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前回の6歳児の写真館は、流し撮りの親子対決だったが、今回は、春から初夏にかけて撮った写真の紹介。ホントは、北海道旅行の写真もおもしろいのだが、あまりに作品点数が多く、いったんは初夏の分まで。---立山黒部アルペンルートでは、トロリーバスに興味津津。本人の中では、ほぼ鉄道に準ずる格付けになっている様子。鉄道の興味の対象は ますますマニアックになり、マニアの中でも被りにくい領域に入りつつある。特に蒸気機関車を含む古い鉄道が、彼の得意分野。これは長野工場デフに特化したこだわりの写真。もちろん、こういう当たり前の鉄道写真も撮るのだが...一見、何がなんだか 分かりにくい写真も少なくない。こちらは、古い車掌車に設置されたダルマストーブ。あるいは、ちょっと配線マニアっぽい写真もある。碓氷峠鉄道文化むらから こっそりJRにつながる線路は、駐車場のアスファルトに隠れて見つけにくいのだが、動態保存機関車の点検回送時に使われる興味深い線路。銘板マニア的写真。戦前の鉄道省時代の車両にも詳しく、前世の記憶でも持ってるんじゃないかと疑っている。鉄道マンの息使いが感じられる生々しい明示も好き。あるいは、鉄道がシステマティックに運営される姿も。こちらは、京都市営地下鉄の工場にあった検査予定表。梅小路蒸気機関車館には、ほぼ月1~2回のペースで訪問。機関車への愛情なのか、撮り方が美しいなぁ...と思ったり。邪魔モノも多く、一見、何の変哲もない写真だが、よく見ると、3列車のタイミングを合わせている。鉄道以外のものでは、美しいもの、珍しいものが好き。最近では、記念写真を頼めるほど、安定感ある写真を残す。
Aug 27, 2011
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北海道到着の翌朝、子鉄には いきなりのクライマックス。訪れたのは、宿から100kmにあるりくべつ鉄道の気動車が走る街。単行の車両が ひっきりなしに行き交い、活気ある駅だ。北見行きの快速列車が到着。いそいそと乗り込む子鉄。別名「ふるさと銀河線」は、池田~北見間140kmを路線とする。第三セクターとしては、かなり長い路線を持つ鉄道・・・だった。実は この鉄道(旧 北海道ちほく高原鉄道・ふるさと銀河線)は、2006年に廃止されており、現在は 営業運転を行っていない。にも拘わらず、気動車がしきりに動いているのは...日本では珍しい気動車の運転体験コースが開かれているから。この方の詳細なレポートで存在を知り、ずっと気になっていた。予約した時間よりも早めについたので、撮り鉄して遊んでいたら、運転士さんの先生が声をかけて下さり、早めの教習を始めてくれた。基本的な運転操作を教わりながら、陸別駅ホームを中心に運転。駅構内を2往復(15分くらい)動かして、運転台交代も4回行う。やってみると...これが かなりの難物。加速はともかく、空気圧のブレーキ操作がとっても難しい。それは、クルマのようにブレーキの効きを直接扱うのではなく、ブレーキにかかる空気圧を加減すると言う調整方法だから。言い換えると、クルマのブレーキを踏みこむ足の位置調整の際に、「あと1cm下へ」などと 指示計を見ながら別人に指示する感じで、指示計の値からは、制動力の効きを感覚的に理解することが難しい。他の体験者さんが運転する車両を、こっそり撮ってみたモノ。踏切の手前1mくらいで止ろうと思っても、大抵は行き過ぎる。この日は、大人2回分を申し込んでいたので、奥さまも運転に挑戦。線路の先にある赤い目印に目がけて、空気圧をかけてゆく。「あーっ、早く早く!」と先生の焦る声が聞こえたと思ったら、急ブレーキがかかって、目印を行きすぎて 柵の手前でやっと停止。ここで奥様が「コワい・・・」と言いだして、私にバトンタッチ。結局、一人で3.5往復分を運転し、最後には一発操作での停止に成功。先生は、根室本線で特急おおぞらなどを運転されていたベテラン。四苦八苦する私の脇で、奥さまと世間話で盛り上がっていた。(笑)体験運転のほかに、同じコースによる乗車体験も運行されている。子供が乗っていると、膝の前に入れてくれる親切な運転士さん。本線脇の引き込み線を使って、自転車トロッコも体験できる。清々しい空気を感じながら、金髪のメーテル車両の脇を過ぎる。駅のホームには、銀髪のメーテルが描かれた車両も停まっていた。残念ながら、かなり錆があり、車両維持が難しいものだと実感。他には、除雪用のモーターカーや、保線の貨車なども残っていた。りくべつ鉄道は、元々は 国鉄の網走本線として営業していたもので、その歴史は古い。 こちらは明治43年の開業時に設置された転車台。その後、国鉄民営化時の廃止対象路線となり、第三セクター化された。乗車体験の車掌さんと話をしていたら、古い車庫に案内してくれた。第三セクター化される前に、一時的にJR池北線となった路線。その名残を、車庫の事務所のドア明示に見ることができた。車庫内には、今も大切に、気動車が保管されていた。いつか 再び 北見まで走る日を夢見て眠るかのごとく。
Aug 19, 2011
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朝、浜辺で遊んだ後、再びこちらにお邪魔した。今日は、青大将塗装の特急つばめ編成も登場。古い列車好きの6歳児は、大喜びで運転していた。写真のC62と旧型客車を使った特急つばめも走った。それが青大将編成と立体交差する夢の風景にも興奮。HOゲージの閉塞システム。列車が進むと信号が赤に変わる。この日は、おじいちゃんの息子さんとお孫さんも来られ、子鉄も交えて、いろいろお話をお聞きすることができた。親子三代で鉄道模型という同じ趣味を楽しんでおられ、模型を通じた家族のつながりは、何とも素晴らしいもの。私も、子鉄と一緒に趣味を磨いてみようかなぁ。。。
Aug 17, 2011
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6歳児のマイブームはプール遊び。息継ぎもできず、泳ぎ達者とは言えないが、数mずつ、ばたばた泳いで楽しんでいる。もちろん、浮き輪遊びがメインだけれど。。。いつも行っているスイミングの競技プールと違い、市営プールはマイペースで遊べるのがいいのかも。私自身は、ジムではないフツーのプールは20年ぶり。行ってみたら、子連れのパパが案外多くて、ちょっと安心。女性ばっかりだったら、視線まで泳いでしまいそうだし。本人からは、父子での水遊びに 味をしめたのか、海水浴場に連れてけとの要求まで飛び出した。早速、水がきれいで、静かなところを探索中。。。進水済みのカヌーも持っていこうかな??魚捕りの網やバケツも載せておかないと。
Aug 17, 2011
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おじいちゃんに初めて出会ったのは4年前の夏。児童館に置いてあった鉄道模型レイアウトが縁。その後、児童館でのレイアウト展示期間は終了。もう会えないと思っていたら、翌年 思いがけず再会。その後、毎年お盆時期になるとホテルに足を運び、おじいちゃんにお会いし、模型に親しんでいる。---今年も、ワクワクしながら展示会場に入ってゆく子鉄。足もとが浮足立っている上に、高速移動で流れた写真。巨大な鉄道模型レイアウトに、子供たちは興味津津。順番待ちで交代して、仲良く模型列車を運転していた。今年は阪急百貨店の鉄道模型展にも行っている子鉄。でも百貨店イベントは激混みで、思うように楽しめない。鉄道模型クラブ会長のおじいちゃんも、お元気そう。久しぶりにお会いしたら、年賀状の写真を褒めて頂いた。子鉄はおじいちゃんやクラブの人と模型を運転しつつ、私は、おじいちゃんと世間話をし、あっという間の2時間。模型レイアウトの基本構成は同じだが、毎年少しずつ進化。今年は、センサーを使った閉塞信号システムが追加されていた。なぜか京阪電鉄の制帽を被りながら、運転に従事する子鉄。2歳の頃から、4年も親しんでいる模型なので、手慣れたもの。田舎町をゆく223系の快速列車。そして、ループ線で321系の普通列車とすれ違う。もちろん、車両はJR西日本エリアに合わせられていた。レイアウトの山麓に開けられた点検用の小窓を覗く。巨大レイアウトを繋げるため、巧みに設計されている。もう何年かしたら、子鉄もクラブに入れてもらえるかなぁ。本人は、今からその気になっているが...その時は私も?
Aug 16, 2011
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市内のいつもの宿を出て、市電と地下鉄で移動。何度も乗っているのに、やっぱり乗りたがる子鉄。昭和27年まで使われていた札幌停車場の建物が入口。ここには、開拓当時の建物がたくさん保存されている。旧小樽新聞社の建物には、文字の形の金属判が並ぶ。漢字の一つ一つが鈍く黒光りし、何とも言えない迫力。実は上の写真は、活版印刷の活字が並んでいたもの。ピンセットで活字を並べて、印刷を体験させてもらえる。レバーを下げると、インクが塗られた丸板に版が当たる。版に付着したインクが、白い紙に文字を転写させる。インクジェットや静電転写の印刷が当たり前になった今、このような印刷法は、子供にはかえって新鮮だった様子。できあがったのは、幼児の所属と名前が入った名刺。所属とは、もちろん幼稚園の名前。名前はひらがな。新聞社の前から、車掌さんが乗務する小さな車両に乗り込んだ。車内は、梅小路や明治村で乗った京都市電の内部に似ていた。この列車の動力は、白いお馬さん。実はこれは馬車鉄道。子鉄にとって、生き物が引っ張るというのは驚くべきこと。「サハをお馬さんが牽引するんやな」と自分なりの解説。お馬さんが牽く馬車鉄道だが、汽車のような車庫もある。北海道開拓の村は、とにかく広くて、歴史ある建物が多数。見どころが多すぎて、数時間の滞在だけでは、とても足りない。明治期の洋風の建物だけでなく、江戸の風を伝える和風建築も。こちらは、ニシン御殿を持った青山家の漁の番屋と住まい。多くの建物にはボランティアの方が待機しておられる。建物の由来や歴史的な意味を、丁寧に説明してもらえた。帰路は、子鉄の希望で快速エアポートのUシートを利用。とっても快適な車両で、JR北海道のサービスに感心。。。
Aug 14, 2011
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どこまでも 真っすぐな道を走り...長い長い防風林が くり返しくり返し現れる風景。雄大な景色に目を奪われていた妻子だったが、いつの間にか、運転者を残して眠りの彼方に。ようやく海が見えてきたら、目的地は近い。朝10時の気温は15℃。夏の関西より15℃は低い。しかし、この先、もっと寒いことになろうとは...なぜか、酔い止めと真冬の防寒着を用意して、ゴジラ岩と呼ばれるウトロの奇岩のそばを歩く。この朝向かったのは、知床岬に向かうクルーズ。陸路では行けない半島を、海から堪能するコース。ドルフィンというクルーザーは、わりと有名なようで、帰宅後の1ヶ月、北海道の旅番組で度々見かけた。冬場には流氷観光に使われる大型の砕氷船。こちらを観光船として使うコースもあるのだが...クルーザーの利点は、スポットの間近まで寄れること。ただし、揺れやすいので、酔い止めは必須になっている。世界遺産・知床の生き物の営みを間近に感じながら進む。海の上は、陸上よりもさらに5℃は温度が低いということで、防寒着に身をつつんでも、吹きすさぶ風に言葉を失う寒さ。豊富な流量のカムイワッカの滝が、オホーツク海に注ぐ。海がエメラルド色になっているのは、硫黄が含まれるから。滝の上流のカムイワッカ湯の滝には、15年ほど前に行った。温泉が流れる渓流をよじ登ると、滝壺の中で温泉を楽しめる。アタマまですっぽり防寒着に包まれながら、ピンク色の双眼鏡で何かを探索している幼児。浜辺にいたのは、ヒグマの親子。ヒグマの子供は、お母さんとセットで行動するらしい。漂着したスノコ?の上で遊ぶ姿が かわいらしかった。こちらはオス熊? ちょっと迫力ある歩き方だった。絶壁に穿たれた洞窟の上から、一筋の滝が ぶら下がる。海から山が立ちあがり、その上には雲をまとった頂きが。海を行くこと1.5時間。ようやく知床岬が見えてきた。知床岬は風が強く、芝庭のような草原になっている。「知床国際カントリークラブ、全36ホールが昨年オープン」と船長さんがジョークを言うと、奥さまは真に受けていた。。。オホーツク海と太平洋が出会う知床岬を超えると、外洋の波を受けて、クルーザーは激しく揺れた。目的地の知床岬を見たら、帰路は寄り道少なげに進む。この頃には、およそ3割の人が船酔いでグロッキー。。。帰り道は、アシスタント氏によるQ&Aコーナー。カモメとウミネコの見分け方って、知ってました??何やら コソコソとささやいている6歳児。どうやら、自分でも質問したいことがあった様子。彼が聞いていたのは、船の前についていたこの物体。ドコモの商標が気になったらしい。正解は衛星電話アンテナ。船を下りて、知床五湖に寄り道。ヒグマのシーズンだったが、高架木道が整備されている。ガイドなしでも、エゾシカを眺めながら、湖までお散歩。入りも出も、川がつながっていない不思議な湖。鏡のように澄んだ湖面に、雲と青空のコントラスト。午後の海を眺めながら、屈斜路湖までの道を戻る。たぶん、帰りも みんな寝てしまうだろうなぁ。暑さも汗も全く感じなかった寒い一日。関西に戻ったら、暑さに負けそうな予感がした。
Aug 14, 2011
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北海道では、駅も旅の楽しみの一つ。もちろん、一番楽しんでいたのは子鉄な幼児。車両に路線、それに駅と、やっぱり詳しい。(笑)今回の旅行では、釧網本線の駅に行ってみた。---原生花園駅は、ログハウス風のかわいい駅舎。駅員さんが常駐し、記念撮影や案内のサービス。駅を一歩出ると、お花が咲き乱れている。実はここ、季節限定の駅で、小清水原生花園の中にある。原生花園では、こんな花々が咲き乱れていた。見るだけでなく、ひと駅だけ列車に乗ってみることに。クルマ利用なので、私は次の駅までクルマ移動の役割。わくわくしながら、カメラを構えながら待っていると...やってきたのは快速しれとこ。「へー快速 走ってるんだ...」とのんびり眺めていたが、ハッと「次の駅、通過するんじゃない?」と思い当った。大声で呼び掛けるも時すでに遅し、乗り鉄は始まっていた。私の心配をよそに、のんびり走り去る快速列車。楽しそうに手を振る子鉄の姿が、遠ざかってゆく。ドキドキしながら、次の北浜駅に迎えに行くと、無事、快速も停車したようで、二人は駅で待っていた。「ぼく、快速の表示を見て心配になったから、 ワンマンの運転士さんに、「次の北浜に停まりますか?」 って、自分で確認したんやで。」と、私の変な心配が心外であるかのようなコメント。北浜駅には、丸太造りの展望台があった。実はここ、日本で一番海に近い駅らしい。ホントは、北浜駅の中にあるお店でランチを...と思っていたのだが、あいにくのお休み。そこで、ちょっと離れた止別駅まで足を伸ばしてみた。ここには、ラーメン喫茶・駅馬車というお店がある。お店の前(駅舎内)には、なぜか列車のシートが...おいしいラーメンを食べていたら、列車到着の時間。当り前のように食事を中断して、キハ40を撮り鉄。また別な日、摩周湖近くの川湯温泉駅も訪問。この駅には オチャードグラスという洋食屋さんがある。元は駅の事務室だった雰囲気のレストラン店内。窓が広くて、緑や駅構内が見渡せて、良い感じ。料理を待っているうちに、列車がやってきた。子鉄と一緒に撮り鉄タイムを楽しんでいたら、「お食事できましたよ~」と、お店の人が呼んでくれた。ハヤシライスにビーフシチュー、それにハンバーグ。どれもおいしくて、鉄道談義をしながら食が進んだ。店内には、鉄道関連の展示もチラホラ。川湯温泉駅の歴代駅長さんのお名前のプレート。昔のJRのポスター。C62牽引時代のニセコ号。躍動感があって、いい写真だなぁ...なぜか、えちぜん鉄道のカレンダーも展示されていた。駅には足湯もあって、滅多に来ない列車を待ちながら、緑の薫りの中、のんびりとした時を過ごすことができる。おまけ:道東を離れる時に利用した さいはて感漂う網走駅。
Aug 13, 2011
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秋の気配を感じたと思ったら、一転 猛暑の再来。という訳で、水辺の涼しい乗り物を振り返ってみた。---今回は、屈斜路湖から釧路川の源流下りに挑戦。3年前の釧路湿原の川下りの上流にあたる。まずは、クルマほどもあるラフティングボートを下ろす。3年前と同じ上着を着ているのに、3歳と6歳では大違い。写真を見比べると、子供の成長に感無量である。お兄さんに密着する傾向は、2年前の洞爺湖あたりから。いざ、ボートに乗り込んで、湖へと漕ぎ出す。湖を渡ることわずか、釧路川の始まりに至る。いきなりの難所! きゃあきゃあ言いながら隠れる幼児。川面を渡る涼風に、鳥のさえずりや魚の跳ねる音。カヌーと違い、操船もガイドさんお任せで景色を堪能。のんびりの大人達をしり目に、忙しく秘密兵器を取り出す。。。水の中に箱を突っ込むと、水中が鮮明に見える。まるで一個の黒い塊のようなウグイの大群を観察。浅瀬に出て、割りばしのお手製竿で釣りに挑戦。獲物とのダイナミックな駆け引きに、大人達もつい熱中。釣っていたのは 北海道だけの外来種ウチダザリガニ。本州のアメリカザリガニと違って、赤くなくて精悍。湧き水の沢に乗り入れたら、いっそう空気がひんやり。鏡のように澄んだ冷たい水が、空気を冷やしてくれる。水の中には、フランス料理にも使われるクレソンが自生。ここいらで、本格的な竿と餌を使って、再び釣りに挑戦。流れがあるので、ポイントに仕掛けを保つのが 結構 難しい。なんのマグレか、6歳児がアメマスの子供を釣り上げた。ボートの舳先に陣取り、もはや船長気分。パドルで水深を測りながら、進路を指示する。よそ見していたら、水面に垂れた木の枝に突入。ゲラゲラ笑いながら、自分の失敗を誤魔化していた。楽しかった源流下りで、あっと言う間に夏の午後が終了。夏休みはまだまだ続く。明日は、どこに出かけようかな??
Aug 8, 2011
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三岐鉄道三岐線の終点・西藤原駅に行ってみた。ウィステリア鉄道というミニ鉄道に乗りに行くのと、大井川鉄道で見たいぶき501の兄弟車に会うため。駅前の広場は 芝生できれいに整備されており、一周2~300mほどのミニ鉄道が敷設されていた。この日 走っていたのは、中部圏らしく名鉄の特急。それに、子供たちに馴染みが深い700系新幹線。蒸気機関車は、三岐鉄道開業時に活躍した102号機。小さな火室の中で、赤々と燃える石炭がたくましい。ボランティの運営方針なのか、乗車料金は不要。気軽に楽しめることもあり、幼児連れの家族が目立つ。どんどん走らせてくれるので、待ち時間も僅か。一人一回と言った制限も皆無で、子鉄は10回乗車。線路には、引き込み線のような配線もあって、その向こうの三岐線沿いに、不思議なクルマが。なるほど、車両は牽引車に載せて持ってくるのか。。。車両を線路に載せるためのリレーラー風の坂レールも。いぶき501の兄弟車であるいぶき502の脇にもミニ線路。立派な転車台の先には、車両を整備する車庫もあった。ちょっと残念だったのは、これだけ内容ある施設なのに、ほとんどの人が、三岐鉄道ではなく マイカーでの来場。子鉄と私は、もちろん、三岐鉄道を利用していたが...
Aug 7, 2011
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