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昨日の月曜日スモールショッピングのため光が丘に出かけた。なにかを探すという場合は池袋に出かけることが多いが目的物がはっきりしている場合はバスで数分の光が丘に出かけることが多い。食事をしたあと一人でショッピングセンターに隣接する公園を散歩することにした。イチョウ並木も若葉がみずみずしく気持ちがいい。 銀杏並木を抜けると広い芝生広場になりその周りは明るい森である。森といっても里山のそれではなく、武蔵野の面影を感じさせるケヤキやナラの雑木林で下草がなくて歩きやすいゾーンとブッシュは刈り込まれているが野草が生い茂った踏み跡のある散歩道が伸びている。森の周辺には春を演出する桜やモミジが散在しているが今はいずれも若々しく光が葉っぱを透けて瑞々しい色をsいている。足元の草地にも馴染みの多いタンポポやニガナなどに混じって綺麗な野草が花をつけている。白い一輪草諸葛菜(花大根)初めて目にするバラ色のムラサキツユクサ鮮やかな紫蘭など園芸種に近いい花々が野生化している。ここは大規模な団地であるが住宅は高層で固めその代わり園土を十分取り緑の空間を多くとっているため公園の中の住宅地と言った感じである。道路も4列の並木でゆったりしている。こう言う都市計画がしっかりいていると、いわゆる団地も悪くない気がする。明治神宮外苑と同様ここも近年人工的に作った森であるが結構良く出来ていると思う。周りの住宅棟よりはるかに高いメタセコイアの林に中にフランス式庭園というのがあるので入ってみた。前庭にはフランス庭園らしく対象図案の植栽が整ってはいるが今はにも見るべきものがない、といって噴水があるわけでもない。西洋建築の回廊を模したと思われるアーチもコンクリートの打ちっぱなしでは興がわかない。コンクリートの打ちっぱなしは1960-1970年代に流行ったが、質の良い新しい型板を使って美しい木目をコンクリート表面に写し取ると言うのがコンセプトであった。でもそんな木目などすぐ黒ずんで消えてしまう。永遠でかつ二つと同じ模様の無い大理石壁とは比較する方がどだい無理な話である。それでも夏の夕暮れここで野外コンサートなどすれば人は集まりそうな気がする。
2016.04.27
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ここのところ相棒の目の手術等ありしばらく外出の機会がない。バルコニーを見るといつの間にか花がたくさん咲いている。記録のため写真を残しておくことにして写真を小さい版にするとブログエディターがどうしても上手く働かず、画像を動かすとページレイアウトが無茶苦茶になる。仕方なく撮影順に掲載するので同族の花が離れていたりするが、まあ単なる花の記録と諦めてそのままの順に挙げておく。 時期遅れのカタバミの一種 少しピンクがかった金魚草 西洋桜草 これも時期遅れ ハルジオンかヒメジオン ホウコグサ(母子草) 色花立浪草 ピンクのフリンジ付きてューリップ 伝統形のチューリップ 白い金魚草 ピンク色の金魚草 カンパニュラ (カンパニュラはホタルブクロ科なので 普通釣鐘型であるがこれは花が開いている) ツツジ 黄花金魚草 スイセンアヤメ 色の薄いムラサキツユクサ 茶葉のカタバミ 黄色金魚草 白金魚草 ツツジ ムルチコール ピンクチューリップ 今日は感想、解説、資料 何も加えないありのままの花を記録しておく。
2016.04.26
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4月9日石神井公園の池端の緑も日毎に濃くなつってきている。柳の小枝はもうすっかり春めいているがラクウショウやメタセコイアはまだ冬の装いである。とはいえまだまだ桜も頑張っている。そして桜と紅白の花桃が競演している。桃色の桃の花も藤棚のフジに先行している。雨上がりとてまばらな人影であるがスワンボートはいつも小さい子供には人気。私が勝手に《トリヤノン》と呼んでいる池端の素敵な洋館もこの時期桜に良く似合っている。もう一軒の洋館も小さな桜の木の両側に咲き終わった辛夷とまさに吹き出しそうとしている桃の木に囲まれている。さらにもう片隅には赤いシャクナゲが見事である。普通のシャクナゲに比べるとちょっと時期的に早いし樹高も高いので洋種のシャクナゲ(Rhododendron)だろう。そういえばもう随分昔の残影ではあるが4月末にスコットランドの原野で見たロドデンドロンは見事であった。 冒頭で緑の影が濃くなったと記したが、それの最もはっきりしているのはシダレヤナギの若葉である。ついこの間までは糸を垂らしたような小枝の姿がもうすっかり蒼(緑)めいている。柳の姿はもう初夏を連想させるのに十分である。柳と並んで茂るメタセコイアやラクウショウはまだ冬の佇まい。 北国ではあっという間に春は過ぎて、冬からすぐ初夏になる感じだが近年は東京あたりでもそんな年が続いている。今年の春はあるのだろうか。いずれにしても今はワクワクする季節である。
2016.04.12
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ちょっと前までは石神井公園への散歩は三宝寺池まで足をのばすのが普通であったが最近は手前の石神井池で引き返すことが多い。石神井池はボートなども浮かび人工的な面が強いが三宝寺池は可能な限り自然の状態を保つ努力をしているので気持ちのいい散歩道である。二つの池を結ぶ水路には山吹の影が美しい。三宝寺池にはもう睡蓮の葉っぱが出始めて水面にゴミが浮かんだような様相を呈している。一点に何やら白いものがあった。 注意して見てみると一羽の白鷺である。この池の周りには白鷺の巣があるらしく、よく池に出ているがいつも孤独な存在である。一羽しか居ないのかと言うとそうではない。そこから我が家の近くまでよく飛んでくる白鷺がいる、いつかは2匹が飛んできたが互いに知らぬ顔で決して近い距離で行動を共にすることはない。いつもカップルで行動する鴨とは対照的である。池の反対側にはアオサギが一匹、これも孤独な存在である。鷺という鳥は自分の姿の良さに酔いしれて常に孤独な振る舞いをするのだろうか。人間でも美人はあまり群れない気がする。鴨やアヒルと一緒にされるのは御免被りたいところだろうか。さらに中之島の雑木林には気高きゴイサギが昼寝の真っ最中、もともと他のサギの仲間と違ってお相撲さんのように短い首だが昼寝とあって首どころか顔をろくに見えない。しかし物の本によると餌を狙っている時は驚くくらい伸びるのだそうだ。夜行性で昼間は眠っているので滅多に長い首は見られない。また後頭部の見事な矢のような羽は冠羽と言って繁殖期だけに見られるそうだ。ゴイサギは漢字で《五位鷺》と綴る。昔醍醐天皇が宮中の神泉苑に来たときこの鳥がいた。付き人に捕まえるよう命じたがなかなか捕まらない、そこで天皇が《宮中であるぞ》というと静かに捕まったそうだ。そこで天皇はこの鳥に五位の官位を与えた。五位以上の官吏は宮中に入ることが許されたという。これがゴイサギの語源である。 中之島の雑木林には多くの鵜が止まっているがこれも昼間は勤務時間ではないのか皆じっとして動かない。そういえば鵜飼船も昼間は出ないようだ。一匹のカイツブりが浮かんでいた、普通カイツブリは忙しく潜り、シャッターを切ろうと思う瞬間潜ってしまうものだが、この子はじっと浮かんでいるだけである。春の花の季節は鳥も浮かれてか違った行動をとるのであろう。 池端では桜もそろそろ散りかけて花桃が綺麗な季節である、桜と違って白や紅がはっきりしている。鳥たちもこんな春の景色に幻惑されているのだろう。
2016.04.11
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ボランティアによって維持されているという石神井公園付属の野草園に行ってみたまだ少し早い気がするが山吹の花が咲いている。もう一つの黄花はクサノオウ。 薬草であるが毒性がある。花はヤマブキソウに似ているが葉っぱを見るとヤマブキソウは山吹に似、ヤマブキソウはどう見ても草の葉である。ちなみにヤマブキは木でヤマブキソウは草。イチリン草の白い花、一本の茎から2輪の花が咲くニリン草もあるが今ここでは咲いてない。野草園でなくともいたるところで見られるムラサキケマン、キバナケマンもあるがここでは見られない。イカリ草は船のアンカーの形をしているのでその名がある。 タチツボスミレ、 日本の代表的なスミレで変種も多くある。名前の意味が分からなかったが”立ち”は写真のように花枝がすくっと立ち上がることから、”ツボ”は坪で庭のこと、どこにでもあるの意味らしい。確かに庭の片隅にいつの間にか生えていることが多い。マムシ草、 Wikipediaには晩春の花とあるがこれはどう見てもマムシ草である。もっともこれはまだ蕾なので花期が長いのかもしれない。毒々しい花を咲かせ実も真っ赤な塊でこれまた毒々しい、まさしくイメージそっくりの植物である。 最後に一本だけ寂しく咲いていたのはショカツサイ。前回に記録したが群生していなければとても”大根の花”とは呼ぶ気になれない。
2016.04.10
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桜を見飽きて石神井公園の周辺を散策した。まだ満開の花の下で静かに女性仲間や若夫婦の缶ビールのない花見客がチラホラこれは絵になる。そして一角に花大根の畑と見紛う一角があった。近づいてみると一本の山桜を囲んだ普段立ち入り禁止の一角である。先日のブログで十数年前までいたるところで自生していたこの花は今どうしたのだろうと書いたがこんなに密に自生しているところもあるので安心した。”だいこんのはな”で正式の名前はオオアラセイトウ。アブラナ科の植物で菜の花同様に若葉を食べたり種子から油をとったりできるという。三国志の軍師・諸葛孔明が広めたとの伝説から”ショカツサイ”という名誉ある名前でも呼ばれている。ところでこの桜は山桜の巨木で、区の樹木として保護されており花が咲いている期間だけ公開されている。山桜もさる事ながら大根の花の保護にもなっているのは嬉しい話である。私個人としてはこのように葉っぱが共生する山桜は染井吉野よりは好みである。隣り合って野草園と民家園があり、区内にあった昔の農家の家が移築されて復元されている。休日には家に入って座り込むこともできる。昔から区内の道路に多く見られた道祖神や馬頭観音の類が移されて設置されているが昔の人はこういった野仏にも供花・供えをしたようで花立てや水鉢を伴っている。このあたり昔は農村で富士詣・大山詣の武蔵の国の多くの人がこのあたりを通過していった。そのためこういった野仏碑が多く立っている。
2016.04.09
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4月4日開業の《バスタ新宿》の3階にツーリストインフォーメーションができた。中に入るとすぐ目に付くのは壁一面に巨大なディスプレイと着物姿の係員。 平均年齢はちょっと高めであるが地味な着物は味がある。多くの言語に対応しているようである。ディスプレイ上では東京のいろいろな情景が移り変わって撮されるがスカイツリーからと思われるパノラマ映像は迫力がある。案内カウンターは原則タブレットで自分で調べる形で必要に応じてアシストしてくれる。初期画面は《Welcome & TOKYO》、ここでは《&》のキーを使ったがよく見るとこのロゴは&とは違ってステッキに風呂敷包みをぶら下げているようにも見える。初めて見るロゴであるが東京都がこれから使うのだろうか。オリンピックロゴのようなヘマのない事を祈っている。Webページを見ると外国人用観光案内所のマークとして上の二つが公認されている。特に小文字の”i"を使った後者は世界中で見かけるものに似ており認知度は高いと思われるのにまた新しいロゴマークで混乱させようとしている。国だ都だ協会だなどと縦割りの意地の張り合いをせずすっきりして欲しいものである。さてタブレット上、次の画面は言語選択画面で日本語を含めて10ヶ国語をカバーしている。次の画面では、索引・交通・行事・食事・日本食・買い物・文化・建造物・美術館博物館・何処行く・行き方・宿泊・WiFi・旅行情報・救急・便利帳などのボタンがある。その他にも《一般旅行案内》のカテゴリーもあり至れり尽せりである。開業2日目でもう繁盛している。今の海外旅行者は大抵スマホ片手に動いている。地下鉄も線別に色分けされており、駅もアルファベットと数字で示されていて分かりやすくなったが駅の出口・入口は相変わらず混沌としている。12路線があるといわれる新宿駅は最も乗り換えが分りにくい駅である。私に言わせればこんなに多くの路線を集中させることが間違いなのだ。日本の病院やある外国の地下鉄のように色分けされた線で導くという手があるが、こうも複雑ではそれもつくりようがない。
2016.04.08
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4月5日所用があって新宿に出た。新しく新宿南口にバスセンターができたと報じられたので冷やかしに行ってみた。まず甲州街道に面した新宿駅南口に出てみると目の前に高いビルと高架通路のようなものが道路の反対側に立ちはだかる。JR新宿駅南口(かって甲州口と呼んでいた気がする)は甲州街道の跨線橋で線路の上は広い空間であった。ここにJRがいろんな設備を作った。まず高い建物は新宿ミライナタワーと呼ばれる複合商業施設、この中にはNEWoMan(ニューマンと読むのだろうか)という食べ物街、そしてその隣に2階JR改札口、3,4階にバス・タクシーセンターが4月4日に開業したばかり。東京という大都会では前日オープンしたばかりと言うのにもう大変な人の群れ、しかも異常に高い割合で外国人旅行者が吸い込まれている。今年1月にここを通った時、橋の上に何やら歩道橋みたいな物が作られていると思ったがバスセンターには屋根がないのでそう見えたものと分かった。バスセンターは《バスタ新宿》言う名前らしい。一日340万人が利用するという新宿駅は成り行きで膨張し過ぎてしまって混沌の極み、なんとこのエリアから出発する長距離バスは約1600便で始発点は19箇所もあった。なれない利用者にとって悩みの種だった。これを今回この《バスタ新宿》に集約したというのだ。当然ながらその規模は日本(世界?)一になってしまった。JRを出て甲州街道を横断するとそこからエスカレーターで3階に向かう。3階はTourist Information Center、タクシー乗り場となっているが現在タクシー乗り場はまだ閑散としている。4階に上がると広いオープンエヤーの広場はぐるりとバスの乗り場で囲まれている。広場の中央部に出口が有り、その穴から次々とバスが全国に散らばってゆく。この一つの穴を一日1600台のバスが通ると思うと変な気がする。バス待合所、発券所も同じフロアに有り、開業2日目というのにもうムンムンする混雑、それもかなりの割合で外国人観光客。確かに19箇所にも分散していたのでは外国人旅行者にとってはパズルだろう。それにしても新宿駅の混沌ぶりは特別でこの日も迷っている一組の旅行者を案内した。といっても東京に半世紀住んでいる私にも分かるはずもない。私の台詞は"I can find out for you, just follow me"。構内をうろついている内に彼らは"I found it, thank you"と言って去っていった。それにしても今時の旅行者は大抵スマートフォン片手に行動している。オリンピック会場もそうらしいがここも木材をモチーフにした内装である。 案内板と言い発券所と言いバス停というよりは空港の感じ。発券所から外に出ると乗り場にはこんな感じの案内板がある。21.00発の博多行の案内がこの時間(10.54)にもう表示されている。そして出発広場からは私が東京で一番贔屓の代々木のNTTビルが指呼の距離。反対側の直下は新宿駅南口である。以下は余談であるが、この《バスタ新宿》のネーミング、品がないと思うのは私だけだろうか。少しだけ調べてみると、公募名で11人がこの愛称を提案したとか。単純にバスとタクシーのターミナル、ここから星のように全国にバスが出てゆく(バス+スター)、など日本人得意の語呂合わせであるが《スタバ新宿》とか《パスタ新宿》とか揶揄する人も多いと聞く。"Bust Shinjuku"(新宿なんてぶっ壊せ)でないことを祈っておこう。
2016.04.07
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例年この時期になると我が家の周りは桜に囲まれる。毎年繰り返される季節の便りとして必ずブログにアップすることになる。今年も新年度の始まりとして記録に留めておくことにする。我が家のベランダ直下は河畔の歩道と両岸の桜並木、この桜並木は我が家から上流に約1キロ下流にも約1キロ続いている。直下下流上流は石神井公園に続くので自然と足は上流に向かうことが多い。人は花の満開をもてはやすが本当は薄いピンク色というかいわゆる桜色を帯びる8-9割咲きが最も美しい。満開以降は花びらがほとんど真っ白で艶めかしさにかけてしまう。《薬師堂橋》普段は川に入ることは禁止されていると思うが満開の花の下カヌーを浮ばせようとする人がいる。今は水も綺麗なのでさぞ気持ちがいいことだろう。何しろ両岸はこの景色である。上の写真の桜並木の下は私が毎日出かける散歩道となっている。今は花のトンネルを作っているがこれから夏にかけては桜葉の作る濃い緑陰が有り難い。並木をはさんで片側は車道のため枝は一方にしか伸びていない、歩道の下は川床のため片方だけに伸び放題になっている。その結果樹齢3-40年のかなり太い幹にもかなりの負担がかかっている。こういった作樹法でいつまでこの幹が持ちこたえるのかいささか心配である。 結構風情のある橋もあり、灯篭の見える下の写真は川の上で三叉に分かれている《みあい橋》である。人が行き交い《見合い(であい)》の意味を込めた命名である。 儀礼的太陽暦の春ではなく、桜の開花で始まる実生活の春の始まり 今年も無事迎えられようである。あと何回この景色を見られるのか分からないけれどこの一瞬の光景を大切にしなければと思っている。
2016.04.06
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例年この時期になると我が家の周りは桜に囲まれる。毎年繰り返される季節の便りとして必ずブログにアップすることになる。今年も新年度の始まりとして記録に留めておくことにする。我が家のベランダ直下は河畔の歩道と両岸の桜並木、この桜並木は我が家から上流に約1キロ下流にも約1キロ続いている。直下下流上流は石神井公園に続くので自然の足は上流に向かうことが多い。人は花の満開をもてはやすが本当は薄いピンク色というかいわゆる桜色を帯びる8-9割咲きが最も美しい。満開以降は花びらがほとんど真っ白で艶めかしさにかけてしまう。《薬師堂橋》普段は川に入ることは禁止されていると思うが満開の花の下カヌーを浮ばせようとする人がいる。今は水も綺麗なのでさぞ気持ちがいいことだろう。何しろ両岸はこの景色である。上の写真の桜並木の下は私が毎日出かける散歩道となっている。今は花のトンネルを作っているがこれから夏にかけては桜葉の作る濃い緑陰が有り難い。並木をはさんで片側は車道のため枝は一方にしか伸びている、歩道の下は川床のため片方だけに伸び放題になっている。その結果樹齢3-40年のかなり太い幹にもかなりの負担がかかっている。こういった作樹法でいつまでこの幹が持ちこたえるのかいささか心配である。 結構風情のある橋もあり、灯篭の見える下の写真は川の上で三叉に分かれている《みあい橋》である。人が行き交い《見合い(であい)》の意味を込めた命名である。 もう一度最後に今日のベランダ直下儀礼的太陽暦の春ではなく、桜の開花で始まる人間生活の春の始まり 今年も無事迎えられようである。あと何回この景色を見られるのか分からないけれどこの一瞬の光景を大切にしなければと思っている。
2016.04.04
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4月1日所用があって西武線の桜台駅に降りた。我が家の周りはまだ満開前であったがここではその時ちょうど桜が満開であった。約束の時間に少し間があるので千川通りの歩道を江古田方面に進んでみると見事な咲きぶりであった。千川通りは玉川上水の支流である千川を暗渠化して作った通りである。千川上水は主として農業用水のため川の周りは畑で土地に余裕があったそこで暗渠化した部分は桜並木・自転車道・歩道として利用され、桜木もゆったりと茂っている。多くの車道に沿っている桜並木は枝が大きく刈り込まれて窮屈そうに、そして非対称な樹形なのに対してここではゆったりとした樹林帯があるので美しい並木である。千川通りが環七道の下をくぐるとすぐ武蔵大学のキャンパスになる。東武鉄道の初代社長根津嘉一郎が創立した学校がライバル西武線の沿線にあるのは不思議な気がする。ここの校門脇の守衛所はロケットの弾頭のような形をしている。校舎はつい数年前まではいかにも大学といったレンガ建てが多かったがここ数年の間にガラス張りのビルが多くなったしまったのは残念である。今回はキャンパス内には立ち入らなかったがまだまだこのキャンパスには大木が多く小川が流れ、武蔵野の面影を残す貴重な空間である。先にも記したがこのあたりの街路樹は樹形がいい。もちろん桜といえども街路樹であるから選定はされているものの枝は四方に伸びて街路樹ではないように枝を広げている。
2016.04.03
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神々の山嶺という映画が公開されている。前夜シルベスタ・スタローン脚本・主演のCliff Hangerというスリル満点の山岳映画を見て思い立ち大泉学園のシネコンに出かけた。阿部寛と岡田准一のエベレスト山での死闘の演技は圧巻で山景色もさる事ながら頂上下で遭難して凍りついているカリスマ登山家阿部の遺体の横にたどり着いたカメラマンの岡田がそばにあった阿部の日記から阿部が登頂を果たした後の遭難であることを知る。1956年のモンブランを舞台にした映画《The Mountain》とともに私にとっての二大山岳映画となった。私的に映像を持ち合わせないので山岳映画の話題はここで置きその帰り大泉学園駅のプロムナードに出てみると可愛いアニメ彫刻が何体か置いてあった。先日もブログに書いたが練馬は多くの漫画家・アニメスタジオ・プロダクションがある。ここ大泉学園は東映アニメスタジオがあった関係で多くのアニメーション映画がここで製作されている。 可愛い兄弟が鉄腕アトムと戯れている。銀河鉄道999のメーテルも颯爽としている。つい最近まで西武池袋線で全体にこのアニメのシーンがラップされた10両編成の電車が走っていたが最近見かけなくなった。その先頭車輌にはこのメーテルが描かれたいた。その横にはあしたのジョーが今にも左手のアッパーカウンターを打ち込もうとしている。最後に可愛いビキニの少女像があり、《うる星やつら》 と説明文があった。私は初めて目にする題であるがこれも1984年公開の人気のアニメ映画だそううだ。一時日本のアニメ映画はほとんどここ大泉のアニメスタジオで製作された時代があった。ここにはかって東映映画撮影所が有り、東京23区内では最後まで残った撮影所で、多くの東映任侠映画が作られた。その跡地に出来たのが多くのするスクリーを備えたスーパーシネコンである。撮影所は1970年代には時として使われる事もあったようだがもう常用されてはおらず、使っていない時には誰でも潜り込むことができた。私もウオーキングの途中で潜り込んでみると、古びたセットの街角ではがれた看板が風に吹かれたりしていた。荒れ果てたハリボテの銀座の街角が夕闇迫る頃、寒風にガタガタゆれているところなど荒廃した西部劇の街角を見る気分がしたのを覚えている。こんな思い出のある大泉学園東映撮影所である。ここには今もアニメ関係の多くの施設があり、アニメ博物館もあるらしい。久しく訪ねていなかったのでつい思い出記を書く始末になってしまった。
2016.04.02
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河畔の桜の開花状況を見ようとベランダの端に出てみると西武ライオンズのバスが止まっている。これは球団のバスというより西武バスの貸切車両なのだろう。気が付くとその向こう側に派手な武将の絵がある。 さらにズームアップしてみると兜の前立てに六文銭が見える。今流行りの真田幸村の絵姿みたいである。河畔に降りてみると千曲バスの車両で側面いっぱいに他の場面が描かれている。こんな派手なバスが市中を走っていると映画の宣伝みたいであろう。そしてバスの後面には上田城の絵もある。何年か前に桜満開の上田城を訪れたことがあるがこの城は三谷幸喜のNHKドラマでは幸村の父昌幸が徳川家康を騙して築城させ、家康の攻撃を何度も撃退したと言うことになっている。現代であれば新聞の数段抜き一面トップニュースで、稀代の詐欺事件である。最も戦国の時代にあっては騙されたほうが馬鹿で騙した方は英雄である。さらにその隣には小諸城を描いたバスが止まっている。西武バスと千曲バスは池袋・上田間の高速バスを共同運行しており相手の領地では互いに車庫を提供し合っているのであろう。どうでも良いことだが真田の「赤構え」のど派手さを見る時戦争とは騙し合いだと思う。派手な振る舞いは強さを連想させるものだろう。そこでは騙しても勝った方が正義なのである。スポーツの世界で試合に負けて勝負に勝つたなどというがやはり勝った方が嬉しいのは人間の性である。今日はエイプリルフールの日、もう少しスケールの大きなフールが披露できればいいのだが、そういうことには日頃から慣れていない。こんなやっつけ仕事は器量の小ささをさらけ出してしている気がするが事実なのだから仕方がない。 事実だから仕方がない。
2016.04.01
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