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さきほど、久しぶりに「えぐら開運堂」をTVで見ました。江原さんを見るのも久しぶりです。ああ、でも彼やっぱりすごいですね。TVだから編集しているかもしれないけど、ほんの短い時間と情報で相手の方の問題点(本人が問題だと認識している点)を知り、それに対する的確で愛情に満ちたアドバイスを与えています。素晴らしい職人芸です。こういう相談には、霊能力の高さが最も必要だと思われるかもしれないけど、霊感を使うこと自体は、沢山あるテクニックの中のひとつで、本当によいカウンセリングをするためには、必要不可欠という訳ではないと思っています。そういう特殊な能力がなくても、多くの人の人生を深いところからサポートし、変化する勇気を与えている素晴らしいカウンセラーは沢山いらっしゃいます。とっても当たり前のことかもしれないけど、心理的なカウンセリングに本当に重要なのは、その人の愛情の深さと懐の深さと成熟した人格です。そして、そういう質をもっている人は、相手に今、何が必要なのか、霊感なんて大げさなものでなくても、直感的に必要な情報を得ています。そして、それを相手が受け取れるように愛情をもって伝えることができます。霊感が発達し、相手の様々なことを感じることが出来る人は沢山いるけれど、もし、その人が人間的にも霊的にも成熟していなければ、その能力は、本人にも、その人の周囲の人たちにも余り役にたたないし、逆に使いこなせないために危険な武器にもなってしまいます。自分の道具箱の中に何があるかは知っているけど、その使い方が分からない状態で、単に土を少し掘って苗木を植えるだけの仕事なのにスコップではなく電動のこぎりを出してきてしまうようなものです。私は自分の霊感を磨こうとしたことはほとんどありません。そういう能力を持つ人を羨ましいとも思ったことはありません。自分自身がその能力をきちんと取り扱えるような力をつけることの方がずっと大切だと思っていたからです。多分、過去生でいろんな経験をしてきたので、今回の人生では最初からそれが分かっていたのだと思います。「自分の人生を豊かに、そしてより愛と幸福に満ちたものにしてゆくこと。」それが、質の高いカウンセラーとなってゆくために、最も大切な心がけだと感じています。カウンセラーとしてサポートすることをライフワークのひとつとして決めてきている人は、その為に必要な能力と経験を身につくような事柄、レッスンが常に人生に起こります。だから、どうやって自分を訓練したらよいかと考える必要はないのです。日々、自分の人生に起きる事柄に大切に愛情をもって取り組むことで最も自然に宇宙の大きな流れにのり、行くべき場所、やるべきことまで運んでもらえます。
2005.01.27
実は、肉体的にはハワイから帰国してからずっと身体がだるくそのせいか気分も晴れ晴れという感じではありません。なので、身心共に癒されるようなことを求めてやってきました。例えばマッサージを受けたり、ダンスを楽しんだり、猫に遊んでもらったり。。。でも、それとは別に、最近カウンセリングをさせていただきながら自分の中の何かが癒されていっている感覚があります。カウンセリングをする時に感じていた、緊張感や不安が前よりずっと減りました。ちゃんと上手くいくという、自分と宇宙に対する信頼感が少し高まったのでしょう。でも、やっぱり確信を得られないで揺れ動く部分は常にあります。それはとっても人間的な状態ですね。人間の体験をしているんだなあって、そう思うとふと笑いがこみ上げてきます。
2005.01.26
お金で幸福は買えない。だが、幸福を買えるのではないかという幻想を買える。-無名の賢人昨日、TVでアメリカで大富豪になった日本人たちの紹介をしている番組を見てから、いろいろ思うことがありました。「働かないって、ワクワクしない?」アーニー・J. ゼリンスキー (著), Ernie J. Zelinski (原著), 三橋 由希子 (翻訳)前にこの楽天日記でもご紹介した本ですが、これを部屋の本棚で目にしたので手にとってみると、私が今、疑問に思っていることの答えやヒントが沢山載っていました。前に一度読んでいたのですが、その時とかなり心境や状況が変化した今、改めて読んでみるとまるで初めて読むような感覚で「ふーーーん」と頷けます。私は自分のやっていることに対して、常に心の中で質問してみることにしています。「これは、有り余るほどのお金を手にしている状況でもやるか?」「これは、余命いくばくもないと分かっている状況でもやるか?」前者はお金に対する不安を動機としてやっていないか確認するため、後者は優先順位、つまり一番やりたいことをやっているかどうかの確認です。それは、将来に対する不安を動機としてやっていないか確認するためでもあります。そして、常に両方YESと答えられることだけを、選択するようにしています。特に仕事と呼ばれる、金銭的な報酬を得るようなことに対しては慎重に確認します。今の私にとっては、スピリチュアルカウンセリングの仕事です。「これは、有り余るほどのお金を手にしている状況でもやるか?」「これは、余命いくばくもないと分かっている状況でもやるか?」今、この瞬間は、両方の質問にしてYESと答えられます。もし、NOであれば出来る限り早くやめる必要があります。その場合は、すでに私が進むべき新しい道や活動が、準備されているということだからです。もうすでに卒業したことには感謝とともに別れを告げとりあえず、何も見えないところへ信頼して飛び込みます。それは、先が見えなくても、いらなくなったものをとにかく捨ててしまう方が早く自由になれるので、早く次の新しいものに出会えるからです。でも、私も全ての怖れから解放されている訳ではありません。時に、怖れから自分の魂があまり望んでいないことを選択してしまうこともあるでしょうし、あるいは、自分が成長することによって、今までは楽しんで喜んでやっていたことなのに、徐々にそれを楽しめなくなってしまっている場合もあります。それでも責任やら、しがらみやら、過去の記憶に執着したりしていると、なかなかその行動を止めるタイミングがつかめず、感情的に重く辛くなってきます。そんなときにも、出来るだけ早く自分の感覚の変化に気付いて、新しい感覚に合った行動にしてゆくために、この問いは私にとってとても役立つものなのです。また、「自分が最も楽しいことを、自分の生活の中での最優先項目にする」ということも、感情のバランス、心の健康を保つためにとても大切だと思っています。もちろん、責任のある大人なら、そう出来ない状況にも出会います。そんな時は、「自分の最優先項目に選んだことについては、可能な限り楽しみながらやる。」という風に逆に考えて、楽しめるように工夫します。そういう、日常生活の中での、考え方のコツをひとつひとつを会得してゆくことが、いつか揺ぎ無い確かな自分への自信につながってゆくのだと感じています。
2005.01.25
今日は、とっても感動した瞬間がありました。何気ない日常のなかのひとコマなのですが、ある曲が入った音楽CDが欲しくてお店に行き、店員さんに作曲者と曲名を伝えて場所を聞くと、クラシック担当?らしい男性の店員さんの所まで連れて行ってくれてそこで彼を紹介され、その彼に改めてその曲の情報を伝えると、迷うことなくツカツカと歩いていくつかCDを手にしてその中から私が探している曲が入っているものを素早く見つけて手渡してくれたのです。彼に心からの感謝の思いを伝えて、レジに向かいました。ほんの2,3分のことでしたが、いたく感動してしまいました。彼にとっては当たり前の仕事をしただけなのかもしれませんが、彼がとても音楽が好きで、いかにも沢山のCDを聴いていそうで、自分の仕事を楽しんでやっていることが伝わってきました。自分が大好きなことで、人の役に立つ。自分の才能を生かして、人の役に立つ。そういうことが、いかに素晴らしいことなのか、理屈ではなく、身体でその素晴らしさを体感したという感じでしょうか。お店から出て、本当に感動して目がウルウルしてしまいました。宇宙ってなんて素晴らしく完璧なんだろう。皆が自分の大好きなことをすることで、最も他の人の役に立つように出来ているんだ。今までより、もうひとつ深いところでそれを納得した感覚です。歌の先生ダンスの先生マッサージをしてくれる人私の身近にいる人たちも、皆、自分の心が惹きつけられるものを大切にしたからこそその分野で人より抜きん出た才能を開発することができたし、その能力や技術を人に提供することで自分もそこから喜びを得て、また多くの人を幸せにしているのです。自分はどうなんだろうと考えました。私はどんなことに興味をもって、どんな才能を開発してきたんだろう。「自分に起きるどんな状況でも自分に苦痛を与えず、できるだけ幸せな気持ちを保つ」ことかもしれません。スピリチュアリズムはそれが出来るようになるためのツールでした。世の中には、スピリチュアルリズムなど全く知らなくても、そういう生き方が出来ている人たちがいます。でも私にはこのツールが必要だし、未知の世界への扉を開いてくれる素晴らしいものに思えます。私が得意なのは、「内面的に幸福でいること。」人のエネルギーを読んでリーディングしてゆく能力は自分がそのことに取り組む過程で自然に身についたものです。そして、他の人にその技術や能力(考え方)をシェアするようになってからますますそのリーディング能力は磨かれてきたようです。そしてこれからはそれだけではなく、「内面的に平安でいるのは当たり前、心の平和を保ちつつどんどん自分の望んでいることを現実にして、人生の可能性を拡大させてゆく」という能力に目覚めつつあります。そういうことにとても興味があり、そのことを考えたり、研究や実験したことを文章にまとめたり。。。人間の意識の可能性を追求してゆく取り組みにに飽きることはありません。まるでダンスが好きな人が、毎日ダンスのことばかり考え、それを中心に生きているように。。。私は、「人がどうやったらその人らしく幸せに生き、そしてその人の夢を実現してゆけるのか。」というテーマについてカウンセリングなどを通じて毎日考え、研究、実験、発表しているみたいですね。(笑)自分の興味や関心を人と分かち合うことで、私自身のそれに対する能力もどんどん高まってくるようです。人って本当に個性的で面白いと思います。あなたの大好きなこと、何ですか?それは、必ず多くの人に必要とされています。
2005.01.23
今日は夕方、ハワイお土産の珈琲とチョコを用意して、夕日が落ちるのを部屋からひとりで眺めることにしました。珈琲カップもいつものマグカップではなく、ガラス戸棚に飾ってあるちょっと洒落たカップとソーサーを使うことにしました。こんなことしたのは初めてかも。今まで家の窓ごしに夕日が落ちるのを眺めたことは何度もあるけど、もうちょっと意識的に「上質な時を楽しむ」感覚を味わおうとしたのは。これは、多分ハワイ島の友人宅で、絵葉書にそのままなりそうな素晴らしい景色が見えるラナイから毎日のように夕日が落ちるのを見ることが習慣になっていたからだと思います。まだ帰国したばっかりなので、そういうゆっくりしたハワイ時間と感覚が残っているのでしょう。この感覚、失わないように気をつけたいと思います。今、この感覚をしっかり保っているからこそ、分かることがあります。それは、私たちが何故苦しいのかということ。そしてどうしたらその苦しい状態から脱出できるかということ。それはとてもシンプルなのです。全ては完璧で、どの人のどの時点での人生も完璧で誰ひとりとして間違った選択をすることもなく、ただ常により成長するために必要なことが必要なときに起きている。苦しみは、それが信じられないで、自分がどこか間違っていると思い込んでいてそれをどうにかしようと頑張ってしまうことから起きているのです。不幸そうな人を見てください。皆一様に何かに頑張っています。あるいは頑張ることに疲れて絶望感をもちつつも起きることに抵抗しています。完璧でしかない自分や状況や出来事を不完全だと思い込みそう見させてしまう歪んだ信念は本人に恐怖を与えます。解決方法は、ただそれを捨てるだけです。完璧ではないという思い込みを捨てることだけです。でも私たちはそれを捨てることは死ぬこと以上に怖いことだと人から教わり、それを信じてしまったのでなかなか捨てられません。捨てられない間は、苦しみは続きます。人が本当にそれを捨てられるのは、もう死んだほうが楽だと思えるほど苦痛が大きくなったときです。自分はなにひとつ変わる必要もなく、今まで何一つ間違ったことを選択したこともなく、これからも、何を選ぼうと、どう生きようと、誰も間違うことはない。今この瞬間の自分、そのままの自分で完璧すぎるほど完璧なのだと。私たちはそれを思い出すために、いろんなことを自分の人生に起こしているだけです。知識としてその言葉を知っていたとしても、もしその人の人生に苦痛があるならば、本当には信じていないということです。あるいは更に深くそれを理解する必要がある時期に来ているのかもしれません。なんというトリックなんでしょう。それは「幸せの青い鳥」の童話そのものですね。探して探して、探しぬいて。。。そして結局は何も探す必要はなくていつでも欲しいものは家にあったのだと気付く。。。苦痛が襲ってきたら、「そのままでいいんだよ」と優しく自分に語りかけてあげてください。魂はそれが分かっています。だから魂はその言葉に反応します。本当にその通りだと、理屈ぬきに最初からそれが真実だと分かっている部分。それがあなたの魂、それが本当のあなた自身です。
2005.01.20
最近、OSHOカードを使うときに「CONDITIONING 条件付け」というカードがよく出てきます。そして、カウンセリングをしていてもこの「CONDITIONING 条件付け」という言葉について考えさせられます。私たちのほとんどは、生まれて育ってゆく過程で「CONDITIONING 条件付け」されてしまっています。今の日本で、「自分らしさ」が分からないという人は沢山いますが、それは「CONDITIONING 条件付け」されてしまった状態だからです。私たちは「自分らしく」生きる以外の生き方などできないように創られているのに、なんてヒドイ状況でしょう。。。まるで手足を縛られ、目隠しをされている状態です。条件付けから解放されてゆく過程はまるで長い眠りから覚めてゆくような感じだと、よく本にも書かれています。最初に自分らしく生きていないことによる苦痛が生じて、それから逃れようとしてもがき、そこから解放される道と答えを求め、そしてついに時がきて、真実と思える答えがストンと腑に落ちると本当にハッとして、目が覚めた感覚になります。それを何度でも何度でも繰り返してゆくと、もう最初に苦痛を感じることはなくなります。でもそれで成長が終わるのではなく、苦痛を必要としない学びが始まるだけです。苦痛や恐怖感に背中を押されなくても、更なる可能性、より大きな愛などを求めて積極的に冒険し、より自分らしい生き方を探れるようになります。どうやったら、人から押し付けられた自己像を捨て、本当の自分の姿や価値に気付くことができるのでしょうか。私が今までの人生でずっと取り組んで考えてきたテーマです。だから、それを言葉にして人に伝えたい欲求があり、このカウンセリングという仕事をしているのだと思います。もし、一言で「どうしたら自分らしさを見つけられるか」に答えるとしたら「人の言葉は決して鵜呑みにするな。99%は嘘っぱち。自分が体験して、そこから得たルールだけを信じよう。」というのが本音です。「あなたよりあなたを知っている」と言う人は、例外なくとても危険人物です。それは嘘だから。そして嘘を使ってあなたをコントロールしようとしている可能性があります。宗教の教祖じゃなく、たとえ恋人だってそうです。そういう相手からは遠からず逃げたくなるでしょう。そしてその言葉を信じてしまうことはあなたにとって、かなり危険なことです。まるで道を知らない人に道案内を頼むようなものだから。どこへ連れて行かれるか分かりません。あなた以上に、あなたのことを知っている人はいないのです。人が、自分の進む道を人に案内してもらおうと、力を預けたとたん「CONDITIONING 条件付け」のプロセスがはじまります。でも、私たちはこの地上に誕生したときは、肉体的には無力な赤ちゃんなのですから、人に世話をしてもらって、この地上の様々なことを教えてもらわずに生きていくことは不可能です。だから、皆「CONDITIONING 条件付け」された大人に影響されて「CONDITIONING 条件付け」されてしまいます。でも大人になるにつれて、自分さえ望めば、精神的な意味で人に依存せずに自立して生きてゆけるようになります。「CONDITIONING 条件付け」を解いてゆくチャンスは無限にあることに気付きます。未成熟な大人こどもを卒業して、精神的に自立して、自分に対して100%の責任をもつことを決めたら「CONDITIONING 条件付け」を見抜く鋭さと賢さが身についてきます。それは、最初は大変でも、徐々に楽しい作業になってきます。ひとつ見つけるごとに、手足が自由に動くようになる感覚です。自分らしさは自由という感覚です。それは、「心のリハビリ」ですね。でも一度、自分らしくいるという自由を失った辛さを充分味わった人は、もう自分らしさを手放すことはないはずです。最近、「CONDITIONING 条件付け」というカードが目につくのは、この言葉を意識して、様々なことに取り組むように言われているのかもしれません。
2005.01.19
どうやったら再びハワイに来れるようになるのか。お金のあてはなかったので、最初は「どこかの抽選でハワイ旅行が当選するのかも!!」と、真剣に思ってました。(笑)今でも当たれ!!と思っていますが。。。でも、実際ハワイ旅行が当たるチャンスがあるクジをひく機会もあったけど、残念ながら当たらなかったです。。。宇宙はどういう形で実現してくれるのかしら?この際、じたばたしても仕方ないので、楽しみに奇跡を待とうと思っていました。一番現実的なのは日本に帰国してからカウンセリングの仕事が増えその結果、旅行費用が手にはいるということでしたが、それはその時はなぜか思いつきませんでした。なぜそのことを願わなかったかというと、カウンセリングの量を増やすことは別に自分にとってそれほど喜びではなかったからだと思います。夢を実現する途上に、無理や我慢があってはいけないと思ってます。楽しいことを積み重ねながら気がついたら実現してた。そういうルートだってあるんですから、私はそちらを選択したいのです。カウンセリングは私にとって決して嫌なことではありませんが、歌の練習のように単純にとても楽しいという種類のものではありません。でも今の自分に必要な勉強という感じです。だから収入を得る必要もなく、何でも好きなことが自由にできるとしても、やっぱり今、私はカウンセリングをしていると思います。もちろん相手の方が楽になっていく姿を見るのは嬉しいことですが、嬉しいのはその瞬間だけで、実はちょっとするとその記憶は消えてしまいます。でも歌の舞台のその楽しさはいつまでも記憶に残ってます。それは多分趣味だからですね。でも改めて考えてみると、カウンセリングの申し込みが増えることで、次回のハワイ旅行も含めた経済的必要性が満たされるということなので、本当に嬉しく有難いことです。それに実際にカウンセリングの量が増えても、意外と私は楽しんでやれてます。自分が願ったことはやはり、奇跡的な方法でサポートされるみたいです。旅行中、カウンセリングについての宣伝をしたわけでもなく、楽天日記をこまめに更新していたわけでもないのに、カウンセリングの申し込みが増えるたのは、私にとっては奇跡です。でも、多分HP担当のアキちゃんがいろいろとアクセスアップの工夫をしてくれていたのでしょう。彼女はアクセスアップのプロですから。アキちゃん本当にいつもありがとうね。これからハワイにいってまたどんな体験が待っているのか想像もつかないので、逆に何も期待してないのですが、でも勇気をもって夢に近づく一歩を踏み出したのですから、夢が現実になるプロセスもその分きっと進んでゆくようなことが起きるでしょう。昨年6月末から1ヵ月半のアメリカの旅昨年12月15日から1ヶ月のハワイの旅どちらも私にとっては冒険でしたが、決めるのに勇気が必要だったことはそれを成し遂げたあと、自分への信頼感と自信が確実に強まります。ハワイから帰国してから1ヶ月もたたないうちにまたハワイに行くというのも、私にとってはちょっとした冒険なので、このことを決めたことで、またちょっと自分に自信がついた気がします。
2005.01.18
実は予想もしていなかったのですが、13日にハワイから帰国してから、今までにない量のカウンセリングの申し込みが来るようになりました。ハワイにいるとき、帰国したらカウンセリングの量を増やしたいとは全く考えていなかったし、実際カウンセリングについてはほとんど思い出すことさえなかった程、意識から薄れていました。それよりも自分がハワイ滞在中にイメージしていた願望は、例えば、海外と日本を自由にいったり来たりできる生活、ホテルでも自宅からでもいいんだけど、窓から緑と海と空の広がる景色の場所で暮らす生活をこれからも続けたいということ。スピリチュアルな活動を一緒にしてゆくパートナーシップを創ること。などでした。それらのイメージしたことが、どんなルートを辿って実現してゆくかはこの三次元にいる私たちには分からないし、また知る必要もないと思っています。自由意志で自分がこれから行きたい先を決めるのは三次元にいる私たちの役割。そしてそれをどうやって現実化させるかを考えるのは霊界の人たちの役割。(霊界の人たちといっても全てはひとつなので、自分の魂だともいえるのですが)そう思っているからです。「夢を描いて、その実現を信じて行動し、そしてそれが現実化してゆく奇跡を味わう」のが「人生」だと、今の私は感じています。だから地上界と霊界で役割を分担しながら、お互い喜んで楽しんで感動しながら、最高のコンビネーションで創造の仕事をしてゆきたいと思っています。ところで、上記の願いのうちのひとつ「海外と日本を自由にいったり来たりできる生活」の夢実現の一歩になるかもしれない、新たな冒険をハワイ滞在中にしてみました。友人が2月9日にハワイ挙式をすることになったので、それに参加するために2月7日から12日まで、再びハワイに行くことにしたのです。それが何で私にとって冒険だったかというと、その時点での「宇宙と自分に対する信頼の限界」を超えてさらなる信頼感をもたないと実現できないことだったからです。なので、それを決めるまでかなり迷いました。それは主に経済的な不安からです。なにしろ、1ヶ月もの長期の海外旅行の後です。今回の旅行でほとんど貯金はなくなっています。しかも海外で使ったクレジットカードの多額の請求書はほどなく送られてくるでしょう。ギャッわざわざハワイにまで行かなくても、日本でもお披露目のパーティはするでしょうからお祝いの気持ちは伝えられるだろうし、友人も無理する必要はないからねと言ってくれていました。本当に参加してその後大丈夫かしら?これってただの我侭な贅沢なのかしら?こんなに迷ってるのに無理する必要があるのかしら?新婦以外、ほとんど知らない人たちばかりなのに、つまらない思いをしないかしら?これは冒険?それとも無謀な行動???経済的不安で気持ちがぐらつくと、行かなくてもいい理由はいくらでも見つかりそうでした。そのためにハワイ挙式に参加することをなかなか決断できずに迷いました。そこで、ハワイ滞在中のある日、この件についてOSHOカードを使って魂からのアドバイスを得ることにしました。参加するかしないか、どうしたらいいか心で聞いて一枚ひいてみると、なんと「Participation] (参加)というカードです。あまりにぴったりのカードだったので、びっくりしました。こんなにはっきりと指示が出たのですから、次の瞬間に迷いは消えました。「そっか、とにかくまたハワイに来なきゃ」魂から、とにかく参加することに意義があると言われたと感じたのでそうすることに決めました。経済的には余裕はないし、確実なあてもないし、状況としては綱渡りのように見えますが、魂の言葉が参加しなさいということなら、参加できる状況はすでに準備されているということです。あとこの地上での自分ができることは、本当にやりたいことは必ず宇宙からサポートされ実現できると信頼しつづけてその準備された状況を現実化させることでした。経済的な心配や不足感で、自分のやりたいことを諦めるというのは、私が今、もっともタブーにしていることなので、「迷ってないで参加しなさいよ。」という魂のアドバイスはとても納得できるものでした。それでその日のうちにハワイからインターネットで旅行の申し込みをしました。そして帰国してから、その費用も旅行会社にとりあえずカードで振り込み、あとは宇宙を信頼しつつ起きることに身を任せる日々です。
2005.01.17
最高の贈りものあなたが他人に分け与えるものの中で最も素晴らしいのは、繁栄をもたらす法則、すなわちゴールデンルールの存在を伝えることです。この知識を得た人は生涯不幸に嘆くことはないでしょう。ジョセフ・マーフィー今日はこの言葉についてもう少し深く言葉の瞑想をしてみたいと思います。ここ言う繁栄というのは、もちろん金銭的な意味だけでなく、物質的、心理的、霊的「豊かさ」という意味だと理解しています。繁栄をもたらす法則がゴールデンルール(黄金律)なのは、私たちの本質的な姿である「魂」はもともと繁栄と豊かさの固まりみたいなものだからです。だからそれを当たり前に受け取っている状態が最も無理のない自然な状態ということです。例えば私たちは眠るときには身体を横たえた姿勢をとります。そうでなければなかなか休養をとることができないでしょう。でも私たちはいつの間にかまるで歩きながら休養を取ろうとしている人のようにとても不自然で難しい生き方をするようになってしまいました。私たちは自分の人生の創造主です。創造主だから創造欲求があります。しかも創造できることに限界はありません。別の言葉でいうと「どんなことでも欲した体験ができる」ということです。それを信じられるようになることが、創造者としての目覚めです。それまでは自分が創造者だと忘れてしまった意識だけで生きているので、恐怖感と無力感が感情の中心となります。創造者として目覚めると、今度はその恐怖感や迷いを自分が創っているのだと気付くことができるので、望まない感情を生じさせる状況を選ばなくなるし、同じ状況でも別の感情を選ぶことができるようになります。さらに創造者として目覚めてゆくにつれて、自分の欲する体験、欲しない体験も自分の人生でどうやって創造しているのか、そのプロセス(手順と仕組み)を理解しはじめます。そうすると自分の人生に現実に起きること、起きないことを意識的にコントロールできるようになってきます。その創造のプロセスは宇宙のルールに則って起こすことができます。私たちが自分の心で思い描くことでイメージの種をつくり、その思いをもち続けることでその種にエネルギーという栄養を注ぐことができついにはその種はこの地上で目に見える現実として誕生する。という非常にシンプルなものです。マーフィーはそれを一言で「あなたの人生はあなたの思い描いた通りになる」と表現しています。そして、彼は「ゴールデンルールを自分のものにするためには、この法則を信じるだけでいい」とも言っています。信じなければ、思いをもち続けることが難しい世界だからです。このプロセスを一度でも意識的に利用して欲しいものを手に入れる(出来たら難しいと感じているもの)ことに成功すれば、自分の創造主としての力と可能性に自信がつくし、コツが分かってきます。もっともっと試して、この方法に習熟したいと願いはじめるはず!!と思うのですが、現実的にはそれほど多くの人が意識的にこのプロセスの習熟に取り組んでいないような気がします。それは、やっぱり「この法則を信じる」というところにかなりの難しさがあるのでしょう。「そんなことは話が上手すぎて嘘っぽいから信じられない。」と思ってしまうのかもしれません。私もこのプロセスの習熟に意識的に取り組めるようになるまでは多くの経験と学びの積み重ねが必要でした。過ぎ去ってしまうと、その過去の状態については記憶が薄れてしまうのが不思議です。創造のプロセスに習熟するレッスンほど、楽しく刺激的なものはありません。これは歌が上手に歌えるようになる、あるいはダンスがよりかっこよく踊れるようになるという楽しさと同じ楽しさですが、起きる変化のスケールが違います。最高のエンターテイメントであり、遊びです。だから私は自分でもこの楽しさを味わい習熟しながらも、是非この楽しさと素晴らしさを他の人に伝えてゆきたいと思うのです。確かにこれは私が他人に分け与えるものの中で最も素晴らしい「最高の贈りもの」です。
2005.01.10
ハワイ滞在もほぼ終盤を迎え、あと残すところ2日となりました。帰国してからのスピリチュアルカウンセラーとしての仕事についても思い出し始めているという感じです。そして、急ですが毎週月曜日の夜に開催していた「月曜ビタミンの会」という交流会を1月末で一旦終了することにしました。帰国してからは1月17,24,31日と3回「月ビタ」を開催して、2月に入ってからは毎週ではなく、曜日も決めずに不定期開催にしたいと思います。この後、もしかしたら、月に一度位のペースで開催するかもしれませんが、今のところ予定を立てていません。今までで通算73回、私が昨年の夏に1ヵ月半アメリカ滞在をしていた期間を除いてほぼ毎週開催してきました。2年前の4月に始めたので、もうすぐ2年になります。月ビタを始めたのは、私がスピリチュアルカウンセラーとして仕事を始めて間もない時期で、最初は友人のマダム溟(メイ)さんと2人でゲストの方をお迎えしていました。個人カウンセリングの申し込みの数もまだとても少なくて、どんな形でも人と関わり、何かしらのサポートをしたいという2人の共通した思いからこの交流会を始めました。その後、メイさんは家がとても遠いなどの理由から来られなり、私一人で開催するようになってから1年は経ったでしょうか。さまざまな方のサポートのお陰で、徐々に個人カウンセリングの申し込みの数も増え、月ビタという場以外でも毎日様々な方と関われるチャンスが出来てきました。特にHP担当のアキちゃんにはお世話になっています。有難う。そして皆様のお陰です有難うございます。個人カウンセリングと月曜ビタミンの会という交流会では、相手の方との係わり合い方が違いますが、どちらもそれぞれとても意義深く、充実感を感じさせてくれました。今回、月ビタを一旦終了しようと思ったのは、個人カウンセリングの量が増えて忙しくなってきたこと、これから長期に海外に滞在することが多くなりそうなので定期的な催しが難しくなってきたこと、文章を書く時間をもっと増やしたいと思い始めたこと、仕事の量を減らしてよりリラックスして変化に対応できる状態にしたいと感じていること。など、まだ色々とあるとは思いますが、最終的にはなんとなくその時期だと感じるから。。。です。先に進む為に今までのパターンを変えてゆく必要を感じています。ほんの少しづつですが、どんな風に人生を変化させたいのか見えてきた部分があります。あまりに今までの生活と違いすぎるイメージなので、どう対応してゆくのかまだ分かりませんが、そのうちどうにかなるでしょう。そう思うしかありません。(笑)今晩あたり、寝ている間に魂からのメッセージを受け取れるかもしれません。
2005.01.09
元旦のパーティーの後、ほぼ1週間後ですが昨日も別の家でほぼ同じメンバーでパーティーがあり参加してきました。そのグループは、女性が日本人で男性がハワイかあるいはアメリカ本土出身のアメリカ人という組み合わせが多いです。「コミュニティー」「地域社会」「ネットワーク」ハワイ滞在の最後の地のハワイ島では、そういう言葉が意味する人間関係を体験しています。日本では、コミュニティーと呼べるような人間関係はほとんど創ってきませんでした。自分がそれを避けてきたからなのかもしれません。あるいは都会生まれ都会育ちなので、そういう地域社会とは縁が薄かったせいでしょうか。日本での生活は、両親もまだ健在で様々な面でサポートしてもらっているし、何も困らないし寂しくもないし個人的な友人が少数いればそれで充分だと感じていました。海外に出ると、異文化の中にいることで、自分が日本人であることを意識します。それが新鮮でもあり、刺激的な部分でもありますが、同時に、言葉の面でも知識の面でもとても不自由感があります。だからこそ、長期で暮らすのであれば、お互いに助け合えたり、情報交換できたり、密接に交流できる友人グループはとても必要になってくるでしょう。私自身、海外で暮らすのなら、日本人がいるコミュニティーと関わらなければとてもストレスがたまってしまうような気がします。私の伯母は20代前半にアメリカ人の夫と渡米して、その後アメリカ本土で50年以上暮らしていますが、彼女の友人は白人女性が多いようなので、改めて強い人なのだなあと思います。昨年訪問したサンフランシスコでは日本人が多くいるので、日本人コミュニティーがしっかりあって、日本の食文化やら伝統文化が受け継がれていました。今、お世話になっている友人夫妻はハワイ島のコナという地域に住んでいますが、ここでも沢山の日本人が生活していて、コミュニティー(友人のネットワーク)ができています。ここで、こんなに沢山の日本人と会えるとは思っていなかったので、ちょっとびっくりです。海外で、日本人コミュニティーとのつながりを保ちつつ生活するということもできるのですね。日本人が海外に住むということについては今まで伯母や少数の伯母の友人の例しか知らなかったので、本当に限られた知識しかなかったのですが、このハワイで、様々な人と出会うことによって視野が広がりました。本当に今まで出会ったことのない人たちが沢山いて、知らない生活を送っている人たちがいます。日本では気がつかなかったけど、一歩日本を離れると、世界は私の知らないことだらけでした。きっと日本にいても私の知らないことだらけだったのでしょうが、自分が知らないことさえ気がついていませんでした。この体験は日本に帰国してから、何らかの逆カルチャーショックになるような気がします。日本で生まれ育ち、いろいろありながらも家族に守られながら育ってきた私が、あまりにも当たり前だと思い込んでいて認識さえできなかった様々なことに気付くことができると思います。一回の人生で体験できることなど、どんなに変化を求めたとしてもかなり限られています。私は日本で生まれ育ったのですから、アメリカ、フィリピン、中国、韓国、フランス、イギリス、などなど他の国で生まれ育った人たちの経験は求めてもできません。そして本当に世界でただひとつの家庭環境の中で、宇宙にただひとつの個性をもって生まれ、育まれてきたのが私です。そして誰もがそういう存在です。そして今、この瞬間、変化しつづけています。世界で、宇宙でただひとつのユニークな存在だからこそ、その人だけの体験とそして味わえる感覚と、貢献できる何かがあるはずです。この人生を選んだ意味を探りながら、さらなる冒険をしてゆきたいと思います。
2005.01.08
今日から帰国まではゆっくりとスローダウンした日となりそうです。というのも、お世話になっている友人夫妻は2人とも会社勤めが始まり私は昼間は一人でこの素晴らしい景色を眺めながらお留守番となります。リクライニングチェアーに寝そべって好みの音楽をかけ、珈琲を飲み、読みたい本を読みながら時々むくっと起き上がってはPCのキーボードを打ちます。一人だけでいるときは、自分の気持ちを整理したり、想像力を膨らませて夢をイメージする時間です。今回の旅の今までの行程は、毎日様々な刺激の連続だったので、起きていることの理解を自分の内面の深くにまで落としてゆく作業が間に合いませんでした。これからは今まで起きたことをしっかりと感じながら取り込み、OSHOカードに助けてもらいながら、自分の内面から出てくる質問や感情的にひっかかる部分、気になることにひとつづつ答えを出してゆくことにします。「これから私は何をどうしていったらいいのか?」「自分が本当にしたいことって何なんだろう?」「それはどうしたら叶うんだろう?」「迷っているあの件はどう取り組んでいったらいいのかしら?」どの質問にもカードは的確に答えてくれます。でも腑に落ちるというのは、その答えが自分の一部として感じられるほど納得するということで、多少時間がかるし、更に理解を深める取り組みを続けていく必要があります。いくつかカードをひいた中で、とっても癒されたものがありました。「私が他の人に貢献できるユニークな特別な個性や才能は何だろう?」という問いに対して「THE SOURCE」のカードが出てきました。「地に足がついていて、中心に定まり自分の内面にあるエネルギーと繋がっていること」を意味するカードです。その源とつながることによってどうなれるのかを更に質問してみると執着がなくなり、起きることに抵抗しなくなる分離は幻想で、すべては平等でひとつのものだと知る自分で何かを起こそうとする必要がないことを知る夢や願いがはっきりと自覚できたときは実現するまで集中したエネルギーを注げる焦りや追い立てられる感覚から解放され、ゆったりとした意識を保てるポジティブなことばかり追い求めることがなくなり、喜びも悲しみも全て受け入れそれらを気付きを深めるために使うことができるそうして最後に出てきたのは「成熟」のカードで機は熟している。あなたは自分の内なる豊かさを分かち合う準備ができているあなたはただリラックスして分かち合う機会が自分に訪れるのを待っていればよいということでした。ゆったりと自分と向かい合う時間が少なかったためにどうやら自分に対する信頼や自信も失いがちだったようです。これらのカードにとても励まされ、自信をとりもどすことができました。明日もまた自分を受け入れ、愛する作業を続けてゆきたいと思います。
2005.01.04
あけましておめでとうございます。ついにハワイでも年があけました。カウントダウンは友人夫婦と一緒に、そのまた友人の日本人夫婦のお宅へいき、一緒に年越しソバをいただき、年あけの花火をベランダから眺めながらワインで乾杯し、そして元旦の今日は昼すぎからニューイヤーパーティーがあります。お世話になっている友人宅で、知り合いが集まり一緒に新年を祝うパーティーで、総勢50人から60人集まるそうです。確かにかなり広いおうちですが、いやー日本では考えられません。。。びっくりです。主に日系のひとたちが集まるそうなので、朝から正月料理をつくったり食べたりしています。私も少しお手伝いしています。このお宅は高台にあるので、窓からの景色は本当に素晴らしく見渡す限り海の水平線が見えます。昨日は到着したばかりだったのでバタバタしてあまりゆっくり感じる余裕はなかったのですが、今日は朝起きてから、自分の創りだした現実にとまどっています。あまりに素晴らしい景色と状況を前にして、自分でもあまり自覚がなかった望みがいきなり目の前で叶ってしまったことに気がつきました。素晴らしい自然とこういう親しい仲間とのパーティーや交流。多分、私はこういう生活をずっと願っていたのかもしれません。。。でも東京や横浜あたりだとなかなか難しいんですよね。家もせまいし、人もみな忙しいし。こういう生活いいよねえ。今年はこういうことが当たり前に感じる生活を手に入れたいと思います。
2005.01.01
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