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【進化バトン♪ 70世代目】という次第でありまして、私とのこの楽天ブログの中では一番お付き合いが長い、余菱さんより、「1、2を争う古株常連の花開富貴さん」ということで、ご指名を受けましたので、早速、初バトンに挑戦してみたいと思います。 ◆ ルール ◆・気に入らない質問を 1つ削除して、新しい質問を 1つ加えること。 (1番最後の質問のみ 対象外)・【進化バトン♪ ○世代目】の○のところを、カウントアップ(+1)すること。という「ルール」だそうなのでそれに従って、書いていきましょう。《 問1》 幸せになれる食べものは?飲み物でしたら躊躇無くワイン!と答えたのですが。「食べ物」ですか・・・。いろいろな所で飲み食いしているので、頭の中には候補が10以上あるのですが・・・。よし!では安くておいしいという上に財布にも優しく、かつ、「幸せになれる」食べ物を書きましょう。その食べ物とは、泣く子も黙る天下の松阪肉を扱う名店、朝日屋さんのお惣菜売り場で売っているミンチカツです。このミンチカツ、わずか1つ70円のお値段なのに、ものすごく美味しいのです!三重県に行く用事があるたびに買って帰ります。ちなみに、1個50円のポテトコロッケもおススメですね。《 問2》 今いちばん欲しいモノは何ですか?それは、躊躇なく自分が自由に使える時間です。好きな時間に起きて、好きな時間に食事して、お昼寝をして、夜、眠くなったらベッドに入るという自堕落な生活が送れる時間が欲しいです。《 問3》 子どものときに好きだったテレビ番組は?これも、いっぱい候補が挙がってくるのですが、ここは『ゲド戦記』の映画公開前ということと、このブログでも紹介しているということで宮崎駿監督が制作に携わっているテレビ版アニメ『名探偵ホームズ』にしておきましょう。 《 問4》 マイブームは何ですか?余菱さんは「ブログ」と答えましたが、私のマイブームは只今「ワイン」でございます。安くて美味しいワインを手に入れるべく(絶対1本5千円以下のものしか買いません)、お店のワイン売り場担当の人と、おしゃべりしながらワインを買う事を楽しみ、そして飲む事でも楽しむという感じで楽しんでいます。《 問5》 今一番逢いたい人はだれですか?それは、先月16日に急死した父方の一番上の伯父です。私と同じく、歴史が大好き、本を読むのも集めるのも大好き、という方で、人間としても本当に立派な人物でした。我が家に寄ると、毎晩、夜遅くまで我が家の歴史や伯父が今、興味を持って調べている歴史の事件について、お互いにああでもないこうでもないと話をしていました。できる事なら、本当にもう一度、伯父と会って歴史談義をしてみたいです。《 問6》 初恋は何時でした、またどんな人でした?これは、幼稚園の年少さんの時でしたね。私は良く人の名前と顔を覚えるのが苦手で、しかもその初恋は、相手が年長さんに上がったときに引越しをしてしまい、私の初恋は終わりました。可愛らしい、三つ編みの似合う女の子でしたね。《 問7》 10年後の自分はどうなっていると思いますか?このまま、司書稼業を薄給で続けるか、一念発起して教員採用試験に受かって正規の教員になっているのか。どうなっているのかは、その時になってみないと分かりませんよね。《 問8》 今、自分がはまっている本orマンガを教えてください。はい、今私が読み込んでいるのは、アルフレッド・W・クロスビー著、小沢千重子訳『飛び道具の人類史 火を投げるサルが宇宙を飛ぶまで』(紀伊国屋書店、2006年5月)ですね。飛び道具大好き人間の私にとっては、バート・S.ホール著、市場泰男訳『火器の誕生とヨーロッパの戦争』(平凡社、1999年11月)以来、読み応えのある趣味一直線の本ですね。 《 問9》 次にこのバトンを回す5人は・・・。いつも素敵なライトノベル作品を紹介されている、バルディッシュさん。飛行機好きの読書好きという素晴らしい趣味の持ち主、白い怪鳥さん。漫画、CG好きだけど得意ではない、と謙遜されているMe162さん。森薫さんの『エマ』つながりで知り合ったkatu644さん。そして、つい昨日知り合ったばかりで、同じ中学校で司書をされている先生何歳さん。みな~さ~ん、スルーはOKです。お時間があれば書いてみて下さい。初バトンでしたが、結構書いていて面白かったですね。ただ、いつものクセで文章が少々長くなりすぎるというのが、反省でしょうか。機会があれば、また別のものを書いてみたいですね。
2006年07月28日
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では、話の続きで、課題図書で戦争話を、の続きを書いてみたいと思います。。取り上げる本は、同じくゲイリー・ポールセン著、林田康一訳『少年は戦場へ旅立った』(あすなろ書房、2005年)を、マーチン・ファン・クレフェスト著、佐藤佐三郎訳『補給戦―何が勝敗を決定するのか』(中央公論新社、2006年)と絡めながら進めたいと思います。 さて、このように物資の大動脈、河川が戦争と無関係なはずはありません。『補給戦―何が勝敗を決定するのか』の第一章「一六世紀~一七世紀の略奪戦争」を参考にして当時の戦争の進軍コースを見てみると、それは良く理解できるはずです。例えば、三十年戦争の時の新教徒側のスウェーデン王、グスタフ・アドルフの軍隊が進軍したコースも1630年夏にバルト海沿岸に上陸するやシュテッテンを経て1630年から1631年冬にかけてオーデル川沿いに南下、今度はエルベ川の支流、ハーベル川沿いに西進しベルリンを通り過ぎてエルベ川との合流地点、ヴェルベンに至ります。次いで、1631年春にはエルベ川を上流部へ進撃、エルベ川の支流ザーレ川に入り、1631年秋にはいったん河川から離れ今度はライン川の支流、マイン川へと出ます。そしてマイン川沿いにフランクフルト、ライン川との合流点マインツを経て、今度はドナウ川に出て旧教徒の守護者たる神聖ローマ帝国の首都、ウィーンを占領すべく1632年春にはネルトリンゲンを経由してドナウ川へと出るのです。言葉で説明するとややこしいので、この辺は別のウィンドウでヨーロッパの地図でも出して読んでください。ただし、その時注意して見ていただきたいのは、上記に記載した都市がどれも今でも商業の盛んな都市であることです。この理由は説明してきたとおり、河川交通を使って発展してきた商業都市であることだからです。また、河川の流域なので当然、農業も盛んで豊かな土地でもありました。ですので、兵站、つまり主に兵士の食料や武器・弾薬などの物資を購入する資金を略奪するために都合が良く、またその土地が豊かであればあるほど大規模な軍隊が展開できたのです。つまり16~17世紀の戦争は現地徴発が戦略の基本だったわけなのです。この理論は、なんとナポレオン戦争時代まで続くのです。でもまあ、これは仕方が無かった事なのですがね。だって数万の軍隊が、当時の通常の作戦行動期間、180日分の補給物資を持って移動する事ができますか?物を運ぶだけで戦争が終わってしまいます(補給物資を運ぶ馬車の維持管理、とくに馬の飼葉(カイバ)を本国から運ぶだけでも恐怖です)。それだけ、輸送というモノは軍隊に負担をかけるものなのです。ですので、当時の軍隊は常にあっちこっち移動して略奪を繰り返しながら戦闘を続けていたのです。実際に1704年のスペイン継承戦争の時、フランドルからフランス内陸部へ進行したイギリスのマールバラ公の部隊は、1日平均12~14マイル行軍して「五月二〇日から六月二六日までの間、直線距離にして約250マイルを進んだ」「実際の行軍距離は350マイル近かったに違いない」というような根拠地、イギリス本国から遥かに離れたところを長距離・長時間移動しています。兵力はと言いますと約4万人です!そして、戦場に到着した時点で「人馬ともかなり良好な状態」だったというのですから、どのような補給方法をとっていたのかと言いますと、一応はパンとパン輸送車を供給できるソロモン・メディナ卿という人物との契約によるものだとしています。つまり、同盟国のオランダを当てにしていたのですが、オランダが軍需品倉庫を設置する資金を出さなかったため、メディナ卿と契約をして彼らからパンを買い、メディナ卿は「明らかに現地に置いたエージェントを使いながら、戦場周辺の農村から買っ」て、兵站を維持していたのです。ところが実際には、4万もの大軍を自分の財布で賄う事など不可能です。さらに、商人などは結局は当てにできないので、マールバラ公は進軍する先々の諸侯(神聖ローマ帝国領の北ドイツを進軍したので)に「丁重な」手紙を進軍に先んじて送付し、「協力」を要請したのです。はっきりいって「恐喝」です。クレフェスト先生も「協力が得られなかった場合の結果は悲惨であっただろう」と書いています。そして「悲惨」な結果が発生するとマールバラ公は「驚き」をあらわして、言う事の聞かない町に対して、我が軍の「保護」を受け入れる覚悟をしているだろうから、さっさとあるだけの人馬の食料をかき集めて持って来い、という命令書を持参した分遣隊を送るので市長さん村長さんあしからず、と言って「協力」を要請して物資を補給するという方法で進軍したのです。さらに、当時の軍隊は「酒を飲むために入隊した、極悪なならず者の集団」でしたから、マールバラ公の軍隊が通った後にはぺんぺん草も生えていない状況になったのです・・・。それなら、ちゃんとした補給部隊を作ればいいのに、と思うあなた!当時の軍隊は国王陛下の私有物だったのですよ。そして荒らされるのは大抵は他所の国の土地です。ですので、補給隊を作るよりメディナ卿のような請負人使ったほうが安上がりで良い、と君主様は考えられたのです。ここで面白いのが、クレフェスト先生が「軍隊は行軍中のほうが安全である」と言われていることです。つまり、移動中は常に「新鮮」な補給物資が行く先々にあるのに対して(敵軍、若しくは自軍がすでに通過した地帯はダメですが)、いったん進軍を中止した時だけ(補給の問題では無く、戦略上の問題で行軍を中止したのです!)「軍需品倉庫」を設置して兵站を賄っていたのです。今とは全く反対の論理です。そして、このように一箇所に駐留した軍隊は、周辺地域から入手した小麦を挽いてパンを焼き、材木を集め、そして飼葉を刈り集めるという「食料生産機械」となったわけです。そして指揮官は、そのような「生産」中に奇襲を受けないように特に注意を払っていたと言うのですから・・・。さて、散々余計な話をして大回りをしましたが話を『少年は戦場へ旅立った』戻しますと(実はこの回り道もこの後のお話の伏線なのですがね)、チャーリー少年が訓練を受けたのはミシシッピー川上流のスネリング砦から命令を受けて近くの川まで行軍し(ミシシッピー川本流か支流かはわかりません)、川で待機していた蒸気船(スチーム・ボート、ディズニーランドにあるアレです)に乗ってミネソタ州の州都、セント・ポール(ミシシッピー川本流沿いに開かれた町です)へと運んでくれました。そこで、チャーリー少年は、町を華々しく行進したのですが、(何と、この時点でも軍の制服が支給されていなくて、とりあえず、赤いフラノ(薄い羊毛の生地)のシャツが全員に支給されたそうです。本人は、「すごく派手だったが、なんとか一つの部隊らしく見えた」と書いてあり、銃を肩に担い「帽子をちょっと斜めにかしがせて」行進をし、若い女性の振る旗と人々の歓声に送られ、再び別の蒸気船に乗ると、ミシシッピー川本流を南下、今度はウィスコンシン州(ミネソタ州の五大湖沿いの東隣)のラクロスで列車に乗るのですが、この列車、つまり鉄道のお話はこの続きということになります。では。
2006年07月27日
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前回、6月21日に書いたときからずいぶん時間が経っていますが、課題図書で戦争話を、の続きを書いてみたいと思います。。取り上げる本は、同じくゲイリー・ポールセン著、林田康一訳『少年は戦場へ旅立った』(あすなろ書房、2005年)です。それにしても、これまで何度も「続きはまた今度」と言う言葉を使ってな~んにも書いてこなかった事やら・・・。今回は夏休みに入って学校図書館&その他のゴタゴタから一時的に開放され、ホッとしたら、「これからのお話は、依然コレもブログで紹介したマーチン・ファン・クレフェスト著、佐藤佐三郎訳『補給戦―何が勝敗を決定するのか』(中央公論新社、2006年)と絡めて前線への移動や戦場の様子を書いてみたいと思いますので」という文句を、『補給戦―何が勝敗を決定するのか』を読んでいて思い出したので、書いた約束事の1つぐらいは守らないとな、と言う教育に携わる人間としては少々問題のある発想で、カーソルを叩くことにした次第であります。失礼しました。('◇';ゞ敬礼!前回は、「延々と砦にて訓練ばかりを行い、戦闘へ行く事もなく、フロンティア警備のための砦に展開している正規軍と交代させられるのではないか?という噂が飛び交う中、ついに指令が出て前線と移動することになるのですが」という、いよいよ前線へ出動する直前でお話が終わっていました。今回は、チャーリー少年が訓練を受けたミシシッピー川上流のスネリング砦から硝煙漂う最前線へ行軍する様子を描いた第3章「マナサスへ向かって」を中心に毎度の如く紹介&解説をしていきます。チャーリー少年が訓練を受けたのはミシシッピー川上流のスネリング砦でした。この砦はひょっとすると、アメリカ合衆国建国以前、まだミシシッピー川流域がフランス領(アメリカは1803年に、ルイジアナをナポレオンから買収したのです)であった時代からの交通の要衝、若しくは原住民との毛皮などの交易地があった場所だったのかもしれません。実は19世紀半ばになっても(そして一部は現代でも)アメリカは鉄道網が整備されるまでは河川交通に頼っていたのです。そして、あの有名な西部開拓も幌馬車!というイメージがあるかもしれませんが、開拓者たち川船や艀(ハシケ)、筏(イカダ)で目的地近辺まで移動してから幌馬車に乗り換えて開拓地まで向かったのです。アメリカの地図を見てみると、ミシシッピー川は何と南はメキシコ湾から北はカナダ国境、五大湖のひとつ、スペリオル湖の付近まで記載されています。ちょうど、アメリカ東部を南北に縦断するかのようです。そして、そのような大河には支流が東西南北それぞれに枝分かれしているのです。ですので、未開のフロンティアを苦労しながら陸路を文字通り切り開いて進んでいくのと、たとえ川の流れに逆らっても、風の力、帆や人力、オールを使って川を使って旅をするのが効率的だったのです。そして、筏は目的地に着くと分解して木材として売りさばいたそうです。でも、船はそういうわけにはいかないので、目的地が上流だと風や人力で川を溯って帰っていたのでした(ですから、アメリカで最初に蒸気船が実用化されたのです)。さらに、船は馬車よりも大量の荷物を運ぶ事ができました。例えが日本の中世のお話になって恐縮ですが、当時、陸路では馬や牛、一頭に米俵は無理をさせて三俵が精一杯でした。畿内などの道が整備されたところでは荷車も使われていましたが、それでも無理して十俵程度しか積めませんでした。それに、そんなに積んだら牛馬や荷車に負担が掛かりすぎて長距離を運べません。ところが、船ならその何倍もの米俵を積んで運ぶ事ができました。あやふやな記憶で申し訳ないのですが、大坂から京に至る淀川で通常使われる川船は二十石くらいの大きさだったそうです(米俵二十俵分積めるという意味だったはずです、たしか・・・)。この例からも、船による輸送が労力やコストの面からも優れている事が容易に分かるかと思います。そして、この例は洋の東西を問わないお話でした。隋の皇帝・煬帝(ヨウダイ)が大運河を作らせたのも、江南、つまり長江流域の豊富な物資を都の洛陽まで運搬させる事が目的だったのです。そして、その大運河はその後の大唐帝国発展の礎となり以後、中国の物流の大動脈となるのです。その一端が田中芳樹さんの『纐纈城綺譚』(表紙画像無し)に描かれています。また、ヨーロッパではイギリスが河川交通で発展した国の代表格でしょうか。産業革命初期に、鉄道、というよりスティーブンソンが実用的な蒸気機関車を発明するまでは、イギリスの石炭などの各種物資は、すべて河川とそれを繋ぐ運河によって運ばれていたのです。それらは、馬に引かせた(運河や河川には、岸に引き馬用の道が整備されていたのです。そして、場所によってはトンネル!まで掘って運河を整備していました。閘門式運河なんて当たり前です!!)船や艀に載せられ、なんとリバプールからロンドンまでイングランドを横断し、果てはスコットランドまで水上交通網が延びていたのです。これら水上交通網の発展は、運河の通行料を目当てにした大土地所有者である貴族やジェントリたちの投資があったためです。ですので鉄道開業当時、貴族やジェントリたちは運河の通行料削減を恐れて鉄道の建設に反対し、それが鉄道のスピードと輸送力が河川交通を凌ぎ太刀打ちできないと知るや、今度はこぞって鉄道に投資したのです。丁度、この鉄道大投資&大発展の時期が森薫さんの『エマ』(汽車が表紙を飾っている『エマ(3)』を)の時代、ヴィクトリア朝前・中期となるのです。そして、同様にドイツではライン川やエルベ川、フランスではセーヌ川、ガロンヌ川にローヌ川(共にワインの産地です!)、東欧ではドナウ川が河川交通の大動脈となり、とくにドイツではライン川沿いのルール地方が石炭と鉄鉱石の産地であること(イングランド北東部も同じでした)により、ヨーロッパ最大の工業地帯が誕生することとなったのです。また、ライン川とドナウ川も運河で結ばれていて、これまたヨーロッパ大陸を西から東まで横断できるのです。そして現代では、環境保護の観点からトラックよりも一度に大量の荷物を運べる河川交通が見直されてきているそうです。でも、近年の異常気象の影響、熱波と降水量の減少で運河の水位が下がってしまい、河川交通網の現状は大変な状況だそうです。では、申し訳ありませんが、「範囲内(半角 8~10000 文字)の長さの文字列を入力して下さい」の警告がまた出たので、一度、お話を切りまして続きはすぐ後へと持っていきます。
2006年07月26日
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はい、日曜日まで、「もうライトノベルと馬鹿にしないで!」という一介の学校図書館司書の思いを代弁してくれているブックガイド&ヤングアダルトサービスの手引き書の紹介書いてきました。そして、昨日の日曜日で「おしまい」です、と書いたのですが、楽天の本文(半角10000文字以内)という文字数の制限に引っかかってしまい、昨日のブログからライトノベルに関する記述を2000字ほど削除しなくてはならなかったのですよね。そこで今日は未練がましく昨日掲載できなかった、金原瑞人監修『12歳からの読書案内』(すばる舎、2005年)第6章、「冒険」の楽しさを味わう本、「未来は自分で切りひらく!」の部分に掲載されているライトノベルを数冊紹介したいと思います。まず最初は、「シンレデラ願望が満たされる」と紹介されている『勾玉』シリーズ(『空色勾玉』)や『風神秘抄』で有名な荻原規子さんの『西の善き魔女』シリーズ(『西の善き魔女(1(旅立ちの巻))』)や、 ←文庫版です。YA作品も最近、文庫化や新書化が進んで いますね♪ 今度は同じく第6章の2節目、「かっこいい勇者になる!」に紹介されている私の好きな鉄砲が活躍する作品で、人間たちの愚かさに怒った神は人間から魔法の力を奪ってしまったのでうすが、そこは狡猾で利口な人間。人は魔法を弾丸に封じ込め銃器で操ることを思いつき、ふたたび「力」を手に入れることに成功します。そして、世界は殺伐とした戦争の時代へ突入することになるのです!そんな世界で、少年セドリックは、姉のエルウィング、テロリストの少女アンブローシアと共に世界の命運を分けると言われる銃「「幻の兵器「銃姫」を求めて」旅へと出発し、その中で繰り広げられる冒険活劇『銃姫(1)』。そして、第7章「想像力」がふくらむ本では、図書室でも女子生徒を中心に大人気の甲田学人さんの『Missing』が帯そのままの紹介、「現代の「神隠し」」で取り上げられています。そして、この「想像力」がふくらむ本中に、例のブックガイドが紹介されているのです、という感じで昨日の石堂藍さんの『ファンタジー・ブックガイド』の紹介&解説へと移りたかったのです!でも、出来なかったので未練がましく今日の日記に昨日書いて保存しておいた文章を載せた次第であります。こうしてみると、本当にYA(ヤングアダルト)作品とライトノベルの溝が徐々に埋まりつつあるような気がしてなりません。ただ、YA作品はどのような人にでも読めるような門戸の広い作品であるのに対して、ライトノベル作品は一定のジャンルに偏り、そのジャンルが好きな人向けに作られていると私思います。ただ、そのようなライトノベル作品が、その幅の狭いジャンルを飛び出すだけの作品の質を持った時、その作品はYA作品や一般書のジャンルに組み込まれ、表紙や挿絵が取り替えられたり、外されたり(小野不由美先生の『十二国記』は講談社ホワイトハート文庫から講談社文庫になった時に、表紙のデザインも一般文庫仕様となり、挿絵もなくなっていました。ただ、荻原規子さんの『勾玉』シリーズが新書になった時は、原著の雰囲気そのままのイラストが表紙を飾っていましたが・・・)して、書店で一般書と同じ書架に並んで、サラリーマンが電車の中で読むような本になっていくのでしょうね。これからは、『ダレン・シャン(1)』のようにYA作品もドンドン文庫化されていくのでしょうかね?と先々週、△省堂書店の売り場で、この本が特設台の上に平置きされているのを見て、フッとそう思いました。 さて、ここで遅ればせながらご報告を。もうご存知だと思いますが、トップの自由欄のお色直しをしてみました。まだちょっと問題があるので、その点は追々改善していく予定です。それから、影武者0319さんのお誘いを受けて「、ブロガーをつなげるSNS:BlogRing」へ登録をしてみました。まだ使い方も良く分からないのですが、直感的に何だかこれは良さそうだと重い、登録してしまった次第であります。どうも私は、思考して動くより、直感や感情で物事を考えて行動する人間のようですね。こればかりは分かっているけど、中々直せない癖の1つです。注意しなければなりませんね。それでは!
2006年07月24日
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はい、今日まで引っ張ってきましたが、水曜日のお話の続きで、「もうライトノベルと馬鹿にしないで!」という一介の学校図書館司書の思いを代弁してくれているブックガイド&ヤングアダルトサービスの手引き書の紹介をようやく今日で書き終わります。。その前に、本の紹介ばかりでは華がないと思いまして、上に飾りました庭の睡蓮鉢に咲きました黄色い睡蓮の花で、目を休めてから駄文をお読み下さい。では三度目、今日で紹介するのが最後になる本がこの、金原瑞人監修『12歳からの読書案内』(すばる舎、2005年)です。金曜日に、毎度の事ながら前振りが長くなり本当に紹介したかった本の内、わずか1冊しか紹介できませんでした。そこで今日も「もうライトノベルと馬鹿にしないで!」の本題の部分、『12歳からの読書案内』の第6章の「冒険」の楽しさを味わう本、「未来は自分で切りひらく!」の中から、ここは2節に分かれているのですが、最初の「不思議な世界へ旅立とう」の中で時雨沢恵一先生の『キノの旅』の次に私がおススメ!と思う本にいってみたいと思います。その本とは以前からこのブログでも度々紹介&解説させていただいている雪乃紗衣さんの『彩雲国物語(はじまりの風は紅く)』です。彩雲国を代表する名門中の名門、紅家のお嬢様、紅秀麗は父親の社会生活適応度の低さと戦乱やその他諸々の事情で家の財産はスッカラカン。平和になった現在も極貧生活を凌ぐべく、町に出てバイトに精を出す日々を送っていました。そんな彼女の夢は「官吏となって人々の生活を良いものへ変えていくこと」。でも、彩雲国では中世の時代設定そのままに、官吏の登用試験、国試を受験できるのは男子のみで、どんなに秀麗が勉学に励んだとしても、最初から官吏への道の門戸は閉ざされていたのです。そんな、秀麗の元へ舞い込んできたのが新国王劉輝(リュウキ)の教育係というアルバイト。新国王の性根を入れ替えさせれば、「世の中を変える手伝いもできるとばかりに」金500両謝礼も加わり「秀麗は二つ返事で引き受ける・・・」のですが。「貧乏暮らしに制度の壁」。そんな状況の下でもがんばり続ける秀麗、と書くと真面目なYA作品は重た~い内容となるのですが、そこはライトノベル。「登場人物たちの性格やセリフ回しに遊び心が盛りだくさんで、深刻ならずに楽しく読める」のです。登場人物については、このブログでも紹介しているので省略して最後も本からのメッセージを。「どんなときだって選べる道は必ず二つ以上あって、そこから自分で道を選んで歩いていくのよ」。どうです、このセリフ。「登場する女性キャラが、やたらとオトコマエで、思わず惚れてしまう」と紹介者の鈴木裕美子さん(公共図書館司書、ライトノベルフェステバル実行委員会スタッフ)が惚れ込んでしまうだけの内容が詰まった作品ですよ。さて、最後にブックガイド&ヤングアダルトサービスの手引き書『12歳からの読書案内』に紹介されている、ブックガイドを紹介して終わりたいと思います。その本とは、第6章の2節目、「かっこいい勇者になる!」に紹介されていて、ここ20年以上「ファンタジーや幻想文学の紹介・評論に徹してきた人」で、「読んだファンタジーは、おそらく1500冊に近いと思う」と文章を書いている金原さんが仰るほどのその道の大家、石堂藍さんの『ファンタジー・ブックガイド』です。なにしろ紹介者が「おお、やっと出たか!」という書き出しで紹介を始めるほどの本です。さらに「ほぼ完璧なファンタジーのガイドブックが出たのだ。おそらく英語圏でもこれほどのものはないと思う」と言わしめるほどの凄まじさ!本の紹介では「国内外のファンタジー小説400冊を紹介。最近の小説だけでなく古典的な名作まで羅網している信じられない本。」と賞賛の言葉の嵐です。本からのメッセージでは「ファンタジーの世界は、私にはいつも輝いて見える。これまでに千を越えるファンタジーを読んできて、なお飽きるということがない。そのファンタジーの魅力の一端を・・・」とあります。そしてこの本について金原さんは「初心者にとっては、新しい国への招待状であり、少しファンタジーを読みこんだ人にとっては奥の深い世界地図であり、すでに多くのファンタジーに親しんでいる人にとっては大宇宙へのいざないである」と大絶賛されています。そして、「全国の小中高大の図書室(図書館)、および全国の図書館はぜひぜひこれを最低1冊ずつ入れてほしいと思うのだ。この上をいくガイドは、10年以上、出てきそうにない」と解説&熱弁をふるっています。そこで、私も今度の夏休み明けの選書でこの『ファンタジー・ブックガイド』を購入して配架しようと決意したところであります。ちなみに、同様の本として質は落ちるかもしれませんが(失礼!)『次の一冊が決まらない人のためのファンタジーブックガイド』を去年の年度末に購入しています。読み比べてみると面白いかもしれませんね。如何でしょう。水曜日と金曜日、そして今日紹介した本の中で、YA作品とライトノベル作品のジャンルがある手度混在しいている状況にあり、YA作品だから良い、ライトノベルはコミックに近い作品だからダメ、という様な論理は最早化石級の問題となっているのが、良くお分かりになられたかと思います。ライトノベルにも普通の一般の単行本や文庫、YA作品と遜色の無い、優秀な作品があるのです。ただ、ライトノベルは読み手の対象が限られてくるという問題があるのですが、これは、ある程度本のシリーズを増やす事で対処できます、表紙のイラストや作中の挿絵がどうとかという問題は個人の感覚の問題であり、そんな事で選書をしていたら、表現が的確、且つ不穏当かもしれませんが検閲と同じだと思います。読書離れが進んでいる中、ライトノベルの売り上げが書店さんで伸びている事なども考慮して、学校図書館にもライトノベルを置いて、生徒への読書意欲向上の手段として大いに活用しようではありませんか!
2006年07月23日
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水曜日のお話の続きで、「もうライトノベルと馬鹿にしないで!」という一介の学校図書館司書の思いを代弁してくれているブックガイド&ヤングアダルトサービスの手引き書の紹介を続けて書いてみたいと思います。では、二度目になりますが今日紹介する本がこの、金原瑞人監修『12歳からの読書案内』(すばる舎、2005年)です。前回は、最後に「本当は、この後最後の第9章と続くのですが、面倒になってきたので、、後日、第5章から紹介&解説を始めていきたいと思います。」と書きましたが、一々各章、各節ごとにアレコレ書いていると時間もかかりますし、短気な私もサッサと次のネタへと移りたいので手抜きでいきます。期待していた人(多分、十中八九いないと思いますが)、ご免なさいね。それでも、本題に入る前に紹介したい本があるので、まずそれから。その本は第5章「いのち」の重みに気づく本、自分の生き方を見つめ直す!という副題がついています。この第5章は1節だけで、「ひとりじゃない」という見出しで始まります。その第5章の最初に紹介されているのが、森達也さんの『いのちの食べかた』です。この本は、「明日から世界を見る目が変わるかもしれない」という見出しから始まります。そして、詩の本の内容とは・・・。私たちが日々何気なく食べているお肉、牛・豚・ニワトリ、これらの動物たちが一体年間どれくらい食肉として消費されているか?という疑問を切り口にして「いのち」について「ちょっと深く考えさせてくれる本」です。さらに「二色刷りでイラストも豊富。」お値段も定価が1,000円とお手ごろで、次回の選書に入れようと考えている1冊です。ここでは書きませんが、食肉を作る(変な表現ですが)食肉処理場ではわずか数十秒で1頭の牛の命を奪い、血を抜き取り食肉へとバラバラに解体していきます。この『いのちの食べかた』の著者はドキュメンタリー映画の監督さんだそうで、紹介者の金原さんの文章を借りると「最初のあたりで、みんなの口に入る肉が作られていく過程が、まるで目にみえるかのように描かれていく。牛が殺されて解体されていく過程を、これほど具体的に客観的に説明した、子どもの本には今までお目にかかったことがない。」と評価されています。そして、それだけではなく、食肉に関わる職人さんたちの心情や「その素晴らしい技術」についてもキチンと描写されているそうです。そして、学校図書館に関わる人にチェックを付けて欲しいのは、この本には「生き物を殺すことによって世界を支えてきた人々に対する差別についても、詳しく書かれている」という点です。そしてそれだけではなく、何故差別が生まれるのかについても、わかりやすく書かれていることです。子どもは「ザンコク」な生き物でもあります。それは、なにも知らないことから来ること「無知」によるものや、考える力が無いためです。よく、アフリカでは年端のいかない少年兵が銃を持って戦闘に参加させられています。そして、彼らが残虐な行為を頻繁に引き起こすのです。そのことについても、この本を読んで「自分が誰かを殺さねばならい瞬間を、人はいつのまにか忘れてしまうからだ。忘れているのに知ったつもりになる。だから間違う・・・」この言葉をよく噛み締めて考えてください。金原さん曰く「過去と現在と未来」「考え方について」そして「生き方について」の本だそうです。私も1回、是非読んでみたいと思いました。最後に本からのメッセージを引用してみましょう。「人は愚かだと昔からよく言われていたけど、知っていることを間違えるほど愚かじゃない。知らないから人は間違う。知る気になれば知れるのに、知ろうとしないこともある」・・・。このメッセージから皆さんは何を思い感じましたか?さてさて、毎度の事ながら前振りが長くなりましたが、本当に紹介したかったのは、「もうライトノベルと馬鹿にしないで!」の本題の部分、第6章の「冒険」の楽しさを味わう本、「未来は自分で切りひらく!」です。ここは、2節に分かれているのですが、最初の「不思議な世界へ旅立とう」では、何とイの一番に時雨沢恵一先生の『キノの旅』が登場してくれているのです。さすがは、ライトノベル界に超然と佇む巨大な塔ですね。そんな、『キノの旅』の紹介は「奇妙なルールの世界を旅して」です。ご存知、主人公キノは旅人です。自分で、同じ町には3日間しかいないというルールを作って、旅を続けています。旅の相棒はコレマタ有名なエルメス君。ちょっとどころではない生意気なしゃべるモトラド(注:空を飛ばないバイク)にまたがり、キノは美しくも残酷な世界を旅していきます。ところで、私たちの住む現実社会にも奇妙なルールは沢山ありますし、変な(狂信的な)考え方を持っている人々も沢山います。しかし、宗教者でもない限り、それらを正していくのは大変ですし、それを正すほど「自分が正しい」と言い切れる人はいないでしょう(宗教者は神の代理人ですので、絶対の信念をお持ちですし、普通の人でも結構「自分が正しい」と勘違いしている人は多いのですが。私もその1人ですがね。)。『キノの旅』ではそのような人間社会の複雑怪奇で絡まりあった「厄介さ」を「わかりやすく解きほぐしてくれる」本だと紹介しています。そして、その手段として時雨沢先生は、短編連作という小さなエピソードを使う事によって、「人間社会のやっかいさを一つ一つ描いていくのだ」そうです。個々のエピソードは、作品を買って読んで頂ければ良いので省略しますが、どのエピソードも、人間社会の歪みを映し出しています。1つの国に3日間しか滞在しないと決めているキノですので、それらの歪みを訂正することなく、ただの目撃者、あるいは傍観者(時には騒動に巻き込まれますがね。キノの師匠のように・・・。でも師匠は動くトラブルメーカーか。)として、その町にいるだけです。私たちは、キノやエルメスの目線や感情などの表現を文章を通して考える事により、その町の「歪み」を解決しなくてはいけないのです。最後に、本からのメッセージは「止めるのは、いつだってできる。だから、続けようと思う」だそうです。キノらしい言葉ですね。紹介者のひこ・田中(児童文学作家、『ごめん』の著者)さんは良く分かっていらっしゃいます。ということで、この後雪乃紗衣さんの『彩雲国物語(はじまりの風は紅く)』も紹介したかったのですが、字数制限が出ましたので、また次の機会に譲りたいと思います。
2006年07月21日
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タイトルに書いた通りです。今日は、この「もうライトノベルと馬鹿にしないで!」という一介の学校図書館司書の思いを代弁してくれているレファレンス本を1冊、紹介してみたいと思います。その本とは、金原瑞人監修『12歳からの読書案内』(すばる舎、2005年)です。皆さんは「ヤングアダルト」という図書館用語をご存知でしょうか?ちょうど、私の担当する中学生から高校生までの読者を対象とした作品を指す言葉です。図書館の世界に少しでも足を突っ込んでいれば必ず聞いた事がある、赤木かんこさんがこの「ヤングアダルト」という言葉とその作品群れを広げる活動に従事している事は良くご存知だと思います。今から15年ほど前、1987年から3年間ほど朝日新聞でこの『12歳からの読書案内』の著者、金原瑞人さんと赤木かんこさんは「ヤングアダルト招待席」というコーナーで本を紹介し、その後、『ヤングアダルト読書案内』という本を出版されたそうです。しかし、当時は誰も、図書館関係者ですら余り関心をはらわなかったのです。その理由として、『つきのふね』などの著者である森絵都さんは「(前略)十四年前はまだその受け皿が整っておらず・・・中学生ものは出しづらいから小学生を書かないか、と何人の編集者に言われた事だろう」と述べられておられます。それほど、「ヤングアダルト」(以下略してYA)は売れなかったのです!それがこの10年でがらりと様子が変わった金原さんは書いています。これは明らかに『ハリー・ポッター』のような翻訳モノがこれまでの日本の文壇にYAの良書が原動力となったと私は考えますが、国内でも、小野不由美さん、上橋菜穂子さん、萩原規子さん、そして、乙一さん等など、腕の良い作家さんがライトノベルまで加えるとキラ星のようにその数が増えているのです!そういった本に関して、この本ではそちらの方面に詳しく且つ、「驚くほどセンスのいい人たちにお願いして、自分の好きな本を紹介してもらった。ジャンルは、青春小説だけでなく、現代詩、短歌、絵本、ノンフィクションまでと、とても広い。」そして、「いま最も楽しい、そして元気の出る本たちにであってほしい。」と金原瑞人さんは「まえがき」で訴えられています。さて、『12歳からの読書案内』には、どのような本が紹介されているかと言いますと、先ずは穏当なところから第1章「希望」がわいてくる本、「やりたいこと」や「新しい自分」に出会う!の2節目、「夢が糧になる」というところであさのあつこさんの『バッテリー』が「お互いを励みにして伸びていく」という文句から紹介されています。次いで、第2章「勇気」があふれてくる本、「孤独」や「試練」を乗り越える!の第1節「自分と向き合う」では、なんと、新興のライトノベル文庫、徳間書店のデュアル文庫より北野勇作著、前田真宏絵『かめくん』が「今日も生きる「かめくん」奮闘記」という題で紹介されているのです。この他にも、第3章「コミュニケーション」の大切さに気づく本、「理解し合う喜びを知る!」では第1節「相手も自分も大切にする」にて「本当の孤独って何だろう?」という問いかけで乙一さんの『きみにしか聞こえない』や「恋するのは簡単、大切なのはその先」という難題?で秋山瑞人さんの「イリヤの空、UFOの夏(その1)」が紹介されています。さらに、第2節「心が通い合う喜び」では、「価値観の違う二人に友情が芽生えた!」ということで嶽本野ばらさんの『下妻物語』が登場し、とどめとばかりに、TVアニメ化もされた田口仙年堂さんの『吉永さん家のガーゴイル』が「家族の絆にほろりとする」という感想と共に紹介されています。 続いて、第4章は「情感」豊かになる本、「毎日を楽しみながら生きてい、という主題で、先ず、第1節では「悩んだり、憧れたり」という普通の少年少女が思考する事象について「みずみずしい十代の気持ち」が書かれている本として森絵都さんの『永遠の出口』に、「肥大化するアイデンティティ」として綿矢りささんの『蹴りたい背中』。そしてあの金原ひとみさんの『蛇にピアス』が「「身体改造」を経てたどりついた先は?」という思い問いかけで紹介されています。またがらりと雰囲気を変えて第3節では「美しい絵本の世界へ」という題でこれは、わたしも図書室に入れた歌舞伎の題材をけばけばしいほどの色彩を使って表現した橋本治文、岡田嘉夫絵『義経千本桜』が「めまいのするほどの美しい歌舞伎絵本」と全くそのまんまの紹介をされていたり、有名な「日本の良さを再発見!」という書き出しで始まる『MOE』で連載中の河浦良枝さんの『しばわんこの和のこころ』等が集録されています。本当は、この後最後の第9章と続くのですが、面倒になってきたので、、後日、第5章から紹介&解説を始めていきたいと思います。
2006年07月19日
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このお話は昨日の続きです。そちらを読んでから読んで下さいね。では、このような島嶼における着上陸事案に『すぐわかる国防学』ではどのように対処すべきかと言いますと、「犯罪捜査の問題とはまた別に、海保に地上部隊を設置することで、国境警備隊的な性格を持たせ、島嶼の警備を含めて、わが国の領土・領海で包括的に活動するのがよい。」と提言しています。自衛隊を配備して(実際に今度の沖縄の陸上自衛隊第1混成団が第15旅団に改変される時に、南西諸島にも1個中隊規模の普通化部隊を配備するという案があるそうです)も良いのですが、現行法では警備出動も治安出動も「ハードル」が高くて、さらに出動したときのグレーゾーン=平時と戦時の線引きの曖昧さの拡大を招く危険性があるのです。そこで、前述の密航船からの大量の密航者の上陸や、武装難民などが押し寄せてきた場合に状況に応じて、「地方警察→国境警備隊(海保)→自衛隊」と使い分ければ、「周辺諸国の世論を無用に刺激したり、事態が政府の思惑を超えてエスカレートすることを防げる利点がある」と述べられています。ですので、諸外国にはフランス・イタリア・スペインの国家憲兵隊(イタリアではカラビニエリと呼び、スペインでは治安警備隊と呼んでいます。)、ドイツやロシアの国境警備隊などの順軍事組織を編成している例が少なくありません。ちなみに憲兵隊は、「軍隊内での規律維持のための組織と考えられがちだが、ヨーロッパではもともと、軍隊から治安維持を専門とする警察の組織が派生した、という歴史」だったそうです。これも詳しくは鹿島茂著『職業別パリ風俗』(白水社、1999年)の「警察」と「憲兵隊」の章を読んでみて下さい。ちなみに自衛隊では戦前の悪名からか憲兵と呼ばずに警務隊と呼んでいますが、実際には警務隊員は司法警察官、つまり普通の警察官と同じ資格と権利を有しているのです。つまり、警察官と憲兵には法的な区別が無いのです。このように、厳密に軍隊と警察を二本立する事には、さほどの意味が無い事がわかるでしょう。フランスでは、わが国での都道府県警察は存在しなくて、パリ市警は別格だから除くとして、人口1万人以上の自治体は国家警察と憲兵隊、それ以下だと地方警察の管轄となるそうです。これは治安維持の面での話で、犯罪捜査は事案によって管轄が異なるようであります。ちなみに、地方警察は完全な地域密着型の駐在さんタイプであり、一方の国家警察はその傘下に総合情報部やら対テロ特殊部隊RIDS、在外公館警備も担当し(日本も在外公館警備に是非、日本の治安機関を利用しよう!)ている。国家憲兵隊は、空港の警備や大統領の警護に当たる共和国大統領警護隊(日本も、皇居と天皇家を守るために、近衛歩兵・騎兵隊の創設を!)を擁し、軍隊内で規律維持に当たる隊員数は全体の4分の1程度で、後は治安維持、つまり警察活動に従事しているのです。ですので、日本の悪癖、縦割り行政を防ぐためにも、「日本は治安維持を専門とする警察機構を独立させ、海保もその指揮下に入ることが望ましい。」と書かれています。実際に海保は国土交通省という海保が何故に?と言うような役所の管轄化にあります。さらに、これも前々からおかしな話だと思っていたのですが、自衛隊法第80条で「海保は、有事に際して海上自衛隊の指揮下に入ることになっている。」のです。現状では、海保=沿岸警備隊=準軍隊という公式が成り立つので、これは当然の話なのですが、海保法第26条には「海保の隊員の軍事行動も訓練も禁じられている」のです。では、最近の海自と海保の共同訓練は何なのでしょうかね?全く以って、日本の国会と国会議員の無知蒙昧さと有事に対する備えを怠ってきた事が一目瞭然な条文です。でも、国際環境がそれを許さなくなってきているので、すみやかに国家警察機構を設立して、海保も警察組織の一員であると位置付けすべきであるとして。「警察庁から都道府県警へのキャリア出向は禁止し、地方警察は名実共に各自治体の傘下に入る必要がある」と述べられていますが、これは、東京や大阪などはよろしいでしょうが、他の道府県ではちょっと荷が重過ぎるところが出てく可能性もあるので、注意が必要だと思います。いっそ、フランス式に政令指定都の市警察も同様に市長、市役所の傘下に入れたら如何でしょうかね?大体、キャリア官僚は警察庁から間接支配をするために送り込まれたきた要員ですし、若いキャリアが地方で叩き上げでがんばってきた警察官の人事を(幹部職の椅子)束縛するようになっては、現場の士気がガタ落ちです。さらに、「汚職や不正を未然に防ぎやすくするために、地方警察と国家警察による相互監視のシステムを構築するのがよい。」となかなか斬新で建設的なアイデアも提案しています。本書では、「新たな警察機構を作るのと言っても、そこに巨額の予算を投入する必要はない」と述べています。現行の警察制度、機動隊や自衛隊から資材と人員を融通して予算の節約を図り、浮いた資金で「高度な科学捜査や対コンピューター犯罪のための捜査・研究に投ずるべき」と指摘されています。また、時期防衛大綱で陸上自衛官の定数を10年かけて削減するところを、新設の「沿岸・国境警備隊(仮称)」に回せば、10年もかけることもないだろうと、論じられています。この「沿岸・国境警備隊(仮称)」には在外公館や原子力発電所等々の「一般の警察官より重武装の専門部隊を充当し、その人員を自衛隊に求めるのだ。」そして。このような警備対象を空港や港湾、ターミナル駅にも拡充し、一般警察官の人員配置に余裕を持たせる事により、犯罪捜査や地域の防犯パトロール等々にもっと力を入れることができる事になる、と解説されています。と言うような説を展開されているのですが、現状では、幾つかの法改正に、行政機構の見直しと、一体何年かかるんだ!と言うよう内容が多々含まれています。ですが、これが達成できれば、つまり法律と機構を改編するだけで、国防が充実して、「血税も有効に使われるようになるのだ。」と筆者は提案されています。まぁ、ここで私の島嶼防衛の今すぐにも出来そうな案を幾つか上げてみますと、先ずは、離島の警察官の補充です。駐在さんはそのままにして、沖縄なら県機動隊、足りなければ管区機動隊から重装備を持った隊員6名ほどを1~3ヶ月単位でローテーションを組んで派遣するのです。武器は当然、9mm自動式拳銃にMP-5機関拳銃、そして対人狙撃銃に89式自動小銃(ダメなら64でもいいや)で武装した機動隊員を常駐させるのです。そして、防御しやすい場所に、トーチカを備え付けた宿舎を建て、万が一の場合、味方が救援に来るまで頑張るのです。次は、現行法を変えねばならないのですが、ヘリコプター搭載型や重武装の巡視船、「りゅうきゅう」や「あそ」に陸戦隊を常時配置させて、一朝有事の際に船やヘリコプターで現場へ急行するのです。第一、警察には空中機動能力も艦船で移動する手段もありません。昔、魚釣島にアホな中国人が上陸した際、沖縄県警の機動隊は石垣島から海保のヘリに乗って現場へ向かったのです・・・。ですので、『海上保安庁特殊部隊SST』に載っているように、いざとなれば東ティモールまで邦人を救助しに行ける「足」を持った海上保安庁が中心となって日本の海上の安全、強いては日本の国益・権益を深刻な武力行使が行われことなく、守っていくために海上保安庁が「国境警備隊」にならねばならない、時期に来ているのです!最後に一言、第11管区は石垣島に本部が置かれているのですが、何と石垣島にはPLクラスの巡視船を係留できる水深も桟橋も無いそうなのです・・・。ですので、PLやPLHはみんな那覇港まで行く事になるのです。桟橋、これだけは、早く作りましょうや・・・。
2006年07月17日
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金曜日に、今日は戦争やら軍事・国防、そして安全保障問題に喜んで首を突っ込み、喧々諤々の議論をするのが大好きな方々におススメの本を紹介しますと言って、林信吾・清谷信一著『すぐわかる国防学』(角川学芸出版:発行、角川書店:発売、2006年)を用いて、日本の国防が如何に理解されていないかをたどたどしく解説してみました。今日は、この『すぐわかる国防学』から第6章「近代戦から現代戦へ」の「警察と海保の組織変革を急げ」という小節をお借りする形で、今、日本が抱える危機的な国防の状態について語っていきたいと思います。さて、皆さんにここで質問です。沖縄県の南西諸島の東端に波照間島という国境の島があります。この島にはどのくらいの警察官が駐在しているか、ご存知ですか?わずかに2名(去年の秋ごろ、人から聞いた話です。)しか駐在していないのです。そして、この2名の警察官の持つ、特殊警棒と昔ながらの3尺6寸の樫の警棒にジュラルミンの盾、そしてニューナンブ回転式拳銃(ひょっとしたらた、9mmのS&Wの自動式かもしれませんが・・・)で、島の住民の安全と国境を守備しているのです。そんな、南の島に大した事件も起こらないから、警察官が2名で十分、と考えている方。あなたはその時点で国防に関する知識がスッカラカンであることを露呈してしまっています。ちょっと想像してみて下さい。今から、ちょうど10年前、1996年から1998年にかけて日本には沢山の蛇頭を筆答する中国人ブローカーが密航船を仕立てて、中国人の密入国者を船倉に文字通り詰め込んで(小さな漁船に100人も詰め込んでいた例もあったそうです。昔の奴隷船状態ですよ。)日本へ次から次へと送り込んできました。それを、領海内で阻止したのが海上保安庁で、とくに海上保安庁特殊部隊(スペシャル・セキュリティ・チーム=SST)がヘリからのリペリング降下(ファーストロープ降下、つまり器具を使わず腕の力だけでロープをコントロールしてヘリから揺れ動く船に降下する技術。)や、強行接舷(海保の伝統的な操船&拿捕戦術。2隻の巡視船で該船を挟撃=挟み撃ちにして巡視船を密航船の斜め横からぶつけて、至近距離になったら海上保安官が飛び移る戦術。非常に危険です。)をして、密航船を拿捕して、日本列島に近寄らせなかったのです。当時、蛇頭は相当の武装(お馴染みの青竜刀に拳銃、自動小銃に機関拳銃、手投げ弾等々・・・)で武装していた恐れがあったので(実際に武装していたでしょう・・・)、普通の海上保安官や海上警備隊(通称、海警隊。海の上での機動隊と考えると良いでしょう。ただし、警察の機動隊よりは重武装ですがね。)では、ちょっと危ない、というので特殊部隊を出動させて、該船に飛び移り、シグ・ザウエルP228、9mm自動式拳銃を構えて、船橋にスタングレネード(フラッシュ・バン=音響閃光弾)を放り込んで直ちに該船要所を制圧する能力のあるSSTが人知れず大活躍をしていたのです。その結果は、1997年には1,075人の検挙数が2000年には29人激減するという成果を挙げたのです。最も、海上からは危ないので、偽装旅券を使ったり、コンテナに隠れたり、挙句は留学ビザで来てそのままドロンッと、密航事案は後を絶たないのですがね。このお話の詳しい事を知りたい方は、小峰隆生著、坂本新一協力『海上保安庁特殊部隊SST』(並木書房、2005年)を読んでみて下さい。話が、わき道に逸れましたが、さて、そんな密航船が嵐で難破したり、あるいは密航者と蛇頭との間のトラブル、果ては海上保安庁の巡視船に追跡されて、南の小さな島の沖合いで座礁して動けなくなったらどうなるのでしょうか?巡視船に追跡されていれば、当然、泳いで島まで逃げるでしょうし、他の場合も、結局、島に武装した蛇頭や大量の密航者が上陸する事態になってしまいます。そんな、状況をたった2名の警察官で対処できると皆さん思えますか?無理に決まっているどころか、住民の安全すら守れない無法状態になってしまいますよ!それが、日本の現状です。いわんや、侵略を意図する某国の軍隊が上陸しようものなら・・・(まぁ、犯罪者や密航者よりも統率がとれている軍隊のほうが、住民にとっては安全かもしれませんが・・・)。このような、我国の領土である島嶼を不法占拠された場合、海上で追跡していた海上保安庁の巡視船から武装した保安官を上陸させて援護すれば、とお思いの方、これが現行法では難しいのですよ。現行では海上保安庁は「その活動範囲はあくまで海上に限られ、離島であれ陸上で起きた事案には、なかなか対応できない。」のです。その一方「警察には島嶼を警備する能力も、海上の兵站を支える能力も無い」というお粗末な状況なのです。さらに、日本の警察制度には致命的な欠陥があるのです。それは、都道府県警察は存在していても、実働部隊は地方警察のみで国家警察がないのです。一応、警察庁という中央官庁はあるのですが、いるのはキャリア官僚ばかり・・・。警察庁はそのキャリアを「各地方の警察へ幹部として送り込むことによで間接支配する、という構図」なのです。「純然たる地方警察とは言い難いのに、各自治体警察が有機的に統合運用」されているわけでもなく、「人事だけが中央集権という、ゆがんだ構造になっている」のが今の日本の警察制度です。これも、GHQが内務省を解体したからです。戦前は内務省警保局が全国一律に中央集権的に運用していたのに、GHQが内務省と旧警察制度を解体、アメリカ式の市町村・都道府県・国単位の警察組織を作ろうとして、見事に大失敗をして、そのツケを今、払わされているのです!そんな事で、国家警察に実働部隊がいない状況では幹部を派遣し、地元自治体警察と共同して捜査・警備活動に当たらねばならない。このアメリカ式、FBI法式を初めて取り入れたのがかの有名な剃刀の異名を持つ故後藤田正晴警察庁長官(当時)で、その命令を受けて連合赤軍あさま山荘事件で奔走したのが佐々淳行警備局付警務局監察官(当時)だったのです。そのときの苦労話は佐々淳行著『連合赤軍「あさま山荘」事件』(文芸春秋、1999年)に詳細が書かれていますので、そちらをご参考して下さい。そして、このお話は次へと(翌日)へと続きます。そちらも続けて読んで下さいね。
2006年07月16日
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はい、今日は書道のお稽古で毎週の如く名古屋へお出かけをしました。それにしても、昨日は暑かった!名鉄電車を降りてから、先生のご自宅までいつも歩くのですが、炎天下の元でアスファルトからの照り返しが凄まじく、さらに場所によっては建物から照り返しも加わり、まるで中華鍋の中を歩いているようなものでした。本当に、これからのお出かけには、帽子とハンドタオル、そして首筋を直射日光から保護したり、水で濡らして首筋を冷やしたりするバンダナが必需品となりますね。それと、こまめな水分補給ですか。先生のご自宅についてから出された、1杯の冷えた麦茶の美味しかったこと!もう、梅雨明けも間近ですね。そのような話は置いておきまして、ここは、本と本に纏わる様々な事象に学校図書館について語るブログであります。そして、お稽古も終えていつものように、名鉄名古屋駅で下車して向かうは△省堂書店、名古屋テルミナ店です。高島屋店もいいお店なのですが、如何せん高島屋百貨店の最上階にあるので行くのが大変!そこで、いつも地下街のテルミナ店へと行くわけです。そして、もう少し元気があれば地下街を抜けて桜通りのジュン▼堂までお出かけするのですが、今日は太陽に元気を奪われてしまったので、断念しました。その後、パン屋のアンデルセンでフランスパン(ドンクではバゲットかバタール。アンデルセンはエピかバタール。他、菓子パンや調理パンも買いますがね。)を買って帰ってきました。さて今日、△省堂書店に立ち寄った理由はただひとつ!テレビでも第2期シリーズ大好評絶賛放送中の天野こずえさんのコミック『Aria(9)』(マックガーデン、2006年)を購入するためです! (何故に縦にする?横画像にして下さい。お願い、楽天さん!)今回の表紙は、髪の毛をバーベキューのお肉事件でショートカットにして、イメチェンした姫屋のお嬢さん、藍華(アイカ)ちゃんが少し恥じらい表情を浮かべながら描かれています。さてさて、この『ARIA』シリーズも、『Aria(1)』から数えて『Aria(9)』でいよいよ9巻目、『AQUA』シリーズの『AQUA(1)』、『AQUA(2)』2冊もあわせると11冊目と相成り、アニメーションも絶好調!飛ぶ鳥落とす勢いでこずえ猫さん(あとがきを見ればわかります、はい。)は走っておりますね。 そんな、『Aria(9)』に収録されているお話の中で今回一押しなのが、「Special Navigation」の「アクアマリン」です。この「アクアマリン」と言う題名には、水の惑星AQUAの水の都ネオ・ヴェネチアでゴンドラ漕ぎをする女性、水先案内人=ウンディーネの会社の社長が、地球(マン・ホームと呼ばれています。)時代、水没した古のヴェネチア時代の風習から青い目をした猫を社長として奉っている(この漢字でいいいいのか?)事に由来します。ちなみに「アクアマリン」とは「aquamarine」。辞書によると「緑柱石のうち、藍緑(あいりよく)色透明のもの。美しいものは磨いて飾り石にする。」(『大辞林 第二版』より)とあります。この、「Special Navigation」の「アクアマリン」のお話の内容は、灯里やアリシアさんが勤めるARIA COMPANYが誕生した時の由来についてです。『Aria(4)』に登場したARIA COMPANYの創設者にして現在のアリシアさん、晃さん、アテナさんたち「3大妖精」を越える「伝説の大妖精」(グランド・マザー=引退しているからかな?)と呼ばれる女性と捨て火星猫(知能は人間並という設定です)のお話です。藍華ちゃんの実家である姫屋さんで14年以上もエースの座を不動のものとして維持し続け、同僚たちから憧れの目で見つめられ「通るだけで空気が変わっちゃうよね」と話される当代随一の水の大妖精、秋乃さんはある日仕事の合間に薄汚れた火星猫と出会います。その猫さんに話しかける秋乃さん。実は、秋乃さんは、最近周囲の時間の流れが早すぎて「時々すごくもったいないなぁ、って思うの」と、ネコさんの隣に座りながら自分の今立っている場所が自分にあっているのかなぁ~、というお話をします。そして、最後に「ねえ、猫さん。いつもここで何を見つめているの?大切な何かを待っていているの?」と質問します。その言葉に、海をず~っと見つめていた猫が初めて秋乃さんに向かって振り返るのです。その後ある雨の夜、猫さんが気になった秋乃さんは、猫さんが座り続けている場所へと向かいます。果たして底には、ずぶ濡れになった猫さんがいました。秋乃さんは猫さんを雨宿りさせようとしますが、猫さんは動かず、結局1人と1匹は雨の中で一晩を過ごします。そして、夜明け。秋乃さんは「おかしいね。一晩中雨にうたれていたのに、何だかとてもすがすがしい」と心境を言葉にします。そして、「やっぱり私には、猫さんのペースがちょうどいいんだわ」と1日に予約を6件もこなすというハードな職場&仕事には向いていないことを悟るのです。そして、「ねえ、猫さん。私いいこと思いついちゃった。私もここで一緒に待っていていいかな」、「その綺麗な青い瞳に映る世界を、私も見てみたいの」と、姫屋から独立して会社を立ち上げる決意をしたのです。そして立ち上げた会社がARIA COMPANY、会社が海の上に張り出す形で建っているのは、猫さんが座っていた前の場所に建てから。そしてその猫さんがアリア社長だったと言う、とても良いお話です。あー、言葉で説明するとマドロッコシイので、ぜひ、ゼヒ、是非!『Aria(9)』を買って、この場面を読んでみて下さい。と、ここまで書いて気が付いたのは、タイトルの「買うつもりは無かったのに、買っちゃった・・・」のお話を書く余裕が無くなってしまっていることです。しょうがないので、どんな本を買ってしまったかといいますと松村劭先生の『三千年の海戦史』(中央公論新社、2006年)です。ちなみにお値段は税込みで2,520円でした。本の内容の紹介&解説についてはまた後日にします。余計な話が長過ぎましたね。それでは!
2006年07月15日
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はい、今日は戦争やら軍事・国防、そして安全保障問題に喜んで首を突っ込み、喧々諤々の議論をするのが大好きな方々におススメの本を紹介します。その本とは、林信吾・清谷信一著『すぐわかる国防学』(角川学芸出版:発行、角川書店:発売、2006年)です。「国防」とは何でしょうか?軍隊の事でしょうか?それとも戦争への備え?戦前の日本では「国防」=「国家の生存」という単純な思考が出来ました。欧米列強の帝国主義から日本固有の領土を死守し、日本が欧米列強と対等の力を蓄え、維持するために大陸へ進出し、資源を確保する事。そして、その資源を元に近代工業をはじめとする諸産業を育成・発展させ、対外戦争に勝つ事。あるいは有利な条件で講和することが「国防」でした。しかし戦後、理想主義的なGHQの若造と民生局のホイットニーのおかげで、戦争に関する全ての学問が日本の学界から排除されてしまいました。有名な東京帝国大学の航空学科すら数学応用科(のような学科名だと記憶しているのですが。曖昧ですいません。)と名称を変更せられるは、物理学の研究に必要な京都帝国大学のサイクロトンは、核兵器製造の研究に利用できると言う理由で、無知蒙昧な下級将校に破壊されてしまいました(この時、GHQからは破壊しなくても良いとの指令が出ていたのにです。)。このようにして、戦後は「国防学」や「軍事学」というモノはタブー視されてしまい、細々と政治学の国際関係学や歴史学の軍事史学などの細分化された形で、研究せざる得えなくなってしまったのです。それでも、1954年に防衛庁と陸海空の各自衛隊が正式に発足した事により幹部(普通の国で言うところの将校・士官です)要請のための防衛大学校と防衛問題研究のための防衛研究所が発足、ようやく日本でも体系的に軍事学が研究できるようになったのですが・・・。これらの研究は本当に防衛庁や自衛隊内部、そして一部の研究者しかわからない、若しくは関心を持たないものが多く、私たちのような普通の国民にやさしく、わかりやすく「国防」や防衛問題を教えてくれるような機関(大学の学科や講義)も無く、本も少ないと言う状況が近年に至るまで続いていました。そのような状況を吹き飛ばしてくれたのが、1990年の湾岸戦争と海上自衛隊掃海艇舞台のペルシア湾への派遣、1992年のカンボジアPKOへの自衛隊派遣に始まる自衛隊の国際派遣と、皆さんご存知の1999年の能登半島沖での某国の不審船事件、そして2002年の奄美大島沖での北朝鮮工作による巡視船への攻撃事件です。でもいきなり、「国防とは何か?」、「テロや戦争の脅威から安全な生活を守るために何をすべきか」、ということを、長年国防論議がタブー視されてきた日本人は考える事すらできません。でも、軍事的な知識なくして国際情勢も外交問題も語ることなど出来ないのは世界の常識です。そこで、国防=軍事をわかりやすい事例を通して徹底解明し、わかりやすく解説したのがこの『すぐわかる国防学』なのです。国防とは何か?テロや戦争の脅威から安全な生活を守るためにこの本を、ぜひ読んでみましょう。
2006年07月14日
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今日は、これも以前紹介した宮崎駿監督の『宮崎駿の雑想ノート増補改訂版』(大日本絵画、1997年)に収録されている「最貧前線」の参考に大内健二氏の『戦う民間船』(光人社、2006年)を紹介してみます。宮崎駿監督の『宮崎駿の雑想ノート増補改訂版』の「最貧前線」とは、太平洋戦争の末期、1945(昭和20)年3月、太平洋上に日本列島に接近するB-29を探知し通報するために配置された遠洋漁船を徴用(海軍が民間の乗り組員共々借り上げた)特設監視(哨戒)艇「吉祥丸」の乗り組員たちと、目障りな特設監視艇を叩き潰すためにマリアナ諸島から飛んできたB-24爆撃機との死闘を描いた作品です。そして、私が『宮崎駿の雑想ノート増補改訂版』の「最貧前線」の中で一番好きな作品でもあります。この「吉祥丸」はB-29の接近を探知するため1944年9月に新設された南方哨戒線(仮称)に配置されたのですが、前述の通り、マリアナ基地からの哨戒機に潜水艦まで繰り出した米軍の攻撃により、167隻も配置された特設監視艇はわずか5ヶ月の間に79隻も撃沈、若しくは行方不明となり、乗組員約2500名が船と共に失われたのです。なんと終戦直前の1945年8月10日付けでようやく監視艇隊は解散されたのです。「最貧戦線」は文字通り「最貧」でありました。その理由は、日本海軍が日本本土防衛の為に小型でありながら太平洋上で長期にわたって活動が出来るカツオ・マグロ延縄漁船を徴用したからです。この徴用計画は1941年3月頃から主に、100総トン以上の大型漁船が徴用され配置についたのですが、太平洋戦争末期にもなると「吉祥丸」のような木造の60総トンクラスの漁船まで根こそぎ動員されてしまったのです。で、この特設監視艇。一体どのような武装をされていたかと言いますと、これが情けない限り・・・。「最貧前線」の「吉祥丸」では、船首に25mm単装機関銃を1門設置して、船橋の上に7.7mm留式機関銃を配置し、艦尾に手動で落っことす爆雷を2つ載せただけという、極めて軽武装でした。最も、開戦初期には7.7mm留式機関銃と歩兵銃が3丁程度に必要弾薬というお寒いものでした・・・。でも、1943年中期からの日本近海でも敵潜水艦と遭遇する危険性が出てきため船首や船橋の上に特設の架台(銃砲を設置する際には、銃砲の重さや反動に耐えるために補強が必要でした)を設置して、13mmや25mmの機銃を装備したのです。最も、大型の漁船で運のよい船には速射砲や野砲が配備されたそうですが、対空戦闘には全く役に立たなかったことでしょう。ただし対潜水艦戦闘では、1944年8月13日に第3監視艇隊の「網地丸(107総トン)」が房総半島東南東の沖1000キロの海上で浮上してきた敵潜水艦と3時間!にもわたる戦闘を繰り広げて、船橋は破壊され、船体にも砲撃と銃撃で大きな損傷を受けた挙句に、乗員7名が戦死、6名が重傷を負うという損害を受けました。しかし、木造船であったため沈没は免れ、反対に敵潜水艦に対して5センチ海軍速射砲を50発も撃ち込み、7.7mm機銃も1500発も乱射、敵潜水艦に対して5センチ砲弾3発を艦橋と砲座に命中させて撃退しているという逸話があります。ただし、「網地丸」は損傷が激しくて、救助に来た僚船に生存者と負傷者を収容した後に、大破した船体は放置されたそうです。ただし、これらはあくまでも潜水艦相手のお話で、有名なドーリットル攻撃隊を搭載した空母エンタープライズやホーネットを旗艦とする機動部隊に対しては話は違いました。敵機動部隊が日本近海に近づくや4月18日、哨戒中の特設監視艇は「敵空母ミユ」や「敵大部隊ミユ」などの緊急電を打電し、海軍横須賀鎮守府に警報を出していたのです。そして、勇敢な特設監視艇「第二十三日東丸(90総トン)」は敵機動部隊に張り付き着実に偵察情報を打電、これに対して短気でせっかちなハルぜー提督は軽巡洋艦ナッシュビルを向かわせ、主砲15センチ砲で攻撃して撃沈してしまったのです。そして、敵機動部隊はこのような哨戒中の特設監視艇や特設砲艦を次々と艦載機で撃沈していったのです。このように、潜水艦に対してはある程度の戦闘力を持っていた特設監視艇も、飛行機にはお手上げでした(軍艦は言うに及ばずです)。「最貧前線」の「吉祥丸」の戦いでは、マリアナから飛んできたB-24との死闘、先にB-24にやられた僚船からもらった単装の25mm機関砲を艦尾の爆雷の間に木枠で固定して簡単な照準機を作り引き金を針金で結んだもので代用して、敵の攻撃に備えます。「吉祥丸」の元船長が予備少尉の艇長に「馬関戦争だのう(注:幕末の長州と4カ国連合軍の戦いのこと)」と言うと、艇長が「気休め、気休め」と笑い、「明日もコンソリ(B-24)はくるかのう」と船長が言えば「来~る。来~る。賑やかにお出迎えしましょうぜ」とのんきに握り飯を頬張りながら話をしています。そして翌朝、「対空戦闘!おっぱじめるぞー」の掛け声と共に骨董品の蓄音機が鳴らされ、大漁旗が揚がり、戦闘が始まるのですが、B-24は喫水の浅く、小さな船に対する攻撃の常套手段、跳飛爆撃(石が水面をはじきながら飛んでいく原理を応用した攻撃。水面すれすれを高速で爆弾を投下して、水面を跳ね飛ぶ爆弾を船の舷側にぶち当てる戦法)を取ります。ところが、「舵取りが上手かったのか、相手が下手だったのか」爆弾はみんなハズレ&不発弾。ところが、B-24には13mm機銃が連装で4丁、単装も4~6丁も搭載されているのです!全力で攻撃されたら木造の「吉祥丸」はひとたまりもありません。B-24は余裕で艦尾方向から掃射しようと接近してきますが、その時、艦尾に昨夜徹夜で据えつけた25mm機銃が艇長の掛け声「よーし撃て。撃ちっぱなせー!」の掛け声と共に船長が引き金を引いて火を噴き、B-24とのガチンコ勝負となるのです。そして25mm弾は運良くB-24のエンジンに命中、敵は慌てて逃げていって「吉祥丸」は助かる、というお話でした。上記の話にも少し出てきましたが、この特設監視艇の乗組員は漁船が海軍籍に編入された時点で漁船が正規の帝國海軍艦艇に組み入れられてしまうため、当然、乗組員も海軍の正規軍人や予備役軍人、または予備海軍軍人が着任するはずなのですが、大量に監視艇が徴用されたために軍人が不足して、「吉祥丸」みたいにその漁船固有の乗組員も招集されて軍属の身分となってそのまま船の運用にあたっていたのです。また、漁船員は遠洋を長期間遠方海域の船舶で安全に航海する技術や。漁船の構造・運用に手長けており、また、当時の漁船の機関は焼玉エンジンというもので、海軍の機関科の将兵も使用方法がわからず、餅は餅屋的発想で各漁船の乗組員をそのまま利用したほうが効率がよいという考えがあったのです。そして、武器に関する取り扱いに関しても、乗組員に短期訓練を施すか、武器を操作する専門の軍人を乗せれば事足りたのです。最後に、この宮崎駿監督の『宮崎駿の雑想ノート増補改訂版』の『最貧戦線』を読みながら一人芝居で有名なイッセー尾形さんが熱演されている『イッセー尾形/宮崎駿の雑想ノート3 「最貧前線」』を聴いてみるというのは如何でしょうか。なかなか、贅沢な事だと思いますよ。
2006年07月11日
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みなさんは、日本のファンタジー作家を代表する上橋菜穂子さんを、ご存知だと思います。その上橋菜穂子さんの『精霊の守り人』がなんと、来年2007年春からNHKで放送する事が決定されたのです(ネタは、アニメージュ8月号からです)。これは、『十二国記』並に力を入れて制作されるものと、大いに期待をしています。監督も、あの今話題のWOWOW『シュバリエ』を制作しているプロダクションI.Gの神山健治監督ですしね。監督はこれまで、これも私が大好きな作品『人狼#JIN-ROH』や『ミニパト』シリーズ(第1話、第1話『吼えろ リボルバーカノン』は鉄砲好きの私にはたまらないお話でした)の監督を務め、『BLOOD#THE#LAST#VAMPIRE』では脚本を、『魔女の宅急便』では背景を担当した力量の持ち主ですからね。そして何より、これも毎回言っていますがアニメーションでは決して駄作を出さないNHKが春に出す番組として作るのですから『彩雲国物語』(この作品もかなりの出来栄えなのですが・・・。如何せん、私の頭の中では『十二国記』と比較してまうもので・・・)の比ではない位、私の中では期待感が膨れ上がっています。 そして、この作品に期待する理由のひとつとして、雰囲気が『十二国記』に似ている面があるのです。物語のあらすじは、30歳の女用心棒バルサを主人公に、人の世界と精霊の世界を描いたハイファンタジーです。シリーズとして『闇の守り人』『夢の守り人』『神の守り人(来訪編)』『神の守り人(帰還編)』と続く「守り人」シリーズの第1弾となります。 100年に1度卵を産む精霊〈水の守り手ニュンガ・ロ・イム〉に卵を産みつけられ、〈精霊の守り人〉としての運命を背負わされた新ヨゴ皇国の第二王子チャグム。母妃からチャグムを託された女用心棒バルサは、チャグムに憑いたモノを疎ましく思う父王と、チャグムの身体の中にある卵を食らおうと狙う幻獣ラルンガ、ふたつの死の手から彼を守って逃げることになるのだが・・・ 水の守り手とは何なのか? 夏至祭りに隠された秘密とは? 多くの謎を秘めて、物語は人間の住む世界「サグ」と精霊の住む「ナユグ」の問題へと発展していく。精霊世界の存在や先住民族ヤクーの民間伝承など、古代アジア、とくに長江以南の中国南部や雲南省、東南アジアを思わせる世界の記述の細かさ、確かさは、学部・院で文化人類学を専攻し、アボリジニー研究で一定の評価がある作者ならではの本当に緻密なものです。 女短槍使い、バルサを筆頭に、みずからの運命を呪いながらも逞しく成長していく皇子チャグム、おてんばバアサンにしてしたたかな呪術師トロガイ、バルサの幼馴染みでお人よしのタンダなど、登場人物のキャラクター設定には魅力があふれています。オトナの純愛物語、少年の成長物語としても深い味わいを残す本書は、子どもたちだけのものにしておくには本当に惜しい1冊です。ちなみに、私は昨年の前半は、ズーっとこの『守り人』シリーズに嵌まっていました。私のおススメとしては、初巻の『精霊の守り人』も良いのですが、2巻目の主人公バルサが故郷に戻って過去と対峙する『闇の守り人』とチャグムが主人公となる『旅人』シリーズの『虚空の旅人』がおススメです。できる事なら荻原規子さんの『勾玉三部作』のように新書版にするとか、小野不由美さんの『十二国記』のように、通常の文庫版に装丁を変更して広く一般の人にも読んでもらいたい作品です。この他にも、今年の秋に『守り人』シリーズの最新刊として『天と地の守り人』が出版されるそうです(偕成社さんのHPの情報より)。これも大いに期待できますね。前回は、『守り人』シリーズの外伝、チャグムが主人公の『旅人』シリーズの『蒼路の旅人』でしたからね。ということで、本日は、上橋菜穂子さんの『精霊の守り人』がNHKで全26話のシリーズで放送されるということが決定したお祝いと、秋に新刊が出版されるという嬉しいお知らせを書いてみました。それでは、また!
2006年07月10日
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はい、今日はトンだ愚かな行為をしてしまいました・・・。先ず、家に帰って雑用を片付け、夕食を食してからパソコンを鞄の中から取り出して、電源を入れてメールのチェックとブログの管理ページを確認していたのです。その前に、何故に鞄からご愛用のノートパソコンを取り出したかと言いますと、今日、学校で地区の図書担当の教諭と司書の会議があってその席で、今学期の利用者数やら読書傾向やらをプロジェクターを使って説明するように自分のパソコンを持っていったのですよ。皆さん、色々とご意見があるでしょうが、諸々の理由で仕方なく教委なんかの許可を取って管理に万全をきしてなんとかその日までは無事に過ごすことができ、会議も先輩の司書さんと、長老格の先生の采配で見事にプレゼンが成功し、ほっとして会議は無事終了。普通、金曜日はそのまま飲みとなるのですが、夏の大会が近いのでクラブ持ちの先生方に遠慮して、仲間内でコメダでお茶を飲んで帰宅したわけなのですよ。話を戻しまして、メールを一通り確認して、ブログでも書き込むか、と思った時に、電源メーターが警告を出したのです。いけない、コンセント繋いでなかったや、と思って鞄の中を見てみたら電源ケーブルの影も形も無い・・・。ゲッ、学校に忘れてきてしまった・・・。延長コードと一緒に職員室にしまっちまった~!という惨劇に気が付いたのですよね。本当に私って、お馬鹿さん。と言う事で、明日、久しぶりに自家用車を使って学校まで電源ケーブルを取りに行ってまいります。そのため、この日記の更新は、土曜日の夜7時以降になると思います。はぁ~、それにしても何たる失態・・・。本当に、今年は碌な事がない年です。せっかく上手くいったのに・・・。まぁ、人前で大失態をするよりは良いかな、と自分を慰めているところです。
2006年07月07日
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え~、これもようやく購入しました。NHKBS2で放送中のアニメ『彩雲国物語』のコミック版、由羅カイリ著、雪乃紗衣原作『彩雲国物語(1)』(角川書店、2006年6月)です。この作品、原作の出来が中々良かったので、NHKのBSでアニメ化されると聞いた時は、ヨッシャー!と大いに期待していたのですが・・・。一話目、まぁ、こんなものか。二話目、ふうぅ~ん。三話目、・・・。という様に今期のアニメ作品の中で見事期待を裏切ってくれてた作品No.1となってくれた代物でした。まぁ、比較したのがあの『十二国記』というのがソモソモの間違いなのですが、チラリとしか見ていない前番組だった『今日からマ王』よりなんだかストリー的に手抜きが感じられるような気が(というか、急いで進めているような感じが)してしょうがないのですが・・・。ただ、この前見た短編集の『恋の病に薬なし』はマアマア、見られる出来でしたが(その後は、時間が無くて録画したのを見ていません。不幸な影月くんが出てくるというのにです・・・)。話を戻しまして、この『彩雲国物語(1)』のコミック版、原作の挿し絵を描かれてる由羅カイリさんが担当されている事もあり、絵に関しては何ら心配はありませんでした。ただ、挿し絵とマンガはまた別物だからな~、と多少の不安を抱きつつ読み始めたのですが・・・。なんと言いますか、原作は別格ですのここでは置いておきますが、CD(借り物で聞きました)、アニメ、と比較してコミックが一番、視覚で原作の登場人物を楽しめる作品だと思います。いや、ここまでのものとは思いませんでした。最近では、挿し絵とコミック版を別の人が描く事もあるようですが、さすが、由羅カイリ&雪乃紗衣のコンビで作り上げた『彩雲国物語』シリーズ。余計な説明も寄り道もなく、原作に忠実に描かれていてコミック化したときに良くある原作との奇妙なブレがありません。本当に原作に忠実で花丸合格点を差し上げたいほどの出来栄えです。よく、と言いますか最近の原作付マンガは絵描きさんのオリジナル要素を交えてストーリーが進みますが、この『彩雲国物語(1)』は原作小説通りに良い意味で淡々と進められています。そのため、文章では理解しずらかった背景や登場人物の表情が、とてもとてもよく理解できます。ですので、まず原作を読んでからアニメやCDで登場人物の声を頭の中で入れておいて、このコミックを読むと面白いと思います。まあ、順番は同でも良いのですがね。それにしても、この作品、なぜにこれほどコミックでこれほど弄られずにこんなに面白く仕上がったのか、というどうしようもない事を考えたのですが、これはやはり最近のライトノベルの女性向に見られる傾向、小説がマンガと同じようなテンポとノリで書かれている為かな?と考えました。つまり、小説がそのままマンガの脚本となるような内容になっているわけなのですよ。これが良い事か悪い事か、一概には言えません。ただ、設定がしっかりしていないと物語全体の詳細なイメージが頭の中には沸かず、ストーリーとしての絵は描けない、と言う事だけを指摘しておきましょう。最後に、この『彩雲国物語(1)』で、私が気に入った言葉を紹介しておきましょう。それは、朝廷三師の1人霄(ショウ)太師のお言葉です。「フッ。この年寄りの皺指五本を甘く見てもらって困るわい」(とカッと目を見開いて=マンガオリジナル)「金五百両じゃーっ」(ここは原作通り)という部分です。こういう様な小技がさりげなく原作のイメージを膨らますために使われているところが、中々芸が細かくて好きです。このように、チョッと原作を膨らましているところもありますが、内容は繰り返しになりますがスッキリとしたもので、原作の雰囲気と登場人物の魅力をそのまま受け入れて読める原作と同列に置ける作品だと思います。原作ファンの方は、キャラ達の表情や背景、衣服、装飾品等ひとつひとつ丁寧に描かれた美麗な絵とストーリーを楽しむ事ができますし、未読の方は、作品を純粋に楽しめると思います。とくに、『十二国記』や『風の王国』、『後宮小説』(『雲のように風のように』の原作)等の中華風ファンタジーがお好きな方は是非手に取って読んでみて下さい。損はしませよ。
2006年07月06日
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ようやく読みたい本が、手に入りました。近所の公立図書館へリクエストした本が届いたとの連絡を受けて、今日、借りてきた本です。その本とは、マイク・ハスキュー著、小林朋則訳『戦場の狙撃手』(原書房、2006年)です。戦場に轟く一発の銃声。ハッと隣を振り向くと戦友が頭を打ちぬかれて倒れている・・・。狙撃兵の仕業です。よく、その手の本には「戦場で一番恐ろしいものは?」との質問に対して大抵は、砲撃やら機関銃、空襲ではなく「狙撃兵」と言う答えが一番多いそうです。それは、そうでしょう。相手は見えないところから、ズドンッと撃ってくるのですから。見えない敵、これが一番兵士の恐怖心を煽るのです。この本では、そのような狙撃兵についての「歴史」を体系的にまとめ、アメリカ独立戦争から始まる古今東西の狙撃手の活躍した戦場を図説とエピソードを交えて解説している1冊です。狙撃手という仕事の歴史的・軍事的背景を知るにはまたとない入門書です!本書の目次を紹介してみますと、第1章 帝国主義戦争第2章 塹壕戦第3章 西部戦線第4章 東部戦線第5章 太平洋戦域第6章 朝鮮戦争と冷戦第7章 ベトナム戦争第8章 民兵組織の狙撃兵たち第9章 近年の紛争第10章 現代の狙撃兵というような内容になっています。この本で、注目すべき文章が第10章「現代の狙撃兵」に記載されています。近年、ようやく陸上自衛隊にも狙撃専用の狙撃銃(M-24だったかな?)が装備されるようになりました。それまでは、クセのない64式小銃にスコープを付けたモノを狙撃銃の代用品にしていたのですが、64式小銃の性格上、精密な狙撃には向かない代物でした。話は少々それますが、64式小銃のコンセプトは「超軽機関銃」というものです。沖縄戦など、太平洋戦争末期、旧日本軍は重火器のない中で九九式軽機関銃や八九式重擲弾筒のみで米軍の鉄の嵐に立ち向かいました。そこで戦後、自衛隊の幹部となった旧軍の下級将校はこう思ったのです。「九九式軽機関銃のような自動小銃を兵士に持たせて、蛸壺にもぐらせれば、防衛戦では無敵だ!」という考えです。元々、専守防衛が戦略・戦術を縛っていた当時では当然の発想ではあります。で、完成した64式小銃なのですが、たしかにフルオートなどの射撃では抜群の命中率を誇ったのですが、元々、軽機関銃と自動小銃の相の子、無理をして図面を引いたため複雑な機構となりメンテが大変となり、さらに、故障が多くなるという結末になったわけです。さらに、NATO規格の7.62mm弾を使用したものですから、反動が日本人には凄まじく、結局、減装薬弾を作って支給しなくてはならないという体たらくになったわけです。また、狙撃銃として使用するには撃芯(薬莢の雷管を叩く針の事です)が長すぎて引き金を引いた後、発砲までにホンのわずかながら時間のズレが発生することも狙撃銃として使用するには不向きではあります。でも、フルオート時の命中率の良さ(しっかりと銃を安定させねばならないでしょうが)を利用すれば、狙撃手を制圧用には使えるのではないでしょうか?米軍も太平洋戦争中、ジャングル戦で木の上に潜む日本の狙撃兵に対してBAR(文体支援火器=軽機関銃)を乱射して制圧したとありますので。話を戻しますと、この本の273ページには「各国の軍隊は、いろいろな時期に合同演習を行っている」として「数年前、アメリカ海兵隊は、10日間わたり日本の陸上自衛隊と、日本の霧島演習場で合同演習「フォレスト・ライト99」を行った」とあります。このときの様子を、米海兵隊のマット・ヘヴェンジ伍長の報告からみてみますと「深草二等陸尉の小隊は、その日の午前、海兵隊の狙撃兵小隊と合同で、隠密接近テクニックと監視テクニックの練習を行なった。狙撃兵は陸自の隊員とペアを組み、アメリカ海兵隊の狙撃兵が使用している特殊な擬装用軍服を陸自隊員に着せるのを手伝った。狙撃兵と陸自隊員の二人組チームは、周辺の丘陵や草むらに散らばり、監視チームの射程内にひそかに入ろうとした。彼らの任務は、高性能望遠鏡を持った監視兵に気づかれないように二人一緒に接近にして正確な射撃を行うことであった」とあります。一方の陸上自衛隊の深草二尉は「海兵隊との訓練で、彼らの戦闘技術を学ぶ事ができてよかったです。海兵隊の偽装方法と移動方法、それからとくに斥候の考え方は、とても参考になりました。アメリカ海兵隊と日本の陸上自衛隊が学びあうのは、非常に有意義なことだと思います」と述べています。この文章から、陸上自衛隊とアメリカ海兵隊の綿密な関係が覗えるかと思います。先にも、西部方面普通化連隊がアメリカの西海岸、サンディエゴでアメリカ海兵隊と島嶼への着上陸訓練を合同で行った事は記憶に新しい事だと思います。このように、陸上自衛隊は中期防にあるように着々とゲリ・コマ(対ゲリラ・コマンド)対策をアメリカ側と協力しながら進めている事がわかるかと思います。と言うような、現代の狙撃兵の最新の情報からアメリカ独立戦争で活躍した「モーガン・ライフル隊」、ナポレオン戦争時に活躍し、本ブログでも少々紹介したベイカー・ライフルを支給されイベリア半島で大活躍をした緑の軍服で有名な第95連隊、そして、狙撃兵が大々的に活躍した南北戦争、第一次世界大戦での塹壕戦での死闘など、個々の戦争のエピソードや、名狙撃手、ライフルについての解説が豊富に紹介されています。また、第二次世界大戦の第4章 東部戦線では、映画『スターリングラード』で有名となった実在の名狙撃兵、ワシリー・ザイツェフとその驚異的活躍に終止符を打つべく前線に派遣されたドイツ人将校等の死闘についての考察、実話なのか、空想なのか、につていの解説や、その前の第3章 西部戦線では映画『プライベート・ライアン」での一幕が取り上げられていて「みんな、むやみに出るなよ。あの狙撃兵は腕がいいぞ」―映画「プライベート・ライアン」でバリー・ペッパー演じるジャクソン二等兵(狙撃兵)のせりふ」などが出てきて、映画を見たものとしては思わずにやりとしてしまいます。他にも第5章 太平洋戦域では、われらが大日本帝国陸軍がどのようにして狙撃兵を利用して連合国軍に逸し報いたかについて敵味方、双方の様子を詳細に解説されています。とくに第5章の最初の一節「無人島や蒸し暑い密林で連合軍兵士が戦った敵は、知略に長け、虜囚の辱めを受けるよりは死を選ぶ日本兵であった。両軍の死闘は四年間も続き、そのあいだに双方の狙撃兵は何人にもの敵兵を殺傷した」という日本兵に対する尊敬の念あふれる文章で始まっています。このように、この本の中でも取りあげている狙撃兵個人の武勇伝や技術だけではなく、狙撃兵が軍隊内部でどのように位置づけられていたのかなどや、標的として人間を意図的且つ計画的に殺害する存在出る狙撃兵の敵や味方からの向けられた視線など、狙撃兵の戦術的価値の変遷や狙撃兵自身の内面の葛藤などを注目して読んでみると軍隊と言う組織や、戦争というものに関する認識が一段と深まると思います。もし、本書を読んで狙撃兵についてもっと知りたい、という方は、ピーター ブルックスミス著、森真人訳『狙撃手(スナイパー)』(原書房、2002年)を読んでみてください。あと、クリス・マクナブ著、ウィル・ファウラー著、小林朋則訳『コンバット・バイブル』(原書房、2003年)も参考になりますよ。
2006年07月05日
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今日は、私が図書室に配架した素敵な本のお話をしましょう。その本は、中学校の図書室に必需品の進路関係で購入したのですが、まぁ書店さんから届いて中身を見て想像以上の中身の濃さに正直びっくりした!という代物です。その凄まじき本とはメディア業界ナビ編集室編・著『メディア業界ナビアニメ・ゲーム76の仕事』(理論社、2006年)です。この本、一応児童書扱いされてはいるのですが、表紙画像をご覧になればその筋の方々はウッと唸るでしょう。なにしろ『BLOOD+』の小夜がご愛用の抜き身の刀を手に下げた凛々しき姿で、表紙を飾っているのですからね。で、肝心の中身を目次の中から幾つか拾い上げて紹介してみますと、小学生でも入学できるアニメーション大学 『BLOOD+』のつくり方 「企画」―物語の「種」を育てる=竹田青滋 (株)毎日放送編成局チーフ・プロデューサー 「製作」―“制作”と“製作”の意味はちがう=落越友則 (株)アニプレックス企画制作グループプロデューサー『交響詩篇エウレカセブン』対談=鵜之澤伸 (株)バンダイナムコゲームス代表取締役副社長&佐藤大『交響詩篇エウレカセブン』シリーズ構成作家・脚本ゲームができるまで・テレビアニメができるまで・ガンプラの輝ける25年史・テレビゲームの歴史あのアニメの“音”のヒミツ教えます=『AKIRA』明田川進(株)マジックカプセル代表取締役『STEAM BOY』=百瀬慶一(株)エムエスインターナショナル取締役副社長アニメ・ゲーム業界 全76の仕事ガイドアニメーションの仕事・ゲーム業界の仕事ガイドというような、内容になっています。なんだか、職業の案内読本というより、某アニメ雑誌の特別号的雰囲気がムンムンの本です。例えば、小学生でも入学できるアニメーション大学『BLOOD+』のつくり方では、「物語の「種」を育てる」という題で、『ガンダムSEED』から『鋼の錬金術師』などの重たい話題作のプロデューサーを手がけた、毎日放送編成局チーフ・プロデューサー竹田青滋さんが「 「アニメは絵が描けないとつくれない」と思っている人が多いかもしれないが、アニメにいちばん大切なものは「物語」なのだ」と「話題作、ヒット作を作るためには、しっかりとした物語の「種」を持ち、それを育てながら世界観や物語をつくりあげなければならない」と、アニメの企画について本質的な部分を包み隠さず、丁寧に解説しています。その中で、『BLOOD+』の本質は「人間の絆」であり、物語の種は「日本の子どもたちにも正しい戦後の歴史を知ってほしい」という思いだと語っています。まず、「人間の絆」では人の社会の中で基本であり、最も理解し合える関係である家族(最近は怪しいですが・・・)について、「その家族関係は血のつながりはなくても築けるのではないか」(主人公小夜とその養父ジョージにリクとカイの兄弟のことを指してでしょう)という視聴者に対する問いかけと、異なる価値観を持つ相手(民族・宗教等々)を理解できなくなりつつある、現代社会への疑問を潜ませてあると述べらています。次いで、「日本の子どもたちにも正しい戦後の歴史を知ってほしい」という思いでは、今日の日本の現状、9・11以来のアメリカ主導による国連無視の対テロ戦争に、憲法を適当に解釈しておなざりの議論のみで自衛隊をイラクへ派遣してしてしまう危うさについて、今の日本人は大人でも関心を持たなくなっている。その理由、日本とアメリカの関係の背景にある日米安全保障条約の存在などの戦後日本史について、学校でキチンと教えてこなかった(え~、中学・高校で社会と日本史A・Bで現代史までキチンと習った人はどのくらいいるでしょうか?ほとんどいないでしょう?だって授業時間が足りないのだもの。そして、もっと減らされてしまうのだから・・・)からだと断じて居られます。全くその通りです!そして、「今の子どもたちには僕らがつくる作品を通して、考えるきっかけをつくってあげたいと思います」と『BLOOD+』へ込めた思いを語っています。落越友則(株)アニプレックス企画制作グループプロデューサーの「セーラー服の少女が日本刀で吸血鬼と戦うという設定は、過激すぎると思われるのか多くのテレビ局には受け入れてもらえません。だけど、『鋼の錬金術師』などを見ていて、竹田さんなら、ある種のタブーを受け止めてくれかもしれないと思いました」という『BLOOD+』に関する裏話的なお話も載っている、『メディア業界ナビアニメ・ゲーム76の仕事』。『BLOOD+』の他には、 『交響詩篇エウレカセブン』に『機動戦士ガンダム』各シリーズ、『ラーゼフォン』に『AKIR』、『STEAM BOY』、『もののけ姫』、『カウボーイビバップ』などの制作陣がアニメ業界について懇切丁寧に(小高・中学生向きですからね~)解説・紹介しているこの『メディア業界ナビアニメ・ゲーム76の仕事』。そちらの方面に関心のある方はご一読するように、おススメします。ただし、カラーが少なくて肝心のアニメの絵がモノクロなのが惜しいのですが・・・。まぁ『BLOOD+』の設定なども出ていますのでその辺はご勘弁していただいて・・・。それから、学校図書館関係の方々は続刊として『テレビ局・ラジオ局 64の仕事』・『番組制作・技術・美術 60の仕事』・『芸能プロダクション 64の仕事』・『映画・CM 65の仕事』・『音楽・音響 50仕事』が出版されるので、是非、選書してみてください。独断と偏見に満ちた『某ハローワーク』よりはるかに生徒が自分自身の進路を考える上で有効な資料だと思います。
2006年07月01日
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