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見出し:怪傑ルールタビーユの解決。ガストン・ルルー著、宮崎嶺雄訳『黄色い部屋の謎』(創元推理文庫) フランス・ミステリ界に颯爽と登場し、以来本格推理小説の古典として愛されて来たガストン・ルルーの名作である。読みながら、あぁ、これはやはり中学生の時に読んだな、と思い出してしまった。なぜ、この作品の記憶がほとんどなかったのか。当時私はディクスン・カーの禍々しい世界観に魅せられてしまい、同じシリーズの中にあったこのいささか牧歌的な推理小説にはあまり関心を寄せなかったのだ。 然り、この作品は、本格的なミステリ小説でありながら、どこか牧歌的で明るいのだ。薄暗い情念や、邪な犯意を明るみに引き出し、なぜかシリアスなムードを抱かせないのは、推理小説黎明期の時代性(新聞小説というフォーム)に依るところもあるであろうが、やはり、ルルーの生み出した個性的で精力的な、新聞記者にして名探偵・ルールタビーユのキャラクターの影響であろう。 解説の中で、中島河太郎は本作の言い回しに冗漫な点があることを指摘しており、これは私も同意するところであるが、その冗漫さの中に、まるで動画で観るかのようなルールタビーユの一挙手一投足が、見事に書き込まれていることは注目すべきである。まさに文字で読む通りに役者を動かせば、そのままルールタビーユの活躍が再現できるとでも言えそうな、まさにキャラクター造形のレシピ然としているのである。 このことが展開のスピード感を減速しているにしても、ルールタビーユの電光石火の奮闘が相殺し、楽しませてくれ、もって、それがこの作品を上質な古典たらしめているのである。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/31
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「バベルの図書館」と呼ばれて。いや、名乗って、ですね。なんだか雑多なブログですが、ようやく書評(というよりも、備忘録)が180本になりました。図書館といいつつ、案外映画ネタなどが多かったりして、羊頭狗肉か?と自問自答しつつ、なんとかここまで漕ぎ着けた次第。今後も雑多分野の道草を食みつつ、「バベルの図書館」を運営してまいります。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/31
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最近町中では「必殺!仕事人」のノボリが氾濫しています。勿論、アレの影響ですが。唐突ですが、私中条きよし氏のファンなんですよ。大ヒット曲「うそ」が好きで。で、その中条氏が演じてアタリ役となったのが、数ある個性的な仕事人キャラの中でも出色の人物・三味線屋の勇次。ま、「仕事人」シリーズがビジュアル路線に走った先駆けとしてコアなファンからは賛否両論があるキャラクターですが、もはやここまで定着したあの美しき仕事人の存在を否定する人はいないでしょう。今日は久しぶりにフィギュア好きな一面を覗かせる写真をアップして、マニアック路線記事なんぞ少々。流し目がイイんですよねぇ。(了)*中条きよし、阿部寛、天海祐希ら、なぜか豪華キャストなスピンオフ作品。↓【DVD】必殺!三味線屋・勇次■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/30
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見出し:怪奇小説傑作集に酔う。G.アポリネールほか、青柳瑞穂、澁澤龍彦訳『怪奇小説傑作集4』(創元推理文庫) ハマり出すと、突き詰める性分である。怪奇小説傑作集、フランス編である。澁澤は解説に於いて、フランスは心理小説的なミステリは得意でも、所謂怪奇小説の生まれ得ない文化の範疇にあると述べている。それらを得意とするのは、“黒い森”のドイツや、ゴシック趣味のイギリスであって、それらの影響下(無論、アメリカのポォの影響も外せない)にあってはじめて、フランスに“怪奇小説らしきもの”が登場したと分析し、もって本傑作集の編纂には多大な労苦を要したと述懐している。確かに、集められた作品群には、正統ロマン主義的とも言い難いし、オカルティスムやグロテスク趣味とも完全に合致しうるものとも言い難いものもある。しかし、フランスという国家が成立する過程においては、人間の根源的恐怖心を惹起する血なまぐさい抗争も繰り広げられてきたのだし、カトリシズムの教化の歴史の中では、いわゆる土俗的信仰との混淆は回避できなかったはずである。こうした場所には、等しく怪奇なるものが生まれても一向不可思議ではないのではないかとも思ったりするが、所詮これは浅学な私の見立てでしかない。 出口裕之はまた本書の最後に、澁澤龍彦の仕事に対して賛辞を贈っている。曰く、フランス文学に通暁する出口をして「澁澤の訳で作品を読んだ」ものも多数あった、と。改めて、澁澤龍彦がいて良かった、と思う。フランス文学を日本語で読んで、美しいと思える。これ、最高の翻訳者を得たに等しい。マルキ.ド・サドらしからぬ「ロドリゴあるいは呪縛の塔」のほか、バルベェ・ドルヴィリ「罪の中の幸福」など傑作も多数収録されている。 念のため、作品集をメモしておこう。サド「ロドリグあるいは呪縛の塔」ノディエ「ギスモンド城の幽霊」メリメ「シャルル十一世の幻覚」ネルヴァル「緑色の怪物」ボレル「解剖学者ドン・ベサリウス」フォルヌレ「草叢のダイヤモンド」ゴーティエ「死女の恋」ドルヴィリ「罪のなかの幸福」カル「フルートとハープ」エロ「勇み肌の男」クロス「恋愛の科学」モーパッサン「手」アレ「奇妙な死」ロラン「仮面の孔」レニエ「フォントフレード館の秘密」シュオッブ「列車〇八一」ファレール「幽霊船」アポリネール「オノレ・シュブラックの消滅」モーラン「ミスタア虞」トロワイヤ「自転車の怪」カリントン「最初の舞踏会」怪奇小説傑作集(4)新版■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/29
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見出し:曰く、パリはディティールに味がある。稲葉宏爾著(&写真)『パリ右眼左眼』(阪急コミュニケ-ションズ) 帯のコピーにしてやられた。「パリはディティールに味がある。」CDのジャケ買いはあるが、本の帯買いは実に久しぶりのことだ。 して、このタイトル。右岸左岸ではない。パリのディティールに、右眼左眼を光らせる著者の遊び心が感じられる。 徹底した脱力系ビジュアル本、と言えばそれまでだが、私には筆者の生活に密着した観察眼は端倪すべからざるものと推察した。何しろ、小ネタのオンパレード。キャプション一つにしても、気が抜けない。なるほど、このご仁、ディティールで遊ぶのが好きなのだ。なんだか、“駄洒落混じりの世界の車窓から”風の文章も、この肩の力の抜けた散策につき合ううちに、確信犯とは遠い、トボけて味のあるものに思えてくる。これが見事に蘊蓄を脱神話化しているのだ。仮に、蘊蓄に神話があるとすれば、であるが。 時には、楽しい写真とゆるい語り口に身を任せ、紙面上の旅も悪くない。私もかの地ではかなりディティールに目を配って来たつもり-これまた確信犯でなく、私もディティールが好きなのだ-で、「俺の写真も悪くはないがなぁ」と思いつつも、やはりこの洒脱な落とし方には脱帽せざるを得ないのである。(了)パリ右眼左眼■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/28
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先日ミントの話を書きましたが、ミントタンクというミント専用の詰め替えケースがあるそうです。うーん、やっぱりここまでこだわる人が世の中にはいるんですねぇ。 アルミ削り出しだそうですが、私、この削り出しという言葉に弱いんですよね。木や石、鉄から削り出した、と聞くと、なんだかミケランジェロの彫刻をイメージしてしまうのですが…。飛躍し過ぎでしょうか。(了)【ただ今ポイント5倍中!(~10/30 9:59)】【11月上旬発売予定・ご予約】【送料無料】■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/26
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見出し:15年前の、技術社会の予言書。泉眞也著『空間創造楽』(電通) 空間というものの意味が、様々なフィールドにおいて、様々な切り口でますます問われ、議論されている現代である。 本書は1992年の本である。日本における博覧会のすべてに携わって来た大プロデューサーは当時、来るべき未来=つまり現在の、科学技術の成熟をかなりの精度で言い当てている。ただし、感覚的な予言ではないから、おそらく本人は技術の発達の速度をロジカルに踏まえた当然の未来予想図として、予言という感覚はあまりなく、論理的必然性と捉えているに違いない。それにしても、あまりの慧眼には脱帽せざるを得ない。 殊に、空間の創造(ハードの技術革新だけではなく、そこにより有機的な付加価値が求められてくるという意味でのプロデュース)については、豊富な現場経験と該博な最先端の知識への造詣の深さから、現代社会の消費活動や快適さへの感覚について、示唆に富み、かつ実践的な見立てが展開される。 得てしてこの類いの本は、時の経過とともにその価値が色褪せてしまうものであるが、本書はかえって、過去に現在のヒントをもらう希有な一冊となっている。 個人的に興味深かったのは、バーチャル・リアリティの技術の発達の行方について、詩が援用されていたことだ。そこから思い起こせば、なるほど、シュルレアリストたちの実験は、確かにバーチャル・リアリティのプロトタイプであり、先駆けであった!!(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/26
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香水のようなミントが出てました。ミント派要チェックです。その名もフラグレ。ラインナップは、ローズミント、バイオレットミント、シトラスミントの三種類。その謳い文句が、なんたって口に含むと、トップノート、ミドルノート、ラストノート、と芳香が変わると言うんだから、一粒(ま、ミントを一粒ずつ食べる人はあんまりいませんけど)で三度美味しいという…。ミント系は、とにかく何でも試してみたい私としては、まず三種類全部購入。 結果的には、バイオレットミントが一番美味しいかなぁ。というより、この商品の付加価値を感じます。シトラスミントは、当たり前な感じがするし、ローズミントは、、最近流行のローズサプリを思い浮かてしまう…。 難を言えば、ケースがちょっと子供っぽいかなぁ。もう少し高級感のあるデザインでも良かったのではないかと思うのですが、ミント好きはぜひ一度お試しあれ。(了)フラグレ ローズミントフラグレ バイオレットミントフラグレ シトラスミント*ちょっと前にハマったヒントミント。若干甘みが残るんですよねぇ(悩)。イチオシはチョコレートミントです!!ヒントミント チョコレートミント ■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/25
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見出し:ジャーナリスト出身らしい奥行きある恐怖オペラ。ガストン・ルルー著、飯島宏訳『ガストン・ルルーの恐怖夜話』(創元推理文庫) ミュージカルが一人歩きして、『オペラ座の怪人』の原作者としてのルルーは置き去りにされた感がある。初めてルルーの『オペラ座の怪人』を読んだのは中学生の時だったが、後のミュージカルや映画の華やかさとは異なり、オペラ座という光と、舞台裏での怪人の生活という闇の対比が強烈にイマジネーションを刺激し、筋立てもなんとも物悲しいもので、奇妙な感動を覚えたことを今も鮮明に覚えている。だから、映画はロン・チェイニィ主演の方が、原作のイメージには近い。ジェラルド・バトラー版は無論傑作だが、至高の悲壮感に到達しないのは、にどこか、アラン・ドロンの『太陽がいっぱい』よりもマット・デイモンの『リプリー』にリアリティを感じするそれと近い。 ガストン・ルルーがジャーナリスト出身だとは知らなんだ。怪奇小説、それも短編集になぜか没頭している私としては、本書は久しぶりのルルーとの再会のチャンスであった。世界の海を航海した退役の船乗りたちが、互いに怖い話自慢をする、という設定の中に、単体として読んで差し支えない恐怖譚が織り込まれる。直接的な原因より、人が恐怖を抱くまでのプロセスを丁寧に描き、読み手を煽るさまは、人間心理に知悉した名手の手管である。この簡素だが味のある舞台装置と、そこに織り込まれる古くさくはないが斬新すぎない怪談が、余韻という幕間と相まって、まさに恐怖オペラ(ただしオペラ座では演りそうにない)の様相を呈する。 佳き時代の芳醇な一冊は、一枚のビターチョコを味わう悦びのようだった。(了)ガストン・ルルーの恐怖夜話■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/25
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見出し:「生」のために読むべき「死」の奇書。青木新門著『納棺夫日記(増補改訂版)』(文春文庫) 本書を奇書と呼ばずして何と呼ぶのか。広辞苑にも載っていない納棺 夫という仕事に、「止むに止まれず」では生温い、なにか鬱屈とした事情から携わった著者の、ノンフィクション的文芸である。この表現が形容矛盾でないことは、一読すれば誰にでも分かることに異論はないものと確信する。 納棺夫とは、つまり死体を湯灌し間棺に納める仕事である。時代に移り変わりがあって、職業に貴賤がなく、もしそれがあっても体の良い言葉で誤摩化してしまう世の中である。だから、この仕事は、賎しくはないが、眉ひそめられる仕事でないといえば嘘になる。それは、生にばかり目を向け死をタブーとするメンタリティから抜け出せない人間の業のゆえと著者は看過し、それを指摘することを躊躇わない。 納棺夫の仕事は、常に死と直面している。と書けば陳腐である。死があってはじめて、出番のある仕事である。死と直面するのではなく、死そのものに身を重ねなければ、できる仕事ではない。だから、この仕事を始めた頃の著者の日記は、どうしようもなくもがいている。しかし、死から死の何たるかを示され、かえって生を知ってからの詩情溢れる記述には、自ずと光が宿ってくる。そうか、ただ「あの瞳」があれば、いいのか。 メメント・モリであり、“死と舞踏”している。ダンス・マカーブルの境地なのである。 私は、フィクションでないもので、これほどまでに生々しく死に迫った本は読んだことがない。これが世に在ること自体が、本書を奇書たらしめる所以であるが、おそらく著者は、「納棺夫という仕事の特殊性のゆえに、「死を考える感動の作品」などという評価は、受けはしたであろうが、おそらくあまり当たっていないと思ったのではないか。なぜなら、死を死として、まことに身にまとって来たからこそたどり着いた死へのリアルな距離感こそが、稀に見る奇書たるゆえんであって、何も納棺夫という仕事を扱ったから珍しいのでもなければ、死に近づいたのではない。納棺夫という仕事の中で、死と接することを通じて、ではあっても、著者が得たものはすべて著者の独特の感受性(これを、近藤裕氏と私の共著『何のために生き、死ぬの?』の中で、私が解釈したヴァルネラビリティと近いのではないかと考えている)によるものだからだ。 いずれ青木新門氏とはお目にかかることになるわけだが、この方の前では、おそらく私は丸裸に映ることだろうと確信している。それが、怖くはない。むしろ、ありがたいのである。隠さねばならぬことは辛い。この身にある光も愚かさも、等しく見抜いてくれる人は案外得難いからである。(了)追)なお、本書は英訳もされており、海外でも注目されてきた。納棺夫日記増補改訂版■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/23
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原題直訳、“列車男”。過日なぜ『髪結いの亭主』について書いたかと言えば、そう、このパトリス・ルコント監督『列車に乗った男』のDVDを購入したからなんです。ようやく観ましたこの映画、実は公開当時、本作と別の何かを観に行って、結局別の方を鑑賞してそのまま放っておいていたという因縁の作品。観たかったのに、まさに時を逸した感がありました。 名優・ジャン“ヘンなダンス”ロシュフォールとジョニー・アリディの夢の共演作は、実に味わい深い渋い佳作。主題は、当然“ないものねだり”と“青い鳥症候群”、そして“隣の芝生は青い”といった感じですが、私はこれに“失われた時を求めて”を付け足したいと思います。そう、老境に差し掛かる、正反対の生き方をして来た二人の男が、互いの人生やスタイルを羨望しながら、もはや「取り返しがつかない」ということに直面する映画。そして、真にリアルな映画だと言うことも敢えて付け加えておきたいものです。 真面目一辺倒、若き夢は破れ語学教師をつとめて上げて退職した男と、平安とは無縁の無法な生き方をして来た銀行強盗。必ずしもリアリズムを追求した映画ではないのですが、やんちゃな人生へ憧れいきり立つジャン扮するマネスキエに、ジョニー扮するミランがいう一言。「映画と(実際)は違う」。ここにエッセンスが集約されているように思います。 誰かの人生に憧れることは出来ても、人間は与えられた運命、そういう表現が不適切なら、その人なり=その人らしい生き方を生き抜き死ぬことしかできない、ということです。人生は、ちょっとの微調整はついても、本質的に別の物にすることはできない。 安易に生まれ変わったり、別の生き方を身につけたり、パーソナリティが変わる、ということは、映画の中ではあり得ても、実際の人生では起こりえない、ということをここまではっきり示した映画も珍しいでしょう。 だから、作中互いの人生をちょっと羨み、その真似事を少し取り入れてみても、結局マネスキエはマネスキエの、ミランはミランの人生を生き切り、それぞれらしい最期を迎える。果たして、彼らに後悔はあったでしょうか。いや、おそらくなかったでしょう。人生を振り返ることすらしなかったでしょう。それが当たり前であるかのように、当たり前に、当たり前の結末に遭遇した、そういう感触だったのではないでしょうか。 私たちも、ついつい誰かの生き方を羨望したり、無意識的に別の生活があるのではないか、今とは違う生活があって、それこそが望む幸福ではないか、と思ってしまいがちです。しかし、どんな人間も、決して劇的に人生を変える、などということはないということを受け入れねばならないでしょう。もしそんな謳い文句が氾濫していたとしたら、きっとまやかしではないでしょうか。 この人生しかいきられない、と気付いた時、人はそのかけがえのない自らの生を、より自分らしく味わうことができるのではないでしょうか。きっかり30年後に鑑賞した時、私にどんなメッセージをくれるでしょうか。(了)追)私の母はジョニー・アリディのファンで、彼のデビュー当時に母が飼っていた犬にジョニーと命名したという話を昔聞いたことがあったような…。列車に乗った男■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/21
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大当たりワイン、ヴュー・シャトー・サン・タンドレ 2003。通を唸らせる垂涎の逸品は、現地シャトーの秘蔵在庫の買い付けの賜物。ショップをして「奇跡の入荷」と言わしめるヴュー・シャトー・サン・タンドレ 2003は、コストパフォーマーとしても驚くばかり。パーティーの多くなる季節、3本買い占めさせていただきました(笑)。(了)ヴュー・シャトー・サン・タンドレ 2003■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/21
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見出し:シュルレアリスムの一大運動の息吹を無力に呼吸する。パトリック・ワルドベルグ著、巌谷国士訳『シュルレアリスム』(河出新書) シュルレアリスムについて何冊読んでも、どうも痙攣しない。当たり前である。シュルレアリスムという一つの文芸~芸術~政治を貫く一大運動、否一大実験は、あの時代、あの面々、あの切迫感の中でしか生まれ得ず、かつ十八番の痙攣を来さないものだからである。我々がシュルレアリスムを知ろうと思えば、歴史に「もしも」を持ち込まざるを得ない。 今日我々がシュルレアリスムの賜物として感覚するものは、結局現実化・日常化(残念ながら超現実への連続の可能性のない、もしくはそれと断絶した)したシュルレエルでしかないのだ。この圧倒的な無力感が、シュルレアリスムを、知識以上のものにしてくれないのだ。無論、あのシュルレアリスムを体感することはもはや不可能であるが、もし別の形で痙攣しようと欲せば、新たな運動を起こすか、それに身を委ねるしかない。 本書の特徴は、他の文献であまり見られないシュルレアリスト達の意気軒昂な才気煥発にして傲岸不遜とも言える、溌剌とした闘争精神に溢れる数々の肖像写真がふんだんに掲載されていることを筆頭に、シュルレアリストたちの挑発的な文章、人名事典やブルトンその人を運動と同期させた活動年表といった、入門書の必要最低限の要素を釣りがくるほど網羅収録してある点である。入門書でありながら、一つの作品として完成している。今後、本書以上のシュルレアリスム入門書は登場する可能性はきわめて低いだろう。 この実存した夢想とでも呼ぶべき時代への入り口が閉ざされてしまった現在、あくまでノスタルジックな視点で、幼児が指をくわえるような拙い憧憬の念を以て、往事を偲ぶよすがを呼吸することこそ慰めとなるのではないかと思う次第なのである。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/20
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隊長、一体あなたは何者ですか。さすがに激戦をくぐり抜けてます。ささっ、どうぞどうぞ。ビリー・ブランクス in ヴィクトリィィーッ! キング・オブ・ドラゴン(DVD) ◆20%OFF! 遠慮なさらずに。どうぞおひとつ。ビリー’s GUN&FIGHT!(DVD) ◆20%OFF! まだまだありますから。ビリー’s KARATE MAN(DVD) ◆20%OFF! え?どれもB級じゃないか、って?さ…さぁ、どうでしょうか(汗)。ともかく、ここまで着いて来たんだから、最後にみんなでヴィクトリィィーッ!!(了)*私は記事アップでお腹一杯です。。。■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/19
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どういうわけか、パトリス・ルコント『髪結いの亭主』について思い浮かべると、真面目なことが書けないんです。あの映像美とか、マイケル・ナイマン(ケイマンとごっちゃになる)の音楽とか、注目すべき点はいくらでもあるのでしょうけど、どうしても主人公・アントワーヌの変なダンス(しかも超絶に巧い我流異国風ダンス)のことばかりが頭に浮かぶんです。だから、『髪結いの亭主』の感想は、いつも「ダンスに爆笑」。不謹慎。 『髪結いの亭主』にせよ『マレーナ』にせよ、思春期特有の思い込みやフェティシズムっていうのは現実にもあるでしょうね。私もありますもん。 文字通り、拝物。“フェチ”じゃなく本当のフェティッシュ。固着したイメージに付随する事実や事物だけが大事なんですよね。本当は、感覚的なことなんかどうだっていんですね、こういう人にとっては。そんなフェティッシュなアントワーヌ少年が夢をかなえる夢うつつの刹那な物語は、結局「突然来て突然去ってゆくものへの寛容さ」あるいは無力感が、「強く望めばかなう」という幻想との対比と相俟って、可笑しくてやがて哀しいわけですが。 が、ダンスなんですよねぇ。やっぱり。あれ、『釣りバカ』の西田敏行氏に通ずるものがあります。半分素質、みたいな…。 なので、日本版『髪結いの亭主』は、アントワーヌ…西田敏行マチルド…倍賞美津子、原田美枝子、真矢みき(トリプルキャストか?)イジドール…津川雅彦 とまぁ、こんな具合でいかがでしょうか。ジャン・ロシュフォール以外は、みんなイメージだけで選んでいるような気もするけれど、名優揃いなので案外いい作品に仕上がるかも。(了)髪結いの亭主マレーナ ディレクターズ・エディション(DVD) ◆20%OFF!■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/19
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見出し:“ラヴクラフトのバイブル”、『怪奇クラブ』。アーサー・マッケン著、平井呈一訳『怪奇クラブ』(創元推理文庫) 気分のままに読むべきでない本もある。なんとなく求めて、棚に眠っていた本書を、久生十蘭の後に読んだのは時が悪かった。同じミステリと言っても、こちらはよりオカルトに近い怪奇小説であって、その温度差に慣れないうちに読み進んだのは惜しいことであった(翻訳があまりよろしくないのも重ねて惜しい)。 お膝元イギリスでは評価が遅れたこの稀有な作家を、誰より評価し敬愛したのがハワード・フィリップス・ラヴクラフトというのも当然で、そのような経緯を知らないうちに読み進めても、これがコスミック・ミステリ的であることを看過するのは易い。ウエルズと同根。なるほど、あの温度差はSF的要素の有無にあったか。 しかし、心理小説的でないマッケンの“怪奇”は、結果的にはSF的であり、またラヴクラフト流の邪神的怪奇の嚆矢とはなったが、実際は後天的に創り出された神々や悪魔ではなく、彼の生れ育ったウェールズに、いや世界中に、神代の時代に蠢いていた一木一草の世界観に遊ぶ怪しくオドロな霊的存在への憧憬に端を発しているのである。 本編を読んだあとにもう一度読むべきプロローグを有する表題作は、構成の妙と、この構成が生み出す時間軸の交差と歪みを味わう極上の奇譚である。 いつかまた、草木も眠る時間帯に、別の衝動からこの奇書を手にする日があるだろう。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/18
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所用で丸の内に出たついでに、人・形展(HITOGATA)を観て来ました。はじめはあまり興味がなく、偶然通りかかったオアゾ一階のウインドウに、ちょっと目を惹く人形が。はて、オートマタやからくり人形にちょっと首を突っ込んだ昨今、ここで人形の現在(いま)を実際に見てみるのも悪くない、と思い、急ぐ足を戻してやおらエスカレーターで4階へ。 これまで、それと意識してあまり実物に触れてこなかったので、勝手はわかりませんでしたが、なるほど、なんとも想像力を掻き立てられる、奇なる世界。 古典的な作品もあれば、和風の作品、アニメ的な作品、ちょっとグロテスクな作品、など展示作品数はそれほど多くはないのですが、実に興味深く拝見。今週末、19日(金)までなので、興味のある方は足を運ばれるといいと思います。(了)主催 : ドルスバラード企画協力 : ドール・フォーラム・ジャパン 【出品予定作家】 (50音順・敬称略)相場るい児/青野明彦/秋山まほこ/阿部沢子/天田わこ/荒井良/&Cinnamon/井桁裕子/石塚公昭/石橋まり子/石山ヒロ子/石山裕記/稲田敦/内田恭輔/宇野亜喜良/小沢茂/カウラ/黒川早恵美/河野滋子/近未来/坂田真一/桜文鳥/佐藤久雄/柴倉一二三/神宮字光/高橋操/竹内信善/萩原雅江/服部南/林美登利/ピエール須田/百武朋/松田珠江/メリユ/よねやまりゅう/若月まり子 ほか■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/15
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『相方占い』、結果は松本人志氏でした。ということは私、浜田氏ですか。 ま、それは置いておいて、やっぱり私の相方はこれまでも、これからも、やっぱり弟ですね。仕事の面でもそうですが、やっぱり呼吸が合わせやすい。互いに言わなくても、そのとき何をすべきかが瞬時に分かる。そんな弟も過日誕生日を迎えましたけど、このコンビネーションは年々研磨されているような気がします。私の相方は身内にいるのです。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/15
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見出し:顎に一発。顎で一発。久生十蘭著『日本探偵小説全集8 久生十蘭集』(創元推理文庫) とうとう、久生十蘭に手を出した。「ハムレット」は無論素晴らしい。確かに、作家の舞台への造詣の深さや浅からぬ縁をひしひしと感じる奇譚ではある。あるいは、「平賀源内捕物帖」にしても、この程度の見当なら何も天下に名を轟かす奇才・平賀源内を推し立てる必要もそれほどあるまい。実際、平賀源内の才覚をより誇張した形でモチーフとして扱おうと思えば、発明家たる彼の面目躍如を余すことなく発揮した娯楽小説(ありていに言えば、春本、艶本の類いではあるが)があって、そちらの方がまだ酔狂だ。久生の源内は、顎十郎の焼き直しに過ぎない。 何故こうも久生十蘭に手厳しいのか。それはまさに、彼が生み出した異色の探偵、久生ミステリーの名キャラクター、顎十郎こと仙波阿古十郎がうっそりと顎を撫でながら、とほんとした顔つきで難事件の綾を説いてゆく「顎十郎捕物帖」があまりに素晴らしすぎるからである。と言えば、いかにも芸のない褒め言葉だが、まず主人公から脇役にいたるまで、人物造形の妙が冴え渡る。さらには、講談めいた独特の節回し=文体が、なんとも音楽的で、大衆小説的なのに美しいのだ。音読をしながら推敲を試みた久生の肉声が、顎十郎と江戸の活気に見事に反映されている。 また、「顎十郎捕物帖」については、どの作品も締めが素晴らしい。荒唐無稽な探偵小説的トリックを、顎十郎のキャラクターでもって疑念を抱かせる余地なく読者に納得させるまでは綿密な描写を怠らないが、各作品の最後、肝心の種明かしは実にさっぱりとしたものなのである。多くを語らず、すぱっと言い切りで締めてみせる。このあたりの手管は、まさに文筆のスタイリストそのもの。実に洒脱である。 久生十蘭を読むことは、「顎十郎捕物帖」を読むことに等しい、と敢えて断言してしまいたい。 余談だが、「顎十郎捕物帖」の舞台は江戸時代の東京の地理をよく示しており、馴染みの地名が次々出て来て、臨場感溢れるイメージの中で、顎十郎とともに江戸の町を駆け回ったような気になる。そんな読み方もまた一興かもしれない。(了)日本探偵小説全集(8)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/15
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近藤裕氏との共著『何のために生き、死ぬの?-意味を探る旅』(地湧社)の出版から四ヶ月が経ちました。お陰様で、たくさんの方から感想やご意見を頂戴しました。中には、大変ご高齢の読者もおられ、なんでも「辞書を片手に読了し、感銘を受けた」という、書き手冥利に尽きる感想もいただきました。まさに、有難山のほととぎす。一人歩きをはじめてワンシーズンを経た著作を、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/12
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とうとう、DVDやCDの宅配レンタルサービス、始まりましたね。私も某社のサービスを使っていますが、これは本当に便利です。コストパフォーマンスのバランスさえ合えば(合わせれば)、かなりオススメです。こちらは送料のみならず、入会金、延滞料も無料というから、使い勝手が良いのではないでしょうか。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/11
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これまたちょっと前の話ですが、映画『パフューム』、観ました。感想としては、これはなかなか面白い(哲学的でもあるし、風俗史や文化史の点からも)映画なのですが、まずは大物監督が争ったという原作も併せて読むとより楽しめます。個人的には、先に映画、そのあと原作、という順番が良いような気がしました(私の場合は逆でした)。 というのも、香水についての狂気をめぐる本作品のポイントは、やっぱり「匂うか、匂わないか」、「香るか、香らないか」だと思うのです。そう考えたとき、感覚よりイマジネーションの方がはるかに馥郁たる薫香を味わえるんです。これは意外な感じもすますが、結局映像では視覚に頼ってしまう。嗅覚、あるいは仮想嗅覚よりも先に視覚が働いてしまうのです。 ところが文字で追うと、まさに主人公・グルヌイユが、頭の中に森羅万象の香りを保管し整理したように、イマジネーションの整理棚の中で、嗅覚が刺激されるような気がするのです。イマジネーションによって、仮想嗅覚をどんどん鋭くしていくことで、この作品全体に漂う様々な香りを聞くことができるように思うのです。 私のように、先に原作を読んでしまった身としては、すでにイマジネーションの整理棚の薫りの方が強く、後から映画を見ても、確かに原作に忠実に作られているとはいえ、あまりに淡白に映って仕方がなかったのです。(了)■著書です:何のために生き、死ぬの? 意味を探る旅。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。パフューム/ある人殺しの物語(プレミアム・エディション)
2007/10/11
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写真は、とある公園で撮影したもの。要は、ペットのウンチは持ち帰りましょう、というハナシなんですが、なんともこのイラスト、杜撰すぎます。というか、犬の顔自体がなんか変だ。はっきり言えば、ウンチみたいだ(お下品ですみません)。 あまりに不敵で不審な面構えなので、つい写真を撮ってしまいましたが、心の奥では、「これでいいのか?」「もう少しまともなイラスト、使えなかったのかな?」という疑問符が駆け巡っていました。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/11
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いやぁ、この時期に風邪なんて滅多にないことですが、先週末から急にだるくなり、気がつけば連休はほとんど寝ていました。今日はそこそこ動いていますが、まだだるさと咳が。洟は出ていないけれど、なんか鼻声だし。なんとなく、この風邪は長引きそうな気が…。 突然涼しくなったからでしょうか、それとも、季節の変わり目に乗っかり損ねたか。いずれにしても、昔から思いますが、風邪ほど退屈な病気もないですね。皆さん、ご自愛ください。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/09
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見出し:英仏百年戦争はなかった!?佐藤賢一著『英仏百年戦争』(集英社新書) ともすれば、テストのために暗記する太字表記と短い説明文の参照だけで通過してしまう西洋史の一大事。英仏百年戦争である。 これだけ長期にわたった戦争は、両国がめぐる利権がその過程で様々に変わり、実にややこしい。騎士道の華・エドワード黒太子や、救国の聖女ジャンヌ・ダルクの活躍も、百年にまたがる戦争の中のわずかのエピソードを飾るキャラクターのほんの一部にすぎない。 もとより、英仏百年戦争など存在し得たのだろうか?この問いかけから著者お得意の節回しで、壮大に過ぎてその実あまり知られていない、この歴史的な大戦の趨勢が語られる。無論、混沌たる中世ヨーロッパにおいて、グレート・ブリテンもフランスも、国家という基盤を持っていなかったし、それに拠るメンタリティも持ち合わせていなかった。国家なき戦争は、確かに「英仏戦争」とは呼びがたい(それこそ厳密には、仏仏戦争ありき、である)。 結局、英仏戦争という呼び名も、どちらに軍配が上がったかも、そして誰が英雄なのかも、決めたのは後世の人間であり、後世のナショナリズムなのである。 大英帝国とフランス。ヨーロッパの二大大国を生み出したきっかけこそが、英仏百年戦争であった。戦争が収束していく中で、両国は中央集権国家への途を加速して辿っていく。百年戦争とは、英仏で戦われたのではなく、戦った二つの勢力が英仏へと各々自立していく戦争だったのである。 著者の文体は癖が強く、サラっと読みたい向きには少しく馴染みにくいかもしれないが、シェイクスピア症候群を引いて一気に読ませるスピード感は秀逸である。(了)英仏百年戦争■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/08
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なんとなく敬遠していた映画『太陽と月に背いて』を観ました。ヴェルレーヌとランボーの行き場のない痛い愛の物語であるわけですが、とにかくレオナルド・ディカプリオが中年男を愛の奴隷にしてしまう魔性の少年・ランボーを演じて、これが妙にハマっているのです。 もともと演技には特別に光るもののあったディカプリオですが、今作でもその早熟の天才振りを遺憾なく発揮。 豪放磊落、天衣無縫。意地悪で気まぐれ。傲慢で繊細。そんな、ランボーという詩壇に現れた異端児にして彗星に振り回されるヴェルレーヌのダメ男振りがなんとも悲惨です。ディカプリオのランボーが時折見せる、ゾッとするような笑みや視線、あるいは破滅的な哀愁を漂わす見境のない行動には、まさに「魔性の美少年」の面目躍如たるものがあります。 内容的には希望のない話なのですが、天使のような悪魔の笑顔(マッチか?)で魅せるディカプリオの熱演は一見の価値がありました。(了)太陽と月に背いて■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/07
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見出し:聖書の名場面を理知的に読む。百瀬文晃著『キリストに出会う』(女子パウロ会 ) さる神父に勧められて手にした一冊である。キリスト教に興味がある人もない人も、あるいは聖書に興味がある人もない人も、誰もがちょっとは知っている聖書のエピソードを通じて、イエス・キリストとの“出会い”のきっかけをくれる。 本書の特徴は、つい非合理的に、あるいは前提として、オカルティシズム的に受け止め、あるいは拒絶してしまうようなイエスの奇跡を、きわめて理知的に説明してある点である。してみれば、聖書は字義通りでなく、ある種比喩と寓意の行間を読み解いてこそ、真の意味を理解できるものと知る。 もともとラジオ番組で著者が話した内容がベースとなった本ではあるが、「心」でなく「頭」で聖書を読んでみたい人にとっては納得のいく説明が得られることであろう。 知ってか知らずか、我々はいかに宗教というものに対して幼稚な奇跡を待望するものか。少なくとも、本書にある奇跡は地に足が着いている。(了)キリストに出会う■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/07
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『デリカテッセン』、再度鑑賞しました。随分前に見たときは、なんだか前衛気取りみたいでちっとも面白いと思わなかったのですが、きっと知らずにストーリーを追っていたんでしょうね。はっきり言ってこの作品、ストーリー性ゼロですもん。設定からして荒唐無稽。 結局、この作品は、世界観や映像的実験を楽しむ、一種のコンセプチュアル・アートみたいなものでしょうか。後の『アメリ』のヒットに至るまでのプロトタイプ。それゆえに、ディティールに注目していくと、結構面白かったり。 なんとも摩訶不思議でエキセントリックな映像は、どこか、子供の頃に見たお化け屋敷のいかがわしさを感じさせつつ、ちょっと懐かしかったりして。(了)デリカテッセン(初回生産限定)(DVD) ◆20%OFF!■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/07
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過日AERAでも特集されていた映画監督の松井久子さん。女性の視点から、しかし女性らしさだけに頼ることなく、作るべく映画を作り、待ち望む人たちに届ける元気と情熱の女性監督です。国際結婚を扱った『ユキエ』、高齢化社会の介護の問題を、深刻にではなく温かく描いた『折り梅』(これらの作品は、時々スカパーなどでも放映しています。『折り梅』は、2年間で、商業ベースに則らず、100万人の観客動員数を達成した感慨深い作品です)。その独自の視点と、インディペンデントを貫く強い意志に惹かれて、全国にはたくさんのサポーターがいます。現在は、イサム・ノグチの母をテーマにした第三作を製作中です。 縁あって私も松井監督とおつきあいをいただきましたが、監督の応援ブログで共著を紹介していただけませんか、とお願いしましたら、いやむしろもっと深いところまで聞きたいので、取材させて欲しい、と言っていただき、40分の予定が2時間のインタビューに。取材するのは慣れていますが、受けるのはなんともこそばいもの。インタビューの内容は公式ブログにて、前編と後編に分けて紹介されています。興味のある方は是非、読んでみてください。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/03
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忘れられない女に出会う。それも、結婚の直前に…。映画『アパートメント』を観た。殺人もない。暴力も、血の一滴も流れない(概ね、ではあるが)。しかし、男女の仲とは、こうまでもサスペンスに満ちた事件なのか!! ありきたりな設定から始まるのに、そう思わせるに足る、なんともスリリングな映画なのである。モニカ・ベルッチとヴァンサン・カッセル結婚のきっかけを作った映画、などという文句は陳腐である。濃密な心理描写や男女の関係の綾を、時間軸の錯綜、白けた映像とコントラストの強い映像の巧みな挿し込みによって、緊張感ある作品に仕上げている。ヴァンサン・カッセルの執拗な仕草一つ一つに、“訳あって知らずに奪われた相愛の奪回”への微かな狂気が垣間見えて観る者を焦燥感に誘う。 モニカ・ベルッチの荒削りな美しさはご愛嬌。むしろ、ロマーヌ・ボーランジェの演技が印象的。 重ねた嘘の数だけすれ違ってゆく男女。本作品は、ハリウッド版で『ホワイト・ライズ』としてリメイクされたが、これはあえてフランス語で観たい映画だ。(了)[枚数限定]アパートメントホワイト・ライズ■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/10/01
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