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ずっと書きたかった事です。先週の木曜日。合唱団の練習を終え、家路に着き、家のあるマンションの下まで到着。その入り口の階段の横は「一徳」というお魚のとても美味しいお店。いつも、宴会帰りの人が見送ったり見送られたり、、で、その日も二人の男性が別れ際の挨拶を交わしていた。その二人を迂回する様に通り過ぎようとしたとき、、「おい!」と、その一人から声をかけられ、ふと見たら、、、、!!!!!!大学時代の旧友。あ~、懐かしい、、彼は大学時代から本当に惹かれる人でした。真面目でまっすぐで、、一本芯が通っていて、、。卒業後、、僕はフリーの音楽家。彼は教職の道へ、、。某演奏団体には一緒に在籍していた事もあります。バッハの生誕300年の音楽祭、、。一緒に東ドイツの演奏旅行にも参加しました。僕がバッハのソロカンタータ全曲のリサイタルをしたとき。彼は一番前の下手の席に座って聴いてくれていました。僕が舞台上でバッハの大曲を前に竦み、畏れ、、その気持ちと打ち勝とうと、、絶対に最後まで歌い切ろう!ただ、その事だけで必死になっていたとき、彼の視線は大きな励ましでした。客席からの気持ちがこんなに大きな支えになった事は初めてでした。もちろん、他の仲間の熱い視線も一杯感じましたし、大きな力を与えてくれました。しかし、その仲間の殆どは一緒に歌う事で今も繋がっています。もちろん舞台上で真摯に力を振り絞り、、共演してくれている仲間、先輩、、その力とエネルギー在っての僕の舞台でした。でも、教職の道へ進み、自らが演奏活動から遠ざかっている、、その彼の視線は、、本当に大きなメッセージでした。俺は俺でやるからな、、と、互いにそのコンサートの間、、すっと、会話をしていた、、僕はそう感じました。本当に彼無くして、あのコンサートは語れません。その彼と偶然出会いました。本当に不義理、、ごめんなさい。でも、出会えて感謝です。その日、遅くまで飲みました。その時のことは、、ブログには到底収まりません。とにかく、、もう、感謝です。嬉しかったです。この数日、、これを、書きたかったです。
February 26, 2008
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いくつかお知らせです。昨日初合わせがありましたが、奈良で3月8日にジョイントコンサートがあります。日本語のしかも愛唱歌ばかり、、実はこんなの初めてです!共演はソプラノの大原末子さん、そしてピアノの山田陽子さん。大原さんとは昨年の魔笛以来、何度もご一緒させて頂いています。小道具は作る。司会はする。衣装に着替えた後でも雑務はこなす。打ち合わせをしながら、狩りのポルカの銃を撃ちに舞台に出ては引っ込んで、、。オーガナイズもマネージも出来る、でいて、ちゃんとプリマドンナの責をこなす、、。そんな方の場に歌いに行くだけ、、、で、良いのかしら、、?という思いにいつも苛まれていた、、。この大原さんから、「何か一緒にバロックしよ!」と言われて黙っていては男が廃る!!で、この夏にコーヒーカンタータを奈良と西宮でやります。それぞれメインはコーヒーカンタータで、他のプログラムはその場に合わせ少し変えてあります。ホントはギャラをドーンとお支払いして大原さんをゲストとしてお迎えせねばならないのですが、共同でのオーガナイズとプロデュースに僕が力を何処まで添えられるか、、で結果を出したいと画策はしています。でもこれはもちろんバロックの仲間みなさんの行動力があり、これまでの結果を彼らが具体的に手にしているからこそ初めて実現可能な事です。こういった動きの中で、、CD完成間近です。こういった動きの中で考える事は、、資格や経験や技術に基づいた仕事の対価として、糧が与えられる、誰にでも出来る事ではありません。本当に大切で大事な行為であり気持ちです。でも、それが出来るその「場」は何故そこにあるか?その辺りの理解、、そして、何よりも、、その理解を裏付ける行動が必要ということです。「起業」というと語弊が大きいが、フリーでの音楽活動とは結局そういう事だと思います。音楽がそこに存在出来る事はビジネスでもある訳ですが、事業を起こす為に必要な創造性を決して侮るなかれ、、そう思います。人と人の繋がりで始めて事が起こる。いろんな意味で、、音楽の創造性の実現を支えています。そしてそれは、音楽家自身が自ら動くことで共鳴し合う事が出来、そこから初めて音楽する事へ、、、と繋がって行くのだと思います。そんな中、、声をかけてもらう、、まさに「有り」「難い」ことです。
February 17, 2008
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なかなか、ブログも書けない、、。が、書く事が無い訳ではなく、最近水面下での動きは結構あったりする、、。まず、先月25日の南森町のコンサート。色々収穫は多かった。いつもは20名程が定員の小さな場所に40名ほどのお客さんがひしめき合ってのバッハの教会カンタータ。『やぁ。』と握手したくなる程の至近距離で「民よ!」と歌う。しかも「死」をテーマにした曲ばかり(バッハのバスは多い!!)。が、知らずに「楽興の時」を求めにきた方も多かった筈、、このギャップは正直精神的にとても辛かった、、。かなり大きなエネルギーのぶつかり合いだったと思う。作品のテーマとシチュエーションのギャップを埋める工夫は重要だ、、ただ、音にばかり神経を使っていてはダメだ。曲のテーマに演奏者同士でビジョンを絞り込み、ある線までマインドを揃えておかねばならない、、そう思った。その上で、聖書のシメオンの話をするなど、、会場のお客さんの気持ちを整える準備はすべきであった、、。宮廷音楽では無いのだ。舞曲でも無い。恋の歌でも無い。楽しいお話がある訳でも無い。が、反省もあるにはあるのだが、、赤坂放笛さんのバロックをする「場」を確保する為に労を惜しまないその心には心底敬服し、そして心より感謝。関西で彼の様な動きをとれる人間は他に居ない。バロックオーボエ奏者でありながら、チェンバロを作り、車を運転し、運び、調律が出来る。そして、このコンサートシリーズの主催をしている。チラシ作り、プログラム作り、会計しかも、マンスリーになりつつある、、時間、労力、金銭、、これらを支えるのは彼の心に他ならない。古楽の活動を続けている人は皆、何らかの「投資」をし続けている。自ら出資をしないで何らかの益を得る、、等「夢物語」である。チェンバロ奏者の吉竹百合子さんといった仲間の協力も大きな力になっている。赤坂氏のチェンバロは彼女が弾き手の立場でメンテナンスを施す。篠山の制作者、平山照秋さんの存在も大きい、、。強力なタッグである。この事を書かずに居た数日、実に心苦しかった、、。(小島麻由美も良いが、、)が、心が揺れた彷徨った歌を歌ってしまった以上、最初に書いた「シチュエーションと音楽」の関係への整理が着くまでちょっと書く気にはなれなかった。でも、次にこういったシチュエーションでやるにはどうすれば良いのか、、、が具体的に見えて来たので、やっと書けた、、という次第です。当日ヴァイオリンを弾いた松原優子さんは今ロンドンの空の下。彼女も自らの音楽にかける労は惜しまない。感謝のみが残っています。演奏者も、お客さんも、、皆さんありがとう。
February 15, 2008
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ツボにハマる、、という事がある。聴き手として「ハマる」というのもあるが、、それではなく、ツボにハマる、、いや、ツボを「押さえる」、、?今日、小島麻由美というシンガーを知ってしまった、、小島麻由美"Last Shot!"小島麻由美「先生のお気に入り」ハマった。あまり四の五の言う気がしないが、、声、容姿、キャラ、センス、、、????ハマっている。ずれた所が無い。彼女の存在を、、教えてくれた人も、教えられた人も、どちらもオジさんだからハマるのか???でも、このハマる「感じ」、、ウィーンフィルのウィンナワルツトミー・ピープルのアイリッシュフィドルアーノンクールのモーツァルトサヴァルの初期イタリアバロックなど、、にも通じる。ぴったりハマる、、。これは決して技術では無さそうだ。様式、、?モード、、?芸術性の高さ、、?東京レディースコーラスというのもつい最近知った。赤とんぼ、夏の思い出はハマっていたと思うし、確かに感動した、、、が、、、、、ダニーボーイ、涙そうそう、、????何故歌う??何を歌う??何がしたい???良くわからない、、正しく歌っていると思う。音程もフレージングも声もリズムも揃っている。美しい。立派に歌い上げている。でも、何か、、何か、、、ちがう。ごめんなさい。正直、個人的には僕は気色悪い。最初はこれは演出であって、わざとこんな風に歌っているのかと思った、、そうなら良いのだが、、。でも、このハマら無さ、、「クラシック音楽界」というところにはふんだんに溢れている。そして、そして、、、私がその例外だという自信は、、無い。。
February 3, 2008
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