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今日は今月5つ目の事業、重度しょうがい児のプール支援でした。7日は就労に関する講演会とグループディスカッション。13日は私の専売特許の福祉喫茶。16日は炭谷茂氏の講演会。23日は成年後見の講演会。そして今日のプール支援。大変なものですね。会が大きいだけに事業費がたくさんあるのはいいけれど、家族を犠牲にしての運営にこれからの若い保護者がどれだけ付いてくるか?様々な問題が山積しているようです。私自身は長男の進路の関係でやがては会を離れるだけに、これからの育成会の動向をとても心配しています。
2008.11.30
こんな田舎に国語学者の金田一先生が講演に来るので行ってきました。たまにも社会福祉以外の講演も聞かないと頭が変になりそうです。とかく日本語は乱れていると言われます。金田一先生も芸達者で大学の学生たちの口振りやコンビニの店員の口振りを真似て面白おかしく話し、館内は爆笑の渦に巻き込まれていました。締めくくりは野口英世の母がアメリカに行ってしまったわが子に宛てた手紙の話です。私は知らなかったのですが、野口英世の母は息子に手紙を出したくて、年老いてから昔の尋常小学校に通い始めたそうですね。話は突然変わりますが、長男が小3の時に初めて家族で福島県に観光に行きました。磐梯山の見事な紅葉を見て広い猪苗代湖を見て富山も美しいですが福島も負けず劣らず美しいと思ったものです。ところが、長男がちょうど思春期の出始めで大変な時期で、コンビニの駐車場に車を停めればご機嫌なのに、観光地では大暴れという状況でした。五色沼も泣いて泣いてどうしようもないので、二色沼で折り返してしまったほどです。今でもそれだけは悔やまれます。そんなアクシデントの続く中、野口英世記念館だけはと駐車場に旦那と長男を置き、長女と入館しました。そのときに見たのが、その英世の母の手紙です。話を元に戻します。金田一先生は、「平仮名も間違いだらけだし、方言丸出しだけれども、あれこそ一点の曇りもない美しい日本語だ!」と話していました。美しく心地よい日本語とは、身の丈に合って、相手と分かち合える言葉だそうですよ。(なるほどなぁ…)と感心しました。慌てて申込んだ甲斐がありました。金田一先生はあちこちで講演なさっているようなので、皆さんも機会があれば聞いてみてください。
2008.11.29
うちも掛け始めた共済制度。親が死んだ後でも経済的負担が少しでも緩和出来たらと掛けてるのに、収入と見なされて福祉サービス利用料に加算されてたなんて一体毎月何のために掛けてるんだか~。福祉制度って絶対間違ってる。
2008.11.28
あなたは知的しょうがいのある我が子が何歳になった時に後見人を付けますか?20歳になった時点ですぐに後見人を付けるか?しょうがい者年金を家計の足しにしたいので、親が元気なうちは後見人は付けないでおくか?あなたならどっち?いずれはお世話になるであろう成年後見制度。いつ、どのタイミングで、誰が後見人になるのか非常に難しいです。先日の講演会ですが、講師に行政書士の先生をお招きしました。言わばプロです。実はこの先生、異色の行政書士でして、お嬢さんが重度心身しょうがい者なのです。自身も肢体不自由の養護学校でつい最近までPTA会長をなさっていました。恐らくこの先ますますメジャーになってくる方だと思われます。この先生が推進するのが、『親こそ最高最良の後見人』。後見人とは本人の財産を管理するだけが仕事ではありません。特に知的しょうがい者であれば、適切な福祉サービスを受けているのか?本人の思い通りの生活ができているのか?ときどき旨いものでも食べさせてもらっているのか?そんな『身上監護』の面から絶対に親が後見人になるべきであるというのが先生の大まかなお話でした。これには色々と異論があるでしょう。親がなるといっても先に死ぬのは親です。また、親だと逆に本人を押し付けてしまうことが出てくるかもしれません。第三者のほうが冷静な判断ができることもあるでしょう。まだまだ成年後見には議論をし尽くしてもし尽くせないくらい問題が山積みです。でも、早くしないと私たちはすぐに年を取ってしまう。親御さんには決してこの問題から逃げないでほしいと思います。
2008.11.26
先日は学校で暴れたようです。木曜は「生単」で校内を掃除する課題をしていたのですが、いつもとは違う先生が担当になった模様です。連絡帳には、「掃除機の掛け方が少々雑なのと、持ち手をちゃんと持たずに運んだことを注意され、プチギレしてました。慣れない先生や、上から目線のものの言い方だと怒ってしまうようです。」とありました。また、金曜は「総合」の学習で袋詰めの練習をしています。ここでも先生の指示通りに動かず、押し問答の末キレたようです。担任につまみ出されて、別室でにらめっこしていたとか。。。連絡帳の最後には「いろんな先生のいろんな注意に一つずつ当たっていってほしいです。」と結んであります。知的レベルの低い長男は恐らくいつも手探りで生きていると思われます。真似に頼るのもそのせいです。長男に「きちんと掃除しろ!」と言われても、そもそも掃除機って何するもん?て感じなのだから、レベルの高いことを要求されても無理なのでしょう。なまじサッサと動くものだから「よく働く子だ」と見られがちですが、そこらへんを分かってあげないと高等部では日々バトルが繰り返されるかもしょうがい児の指導は難しいものです。保護者はとにかく家でも影響が出ては困るから学校ではあまり叱らないで欲しいと願います。でも、先生は技術的な向上を期待し、またいろんな人と関わり、揉まれていく中で、強い精神力を身につけて欲しいと叱ります。その相反するものの間にいるのが子供なのです。本当のしょうがい児教育とは一体何なんでしょう?あなたはわかりますか
2008.11.25
昨日は県育成学齢期部会と富山市の学齢期部会の合同講演会でした。 私の単独事業じゃないからまだ助かります。 子供参加のお楽しみ会みたいな難儀な事業と違って、講演会は役員さんも比較的動き易い事業。 それでもあちこちから、「富山米さーん!」、「富山米さーん!」と呼ばれて苦笑いの私です。 企画しないと動けないし、場数踏まないとわからないこと多いですよね。 そんな中、保育ボランティアに学生さんが11名も来てくれました。 子供よりボラさんのほうが多かったりして…。 皆さんノリが良くて、なだれ込んだらしいです。 それに引き換え保護者の熱意は株価並みに暴落して止まるところを知りません。 困ったものです。 講演内容についてはまた後日。
2008.11.24
今朝は掃除男と長男の間でちょっとしたバトルがありました。長男がサッサと朝食を済ませて、あと1箱になった内職をやろうと運び出したところ、掃除男が「待って待って掃除終わってから」と騒ぎ出しました。几帳面な長男がそんな制止を聞くわけがありません。「お願いだからまだせんといて!」「待ってって言うとるやろ!」「お父さん掃除してからだ言うとんねか!」などと、バトルを繰り返し、やっと長男を思い留まらせましたが、長男はプンプンで内職を始めてからも雑な態度でした。すると今度は「そんな怒るんだったら、どこにも連れていかんよ」ですって。やれやれ。。。よく似た性質をしていながら、どうして長男の心情がわからないのかしら?自分が掃除したいくらい長男も内職がしたかったのにねえ。ま、我が家の日曜はいつもこんな感じです。
2008.11.23
今朝の地元新聞に知的しょうがい者の方の絵が載ってます 優秀賞だそうです。 上手いんだかどうだかサッパリ私にはわからないこの絵。 長男の同級生たちのほうがよっぽど上手だったりして…。 要するに持って行き方だと思うのです。 知的しょうがい者の親御さんたちが、我が子にも何か励みになるようなものをとワークショップを運営します。 それが新聞社の目に止まり、スポンサーになって定期的にギャラリーを開くようになる。 新聞社主催の芸術賞に応募しないかと声を掛けてもらえる。 日の目を見ないような人が注目を浴びるようになるのです。 別に芸術的なことじゃなくても構いません。 例えばうちの長男は普段は田んぼの回りをグルグル走っています。 ジョギングするくらいならよくあることですから誰も注目などしません。 ところが、一たび駅伝大会でゼッケンを付け、たすきを掛けて走れば、沿道からたくさんの声援を受けてヒーローになれるのです。 私はこうした取り組みをぜひ全国のしょうがい児のお母さん方にもやっていただきたい! 誰でも我が子をヒーローにすることは可能なのです。 重度のしょうがいがあっても、むしろ重度だから注目されることもあるはずです。 多くの人の心を引きつけるのは、ほんの少しのアイディアとネットワーク作りだと思います。 頑張ってみてください。
2008.11.22
あまり文句を言うのも何なんですが。。。今朝、バス停にいるとバスが通り過ぎて行きました。うちのバス停は道から外れて一旦寄り道しなくてはいけないところにあるので、たまにこんな事があります。昨日はイボ焼きでバスに乗らなかったので、今朝も勘違いされたのかもしれません。そこで慌てて、2つ先のバス停へ先回りすることにして長男と車に乗り込みました。すると、向こうのほうでバスが迂回しているのが見えました。どうやら気が付いて戻ってきてくれるようです。私と長男は車から降りて道端に立ち、バスを待ちました。バスの扉が開いて長男が乗り込んだので、私は当然運転手さんが何か言ってくれるものだと思ってました。ところが、いきなり介助員さんに向かって「まだ(誰か)おるがか」と怒鳴るではありませんか。迂回させられてイラつくのはわかりますが、その物言いはなんでしょう?普通は観光客乗せて走っているんですよね?不本意で運転しているのは明らかで、そんなバスに乗るしかない養護学校の子供たちを不憫に思います。
2008.11.21
何ですか。先日の講演記録が県育成会会報に載るらしいです。あらら。。。(社福)恩賜財団済生会理事長 炭谷 茂 氏 「環境福祉学を障害者福祉に生かす」◎37年間の国家公務員生活で経験し、実践したこと。私たちは貧困というと、アフリカ難民を想像するが、実際には貧困とは老人であったり、障害者であったり、母子家庭であったり、刑期を終えた刑余者だったり、或いは最近はニートと呼ばれる世代であったりする。最近は景気が良くなっても、この貧困層は無くならず、むしろ増え続け、社会との関係が築かれないままでいる。 イギリスでは平成12年に、この社会から排除された弱年層を何とかしようと、「社会的排除対策室」が設置された。スラム街と呼ばれる地域を一掃しようと人々が立ち上がったのである。まずは、人々が集まる公園を整備した。それも、整備するのは障害者であったり、老人などの弱者である。草を刈ったり、花や木を植えるなど整備すると自然に人が集まるようになった。スラム街がスラム街でなくなった。これが、『ソーシャルインクルージョン』と呼ばれるもので、直訳すれば「社会的包摂」と読むが、その意味は「包み込む社会作り」というものである。大阪では平成16年に「社会貢献事業」というものが始まった。社会福祉協議会が5,000~6,000万円を投入し、弱者を支援しようと立ち上がったのである。また、平成18年より住吉公園の管理を知的障害者を雇用し行っている。更には古着のリサイクルショップを開店したり、プランターや鉢植えを販売する花屋なども開店している。 一般に知られる「ノーマライゼーション」の理念にも限界が見えてきた今、住民参加で取り組む「ソーシャルインクルージョン」の理念が台頭しつつある。◎これからの日本1970年代にイタリアで生まれた「ソーシャルファーム」は、今やヨーロッパ全土に広まり、1万社以上に膨れ上がった。その業種は環境整備、農業、ホテル経営、サービス業など様々である。こうした「ソーシャルファーム」を日本でも2千社を目指して進めていく。しょうがい者、引きこもり、ニート、高齢者など社会参加の難しい人々は日本でもすでに2千万人以上といわれる。第1の職場が一般企業就労、第2の職場が福祉就労とするならば、「ソーシャルファーム」は第3の職場として発展しなければならない。効率的な町づくり、環境と福祉を結びつけることによって、障害者の社会参加にも繋がり、日本社会そのものも変革していくであろう。◎具体的な取り組み現在のところ、環境福祉学会では70社の事業所の協力を得ている。 前記した大阪府あいりん地区での公園管理、古着のリサイクル。北海道のリサイクル会社での知的障害者の雇用。有機農法による大葉作りや有機肥料作り。竹炭作りによる森林管理などが上げられる。 リサイクル会社では、機械に頼れば70%しか回収できない資源を、自閉症の障害者が90%の回収率までアップさせている。障害者の特性を上手く取り入れることで、企業側も生産性をアップし、障害者自身にも生きる勇気を与える。 また、競争の激しい弁当業界でも、弁当の配達を精神や知的障害者にさせたところ、人気が高まり増収へとつながった。小さなお弁当屋にも弱者の社会参加が成立している。こうした「ソーシャルファーム」の発展に大切なのは企業人と福祉の結びつきである。また、国や行政の支援が必要で、日本はまだまだ遅れている。それにも増して大切なのは地域に住む市民の協力の必要性である。 記録:富山米
2008.11.20
先週末は私の大腸がん検診で盛り上がっていた長男です。ウンチプリントを「母ちゃん!このトゲトゲのところにウンチ付けるんだよ。」とやったことないくせに解説してくれました。その理解力をどうして国語に活かせない!面白かったので、ウンチプリントを連絡袋に入れて持たせました。長男は真面目ですから、ご丁寧に袋から取り出し、先生の机の上に置いたらしいです。「エーッ!便採らんなん」と先生勘違いして大笑い!しばし長男とプリントを眺めてお勉強したみたいです。クックック。。。
2008.11.19
14日にお母さん方数名と行ったのは生活介護の事業所でした。コンテナを2つくっつけた様な、外観はみすぼらしい施設でしたが、中は結構それなりに広くて悪くはありませんでした。ここは肢体不自由児の親御さんたちが声を上げて作った施設です。そのため、9割方車椅子の利用者さんでしたが、知的しょうがい者も受け入れていると市の福祉たよりにあったので行ってきたのです。知的でも作業ができない子はたくさんいます。その子たちを卒後どこに通わせるかが頭の痛いところ。今、いろんな情報を仕入れているのが富山米の仕事です。施設長さんに話を窺うと、特に知的しょうがいを避けるようなことは言われませんでした。去年までは基準該当と言われるもので寝たきりの利用者さんでも7千円の単価しか見込めなかったものが、支援法に基づくサービスを始めたおかげで区分6の人だと1日12,000円に単価が上がり、「おかげで黒字になった。」と喜んでいました。支援法で儲かるようになった事業所もあるのですね。全館床暖房で、入浴もできます。日中活動もユルユルで、文化活動的なものや、散歩やショッピングといった楽しい活動が多かったです。養護学校には病弱な知的しょうがい児も多いですから、私は快適なところだと判断しましたが、さて本人や親御さんは気に入りますでしょうか?話は変わりますが、今さっき福祉課から帰ってきたところです。生活介護についてアレコレ聞いてきました。どうも行政側としては、「生活介護」よりは「就労継続」を利用させたい意向なのが見てとれます。特に知的しょうがい者は動けますから、作業ぐらいできるだろ!と思われるのかなあ?でも、本人が希望するサービスを提供するのが何より大切なことですね。
2008.11.18
昨日の講演会の続きです。私は家で内職をしていますね。内職をくれる会社は本業がプラスチック部品の加工です。できあがったプラスチック部品にピンを刺す工程を内職者に委託しているわけですが、我が家では例えば1日5箱のノルマがあるとしたら、昼間のうちに私が4箱やって、わざと1箱残し夕方に長男にやらせているのです。これが「ソーシャルファーム」だと思います。実際には息子が内職をしていることなど会社には秘密にしていますが、1つの製品を作る工程の中にしょうがい者の手を使ってあげることがソーシャルファームの意義だと炭谷氏は述べているのだと思われます。近頃はエコの時代ですから、あらゆる製品も再利用ということで資源回収業者も増えてきました。電化製品などは機械を使って分解すると70%しか資源が回収されないのだそうです。ところが、自閉症のしょうがい者を雇って細かく分解させたところ、90%にも及ぶ資源が回収できたんだそうです。こだわりが強く、とかく厄介なしょうがいと見られがちな自閉症も、このように作業工程の中に取り入れてあげると思わぬ力を発揮するということが言えると思います。都会のほうではお弁当業界も競争が熾烈を極めるそうですね。少しでも安く、おいしい商品を提供しようとどの企業もアイデアを捻っているそうです。あるお弁当屋さんが、弁当の中身を作るのは健常者、配達する部門に精神や知的しょうがい者を配置したところ、「お宅の弁当はいい」と評判になったそうです。健常者がお弁当を配達すると事務的で何とも味気なくなってしまう。ところが、しょうがい者が配達するとニコニコと明るく笑い、お弁当を受け取るお客さんも自然に笑顔になると言うのです。不思議なものですね。しょうがい者には人を幸せにする力が潜んでいるみたいです。作業所や授産施設で働くことは所詮「福祉サービス」と呼ばれる部類のものです。しょうがい者自立支援法のおかげで、利用者は1割負担になりましたが、あとの9割は税金によって賄わなければなりません。麻生総理大臣が消費税を上げたがるのも仕方がないことです。しかしながら、少しでもしょうがい者が企業の担い手になって報酬を得られるようになれば、しょうがい者の生活も潤い、また生きる力にもなるし、社会も同時にしょうがい者を受け入れるようになるのです。「ソーシャルファーム」を推進することによって社会が生まれ変わる。これが、炭谷氏の説く「ソーシャルインクルージョン」と呼ばれる理念なのだそうです。
2008.11.17
県の育成会とサポート協会の共催講演会に行ってきました。どうせ私は書記なので行かざるを得ませんが…。講師は2年前まで環境省の事務次官だった炭谷茂氏です。ご自身は富山県出身であります。お役人のときから、環境と福祉とが結び付かないものかを研究されてきたようです。「ソーシャルインクルージョン」という理念があるんです。社会にはどうしても、しょうがい者とか老人だとか、ホームレスとか刑期を終えた犯罪者だとか、そうした弱者を排除しようとする力が芽生えます。排除してできた街が、たとえば大阪の西成区などです。しかしながら、そうした弱者に仕事をさせることによって、社会環境が良くなり、更には弱者の生活も潤うという考え方で、そのソーシャルインクルージョンを形にしたのが「ソーシャルファーム」なわけです。難しいようですが、たとえしょうがい者であっても、しょうがい者だからできる仕事は必ずあるはず!大きな工場で働くのは健常な社員だけど社員食堂で働くのはしょうがい者。或いは、公園で遊ぶのは子供たちだけれどその整備をするのはしょうがい者というふうに、1つの小さな場の中にも必ずしょうがい者が必要な部分は出てくるはずです。それを活かしてあげようという考え方は、これからの日本にはとても重要になってくるだろうというお話でした。具体的に取り組んでいる企業なども教えてもらいました。携帯投稿では限界なので、またいつかの機会に具体的な例についてお話したいと思います。「福祉就労」などは所詮税金を投入する労働です。ではなくて、社会の中にしょうがい者が担う部分を作ってやる…新しい風を私は感じました。
2008.11.16
ケーブルテレビで駅伝の様子を放送してました。さて長男はどれかな?ご丁寧にありがた家チーム6人共たすきを繋ぐところが写ってましたよん。感激ちなみに私の声援ならものすごく流れてました。。。
2008.11.15
施設見学の話は後日。見学前に2時間目の国語を参観しました。長男のレベルに合う子がおらず、中2の時から長男は最重度の子とペアで国語をやってます。(その子は別メニューをこなします)2学期は台所にある物の名前を書いてますが、これがまた厄介です。「かたてなべ」、「りょうてなべ」、「おろしがね」、「あわだてき」「ラーメンどんぶり」などをまずは写真とマッチングします。何度もやってるみたいで、まあまあできてました。次は空で書かなくてはいけません。これがまた目茶苦茶「ラーメンどんぶり」なんて長い文字無理だちゃだからうちの長男は4文字以上は無理なんだって先生は悪くないのですよ。だけど、もう国語は限界だわー。わかることだけやっていきましょうよ。先生。。。
2008.11.14
今日は恐らく最後の「福祉喫茶」。明日も一日参観のためか入りが悪くて、飲み物もお菓子も余っちゃいました。高等部も就労体験で学校にいないしね。でも、中身は濃かったですよ。育成会学齢期部会のグループディスカッションでも、「保護者みんなは語りたいんだ!」って認識しましたが、今日もいろんな学年の保護者が語っていかれました。私も相手をして疲れました。同じ養護学校の保護者でも、ものすごく物知りな人と、ほんとに一から教えてあげないといけない人と極端ですよね。これはうちの学校だけじゃなく、全国的なものだと思います。どうしたら情報って均一に知れ渡るんでしょうね。私のオリジナルの福祉喫茶。今日はおしゃべりだけで、さながらピア・カウンセリングの形式でしたが、先輩後輩で情報交換が無くなった今、そしてこういう時代だからこそ「福祉喫茶」は必要なのではないでしょうか?でも、私は止めちゃうの。その理由はまた追い追い・・・。
2008.11.13
13日、14日と長男の養護学校では一日参観です。 13日は私のオリジナル。 世界でたった1つの「福祉喫茶」開店の日です。 恐らくこれが最後の開店日でしょう。 14日はプライベートでお母さんたちを連れて施設見学に行ってきます。 ところが、めったなことでは忙しくない内職がここにきて激増!! まだ学齢期部会の準備中ではなかったから良かったものの、これではろくに長男の授業も見られません。 ごめんね。 仕事ばっかし入れちゃういけない母さんで・・・。
2008.11.11
昨日の午後も長男をプールに入れました。いつも一緒に来ている自閉症の少年がいます。彼は長男よりは甲斐性があるため、小4のときから一人でプールに来ています。秋も深まったこの時期。プールはガラガラで少年も本意で来ているのではないことがわかります。ケラケラ笑い勢い良く更衣室から飛び出してくる長男に比べ、少年が更衣室から出たのは20分後でした。少し幼児プールに入ったかと思うと、すぐにジャグジーバスに入り30分間浸かりに浸かって帰って行きました。いくら温水プールとはいえ、水温も35℃しかありません。幼児プールに入り、「冷たい」と感じたからでしょう。スタイルだけは北島康介並みの競泳用でも、どうせ会話にならないことを知ってか監視員さんも誰も彼には声を掛けません。ビート板サーフィンを楽しみ「母ちゃんどうだ?上手いか?」などと目配せしてみせたり、監視員さんに自分で締めたキーバンドを自慢げに見せたりしている長男に比べたら、何て寂しい少年でしょう。少年は風のように現れ、また風のように去っていきました。他のお母さんに言うと、「一人でプールに来られるだけでもすごいじゃない!」とは言いますが、本当に彼はプールに入りたかったのでしょうか?たしかに小学生のときは排水溝に水をたくさんかき入れて、ゴボゴボと音を立てながら吸い込まれていくのを眺めては喜ぶ姿が見られました。でも、もうそれが楽しいと思える年でもないようです。ろくな遊戯施設もない田舎町。そこで生きる知的しょうがい者の余暇について考えさせられます。そういう私こそ本当に長男にとって楽しめる余暇を提供しているのかどうか?これもまた疑問です。ただ安静に、そして安全に生きていればそれで良いというものでもないでしょう。そんなことを考えるのは私だけでしょうか?
2008.11.09
先日の学齢期部会の講演会は、テーマ的にはニーズに合ったものかどうかは分かりません。しかしながら、コーディネーターさんという職業を保護者に紹介したい、相談支援事業の充実を図りたいという私の本意は少しは通じたかな?とは思いました。今回呼んだ講師の方は、ある地域のコーディネーターさんです。養護学校の講演会というと、就労先の事業所の所長さんだったり、卒業したOBの保護者だったりします。でも、卒業したあとに頼りにしていた担任の先生とも離れてしまい、さあ!日常的な相談は一体誰にしたらいいのかというときに、頼りになるのがコーディネーターさんではないでしょうか?そうした意図があって今回お呼びしたのですが、参加された保護者の方々は私の思いを酌みとってくださったでしょうか?相談支援事業というのは、各市町村が行う地域生活支援事業の中に盛り込まれています。この事業が活発にならないと、市町村も「なーんだ。しょうがい者は別に困っていないんじゃないか。」ということで予算が削られてしまうんですよね。そうならないためにもドンドン盛り上げてってほしいのがこの事業なんです。いつも私が言うことなんですが、養護学校を卒業して地域に帰ってきたときに、誰に頼って生きるのかが私たち保護者の頭の痛いところです。もちろん、役所に駆け込むのが一番なんですが、異動で頼りにしていた福祉課の職員がいなくなったりと不便なことが出てきます。そんなときに、このコーディネーターさんていう職業の方を頼りにして強く生きていってほしいなあと感じています。11月7日の事業が終了してホッとしています。と同時に、運営の難しさも浮き彫りにされました。シビアな現代の保護者が育成会活動の未来をしっかりと支えていくとは思えません。私も疲れて、これ以上努力はしたくないのが本音です。これからの学齢期部会の危機を正直感じますね。
2008.11.08
私がほとんど1人で準備している講演会。今日無事終了しました昨日も言ったとおり、学齢期部会に専門の役員さんがいないため、お手伝いは各支部の役員さんが手を上げてくれました。富山米心より感謝ですどんなに友人知人が多い人でも、適材適所でその人たちが動いてくれなければ意味がありません。「あなたは受付ね。あなたには車の誘導お願いします。」と言ったときにスーッと動いてくれる人が嬉しいのです。これは一度や二度の役員経験でできるものではありません。何度も人のために働く経験があるからこそ自然に仕事をこなせるのだと思います。そうした優秀な人材に囲まれたことに感謝するとともに、私はつくづく幸せな人間だなぁと感じました。たくさんの仲間に巡り合わせてくれた長男に「ありがとう!」と言いたいです。今後も毎週のように行事が続きます。けれど、今日のように私が総監督みたいなものはもうありません。心底ヤレヤレって感じです。
2008.11.07
明日は私が主催の育成会学齢期部会講演会。 そもそも学齢期部会に専門の役員などおらず、お手伝いは皆よその支部からの応援です。 行政に例えるなら、富山市など各市町村の役所には職員がいるのに、肝心の県庁には事業予算があるのに誰も職員がいないという感じかな? 講師依頼と打ち合わせ、プリントの作成と配布、参加者集計、駐車場や備品の手配、担当者の手配と配置etc。 うーん!我ながら惚れ惚れする仕事ぶり。 ところが、いよいよ明日に控えて親戚に不幸がありました。 正確には年寄りの親戚なんだけど、もう代が替わった我が家では冠婚葬祭は旦那が行きます。 その準備でバタバタして、長男のイボ焼きに皮膚科を受診して、講演会の看板をプリントアウトしたところで、内職の追加が来ました。 ギョッ!月曜日の朝までに15箱ですって!! どうなっとるの? トホホ…。
2008.11.06
今回の駅伝大会には初めて長男の後輩君が出場しました。地元の中学の特殊学級にいる子です。身長は165センチの私を優に超え、骨格も大人以上でスタミナ十分といったところです。ところが、うちの長男のように一日のスケジュールの中にマラソンを組み込んでしまって、走らないと次のスケジュールに行けないようになってる子と違い、体育の授業以外走ったことのない少年を出場させるには大変苦慮しました。養護学校の運動会を一度でいいから見に行ってみてください。たったの100Mを走らせるのに、先生方は大変なご苦労をされています。事前に何度も練習をしますが、当日になって走ってくれるかどうかは本人の気持ち次第です。先生は一緒について歩いたり、ゴール前で待ち構えて大声で名前を呼ぶなどして必死で走らせようとします。それぐらい知的しょうがい児を走らせることは困難なのです。彼らにとって走ることは全く意味のないことなのですから。。。ありがた家チームで合同練習をした際、後輩君は勢い良く飛び出したのですが、200Mも走るとすぐに歩き出しました。私が自転車で伴走しましたが、どんなに「後輩君!走ります」と声を掛けても、オウム返しになるばかりで走ってはくれません。急遽、お母さんを選手にし、後輩君は伴走して走れるところまで走る作戦にしました。本番ではお母さんが気を利かせて、後輩君は学校の体操服を着てやってきました。折りしも、同じ中学の陸上部やハンドボール部の子たちも選手にエントリーしていました。大会本部にはいくつもテントが張り巡らされ、進入禁止のコーンが並び、地面にはコースを示した色テープが貼られています。そんな雰囲気が後輩君のやる気を駆り立てたのでしょうかありがた家の4番手でお母さんが襷を受け取ると、後輩君も懸命に走り出しました。300Mほど過ぎた地点で私が待ち構えます。案の定後輩君が歩き出したので、「もういいよオバチャンとテントに帰ろう。」と制止しましたが、それを振り切って後輩君はまた走り出しました。すぐに私は理事長に連絡。しばらく様子を見ようということになりました。次のコーナーでは、うちの旦那が待機します。小学生と一般とでコースが分かれる分岐点で後輩君が混乱しないようにするためです。お母さんの頑張りもあって、後輩君もひたすら追いかけます。折り返し点では、チョンボしてコースを端折ってしまいましたが、それでも後輩君は軽快に走り抜けていきました。最後のコーナーは体育館裏をグルリと回るコースの中でも一番きついところです。今度はありがた家のスタッフが待ち構え、後輩君に随走します。見事お母さんと共にゴールし、5番手に襷を渡したのでした。知的しょうがい児たちには私たちの頭では計り知れない秘めた力があります。そうした力が発揮された時、私たちは自然に感動の涙を流します。一体どこがゴールなのか全くわからないまま走るのは、私たちが目隠しをしたまま過ごすことと同じでしょう。そんな過酷な条件の中、ありがた家の3人のしょうがい児たちはよくぞ走ってくれました。誰もマスコミは取り上げてはくれないけれど、みんなの作戦と、応援に来てくれたありがた家の利用者さんたちと、何より本人の頑張りがあったことをここに記しておきます。追伸:お母さんは「来年はもういやだ」と言ってます。来年こそは後輩君を正選手にと私たちは考えているのですが、お母さん以外の伴走者で果たして後輩君は走ってくれるでしょうか?
2008.11.04

地元の駅伝大会が開催されました。毎年、ありがた家さんの利用者さんと家族とスタッフの混合チームで走ります。第1走者…ありがた家利用者の5歳の坊やのお父さん。第2走者…長男君。第3走者…お兄ちゃんがありがた家利用者の中3の女の子。長男と保育園の時の同級生。第4走者…ありがた家利用の地元中学特殊級の中2の少年とそのお母さん。第5走者…ありがた家のスタッフさん。第6走者…長男の養護学校の先輩君。高等部1年生。こんな個性の強い6人が心を一つに走りました。各人2.4キロの道のりを途切れることなく襷を繋いで走ったよ。今年は特にいつもよりジーンと来ました。長男君はストーカーする相手もいなくて、孤独な一人旅でした。途中、誘導ミスもあったり、誰に襷を渡したら良いのかわからなかったりと、混乱しっ放しだったけど、パニックにもならずしっかりと走り通しました。長男君君の走る姿は全国の重い知的しょうがい児たちの励みになるよ。どんな子だって支援さえあれば、温かな心さえあれば、社会参加は可能なんだということをたくさんの子供たちに教えてあげましょう。今日の頑張った写真を載せます。2番手で襷をもらいます。上手く肩に掛けられるかな? さあ!スタートです。 沿道のたくさんの応援団に後押しされてラストスパートです。 今年はストーカー走法ができなくて、タイムを落としてしまいました。それでも、伴走もなく一人で走ることはとても大変なことなのです。いつもチームに加えてくださるありがた家さんに感謝するとともに、逞しく、頼もしくそだった長男君に拍手です。
2008.11.02
ありがた家さんが応募していた介護現場フォトコンテスト。見事佳作に選ばれました私もこの写真で応募したんだけど、介護に絞られたためか選ばれませんでした。でも、ありがた家さんが選ばれたからオッケーです。富山県人が生んだ富山型デイサービス。制度的に難しい面や、介護報酬が少ないなど、いろんな問題を抱えながらもコテコテの自閉症児たちを受け入れてくださるこの事業所を大切にしていきたいなあと思っています。全国の皆さんも応援してくださいね。さて、今朝はありがた家に行く前に駅伝の練習に行きました。2.4キロのコースを2周してきました。私はお義姉さんにパチンコで当ててもらった折り畳み自転車をこぎます。私の自転車にもしっかり付いてきたのでタイム的には大丈夫じゃないかなあとは思っているのですが、何せストーカー走法の長男ですから、また綺麗なお姉さんのお尻にピッタリくっついて走るのではないかと明日が大変心配です。どうか一緒に走るメンバーが全員男でありますように。。。皆さんも応援よろしくお願いします。
2008.11.01
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