無事ではすまないだろうと主張した。 一方、北朝鮮は北朝鮮サッカー代表チームのワールドカップ本戦進出が確定した直後、幹部講演会と大学生たちの講演会を組織して、「金正雲青年大将の領導の結果」としながら、大々的に宣伝した。
2010年08月04日
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北朝鮮は極端な個人独裁国家である。従って最高指導者である金正日が痴ほうを病んでいるとしたら、それが北朝鮮の国内外に及ぼす政治的波及は非常に大きい。北朝鮮の統治機構は底辺から崩れて、周辺国の対北朝鮮政策も根本的な見直しが不可欠になるからである。金正日の痴ほうは、北朝鮮問題専門家や報道機関にとっても大きな事件である。北朝鮮が政策転換の動きを見せたり何か大事件を起こしたら、それまで引用して来た「金正日による決定」とか「金正日の意図」といったお決まり文句を、安逸に使うことができなくなるからである。既存の北朝鮮分析も、一挙に座標軸を失ってしまうので、専門家や報道機関は多分大きな葛藤に陥るはずである。 このような悪夢のような状況が、結局、現実化した。今年6月24日、韓国の情報機関はショッキングな内容を報告した。国会情報委員会(非公開会議)で「金正日痴ほう説」を提起したのである。「脳卒中の発作以降、金委員長が病気の後遺症で記憶力が劣り、現場視察などで非論理的な話をしたりする」(朝鮮日報7日7日付け報道) まさに超大型級の爆弾証言だと言える。ところが不思議なことに、各国の専門家や報道機関の反応は、それほど熱くなかった。おそらく心の中のどこかで「まさか」という半信半疑と、「信じたくない」という現実逃避心理が作用したせいだろう。 しかし、現実を直視しなければ、正確な分析や報道はできない。日本、韓国のみならず周辺各国の政府は、既にこのような事実に対する共通認識を土台に、対北朝鮮政策を独自に見直している。このような現象が明確に現われたのは、韓国の「チョナン号撃沈事件」に対する日本、アメリカ、韓国の3国と、中国、ロシアの2国の間の立場の違いである。 事実、「金正日痴ほう説」は既にずいぶん昔から、一部の北朝鮮問題専門家たちが主張して来た。しかし多くの専門家や報道機関の反応は微々たる物だった。むしろ「金正日痴ほう説」を「冗談」と一括して、この意見自体を無視する専門家(日本政策研究センター『恵岡隆一レポートNo.5』2007年10月22日)もいた。 しかし今や、情報機関さえ金正日の痴ほうを既定事実化している。金正日の痴ほうは、金王朝内部の奥深い所に装着できる「時限爆弾」とも言える。同時に金正日の痴ほうを契機に、北朝鮮の意思決定機構が急変して、権力統治構造が不安定になる現象を見せている。今重要なことは、金正日の痴ほうを前提にして、北朝鮮に対する情勢分析と政策立場を、大急ぎで切り替える事である。 金正日の痴ほう現象は、既にある程度進行した状態である。その上、北朝鮮の統治機構は個人独裁体制から個人秘書室統治へと変質し、脳卒中以降は派閥間の均衡を成した集団指導体制へと移動した。集団指導体制が限界に直面した去年3月頃からは、後継者問題(金正雲後継者内政)を廻って、派閥間の均衡も崩れる動きを見せている。問題はこのような統治構造の複雑な変化が、北朝鮮内の政策方向を混乱させ、貨幤改革の強行やチョナン号撃沈事件のような暴走を生んでいるという点である。また金正日が政治的な判断力を喪失したにも関わらず、生物学的には生命を維持していることが、北朝鮮の意思決定構造を複雑にさせている。金正日が死んだら、意思決定構造自体は単純化されるが、後継者問題を含む権力闘争は極めて不透明になるだろう。 明確なことが一つある。ずいぶん以前から動き始めた時限爆弾(金正日痴ほう症)の針が、もうすぐ爆発の時を迎えるはずだという点である。
2010年08月02日
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