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忘れてたよ 君に会うまでは 何もかも褪せた色になっていて 君の為に何が出来る? こんな僕が少しはまともに出来る事... しばらく埃かぶっていたギターをもう一度 おぼつかない手つきとありふれた言葉だけど 君の為に歌う 君のその優しく そして少し寂 しげな瞳を もう二度と曇らせはしない いつの日の君より 眩しい瞳を手に入れて 投げ出してた 君に会うまでは こんな気持ちをありがとう 君の為に何が出来る? 君の心がいつも笑ってられる様に 僕はいつも、いつまでだって君を見てるよ だから君を傷つけた過ぎた日は忘れてしまえって 今、君に歌う 君のその優しい... だけど少し寂しげな瞳をもう二度と 喜び以外で濡らしはしない様に ずっと、そばにいるよ
2006.08.31
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眠い・・・昨晩は帰宅後に目が冴えてしまい、1時間半しか眠れなかった。今日の仕事は早く終わったけど、相方を職場に迎えに行くのは22時。 変に寝てしまうと起きれない気がして、結局今まで起きている始末であります。 目が重くて重くて、ひどい顔になってそう。 多分、うる星やつらのチェリーみたいなイメージ? ですからして、今日もたいした事を書けそうにないので、会社の個人用パソコンの忘れ去られたフォルダから出てきた掘り出し物を載せたいと思います。 なんと「オリジナル曲を作ろう」と思って書いた詩。当時は家にプリンターがなかったので、会社のを使った。その時に編集でもして保存してたのか? それも相方と付き合い出した頃の、そんな内容の・・・会社で何してますのん、おれ。ハズカシ。
2006.08.31
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皆さん一日終わりましたか?今日、僕は25時くらいまで仕事・・・眠い!只今休憩を利用して書いてますが、二人勤務なので落ち着かない。ちょっとソワソワ気味。(ばれないかな?という意味でね)あまり時間もないのでまた明日、ゆったりできる時間に書こうかな。(なんか前も似たような記事があったよなぁ・・・なんて思いながら、さようなら)
2006.08.30
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今日は二人とも休みだったので、月に一度行く事にしている、室内スキー場に出かけた。しかし、相方はスキーもスノーボードもやらない。行き帰りの車中が楽しいので強引についてきてもらったのであります。 当然、僕が滑っている間は待ちぼうけ状態になる。その代わりに「メシおごり」&「テーマパークツアー」を約束した。 きたよ、遂に「私をテーマパークにつれてって」・・・人目、暑さ、混雑etc、不得意分野でございます。行く頃にはせめて涼しくなってる事を願いたい・・・ 休み合うかなぁ?明日確認しよ。
2006.08.29
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後日、相方からの「あれ、飲んでくれてんのかな?」との問いに、「兄貴が持って帰ったみたいやで」とポロッと言ってしまった。 相方は大激怒の様子。 その時は何でそこまで怒るのか理解できなかった。仮に僕が相方の両親にと渡したものが、兄弟姉妹に手渡されてもそっちで楽しんでくれるなら「それもいいか」くらいに感じると思うけど・・・みたいに。 その理由は渡すまでの保管期間が長かったので、やや処分チックな雰囲気に受け取ってしまった。「勝手な解釈や感違い」でござる。 相方は、珍しいものだったのでとりあえず購入し、自分の身内か、僕の身内か迷った挙句に僕の両親にプレゼントする事を決めてくれたみたい。ロスタイムはそのせいで生まれたようです。 ホントに飲んでほしかったみたい。もしかしたら、うまく行っているとは言い難い父に対しては、特別な思いを含んでいたのかもしれない。そこまで思い入れのあるものとは思わなかった。僕の、鈍い+「考えの浅さ」でござる。 これらがケンカになって分って、やっとずれてた話のギヤがかみ合ったように感じた。うん、そら怒るわな。 僕の行動ではないにしてもせめて黙っておくとか、それなりの伝え方を考えたりしていれば・・・と思う。 また、相方が僕の両親にそんな気を使っていてくれたのは嬉しい。でもその分、痛い。 だから、母が兄に持たせたんじゃなくて、兄が強引に持って帰ったと思いたい。 たぶん相方は傷ついたんだと思う。分かってなくてごめん。 次の機会があるなら、その時は直接渡す方がいいかも。気持ちが伝わりやすいと思うから。 余談になりますが、兄がいた当日、父は既に別の酒で、蝶を追うカーロス・リベラくらい酔っ払っていたのでお酒をもらった事も知らないと思う。 特に父に渡すと喜びそう。(でも飲みすぎるんだわ、いつも) 「あ~あ。」のケンカの理由でした。
2006.08.28
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こんばんは。今日は、タイトル「あ~あ。」のケンカについて書きます。 まず、これを語る上で欠かせないアイテムは「お酒」。それは相方が旅先で買ってきたもので、僕の父と母にと各1本ずつ預かったものだった。 僕は、母にそれらを伝えて手渡した。 後日、実家によると、兄とその家族がちょうど帰るところだった。その帰り支度の荷物付近に例の「お酒」が・・・!オイ、オイ、それはあかんやろ!と言いたいところだったが、兄夫婦は相方と面識がないので、妙な空気になっても困るし・・・ うまい言葉が見つからなかった。そのまま、父と話してる間に兄家族は帰っていった。 おそらく持って帰ったのだと思う、空けてないように見えたが・・・両親達は飲まずか。せっかく相方が配った気心が、無駄になったような複雑な気分。 でも大ショックというほどでもなかった。 その理由は僕の中に、勝手な解釈や感違い、考えの浅さなどがあって(今思えばですけどね。)とりあえず納得できるものがあったから。 でも、それがこのケンカの大きな原因となりました。 ~part2につづく~
2006.08.27
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おはようございます。 26日の夜に、けっこうまじめに書いた日記が・・・消えました。ざ~んね~ん。メンテナンス中だったようです。メンテ前にページを開いて、書いてる間に作業が始まったらしく「登録」を押した瞬間にアナウンスの画面が! 1日で一番インパクトのある出来事になってしまいましたとさ。
2006.08.26
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やっと一週間が終了しました。 最近週末がちょっと楽しみになってる。それは、相方との時間があるから。 仕事でいなくても、その間に家の掃除をしたり、手料理に挑戦したり、「何かしてやれる事はないかなぁ」って考えたり動いたりしてる。 ちなみに今週末は一緒にいられる時間が多いのでとても嬉しい。(予定はないけどね) この心境には自分でも正直、驚いてる。6年目にして一番相方の事を考えてる。 相方と出会う以前も、こんな思いを経験した事はなかった。今まで生きて来た中で、一番自分以外の人のことを思ってる。 どんだけ自分が大事やったんやろうね? とは言ってもこの気持ち、いつまで持続するのかは分からない。けど、考え方自体が大きく変わった部分があるから、長持ちしそうだとは思ってる。 お互いオジンになっても一緒に居ような。想像するとちょっと怖いけど・・・ 「じ~さんや」「なんだい、じ~さんや」みたいな会話になるのか?う~ん・・・まぁ、それもいいかも。
2006.08.25
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朝晩はだいぶ涼しくなってきましたね。季節の変わり目は体調を崩さないように、気をつけないといけないですね。(とかって書きながら、すごく疲労感を感じてたりするのですが・・・) 昔は「何をしよう?」と待ち遠しかった、今は「早く過ぎろ」と願うばかりの夏。 歳のせいか、その夏もあっという間に終わりそう。 過ごし易くなるのはうれしいけど、やっぱり寂しく感じる秋。もうすぐやってきますね・・・ みなさんは楽しみました?この夏。
2006.08.24
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「あの頃楽しかったなぁ」って思い出す事、ないですか? 僕はそれに当てはまる時期がいくつかあります。 そのいずれも、いつからか盛り上がり、いつのまにか勢いが衰えていった。慣れない事に感じる新鮮さは、時間が経過するにつれて薄れて当たり前になっていくし・・・。 でも、その最中はそんな事をいつも忘れていた。 だからその時間にありがたさを感じる事はあっても、尊さを抱くことはなかった。気が付くのはいつも通り過ぎた後・・・ 「あの頃楽しかったなぁ」いつか今を振り返った時にそう思うのかもしれませんね。 常に尊さを胸に置いて、日々を過ごせるかな?忘れないように。それによってはもう一つか二つ、あるいはもっと頑張れることが増えるかも知れない。 懐かしい名前を聞いて、ふとそんなことを考えた。
2006.08.23
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こんばんは。今、日記を書こうと思っていたところ職場でなにやらトラブった様子。げろげろ・・・ 電話対応で済みそうですが、落ち着いて書けそうにないので、又明日ちゃんと書きます。 では。
2006.08.22
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今日はなかなか気持ちのよい目覚めでした。「あ~よ~寝たぁ!」みたいに。 相方の又の名は「目覚まし時計」という。(怒られそう・・・)横には相方さんがまだスヤスヤ寝ておるでござる。で、あるからして「まだ時間前か」と思いつつ、もう一つの目覚まし時計(本物)に目をやると・・・ マジっすか!? 相方さんをつっつくと、ビクッとした後「○△!□×?△!?おれ、起したで」って言ってた。記憶ね~!でも、自分でおきないオイラのせい、仕方あるめー・・・ とりあえず遅刻でござる。スミマセヌ・・・あ~あ、何年ぶりやろ? まぁ、どーにかこーにか仕事を終えて帰宅すると、今日は休みで家にいた相方が「実は起してないかも・・・覚えないねん」ってゴメンナサイ風で言った。 ぜんぜん怒ってないのにって思いながら、でもちょっとカワイカッタ。 っていうか、「自分で起きろよ!」と自分で思っておりまする、反省。あ、もうこんな時間!それでは、おやすみ。
2006.08.21
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今日は仕事オフ!でも相方は仕事・・・とほほである。久しぶりにギターを弾いてシャウトしました。ストレス解消?う~ん、どおだろ。 しばらくして買い物へ。まず、最近の心境の変化を記念?して、靴でも買おうかと思いお店へ。ワークブーツが好きなので、数年前の記憶ではその辺の品揃えが多かった店を選んだ。が、流行っていないのか、かなり省スペース化されていた。そんな中から目を引くものを発見したが、サイズがなくて残念な結果に。今回は「買うな」という事か・・・ 次に、痛んで買い替え時期がきているフライパン。おNEWを求めてホームセンターへ。それを含め、何やかんや衝動買いをしてしまった。 それから、今日も料理をしようと思っていたので食材を買いにスーパーへ。 その後てんぱりながら調理し、相方を迎えに出た。 幾分かのアドバイスをもらいながらも、味はほぼレシピ通りのよう。「いけるよ」って言いながら食べてくれた。幸せでござる。いつ「謎の物体」ができてしまうか心配であるけれど、がんばって続けよう! で、今日記を書いている。あ~あ、休みが終わった。 さぁ、寝よう。
2006.08.20
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こんばんは。昨日は相方とケンカがありましたが・・・又今度書きます。(覗かれない時に。) という事で、今日のちょっとした出来事。 C君とは高校時代からの友人で、今も同じ職場に勤めているから、ん~15年以上の付き合いになるのか?そう、そんなもん。 今日の昼休みに、普段しない深い会話を久しぶりにした。平日よりも人が少ないので、話しやすい状況なのである。 昔は釣りだ、スキーだってよく遊んだ。その行き帰りの車で普段よりも突っ込んだ話とかをよくしたものでした。最近は趣味もちょっと変わって、一緒に出かける事もなく、本音の会話も少なくなった。というより、お互い色々あって職場では本音で話しにくいというのが正しいところ。「この前な、相方と ・・・って誰か来た!はい、止め」みたいなことが多くて、落ち着いて話してられない。かといって別に時間とらせるほどの特別な話もないし、二人とも酒が強くないので、飲み明かすなんてのにも縁がないし。僕の「人がいて話しにくい訳」は、ご存知のとおりだと思います。彼も彼の事情を抱えてる。(これには触れませんが)その事情について、話してくれた。 彼は簡単ではない事を、簡単に話す。簡単ではないからこそ、簡単に話すのかもしれない。「考えてもしょうがない」 「なるようにしかならん」話の終わりに笑顔でそう言う。 一人で考えすぎて、低空飛行をする事もあるのかな?その結果いつも辿り着くのが、きっとあの笑顔なんだと感じた。 きっとC君は低空飛行中の姿は見せないと思う。自分も見せない。 低い軌道上にいても笑い飛ばすか、高く飛び上がれてから「実はこんなことがあって」みたいな感じに。 多分、プライドというやつ。 でも、自分はCに一度プライドを捨てているので、ホントにやばい時は一回くらい捨ててよ。そう思ってる。 僕はゲイという事情を抱えてる。彼も彼の事情を抱えてる。誰もがそれぞれの事情を抱えてる。 ゲイである事で起こる問題に負けてしまうようならもし、ゲイでなくても何らかの事情に負けてしまうでしょう。 一日の終わりにそんな事を考えた夜でした。 えっちら、おっちら、頑張ろ。
2006.08.19
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ひさびさにケンカした。疲れたので、寝よ。でわ。
2006.08.18
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この季節の休み明けは、キツイ・・・オッサンちかれた。 20時過ぎにやっと終了し、相方に「帰るコール」。(わかるかなぁ)電話越しの相方の声は、○△!□×?△!?くらい言葉になっていなかった。 今日は夜勤明けで、まだ寝ていた模様。で晩飯なしとの事なので・・・急遽出前に。何を取るかはお任せて家路についた。 結果、 本日は寿司でした。昨日の反省を活かして、今日は写真つき。寿司サイコー!おいしかった(一部わさびがききすぎてたけど・・・涙)。近頃、めっきり肉より魚が好きになりました、オッサンです。 そーいえば最近、相方の飯の味を忘れかけているような・・・ って書いてるうちに、又寝だしたんですけど! はい、おやちみ。
2006.08.17
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こんばんは。さて、フツーの日記。今日は僕の職場仲間のDさんと相方と3人で昼食に出かけた。久しぶりに髪はセットするわ、ええベベ着るわ、メガネやめてコンタクトはめるわ、うん、たまにはいいもんですわ、おされ。 少し前から相方が段取ってくれていた、ちょっとリッチなホテルで中華料理を召し上がった。うまかった、うまかった。そうか、写真取ったらここに乗せられるんやね・・・今度は持っていこう。 ついでにメンテに出していた、スノーボードも引き取ってきた。まだまだ行けませんけど・・・ そーとー暇だった 盆休みの中で一番充実した一日でした。 明日から仕事再開です、がんばろ。
2006.08.16
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こんばんは。 たくさん書いてきたこのカミング・アウトの最後に、記しておきたい事を今日は書きます。 結局、僕の場合は悪い方向へ変化する事は何もなかった。ただ一番変わった所が自分の中にあって、それは偽っていた時の辛さと背中合わせに持っていた、曖昧な考えで一時的に気持ちを軽くするという方法は、もう使えないという事。 それは以前の日記にも書いた、「普通の家族」を見て複雑な心境になった場合に「ゲイとして生きていくって決めた訳じゃないから・・・・・もしかしたら、ああいう幸せも選べるかな?」「・・・いつか決めよう、今は考えんとこう。」みたいな。例を挙げるとそんな感じ。やっと前を向いて歩き出せた。 だから自分にとってカミング・アウトした事は正解だったと思う。 でも、同性愛者全体の問題として考えると、するべきかそうでないかは分からない。それは僕のように全く問題の起こらない人もいれば、カミング・アウトする事で窮地に追い込まれる人も存在するから。する事が最善の人もいれば、しない事が最善の人もいるのが現状だと思う。 僕はできれば「する事が最善」な人がカミング・アウトをしてその事例が多くなっていけば、世間の認識も変わってくるんじゃないか?と思ったりもします。そうなってくれば「しない事が最善」という苦しい状況で生きなければならない人の周囲も緩和されて、そういう人が現状より少なくなるんじゃないかって・・・・・ それは理想でしょう、でもそれで終わっちゃいけない気がします。 そうなるまでには、すごい時間が必要そうやし、「する事が最善」って判断するのが難しいしけど。 (今悩んでいる人へ: 僕の体験談、参考になるかどうかは分かりませんが、これも一つの事例です。) (因みにウチの相方はカミング・アウトはしておりませんし、「別にしなくても苦しい状況ではないよ」という人もいると思いますが、悩んでいる人への言葉と思って頂ければと思いまする。) カミング・アウト -おわり-
2006.08.16
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次は、中学からの友人A君、B君、高校からの友人(兼仕事仲間)C君、仕事仲間Dさん(女の子)、職場の先輩Eさん。 打ち明けた時の状況は、いずれも1対1。ホントのその人の反応が見たかったし、やっぱり怖さもあったから。 ここでも両親・兄と同じように説明をしていった。 反応は、第一に驚いたのは皆一緒だった。 その後のコメントはA君「しんどかったんちゃうん?何で今まで隠しとったん?」付き合いが浅い状態で、打ち明けてたとしたら距離おいてたんちゃう?と聞くと、「・・・うん、そうしてるかも。」「でも、男が男に惚れるってあると思うけどな。」性的にって意味も含めて?と聞くと「あー・・・そういう事か・・・」「でも、ぜんぜんあって当然やと思う。だってな、TVとかでたまにやってるやん、そういう人がおるのに、周りにおれへんのは逆におかしい」これは鋭かった、うん。 B君「俺のイメージとちゃうんやけど・・・だって、お前普通やん。」「ゲイってゆうたら、ん~・・・あっ、そう!おすぎとピーコみたいなイメージ?」そういう人もいてるし、見た目にいわゆる普通の男の人もいてるよと言うと、「そーなんやぁ。見た目じゃ分からんねや」とも。かなりあたふたして言葉を探してくれてた。 C君「お前、絵を書いたり歌うたったり、ちょっと人と違った事が得意やったりするやん?そっち系の人って、なんかそういう才能あったりするやん。だから(ゲイっていうのも)個性やん個性」「他の人間に彼女は?結婚は?とかってゴチャゴチャ聞かれても、「興味ないねん」って言うといたらええやん。興味ない=男が好きって事にはならへんやん。ほっといたらええねん。」「楽にいったらええやん」普段はたんたんとしてるのに、物凄く喋ってくれてた気がする。それから趣味の範囲の才能ですから・・・残念! Dさん(女の子)「ぜんぜん分からんかった」「男の人の間って普通は(同性愛っぽい事)あんまりないけど、女の子の間って結構あった」「女子校やったから余計そういうのがあったで」「(僕が)そうやからってぜんぜん関係ない」「彼氏出来たら紹介してな」すごくポジティブだった。その時はそんなパワーなかったけど・・・ 友人関係では父親並みに言いにくかったEさん「何や、そんな事か?俺てっきり仕事の事でなんか悩んどんかな~って思とったわ。」「いつからや?そんなん早よ言えよ!ってそんなこと言われへんか・・・・」「俺やったら、どーしてるかなぁ?」「やっぱり言えへんか・・・」関係が壊れるのが怖くて今まで黙ってたんだと言うと「何でやねん!そりゃ「人殺しました」って言われたら引いてまうけど、別にそんなん人の勝手やんけ。」「そんなんでお前の事をどうやこうや思わへんし、逆に大事な事を俺に言うてくれたのが嬉しい」って・・・感無量です。 セクシャリティーは人の一部分でしかない。それだけでその人の価値を判断する事は間違っている。ゲイである僕は、ネットや雑誌やTV、色んなところでよく目にするこのフレーズ。 僕がカミング・アウトした友人関係の人たちは、それらを目にした事がないか、 少なくとも真剣に見たり聞いたりする事はなかっただろうと思う。でも、「ゲイである事だけで、今までの関係が崩れる事はない」という一致した答えをくれた。今もそれは変わらず続いているし、むしろ自分が開ける分、信頼は上がっている気さえする。 正しい目を持つ人間が、長く信頼関係を築いていればそんな答えは当たり前に出てくるのかも知れないですね。 書きながら思い出す事がいっぱいあった。改めて感謝でござる。
2006.08.15
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こんばんは。今日は遂に料理を作ってみた。相方は仕事だったので、こっそり一人で。 以前に一度(多分5年ほど前)作った事があったのです、母親に聞いた作り方で。醤油をちょっと、みりんをピッと、砂糖をパッと、みたいなレクチャーで・・・(それでは分かりませぬ。)当然すごいものが出来ました、「不味いとはこれのことを言う!」くらいの・・・ でも今回はちゃんとレシピを見て作った甲斐あって、まず濃い味党の自分の舌では△。薄味等の相方には○か??? 判定は、まぁ○だったようです。よかった!今度は完全な○を目指して、また作ってみようかな?
2006.08.15
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さて、では本題。 次は父親へのカミング・アウト。でも、実際はせずに終わった。 する予定にしていた日は仕事が遅く、とはいっても深夜になるというほどでもなかったが、ようやく終わりが見えてきた頃に、兄から電話があった。 「おとんには、俺とおかんから言うといたから、心配せんと帰ってこいよ」との事。 実は僕自身、一番言いにくいのが父親だった。 威厳があり、昔気質なところがある。また、何か問題があった時、酒に頼ってグデングデンになってるのを昔から何度も見てきた。そんな脆さもあわせ持っていた。暴れたり、潰れてしまったりしないか?っていう心配があった。兄もその辺を察してくれていたのだと思う。 加えて、兄と同じように同性愛者について「俺の子がこんなんやったら殺してもうたる!」そう言ったいつかの言葉が幼心に焼きついてるせいもあった。 それに 前にも書いたとおり、なにより大事な息子なのである。 父親自身いろんな意味で苦労してきて、妻や子供を持ち、やっと幸せを掴んだ。(酔いながらする本人の話や、母親の話から)だから、唯一自分で体感した幸せが父親にとっての確かな幸せなのだと思う。当然自分の子にもそれを夢見ていた事はいうまでもなく、それが絶たれたのですから、不安や心配は非常に大きかったようです。 「俺は別に何にも言わへん・・・※あんじょうやれ」家に帰ると一言そういった父親は、小さく何回かうなずいて納得しよう・納得しようとしている感じだった。また、寂しそうにも見えた。 兄が父に言ってくれた詳細は分からないが、「認めてやらなアイツはダメになってしまう」とか、「一人でずーっと耐えてきたんやから辛かったはずや、それを分かったらなあかん」とか。母からの又聞きなのではっきりは覚えていないが他にもたくさんあったように思う。とにかく、必死に頑張ってくれたようです。 それらを父は納得しようとしていたのだと思います。 それ以後も母親と同じように、「やっぱり結婚して、子供作って・・・」みたいな 事を何回か言われたが次第になくなり、今は理解しくれているものと思う。 でも、そうなるまでの時間は母親よりも長くかかったのは確かです。 今ではたまに、相方と僕の実家に行って食事をすることもあります。が、数回顔を合わせた時に父から発せられた「困惑ビーム」に相方はやられてしまったため、もっぱら父親のいない時に行くようにしている。(ちなみに顔を合わせても、雰囲気以外は特に問題はない) 両親ではコメントにも違いがあり「あの子元気してんの?」とか「あの子とうまいことやっていきや」っていうのが母。「いつでも帰ってこい」「やせたんちゃうか、ちゃんとメシ食うてんのか?」と父は否定的? でも「あいつ一回つれて来い。一緒に飯でも食おう」って言われた事がある。やっと吹っ切ってくれたのだろうか ?もとから会話は多くないのではっきりは分からないけど、たぶんこのあたり(?何年前かは不明)から受け入れてくれたのだろうと思っている。 しかし、「困惑ビーム」の威力はいまだ健在のようで「実家でメシ作ってもらおうか?」と僕が言うと「それは助かるけど・・・・お父ちゃんおれへん?」と聞く相方。 でも、そろそろチャレンジしてみてもいいかも。 (※ あんじょうとは、浪花言葉で何もかも幸運に、うまく行く、良くなるとかすべてをいいような方向にむく、というような意味らしいです)
2006.08.14
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おはよう。今は夜勤明けの相方を迎えに行って、ドライブスルーに寄って買ってきた朝マックを食べ終わったところ。 その後は贅沢にも我が家にはパソコンが2台あるので、言葉少なに二人ともパソコンの前へ・・・・っとまぁ、いつもこんな感じである。 いいのかこんなんで?ってたまに思ったりする。 でも、ぜんぜん違う方向を見てる時間も大切ではないかとも思う。それに同じ事をしていても、相方がいるのといないのとではまた違うしね。 それだけでいいのでは? ね、ダーリン?はたまたハニー?! (カミング・アウトの続きを書こうと思ってたのに、話がそれまくった・・・なのでタイトルは「インターバル」ナノダ。)
2006.08.14
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今日も相方が夜勤なので、昼間は一緒にほぼ爆睡。今は仕事中、ガンバレなり! さて、昨晩の続きを。(ここまではものすごく手抜き、は→ もに変更しただけ) 次は兄。2つ年上で既に結婚して別に暮らしている。電話で同じように話したい事があると伝えた。約束の時間に車で家の前に。兄を乗せて、そのまましばらく走った。 「何、話って?」「・・・・・」躊躇する。「どないしてん?」兄がゲイの人が出ているTVを見て、嫌悪している記憶はずっと持っていた。言うたら終わりやな・・・・ いやでも・・・・ 何度も繰り返した後、思い切って言った。 「俺な、実はゲイやねん」遂に出たというくらい遅い一言目。「え!?バイじゃないの」と前の彼女を知っていた兄は聞き返す。その後は母の時と同じような流れで説明をした。否定的な受け答えになると想像していたが、真剣にうなずきながら聞いてくれていた。 すると「若い時はええと思うけど、年取ったらどうすんねん?子供も出来ひんし」「いずれ女の子と結婚とかって考えられへんの?」と聞いた。 以前と違い、ゲイが自然である事を知って、またそれを受け入れた状態で女性と付き合う事はもう出来ないというような言葉を返した。 ちょっと時間を置いて「そうかぁ・・・」「でも、ぜんぜん知らんかったわぁ」「お前強いな、ちっちゃい時からずっと黙っとったんやろ?俺やったらおかしなってるかも知れへんわ」と言ってくれた。 この言葉は嬉しかった。 どんな想像をしたかは分からないけど、兄なりに「自分だったら」っていうのを考えてくれた末の言葉だと思うから。 「おかんは知ってんの?」「もう知ってる」「おとんには言うの?」「明日(赴任先から)帰ってくるから、言おうと思ってる」「・・・そうか」 帰り際に「ええんちゃうか、お前が無理ないようにやったら。あと、おかんにあんまり心配かけんな」と普段通りだった。 この夜兄は「自分だったら」を夜通し考えたのでしょうか? 「涙止まらんで、寝られへんかったらしいで。感謝しいや、やっぱりお兄ちゃんや」と翌晩母に言われた。 覚えていますか?俺らがまだちっちゃい頃に、俺がパチンコ玉を誤って飲み込んだのを。その時「おかあちゃん、○○が死ぬ~」って泣きながら助けを呼んでくれた事を思い出しました。 いざという時は大人になってもお兄ちゃんなんですね、そう思いました。 感謝の気持ちを書いておきます、ありがとう。
2006.08.13
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今日は相方が夜勤なので、昼間は一緒にほぼ爆睡。今は仕事中、ガンバレなり! さて、昨晩の続きを。 気持ちの整理ができたとはいえ、バレる事への「怖さ」はいまだある状態。 単身赴任の父・同居する母・家庭を持つ兄・友人・一部の仕事仲間打ち明けたのはこの人たち。 まず母に話したい事があると切り出した。家事が残っていたらしく、ちょっと待ちながら見たTVは、ホントに「見てるだけ」状態だったのを覚えてる・・・・ しばらくして、テーブルを挟んで向き合った状態に座ったが何から話せばいいのか・・・「今やったらまだ引き返せる」けど・・・ 躊躇の念が渦を巻いた。よほど暗い顔をしてたのか、母もすごく心配そうな表情だった。 そんな時、母が口を開いた。「女になりたいって言うんちゃうやろな?」って。TVなんかで見た、似たようなシチュエーションから浮かんだのでしょうか。「いや、そうじゃないけど・・・男が好きやねん」と返した。困惑した表情の母。 「俺が男やっていうのは変わらへん。選ぶ相手が女じゃなくて男やねん」と性同一性障害と混同してそうな母にしばらくその辺の話をたんたんとした。 すると「いつからやのん?」と聞かれた。記憶では、僕が性に目覚めたのは小学校低学年でその時すでに男性に興味があった事、今までに女性に性欲を持たなかった事を伝えた。 しばらくして「生まれつき?」とか、「オカンのせいなん?」って聞かれた。異性愛も同性愛も自然なもので、多数派か少数派かというだけらしいとか厳密にいうともっと複雑で、決まった形は無いらしいとか色んな言葉で母が自分を責めないように必死にしゃべったのを覚えているが正しくは覚えていない。 自分の中で十月十日育てた息子なのだから、責めてしまうのも当然ですよね。ぜんぜん頭に無かった。 でも、「お前のやりたいようにやったらええんちゃう?」って言ってくれた。 それからしばらくは、世間一般でいう普通の生活を期待するような事も言われたけどそれもなくなった。代わりに、同性愛を取り上げた新聞の記事やTVを見て肯定的な事を言ってくれる事も増えてきた。 6年たった今ではホントの意味で「お前のやりたいようにやったらええやん」と言ってくれてます。
2006.08.12
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おこんばんは。ちょっと夏ばて気味だったところで、盆休み到来!滑り込みセーフみたいな感じ。タスカッタァ~・・・ しかも相方は明日、夜勤なので今宵は夜更かしOKでござる。 そういうことで、今日は前から書いておきたかったカミングアウトについて触れてみたいと思います。 前に書いたとおり、かなり精神的にまいってた時期に生きるか死ぬかまで考えた結果、「正直に生きる」という答えを出した。 カミングアウトをする前に、ある決め事をした。 打ち明けた後に家族はどうなるのか・・・家族や友人との関係がどう変わっていくのか・・・今まで幾度となく考えてきたそれらの疑問は考えないようにした。 なぜなら家族や友人ではない自分の頭から出てくるのは、ただの予想であってホントの答えは打ち明けた後のその人たちからしか出てこないから。 もうひとつ、どんな反応をされても逃げずに受け止める事。なぜなら目的は「正直に生きる」ために真実を知ってもらう事であって、即受け入れてもらう事じゃないから。 自分自身、受け入れるまでに長い時間がかかったのだから受け入れられるまでの時間も同じくらいかかるかもしれないとも思った。 また、自分がゲイであることが生理的なものなら、生理的にそういう人を受け入れられないという意見にも納得しなければならないという事。 僕の心のバランスを取り戻す事が中心の、実に自分勝手なカミング・アウトでした。 特に縁の切れない両親と兄には、その頃持ってた重荷の幾らかを担いでもらいたいという気持ちがあったのは確かです。 また、頼れる逞しさがあったのも確かです。 vol.2につづく。
2006.08.11
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しかし親父さんは、口下手で酒飲みで、更にはおふくろさんに暴力を振るう事もあった。 しかし「子供の時に母親に甘えられへんかったから自分に甘えてるんや。子供が3人おるようなもんや。」とおふくろさんはよく言ってた。(というか今も時々言う) おふくろさんは母性をくすぐられ、親父さんは母性愛を感じるのかケンカはよくしてたけど、「根本的な部分では信頼しあってるな」昔から、二人をそんな風に見てたような気がする。 それから二人には、兄も僕も、すごく愛されながら育てられた。「お前らがおるから、やっていけるんや」なんて言葉は耳にタコができるくらいもらった。 特に、それまで幸薄い人生を生きて来た親父さんにとって僕らは宝物のような存在なのだと思います。 そんな親父さんからの言葉で、いまだに胸が苦しくなるものがある。 それは、カミングアウトをする前に言われた「あいつ(兄)の子は見れたから、後はお前の子の顔を見れたら満足や」という一言。 自分にはどうしようもない事とはいえその願いを叶えてあげられないのはとても残念でならない。親父さんの人生をパズルに例えると、足りないピースのような・・・・・完成させてあげられへんのか・・・・みたいな気持ちがこみ上げてくる。 でも、 他の事なら何でもするよ。(素直にこんな事言えないけども・・・) それから、二人には言葉が見つからないくらい感謝してます。 これからも仲悪く、元気で!
2006.08.10
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こんばんは。まだ筋が痛いっす。歳のせいか直りが遅いような・・・ さて、今日からシリーズで僕の家族について書いてみます。(そう、ネタ薄です) 親父さんは、6才の時に戦争で父親(以後祖父)を亡くしている。それからまもなく、親父さん曰く祖父の生前から関係があったらしい男性が家で暮らし始める。親父さんは4人兄弟、祖母が女手ひとつで育てるには仕方なかったのかもしれません。しかし6才の子供には理解できなかったんでしょう。 「母親を奪われた」という思いと、亡き父親へのやりきれなさから、幼い親父さんは悪い事を繰り返すようになり、やがて名古屋に出稼ぎに出されてしまう。おそらく煙たがられたのでしょう。 それから青年期にかけては道を外れまくっていた模様。(書けません・・・) 一方、おふくろさんは農家の娘。時代が時代だけに裕福とは言えないまでも食べるものはあったらしい。 娘時代もそれなりに楽しんでいた模様。 やがて二人は出会い、めでたく結婚。 新婚当初、まだ親父さんは青年期の悪さぶりを残しており、おふくろさんを困らせる事もあったとか。 そして、第一子誕生(僕の兄)、子煩悩な親父さんになる。約2年後、第2子誕生(僕です)。 親父さんは縁遠かったあったかい家庭を持ち、おふくろさんは自分には無愛想だが、子供だけはものすごく大事にする旦那さんを手にしたのでした。-第一夜おわり- だから、どーした?みたいな内容でごめんなさい。でも、自分的には盛り上がってきたので、第二夜に続く?
2006.08.09
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あ~あ、眠い。眠いけど今日も書くぞよ。(相方は後ろで睡眠中?たぶん)本日は大きな話題がなかったので、日ごろ考えてる事からにしよう。 皆さんは、「幸せそう」って思う風景ってどんな感じですか?僕は若い父ちゃん・かあちゃんと、ちびっ子がワイワイしてたりするのを見るとよく思う。 今の生き方を選ぶ前も、今現在もその感想は変わらない。 ただ以前は、その一般的な理想の姿を見ると自分には選択できない形だから羨ましい感情を抱いたり、「自分はしあわせになれるのかな?」という不安を抱いたり複雑な気持ちにもよくなった。 今は、それは「1つの幸せな形」と認識しています。何をもって幸せというのかなんて、人それぞれなんですもんね。気がつくまで時間はかかったけど。 ストレートの夫婦では、二人の関係が冷めてしまっても結婚という制度があるから簡単には別れられないし、あるいは子供ができた場合はそこに愛情が生まれるし他のものが二人を繋ぎ止めてくれるかもしれない。 しかし僕らは、正味二人で生き方を探して、進んでいかないといけない。だから、男女に比べると添い遂げるのは難しいのかもしれない。でも、それができたならとても素晴らしい事やなと思う。 というか、僕に足りなかったのはそうなるぞ!という覚悟。 皆さんのしあわせってどんな感じですか?よかったら教えてください。 ほな。(今相方は後ろで睡眠中。ガーピ・ガーピゆうてるから完全に寝とる。)
2006.08.08
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こんばんは。今日は首に鈍い痛みを感じながら目が覚める、最悪のスタートでした。寝てる間に筋を痛めたみたい・・・実は今も痛い。休み明け&暑さ&痛みでだるだるの1日でした。あ~あ。 さて、本日はウチの相方がお休みなので晩飯を作ってくれる約束。とはいっても飯は相方が担当してくれているが最近は彼の仕事が遅いため、今日は久しぶり。 いつもながら旨かったぁ。 今度は俺がつくろか?って言いたい気持ちはあっても・・・・いかんせんセンスが無い、スマヌ。でも、そろそろ挑戦してみてもいいかな?と思い始めてるのですが開けてビックリ見てびっくり、食べてサブいぼでそーな物ができそうなのがとても怖い。 (この食事中に小さなサプライズがありましたが、なが~くなりそうなので今度にします。)
2006.08.07
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今日は広島に原爆が投下された日ですね。今、広島原爆資料館のページを覗いてみたんですが、胸がいっぱいです。 この戦争以後の日本は平和になったのかも知れませんが、TVのニュースでは毎日イスラエル・レバノンの悲惨な状況が流れてますよね・・・なくなんないんでしょうね、戦争って。 何十人かの市民が犠牲になった時でしたっけ?「誤爆」だのなんだのって報道されてましたよね・・・・誤りでしたって、おい。何でも許されるのか?戦争って。 違うでしょ!?
2006.08.06
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こんばんは。きれいになった部屋で書いてます。掃除が終わってから、「シンデレラマン」って映画を観た。 大恐慌時代に実在したジェームズ・J・ブラドックというボクサーが基になっているらしい。主演のラッセル・クロウがとってもいい味を出していて、最後、泣けちゃいました。 感動ものが好きな人には、おすすめできそうな映画だと思います。
2006.08.05
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8/2・3で長々書いたけど、色々思い出すこともありました。 やっと落ち着きだしたころに相方に出会ったんですけど、なんかすごく力になってくれてたなぁとか色々。 いつのまにか一緒にいられるありがたみもなくなって長い間ごちゃごちゃ自分の考えをおしつけてたなぁって思うとちょっと苦しかったり。 相方が昔に冗談まじりで言ってた「ゲイが一緒に住むって事は、異性間での結婚と同じ価値があるんちゃう?」とか「一緒におらんときに俺の事、頭にないやろ」とか「俺はいっつもとは言わんけどあるで」とか。 当時は考えかたや感じ方や思う事なんか人それぞれやろってくらいに思ってた。 でもここ最近そのへんが理解できるようになってきて、やっと相方の気持ちに追いついたのかなって思ったりしてます。 知らない間にプチ迷路に入ってたってところでしょうか? 迷路も通ってきた経緯なんかを掴んでおいて、色々考えながら「こっちやで」って感じで進んでいくように日々の生活も目の前ばっかりに気を取られてると、生きる方向を見失ってしまうのかもしれないですね。 さて、8/4の欄に書いてますが実は今8/5の午前10時半です。ブログをはじめてすぐ空欄もなんなのでここに書いてますが・・・ 今日、僕は休みで相方は夜まで仕事。時間がたくさんござるので、今から部屋の掃除をしようと思っておるしだいでござるニンニン。また夜にでもほんとの8/5の欄に書き込もうかと思ってます。 って、誰か見てる人いるのかなぁ?とか思いつつサラバジャ!
2006.08.04
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人の顔がフツーに見れない。同じ空間にいるのが辛かった。 「俺はみんなとは違う人間やねんで」「俺は仲間には・友達には・家族にはふさわしくないかもしれへんな?」なんて考えながら違う話してる事も多かった。 「ばれたらどうなる?」という感情が以前より重くのしかかった。 どんどん悲観的になって行く。「なんで俺はゲイやねん?」「この人間関係の中で俺だけ」「ゲイじゃなかったらもっと楽にいきられるのに」「正直に生きたいけどそれはできん」・・・ってぐあいに。 「死んだら楽かな?」ってはじめて考えた。「どうやって死のう?」 「楽な方がええな。」 「きれいな方がええよな?」 「遺書は書く?書かん方がええかな?」 こんな事ばっかり考えるようになって何ヵ月か過ぎた。 いつのまにか冬になってた。 スノーボードの季節です。 正月休みに行った。いつも通り夢中になり、関係なしに楽しかった。 「ここから帰ったら死のーかぁ。」リフトにのってる間ボーッとそんな事を考えて、滑ってはまた考えた。 帰る頃には「もう一回来てから考えよう」って思えてた。もう1回、もう1回って繰り返しているうちに考える機能が回復したのか、そんな気持ちは消えて、春がきた。 「同性愛って何?」って改めて考えはじめる。その時まで目を背けてきただけに、正しいことは何も分からないでいた。 ゲイ向けの雑誌や、TVの特集などでゲイの人がしゃべっている場面なんかでは肯定的な情報が多いが、ホントのところどうなのか?それが知りたくなった。 ある精神科に行ってその問いを聞いてみた。表の世界からの答えを聞く事で、両サイドの声がそろっているのか確かめたかった。 「それは正常な事で、少数派なだけ」 「あなたの個性のひとつ」 「ゲイであることに苦しんでるのではなく、それを取り巻く社会的な環境に苦しんでるんじゃない?」「確かに生きにくい社会ではあるけど、あなた自身が受け入れる事がいちばん大事」 言葉は正確ではないかもしれませんが、意味合いはこんな感じだったと思います。 ポジティブになれた気がした。でも、何も変わっていない現状はまだ目の前にあるまま。 「黙っているのは苦しい」「でも知られるのは恐い」「知られて何が一番恐い?」・・・人間関係が壊れるのが恐い。 「それで崩れてしまうようなものが大事な関係?」「違うよな?本当の事を言った後の関係こそ本来の関係やんな?」きっとそう、嘘ついてる俺が一番インチキくさい。 ばれるのは恐いけど、ばらしてしまえば恐いものはなくなる。同時に今までの関係もなくなるかもしれないけど、その時はもう一回やり直そう。 そう考えが固まって、カミングアウトをする事にした。 このカミングアウトについてはまたいつか書く事にして、このへんで一旦締めますね。 それにしてもホントに長くなってしまいましたね、なんか暗いし・・・。でも何かヒントや参考になればと、できるだけリアルに書きました。 だれか迷路に迷い込んでませんか?「死のーかなぁ」って思っていませんか?迷路には必ずありますよ、出口。
2006.08.03
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行き詰まった時の事を「迷い込こんだ迷路のよう」なんてよく言いますよね。今日は僕が迷いまくっていた時の事を書く事にします。(長なりそーやけど・・) まず自分にゲイの兆しがあったのは小学校低学年の頃。なので、いわゆる思春期の頃にはもうゲイであると自覚していた。しかしながら当然「ばれるとどうなるんやろ?」という怖さから隠すことに。 また、正常=異性愛・異常=同性愛という観念が強く、自己嫌悪感を持ち始めた。「同性愛はタブー」「ゲイとして生きる事は間違っている」って自分に言い聞かせるように、真実から目を背けた。逃げたんですね。 そんな状態が何年も続いたある時、女の子と付き合うことになる。 根はいい子だったけど、彼女は甘えたで寂しがりや。自分はめんどくさがりやで自分だけの時間も大事、相手の気持ちにも鈍かった。当然ケンカが絶えなかった。 「やっぱり女性に興味がないからめんどくさいのか?」「体の関係がストレートの男と違うから不安にさせてしまうのか?」など、色んな思いでいっぱいだった。 でも、今の相方との付き合いの中でもめんどくさかったり、鈍かったり、自分の時間がほしかったりは同じだった。 付き合いが長くなるにつれ、体の関係にも新鮮味はなくなってくるし。 結局、彼女からも逃げてしまった。傷つけて、大事な時間を奪ってしまった・・・ その後、タブーにしていた男性体験をする。ゲイである事を受け入れるとか、そーいう気持ちの整理はまったくできていないままだった。 「自分は汚い?」「信頼できる人間を裏切ってしまったんじゃないか?」そんな感情でいっぱいになった。 その頃20代半ば。10代の頃に比べて時間も限られ、たまに遊ぶ友達も信頼できる人間に限られていた。また職場にも恵まれ、仕事以外の事も真剣に話せる仲間もいた。 それに家族も含めて、恵まれた人間環境にいる事が、後ろめたい気持ちをさらに重くさせた。
2006.08.02
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今日は僕も相方も休みだったので映画鑑賞をする事になった。観たのはM:i:3。あまりうんちくを言うほど詳しくないですが人質となった妻を救出・・・みたいな流れでしたが、2作目ほど恋愛ムードはなく、硬派な感じが1作目っぽかった。まぁまぁ良かった。(宇宙戦争よりはるかにgood) 家にて「ブロークバック・マウンテン」テーマが重く感じ、ややブルーに感じたけど悪くはなかった。とりあえず長いので、観ようと思われる方はよく眠れた日がお勧め? あと映画を好きで良く観ますので、いいのがあれば教えてください。でわ、おやすみ。
2006.08.01
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