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昨日は『ギャラリーフェイク』や『フェイス・オフ』などを書かれている細野不二彦さんの『ヤミの乱破(1)』と『ヤミの乱破(2)』(こちらは表紙画像無し)の2冊を紹介してみました。今日は、その2冊を読んでいて思い出したことや思いついた本を並べてみたいと思います。この『ヤミの乱破』を読んでいて思い出したことは戦後、進駐軍、つまりGHQ(連合国軍最高司令部)が日本占領中に犯した私が考える3つの誤りについてです。1つは、以前書いた『「警察」のお話の続きで、警察力と武力行使』の中でも取り上げている内務省の解体。2つ目は今、話題となっている皇位継承権問題にも関連することですが、宮家と華族制度の廃止。最後の3つ目は、旧陸軍の完全な解体。以上の3点です。これとは別に、GHQが押し付けた日本国憲法についての問題がありますが、これは明らかに国際法違反である、ということだけを書いておく事にします(この日本国憲法は、ホイットニー率いるGHQ民生局の弁護士経験者や法学部で研究をしていたり、その方面に詳しい若手将校や軍属を使って作らせたものです。実は、彼らはルーズベルトのニューデイール政策の影響を受けた世代でして、思想的に左よりの人間が多かったのです。オマケに若者特有の理想主義と、そしてアメリカ人の持つ変なお節介が合わさって作られたのですからさあ、大変!これを読んだ時の吉田茂たちの衝撃はどれほどのものだったのか…。まあ、さすがに連中も日本のことを研究して作ってくれてはいますが。この憲法、思想的にはかなり古くて理想主義に突っ走っているものだ、ということは頭の隅に入れておくと、今後の憲法改正論議の見方が変わってくると思いますよ)。さて、先ほどあげた3つの誤りの中で「旧陸軍の完全な解体」がなんで誤りなの?と思われる方が多いと思います。戦後、旧陸海軍は完全に解体されて昭和25年(1950)の朝鮮戦争勃発による警察予備隊設立まで日本には軍事組織が無かったのでは?と思われている方々、それは大きな間違いです。終戦後の昭和20年から昭和25年まで、旧陸軍の組織は綺麗に無くなったのですが、我が敬愛する海軍はしっかりしぶとく生き残っていたのです。そして、これも知らない方々が多いと思いますが、この生き残った海軍は朝鮮戦争に参加、戦死者まで出していたのです。これからは、永野節雄著『自衛隊はどのようにして生まれたか』(学習研究社、2003年)と阿川尚之著『海の友情』(中公新書、2001年)、そして増田弘著『自衛隊の誕生』(中公新書、2004年)を使って「旧陸軍の完全な解体」がなんで誤りなのか、少し解説したいと思います。まず、なんで旧海軍が生き残ったのかと言いますと、それは、連合国側にとって海軍が必要だったからです。まず戦後、海外からの軍人や民間人の引き上げには船舶とこれを運用・管理する組織と人材が必要ですが民間船舶がほとんど残っていなかった終戦時、使える船と人材は武装解除した軍艦と海軍の将兵だったのです。次に海軍が働かされたのが戦中、B-29が日本の主要な航路にばら撒いた機雷を掃海するという任務です。アメリカは日本の沿岸航路を機雷で封鎖して、日本の経済活動を麻痺させたのですが、戦後、この機雷により民間船舶が、主に瀬戸内海航路で次々と触雷・沈没して多数の犠牲者を出す事態となったのです。これに対処すべく、旧海軍の現役の掃海部隊がそっくりそのままGHQの指令の元、航路啓開掃海作業に従事、戦後の目まぐるしい省庁の統廃合を規模を縮小しながら潜り抜けて、海上保安庁に引き継がれたのです。そして、運命の朝鮮戦争が1950年に勃発すると、アメリカ極東海軍は日本の掃海部隊に目をつけるのです。この時期、米海軍は太平洋に3隻しか掃海艇を配置してなくて数が足りなかったのです。そこへ、国連軍の総司令官となったマッカーサー元帥が仁川上陸作戦をやると言い出したのだからさあ、大変!きっと上陸地点には北朝鮮側がソ連製の高性能機雷を敷設しているに違いない。でも、艦もないし掃海する技術も心もとない。何か名案は…、と考えてみたらすぐ傍に十分な経験と装備を持った掃海部隊がいるではないか!と思いついたのです。ですがこの時、すでに日本は日本国憲法を施行していて海外への掃海艇派遣なんて…、という状況だったのに、占領下の悲しさ、米海軍はマッカーサーの指令だ!という「神の声」を使って吉田茂首相と大久保武雄海上保安庁長官を黙らせてしまったのです。そして、連合国軍最高司令部の指令で米極東海軍司令官の指揮下での戦闘海域での掃海作業を命じられてしまったのです。そして、海上保安庁の掃海艇部隊は下関に終結後、朝鮮半島へと向かい、それぞれ仁川、元山などで、掃海作業を始めたのですが、1950年10月17日、元山沖で作業中の掃海艇MS14号が触雷、沈没して死者1名、負傷者18名の被害を出してしまったのです。この時、日本側が米海軍側の威圧的な態度に対して抗議して、命令を無視する形で自ら日本へと帰っていってしまうという事態となりました。この事件は、米海軍の掃海部隊司令官が「米海軍は朝鮮海域において制海権を喪失せり」という報告を海軍作戦部長に行っているほどの衝撃を与えました(行きたいところに敵の妨害を受けずに行けることが「制海権の確保」ということです。この時、米海軍は機雷が敷設してある朝鮮半島沿岸部での作戦行動を制約されることになり、先の電文が打電される事となったのです)。しかし、その後も海上保安庁の掃海部隊の作業は継続されました。これに対して米海軍は、極東海軍総司令官直々に最高の賞辞「ウェル・ダン」という言葉を送り、その活動を讃えました。やがてこの雰囲気は米海軍内部に広がり、海上自衛隊の前身、海上警備隊の設立に際しての全面的なバックアップに繋がっていくのです。元々、日本海軍と米海軍は敵味方に分かれて戦ったとはいえ、戦後、その関係は意外と良好なものでした。1つには、日米両海軍は曲がりなりにも4年間、太平洋を舞台に五分と五分の戦いを繰り広げ、お互いの力量に一目置いていたということがあります。また、戦前からの海軍将校同士の交流があって、戦後、その関係が復活したということもあります。つまり、海軍同士何か相通じ合うものがあって、それが日米両海軍関係者を団結させて、日本海軍の再興に向けて敵も味方も巻き込んで行動していたのです。オマケに、旧海軍関係者は皇族の高松宮殿下の下に綺麗に団結して海軍再興に動いていました(陸軍側は、それぞれの思惑のもとにバラバラに動いていました)。また、開戦時の駐米大使、野村吉三郎元海軍大将と極東米海軍司令官の副参謀で、のちに海軍作戦部長(軍服組のトップ)となるアーレー・バーク海軍少将の交流などに代表される親密な交流などもありました。このような状況の下、海上警備隊設立時には何と、日本側が日本側がアメリカ側に提案を行い、これを米海軍のバーク少将が調整し、海軍中枢部に取り次ぐと言う形で話が進んだのです。この結果、日本海軍は戦前の人材や伝統などをそっくりそのまま海上自衛隊に移行できたのです。つまり、旧海軍と海上自衛隊はしっかりと一本の糸で結ばれて今日まで任務を継続しているのです。一方これに対して陸軍と陸上自衛隊は…、という話はまた次回へ。
2006年02月28日
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昨日、名古屋へ出かけたのですがお目当ての本が店頭に無かったので代わりに買ってきたのが『ギャラリーフェイク(32)』(最終巻です)で有名な細野不二彦さんの『ヤミの乱破(1)』と『ヤミの乱破(2)』(こちらは表紙画像無し)の2冊です。この2冊、講談社の『イブニングKC』に不定期連載されていたのを立ち読みして以来、探していたのですが中々見つからず昨日、偶然店頭で見つけたので買って帰った、という次第です。さて、このマンガの内容ですが、ひと言で言い表すなら「重い」です。さらにかなり表現が過激でグロテスクな画も入っています。まあ、出版社のレビューには「ハードボイルドスパイ活劇!!」とありましたからこんなものなのでしょうがね。ただ、『ギャラリーフェイク』と同じ感覚で買うものではありませんね。どちらかと言うと、『フェイス・オフ』に近い内容です。物語は、終戦後の混乱の只中、昭和22年、1947年に始まります。当時、日本は太平洋戦争に敗れ「天皇陛下より偉い」マッカーサー元帥隷下の連合国軍最高司令部(GHQ)の占領下にありました(実際に、当時の日本はマッカーサーのひと言で何でも動いたのです)。日本政府はこのGHQの言いなりで行政能力は社会の機能を動かすのに文字通りギリギリの状況、国民が飢えと寒さで路上で死んでいるのが当然、という時代でした。そんな、日本の有史以来初めてと言える混沌としたカオスの世界、オキュパイド・ジャパン(オキュパイドoccupaied=占領下)を描いたのがこの『ヤミの乱破』です。主人公は桐三五という、元陸軍東部第三十三部隊の少尉です。この第三十三部隊とは「陸軍中野学校」の出身者で編成された諜報工作部隊で、桐はその部隊で「ドーベルマン」と異名をとる辣腕のスパイ、日本語で訳すると「乱破(ラッパ) 」だったのです。しかし、終戦後は戦争に負けた衝撃で放心状態となり中国大陸から引き揚げて来たところを、元上官で『堕落画報』というカストリ雑誌(終戦直後、言論統制が解除されると活字に飢えた大衆目当てに三文小説や低俗な記事を載せた粗悪乱造の雑誌の事です。ちなみに、カストリとは当時、闇市で売られていた粗悪なアルコール度数の高い焼酎のことで、三合飲めば酔い潰れる、つまり三号出したらつぶれる雑誌、という風にもじったのです)を出版している喇叭出版舎の社長、猿田征四郎元中尉に拾われて彼の妹、絹江と共に出版社の手伝いを始めます。実は、このカストリ雑誌の出版社とは表の顔で、猿田は連合国軍関係の「ヨハンセン」なる人物から指令を受けて活動する工作員だったのです。当然、桐もその活動に加わるのですが…。この桐たち「乱破(ラッパ) 」の敵は、今や歴史の彼方に消えたソビエトです。戦時中、中国大陸で共産党軍の捕虜となりモスクワで洗脳、さらに人体改造(これがグロイ!)された「赤化戦士」と呼ばれる共産主義者の手先と(実際に、捕虜になったり、シベリアに強制労働させられたりした兵士たちの中には思想教育の結果、洗脳されてしまった人間がいたそうです。これらの人たちが諜報・工作活動をしたかは定かではありませんが、GHQと公安当局はこれら引揚者を特に警戒・監視していた事は事実です)GHQと民主主義の「犬」となった桐たちが終戦直後の混乱する東京を舞台に戦うという物語です(ウーン、「犬」と「戦後」というキーワードを聞くと藤原カムイさんの「もう1つの昭和」を描いたコミック『犬狼伝説』を思い出すな~)。こうして、簡単に説明しても歴史をカジッタ人やこの時代を舞台・題材にした小説(例えば、『浅見光彦シリーズ』等は事件を起こす要因を良くこの時代にもってきています)を読んでいる人の他は、具体的に想像する事すら困難でしょう。私も、歴史を学んでいる時に得た知識のほか、親戚の大叔父や叔父達から聞いた昔話のおかげでなんとか、この『ヤミの乱破』の時代背景や雰囲気を想像できるといった具合です。この時代、終戦直後の混乱期の思い出は日本人にとっては屈辱的で「重たい」内容をいっぱい含んでいます。みなさんの周りの人たちでも、率先してこの時代の「重たい」真実を話す人はいないでしょう。そんな身近でありながら全然知らない昭和を案内するのにピッタリの1冊があります。それが原田弘著『MPのジープから見た占領下の東京』(草思社、1994年、表紙画像無し)です。この本は、昭和23年から昭和34年まで警視庁から進駐米軍のMP(ミリタリー・ポリス=陸軍憲兵)への協力のために出向していた著者が、MPのジープによるパトロールに通訳として同乗して見た、日本人には知らされなかったオキュパイド・トウキョウの真実の姿を回想と写真で再現した本です。ほか、安く簡単に手に入る本としては少々時代は下りますがまだ、終戦直後の雰囲気が残る昭和29年を舞台とした本があります。この本は、テレビでもお馴染みの元内閣安全保障室長で東大安田講堂事件の際には警視庁警備第一課長として指揮を取り、連合赤軍浅間山荘事件の時には警備幕僚として1トン鉄球を使用することを発案した人物、佐々淳行氏が新米警察官時代を回想して書いた『目黒警察署物語』(文芸春秋、1994年)があります。また、細野さんが『ヤミの乱破(2)』で登場させている「光クラブ事件」有名な山崎晃嗣(アキツグ)と平岡公威(キミタケ)、作家三島由紀夫の本名、との関係を周辺の資料から推理して大胆な仮説を立てた保阪正康著『眞説光クラブ事件』(角川書店、2004年)が昨今のライブドア事件と絡めて読んでみると中々面白いのではないかと思います(三島由紀夫はこの「光クラブ事件」と山崎晃嗣をモデルに『青の時代改版』を書いています。それにしても、山崎が自殺した日と三島由紀夫が自衛隊の市谷駐屯地を襲撃、割腹自殺した日が同じ11月25日だったとは)。保阪さんはこのほかにも昭和史の謎に関わる様々な本(私の手元にあるものでは『あの戦争は何だったのか』)を書いておられるので、興味のある方は探して読んでみると面白いかもしれません。でも、このマンガを読んでいて困ったのは、『ギャラリーフェイク』のサラ嬢と同年代の女の子が、例えば絹江さんとかが、みんな同じに見えてしまうという事です。ウーン、サラ嬢のイメージって自分の頭の中ではそんなにも強いものだったのか~。
2006年02月27日
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や~、トリノオリンピック日本、ようやく初のメダル獲得ですよ。しかも、冬季オリンピックの花、女子フィギュアスケートでの金メダルです!荒川静香選手、本当におめでとうございます。実は昨夜、長々とブログを書いた後、少々睡眠をとって午前3時半ぐらいからNHKの生放送を見ていました。しかし、荒川選手の演技、素晴しいのひと言でしたね。放送を見ていて演技の終了前から観客席から拍手が沸き起こりスタンディングオベレーションが起きるという、まさに観客を魅了した氷上のオペラと言うべき演技でした。そして、表彰式での日章旗と君が代、感慨無量ですね~。日本万歳!。実は私、昨年名古屋で行われたフィギュアスケートの国際大会、NHK杯だったと思うですが、のエキシビジョンのチケットを偶然タダで手に入れて、見に行ったのことがあるのですよ。それまで、フィギュアスケートなんて全く関心が無かったのですが、話の種にと出かけてみて、演技をナマで見てから考えが変わりましたね。すごい迫力でしたもの。テレビの画面を通してはあの氷上から伝わる雰囲気は分かりませんね。当然、そこでトリノ組の演技をしっかりと見てきたので、女子フィギュアスケートは今回、珍しく関心を持って注視していたのです(私は、スポーツ全般で関心ある、と言えるのはサッカーだけです。野球とかゴルフとかはなぜか嫌いです。それより、今年はドイツワールドカップの年です!日本がんばれ!!!)。それだけに、今回トリノでの荒川選手のその演技と金メダルには感動しました 。さて実は今日、生徒から「トリノオリンピック記念に」というコメント共にリクエストされていた海原零さんの『銀盤カレイドスコープ(vol.1)~(vol.6)』(集英社スーパーダッシュ文庫、2003年)が届いたのです。奇遇ですね~。と言いますか、去年の年末に発注をかけて今頃届くか?って感じなのですがね。オマケにリクエストしたのが3年生ですので…。もう、卒業式じゃないの! 荒川選手の演技で清々しい思いで仕事に出たのに(電車の中で、ばっちり寝ておいたので)、大慌てで登録と装備をして、本人にリクエストの到着の案内を渡すという煩雑な作業を行う破目になりました。そのためこのシリーズ、中身は全く目を通さず表紙しか見ていません。と言いますか、最近は予算の消化のために購入した本が五月雨みたいに降って来て、その処理でてんてこ舞いで、図書室の本を読む暇がありません。という訳で、寝不足で頭が回転してない上に煩雑な作業で疲れているので、今日は簡単にしました。それでは、おやすみなさいZzz…。
2006年02月24日
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火曜日からリーオン・ガーフィールド著、斉藤健一訳『テムズ川は見ていた』(徳間書店、2002年)に関連してシャーロック・ホームズで有名なイギリス、ヴィクトリア朝時代の警察に関して、本の中に登場する主人公バーナクルを執拗に追い回す秘密警察のクリーカー警部と絡めて、長々と書いてきました。で、今日はその勢いのまま、警察とその使用する武力に関するお話を書いてみます。さて、昨日も書きましたがロンドン市民の反感を一身に背負って誕生した首都圏警察、通称スコットランド・ヤードは、武器の携帯・使用に関しては厳しい規則を設けていました。通常のパトロール警官には護身用の警棒と周囲に警報を発するラトル(木製の呼子で、棒の先に回転する板が付いていて、これを回して音を出す仕掛けになっています)、後にホイッスルしか携帯していませんでした(ただし、治安の悪い地域をパトロールする場合は、サーベルが関与されました。また、騎馬警察官はサーベルと拳銃、警部・警視は拳銃と指揮棒で武装していましたが)。以上この文章の参考にした本は内藤弘著『スコットランド・ヤード物語』(晶文社、1996年、表紙画像無し)です。そして、このような警察官の軽武装は警察制度の先進地、フランスでも同じようなものでした。日曜日に図書館で発見して以来重宝している鹿島茂著『職業別パリ風俗』(白水社、1999年)によりますと、地方の主要街道や農村部の治安維持を担当していた国家憲兵隊(詳しくは、火曜日の日記を読んで下さい)でも普段はサーベルしか携帯していなくて、公金運搬中の郵便馬車を警護していた憲兵が銃を持った4人組の強盗に襲われた際、憲兵は銃に脅され意図も簡単に強盗に動きを封じられたと書いてあります。このように、市民の警察を前面に押し出して極力武器の携帯・使用を控えてきたヨーロッパ、とくにイギリスの警察ですが(でも、日本の警察と異なり武器の使用已む無し、と判断すれば躊躇無く拳銃やら軍用小銃・散弾銃を持ち出しました。また、警察力の手に余ると判断された場合、内務大臣は速やかに陸軍の支援を要請できて、実際に暴動・凶悪犯逮捕の際には近衛歩兵〈なんと、凶悪犯逮捕に際して、近衛砲兵が野砲を引っ張り出したこともあったそうです〉が幾度も出動しています)最近では、その考えも変わっています、。それは、警察創設当時からの問題、犯罪者が銃器を持って抵抗した場合どうするの?という単純な問題によるものです。実際、幾度も警察官は犯罪者に撃たれていますし、このことは犯罪抑止の観点からも問題視されてきました。さらに、第二次世界大戦後のIRAのテロやサッチャー政権前半期の不況下から始まった犯罪の増加により、スコットランド・ヤードも方針を変えて、現在では「SO19小火器班」という必要と考えられるときに限って小火器(拳銃や散弾銃、機関拳銃や狙撃銃など)で支援する部隊を設置しています。また、SO19の隊員が武装対応車という小火器を特殊なコンテナに収納した車両で、常時パトロールするというシステムも採用しています。海外ニュースでもロンドンのヒースロー空港などでMP5機関拳銃を持って警戒している警察官を見たことありませんか?また、通常の警察官も上着の中にS&Wの回転式拳銃やワルサーPPK自動式拳銃を隠して携帯しているそうです。イギリスの警察官が銃器を携帯・所持していないというのはもはや迷信でしかありません。さらに、イギリスには対テロ及び凶悪重武装犯に対する切り札があります。それが彼の有名なイギリス特殊空挺部隊Special Air Service、第22特殊空挺連隊SASです。この部隊の活動については第2次世界大戦のリビア砂漠以降、マレーシアのマラヤやロンドンのイラン大使館人実救出作戦、フォークランド紛争に北アイルランドでのIRAとの戦い、そして湾岸・イラク戦争等々、伝説的な戦果と名声を得ている部隊です。そして、世界中の特殊部隊の本家本元でもあり、日本の自衛隊や警察なども研修のために要員を送っているそうです(本の受け売りで本当かどうか?ただ、同じ特殊部隊として有名なフランスの国家憲兵隊介入部隊、GIGNには警察の特殊部隊(SAT)が研修に行っています。また、以前紹介した海上保安庁の特殊警備隊SSTは、アメリカ海軍の特殊部隊SEALs(シールズ)から直接訓練を受けているそうです)。彼等、SASは最近映画にもなった1972年のミュンヘン・オリンピックでのイスラエル選手団に対するテロ事件(人質の選手、9人が死亡)を契機に対革命戦チーム通称「パコダ」中隊を編成し、以来国内外での対テロ事案に対処しています。彼等が一躍勇名になったのが先に紹介した1980年のロンドンのイラン大使館事件です。この時、SASは「ニムロッド」作戦を展開、実行してテロリストを射殺、人質を救出しています。この作戦は、特殊部隊の人質救出作戦の模範例として有名です。このような部隊がイギリスの大規模テロ事件に対応すべく、ロンドン警視庁のSO19小火器犯の後ろに控えているのです。この効果は、1975年にアイルランドの過激派IRAのテロリストが警察の対テロ作戦で追い詰められて、窮鼠猫を噛んで老夫妻を人質に立てこもった際、ラジオのニュースでSASが投入されたと聞くや(誤報だったのですが)、武器を捨てて自ら投降したのです。彼らはSASに蜂の巣にされるぐらいなら刑務所の檻の中がマシ、と考えたのです。(しまった、SASの話が長くなりすぎた!土曜日にWOW○Wでやっていたイギリス製の海外ドラマ『英国特殊部隊3』を見た影響だ!)。以上この文章の参考にした本はマイク・ライアン他著、小林朋則訳『世界の特殊部隊』(原書房、2004年)です。そんなわけで、イギリスでは警察官が軽武装でもその後ろには強力な武力が控えていて、非常事態に際して即応体制が布かれているのです。ちゃんとした法制度の上にしっかりとした指揮命令系統が整っているのです。それに比べて日本は…。この前のワールドカップの警備のために各都道府県警察の機動隊に機関拳銃等(多分、狙撃銃や自動小銃、散弾銃もあると思いますが)で武装した銃器対策班が設置され、ようやく都道府県単位での武装犯罪や小規模テロに辛うじて対応できる体制が整いました。それより前には、警視庁、大阪府警、福岡・愛知等の警察本部に特殊部隊(SAT)が設置され、最近では福井県警が原発警備のための特別部隊を設置しています。しかし、部隊や装備が整っても肝心の法整備や警察・海上保安庁・自衛隊に政府・地方自治体の協力体制が追いついていません。とくに、警察力で手に負えなくなった場合の自衛隊の治安出動なんかは…。このような状況を考えるに、戦後GHQが内務省を解体したことが恨めしい限りです。戦前、内務省は省庁の中の省庁、格が1つ上でした。道府県知事も戦前は官選知事で内務省の官僚のポストでした。このような中央集権体制の下、内務省警保局が警察を一本の指揮系統で繋いでいたのですが…。戦後、GHQがアメリカ式の地方分権を押し付けて国家警察と地方警察という独立色の強い警察体制を布いてしまい、これも結局中世のフランス同様地方によって警察力のばらつきが発生して結局、1954年に新警察法を制定して現在の警察庁・都道府県警察制という中央集権型の制度を作ったわけです。でも、この制度も色々と問題がありまして…(詳しい事は、図書館で3類社会学の317行政の書架でも見て下さい)。ということで、少々小難しい話を書いてみました。ああ、それにしても戦前の警察官の制服は良いですね~。詰襟でサーベルをぶら下げたあの格好。実は戦前の警察官は拳銃を携行してなくて、武器は刃が付いていないサーベルだけでした。拳銃を常時携帯するようになったのはGHQの指導で、大体朝鮮戦争の頃にアメリカ軍のお下がり、45口径のS&W回転式拳銃を支給されたのが始まりです。でもこの鉄砲、体格の良いアメリカ人用だったので反動が凄まじく、中々的に当たらなかったそうです。そして、外国人の犯罪が増えた昨今、警察官の拳銃携行は絶対必要なことになりました。なにせ、相手は徴兵等で軍隊で訓練を受けているかもしれないのですから。軍隊の格闘や武器の訓練は敵を効率よく倒す事が目的ですので、相手を生きたまま確保する警察の逮捕術と比べると、体格・技量の差にもよりますが場合により危ない事になりかねません。ですので、相手より強力な武器・拳銃に実弾を込めて携行し、いざという時発砲するようにしておかないといけないのです(ついこの前まで、警察官の拳銃使用はすごく厳しく、使用に際して躊躇して殉職した警察官が出てしまいました。そこで、使用基準が緩和されたのですが…)。全く、昔は警察官の制服姿だけで犯罪の抑止になっていたのに、今では拳銃、さらに対テロ用に機関拳銃までいる世の中になってしまって…。これから先、どうなる事やら…。さ~て、この後は少し寝てから女子フィギュアスケートだ!日本、メダルを何とか取って頂戴!!がんばれ村主・荒川・安藤!!!
2006年02月23日
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今日も、リーオン・ガーフィールド著、斉藤健一訳『テムズ川は見ていた』(徳間書店、2002年)に登場する脇役、クリーカー警部を話の中心に据えて、ヴィクトリア朝時代の警察制度について機能に引き続き内藤弘著『スコットランド・ヤード物語』(晶文社、1996年、表紙画像無し)語っていきたいと思います。1829年、内務大臣サー・ロバート・ピールが首都圏警察を創設した時、市民はフランスの革命政府のように市民を弾圧するために警察組織を作ったのだと思い込んでいました。そんな状況のもと、市民やマスコミが鵜の目鷹の目で警察を監視していたのですから、当局が現役の警察官を使って「秘密警察」なるものを作れるわけがありません。第一、市民から目の敵にされていたピールですら諜報組織を容認する事を否定し、スコットランド・ヤード自体も制服警官による防犯活動を理想として、私服警官の刑事活動に出来るかぎりの制限をくわえていたのです。フェアプレー精神を重んじるイギリス人にとっては、人を欺く卑劣な行為と受け取られたのでしょう。そんな事を言ってもやはり警察活動には私服警官の活用は必要です。『スコットランド・ヤード物語』では、創設期の警察官は教養が低かったので上層部の期待するほどの防犯効果が得られず、結局私服を着込んで市民の中に紛れ込んで情報を仕入れることになってしまったそうです。でも、そんな刑事活動に警察に批判的なマスコミが黙っているはずも無く…。1833年、労働団体の活動を内定していたポペイ巡査部長の正体に気が付いた組合員ジョン・ファージングが、違法集会解散のために駆けつけた警官隊との衝突で警察官を刺殺したとして逮捕(後、証拠不十分で保釈)された腹いせにこのポペイ巡査部長のスパイ活動を暴露するという「ポペイ事件」が起こりました。さあ、日頃から警察に批判的な市民の怒りは大爆発!マスコミもここぞとばかりに煽り立て(この辺は、今日のマスコミと警察の活動に相通じるところがあります)、ロンドンの金融・経済の中心地、シティの大商人たちは警察維持税の支払い拒否の声明書を議会下院に提出、ロンドン市長もその中に名を連ねるという異常事態になりました。そんな訳で、政府は警察に対して刑事活動の中止を命令、哀れ、職務に忠実だった優秀な警察官(副署長だったそうです)ポペイ巡査部長は解雇されてしまいました(この件も…以下略)。でも、そんな事件にもめげずスコットランド・ヤード1842年に発生した2件のヴィクトリア女王狙撃事件などの重要事件に対応すべく、同年ヤード刑事部を設置、ついで1846年には管区随時刑事任命制を採用して、私服警官の刑事活動を本格化させていきます。これらの部署に配置されたのは「活動的で教養のある」警察官で、シャーロック・ホームズに登場するレストレイド警部たちのように大抵は単独捜査を行っていました(NHKの海外ドラマ『シャーロック・ホームズの冒険』では大抵、レストレイド警部や他の私服刑事は1人、若しくは制服警官1・2名だけで登場します。では、普段普通の警察官、下っ端の巡査は何をしていたかと言いますと、テクテクと街中をパトロールしたり、街頭で立ち番をしていたのです。彼らは、「ビート」と呼ばれるパトロール担当区を勤務時間中、ひたすら巡回していました。ほか、巡査は夜盗の警戒や犯人逮捕、交通整理に売春婦の取締〈ヴィクトリア朝時代は、貞淑なイメージとは裏腹に売春婦の時代でもありました〉や下宿や木賃宿への巡回、火事への対応などを行い、挙句には街頭の掃除〈巡査の朝一番の仕事が歩道に捨てられているオレンジの皮を拾い集める事だったそうです〉までやらされていたそうです。ほかにも面白い話があるので、興味のある人は『スコットランド・ヤード物語』読んでみて下さい)。この1842年に設置されたヤード刑事部は、1877年に発覚した汚職事件をきっかけにフランス警察の刑事機構を参考に再建されて、今日でも海外ニュースで時々耳にする「犯罪捜査部」通称C・I・Dとなるのです。では、そんな刑事たちはどのような捜査手段を用いていたかと言いますと、お粗末そのものでした。本を読んで驚いたのが、スコットランド・ヤードに警察科学研究所が設置されたのが1934年!19世紀には科学的捜査を行うための機材が無かったというのです。大体、指紋確認法が試験的に採用されたのが1895年というのですから、これではホームズの持っている鋭い観察力と科学の知識、下宿にある機材を利用すれば、レストレード警部たちを出し抜けるはずです。では、刑事たちはどのような手法で犯罪情報を収集していたかというと、市民からの情報提供、別名「タレこみ」です。勿論、警察も独自に情報収集をしていましたが(日本の警察の検挙率が高かったのも実は…)。このような状況だったので、『テムズ川は見ていた』に出てくるクリーカー警部率いる秘密警察、という設定にはやはり多少無理があると思います。本文を読んでいるとこの秘密警察、国内外のテロリストの摘発と排除や防諜活動を中心に行動していたようなのですが、たしかに『スコットランド・ヤード物語』でも、1880年代にアイルランド独立を目指すシン・フェイン党が起こした爆弾テロ(ヴィクトリア朝時代から続いているのです!)に対処すべく「特別アイリッシュ捜査班」なるものを設置したとありますが、これも臨時に置かれたものでテロが沈静化すると普通の捜査班に戻っています。本文中にあるような、警察内部に極秘におかれた「秘密警察」はフィクションだったのでしょう。ただ、警察を監督する内務省やホワイトホール(海軍省)、ホース・ガーズ(近衛騎兵連隊司令部、陸軍最高司令官の司令部でもあります)そして外務省などは、別個に様々な情報活動を行っていたと思います(この辺りも、シャーロック・ホームズにチラチラと出てきますね。とくにホームズの兄、外務省の官吏であるマイクロフト・ホームズなんかはその周辺の人間ではないでしょうか?)最後に、イギリスの警察官の武器の所持について。市民の反感を浴びながらの警察設立だったので当然、一般警察官の武器の所持にも注文が付きました。首都圏警察創設時の警察官の装備は、警棒と「ラトル」と呼ばれる木製の呼子(これは棒の先に回転する板が付いていて、これを回して音を出します。後、ホームズが活躍中の1880年にホイッスルに変更されました)に手錠と夜間パトロール用のランプだけでした。ただ、騎馬警察官にはサーベルと拳銃が、治安の悪い地区を巡回する警察官にはサーベルが、警部と警視は指揮棒と拳銃を携帯していました。ちなみに刑事には制服警官より短い警棒が関与されていました。『テムズ川は見ていた』でも、酒場で主人公バーナクルの行方を問い質すただす際、クリーカー警部は上着から警棒を取り出しテーブルを引っ叩いて脅しています。ただこのような行為に関して、警察は武器の所持と使用は市民への配慮からかなり厳しく、警棒は目に付かないようにズボンの後ろのポケットに入れて上着で隠し、身の危険が迫っているとき意外は使用を禁止し、警棒を使用した場合は報告書を書かねばなりませんでした。警棒を上着の上から締めるベルトに吊るせる様になったのが1864年のことだそうです。ちなみにこの年、ドラマや映画でお馴染みの詰襟型の軍服使用の「ニュールック」と呼ばれる制服が採用・更新された年でもあります。今でもお馴染みのロンドンの警察官が被っているヘルメットも、この時採用されたものです。といことで『今年は、ヴィクトリア朝だ~!「警察」のお話』を書きましたがここで、ふと思いついたことがあります。このクリーカー警部の登場するくだりを読んでいると、何だか良く似た人間がいたな~、と頭の中に名前がモヤモヤ~と浮かんできたのです。で、それは誰かといいますと『レ・ミゼラブル(全4冊セット)』で主人公ジャン・ヴァルジャンを追い回す冷血なジャベール刑事に良く似ているな~、と『職業別パリ風俗』を読んでいて気が付きました。どちらも職務に忠実で冷酷な人間、そして真実を悟った時取った行動も良く似ています(ジャベールはセーヌ河に入水自殺しますが、クリーカーはテムズ河で…)。こんな、類似点があるなんて、なんだか面白いですね!
2006年02月22日
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先日「今年は、ヴィクトリア朝だ~!「煙突少年」のお話」という題で書いたリーオン・ガーフィールド著、斉藤健一訳『テムズ川は見ていた』(徳間書店、2002年)に関するお話の第2弾です。先に取り上げたのが主人公、孤児院から引き取られ煙突掃除の仕事をしている少年バーナクルについて、彼の境遇と煙突少年(チムニー・ボーイ)に関して思うところをゴソゴソッと調べて書いてみました。『テムズ川は見ていた』の内容ですが、過酷な煙突掃除をしていた主人公、バーナクルはある日、掃除していた煙突から落ちてしまったのです。めったに足を滑らせたことがないのに…、と思う間もなく当然、親方に怒鳴られおまけに部屋にいた大人たちにも怒られてしまうバーナクル。その時、思わず引っつかんだロケットと銀のスプーンを持って、逃げ出してしまうのですが・・・。という展開まで前回紹介したのでその続きですが、実はバーナクルが滑り落ちた部屋では偶然イギリス政府上層部による国家を欺く陰謀が話し合われていたのです。その密談を盗み聞いてしまった上にそれと知らずに陰謀を暴く鍵を握るワシの紋章がついたロケットとついでに銀のスプーンまで盗んでしまったので、さあ大変!陰謀の黒幕たちと、そうとは知らずに利用されているだけのクリーカー警部率いる秘密警察の執拗な追跡を受けることになってしまいます。ということで、今日はこのクリーカー警部を話の中心に据えて、ヴィクトリア朝時代の警察制度について内藤弘著『スコットランド・ヤード物語』(晶文社、1996年、表紙画像無し)語っていきたいと思います。ヴィクトリア朝時代の警察制度について語る前に、イギリスの警察制度について少し解説しましょう。じつは、イギリスに近代警察が出来たのは1829年のことでした。それまで、イギリス国内の治安は『オリバー・ツイスト(上)(下)』のオリバーがスリに失敗した場面で登場する「ヒュー・アンド・クライ」というシステムに依存していました。この制度、何のことはなく犯罪者を発見した人が「泥棒~!」と叫びたてて付近の住民総出で息の続く限りその犯罪者を追跡して捕縛するという、原始的なものでした。この制度は、アングロ・サクソン時代からの慣習を中世に成文法化したものでした。この法律のもとでイギリスは治安判事、住民から選出された保安官や町の住人が交代で就いた警吏、町の年寄り連中が行う夜警によって治安が維持されてきたのですが、17世紀に入ると治安判事が堕落して金で犯罪者の刑罰を軽くしたりするなどの汚職に走り、ついで住民の義務であった「ヒュー・アンド・クライ」や警吏の免除の証書が売り買いされ(この制度に参加しないと罰金が科せられたのですが、捕り物の度に棍棒片手に仕事をほっぽり出していては商売あがったりなので、当局が犯罪者確保の際に出す特免状がオークションに出されたのです)ついには、犯罪者たちが一種のギルド的なものまで組織して盗品売買や治安判事への贈賄を行うという事態となってしまいました。そんなこんなで、18世紀にはイギリスの治安は乱れに乱れあきれ返るほどの状況になってしまったのですが、そこは歴史のお約束、正義感溢れる治安判事ヘンリー・フィールディングが犯罪者撲滅を目指してロンドンのボウ・ストリート(彼は、現在のロンドンの一部、ウェストミンスター市の治安判事でした)に巡察官事務所を設置して市民有志の警察隊を組織し、泥棒退治に励んだのです。また、フィールディングはイギリス最初の治安白書を発表したり、強盗の手配書を新聞に掲載したりするなど、革新的といえる手法を用いて治安回復に邁進し、政府と市民から高い評価を受けました。こうした活動に影響を受けて、ロンドン周辺では別個に警察組織が創設されたいったのですが…、やがてそれらの活動は市民からの批判に曝されるようになります。その原因は海の向こうの大陸側、フランスにあります。この当時、フランスではイギリスよりはるかに整った警察制度が確立していました。パリではルイ14世の時代、1700年代に警察長官が設置され以降、長官の下に48人の警視が配置されて国王直属の警察が編成され、今日に至るパリ警視庁の礎が築かれました。地方では1500年代初頭に「元帥長官部隊」という憲兵隊が地方領主によるばらつきのある警備体制を改めるために、純粋の憲兵(軍隊内での警察活動)としての任務のほか地方、主要街道や農村部における治安維持やパリや地方都市の警察の応援部隊としての任務などを担う事になり、この制度も今日のフランス国家憲兵隊にそっくりそのまま受け継がれています。では、そのような完成度の高い制度がなぜイギリス国民から嫌悪されたかといいますと、答えはフランス革命後「恐怖政治」(1793~94年)にあります。かの有名なロベスピエール率いる過激急進主義者集まり、ジャコバン派が公安委員会を牛耳って断頭台(ギロチンのこと)で貴族やら反体制派の人間の首を切り落としていたのですが、その手先となってセッセと働いていたのがこの警察と元帥隊だったのです(以上、鹿島茂著『職業別パリ風俗』白水社、1999年)。この辺の状況は1月にNHKBS2で深夜放送していた海外ドラマ『紅はこべ』に詳しく描かれているので、再放送されたりDVDが出た時にご覧になってみると良いと思います。そしてイギリス国民が警察を嫌った理由のもう1つが、税金が増えるという簡単にして明快な理由があったからです。なんでも、ロンドンに首都圏警察(スコットランド・ヤード)が設立された時、地域の治安対策や前回救貧院で説明したような社会福祉目的のために使われる教区税が1.5倍に跳ね上がったのですから…。これでは、反対するわけです。それでも、産業革命が始まり首都ロンドンには人が集まりオマケにフランス革命とナポレオン戦争の余波でヨーロッパ各地から亡命者やら得体の知れない人間がワンサカやって来るわで、首都の治安は悪化の一途をたどります。オマケに産業革命で生まれた労働者階級や農民たちがナポレオン戦争後の不況(どの国も戦争をした後は、勝っても負けても大抵は不景気となります)による騒擾がイギリス全土に不安感を与えていました。この一例が「ピータールの虐殺」です。1819年、マンチェスターの聖ピーター広場で行われていた議会改革運動支援のために集会に当局がフランス革命と同じの民衆運動の脅威を感じて過剰反応を示し、地方地主たちが組織していた民兵隊、ヨーマンリーの騎兵隊を動員(この組織も現在、国防義勇軍という形で英国陸軍の一部として残っています)、広場に突入させて弾圧を行い多数の死傷者を出すという惨事を引き起こしました。これも、市民有志の自警団と軍隊しかないために起こった事件でした。この間に警察組織があれば、多少なりとも結果は異なったでしょうに。そのような社会情勢に痺れを切らしたのが、ワーテルローの英雄(先に書いた「ピータールの虐殺」はこのワーテルロー、英語読みだとウォータールをもじったものです)ウェリントン公爵が組閣した内閣で内務大臣を務めていたサー・ロバート・ピールです。彼はヨーロッパ最大の犯罪都市ロンドンの改善を目指して1829年、首都圏警察法案を議会に提出します。彼は、既存の夜警制度や教区ごとの警備組織、それに大小の自警団を全廃して、それに代わる中央集権型の警察組織を編成することにありました。そして、法案が議会を通ったので晴れて首都圏警察が組織されたのですが、まず、世論の反対を押し切って創った警察なので制服を着せるかどうかでひと悶着があり、結局陸軍を連想させない(暴動鎮圧のために動員された兵士は真っ赤な軍服を着ていました)市民と同じ格好を、ということで出来上がった制服は何と、人が上に乗ってもつぶれない頑丈なシルクハットに金色のボタンが8個並んだ青色の燕尾服というケッタイな格好になってしまったのです。そこで、最初の話に戻るのですが1829年9月29日イギリス首都圏警察が活動を開始した初日、警察官たちは喧々諤々の討論の末決まった制服を着込んで街に出たのですが…。その結果は、市民をはじめするロンドン中の人間から罵声を浴びせられ投石を受け、挙句の果てに袋叩きあったのです。このような状況が以後、半世紀も続く事となるのです。という感じで、また長々と書き連ねてしまいヴィクトリア朝までたどり着けなったので、続きはまた次回に、という事になります。それでは!
2006年02月21日
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お待たせしました。余菱さんからのキリ番リク、ようやく開始します。しかし『指輪物語』、読み込むと時間はかかるは、のめり込むは、疲れるは、さすが三大ファンタジーの中で一番の長編なだけはあります。さて、この『指輪物語』の著者は言わずと知れたグレート・ブリテン(でも南アフリカ生まれ。まぁ、当時は大英帝国の一部ですからね~)が生んだ偉大な文学者、 J.R.R.トールキンが創り出した壮大なファンタジーです。さて、この原作についてアレコレ書くとまず「死ぬ」ことがこの10日間ではっきりと理解する事が出来ましたので、まずは手始めに映画化された作品、ピーター・ジャクソン監督『ロード・オブ・ザ・リング』三部作について、余菱さんからのリクにもあったこれも有名、ドイツのファンタジー作家ミヒャエル・エンデの映画化された作品と比較しながら語っていきたいと思います。この映画化された『ロード・オブ・ザ・リング』ですが、いろいろな批評を聞きますが私は成功した作品だと思います。第一、全6巻に補巻がついた大作を全て映像化出来ようはずがありません(そもそも、どんな作品でも映画化される場合は必ず切り捨て、付け足し、脚色が入ります)。原作の中から「画」になる部分を抽出して原作の雰囲気を壊さないように脚本を作って製作へ持っていくのが基本です。その意味では、『ロード・オブ・ザ・リング』3部作はまず、成功したといって良いでしょう。ただし、映画では主人公のホビット、フロドと魔法使いのガンダルフの2人に展開の軸足をおいて物語を作りました。ただし、それだけでは作品が殺伐とするので一作ごとにアラゴルンとエルフの王女アルウェンやエオウィン姫の心情を描いてみたりして(典型的な騎士と王女様のロマンスと、戦場の恋なのですが)アクセントを入れています。一方、これの正反対をいってしまったのがミヒャエル・エンデ原作『はてしない物語』を映画化した『ネバーエンディング・ストーリー』でしょう。この作品、ドイツ的な主人公の心情や内面の葛藤を様々なモノに表現した深い作品だったのですが…。映画化にアメリカ資本が加わったのがいけませんでしたね(大体、監督があの戦争映画の超傑作『U-ボート』の巨匠ウォルフガング・ペーターゼン監督なのに、この軽さは~!)。例えて言いますと、私の大好きな宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』が映画版とコミック版では全く別物というぐらいに深みに違いがあります。『風の谷のナウシカ』にしても『はてしない物語』にしても、そして『ロード・オブ・ザ・リング』3部作にしても膨大な物語を、時間と表現の制限のある(人間の思考は無限なのですが)映画で表現できる長さと深みに押し込めなければなりませんでした。しかし、それにしてもいくらストーリーを単純化させなければならなかったとはいえ、『ネバーエンディング・ストーリー』は何といいますか、原作の創玄さとでも言いますか、奥ゆかしさと言うような原作の「核」にあまりにも手を加えすぎてしまい(当時、流行だった『スター・ウォーズ』の影響をもろに受けています。と、言いますか『スター・ウォーズ』で成功したCG技術を乱用して脚本を技術にあわせたものにしてしまった、というのが実情ではないでしょうか?)全くのアメリカ娯楽映画になってしまっています(ですが、これによって誰でも楽しめる純粋な娯楽作品に仕上がっているのですが…。こればかりは、見る人の好みと感受性等々の問題ですからね)。これでは、原作者を激怒させて当然でしょう。この『はてしない物語』のように文学作品には、映像化して良いものと悪いものがあります。それは、いくら巷で評判になっている作品でもです。最近ではアニメーションではかなり無茶も効くようになりましたが(宮崎駿監督の『ハウルの動く城』などは原作のエッセンスを上手に抽出してスタジオ・ジブリ作品に仕上げたという、良い例です。原作者のダイアナ・W・ジョーンズ女史も映画のできばえに満足されていました)、実写は怖いです。とくに、CG技術の発達により変な意味で実写も不可能でないことが少なくなりましたが、私が思うにこのCG技術、使い方を間違えるととんでもない事になります。また、原作者と脚本家、映画監督に製作会社の息がピタリと合わないと作品は駄作になります。その意味でも『ネバーエンディング・ストーリー』は不幸な作品でした。原作者と製作会社との間でいざこざが起きてしまい、2作目は純ドイツ製なのに出来が悪く(この作品は見ていないの伝聞ですが)、3作目はまた第1作の路線に戻ってしまったというツクヅク映像化に運が無い不幸な作品です。まあ、『ネバーエンディング・ストーリー』にこりたミヒャエル・エンデが自ら脚本を書いた(出演もしているそうです。この辺の悪乗りは、古今東西変わらないようです。また、宮崎監督を例に出しますと、監督は『ルパン3世』シリーズの中でちゃっかり当時の自分の生息範囲であった東京中野周辺を描いて、自分自身もしっかり作中に出演させています)『モモ』(これは、昔チラッとしか見ていないのでうろ覚えで書きますが)は、さすが原作者が書いただけはあって、原作の挿し絵のイメージに近い映像で、メッセージもまあまあ正確に伝えているのではないかと思うのですが、如何せん時間が短すぎましたね。それから、原作者が書いた弊害だと思うですが思い入れのある場面に力が入っている一方、物語の展開や作品を理解する上で必要と思われる部分を端折りすぎてはいませんか?というような感じを抱きました。このようにファンタジー作品を映像化するにあたっては、原作の「核」(コア)に手を付けずに如何にして大多数の読者の思考の中に創られたイメージに合致させるか、というのが大問題となります。その意味では、『ロード・オブ・ザ・リング』は中世ヨーロッパの世界をモデルにケルトやゲルマン等の神話に聖書のエッセンスを加えた内容ですので、容易にイメージが頭の中で描き出されるのに対して、ミヒャエル・エンデの場合はドイツ的(さすが、カントやヘーゲルを生み出した国)といいますか、個人やその個人を取り巻く周辺の人々の内面など「心情」を文字通り「絵の如く」描き出した作品です。このような作品は、作品の挿絵や読み手の想像力等々によって作品の受け止め方が大きく異なってしまいます。繊細な作品なのです。さて、そのようなエンデの作品を映像化しようとすると…。誰もが欲求不満を抱く中途半端な作品になってしまうのではないかと思います。ただでさえ、映像化は完璧に出来ないのに…。以上、簡単に映画化されたファンタジー作品について私なりの意見を書いてみました。次回は、『ロード・オブ・ザ・リング』三部作についてもう少し詳しく書いてみたいと思います。
2006年02月20日
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今日は、この前書いた「蒸気船時代の海軍」の続きです。また、横井勝彦著『 アジアの海の大英帝国19世紀海洋支配の構図 』(講談社、2004年)を使って、私の好きな海軍話を深~く展開してみたいと思います。前回、「このような蒸気機関を積んだ汽走軍艦が活躍するためには、英国内で色々と問題があったのですが…」と書きましたが、では、その理由は?と言いますとこれが実に簡単、お金が無かったからなのです。実は王室海軍(ロイヤル・ネービー)はナポレオン戦争終結以降、予算が削減されてトラファルガー海戦で勇名を馳せた戦列艦が軍港に繋がれたまま腐食して(木造船は、フナクイムシなる木を食べる害虫が舟艇に穴を開けてしまうのです。そこで、当時の木造船には船底に銅の板を貼って害虫対策をしていました。また当然、長期間海水に曝されれば、木自体も腐りますしね。)無残な姿を曝していました。当然、ナポレオン戦争中に1年以上も土の上を歩かず、大西洋や地中海でフランスを海上封鎖(主要な港や沿岸部をパトロールして、敵国の船を外洋に進出させないよう監視し、出てきた艦船を拿捕、若しくは撃沈すること)していた水兵たちはお払い箱。大量の水兵が解雇されたので、失業者が増加して治安が悪化するほどの騒ぎとなりました。また、大量に動員された将校たちも失業して半給(この面白い制度は、陸に上がって配置が決まっていない将校に対して、配置に付いている将校の半分の給料を支給するという制度です)の身分となってしまいました。でも、運の良い抜け目のない将校たちは戦時中に獲得した拿捕賞金(プライズ・マネー)で金持ちになった者もいました(イギリス海軍は、拿捕した敵国の艦船について、船の積荷や船自体の値段を算出して国庫と提督・艦長・将校・下士官・水兵に分配していたのです。当然、下に行くほど分け前は少なくなるのですが、その額は水兵への配分でも下層階級の人間の1年分の稼ぎにもなりました)。この時代の王室海軍をお知りになりたい方は、パトリック・オブライアンの『オーブリー&マチュリン』シリーズ(『マスター・アンド・コマンダー』シリーズ)、特に拿捕賞金や昇進が絡む第2巻『勅任艦長への航海(上)(下)』を読んでみて下さい。あと、何度も紹介している『トラファルガル海戦物語(上)(下)』もオススメです。というわけで、そんな状況の中ではお金が掛かる蒸気船を作れるわけがありません。でも、本当に必要なものであれば軍事上、例え採算が取れなくとも何とか建造するものなのですが、当時の王室海軍はその必要性を認めなかったのです。その理由は今も昔も同じもの、「保守的体質」なるものです(もっとも、当時ヨーロッパでは王室海軍に対抗できるような海軍がいなかったのが最大の要因なのですが)。もともと、木造帆船では火気は厳禁でした。その理由は簡単、軍艦が浮かぶ火薬庫だからです(そもそも、当時の軍艦は火薬をしこたま船倉に積み込み、帆を張るロープには腐食防止のため油を塗りこみ、燃え易い帆布を広げていたのですから…。火がついたらアッという間に燃え広がってしまいます)。そんな木造船の中で石炭を積んで(当時、石炭船は原因不明の爆発をよく起こしました。その原因は粉塵爆発なのですが…)罐(カマ)で火を燃やしながら進む!頭の固い海軍の提督閣下がそんな船に不信感を抱くのは当然です。おまけに、蒸気船は不恰好な煙突から黙々と黒煙をあげて真っ白な帆とピカピカに磨き上げた甲板を汚してしまうので、嫌だ!という今聞くと屁理屈としか言いようもない理由も唱えらていました。その意見が、下級将校や下士官・水兵たちからあがったというのが面白いとこなのですが。(さすがお洒落にウルサイ海軍さん、と言ったところですが、実は掃除や帆やロープの管理が面倒になり、仕事が増えるのが嫌だ!という単純な理由からだったそうです)。また実際問題として、初期の蒸気機関は出力も弱く信頼性にかけていて、オマケに石炭を大量に消費する事。ついで、初期の蒸気船が外輪船だったため搭載する大砲の数が少なくなり、また、水深機関である外輪に砲弾を喰らえば致命傷になるという問題がありました。では、外輪をスクリューに換えれば?という疑問に関してこれも「保守派」が「船底に穴を開けるなんて~」と言って反対していたのです。実際、木造船では水漏れを防ぐことが難しかったのでスクリュー艦は鉄船の登場を待たなくてはなりませんでした。でもその鉄船も、「鉄が水に浮くか~!」という迷信まがいの思い込みや(概して船乗りは迷信深いものですが…)、鉄板に砲弾が命中するとその破片が木片より将兵を酷く傷つけないかという意見や、木造船より洋上での修理が困難である、との現実的な意見もあって、鉄製汽走軍艦の登場までの道のりは険しいものがありました。でも、世の中上手い事いくもので、お金があって鉄製汽走船への抵抗が少ない海軍がイギリスの中にあったのです。それが、ベンガル海軍(インド海軍)です。当時、インドは「インド大反乱」(「セポイの乱」と呼ばれていましたが、表現が的確でないので最近ではこちらの言葉を使います)の前で中国へのアヘンの密貿易と本国への茶の輸出という三角貿易(この表現にも、問題があるのですが)で財政に余裕があった東インド会社のベンガル政庁(カルカッタ)が本国よりも早く、蒸気船を購入・配備したのです。実は、先に紹介したアヘン戦争でも、汽走軍艦の大半は東インド会社所属だったのです。では、何故に東インド会社はお財布に余裕があるとはいえ、高価な汽走軍艦を大量に購入できたかと言いますと、東インド会社の財政が本国政府と分割されていた事、また、各種特例により汽走軍艦の購入が機密事項として取り扱われたため、本国政府と海軍省の干渉を免れた点が大きい、と『アジアの海の大英帝国19世紀海洋支配の構図 』では指摘されいます。ところが、嫌だ嫌だ駄々を捏ねていた海軍省の提督連中や、財布の紐をきっちりと締めていた政府の態度を一変させる出来事が発生したのです。それが、クリミア戦争です。「凍らない海」の獲得を目指して南下政策を取っていたロシアがオスマン・トルコと衝突し、地中海に影響力を及ぶ事を恐れたイギリス・フランス両国が共同で出兵したこの戦争、主戦場は黒海沿岸のクリミア半島にあるセバストポーリ要塞でしたが、バルト海沿岸部や極東でも戦火を交えています。余談ですが、このクリミア戦争による敵国艦船捜索の目的で長崎に来航した、王室海軍のスターリング提督が日英協約を締結し、この戦争によって函館に来航する艦船が増加して今日の函館の繁栄に繋がったのです。このクリミア戦争では、黒海沿岸部での作戦が中心であったので沿岸部や内陸水路(河川)での作戦行動に適した小型の汽走砲艦が大量生産された結果、戦後、王室海軍の汽走艦数は450隻を超えて、世界最大の規模となったのですが…。数が増えれば良い、というわけにはいかないのが軍事の世界(どこでも、同じですがね)。汽走軍艦が活躍するにはまだまだ、ハードルがあったのです。という次第で、次回はこのハードル、汽走軍艦運用の障害についてペリー来航と絡めてお話を進めたいと思います。
2006年02月17日
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今日は、図書室で嬉しいことがあったのでその出来事について書きます。それは、リクエストボックスに小野不由美さんの『悪夢の棲む家(上)(下)』が入っていた事です。←表紙画は下巻のみ。全く以って、もう少し配慮してもらいたいものです。図書室にはすでに、私と他の先生との共犯で『十二国記』(当然、山田章博先生の表紙画・挿絵入りの講談社X文庫版です!この前も書きましたが只今、『華胥の幽夢(ゆめ)』を読んでいます。)は全巻入れてありますし、同じく、講談社の『Mystery landシリーズ』の1冊で日記でも紹介したことのある『くらのかみ』は配架してありました。 そこで次は、次はホラー系の『屍鬼(1)』シリーズや『黒祠の島』でも図書担当の先生と相談して入れようかな~、というところに『悪夢の住む家』がリクエストされたのでとても嬉しいです! 実は、最近の中学生はリクエストの傾向を見てみると定番のファンタジーやドラマ化された作品の原作、最近では直木賞を受賞された東野圭吾さんの『白夜行』など(なぜか、東野圭吾さんの作品は本好きの生徒に人気があります。夏休み前には『幻夜』を配架しましたし)、が多いのですが、それと共にかなりマニアックなものも数があるのです。その代表格がホラー系の代物です。これの対処がまた難しいのです…。とくに生徒のリクエストでダントツに多いのが、乙一の作品です。乙一さんの作品は面白いのですが…、如何せん「暴力的表現」と言いますか、学校図書館の置かれている環境から考えると、かなり過激で問題な内容を内包している作品があるので取り扱い要注意な作家の1人です。例えば、親戚の子どもを木から突き落として殺してしまい、大人たちの追及から逃れるためその少女の死体を隠して嘘をついた兄妹の悪夢のような四日間を描いた『夏と花火と私(わたし)の死体』などは、簡単な内容紹介からもチョッと、と思われるでしょう。反対に、最近すごい評判の良い乙一さん独特の様々な特異な視点から描いた切ない物語を収めた短編集(と言いますか、乙一さんは短編の名手だと思います。ただ、私は猟奇やホラー系の作品とは相性が悪いらしく、よほどの作品でないと波長が合いません。小野不由美さんの『屍鬼(1)』もチョッと…、という感じでした。ただ、『黒祠の島』は、横溝正史大先生の『金田一耕介シリーズ』と内田康夫さんの『浅見光彦シリーズ』に通じるところがあったので、推理小説として楽しんで読みました)『さみしさの周波数』はなかなかの良作です。この程度の内容の作品なら図書室に入れられるのですが…。なかなか、選書は難しいですよ。 という事で、リクエストに関してチョッと考えた1日でしたが、小野不由美さんお愛好者を密かに増やすという野望が着実に進んでいる事を確認することもできた嬉しい一日でもありました。あなたは一体、どういう目的で仕事をしているの…。
2006年02月16日
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今日は、昨日「本に埋もれて・・・」の中で紹介した、横井勝彦著『 アジアの海の大英帝国19世紀海洋支配の構図 』(講談社、2004年)を使って、私の好きな海軍話を展開してみたいと思います。「海軍が大好きって、どの国のどの時代が好きなの?」と尋ねられれば、私は国は当然、日本と答えます。そして時代は幕末の幕府海軍、つまり長崎海軍練習所(高校の歴史の参考書に載っているかな?)時代から第一次世界大戦後、ワシントン海軍軍縮条約時代までと答えます(太平洋戦争も当然、関心がありますが)。戦前の帝国海軍は日清・日露戦役、そして第一次世界大戦中ぐらいまでは、まともな思考を維持していたのですが、欧州戦線での「総力戦」「国家総動員体制」という悪夢を見てしまい、陸軍共々「資源確保」「工業力の底上げ」という「総力戦」を戦い抜くための命題を実現する国力が無い事を悟り(作り上げようとして挫折した、と言った方が良いかもしれません)「短期決戦」という絵に描いた餅を夢見て、太平洋戦争へと坂道を転がり落ちていくのです。話が横道に逸れましたが、日本海海戦や東郷平八郎、秋山真之が活躍した日露戦争や大多数の人が関心のある太平洋戦争と共に、なぜ幕末、日本海軍の黎明期に関心があるかと言いますと、あの時代の軍艦、汽走軍艦が好きなのです。そのため元綱数道著『幕末の蒸気船物語』(成山堂出版、2004年)という、教科書でも有名な咸臨丸や、新撰組の土方歳三が最後に戦った函館戦争で戦うことなく沈んだ悲劇の軍艦、開陽丸や、宮古湾海戦で活躍した回天、五稜郭を砲撃した甲鉄などの軍艦の解説(その他、蒸気船の歴史や船自体の構造や機関、兵器等の解説も有ります。)が載っている本を衝動買いしています。そんな帆柱が立って船の両側に外輪が付いていてひょろ長い煙突から煙を吐き出す汽走軍艦(この時期は、スクリュー艦が実用化された時期で、段々と外輪船を駆逐していく時期です。幕府がオランダから買った咸臨丸はスクリュー艦です。)を一般の人々に思い浮かべて、と言われてもピンッとこないと思いますので、誰でも簡単に思い出せる具体例を挙げましょう。それは歴史の教科書や資料集に載っている、幕末に日本開国を求めてはるばる地球の裏側からやって来たペリー率いるアメリカ東インド艦隊所属の蒸気フリゲート、ポーハタン号やサスケハナ号が汽走軍艦なのです。それから世界史で例を挙げますとこれも有名、アヘン戦争の場面で必ず出てくる旧態依然な中国独特の帆船、ジャンクが彼方に見えるイギリスの帆を畳んで煙を吐き出して進む外輪の蒸気軍艦の砲撃の直撃を受けて吹き飛ばされる絵が資料集に出てくると思いますが、これも汽走軍艦です。この、軍艦の名前は鉄製汽走砲艦ネメシス号(ネメシスとは、ギリシャ神話の復讐の女神の名です。まさしく、大英帝国臣民の財産であるアヘンを没収・処分した清国に対する懲罰的軍事行動にピッタリな艦名です。)と言います。インペリアル・グレート・ブリテン(大英帝国)の王室海軍(ロイヤル・ネービー)所属で、660トンの小さな軍艦で、機関の出力は120馬力で32ポンドの旋回砲を2門搭載していました。そこで、フッと疑問が浮かびます。それは、当時、ヨーロッパ列強の中で最も強大な海軍力を保持する英国海軍が、なぜアヘン戦争でこんな小さな軍艦を積極的に使用したのか、ナポレオン戦争時代のような強力な戦列艦やフリゲート艦をなぜ、動員しなかったのか?ということです。この疑問に答えてくれたのがこの『 アジアの海の大英帝国19世紀海洋支配の構図 』なのです。さらに、この本ではなぜペリーが日本開国の勧告に訪れた時、極東に大規模な軍事力を展開していた英国が日本開国のための艦隊を編成できなかったのか、という謎にも回答してくれています。さて、ここで下にあります『 アジアの海の大英帝国19世紀海洋支配の構図 』の表紙画像に注目してください。小さくて解かり難いかも知れませんが、この絵には帆を畳んだ外輪式汽走軍艦(砲艦・ガンボート)がひょろ長い煙突からモウモウたる黒煙を上げている姿と、帆をいっぱいに張って前を進む汽走軍艦に引綱で曳航されている帆船(砲を20~30門程度搭載したスクーナーと思うのですが。)が描かれています。帆船は、両舷の砲を使って清国側の兵船を砲撃していて、真っ白な砲煙の向こうには燃え盛る清国の兵船が描かれています。この絵は、ヴィクトリア朝英国の大衆が喜んだ、愛する海軍が野蛮な非キリスト教国に懲罰を与えた「文明の勝利」を端的に表現しているものです。また、それと同時に自分たちの文明の象徴、汽走軍艦を絵の中心に据えて、文明・科学の力と栄光あるロイヤル・ネービーへの賞賛を表現している興味深い絵でもあります(深読みしすぎかな~)。そして、この絵から世界に冠たるロイヤル・ネービーが汽走軍艦をアヘン戦争、そしてその後の中国沿岸部での軍事行動に多用した理由の一端がわかるのです。この絵では、汽走軍艦が帆船を曳航しています。実は、ここは海では無く、川の河口なのです。当時、中国の港は川の河口から少し上流に入った所、三角州や支流の分岐した場所にありました。これは、広州(珠江)や上海(揚子江)、天津の外港、太古(タークー、本当は「古」にさんずいが付きます。川は白河)等がその代表になります。そのような潮の流れが複雑で、浅瀬の多い場所(潮の干満の差もありますし、第一、正確な海図がありませんし、敵地なので正確な測量も出来ません)では帆船は自由に操舵出来ません。そこで、海流や風の影響を受けず、ちょっとした座礁でも自力で脱出する事が出来る水深が浅いところでも活躍できる小型の汽走軍艦が活躍することとなったのです。でも、このような蒸気機関を積んだ汽走軍艦が活躍するためには、英国内で色々と問題があったのですが、その面白い(私にとっては、ですが)お話は次回にとって置きます。
2006年02月15日
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今日は、私の部屋に散らかっている本の中で、この3日の間に1回は目を通したものを羅列してみたいと思います。まずは昨日、日記にも書いたリーオン・ガーフィールド著、斉藤健一訳『テムズ川は見ていた』(徳間書店、2002年)。これは、パソコンの横にあります。同じく、パソコンの周辺にあるものとしては、ダニエル・プール著、片岡信訳『19世紀のロンドンはどんな匂いがしたのだろう』(青土社、1997年)と谷田博幸著『図説ヴィクトリア朝百貨事典』(河出書房新社、2001年)の2冊があります。 お次は、机の椅子の左横に積み上げてある新書と文庫の山ですが、この一番上には雪乃紗衣さんの『彩雲国物語(光降る碧の大地)』(角川書店、2006年)と、横井勝彦著『アジアの海の大英帝国19世紀海洋支配の構図』(講談社、2004年)が並んで置いてあり、そしてその下に宮崎正勝著『海からの世界史』(角川書店、2005年)があるという状態です(マズイ、そろそろ崩れそうになってきている)。 ベッドの枕元には三島浩司さんの『Muramura』(徳間書店、2005年)に、カイ・マイヤー著、遠山明子訳の『海賊ジョリーの冒険(1)』(あすなろ書房、2005年)があります。ベッドの下には、これまた雪乃紗衣さんの『彩雲国物語(朱にまじわれば紅)』(角川書店、2005年)があって、とどめは小野不由美大先生の『華胥の幽夢(ゆめ)』(講談社、2001年、当然、講談社X文庫版です! )が置いてあります。(『十二国記』シリーズは、アニメの脚本集と一緒に全巻ケースに入れて家の何処へでも持って行って読めるようにしてあるのです。) そして、最後にベッドの横にある特製サイドボードの上には、ロイ・アドキンズ著、山本史郎訳『トラファルガル海戦物語(上)』と同じく『トラファルガル海戦物語(下)』が鎮座していています。それから、トールキンの『指輪物語(第1部)新版』を忘れてはいけません(余菱さんのキリ番リクエストで、十年ぶりに読んでいます)。さらには、そのサイドボードの中は本棚に改造してあり、そこには、森薫さんの『エマ(6)』(エンターブレイン、2005年)他、シリーズ全作と村上リコさんと一緒に作られた『エマ ヴィクトリアンガイド』(エンターブレイン、2003年。さっさと表紙画を出しなさい、ブックス!出版社にメール出せば許可がもらえるでしょう?)が大切にしまってあります。 このような状況のもと、床には『アニメージュ』と『ニュータイプ』の今月号が広がっていて、『ザ・ビーンズ 2月増刊号』まであるのですから…。家が火事に見舞われたら本に足を取られて引っくり返って逃げ遅れるか、それとも、窓から箱や頑丈な家具(先ほど紹介したサイドボードもそれですが)の中にしまわれた本を放り出しているうちに煙に撒かれるかのどちらかになるのでは、と私事ながら危惧をしています。それから、地震ですがこれは部屋の何処にいるかによりますが(ベッド周辺は大丈夫なように配置してありますが)、本棚に押し潰されて圧死という洒落にならない状況だけにはなりたくないものだと思います。でも人間、土壇場になるととんでもない行動をとる事は、歴史が証明していますのでこればかりは…。それにしても、この本の羅列を見てみると本当に私って節操無しですね。
2006年02月14日
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はい、その通りです!映画『オリバー・ツイスト』が公開中でもありますし、我が敬愛する森薫さんの『エマ』は去年12月に文化庁メディア芸術祭マンガ部門の優秀賞は取りますし、今年はまさしくヴィクトリア朝の年です。この勢いに乗じて『英國戀物語エマ』のセカンドシーズン製作&放映を期待したいものです(だって、あのままでは後味わるいもの!)。そこで、今回は図書室に放り込んで今読んでいる(リクエスト本をせっせっと登録・装備しているので私の趣味の本は一番後回しにしているのです。そして、それにかこつけて蔵書印を押して分類ラベルとバーコードを張っただけの状態の本が、今目の前にあるわけです)リーオン・ガーフィールド著、斉藤健一訳『テムズ川は見ていた』(徳間書店、2002年)について語ってみたいと思います。その前に「ヴィクトリア朝」について簡単に説明しますと、ヴィクトリア朝とはその名の通り、大英帝国の黄金時代を現出させたヴィクトリア(Victoria)女王の在位期間、1837年から1901年までの時代を指します。この間に、大英帝国はスエズ運河の領有化(1875年)、アヘン戦争(1840から42年)、インドの植民地化(1877年)などの帝国主義政策を推し進め、国内的には産業革命による資本主義経済の成立により、「世界の工場」として繁栄を極めていた時期でした。(しかし、後半1880年代頃には新興国、アメリカの急速な工業化と南米からの安価な農産物の輸入による不況で、その栄光にかげりが見え始め、その勢いは1899年から始まるボーア戦争で完全に停滞し、1914年に勃発した、第一次世界大戦により大英帝国はとどめを刺されるのであります。)さて、そんなヴィクトリア朝全盛期を舞台とした『テムズ川は見ていた』の主人公は、煙突掃除の仕事をする少年バーナクルです。かれは、孤児院から煙突掃除の親方に引き取られたのです。このヴィクトリア朝時代には、かなりの数の孤児が各地にいました。『オリバー・ツイスト(上)(下)』のオリバーや『エマ(上)(下)』のジェイン・フェアファックス嬢、『大いなる遺産』のピップも孤児でした(小説の主人公になるほど、身近に孤児が存在していたのです)。そして、孤児が発生する要因として最も多いのが死亡率の問題です。19世紀、医療も発達してなくて薬も庶民にはおいそれと手が出せない値段という時代、出産時の死亡率は204人に1人(1870年)という割合でした。さらに、産業革命で生まれたスラム街に代表される劣悪な都市環境のもとでは、マンチェスターやリバプールといった工業都市では平均寿命が19歳!という極端な地域が存在する有様でした(それだけ、乳幼児の死亡が多かったわけです)。そのような理由から、親が死亡したり口減らしで捨てられた子どもたちが、各都市にたむろしていたのです。そして、当時のイギリスではそのような孤児の面倒を見てくれる公的施設は救貧院しかありませんでした(個人や教会が運営しているものもありましたが…。その実情は文字通り「天国から地獄まで」の差があったそうです)この施設は、1601年に制定され以後改正されていった「救貧法」に基づいて作られた施設です。この施設は、各教区(イギリス国教会の管理する一定地域のこと)ごとに税金を徴収してその地域の社会的弱者を救済するというシステムの1つで、孤児や浮浪者、失業した労働者を救済することが目的で作られたものです。そのような施設から煙突掃除の親方に引き取られたバーナクル少年。今なら職にありつけて良かったね~、ですがこの時代はそれですむわけがありません。アニメ『ロミオの青い空』を見た人、または原作『黒い兄弟(上)(下)』を読んだ事のある人はお分かりでしょうが、この煙突掃除という仕事はこのような幼い少年(5歳くらいからの!)を小さな煙突を這い登らせて石炭の煤で汚れ、ツルツルのレンガ(若しくは石)の壁面を肘と膝の力だけでよじ登ってこびり付いた煤をかき出すような(酷い時は、火を落としたばかりの煙突、当然まだ火傷するほど熱い、に昇らされた事もありました)掃除をさせていたのです。オマケに、煙突の掃除の親方というのがこれも文字通りの鬼畜で、仕事を急がす際に下の暖炉で火を焚いたり、打ったり、さらには同じ煙突掃除の年上の少年たちをつかって下から針で突き刺す、火のついた藁束を向けるといった行為を平然と行っていたのです(そして信じられない事に、親方はその子どもの面倒を見る義務が全く無かったのです)。さすがにそんな酷い事をしているのをそ知らぬ顔で見ていた人々も、自分の家や職場の煙突でいたいけな少年たちが窒息や焼死するようなことが頻発したので、ようやく1870年代半ばから国民から抗議の声が上がり(実は、1840年と1864年に煙突掃除を規制する法律が施行されたのですが、家主も当局も、そして法の番人、治安判事ですら適当に無視して積極的な取締りを行わなかったのです。この1870年代はキリスト教福音主義による「ヴィクトリア朝的偽善主義」が蔓延していた時で、このような下々の「かわいそうな」人々を助けてやろう、という考えを政治に影響を持つ人々が数多く出現した時代でもありました)、ついに1884年に児童虐待防止法が成立し、それに伴う諸改革の結果、煙突掃除の少年「煙突少年(チムニー・ボーイ)」が姿を消していく事となるのです。この『テムズ川は見ていた』の内容ですが、先に説明したような過酷な煙突掃除をしていたバーナクルはある日、掃除していた煙突から落ちてしまったのです。めったに足を滑らせたことがないのに…、と思う間もなく当然、親方に怒鳴られおまけに部屋にいた大人たちにも怒られてしまうバーナクル。その時、思わず引っつかんだロケットと銀のスプーンを持って、逃げ出してしまうのですが・・・。という展開でお話は、進みます。『テムズ川は見ていた』はなかなか突っ込みどころが多い本なので、もう少し読み進めてからまた紹介&解説を書いてみたいと思います。それでは、今日はこのくらいで! ←今日、使用した参考文献です。
2006年02月13日
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昨日、東京へ行った時のいろんな意味での疲れが抜けません。主な疲れは、肉体的なものと、財布からくる精神的なものです。昨日は朝の5時起き、帰りは22時過ぎで家にたどり着いたあとも、今日の仕事の準備が残っていて(書類の確認とプリントアウト等々)寝るのが遅くて睡眠不足。おまけに、上野の東京国立博物館で開かれている「書の至宝」展を根性入れて3時間以上、120品近くの作品を鑑賞してきたので目と足が…(いや~、良かった、素晴しかった、勉強になった。とくに書聖・王義之の書と、清の趙之謙の隷書を見れたのは勉強になりました)。ついでに、お昼は帝国ホテル、夜は銀座の天ぷら屋さん…(普段、間違ってもそんな高級な場所へは行かないのですが…。書道の集まりで集団行動でしたので…。)新幹線代と食費だけで給料の×分の1が吹き飛びました。今月はまだ、18日残っているのに…。薄給の身は辛い…。というような状況なので今日は仕事は早々に片付け、定時で帰ってきました。その帰りに本屋によって買ったのが高校時代から欠かさず買い続けている雑誌『アニメージュ』(徳間書店・ジブリの情報が速くて豊富)と『ニュータイプ』(角川書店・何といってもガンダムと永野護先生の『【予約】 ファイブスター物語 (12)(ようやく新刊、出るぞ~!)』が読めるので)の3月号です。社会人の端くれとなった現在でも最早、習慣となってしまったこの行動によりアニメ関連の情報を仕入れて、一部の生徒とのコミュニケーションの樹立に大いに役立ててる訳であります。さて、この2冊の雑誌を読み比べしながら記事を確認していると、まず目に付くのが4月からの新番組の紹介です。『アニメージュ』、『ニュータイプ』双方とも、今、私が高いレベルで興味・関心を示している『彩雲国物語』の情報を載せていました 。『アニメージュ』では、『春の新作アニメ特集』(特集の紹介には「2006 Spring 運命の出会いは突然に 出会いあるところ、必ず物語が生まれる……。2006年春新番組のラインナップから僕らを感動に包んでくれそうな予感がするステキな〈出会い〉をピックアップ!」とあります)にて見開き2ページで特集の最初に紹介されていました。ページには劉輝に抱き寄せられて少し驚きの表情を浮かべる秀麗と、その様子に振り返る静蘭のアニメ版のイラストが載っていて、さらに作品の紹介&解説の他、監督の宍戸淳さんのインタビュー記事が載っています。なにせ、原作のライトノベルとしての人気も評価も高くて、あの作るアニメーションは全て良作と言われるNHKがBSアニメ劇場『今日からマ王』の後番組として、マッドハウスが製作すると言うのですからね~♪注目度も当然、高いわけです。ついでですが、この『彩雲国物語』の次には『春の新作アニメ特集』では、生徒のリクエストから今日、発注した『涼宮ハルヒの憂鬱』も取り上げられていました。お次は、『ニュータイプ』ですが、こちらは『芽吹くとき』(こちらの紹介では「クライマックス&放映スタート間近、美しく咲き誇ること間違いナシ!の3タイトル。いち早く花咲く景色をお届けです」とありました。う~ん、『彩雲国物語』にピッタリだ)という特集の中で、同じく見開き2ページで紹介&解説されてます。こちらのイラストは、中央に劉輝と秀麗が2人並んで、そこへ右側から静蘭が、黄水仙の花が咲く横を秀麗たちに向かって歩み寄る姿が描かれています。劉輝の左側には、楸英と絳攸が並んで二人を見つめている、という構図です(楸英と絳攸の印象が、原作のイラストより引き締まった印象をうけます)。こちらは紹介で使われている「未来を彩る風」、「秀麗という名の風が運んできた新たな出会い」というタイトルが秀逸です。さらに、『ニュータイプ』では「ニュータイプ・エクスプレス」の中でも丸々1ページ使って「期限付き、報酬付き、衣食住もばっちり保証の後宮暮らし ビンボー(?)お嬢様奮闘記(以下略)」とタイトルで、登場人物、秀麗から父・ショウ可さん以下主だった登場人物をイラスト付きで紹介して、作品の解説をしています。また、ここでは王宮内の玉座・主殿・後宮の庭園・秀麗の房室(?)の4点のレイアウト画が掲載されていて、どのような作品になるかその片鱗が覗えます。というような感じで、ついつい『アニメージュ』、『ニュータイプ』双方の『彩雲国物語』の特集に焦点を当てて、書いてしまいました。この他にも、ライトノベルでは4月から放映される『吉永さん家のガーゴイル』に、コミックスでは私の大好きな『Black lagoon(1)(ブラック・ラグーン)』(監督は『アリーテ姫』の片淵須直さんだ~!)が出ていました。笑ったのは、韓国ドラマの『チャングムの誓い』のイ・ヨンエ演じるチャングムの少女時代を描いた韓国製アニメ『少女チャングムの夢』がNHK総合で、これも4月から放映されるということです。また、WOWOWでもオリジナル・コメディー『姫様ご用心』(『ギャラクシー・エンジェル』の高柳滋仁監督が原作・監督といえばお分かりでしょう)や、これをみた瞬間、まだ引っ張るか~!!!と思った『天地無用!魎皇鬼』(懐かしい~)のパラレルもの、『砂沙美 魔法少女クラブ』(顧問の先生が鷲羽さんだそうです。もぅ…)を放送するそうです。WOWOW、悪乗りしすぎです。という感じで、久しぶりにアニメネタ爆発で展開して見ました。でも、今のところはテレビ東京系列で放映中の航空自衛隊小松基地の救難隊(コンバット・レスキュー)の活躍を事実に即して忠実に描いた『よみがえる空』と、海上自衛隊全面協力!近未来の海戦を描いた『タクティカルロア』を見ているので満足、満足、という心境です。あと、WOWOWで『しにがみのバラッド。』もそろそろ始まるしね。
2006年02月10日
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ようやく、年度末の予算消化のための選書がひと段落つきました。しかし、120数冊の本を調べてリストの作る事の大変な事!本当に疲れました。でもこの後、この選書した本のうち幾冊かは「ふさわしくない」との理由で削除されて、追加でまた何冊か選ぶ羽目になるのですが…。そこで今回の年度末の選書で、期せずして揃えてしまったテーマがあったのでそれを紹介してみます。そのテーマとは「海賊」です。元来、海軍大好き人間の私としては海賊なるものは「国王陛下の名の下に」帆げたから吊るすものなのですが… (まぁ、海賊と言うものは私掠船崩れが多いのですが。私掠船とは、特許状を持った武装商船のことで、交戦国の軍艦・商船を襲撃し船を拿捕し、積荷を奪う権利を与えられている船の事です。一攫千金を目指して戦時に山師が手を出すのですが、戦争が終わると資金の回収や不正等々の問題で海賊に商売換えする事が多かったそうです)。そもそもは生徒の1人が『宝島』のような海賊が活躍する本が好き!というたわいない会話を2学期にしていたのをフッと思い出して、予算が余っているしキーワード検索ですぐに探せるので、という理由で以下の本をチョイスした訳です。1冊目は以前このブログでも紹介したセリア・リーズ著、亀井やす子訳『レディ・パイレーツ』(理論社、2005年)です。お話の中身は、18世紀前半、イギリス、ブリストルの大商人の娘、ナンシーは父の商売の失敗により、海賊上がりのジャマイカの大農園主、バルトロメと結婚するよう遺言状に記載されてしまいます。将来を誓い合った幼馴染、ウィリアムと別れ1人、西インド諸島、ジャマイカに向かうナンシー。そのジャマイカでは、ナンシーは彼女の召使となる少女、ミネルヴァに出会います。彼女は、肌の色と奴隷という身分のため酷い生活を送っていました。次第に、心惹かれる少女たち。そしてついに、彼女たちは、男装して海賊船へと乗り込むことによりそれぞれの自由を手に入れることを決意し、大海原に旅立つのですが…、というものです。次が、イアン・ローレンス著、さんべりつこ訳『The wreckers呪われた航海』(理論社、2001年)シリーズ3部作です。このお話の第1話は、イギリス南部コーンウォール地方で昔から行われていた、レッカーと呼ばれた沿岸住民が難破船の漂着物を強奪するという行為をもとにしたものです。このお話も18世紀のイギリスが舞台です。父親の所有する船で初航海を楽しむジョンは大嵐に見舞われ難破、彼は浜に打ち上げられ一命を取り留めます。しかし、そこは難破した船をおびき寄せ乗組員を皆殺しにして積荷を奪うレッカーが住む恐ろしい村だったのです。少年が行方不明の父を信じ、救い出すために残酷なレッカー達に立ち向かうという古き良き『宝島』を思い起こさせる冒険活劇です。そして最後が、あの「ドイツのスティーブン・キング」と呼ばれたサスペンス・スリラーを多数執筆中のカイ・マイヤー著、遠山明子訳、そして表紙と挿絵があの佐竹美保さんという贅沢な本(このほか『七つの封印(1)』シリーズでは『十二国記』でお馴染みの山田章博先生が描かれてます。何と贅沢!)、『海賊ジョリーの冒険(1)』(あすなろ書房、2005年)です。この本もあの有名な『鏡のなかの迷宮(1)』シリーズと同様に3部作だそうで、ドイツでは『迷宮』シリーズを抜いてベストセラーになったそうです。この本は少ししか読んでいないので詳細はまた後日になりますが、何と言いますかさすがカイ・マイヤー。主人公の海賊の育てられた14歳の少女ジョリーがこの物語の主人公なのですが、この少女、何と水の上を歩けるというのです!これだけでも、これまでの海洋冒険モノと一味違いそうな予感がして読み進めるのが楽しみな一冊です。最後に、オマケでリーオン・ガーフィールド著、斉藤健一訳『テムズ川は見ていた』を個人的趣味で入れてしまいました。このお話の舞台は、ヴィクトリア朝のロンドン。そう、このブログに足をお運びの皆さんにはお分かりですね。森薫さんの『エマ』つながりです。この本もまだ読んでいなくて、デビューを読んで購入を決定したクチです。今日の帰りに運よく図書館で借りれたので明日、新幹線の中で読んで、明後日ぐらいにこの本紹介をしようかな?と考えています。というわけで「海賊」モノと『エマ』つながりの本を紹介してみました。明日は、書道のお付き合いで東京、上野の国立博物館へ日帰り強行軍で出かけるのでブログはお休みにします。それでは!
2006年02月08日
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今日は、日記を書き始める前にひと言、秋篠宮妃紀子さま、御懐妊おめでとうございます。昨月、歌会始に詠まれたコウノトリの歌に何か深いものを感じます。個人的には今の小泉さんの皇室典範改正に反対なので(女性天皇には賛成ですが、女系は絶対反対です。それに、長い間継続してきた日本の根幹である歴史と伝統を素人が僅かな時間で決断を出してホイホイと決めるとは!歴史を軽んじています!!! )、男子の誕生を望みますが、こればかりは天と月の問題なのでどうしようもありません。ただ、無事なご出産とこの改正問題が妃殿下のお体に影響が無いように祈るのみです。ということで、今日の御題、先週の金曜日に購入して今日ようやく書く気分になった雪乃紗衣さんの『彩雲国物語(光降る碧の大地)』(角川書店、2006年)について、いつものように紹介&解説、そして感想を交えたモノを書いていきます。そうですね~、今回も良かったです!『彩雲国物語(光降る碧の大地)』。と言いますか、雪乃さんが「あとがき」に書かれている「影月編」ですが(うーん、「影月編」って何処からなのだろう?単純に『彩雲国物語(欠けゆく白銀の砂時計)』からでいいのかな~。『彩雲国物語(漆黒の月の宴)』は多分「朔旬編or茶州動乱編」になるのだろうし)。どこがよかったかと言いますと、話が重~た~い内容だったからです(ゆ、歪んでる)。物語のあらすじは、奇病が発生し蔓延する茶州に救援の物資と医師を引き連れて駆け戻った主人公、茶州州牧(知事に当たる役職)紅秀麗。しかし、現地では邪仙教という怪しげな一団が、秀麗が奇病の原因だという教えをばら撒き、その噂に躍らされ秀麗の命を奪おうとする民衆が待ち構えていた。それでも危険を顧みず、人々を救おうと奔走する秀麗に訪れる残酷な試練とは!?そして、運命の時を待つもう1人の州牧、影月の過去と陽月の正体、そうして邪仙教を陰から操る者たちの正体とは…、という内容です。この『彩雲国物語(光降る碧の大地)』を読んでいてふと思ったのは、このお話を今の日本の役人と医師に読ませてやりたい、と思ったことです。疫病の発生とそれに伴い治安が悪化した任地の民を守るべく、自らの地位を投げ捨てる覚悟で宮廷を駆けずり回り、王や朝廷の高官、そして商人の組合とも渡り合い、守るべき民に殺されるかもしれないのに一兵の護衛を付けずに彼の地に赴く秀麗の姿は、官吏の鏡です。そして、その秀麗を助ける医仙、葉医師。彼の言動、とくに若い医師たちに投げかける言葉は、生命を預かる仕事に対する責任感と重みがにじみ出たものであります。今、この日本で例えば鳥インフルエンザのような感染力が高い疫病が発生したら、テロ・コマンド攻撃が発生したら、わが身を盾に責任を一身に背負って国民を守ってくれる官吏が果たしているのでしょうか?葉医師のような、医者が日本にどれほどの数、いるのでしょうか?耐震偽装問題や薬害裁判に産廃問題等々の行政の対応を見る限り、心細い限りです…。このようにライトノベル=子どもの読み物、と思っている方々や表紙のオタクや萌えな表紙を見て、手を引く人たちには解からないでしょが、ライトノベルというジャンルは意外と名言・格言が多くて、内容も社会性に富むもの多くて、決して馬鹿にされたり、色眼鏡で見られるような作品では無いのです。例えば、ライトノベルの大家、田中芳樹大先生の『銀河英雄伝説』。あの中で私が感心していつも思い出せる言葉が幾つかあります。例えばヤン提督の言葉「自分の行った行為に対して、世間に人が半分も支持してくれれば上出来だ」とかラングの「全体の100のうち51を押さえれば多数による支配が成立する。さらに、その多数派が分裂した場合、51の中の26を支配すれば100という全体を支配できる。つまり4分の1という少数を制すれば残り4分の3を支配できる。多数派支配という共和制がいかに建前かがわかるでしょう」(こんな意味だったと思うですが、うろ覚えです。スイマセン。)と言う様な何か現在の政治状況を表現しているかのような言葉が出てきています。少々脱線したので時雨沢恵一先生の『キノの旅』からの引用は止めておいて、『彩雲国物語』に話を戻しますが、今回は私が好きな燕青が秀麗を守るべく大活躍するのですが、彼にも重大な決断の時が突如として襲い掛かり…。また、前回少し出番の少なかった香鈴嬢も今回は大奮闘。恋する影月君のために「頬を引っ叩く」べく混沌の渦巻く地へ赴きます。そして、奇妙奇天烈な文化人、蘭龍蓮の友人に対する熱い思いや出番が減ってしまった静蘭等、お馴染みの人物からも目が離せません。また、茶州現地の行政執行官で魅力的なおじ様、丙太守や疫病の発症地の村の利発な少女、シュウラン(朱鸞)に謎の少年、リオウ、この騒動の裏にいる神祇一族、縹家(ひょうけ)の当主など、これからの物語の展開に絡んできそうな伏線もたくさん仕込まれています私は、前にも書きましたが、このような物語の中に伏線がいっぱい隠されている作品が大好きです!なぜかと言いますと、その方が色々と物語のあらすじなんかを空想がする出来るじゃないですか!次の作品が出るまでに。それが、私の本の楽しみ方の一つです。今は時雨沢先生の『リリアとトレイズ』ですね、頭の中にあるのは。あとは、小野不由美先生の『十二国記』も頭の中で勝手に物語を作っていますね。今日は、『彩雲国物語(光降る碧の大地)』でお話を進めるはずだったのに、また、あっちフラフラこっちフラフラとしてしまって脈絡のない文章になってしまいました。現在の私の頭の中が、このような文章と同じような不安定な状況であるとお考え下さい。疲れているのかな~、私……。
2006年02月07日
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2月です。年度末です。今、私が必死になってやっている仕事は、選書リストの作成と、図書の発注です。学校も所詮はお役所。余菱さんの日記にもありましたように、与えられた予算をしっかり消化しなくてはいけないのですが…。年度の初め、事務の先生から「図書費はこれくらいね~」と笑顔で予算を示され、その予算に従って学期ごとの選書、生徒からのリクエスト、先生方の要望する本等々、予算の配分をして購入していたはずなのに…。どうして今頃、残りの図書費が膨れ上がったのか?理解に苦しみます。最初、その話を聞いた時は図書担当の先生と小躍りしたのですが、次のひと言「2月の某日までに請求書を頂戴」に頭の中で流れていたワルツは葬送行進曲へと変わりました。その話を聞いたのが先週の金曜日!時間が無い!!!そこで、土曜日は近所の公立図書館を廻り、人気のある本、新着本を調査してきました。(最近では予約が何人待ちかわかるようになったので、予約の多い本=人気のある本と解釈してチェックしてきました。)そして、日曜日は書道のお稽古の帰りに名古屋にて三×堂、○善、ジュ△ク堂、マ■ハウス、紀伊*屋書店、星※書店を廻って本を調べてきました。それらの本屋で平置き、ポップのある本は即選書リスト入りです!(ついでに、私も本を買ったのですが…、買いすぎました。)そして、今日は今日とてパソコンの前に座って(ひざ掛けを掛けて。)インターネットで本探しと、生徒のリクエストした本の調査です。予算があるので生徒の欲しい本はみんな入れてあげたいのですが、そこは教育現場ですので、前からお題目のように唱えている「性的描写・暴力的表現」に細心の注意を払わねばならないのです。と言っても、このご時勢ですからね~。この前、生徒からのリクエストで星野夏さんの『あおぞら』(ポプラ社、2005年)を入れようか図書担当の先生に相談使用とした矢先、PTA費で総合学習担当の先生がその『あおぞら』をすでに買ってきていて、ひと手間省けた!と喜んだところです。さて、現在製作中の選書リスト、今残っている予算から生徒のリクエストを引いても100冊以上選書しなくてはいけないのです!これを読んでT○Cや児童図書×社の会などから出ているカタログのセットを買えば良いじゃん、なんて思っている人、教員が掛け持ちで図書担当として年度末の忙しい最中に発注かけるのならそれは当然仕方のないことでしょう。しかし、曲がりなりにも司書であるなら、蔵書のバランスと生徒の読書傾向を勘案してキチンと選書しなくてはいけません。そのために、給料を貰って学校の図書室に置いてもらっているのですから。と、いう事で年度末の選書騒動を書いてみました。でもまぁ、予算が余ったおかげで生徒の欲しがっていた本を一気に購入できるという事は、気持ちの良いものです。(例えば、『半分の月がのぼる空』シリーズとか、『ライオンボーイ(全3巻)』に、『崖の国物語(5)』以降とか、講談社のミステリー・ランドを幾冊、『ラインの虜囚』とか等々。)ドサクサ紛れに自分の趣味も紛れ込ませる事も出来ますしね。↑昨日買った本の中で一番単価の高かった本です。高橋典幸(東京大学史料編纂所助手、担当=古代・中世)、山田邦明(愛知大学文学部教授、担当=戦国時代)、保谷徹(東京大学史料編纂所教授、担当=近世)、市ノ瀬俊也(国立歴史民族博物館研究部助手、担当=近代・戦後)著『日本軍事史』(吉川弘文館、2006年2月)。ようやく、このような「弥生時代から現代まで、「戦争」をささえたシステムを詳述したはじめての通史」(『軍制史概説』の方が近いかも、と「はじめに」にはありました。)が出版されました。戦後60年、その間日本人は「戦争」というものを自分たちの生活から全て遠ざけ、切り離し、「軍事」というものを極力無視しようとしてきました。しかしながら今、私たちが謳歌している「平和」の対極である「戦争」を知らないことは、危険な事であると私は考えます。そのことは、この本の「はじめに」でも書かれています。指導者や民衆の「無知」が引き起こす災厄がどれほどのものか、それは歴史を振り返れば実例がそこ彼処に転がっています。私たちがこれまで目を背けていた「戦争」や「軍隊」が、この日本の歴史の中でどのような変遷を経て現代に至ったのかを一般の人向けにわかりやすく解説した良書です。軍事史に関心のある方は、ぜひ、読んでみて下さい。(と言っても、私もまだ「はじめに」のところしか読んでいません。詳細はまた後日、暇が出来た時に…。)
2006年02月06日
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今日で、ブログを書き始めてからちょうど100日目です。思えば、今まで書きに書いたり何万字!文章を書く事により頭の中の煩悩を整理整頓するために書いていたのですが、今ではストレス発散と欲求不満の捌け口として利用している状況です。さて、私の好きなものは本と海軍、そして鉄砲、紅茶にワイン、書道といったところです。この内、最初の本と海軍、鉄砲は日記に読んだり考えさせられた本の紹介・解説共にいろいろと書いています。他の紅茶やワインは「濫読屋」の名前からはずれるので書かないでいましたが、そのうち書き始めるかもしれません。本のネタが無くなった時、などにね。まあ、今のペースで読んでいてはそれは有り得ないでしょうが。そういうわけで、今日は開設100日目の祝砲代わりに鉄砲の話を書きます。鉄砲、日本人に一番馴染みのない道具の一つでしょう。また、ファンタジーやライトノベルなどにも最近まであんまり出てこなかった武器でした。その理由は、やはり剣や刀、弓に槍、武術・格闘などは特殊な技能で、修行やら訓練をしなければ役に立たず、その道の達人というだけで特殊な人間、物語を展開する力を持つ人物のアクセサリーなどになるからでしょう。また、その修行の過程もストーリーになるからでしょう。あと、魔法というものもありますが、これはもう空想の世界ですからね。それから鉄砲は飛び道具です。飛び道具=卑怯者の武器、というイメージが何故だか昔からありますが、これも先に述べた理由からでしょう。物語のように人間、真正面から相手と切り結ぶ事が出来るようになるまで、どれだけのことをやればよいのやら…。(そもそも、白刃を煌めかせ、とか銃剣の突き合いといった事は、普通戦場では発生しませんでした。どちらかが恐怖に駆られて逃走するか、一斉射撃で返り討ちにされるか、どちらかだったからです。)また、剣や刀には神秘的な力が宿るともされていたので、それ等の理由から剣や刀がファンタジー系の主人公の主たる武器になるのでしょう。また、弓が女性の武器になるのも、近接戦闘用の武器でない事が理由の1つでしょう。一方、鉄砲という代物は凶悪な代物です、剣や槍、そして弓のような訓練を行わずに、玉と火薬の込め方と照準、発砲の手順を知ってさえいれば、子どもであろうと女性であろうと、完全武装の鎧の騎士を一発で昇天させることが出来るからです。しかも、同じ弓とは異なり物陰からいきなりズドンッとやれますしね。(弓はどうして撃つ時、身を曝さねばなりませんからね。)そもそも、鉄砲は中世ヨーロッパの都市国家の防御用とかスイス傭兵団とかの武器として使用され始めました。その理由は、安いからです。騎士は言うに及ばず、長槍兵や長弓兵は特殊な訓練(長槍兵は集団戦の、長弓兵は強弓で素早く矢を連射するための。)を受けていたので雇うと高く付いたのです。また、弩、石弓ですがこれも複雑な(強力な太矢を放つため、強力な弓を引くための巻き上げ機が必要なため。)機械なのでこれを扱うには特殊な技能が実用で、給料が高くなったのです。その点、鉄砲は鉄の板を丸めて筒にしたものに、アレコレつけて出来上がり。(精巧に、玉が当たるようにするにはもっと複雑な手順がいりますが。)中世の記録では石弓の半分ほどのお値段で鉄砲は作れたそうです。そして、この鉄砲は先にも述べたように誰でも扱えました。ですので、中世の城壁を盾にちょっとした訓練を受けた住民が数を頼りに撃ちまくれば、騎士団だろうが傭兵団だろうが、国王の軍隊だろうが、撃退できたのです。(移動が簡単に出来る大砲が出てきてからは怪しくなりましたが。)そんな貧乏人の使う夢のない武器、鉄砲が私は大好きです。相当捻くれていますね。と言う事で、今日は食後、フッと思いついてから頭の中で考えていた「何でファンタジーや歴史系のライトノベルで鉄砲が活躍しなのだろう?」という素朴な疑問を論理立てようとしましたが、見事玉砕しました。もう少し、本を読み込んでから書き直しましょう。それでは、最後の私と同様に鉄砲を愛する鷹見一幸さんの『ガンズ・ハート』シリーズ(電撃文庫)を並べておきます。この本の紹介&解説もしなくていけませんね~。ああ忙しい。 ↑今日の記事の参考文献、バート・S.ホール著、市場泰男訳『火器の誕生とヨーロッパの戦争』です。鉄砲や軍事史が好きな人にオススメな1冊ですが、読むのに相当な予備知識と根性が必要です。私は、図書館から借りて読むのが面倒になって買ってしまいました。この本は、中世ヨーロッパの戦争が火器(鉄砲&大砲)の出現によりどのような変質を遂げ、近代の戦争へと変化していったかを詳細に研究した珠玉の研究書です。また、鉄砲に関心のない人でも、中世ヨーロッパの戦争や当時の騎兵や槍兵などの兵種や攻城兵器の解説が載っていて、当時の戦争を知る上で非常に役に立つ一冊となります。ぜひ、お近くの図書館で借りて読んでみて下さい。(蔵書がない場合は、取り寄せしてもらって下さいね。)
2006年02月03日
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今日は、昨日買い損ねた雪乃紗衣さんの『彩雲国物語(光降る碧の大地)』の代わりに買ってきた、私の敬愛する森薫さんのマンガ解説が載っているアガサ・クリスティーの『フランクフルトへの乗客』を取り上げます。と、言っても本文は全く読んでいません。紹介するのは終わりの僅か5ページだけ。森さんの描いた「クリスティーで読むイギリス使用人事情」だけです。そう、たったこれだけのために今回は文庫本1冊、購入してしまったわけです。さて、その森さんの描いた「クリスティーで読むイギリス使用人事情」の内容ですが、端的に申し上げますとメイドさんが大好き!という方が真剣にクリスティー作品を読むと…、という解説になっています。まず、森さんは自分が19世紀末イギリスヴィクトリア朝のメイドを題材にした作品、ずばり『エマ』を描いているので、クリスティ作品に登場する「使用人(特にメイド)には、ついつい目が行ってしまいます」と述べられています。そして、クリスティ作品には「総数200人以上」のメイドさんが出ていて、普通は脇役としか扱われないのに「クリスティー作品ではそれぞれが実に個性的に書かれて」いて「時にはメイドが事件の中心になることもありますね」と解説されてます。そして、次に森さんの好きなクリスティー作品の登場人物が出てくるのですが、これがまた…。一番がポアロの秘書のミス・レモン、お次が安楽椅子探偵、ミス・マープル、そして最後が私の好きな灰色の脳細胞の持ち主エルキュール・ポアロという順番だそうです。森さんはこの中で、ミス・マープルについて熱く語っています。その内容は、「彼女の家では孤児を引き取ってお屋敷勤めができるように教育もしているという、メイド養成所とも言うべきおいしい設定です(私にとって)」と理由を説明して、「出てくるメイドもしっかりものからだらしのないのまで、メイドとしての振舞や話し方、作法など」といった「昔のイギリス日常生活好きには」たまらない内容が「そういった(使用人の質が低下したとかといった。)事情が実に生き生きと描かれ」ているからだと、その理由を説明しています。その後、『フランクフルトへの乗客』の内容を少々解説されているのですが、それは省略して(推理小説はあまり語りたくないのです。いつもの様に長々と解説を交えて紹介するとすぐ、ネタばらしになってしまうもので…。)最後に書いてある森さんの言葉を紹介して終わります。この言葉から、『エマ』がただのコミックを超えた物語である事の一端、森さんの作品に対する思い入れとそれに掛ける熱意が理解できるでしょう。作品の中で描かれる「こういった生活感、ある意味ささいな事は専門書などではなかなかわかりません。当時の人の生活は当時の人が書いたもので知る。そういう意味でクリスティー作品はまたとない資料でもあるのです」森さんのこの言葉に、私は心からの賛成の意を表すものです。皆さんも如何でしょうか?あなたの好きな、あるいは愛する古き良き時代、戦後の高度成長期や終戦直後の混乱した時代、モボ・モガが銀座を闊歩した永井荷風の描く昭和の一桁時代、夏目漱石の描く猫の目から見た明治、シャーロック・ホームズが活躍するヴィクトリア朝ロンドンに、アレクサンドル・デュマが描いた19世紀末のフランス社等々、その時代に活躍した作家たちが描くその時代の雰囲気を凝縮した作品を手にとって読んでみては?
2006年02月02日
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今日、ブラブラと「何か気になる記事はないかな~」と各テーマを覗いていたところ、「お勧めの本」の一覧で「彩雲国物語 光降る碧の大地/雪乃紗衣」という記事を発見しました。そこは、あこやさんの「真夜中のお茶会 雑記録」というページでして、早速記事を読んでみると「「彩雲国物語」で、テーマを作りました。」という言葉が!これは、早速このテーマに今まで書き込んだ「彩雲国物語」ネタを投稿せねば、と思い「読書・コミック」のテーマ一覧を見てみたのですが、そのテーマが出ていないではありませんか!仕方がないので、一筆書いて管理ページの「今まで使ったテーマ」から投稿しようというわけです。実は、今日発売の『彩雲国物語(光降る碧の大地)』を買いに行きつけの書店に仕事の帰りに寄ってみれば、まだ新刊箱の中!(田舎の本屋ですからね~。)私も本関係で給料を稼いでいる身の上なので、新刊箱の山の中から(2月の最初は、各出版社ともなぜか大量に新刊を出すのですよ!)1冊の文庫を出してもらうのは鬼畜のような行為だと思い、明日買いに寄るから取置きお願い、と言って帰ってきたので今、とっても欲求不満です。代わりに買ってきた森薫さんのマンガ解説が載っているアガサ・クリスティーの『フランクフルトへの乗客』で今日は記事を書こうかと思っていたのですが、このようなテーマを発見してしまったので、欲求不満の捌け口にします。さて、テーマの紹介で「「頑張り屋の秀麗と格好良い男たちがいっぱいなワクワクな物語!あなたは誰が好きですか。」と出ていたので少しその事について触れておきましょうか。 やはり、一番は主人公秀麗でしょうか。あの健気で前向き、そしてお金にうるさいところがなぜか好きです。どうしてでしょう?そのほかでは、影から秀麗の父、紅召可(「召」の字は当て字です、本当は「召」に「叩」の右側のつくりを足したものです。まったく、『十二国記』などの中華モノを書く時、いつも漢字で苦労しますね。みなさんも経験、ありません?)を思う珠翠さんや貴陽花町一、二を争う名妓にして貴陽の下町を取り仕切る親分衆の1人でもある胡蝶姉さん、それから最近がんばっている香鈴も好きですね~。男性陣でもなぜか「悪夢の国試組」の紅黎深・黄奇人・鄭悠舜の3人組が好きです。とくにb>紅黎深のあの性格がもう…。読んでいて可笑しくてオカシクテ、見事に私の妙なところにあるツボに嵌まってしまったようです。ちなみに、同じ「国試組」の管飛翔も同じ穴のムジナ、つまり大酒飲み(生まれて一度も二日酔いを経験したことがありません。悪酔いも生涯二度だけ。一度目は、ワインのマグナム瓶を1人で1本空けてしまい、次は8種類のお酒をチャンポンした時だけです。自慢にもなりませんが…。)という点ですごく共感が持てます。あとは、燕青かな~。あの静蘭さえも包み込む包容力。静蘭が出てきてから物語に深みのが出てきたのでは?と、思えるぐらいの存在感です。私、以前から言っているのですが、どうも個性のある脇役が好きなようでして、そのためでしょうか?このような結果になってしまう訳なのです。これを書き終わったら『ザ・ビーンズ』vol6の『彩雲国物語』の外伝、『恋愛指南争奪戦』とマンガ版『いつか、会いにゆきます』(2つともドタバタコメディーですね~。ここでも黎深様、扇をパラリと開いて暴走してます。)でも読んで欲求不満を抑えてから寝ます。と言う事で、久方ぶりの『彩雲国物語』でした。
2006年02月01日
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