2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全25件 (25件中 1-25件目)
1
特別支援教育って何?何かと最近話題になってるこの制度。特殊学校はもちろん、地域の学校に通う子供たちも専門の先生を介して教育支援をしていこうという取り組み。果たしてこんな田舎にも改革は起こるのでしょうか?私も通っていた地元中学の特殊学級は昔から定年間近で窓際に追いやられた先生か、もしくは割りと暇な教科担当の先生が受け持つことになっています。私のいた時は何喋っているのか全然わかんない先生だったなあ。(余談だけど、昔は朝から酒臭い先生もいたし、今から思えばいい加減だったなあ。)今は家庭科の先生が特殊級の担任をしているそうです。先生が授業でいなくなるときは、交流学級に参加しているかプリントでもしてるのかな?こんな田舎町でも特殊教育は特別支援教育へと変わっていくのでしょうか?中には特殊級を設置しながら、交流学級との接点が全くない学校もあると聞いています。教員の人事も県ではなく、市町村が実施するようになるという話もチラホラ聞こえてきます。これからが見ものですね。
2007.01.30
長男は昨日39°まで熱が上がりましたが、今朝は37°切れるくらいまで回復しました。朝ごはんを食べてすぐに病院に行きましたが、鼻水も咳も出ないのでインフルエンザではないようです。一応風邪薬もらってきました。長男は元気になると途端に声が出てくるので分かりやすいです。家では意味のない、動物の鳴き声(遠吠えではないですよ)に近いような声をずっと出しています。それかヘラヘラ笑っているかです。ご飯を食べても無理して食べるところがあるので食欲では判断しにくく、声が出てるかどうかが健康の判断材料になっています。富山県は単独事業として重度心身しょうがい者には医療費を全額助成しています。薬が出ないときは会計明細は出ないのですが、今日は薬局で風邪薬をもらうため手続き上明細をもらいました。すべての項目が0円なので治療にいくらかかったのか全くわかりません。コレっていいのかなあ?特に気にすることもなく、会計待ちする必要もないので「ありがたい」といつも思っている程度の私です。
2007.01.29
2学期に続き、また夕べから熱が出た長男です。今回は風邪による発熱なのか?何か病気なのか?分かりません。こんな時、どこが痛むのかお喋りしてくれたらなあ。とりあえず明日は休んで病院に行ってきます。早く治っていつものひょうきんな長男に戻りますように。。。
2007.01.28
また管理画面が変わってビックリしました!こういうの富山弁で「しょわしない」って言います。結局元の形に近いものに戻したってことみたいです。今年はこんな田舎にもセレモニーホールができるそうです。「こんな所に造って儲かるんか?」とうちの旦那は言いますが、圧倒的に年寄りが多いここらでは採算が取れると踏んだんでしょうねえ。一昨年までは公民館でお葬式をやる人がほとんどでした。ところが、去年からパッタリと減ってしまいました。新聞のおくやみ欄を見ても、9割がホールでのお葬式です。ご近所の手を煩わせてまで葬儀をする人が少なくなったためでしょう。うちも隣の家2件のお葬式を家族で手伝わせていただきました。長男がしょうがい児なので旦那しかお手伝いできないと言ったのですが、女手がどうしても足りないということでお勝手をやらせてもらいました。長男が低学年の頃は養護学校も週3日は半ドンでしたので、葬儀が終わってすぐに学校に迎えに行きました。その頃はデイサービスも十分ではありませんでしたからね。そのまま家に帰らず公民館に連れていき、ご家族やご親戚が火葬場から帰るまでに七日の法要の準備をしました。長男も私と一緒に配膳の準備をしてくれて、ご近所のオジちゃん、オバちゃんに褒められたものです。今となっては懐かしい思い出のひとつになりました。お葬式のしきたりもお国柄や宗教などで違うのでしょうねえ。昔は「村八分」といって、どんなに村の人から敬遠されても火事と葬式だけは手伝ってもらえたものですが、時代とともにそんなこともなくなっていくのでしょう。
2007.01.26
長男の乗るチャーターバスの介助員さんはバス会社が契約して雇っている人です。小さなお孫さんがいらっしゃる年齢なんですが、NPO「世界の子供をドーノコーノ~」とかいう支援団体の代表をしています。主に支援物資を送ったり、チャリティコンサートを開いて資金を集めたりしていらっしゃいます。富山じゃ有名な方です。今週も、「ちょっとスリランカまで行ってきますから1週間お休みします。」と海の向こうに飛んで行かれました。そしたらうちの長男。バスに乗り込んだと思ったら、臨時で介助員しているバス会社のお姉さんに近づき、「ちゃんと書いてる?」と乗車確認表にチェック入れてるじゃありませんか?人のことより自分のことだろがぁ~やたら毛深い長男。眉毛が村山元首相のようになってきたので、正月明けに眉毛を薄くしてやりました。もうそろそろ元に戻ってくるだろうと見るのですが、いつまで経っても眉が濃くなりません。逆に段々薄くなってるさーてーはー・・・自分で切ってるなあそんな長男。旦那にもチェックを入れてるようで、「鼻毛を切れって言われたよ~」と旦那が慌てて手入れをしていました。クックックッ・・・
2007.01.25
長女の高校は昨日から新潟へ2泊3日のスキー合宿に行ってます。修学旅行のない高校なので、これが最初で最後の旅行になります。去年は高校受験でスキーに行ってないし、どれくらいぶりで滑るのやら???文化部に所属しているから日頃から鍛えてないし、たぶんヘトヘトになってると思います。良い思い出つくっておいで~毎朝7時前には長女を駅まで送っていくため、車に乗り込んでいる長男。今週はゆったりとした朝を過ごしています。私も長女のお弁当を作らなくていいものだから、長男の水筒まで忘れてしまって、「かあちゃんカバンに俺のお茶入ってねえよ」と動きの激しいゼスチャーで指摘されてしまいました。さすがだ!長男君。
2007.01.25
富山市の広報に「2月に『富山市しょうがい者計画・しょうがい福祉計画』を策定するにあたり、地域懇談会を開催します。」とあります。どんな人でも参加できるとあるので近くの開催場に行ってこようと思います。しょうがい者計画というのは、啓発活動や広報活動、生活環境、教育・育成、雇用・就業、保健・医療、情報・コミュニケーション、国際協力というふうになっています。しょうがい者基本法に基づくもので、今までは市町村の努力義務だったのが、今年の4月からはっきりと義務に変わるのです。しょうがい福祉計画というのは、主にしょうがい者自立支援法によるものです。地域生活支援事業(相談事業・移動支援・地域活動支援センターなど)の必要量と見込み量を算出し、計画を立てることです。また、新たに知的や精神など入所している利用者が地域に移行する数値も出さなくてはいけません。認定区分によってどれだけの人たちが地域に帰ってくるのか、各市町村では算盤をはじいているところでしょうか?このように数値によって福祉に割り当てられる予算も決められてしまいます。私たちにとってはどちらもとても重要な計画だと言えます。先週の福祉ネットワークでも、グループホームや移動支援について取り上げていましたね。グループホームでは、1人当たりの支援費が区分によって減らされたため、人件費削減により世話人が2人から1人に減らされてしまったとありました。また、重度の身体しょうがい者の人の支給量が3分の1になってしまったため、週に1度しか外出できなくなってしまったともありました。事業所へ入ってくる利用料も市町村でものすごい格差が生じています。我が子にとってどれだけの支援があれば家族みんなが楽しく幸せに暮らしていけるのかを1度明確にしてみてはいかがでしょうか?デイサービスも毎日がいいのか、それとも週に1度で済むのか、或いは臨機応変にその時その時に利用できるよう柔軟なほうがいいのか、1年間の計画を立ててみたらいいかもしれませんね。それがやがて大人になったときのケアプランに役立つと思いますよ。
2007.01.23
息子が思春期に入り、手を焼くご家族は多いです。そんな中、長男は最近目をつむりめい想しているようなポーズをしています。食事中とかお手伝いの合間とか、無の境地にいるようです。10秒ぐらい経ってもやっている時があるので「早くしなさいよ。」というとハッとして我に返ります。あまりにも頻繁なので大学の先生に相談してみましたが、てんかんの発作ならばむしろ目を見開いてボーッとしているのが症状なのだそうで、ちょっとそれとは違うようです。何かあっても自閉症によるこだわりなのか、それともどこか具合が悪いのかわからないのが困りものです。最近はまっているのが床を踏み鳴らすことです。家に帰ってきて、またデイサービス先で、床をドンドンドンドンと激しく踏み鳴らします。それが済めばあとは普通にしています。長男の不可解な行動も直すべきものなのか、それとも特性と思って自然に直るのを待てば良いのか難しいところです。どうせ直ったところでまた新たなクセが生じますからいたちごっこのようなものですね。
2007.01.22
原作を読むわけもなく、地元でも取り上げられてなかったのでちっとも知りませんでした。地元のことを紹介していらっしゃるブログを読んでいてビックリ話題の「愛の流刑地」はココ出身の女の人の話だったのね。祭りのイメージが壊れるから地元も取り上げたくなかったのか?そういえば女主人公は私の人生そっくり。。。・・・って、ないない注:写真と文章は関係ありません。
2007.01.21
来年度は長男の養護学校で県の育成会担当を引き受けることになりました。どんな仕事をするのかは県育成会の組織図を見ると分かります。 社会福祉法人 全日本手をつなぐ育成会 社団法人 富山県手をつなぐ育成会 支部長会 地域支部 施設支部 小規模作業所/通所授産施設支部 養護学校/通園施設支部地域支部・・・地域支部とは各市町村にある育成会のことです。施設支部・・・入所施設を運営する社会福祉法人などが加盟しています。小規模/通所授産施設・・・その名の通り、しょうがい者が働く事業所が加盟しています。養護学校/通園施設支部・・・富山県では7つの知的養護学校と4つの通園施設が加盟しています。長男の通う養護学校もPTA全体で加盟しています。そこで私はうちの養護学校の代表として、全体会に出席したり、連絡事項を学校に持ち帰って会員の方々にお知らせしたりする仕事をしていくことになります。県育成会はほとんどが成人した本人さんとその保護者で構成されています。養護学校に子供が通うような私たちの年齢はむしろ若い部類です。新米らしく、勉強させていただくつもりでお手伝いしていきたいと思います。
2007.01.20
昨日は長男のてんかんの診察に大学病院に行ってきました。いつものこととはいえ、予約してあるのに1時間半も待たされました。今度から内職持参で待っていようかしら長男は相変わらず廊下を通り過ぎていく人たちを楽しそうに見ています。人や車や電車など、自分に近づいてきたモノが通り過ぎるまで、指パッチンのような不思議な仕草をします。ポール牧とはちょっと違いますが、両手を振ってパチパチやっているのです。いつごろからそんなアクションをするようになったか記憶にありません。また何のためにやっているのかも不明。何か人数や台数でも数えているのでしょうか?何でもいいですが、長い時間そんなふうに楽しく(?)過ごしてくれるので私のほうは助かります。病院の待合室は本当に疲れます。昨日は肢体不自由のお子さんも結構来ていました。広い廊下で体が冷えなければ良いけれど。。。
2007.01.18
あさってからブログの管理画面が変更になるそうです。記事投稿などついていけるかしら?この年で。。。そこで、これまでの投稿記事を随分はぶいちゃいました。何か文句っぽいのや、くだらないどうでもいい話は消しちゃった!原点に戻って書くことにします。ところで、心配事がもうひとつ。来年度のPTA役員がなかなか決まらないらしい。これまた大丈夫かあ。。。
2007.01.17
毎晩8時に放送している福祉ネットワーク。夕べはしょうがい者自立支援法の中でも「就労移行支援」について取り上げていました。就労移行支援は「就労継続支援」とは違い、概ね2年間で一般就労にこぎつけなければなりません。サービスを提供する事業所にも、利用する本人にも、その分大きなプレッシャーがかかるのです。昨日見て初めて分かったことがありました。事業所に入ってくるお金が一人当たり一日にして、移行支援・・・7,360円継続支援・・・4,600円なのです。3,000円程度も違うんですね。これではどうしても事業所としては利用者に移行支援を利用してもらいたいということになります。でも、実際現場ではどうですか?そんなに2年以内にホイホイと就労先が決まるでしょうか?また、利用者さんもスムーズに一般企業で働くことができるでしょうか?ハードルは高いですよね。ゲストの大学教授のお話では、「社会的雇用」ということを取り上げていました。就労継続支援でも構わないから、それなりに生活できる賃金を得ることができるような仕組みを作っていくほうが本当の意味でのしょうがい者支援なんですよね。賃金に見合う作業ができない場合は社会がそれを補うというのが本当の福祉社会なのだというようなことを先生はおっしゃっていました。そのとおりだと私も思います。
2007.01.16
先日、私が紹介した富山の中学生の作文も素晴らしいですが、どうもしょうがい者も社会に出て働け!働け!と言っているようで、あまり面白くなかった方もいらっしゃるのではないでしょうか?テーマが人権問題だっただけに仕方がなかったのかもしれません。今回は偶然コメントくださったProtea Mamaさんのブログに載っていた中学校3年生の方の作文です。すごく自然で、これこそ兄弟児らしい作文だなあと思いました。良かったらクリックしてみてください。「僕と弟」という作文です。
2007.01.15
最近、長男は足にイボがあるので皮膚科に通院し始めました。2回目のときはかなり念入りに治療されて、液体窒素でしたっけ?5回ほど患部を焼かれて、1拍置いてまた5回ほど焼かれていました。(痛くないのかな?)と思って人に聞いたところ、「エッすごい我慢強いのね。私なんか泣いちゃって『止めてください!』って叫んじゃったよ。」と言われました。次の日、患部を見てみるとたしかにイボの周りの皮膚は低温やけどのように赤くなっています。無理して我慢しているのか?こういう子だからあまり痛みをダイレクトに感じないのか?不思議に思うことがたびたびあります。昨日もお父さんの掃除に付き合って、寒い家の中をウロウロしていました。「お母さんと温かい部屋にいようよ。」と言っても来ません。寒くないのか?我慢しているのか?それとも寒さをあまり感じないのか?熱いものを急に食べたりすることありますよね。反面、冷たいものを一気飲みすることもあります。感覚的に鈍いのか?無理して我慢しているのか?そういう点にも気を配って支援していきたいと思います。
2007.01.15
昨日は身体測定の日。161.4cm、63.8kg。中学生になって、肥満度がドンドン下がっていってます。4月が31%、9月が27%、今月が21%。身長は春→秋→冬と1.5cmずつしか伸びていないんだけど、体重をずっとキープしているのが良いみたいです。肥満度10%台までもうすぐだ実は長男。超ー肥満児で保育園を卒園する時にはすでに30kgを超えておりました。ご飯やうどんなど炭水化物は食べたんだけど、他のモノはほとんど食べなくて、フライドポテトや揚げ物の衣ぐらいしか食べませんでした。養護学校に入った途端、野菜や肉などいろんなモノを食べ出したからビックリやっぱ養護学校は違うわ~と思ったものです。それでも小学部2年生で肥満度が48%と最高値に達しました。「これはヤバイ!」と、お菓子を勝手に食べないようにしたり、夏休みにはジョギングにプールと体を動かすことばかりさせながら、1年ごとに40%→35%→30%と痩せていったでしょうか?今後は身長の伸びは期待できませんので、体重キープに努めていきたいと思います。何といっても継続的な運動ですよね。ずっと毎日長男に付いて走ってくださった歴代の先生方と、そして何より長い間へこたれずに頑張ってきた長男に拍手です。
2007.01.13
全国でも福祉の進んだ都道府県として、北海道や長野県や滋賀県が上げられます。今日は長野が取り組むしょうがい児のサポート事業のお話です。国が行う事業には「居宅介護事業」、「児童デイサービス」、「短期入所」など難しいサービスばかりで一体どんな内容なのかチンプンカンプン分からないことだらけです。長野市ではそういった難しい細かな福祉サービスをリニューアルし、市独自の「しょうがい児自立サポート事業」を展開しています。まず、放課後や土曜日には「放課後休日サポート」とし、様々なクラブ活動や中高生を対象とした「部活動」などを行っています。次にしょうがい児と暮らす家族の負担を軽減すべく、「24時間レスパイトサービス」を行っています。また、個別の外出を支援する「外出サポート」も当然行われています。ポイント制を導入し、利用者は1時間1ポイント1,000円として、その1割を負担することになっているようです。(バウチャー制度) しょうがい児自立サポート事業 ◎放課後休日サポート 放課後や休日等の日中における支援(放課後クラブ、余暇活動、グループ外出の付き添い等) ◎外出サポート 単独の外出時の付き添い、見守り 行動援護等の対象児は除く ◎いつでもサポート 夜間・早朝の時間帯に援護施設や民間福祉事業所で介護等のサービスを行う。 緊急時も対応する。長野県全体では、しょうがい者自立支援法が日中一時支援や移動支援などのサービスを国が市町村に丸投げした形になってしまったのを逆手に取り、市町村が主体的に利用者の要求に合ったサービスを展開していこうとしています。そういったところがなんとも羨ましい点です。どうしてこういったことが私たちの住む町でも行われて行かないのでしょうか???パニックを起こしやすい子には屈強な大人を付ける。 それでも手に負えない時には薬を飲ませる。 それでも尚ダメなら施設に入れてしまえそんなことの繰り返しを富山はずっとやってきました。何故パニックの原因を探り、修正しようとはしないのでしょう?何故本人本意の必要なサービスを提供しようとはしないのでしょう?大切なのは薬の量を増やすことではなく、様々な関係機関が連携し合い、しっかりとしたケアプランを立てて実行していくことではないのでしょうか?こんなことでは富山では若い人は怖くて誰も子供を作らなくなってしまいますよ。
2007.01.12
毎月配布される全日本手をつなぐ育成会の冊子「手をつなぐ」。文字ばかりで読んでもチンプンカンプンですぐに廃品回収の箱の中にポンと入れてしまってはいませんか?全部は読まなくても、中には我が子のしょうがいの状態によく似たお子さんの体験談や福祉サービスが載っていることがあります。そういうモノを上手く参考にしながら、これからの社会自立に向けて考えていきたいものですね。今回は浦安市の移動支援事業について実例が載っていますので、ちょいと長いですがあなたも読んでみてください。どうしても支援が必要だった息子息子はてんかんで自閉傾向のある知的しょうがいのある16歳です。2歳で発病したものの3歳から中学1年の秋まで発作はなく、脳波の異常も小学校5年まではなかったので、病気としては治ったのかと思っていました。また、学校でも学習の面ではまったくおよびではない状況でしたが、地域の普通学級で、普通の中に混ざって(紛れて?)、結構それなりにいい感じで成長していたと思います。ところが、小学校卒業後、父親に暴力を受け、思春期突入の時期でもあり、また発作も起こすようになり、中学時代はどんどん転げ落ちるように変貌していきました。世の中のすべてが自分の思い通りにいかないと気がすまないとでも言うように、わがまま、こだわり、暴力、なんでもありの反社会的問題児となってしまいました。学校では体育館の屋根に登ったり、突然人に飛び掛ったり、家ではマンション4階のベランダを乗り越えて落っこちようとしたり、外へ出れば、地下鉄の線路に物を投げ、自分は素っ裸になり放尿するといった状況。病院にいけば医療器具をなぎ倒す勢いで、結局入院。医師には「知的レベルが低いので、精神科としての治療効果は見込まれず、結局は問題を起こし、警察から病院、そして自宅に戻され、またそのくり返しの末、生涯施設暮らしになるだろう。」と言われる始末。そんなこんなで、1年前は切実に支援を必要とする状況の子どもでした。はじまった息子の支援計画今、息子は来るべき自立のときに向けて、社会とつながって生きていくために、多方面の方々にかかわっていただいて、制度を利用しての支援計画を実行に移しているところです。二つの相談機関、生活支援スタッフ、療育の専門家、二つの精神科、学校、警察、児童相談所、保健所、そしてもちろん家庭が連携会議をくり返し、支援計画を立て、折々に修正し、実践しているところです。夢のような息子の毎日月曜から金曜日、毎朝7時半にスタッフが家に来ます。ここで母親は出勤のために家を出ます。スタッフが来る前に、食事、歯磨き、着替えは済ませ、あとは、学校へ行こうという気持ちになること(これがとても大変な作業)だけを残してスタッフに引き継ぎます。彼とスタッフは8時まで今日の午後の予定とかいろいろな話をしたり、テレビを見たりしながら少しずつ登校気分を盛り上げていきます。そして8時ちょうどに家を出てスタッフと歩いて養護学校の迎えのバス停まで行きます。母親とでは学校へ行こうという気持ちになれず、また、バス停までのたったの5分の距離でもそこにたどりつくには至難の業を要するところ、移動支援を使うことで今ではほとんど毎日スムーズに学校に行けています。大変だったころを思うと夢のようです。また、月曜から木曜の午後、移動支援で15時にバス停に迎えに行ってもらい、自宅まで送ってもらいます。このあと、介護給付のほうで2時間ほど自宅で宿題を見てもらったりしてゆっくり過ごします。そして、金曜の午後は15時にバス停に迎えに行ってもらい、そのまま歩いて社会福祉法人「とも」に移動。「とも」で身体にしょうがいのある2歳年下の友達と合流し、一緒に外食をして、一緒に市営のお風呂に行き、楽しく過ごして夜9時に自宅に送り届けてもらいます。お風呂ではもちろんスタッフも一緒に入るので、「お風呂に一人で入れるように」を目指して、体の洗い方、体の拭き方、衣服の着脱とかを教えてもらいながら、かつ友だちとも遊び、広いお風呂で楽しくのんびり。楽しい週末の土曜日。いつもよりゆっくり自宅で朝を過ごし、8時半にスタッフに迎えに来てもらいます。たいてい、午前中は市営プールに行って過ごし、昼食はスーパーマーケットで材料を買い、「とも」でスタッフと一緒に調理し、食べて、後片付けをし、少しゆっくりしたあと、自宅へ歩いて送ってもらいます。金曜の午後も土曜日も行動援護5時間を超えた分が移動支援ということになります。これらケアプランにそった利用のほか、バーベキューや市民祭り、スポーツフェア、クリスマスなどのイベントへの参加も移動支援を利用しており、彼の生活は移動支援なしではまったく成り立たないほど必要なものなっています。そして、行動援護は月間の支給時間が決まっているので、月の半ばでそれを超えたら、あとは月末まで外出のすべては移動支援となり、ちなみに10月の利用時間は毎週のようにイベントがあったので66時間でした。移動支援開始に向けて今では、養護学校バス停への送迎はできなかったし、プールでの介助も認められていませんでした。また、月間の支給量も、生活を支えるまでにはぜんぜん足りませんでした。今までの制度ではできなかったことも、市の単独事業となれば、道は開けるかもしれない。そんな思いで、当事者たちは、移動支援についていろいろな要望を出しました。結果、条件つきではありますが通園通学通勤の送迎もOKとなったし、プールの介助も余暇支援ということでもちろんOK。また、しょうがいの種類や程度で支給量を決めるのではなく、その人の状況で必要な量を支給するというように、当事者たちの要望はほぼ実現しました。社会とつながる達成感今後、母としては、息子には移動支援を使っていろいろな体験を重ね、社会とつながる達成感を味わってもらいたいと思っています。そして、しょうがいを持っていても一人の社会人として暮らしていけるように願っています。浦安市移動支援事業というすばらしい制度が始まり、息子の支援計画は格段に良いものとなり、その結果、息子の状態は落ち着きつつあります。しかし、制度を生かすも殺すも当事者であり支えるスタッフだと思っています。せっかくの制度をこれからももっと良いものにしていくため当事者としてしっかり見つめていきます。いかがでしょうか?悪法といわれるしょうがい者自立支援法もこのお母さんとお子さんにとっては素晴らしい制度なのですね。それもこれも浦安市が全面的に知的しょうがいを理解し、そのしょうがい者にあった事業展開と支給量を提供しているからに他なりません。どれだけでも私たちの力で私たちの住む地域は良くなるかもしれませんね。あなたも重いしょうがいのお子さんを抱えて悩むばかりではなく、様々な関係機関に連携をお願いしてみてください。道は開けるかもしれませんよ。
2007.01.10
今日から3学期ですね。長い冬休み。お母さん方ご苦労様でした。連休は温水プールに行ったり、初めて体育館にあるトレーニングジムで体を動かしたりしました。田舎の体育館のジムは2時間でたった160円なのに誰もいません。親子3人で貸切状態でした。エアロバイクは横でお父さんがこいでいるとそのペースに合わせてこぐことができました。ところがランニングマシーンはどうしてもベルトのスピードに乗ることができず、「普通に歩いてごらんよ。」などと教えるのですが、仕舞いにはプッツンして止めてしまいました。お父さんは一度やってみたかったらしくて喜んでいました。掃除で鍛えるのとはまた訳が違うらしいですねえ。土曜日なら夜9:30までやっているようなのでまた来よーっと。せっかくの施設だから皆さんも遊びがてら来てみたらどうでしょう。ところで、その後例のごとくスーパー銭湯に繰り出した父子ですが、洗い場でオッサンが倒れちゃったらしいです。ところがみんなスッポンポンだからか見て見ぬ振りをするんですってしょうがなく旦那が長男を置き去りにし、脱衣場にいる人にスタッフを呼ぶよう頼んで、フリチンのままその人を脱衣場まで抱えていったらしいですよ。人の揚げ足を取るのが好きなうちの長男は、倒れた人を見て指差して喜んでいたようで旦那はその後サッサと帰ってきたそうです。皆さん湯あたりには気をつけてくださいね。
2007.01.09
今日は成人式。昨日のうちに成人式を済ませた自治体がたくさんあるようですが、あなたはお子さんを出席させますか?地元では今年2名の知的しょうがいの若者が出席したようです。2人とも地元の中学の特殊級に在籍していました。ですから顔馴染みの友人にもお世話になった先生にも会えて良かったのではないでしょうか?さて、小学校からよその地域の養護学校に通ううちの長男はどういたしましょうか?富山では身体しょうがい者協会が主催するしょうがい者の成人式にも知的しょうがい者の方が出席しているようです。毎年出席される方も増えて、今年は48名の新成人が新しい門出を祝ってもらいました。また、入所施設や通所施設ではそれぞれ式典というか新成人のパーティのようなものが開かれているようです。でも、あくまで利用者さんのためのものですから、自治体が行っているわけではありません。親御さんの考え一つでしょう。「うちの子は無理だから。」と最初から欠席させる人。「せめて写真だけでも・・・。」と記念写真だけ撮る人。最近は健常者の親御さんも後ろのほうで式典を見ていかれる方も多いので、両親がフォローしながら、思い切ってお子さんを自治体の成人式に出席させてあげるのもいいかもしれませんね。
2007.01.08
昨日、長女がジャニーズジュニアのコンサートを見に日本武道館まで行ってきました。深夜バスで何処にも泊まらず帰ってくる強行スケジュール。長女はジャニーズあまり見ないんだけど、友人に誘われたんです。八乙女光君がいたらしい。カワイイよねえ。ゲストでKAT-TUNの田口君と山ピーが来たそうな。オーッ!!私も高校時代、一度だけトシちゃんが富山に来て、みんなでコンサートに行ったなあ。寺尾聡とか永井龍雲とか行ったよ。知ってる?永井龍雲閉ざされた部屋の窓を開けてごらんよ。いつまでもそんな風に塞いでいないで。そこにはあの日希望に燃えて君が見上げた、青空が変わらずに(ホニャララ)いるはずさ~。大空を羽ばたく鳥たちよ。君の声を見失うなよ。青春を旅する若者よ。君が歩けばそこに必ず道はできる。。。今思えばひきこもりの歌だったのね。
2007.01.07
普通、子供のが始まってヤレヤレとなるものですが、我が家では旦那の会社が始まってようやく静かでのんびりした生活を送っています。とにかく、朝起きた瞬間から止まらないうちの旦那。元日の朝、家族でお雑煮を食べてるそばからガーガーと掃除機を鳴らし始めます。毎日朝から晩まで部屋で腰を下ろすということが一切ありません。座っているといったら、運転している時だけでしょうか?普段ならが降るので朝昼夕と外に出て雪かきをしていて、そんなに鬱陶しいというわけではないのですが、今年は生憎暖冬で雪が全くなかったものですから、押入れの中を整理したり、ゴミの分別をしたり、挙句には障子まで貼り替えて逆に目障りでエライ目に会いました。写真は100円ショップで買ってきた台所のテーブルと椅子用の足カバーです。どうしても欲しかった一品らしくて、嬉しそうに付けていました。これで安心して眠れるようになったみたいです。ビールは「炭酸が飲めない!」と一口も飲みません。夕飯に湯呑一杯分だけ日本酒を飲むのですが、ご飯のあとに流し台を磨くことが頭にあるので酔うほどに飲んでしまうことがありませんようやく部屋に腰を下ろすのは夜9時を過ぎてから。ですが、体が止まると眠ってしまう体質なので、座ったそばからコックリを始めてしまいます。そんな掃除する余力があるのなら子供たちと遊んでやれば良いのでしょうが、自分が無趣味なものですからどうやって遊べばいいのか分からないようです。子供嫌いではないのでしょうが、家のほうが気になって仕方がないのでしょうねえ。よその奥さんたちからは「マメな良い旦那さんじゃない」って言われますが、モノには限度ってものがありますよ。唯一長男と触れ合うのが毎夕スーパー銭湯に出かけることです。もう何年も休日になると行ってます。パターン化してるので、長男も夕方になると助手席にチョコンと座って待っています。私が思うに、たぶん夕方になったら家ですることがなくなるので銭湯に通うのだと思います。帰省したお義姉さんと「40代でこんな調子なら、50、60になったらどんな親父になるんだろうねえ?」と今から恐れています。来年のお正月はお義姉さん連れて、子供たちと温泉にでも逃げようかな?そのほうが旦那も掃除や片付けに思う存分打ち込めるだろうし。。。計画しよーっと。
2007.01.06
快晴の下、長男のランニングが始まりました。決して逃げる放火犯ではありません。(笑)軽ーく3キロ走ってきました。私も2キロちょっと伴走しました。今年の目標はおばちゃんペースよりもう少しスピードアップすることです。のんびり屋の長男。上手く目標を達成することができるでしょうか
2007.01.05
お正月はどのように過ごされましたか午前中お天気が良いので長男とそこら辺りを歩いてみました途中でいつもお世話になっているご夫婦の事務所に立ち寄り新年のご挨拶を。長男と散歩しているのだと話すと、「一緒に歩いてくれるなんて素敵なことじゃない」と奥さんに言われました。まさにおっしゃる通り。。。私の歩幅に合わせてニコニコと歩く長男の姿に小さな幸せを感じます。今年もこうして長男と二人、のんびり歩いていくことにしますね。
2007.01.04
新年明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします。富山も初日の出を拝むことができました。遠く立山連峰を望む田舎ののどかなお正月です。先ほど家族4人で初詣に行ってきました。今年一年の家族の健康と子供たちの成長をお願いしてきました。皆様方の幸せを願いますとともに、本年もご支援くださいますようよろしくお願い申し上げます。
2007.01.01
全25件 (25件中 1-25件目)
1
![]()

![]()