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自分のために身を粉のようにして尽くしてくれた雄のカマキリの頭を噛み砕く。かりかりと乾パンをかじるように雌カマキリが食べていく。それは残忍なわけではない。あなたのぴくんとした反応と同じである。突然、湧き上がる衝動に肢体が従う。男の論理や理屈では思いつきもしない。意識した時には雄のカマキリの頭がすぱっとなくなるように男は心を奪われている。
Jun 29, 2008
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ギルモア博士が老衰で亡くなった時に皆が集まって以来、既に何年も経っている。世界の諸問題の多くは物理的な力では解決できないし、一方的に片方が悪と決めつけることができるような単純な組織的な争いはなかったので、もう何年も正義のためという御旗をたててサイボーグ戦士達が集まることがなかった。たまには、用事がなくても皆が集まったらどうだと口火を切ったのはサイボーグ009だ。それはいい考えだと皆が賛同し、すぐにでも皆が集まれそうな雰囲気であった。 しかし、場所を決めるのが難航した。特に飛行機代や宿泊代を気にして、皆が自分の住居地に集まることを主張した。彼らの多くは自身の肉体的な能力を活かした職業についており、肉体的な作業の対価として得られる収入はそれほど多くなかったのである。例えば、力自慢のサイボーグ005は純粋な力仕事に従事し堅実に稼いでいたけれども、その貯金を取り崩してまでも単に昔の仲間に会うためだけに海外旅行をする気にはならなかった。いつまで経っても赤ん坊のサイボーグ001だけは、その優秀な頭脳を用いて知的な活動、すなわち、株式の売買や外貨の取引に手を染めたが、頭脳を使いすぎて疲れ、眠りこんだときに売買のタイミングを逃し、多額の負債を抱えることになってしまった。空を飛べるサイボーグ002であっても、そのエネルギー費が高騰し、そう気軽に海外に飛んで行くわけにはいかなかった。 順番に各自の住居地で集まりましょうというサイボーグ003の意見には皆が賛同したが、最初はまず自分のところでと皆が言い始めて、結局、まとまりはしなかった。 そこでヨーロッパ地域に住むサイボーグ004と007が結託し、仲間が多いヨーロッパでの開催を唱えると、先進諸国の身勝手な行為であるとアフリカにいるサイボーグ008が強く非難し、たかがサイボーグたちの気楽な集まりがいつの間にか政治的な色彩までも帯びてきてしまったのである。 そういうわけで、サイボーグ戦士たちが集まることは当分なさそうで、サイボーグ009は夕日を眺めながら昔のブラックゴーストとの闘いをなつかしく思い出し、体内のメカニズムの磨耗が気になりだした自分の体のメンテナンスに時間を割いている。
Jun 22, 2008
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朝、公園に一台の自転車が放置されていた。それも公園の入り口をふさぐようにだ。さすがに、それに気を留めた人がいたのだろう。深夜、その公園を通り抜けてみると自転車は入り口の脇に移動されていた。しかし、どうして公園の冷たい芝生の上に倒れている男の人は放置されたままなのだろう。朝、私が通りかかったときから、彼はそこに倒れていたというのに。しかし、よく見ると公園の冷たい芝生の上に倒れている男の人は私ではないか。朝、私が通りかかったときから、私は分離していたというわけか。私は何と何に分離しているのだろう。倒れている私が物理的な私ならなぜ人々はその物理的な私を無視するのだろう。この私が意識としての私ならなぜ今日も会社の仕事でこんなに疲れているのだろう。私は芝生の上に倒れている私に近づいていく。近づいてどうするのかを考えることもなく私はびくびくしながら歩を進めている。私はとても恐ろしいものを見るかのように緊張しながら近づいていく。
Jun 15, 2008
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送別会にたくさんの人々が集まってくれたことに感動してこの若い娘が涙を流していることが妬ましかった。この若い娘が、皆へのお礼に続けて、あなたはいつも良い人に恵まれていると母から言われますと述べたことが耳障りだった。わたしは自分の精神の貧しさに気づいているけれども、この幸福そうな娘を見て周囲の人々も幸福になっていくことを素直に受け入れることはできなかった。これは幸福ごっこなんだこの娘にだまされてはいけないと叫ぶのを抑えるためにわたしは必死に微笑んでいた。この若い娘の幸福が決して自分のものにならないとしても、少しでも削り取ってやりたかった。でも、できる事と言えば、テーブルの上にでんと置かれている刺身の皿からこの若い娘が好きなイカの刺身を食べつくしてしまうぐらいしかなかった。
Jun 8, 2008
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踏切であの男は透明列車に轢かれてしまった。あんなに彼は自信たっぷりに言っていたのに。「透明列車が現われる時の存在感は人間の知覚で認識することができます。これはわたしの実際の経験に基づいています。透明列車のたてる音、即ち透明な音を捕らえることができます。透明列車はいわゆる物理的な堅さを持ちませんから、高速走行をしていても通常の列車のような大きな音はたてません。眼で仮に何も捉えられないとしても、透明な音に注意すれば、踏切で透明列車を怖がる必要は決してありません。」「透明な音と言われましても。」 私が言いよどんでいると、「透明な海の水底を水中眼鏡で覗きこんだときのことを思い出してください。はっと息を呑むようなあの瞬間の、自分の身長の何倍もある深い、深い水に吸い込まれるような感覚を、あなたは全身で感じていたはずです。眼だけではなく、耳でも知覚していたはずです。その時の音が透明な音です。 透明列車は時空を突き破って突然やってきます。それがあなたのすぐそばに現われれば、その存在をあなたの全身が感じます。 ジェットコースターが何百メートルも落下するときのように、自分の体が車体の加速に追従しないで取り残されて浮き上がり、足で踏ん張れないまま自由落下していくような逼迫間を全身で感じるかもしれません。 眼は空間の揺らぎを捉え、耳はその時に透明な音を認識します。自分の知覚の働きを信じることです。」 その男と私が別れて、一月は経っていなかったと思う、彼の細かい肉片を拾い集めたという警察官にとある飲み屋で出会った。 本来、その警察官はたまたま隣に座ったわたしに言うつもりはなかったはずだ。アルコールの影響で彼は多少饒舌になっていた。 事故現場は工場に資材を運ぶ引込み線の踏切で、数年前まではその線は実際に使用されていたが、今はまったく使用されていない。現在、まだ調査中であるが、その男の惨状からすると、どう見ても列車に引かれたように見えるとその警察官は言った。
Jun 1, 2008
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