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8月末から9月末にかけて,浅田次郎の『中原の虹』を読んだ。期待外れの所もあるし,感想としてはやや辛口だけれど,自分語りも含めて書いていこう。中原の虹(1)【電子書籍】[ 浅田次郎 ]僕が浅田次郎の名前をはじめて見たのはいつのころか,覚えていない。高校の図書館で『シェエラザード』を見て,アラビアンナイトを期待して裏表紙のあらすじを見たら全然関係なくて書架に戻したような気がする。また,ロースクールのころ,民法の教科書を読んでいたらコラムで『鉄道屋』に対して「いい話風にしているけれど,法的にそれでいいのだろうか?」と突っ込みをいれたのをなんとなく覚えている。あとは時期を覚えていないけれど,たぶん学生のころ,『天切り松』を読んで,「あんま面白くないなぁ」と1冊で読むのをやめた。で,今回の『中原の虹』だ。本当は『蒼穹の昴』を読みたかった。ところが,図書館で1巻が借りられてて,とりあえず「どうやら続編らしいけど,読んでも大丈夫だろう」とこちらを手に取ったのだ。さて,おおざっぱなあらすじだけれど,『中原の虹』は張作霖を主要人物として,20世紀初頭の崩壊寸前の清代を描くと,そんな感じだろう。あえて張作霖を「主人公」ではなくて「主要人物」としたけれど,どうにも張作霖は主人公っぽくはないからだ。張作霖の内面の描写がほとんどないこともあって,彼が何を考えているのかいまひとつよく分らない。一方で,西太后やら袁世凱なんかはこれでもか,と内面描写がされていて,「この事件のとき,袁世凱はどんな気持ちだったのか」とか,「どうして西太后はこんな決断をしたのか」という点についてくどいくらい説明がされている。しかも,張作霖についてはどういう生い立ちをしたのか,なぜ馬賊になったのか,趣味はなんのか,どういう恋をしたのか,という部分の描写や説明がほぼない。Wikipediaを見たところ,張作霖の少年時代はよく分ってないらしいけれど,それならば著者の方でうまいこと創作話をいれて欲しかったように思う。人物について色々思うところもあるけれど,とりあえず登場人物から西太后のことを書こうと思う。西太后は全4巻のうち2巻のラストで死んでしまうので,だいたい物語の半分くらいで退場するのだけれど,かなり重要な人物だったと思う。西太后について浅田次郎はかなり同情的なようである。西太后は箇条書きにすると,こう考えているのだ。①このままだと清,というか中原は西洋人の植民地にされてしまう。②誰か,天命を持った人物が立ち上がってこの国をまとめてもらう必要がある。③そんな天命を持った人物が立ち上がるため,あえて自身の悪名を広げよう。④そして,中原を支配するのは満州族である必要はない。なんとも論理がよく分らない。時節柄,間違いなく理解できるのは①のみである。②について,既存の清王朝があるのだから,普通に善政を敷けば良い。③については支離滅裂である。中国人のヘイトを自分に向けたところでそんなうまくことが運ぶとは思えない。特に清は征服王朝だし,内紛で国力が弱ったところに列強が漁夫の利を狙って攻めてくることだって十分ありえるのだ。④について,自分の民族より一地域の平穏を願うのはちと無理があろう。袁世凱についてもそうだが,どうも著者は権力者をかなり美化して描いているように思う。「狂人のマネとて大路を走らば,即ち狂人なり。悪人のマネとて人を殺さば,悪人なり」とはよく言った物で,権力を持った王が暴君のマネをするのならば,動機がどうであれそれは暴君だろう。西太后擁護論としてもちとおかしいように思う。なお,物語を陳腐にしているのが,「龍玉」というものである。天命の象徴であって,この龍玉を手に入れたものが天下を取るそうである。ただし,天命のない者が龍玉を手に入れると,五体がバラバラになって死ぬ。作中では,創成期,太祖ヌルハチやタンタイジ時代の清についてを,ヌルハチの次男・ダイシャンの視点を通じて,清の順治帝が龍玉を得るまでのいきさつを描いている。逆に言えば,ヌルハチ,ホンタイジらは天命がなかったせいか,それとも龍玉を手に入れられなかったのか,満州地方を統治していたけれど山海関を超えなかった,中原に侵入してはこなかったのだという。しかし,清王朝に代々伝えられてきた龍玉は乾隆帝以後,龍玉はどこかに失われてしまい,清は天命を失ってしまい,滅びに向かって進み始めたのだ,という。ここは,本当によく分らない。話を見ていると,順治帝以後は康煕帝,雍正帝,乾隆帝と龍玉は代々伝わってきているようだが,世襲でいいだろうか。また,明の崇禎帝のように,龍玉を持っていようと滅びるときは滅びるようなのだが,そりゃどうなのかと。『十二国記』を思わせるこの設定,いらなかったんじゃないの,と思わせるところがある。勝った者が天命を持っていた者で,負けた者が天命を持っていなかった,これでいいのだろうと思うよ。たぶん,張作霖については,東三省の王となる分にはよかったけれど,天命を持っていないのに中原に侵入したから爆殺され,五体がバラバラになって死んだ,ということなのかもしれない。そんなこんなで,僕の中で『中原の虹』は比較的評価は低めである。結末が,張作霖が爆殺されるところではなくて,1920年くらいに山海関を超えるところで終わってしまう。張作霖は1928年に死去しており,下り坂になるものの張作霖の人生はまだまだ続くと言う意味でも,そこまでやって欲しかったように思う。なお,この物語は『蒼穹の昴』の続編なので,先にそちらを読んだ方がいいだろう。前作から引き続き登場する人物がかなりいるのだけれど,そちらを知らないことには楽しめないかもしれない。中原の虹(4)【電子書籍】[ 浅田次郎 ]
2021.09.27
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現実世界では藤井聡太が19歳で三冠を達成し,まだ今シーズンで四冠の可能性も残しているという意味の分らん状態になっている。一方で創作の『りゅうおうのおしごと』である。今回も八一の対局はお休み。八一は将棋の本を出版したりするし,特に東京の棋士たちにフォーカスがあたる。りゅうおうのおしごと!15【電子書籍】[ 白鳥 士郎 ]本作,あんまり1つのテーマだけで1冊ができていないので出来事を適当に箇条書きすると,以下の通りになる。・八一,棋書の執筆をする。執筆態勢は美人編集者,供御飯万智とカンヅメでお色気描写もあり。・雛鶴あい,東京で修行を開始する。山刀伐八段と,鹿路庭珠代の世話になりつつ,心構えなどを学ぶ。・山刀伐八段,盤王のタイトルを掛けて名人に挑むもののフルセットで敗退する。・山刀伐八段,A級トーナメントを勝ち抜き,再度名人に挑むことになる。・銀子,八一の書いた『九頭竜ノート』を読み,復活の兆しを見せる。・神鍋歩夢,ノンストップでA級入り。だいたいこんな感じかな。表紙にもなっているけれど,メインのテーマとしては,八一の棋書『九頭竜ノート』(元ネタはたぶん『島ノート』かな?)の執筆なのだけど,裏のテーマは山刀伐八段の戦いっぷりなのだろう。山刀伐八段は,この物語の初期から登場している中堅棋士である。Wikipedia見たら年齢が3巻時点で38歳だし,八段というのだから,もう伸びしろはない・・・,とは言わないが成長がさほど見込めなくなっている。そんな彼が,これまで一度も手に入れたことのないタイトルを掛けて名人に挑むのだ。ふと考えてみれば,本作では登場人物の多くがなにが,当たり前のようにタイトルを持っている。八一は現在,竜王と帝位の二冠である。特に女流では銀子は女流二冠であたっし,その他,女流ではメインキャラのほとんどがタイトルを持った経験がある。ただ,タイトルを持つというのは,一度でもいいから日本一になった経験があるということを意味している。スタートの機会は平等に与えられているとしても,結果は無情で現実世界の羽生のように1人で100近くを独占する者がいる一方で,たいていの棋士は1つのタイトルを持つこともなく消えていくわけだ。作中,「一度でもタイトルを獲ったら人生が変わる」だの言われているが,そういうものなのだろう。想像するに,オリンピックの金メダルみたいなもんだろか。引退時点で,A級に10年いたのなら「A級在位10年」という,わかる人にしか分らん表現になるのもそれはそれですごいけれど,一度でもタイトルを取れば元王位とか,そんな感じになるのだし。前々から指摘しているが,恐らく本作の著者は,才能溢れる八一を描くよりも,それ以外の才能がない,負けの多い棋士がそれでも諦めずにあがく姿を描く方が好きなのだろう。山刀伐がタイトル挑戦のため,雛鶴あいの世話を何くれとしてくれたのも,この小学生から何かの刺激を受け,強くなるためであるし,タイトル戦にフルセットで敗れてアパートで慟哭する姿は鬼気迫るものがある。もちろん,著者があがく者の描写に力を入れている,と感じるのは,読み手の僕に問題がある可能性はあるけれど,八一がお色気やっとるよりも心には残るのだ。さて,それで次の話なのだけど,そろそろ終わるのかと思いきや,別にそんなことはなく話は延々と続いていくようだ。次の巻でやるとしたら,名人戦への挑戦権を得た山刀伐八段の挑戦を描くのか,半世紀ぶりにノンストップでA級入りをした神鍋歩夢を主軸にするのか。たぶん,神鍋歩夢のモデルは佐藤天彦だと考えられているのだけど,そうだとすれば名人を破って名人になるのは彼なんだろう。続いていれば,八一竜王対神鍋名人となるのだろう。それがいつになるかは分らんけど。りゅうおうのおしごと!15【電子書籍】[ 白鳥 士郎 ]
2021.09.17
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僕はかれこれ20年近くはアーサー王伝説のファンをやっている。推しメンは時期によって違うものの,ここ10年くらいはガウェイン卿である。そんなガウェインを主役にした海外小説『五月の鷹』がクラウドファンディングで復活させるという話がTwitterでまわってきたのが2020年10月。即座に出資してみたところ,手元に来たのが2021年9月。約1年越しで感慨深い。五月の鷹 [ アン・ローレンス ](どうせまた絶版だろうか,即座にポチって欲しい)内容の前にちょっとだけガウェインについて語りたい。マロリーの『アーサー王の死』なんかを読んでいると,これはアーサー王や円卓の騎士の物語を集めてまとめたものになるところ,冒険をすすめる主人公格の騎士がところどころ入れ替わる。そんななか,ガウェインが主役級の活躍をする物語はほぼないと言っていい。冒険をすれば,たいてい失敗するのだ。ガウェインを主役とした有名な物語,つまり「ガウェイン卿と緑の騎士」だの「ガウェイン卿の結婚」だのは『アーサー王の死』には収録されていないのだ。そんなわけで,僕はてっきり『五月の鷹』を,ガウェインを主役とした,雄々しい冒険の物語だと10年以上は勝手に想像をしていた。さて,肝心の『五月の鷹』の内容であるけれど,これは「ガウェイン卿の結婚」を原典としたリライトになる。濡れ衣を着せられたガウェインが,自分の潔白を証明する神明裁判の課題として,「全ての女性が望んでいるものは何か?」という謎を1年かけて探す,というのである。もとの「ガウェイン卿の結婚」だと冤罪云々という話はないので,この点がアレンジと言えるだろか。また,「ガウェイン卿の結婚」をそのままやるのではなくて,ちょっと魔女っぽいガウェインの妹やら,マロリー版ではさして目立っていなかった女性キャラに焦点が当てられているように思う。見どころとしては,「全ての女性が望むもの」の答えを求めてガウェインが放浪していた1年間,ガウェインは何人もの女性と交流していくところなのかな。ガウェインは名前を隠していても,とにかくモテる。行く先々でそんな雰囲気になるのだが,別にそれは騎士として優れた腕前を持っているというのではなく,礼儀正しさやマナーのよさであったりするあたり,人柄が出てるように思う。結末としても,「ガウェイン卿の結婚」とだいたい同じ流れである。老婆に謎の答えを教えてもらったガウェインは見事に潔白を証明し,それから美女と結婚までするというハッピーエンドである。色々と気になることもあるのだが,まず思い浮かぶのは,「ランスロットはどこにいたのだ?」という話である。アーサー王の円卓において,第1の騎士はランスロットである。そんな彼が全く登場しない。トリスタンも,ラモラックも出てこない。活躍が許されていたのは,ガウェインの弟たち,つまりガヘリス,アグラヴエイン,ギャレスの3人と,従兄弟という設定になっているユーウェイン,パーシヴァルと,その他血縁以外ではケイ,ベティヴィアくらいであろうか。このあたりは,あくまで槍試合だの戦争をテーマに据えていないのだから,あえて円卓の騎士たちを出す必要はなかった,ということなのかもしれない。また,物語冒頭でガウェインは「雪原で血を吐いて死んでいるカラス」を見て,「雪のように白い肌,血のように赤いくちびる,カラスの羽のような黒髪の美女」を想像し,結末でまさにそんな容姿の美女と結婚するのだけれど,はたして「雪原で死んでいるカラス」から美女を想像するというのは,日本人には馴染みのない感覚だ。同様に,「雪原で死んでいるカラス」から美女を連想するというのは童話『白雪姫』でも見られるし,円卓の騎士で見ればパーシヴァルなんかも同じことをしている。それでも,やっぱり妙な感じはするなぁ。あと,どうしてもガウェインの結婚相手については,どうしても唐突感があるのよね。ポッと出てきた美女が登場するのはどうだろう,と思う。総評として,『五月の鷹』はあんまり男の子向けじゃないかもしれない。ガウェインが槍試合だの戦争で腕前を発揮すると言うことはない。バトルシーンがないので,そこは微妙だろう。よく語られている,「午前中は力が3倍になる」という特異体質が語られるわけでもない。ただ,女性向けならずいぶん違うかもしれない。つらつら考えてみるに,ガウェインの冒険で著名な2つ,つまり「緑の騎士」も「ガウェイン卿の結婚」も,どちらもガウェインは主人公としてその武勇で敵を打ち負かしているわけではない。「緑の騎士」では首斬りゲームに参加するという勇気や,相手との約束を守る誠実さ,それでいて命を惜しむ人間的な弱さを見せたりもする。また,「ガウェイン卿の結婚」ではアーサー王のため老婆と結婚するという自己犠牲と忠誠心,そして女性への献身を見せてくれる。どうやら,ガウェインという人物は,その武勇よりもその精神性にこそ卓越性があるようだ。ふと,僕は『五月の鷹』を読んでいて,そう感じた。逆に言えば,平然と主の妻と素知らぬ顔で不貞したり,不貞現場を押さえられたからと逆ギレして円卓を崩壊さているような奴は,どれだけ実力があってもクズなんですよ。どこの誰とは言わんが・・・。五月の鷹 [ アン・ローレンス ]
2021.09.09
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