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とうとう長年愛用して来たマネークリップが駄目になりました。前にも記事に書きましたが、もともと財布は持たず、何年もマネークリップ&小銭はポケット、というスタイルだったので、気に入って使い込んできたフェリージのマネークリップには愛着がありました。 このマネークリップを使い始めたことには別の点でエポックメイキングな意味がありまして、初めて「カバーのあるマネークリップ」を使ったきっかけでした。それまでは本当にクリップオンリーのマネークリップでしたから。 相変わらずスリム&出来れば手ぶら、な私は、今後はオッティーノのスリムウォレットを使うことにしました。 うーん、しかし本当に使い込んでぺったんこになってるなぁ、フェリージ…。(了)フェリージ二ツ折ラウンドファスナー◇【462A:ダークブラウン】■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/30
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今日は当ブログの開設1000日記念日です。よくもまぁ、1000日も続いたものだと我ながら驚いてしまいますが、これもやはり読者の皆様のリアクションがあるからこそ続けられたのでしょう。ただ一人で100パーセント自己満足で書いていたらきっとここまでは続かなかったことでしょう。 欲を言えば、今のまま。50パーセントの自己満足を孕みつつ、読者に楽しんでいただけるような記事をアップし続ける。このスタンスでさらに次の1000日を迎えたいものです。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/29
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先日、誕生日を迎えました。なんだかこの年齢になると、昔のような青臭さが薄れてきて、一つ齢を重ねる、ということの重みに鈍感になっているような気がします。 昔は、誕生日には日記をつけ、そこに一年の目標とか、自分へのミッションを書き付けて、ことあるごとに読み返して自己研鑽していたりしましたけど、いつからかそういう若さゆえの力みから遠ざかってしまいました。同時に、漫然と歳を取っているような気にもなります。 久しぶりに、今年は目標を立てました。■「幸福とは、バケツを一杯に充たすことではない」 これは学生時代に一年お世話になった恩師からいただいた色紙に書いてあった言葉ですが、その当時は若く、好奇心が旺盛で、野心もたっぷり。言葉の意味が分かりませんでした。しかし、あれから10年経って、最近この言葉の意味や価値が身に沁みてきます。 あれもしたい、これも欲しい、何もかも知りたい…そうやって我武者羅にバケツを充たしたとして、それに振り回されかえって消耗することの方が多いような気がしています。 何が自分にとって大切なのか。削いでいくと案外少ないような気がします。それを大事にしながら、ゆっくり自分自身を整理してみたいと思っています。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/28
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見出し:平和の闘士は“努力の火の玉”。猪口邦子著『くにこism』(西村書店) “~魂”や“イズム”という本が好感溢れているが、私はそのような本に一介の興味を示さない。だから、この本の内容からすると、著者がさりげなく序文で書くように、“邦子らしさ”の記述であり、その点タイトルは政治家としてのキャッチフレーズにはもってこいであろうが、ちょっと内容との乖離があって、著者本人が納得しているのか甚だ不安である。 私は、この本を特定の政治的スタンスから読まなかったし、そうするつもりもない。一人の人間が、様々な出会いや閃き、偶然やチャンスとの遭遇から、それらを引き寄せるたゆまぬ努力の軌跡として読んだ。 果たして、平和の闘士というのは形容矛盾だが、しかしこれほどまでに、平和実現に対して情熱と知的使命を自らに課し、闘う人はそうはいない。それは、闘争心でなくガッツと呼ぶべきなのかもしれない。 女性では稀な国際政治学者を目指し、世界の平和を実現するために、そのポイントごとに燃やした情熱と覚悟あるひたむきさは見習うべき点が多い。研究を実践に移す。そして人を動かす。そしてまたそのフィードバックによって自らのライフワークの結実への階段を一歩一歩、しっかりと歩む様は努力の大切さを痛感させられる。 個人的な逸話が多い中、もっとも心を動かされた箇所は、著者が高校生のころに留学していたとき、パール・ハーバー攻撃が授業のテーマになった際のアメリカ人教師の粋で公平なはからいに触れた著者の言葉にならない想いと、同じく留学時代にホストファミリーになってくれた家の母親が亡くなられた後で判明した「歴史の綾」の不条理と、“マム”の著者への愛情と高潔さが語られる件である。 一方で、多様性あるところに平和的共存あり、というヴィジョンはいささか古いような気がした。拙著でも同じ問いを自ら発し答えたが、大差がなかったことを告白しよう。ただアメリカへの愛情が強い著者とは違って、アメリカの民主主義の欺瞞に深く入り込み過ぎたがゆえにアメリカへの不信感が払拭できないところに、この温度差があることは自分でも把握しているつもりだ。多様性が寛容さを身につけるためには、まだまだ数々の難題がある気がするし、多様性とは、もっとも暴力や排除に結び付きやすい「差異」をベースとしているからだ。 また、アメリカの民主主義に傾倒しすぎるきらいがあるのが気になるが、果たしてこれからの世界平和を支える“イズム”を、民主主義と呼ぶ必要があるのだろうか。あるいは、主義から脱却した豊かな社会のあり方がないものだろうか。 また共感できる部分としては、戦争に対する著者の視点で、私もまた、「勝てば官軍」という発想は棄てねばならないと感じている。勝って正当性を得んとしている“裸の覇者”もまだあるが、いっそ、戦うなら戦いのためだけに戦う方がまだ潔い。後からつけられた理由や大義など見苦しい限りである。然り、戦争に英雄などいないのだ。ナポレオンもヒトラーも、大局的に見れば同類である。 著者への毀誉褒貶はさておき、政治家としての横顔では数々の政策を実践してきたが、そのうちの一 つでも、さらに延長戦として著者が携わるチャンスがあるならば、間違いなく日本が迷い込んだ袋小路から一歩抜け出す光はあると思う。それは、学のユートピアで磨き上げた手法やメスを、実践するエネルギーが著者にはあるからだ。 さておき、著者のキャリアを眩しく追いかけ、羨む人は、単なる怠け者である。努力をしない人が、努力の人を貶す道理など存在しないのだから。(了)くにこism■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/27
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観ました、『ボーン・アルティメイタム』。実はですね、このシリーズ全然観てないんですよ。先日テレビでやっていたのに、頑なに観なかった。なぜって、マット・デイモンのイメージは『リプリー』や『オーシャンズ~』シリーズのあのちょっとイケてないもの(演技は最高ですけど、なんかパッとしない、というか)だったし、あのちょっとラバーゴムっぽい質感のお面相が怖くて…。 こういう比較の仕方は多分的を射てないのだと思いますけど、敢えて。『007 カジノロワイヤル』『ミッション・インッポッシブル』シリーズ、軽く超えてしまいましたね、『ボーン・アルティメイタム』。 まず、展開の小気味よさ。特に、ツールの錯綜する現代社会における情報戦のスリリングでトリッキーな駆け引きで敵を振り回すシーンは爽快。 さらに、ストイックに過ぎる過剰な装飾的演出の排除されたアクションシーンは、まさに肉弾戦のリアリズム。無茶苦茶で収拾のつかないカーアクションすら説得力をもって迫って来ます。 何でしょうか、感傷がないんですね。ドライなんだけど、無味乾燥でない。血が通っているのに、過度にロマンティックじゃないんです。そこに、一分どころか一秒も息をつかせぬストーリー展開を据えられても、やり過ぎの感じがしないんです。 つくづく、よく出来た映画でした。脚本は勿論、ちょっとした台詞がいい作品です。そして、マット・デイモンの、自我に目覚める無感情人間然とした複雑な内面をにじみ出させる演技。食わず嫌いの私、「許して下さい」と言いたい気分でした。いい仕事してます、本当に。関係ないですけど、私実はジョアン・アレンのファンなので、彼女の役回りも良かったなぁ。 まさに究極レベルの「自分さがし」映画。マット・デイモンがヤバい!!(了) ボーン・アイデンティティー / マット・デイモン ボーン・スプレマシー / マット・デイモン■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/25
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この数日で、某書店に寄せたレビューの90パーセント以上を削除しました。結構ハードな作業でしたが、気分は軽くなりました。 なぜそんな面倒で、放置しておいてもいいことをしたかといえば、まぁこれまた衝動でしかないのですが、それらはもともとブログで書いていたレビューを編集して寄せていたものだったのです。それがさまざまな形で拡散していくのが嫌だったということと、やはりそれらの記事はブログの読者に宛てて書いたものであって、自分自身としてなんとなく釈然としないものがあったからです。 といいつつ、ちゃっかり何件かは残しているのですが(笑)。あくまで記念のようなモノとしてですけれど。 ともあれ、やがて開設1000日を数日後に迎える今日この頃、ブログの読者を大事にしたいと改めて思い直す秋の夜長でした。(了) ■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/23
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本日、出版社と共著者を交え、打ち合わせに行ってきました。共著『何のために生き、死ぬの?-意味を探る旅』を地湧社より上梓してやがて半年、ということでの経過報告と、12月7日に、過日書評でもご紹介した『納棺夫日記』の著者・青木新門氏を迎えての出版パーティの件をかねてのミーティングでした。 お陰様で、この手の本としてはまず順当に、半年を待たずにおおよそ初版の三分の一が読者の手に渡ったこととなり、ありがたいことと感謝しています。 しかしながら、やはり書籍は半年も経てば書店からどんどん姿を消してしまうもの。今後はますます書店での扱いが減るでしょう(ただし、年明けには出版社側の販促活動としてまた書店での扱いも多少増えるようですが)。 出版冬の時代。この慢性的な氷河期の原因の半分は本の質の問題、半分は売り方の問題。決して派手さはない本ですが、ジワジワと読み手の心に届くことをさらに願って止みません。 これからも引き続き、ご支援のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/22
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過日、とある政治家のパーティに招待いただきまして、父と二人で某所に駆けつけたワケです。ま、政治家のパーティと言っても、私たちは個人的な交友関係でうかがった次第なのですが、おられましたねぇ。アノ方や、コノ方や、ソンナ方まで!!うーん、実に豪勢だ。 で、基本的には招待下さった先生への祝意が目的でしたので、社交はそこそこに父と場所を変えて食べ直すことに。えぇ、この親子、立食が大の苦手なんです。いつも食べ損なう…。というか、おっとりしているんでしょうね。 さて、父に連れて行かれたのが、何年か前に入って以来、何度か父が足を運んでいるというお店、「鳥藤」さん。「ミルクワンタン、美味いんだよ」。そう話す父に、「え?ミルクワンタン???」と私。 場所は東京駅八重洲から有楽町方面に抜けるガード下の細道の途中。見れば、白地に赤で「ミルクワンタン」と看板が。中は、カウンターに十人程度でしょうか、あとは小テーブルが三脚に小上がりが二席分。もううなぎの寝床です。 一見すると、ちょっと引いてしまいそうに古いお店(失礼!!)なんですが、創業60年の老舗です。まず驚いたのが、若い女性客も多いとのこと。さらには、外資系企業の外国人の常連客もいるとか。 さらに驚いたのは、メニューはなく、黙っていても次から次に程よいサイズの家庭料理が出て来ます。これがまたいい案配で、美味いんだ。家庭料理って、案外実際の家庭では食べないですもんね。お漬け物、突き出し、サラダ、焼き魚に煮物、スープ、チャーハン…。 父との話は弾んで、気がつけば結構な量を食べていることに気がつく私。最後にいよいよミルクワンタンが!!「これを食べなきゃ来たことにならない」とは父の談。 初めて食べたミルクワンタンは、まずミルクのほのかな甘みがいい香り。一口スープを含むと、コクがあるのにさっぱりしていて、飲むシチューのような感じです。もちろん、ワンタンはあのワンタンですから、このワンタンの味がスープに溶け込んで、上質な豚骨スープのような趣きもあるのです。ワンタンの滑らかな皮がまたミルクに馴染んで喉越しも最高。いやぁ、まいった。美味い!! なんでもニューヨーク・タイムズに紹介されたというので、その記事のコピーを拝読させていただいたら、「日本の家庭料理のサンプル」「ミルクワンタンはぜひ食してみる価値アリ」とのコメントが。うーん、なかなかシブくていい取材する記者がいるもんです。 シャンデリアの下のパーティから、電車の下のミルクワンタンへ。この落差がまたなんとも楽しい夕べでした。(了)■店舗情報ミルクワンタン「鳥藤」(とりふじ)住所: 100-0005 東京都千代田区丸の内3-7-9電話: 03-3215-1939営業時間: 11:30-13:30(LO)、17:00-23:30(LO)、土日祝休 ■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/22
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見出し:エグゾティズム逆風の中で、敢えてエクゾティズムを希求する。岡谷 公二著『ピエル・ロティの館―エグゾティスムという病い (叢書メラヴィリア) 』(作品社 ) 未読の手前こう述べるのも憚れるが、ピエル・ロティの作品には食指を動かされたことがない。その理由は、まさに本書の指摘するとおり、それが「異国趣味に終始しているから」である。しかし、著者は言う。折からのエグゾティズムの熱狂に後押しされて、おそらく作家中でももっとも海上および異国にいることの多かったピエル・ロティが最年少でアカデミー・フランセーズの会員にまで上り詰めながら、時を置かずして近代の植民地政策批判および交通網の発達による事実上の異国情緒の消失により、「植民地主義者」と「エグゾティズム以外に語るべきことのない二流作家」のレッテルを貼られてしまったロティを、“作家”として読むことが果たして適切なのであろうか、と。それは、まさしく私がロティを遠ざけてきた理由と同一の読み方ではないか、と。 ロティ自身が生涯言い続けてきたように、彼は作家であることを望んだことはないし、また自身をそうみなしたことはない。そこにあるのは、ただここではないどこかへの原初的な憧れと興味関心であり、その点、著者はロティをジャーナリスト(それに加えて自伝作家)として読み直すべきではないかと提案している。これはロティが生きた時代の変化を振り返るとき、この過小評価されてきた謎多き作家の真価を掘り起こすきっかけになるだろう点に異論はない。 加えて、私自身は研究生時代、エグゾティズムというレッテルやスティグマ―これが、ともすれば人種主義的暴力の契機となるのだが―を、あえてプラスのアイデンティティに転換することで、平板に薄められてしまう緩慢な政治的暴力たるスタンダード化を逸脱していく逆転の可能性としてテーマとしてきた(その成果のエキスは、共著『何のために生き、死ぬの?-意味を探る旅』地湧社の中にも盛り込んでいる)。 エグゾティズムへの逆風は今も吹き続けている。その一方で、世界中の国がそれぞれの文化やルーツの再発見に取り組んでいる。だから私も、研究生時代の延長として今も、敢えてエグゾティズムを称揚したいのである。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/21
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滞っておりましたスパナチュ祭。今日は第8話「地獄の猟犬」、第9話「感染」の二本です。 第8話、公式サイトでは邦題が「黒い犬」となっているのですが…。ともあれ、この作品は私好みかな。ミシシッピのブルース・バーから話はスタート。おそらく伝説のブルースマンであるロバート・ジョンスンを下敷きにしたと思われる天才ブルースマンが、万人を感動させる演奏の途中に猛犬の声を聞いてバーから失踪。そして、死亡する…。 で話はいきなり現在に。しがない男が一夜にして天才建築家となり、数々の名作を生み出し富も名声も手に入れた絶頂期に、飛び降り自殺を図る。自殺者の知り合いを尋ねるディーンとサム兄弟は、「自殺する理由が見当たらない」と困惑する友人の家に一枚の写真を見つける。それは、ロイズというバーでのショット。そこに写った女性は、とある大病院では30代で異例の大抜擢を受け部長に昇進して10年経つという。これは、悪魔との取引に違いない…。そして、己の願望を満たしたら、地獄から悪魔の手先である猟犬が迎えに来るのだ!! 二人はロイズ・バーに赴くと、確かに悪魔と契約を交わした人間が、自分を含めて四人いたと画家志望の老店主は打ち明ける。一人は建築家になり自殺、女医は手遅れ…。もはやあきらめてしまった老店主は、悪魔と取引した自分に責任があると運命を受け入れ、抵抗はしない。ただ、死ぬ前に名作を完成したいという。ならばもう一人の契約者だけは救いに行かなければならない。 残る一人は、重病に冒された妻の延命と引き換えに自分の魂を悪魔に売ったと言う。事情を察するサムは男を助けようとするが、悪魔に魂を売ったのは自己責任だと突き放すディーン。その冷淡さの裏には、本来死ぬべきだった自分が、父と悪魔の契約によって生き返らされたという負い目と不快感がある。 サムは男を守り、ディーンは自分自身のわだかまりと対峙するためにも悪魔を罠にかけて契約を変更しようと単身、一計を案じて「交差点」へと赴くが…。 そう、キーワードは交差点です。交差点は、悪魔を呼び出すいわばアクセスポイントなわけですが、件のロバート・ジョンスンの名曲に「クロスロード・ブルース」という曲がありまして、こちらはエリック・クラプトン(というかクリーム)でお馴染みですよね。ミスチルじゃないんだ、これが。個人的には、ロバート・ジョンスンじゃなくてハウリン・ウルフあたりをモチーフにして欲しかったなぁ。 続く第9話。これ、やっぱりJホラーの影響、受けてないかなぁ…。先住民(?)の民間伝承などをうまく落とし込んだこのエピソード。久々にサムの予知夢から話はスタート。ディーンが、縛られた男を撃ち殺す夢をみたサムは、ディーンを促して夢に登場した街へ。 そこで目にしたのは、なんとも異様な街の雰囲気。あたかも、ゴーストタウンの様相。ある落書きを目にしたサムとディーンは、街から人々がそっくりと消えてしまう伝承に思い当たる。しかし、街から住民が消えてしまうなんて??? その理由は、なんとウイルス感染にあった。このウイルスに感染した者は三時間以内に凶暴化し、感染していない人を襲っては傷口に血を付着させ、感染させようとするのだ。こうして互いを殺し、感染しあって、街は人を消失せしめたのだろうか。あろうことか、感染者の血液には硫黄が検出された。間違いない。悪魔の細菌戦争だ!! 街の病院に、被害者を抱えて立てこもるディーンとサム。通信手段は経たれ、国道も感染者たちによって封鎖されている。絶体絶命…。 見かけはなんら人間と変わらなくても、もはや人間ではない被害者をディーンは躊躇いもなく撃ち殺す。「こいつは人間じゃない」。その矢先、意外な展開からサムまでもが感染した。病院に立てこもる感染していない自警団たちは、サムを撃ち殺すようディーンに迫る。「あんたの弟はもう人間じゃない。あんただってさっきそう言っただろう?」。まさかサムを撃ち殺すなんて。えこひいきはできない。だから、悪魔との取引で得た命に捨て鉢になっているディーンは、サムとの心中も覚悟する…。しかし、サムの特異体質が意外な結末に。 全然関係ないですが、自警団に加わる元軍曹のオヤジが、ビリー隊長に似ていたものだから、キャスティング、何回も見直してしまいました。ま、違ったんですけど。 さて、スパナチュ。ファースト・シーズンが、ディーンから「ハンターとは何ぞや」を学ぶサムの成長と運命がメインテーマになっていましたが、セカンド・シーズンは、父に弟を託されてはじめて生き方に迷うディーンが、サムを通じて「人間」として成長していく物語が続いています。悪魔に対してもはや打つ手なしの兄弟が、今後それぞれ補い合ってどう各々の運命と立ち向かうのか、ますます目が離せません。(了)SUPERNATURALII スーパーナチュラル〈セカンド・シーズン〉コレクターズ・ボックス1(DVD) ◆20%OFF!■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/20
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バイエルン王国の狂王・ルートヴィヒの生涯。ノイシュバンシュタイン城を作ってしまった時代錯誤のロマンティストでも有名ですが。 まぁ、とにかくヘルムート・バーガーが綺麗。これは、晩年の老醜も含めて、退廃・自滅の美まで含めて、迫真の演技。一世一代の名演技とはよく言ったもので、少々時代がかったヴィスコンティ好みの演出にも違和感なくはまるんですよ。 『山猫』と同じように、旧制度が近代化の足音とともに崩れ去るまでの滅びの美学が詰め込まれているんですけれど、『山猫』が一人の老貴族の世代交代への無力にして厳粛な覚悟で終わるとすれば、こちらは終始旧世代への見苦しいまでの固執に、若き日の失恋の痛手を転嫁していく王の惨めな生涯が描かれています。うーん、デカダンだなぁ、と。 で、ヘルムート・バーガーの美しさに比べて、これまた一世を風靡した名女優にして、劇中王の初恋の相手となるロミ・シュナイダーの粗野なこと…。 ま、お面相で決めるわけにはいきませんが、このガサツな女性ではルートヴィヒのナイーヴな心を慰めてやることなどできないだろうな、と。史実と映画は違いますけどね。 ヘルムート・バーガーよりもアラン・ドロン、と思い込んでいた私ですが、改めてヘルムート・バーガーがなぜヴィスコンティに愛されたかがよく分かる作品でした。 総時間4時間に及ぶ大作でしたが、まったく退屈しなかった稀有な作品でした。(了)[DVDソフト] ルードウィヒ ~神々の黄昏~ 復元完全版 デジタル・ニューマスター■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/20
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見出し:ジョジョ達の冒険。青土社『ユリイカ 臨時増刊号 総特集―荒木飛呂彦』 もともとコミックを読む、という習慣が長じるまで私にはなかった。そのせいか、マンガ文化という一大潮流にあって、私は明らかに後発組であり、傍観者であり異邦人であったが、逆に「読みたい作品だけ読む」ということができたし、選択的になれたわけである。私の美の基準に染まない作品は読む必要もなく、だからして読んだものが逆に「私」を立ち上がらせる、とも言えるかもしれない。 久しぶりにユリイカを買った。全編ジョジョ特集である。私は、いつかこのような形で荒木飛呂彦氏およびジョジョが採り上げられる気が、もう10年来していた。 というのも、ある瞬間(ひとつ間違いないのはジョルノ篇ではないだろうか。作者はあるインタビューでジョルノ篇のコンセプトをロードムービーだと話していたが、こうした偶発的要素を根幹とする試みは、世界観の定着への手応えではないか)を境に、それまでジョジョ・ワールドが持っていた世界観や思想、実験的要素-これらをまとめてアート=芸術と呼ぶ-を、コミックや漫画という手法を強調した枠の中で描き出さなくても、読者がすんなり作者の意図に入り込める領域まで、その刷り込み作業が到達していたからだ。 だから作者は、ある瞬間以降、より自由かつストレートに、描きたいことを描くことに躊躇わなくなったような気がする。そこには、純度の高い芸術性が込められても、拒絶や無理解をこうむる心配がなくなったからである。 純度の高い作家主義を盛り込めば、これはきわめてユリイカ的な素材であるし、もともとビザールなキャラクターやストーリー、スタンドの記号的意味付けでもってその世界を構築してきた作品であるから、こうした日が来ることは当然の成り行きであったと考えるべきだ。 「ジョジョ立ち」講座あり、荒木飛呂彦氏を囲んでの対談あり、スタンド事典あり、と資料的価値の高い一冊となっている。 余談だが、現実と隣接し連続している歴代ジョジョたちの日常は、だからシュルレエルかといえばそれだけではない。 むしろ、シュルレエルを超えて行く、さらなる先がそこにあるから、これがシュルレエルから「冒険」それも「奇妙な冒険」となって行くのである。(了)総特集荒木飛呂彦■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/19
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存命中の方で読んでみたいブログ、ありますけど、これだけ情報過多・露出過多だとそんなにサムシング・エルスを感じないかも。著名人ブログというのは、もしかしたら全盛期に比べていささか下火になってしまったファン交流会やストアイベントなどで感じていた「身近さ」を補う一つのあり方なのかも知れませんね。 私、歴史上の人物のブログなんか読んでみたいですよ。世界に枠を広げると大変なので、日本に絞ってみますと、やっぱり動乱期の人物はどんどんブログで情報発信していただろうな、なんて思うのです。 そうなると、吉田松陰とか、もうスゴいことになっていたのではないかと。過激に体制批判し、密航まで企てたんですから、もうブログは大反響間違いなし。でも、敵も多かったので、あっという間に炎上したりして。 吉田つながりで言えば、穏やかにアクセスを獲得しそうなのは元祖ブロガーの一人、吉田兼好でしょうか。ほんと、つれづれに書きそうだよなぁ。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/19
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弟夫婦からもらって以来特に秋冬にかけて愛用しているルクルーゼのココット。今年も新色が出ましたね。食器で、しかももともとは“一般家庭の必需品”的位置づけであったホーロー鍋にシーズンごとに新色が出ると言うのだから、いかにその付加価値が高いかが分かります。 今年のカラーはシックなものからカラフルなものまで揃い、調理器そのものの用途以外でも多目的的になっています。カラーのネーミングもなんだか携帯電話みたいな感じだなぁ。 個人的にはシャイニ-ブラックとヴァーガンディが可愛いなぁと思っていますが。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/17
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誰かの言葉がその後の人生を変える、ということは多々ありますよね。作家や芸術家、歴史上の人物…。エジソンのかの名言にはあんまりピンと来なかった私でも、そうした先達の含蓄ある名言に己の至らなさを思い、かつ精進への誓いを改めたこともあります。 しかし、案外身近な人の何気ない一言が、生きて行く上でのヒントやモチベーションになったりするから、日常や人生は面白い。ここでは、そんな日常の中で糧となった言葉を幾つか…。■「ライターなんか掃いて捨てる程いるから。」(デザイン事務所の社長の言葉)■「自分の好きなことを仕事にしなさい。」(父の言葉)■「男の子はナイトであるべきです。」(母の言葉)■「お前を信じてついて行くよ。」(弟の言葉)■「何かをするには時があります。」(熱心で真面目なあるキリスト者の言葉)■「すべてのことは必然です。」(共著者で恩師の近藤裕氏の言葉) まだまだ幾らもありそうですけど。両親の言葉は幼少の頃に言われて、以来私のパーソナリティを作って来た言葉。弟の言葉は、弟がこれからも運命を共にする覚悟をさりげなく言ってくれたものです。デザイン事務所の社長の言葉は、自分の仕事へのプライドを失わないために、自己研鑽を怠らないよう闘争心に火をつけた言葉であると同時に、駆け出し時代に業界の厳しさを教えてくれた重い一言でしたね。 こうして、リアルな日常の中で耳にする言葉の中にも、教科書の中の名言より重く深いものがあるものです。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/17
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久々にスパナチュ祭を。今回は第6話「壁の中の殺人鬼」、第7話「容疑者」に二つをお送りします。 さて、第6話。とあるマンションで謎の怪死を遂げるブロンドの女性。過去80年で6人の犠牲者が同じマンションから出ており、いずれもブロンドの若い女性が何かの餌食に。現場に残された不気味な液体がエクトプラズムであることに気づくディーン&サム兄弟。そこに、エレンの娘でハンター志望のジョーが、母の許しなくフライング気味に加勢。ジョーに何かあったら大変だ…焦るディーン&サム。ディーンはこの跳ね返りのお守り状態に。 しかし、ハンターの才能があるのか、環境のせいか、ジョーは足手まといになるどころか、勇猛果敢にハンター退治に貢献する。 ところが、そのジョーがついに殺人鬼に捕まってしまう!!ジョーを助けないと!!そして、ジョーに押し切られて「一緒にはいない」と嘘をついた手前、エレンに申し訳が立たない…。 このエピソードでは、終始ディーンがジョーを気遣うシーンが多く、「もしや?」と下衆な勘繰りを禁じえないわけですが、まぁまんざらでもない二人。ただ、不断皮肉屋で軽口のディーンが、ハンターの生活が英雄物語の冒険譚なんて甘いものじゃないということ、そして家族の大切さをジョーに諭すシーンは、自分を隠して能天気に振舞うことでしか正気でいられない仕事を幼いころから続けてきたディーンの素顔が見られますよ。 このエピソード、モノクロで見ても面白いんじゃないかな。というのも、とにかく犠牲者が監禁されるシーンで、閉じ込められたケージや小部屋の隙間から怯えきった視線を投げかける犠牲者の目が、とにかく怖い。ちょっとヒッチコックな感じ。 さて、なぜエレンが執拗にジョーとウィンチェスター兄弟やハンターとの交流を禁じたか、その真相がラストで明らかになります。うーん、因果だなぁ。 続いて第7話。原題は…ユージュアル・サスペクツ???どっかで聞いたなぁ。さておき、これがまた濃厚なエピソード。いきなりディーン&サムが警察に逮捕されたところから話はスタート。兄弟は数々の微罪・軽犯罪で逮捕され、ディーンはなんと殺害容疑までかかっている始末。別々の部屋で取調べを受ける兄弟は、何とかして容疑を晴らしたいところ。ところが、ディーンを取り調べる警部ピートは、なぜか強硬にディーンを殺人者に仕立て上げ、事件の経穴を図ろうとする。一方、サムを取り調べる女性警官ダイアナ(…って、これリンダ・ブレアじゃないか!!)は、事件解決のためにいちはやく真相を話して欲しいとサムに説得を試みるが、悪霊退治の話をして納得してもらえる見込みがないと知るサムはあの手この手で事態の進展に挑む…。そして、ダイアナのパソコンのモニタに、幽霊からのメッセージが突如現れ、やがてダイアナの前に無残な姿をした幽霊が出現したところから事態は思わぬ方向へ…。攻撃してこない幽霊は、アナグラムを使って本当の悪人の正体を伝えようと、必死にメッセージを送っていたのだ。その幽霊の無言の訴えの背景には、悪辣な企みが隠されていた…。 第7話はすごくシリアスで、この一話だけでもハリウッドのサイコスリラー映画にでもなりそうなテイスト。尋問シーンから始まるシナリオの運びもなかなか秀逸でよく出来ています。そうそう、ダイアナとサムで、尋問する側が尋問される側へと逆転するシーンは実に痛快。 それにしても、映画『エクソシスト』の中で悪魔に憑かれてスパイダー・ウォークしちゃう女の子・リーガン役で一躍話題となったリンダ・ブレアを、最初は幽霊を信じないけど、最後は理解して粋な計らいをする警官としてひっぱて来ちゃう所に、製作側からのオマージュを感じます。ディーンが最後に「あの人、どこかで見たことないか?」というシーンは、思わずニヤリです。(了)SUPERNATURALII スーパーナチュラル〈セカンド・シーズン〉コレクターズ・ボックス1(DVD) ◆20%OFF!■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/16
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皆様、ソソラソラソラ、ウサギのダンス~♪、という童謡、ご存知でしょうか?私が子供のころは、よく母が指でウサギの形を作ってひょうきんなダンスをさせながら歌ってくれたものです。 最近気になって、あれは本当に実在する歌なのだろうか、はたまた母が勝手にこしらえたものなのか、なんたって歌詞が面白いので、急に気になって調べてみたわけですよ。 そしたら、ありました。正式名称、兎のダンス。なんと歌詞は二番までありました。 さらに、あろうことか野口雨情作詞・中山晋平作曲という、とても由緒正しい童謡であることが判明。いやぁ、結構モダンな歌だったのですねぇ。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/16
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久しぶりにスター・ウォーズネタが書けるので嬉しいなぁ。さて、トンでもないフィギュアが出てしまいました。それは、所謂ラルフ・マクォーリーデザインと呼ばれるモノで、プロット版のデザインなんですが、なんとこれをフィギュア化してしまったというからお見それしました。 というのも、実はこの初期版のキャラクターデザインは、エピソード1以前の時代には、コアなスター・ウォーズファンの間でしか知られておらず、このデザイン画が掲載されたブックレットを同梱したフィギュアが発売されていて、このブックレットのためにフィギュアを買ったコレクターがいたという…。私もそうですけど。 で、このデザインの中のダース・ベイダー、なんとまずライトセーバーが青いんです。顔つきもちょっとキツめ。採用版のどっしりした重厚な感じではなく、スタイルももっと若々しい感じです。 そのラルフ・マクォーリーのデザイン画には、もちろんルークの姿も描かれていました。ルークの方は、あの時代性を曖昧にした秀逸なデサインのコスチュームではなく、完全にSF世界の主人公然とした出で立ち。酸素ボンベのようなものを背負い、チューブを口にしています。ハン・ソロっぽくもあるかなぁ。 とまぁ、こんなマニアックなモチーフがフィギュア化されてしまうところに、マーチャンダイジングの妙と同時に、ファン心理をよく理解しているなぁ、といつもながらルーカス御大には頭が下がってしまうのでした。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/15
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見出し:過ぎ去りし日々への愛ある眼差し。アナトール・フランス作、杉捷夫訳『昔がたり(ピエル・ノジール)』(岩波書店) 懐古趣味とは、畢竟変化への嫌悪と抵抗の静かな、しかし侮り難い力である。本作品は、アナトール・フランスの自伝的小説(+随筆)であり、ピエル・ノジール=アナトール・フランスが、昔日の巴里を形作っていた様々な事象や人物の断片に対して向けた、愛情に溢れた眼差しで写し取った心情を記述している。単に、思い出話に終始しないところが、この大作家の筆の洗練の証左であるが、時に箴言めいた話が飛び込んできても、しかつめらしくなく、実に生真面目に美しい。 本作は複雑、というよりもかなり自由な作りになっており、幼年時代を綴るメイン部分の第一篇、“完成された習作”の感のある手記風の第二篇、ピエル・ノジエールの旅行記(と言いつつ、郷土史的な味わいもある)と題された第三篇から成っている。無論どれも素晴らしいが、やはりこの作品は、ノスタルジックな物思いに存分にたゆたうことのできる第一篇に、アナトール・フランスらしさが充溢していると言わざるを得ない。 余談だが、この古きを愛する作家は、「ルルドの聖母は働きすぎる」と登場人物に皮肉を交えて言わせている。新しい奇蹟が、時の自然な経過への加筆であるとでも言わんばかりに。この点においては、ユイスマンスと意見を同じくしている。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/15
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うわぁ、いつの間にか20万アクセス達成していました。もうボチボチと思っていましたが、まさか不在中にこの節目を迎えてしまうとは!!開設から986日目にしての記録達成。本当になんにもしないで、ただコツコツと記事をアップし続けただけのブログ。積み重ねだけの記録達成ですが、同時にそれだけの方に閲覧いただいたのだな、と感謝しています。 できれば記事をアップして達成したかった記録。なんか、野球で優勝が決まってから負けて「勝って自力優勝したかったです」とインタビューに応じる選手の心境。 ともあれ、今後も相変わらずのペースで頑張ります。どうぞよろしくお願いいたします。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/14
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見出し:歌は世につれ、世は歌につれ。向風三郎著『ポップ・フランセーズ名曲101徹底ガイド』(音楽出版社) 歌は世につれ、世は歌につれ、である。音楽、それもポップスは時代の映し鏡であることはいまさら述べるまでもない。あるいは、時代を創り出す起爆剤でもある。 ある音楽専門誌の書評で見つけて手に取った本書には、イヴ・モンタン、シャルル・アズナブール、ゲンズブールにジェーン・バーキン、ミシェル・ポルナレフら錚々たるフレンチ・ポップスの重鎮の名盤と、それにまつわるエピソードがコラム風に綴られ、軽快にフランスの音楽事情と激動の現代史を追いかけることが出来る。 改めて、フランスという国が多様な民族・文化の断片を吸収し、親和やアレルギー反応を起こしながら出来上がっているのだということを知らされる。 わが国からは、我らがジュリーこと沢田研二氏のアルバムが一枚収録されている。(了)ポップ・フランセーズ名曲101徹底ガイド*R&Bはコレ!! ↓R&B hip hop disc guide■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/13
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見出し:祭の後味を、歴史はどう引き受けるか。江口幹著『パリ68年5月 叛逆と祝祭の日々』(論創社) 案外、パリ68年5月のナンテールの学生運動について書かれた文献は少ない。本書は、あの時、あの場の空気をつぶさに伝えながら、この狂える宴の歴史的・社会的意味を振り返りつつ分析・記述している。 集合的に共有される運動というものに、私は正直言っていまひとつ親身になれない。もともと私自身が、アメリカの民族問題や人種主義、権利拡大の運動のメカニズムについて長く追い続けてきたせいもあるかもしれない。どんなに沸騰する運動でも、過程の段階で、つまらないことで空中分解し、頓挫し、遅々として結実しない性質を宿命的に孕んでいるような気がしてならないのだ。私は、数ある運動グループの中で言えば、著者が批判する状況主義の一員に近いのかもしれない。 パリ郊外、ナンテールでの学生蜂起が、管理主義や支配の装置、あるいは資本主義経済への異議申し立てであって、個人の自主独立への上がるべくして上がった狼煙だったとしても、何か、打ち上げ花火の軽佻さを拭ううことが出来ない。と言って、パリはいまだに燃えている。常に運動を誘発する火種を抱えている街の一つである。そうした不断の緊張感の縦糸の中で、この68年は何度も亡霊のように蘇っては、新たな運動に熱量を供給するには違いない。 私は徹底したホッブズ主義者であるから、68年の若者たちが声高に自律性を掲げた(大人として扱ってくれ!!)ようには、人間は成熟した種とは思えない。人間に、果たして自律性などというものが備わっているのかどうか、40年後の地上を見れば答えは決まっている。地上は、これだけ個人主義が氾濫しても、今もって自律性が発揮されるよりなりふり構わぬ地獄絵図が繰り広げられている。人は己を律する。その自負はやはり、若さゆえのユートピア幻想だったのではないだろうか。(了)パリ68年5月恋人たちの失われた革命(DVD) ◆20%OFF!■著書です:何のために生き、死ぬの? 意味を探る旅。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/12
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見出し:いと気高き闘牛。栄光、さもなくば恥辱か。ドミニク・ラピエール、ラリー・コリンズ著、志摩 隆訳『さもなくば喪服を』(早川書房)「泣かないでおくれ、アンヘリータ、今夜は家を買ってあげるよ、さもなければ喪服をね」 私は、映画『ハモン、ハモン』のハビエル・バルデムを思い出していた。闘牛とは不思議なものだ。闘牛士は命を賭して、この競技と己の栄光のために荒ぶる牛と闘う。そこには、第三者の入り込む余地のない、人と牛の絶対的で真摯な関係が厳然として存在する。 興行主は、人気マタドールを呼び、高度に闘争的に育てられた牛が観衆を湧かせることをよろこび、同時に事故のないこと―これは、人道的な意味からだけでなく、神聖なるこの儀式が穢れぬために―を神に祈る。 手塩にかけ、身の危険も顧みず牛を育てる飼い主は、最高の闘牛の主役を張る賛辞に堪える牛を産出することを誇りながら、どうかこの特別な牛のこの世での使命を美しく全うして死んでくれることを祈る。マタドールを殺さないでくれ、と、やはりこの闘牛の美を損ねないために神に祈るのだ。牛は、闘牛士に、本気で対峙し、自尊心を傷つけられぬよう立派に殺してくれることを、きっと祈っているのだ。下手な闘牛士に無様な作法で殺されることも、闘牛士のスキルの拙劣であるがゆえにその角の餌食となることは、牛にとっては存在意義を否定され、プライドを傷つけられることに等しい。牛は、誇りをかけた真剣勝負を、人間と同じように望んでいるのだ。 一体、こんな倒錯的な、種族を越えた思惑の結晶する儀式がほかに存在するだろうか。どうせ人間中心主義の世界なのだ(これを支持するものではないが)。 確かに、人間が決めた様式かもしれないが、闘牛を単なる残酷趣味の見世物と決め付けてしまっては、それに立ち向かい、従い、誇り高く闘う牛にも失礼なのかもしれない。 本書は「フランスのブリジッド・バルドー、イギリスのビートルズのよう」と文中で形容される、新しいスペインを体現し、やがて来るスペインの時代性の象徴となった天才闘牛士“エル・コルドベス”ことマヌエル・ベニテスの、正マタドール昇格の闘牛の20分と、“エル・レンコ”だったマヌエル・ベニテスが“エル・コルドベス”という民衆のスターになるまでの半生を、交互に、あるいは重ねあわせるように綴って行く様は、ノンフィクションの粋を見せられたかのような、緊迫した展開とスリリングな感動を読者に与え、この日本であまり知られていない英雄の生き様に思わず吸い込まれてしまう。実際闘牛という、凝縮された時間で執り行われるモチーフを、ここまで巧みにノンフィクションというフォーマットに重ねあわせてその個性的な魅力を発揮した作品にはこれまで出会ったことがなかった。実況中継のように追いかける闘牛シーンの描写は、闘牛に興味がある人や知識がない人にも、存分かつ親切にその迫力を伝えてくれる。 あるいは、スペインの内線の悲劇についても、歴史的事実の記述はさらっと述べられているにとどまるが、マヌエル・ベニテスとその父、二代にわたる苛烈極まる人生が、かえってリアルに当時のスペインの閉塞的な状況、持つものと持たざるものの隔てられた溝の埋め難さを物語ってあまりある。虐げられ、また押さえつけられて暴徒化した、政治に振り回される大衆の側からスペインの内戦を描き出し、その軸に栄光を夢見る一人の青年を据えたことで、時代のダイナミズムと同時に、這い上がる者たちの苦難の道行きが生々しく垣間見える。ヤ・エス・ラ・オラ、マタドール。(了)さもなくば喪服をハモン・ハモン 無修正版■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/09
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なんかねぇ、くだらない。所詮遊びだ、と思っても、天国の自分からメッセージが届くと思うと、ちょっと感傷的になりますよ。それに、この語りかけ口調が…(涙)。昔、『天国から来たチャンピオン』って映画、ありましたっけ。あと、なんかセワシくんがのび太に語りかけてるような、甘酸っぱい感じがしますけど、どうでしょ?天国からのメッセージ。 毎度のことながら、HNほかいくつかで試してみました。■元気ですか?2007年ごろの自分のことを懐かしく思い出します。僕は82歳で、つまり西暦2055年に、寿命を全うして生涯を終えます。思えばいろんな事があったけれど、我ながらなかなか良い人生でした。だたひとつだけ過去の自分に、つまり今のあなたに伝えておきたい事があります。それは 2013年のある寒い日の出来事です、僕はちょっとした偶然が重なって、大阪の吹田へでかけることになります。そこで人生のクライマックスといえる出来事が起こります。時がくればわかると思います。最後にひと言、82年間生きてみて思ったのは「やっぱり、人は外見だな」ってこと、なんちって。では、また。がんばれ!■元気ですか?2007年ごろの自分のことを懐かしく思い出します。僕は75歳で、つまり西暦2048年に、みんなに見守られながら生涯を終えます。つらい事もあったけど、とっても素敵な人生だったと思います。だたひとつだけ過去の自分に、つまり今のあなたに伝えておきたい事があります。それは 2008年の秋の出来事、僕はイギリスのリバプールへ行くことになります。そこには運命の出会いが待っています。 楽しみにしていてください。最後にひと言、75年間生きてみて思ったのは「こどものころに憧れた夢は、いつか叶うんだな」ってこと。では、またいつか会いましょう。残りの人生を存分にたのしんでください。 ■2007年の僕へ。元気ですか?2007年ごろの自分のことを懐かしく思い出します。僕は75歳で、つまり西暦2048年に、みんなに見守られながら生涯を終えます。思えばいろんな事があったけれど、我ながらなかなか良い人生でした。だたひとつだけ過去の自分に、つまり今のあなたに伝えておきたい事があります。それは 2010年の秋の出来事、僕は北海道の富良野へラベンダーを見に行くことになります。そこには運命の出会いが待っています。 メモしておいてください。最後にひと言、75年間生きてみて思ったのは「はずれてるように思える占いほど、結果的には当たってるんだな、ってこと。では、またいつか会いましょう。みんなに、よろしく。 ジーン。シモンズ。あ、分かりづらいか(KISSです)。ま、それはさておき、なんかほのぼのとしていて、沁みてきませんか?ま、なぜいきなり吹田やリバプールなのか、まったく分かりませんが。しかも応援されてるし…。 でも、実際人生を振り返るとき、偶然や必然の綾の中で、そのときは「なぜ?」と思ったことが、懐かしく、そして通るべき道であったことの確信とともに思い出されるのかも知れませんね。おっと、今日はしめっぽくていけねぇや。(了)天国から来たチャンピオン(DVD) ◆20%OFF!ラク■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/07
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とにかく甘いモノ、大好きです。沢山はいらないから、美味しいモノ、好きなモノを少量。プッチンプリンから始まって(笑)、和菓子から洋菓子まで。和菓子の素晴らしさは、もう10年以上も前に平戸に行って、かすどーすを食べたり、お茶のお稽古をしていた頃に開眼。そういえば、カステラは子供の頃から大好きです。老舗・福砂屋のご主人が、叔父の同級生なので、いつも初釜の特別カステラ、戴いてます。 で、今個人的にハマってるのが、鶴屋吉信の「つばらつばら」。京都の老舗ですよね。万葉集の中の大伴旅人の和歌「浅茅原つばらつばらにもの思へば故りにし思ほゆるかも」 がこの不思議な名前の由来とあります。このモチモチした皮がなんともクセになりまして、ついつい後を引いてしまうのです。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/07
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見出し:「文学」をフィルターにお気に入りの街をゆく。鹿島茂著『文学的パリガイド』(日本放送出版協会) 贅沢な体裁。装丁も洒落ていて素敵だ。鹿島茂のお家芸とも呼べる、“鹿島的”シリーズとでも呼べそうな一冊。 とにかく、19世紀パリに死ぬほど恋焦がれる著者は、どんなテーマであろうと“鹿島的”という尺度でもって料理してしまう。それが吉と出ることもあれば、「あれ、また?」という金太郎飴を齧るような気にもなることもあるのだが、本書はパリの名所や悪所、あるいは知られざるスポットや風物を、フランス文学や作家を引用して結びつけガイドしていく。 確かに「ありきたりだ」とも思ってしまうが、とある時代、とある作家や作中人物がこの街で飲み、語り、歌い、恋したと想像をめぐらせてページを繰ると、ちょっと立体的な感動が得られて面白い。 まさに束の間、パリと文学に詳しいガイドに街案内をしてもらったような、そんな気分で読むのが“気分”に違いない。(了)文学的パリガイド■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/07
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さてスパナチュ祭、今日は第4話、第5話を。第4話「蘇った恋人」は、いわゆるゾンビな話。映像的には、ゾンビと“呪怨”、って感じなんですけど、影響、受けてます??? 母のお墓参りを突如希望する弟・サムに渋々つき合う兄・ディーンは、素直になれずにそんな感傷を受け入れたがらない。この街で遭遇したのが、色恋沙汰で恨みを抱いて死んだ女性・アンジェラが、ゾンビになって自分を傷つけた人に復讐を繰り返す事件。ディーン&サムは、アンジェラの父である、古代ギリシャの死者を蘇らせる方法を記した文献を持つ学者に犯人の目星をつけるが、どうもこれはハズレの模様。古代の秘術を駆使してゾンビを蘇らせたのは、なんとも哀しい片恋だった!!事態を収拾するほどの甲斐性のないこの片思いへの返答は、すげない惨劇。不純で反自然的な恋は実らないんですかね。 弟の叫びで自制心を保ち、ゴードンとの違いを自覚するディーンでも、なぜか悪霊ハンティングへの勘は冴え渡り、案じた一計で見事ゾンビを土に返すも心の隙間や渇きは埋め難く…。 このエピソードでは、ゾンビ映画ファンにはたまらないオマージュ台詞が二回登場します(細かいなぁ…)。それに、珍しくトホホなサムに出会えます。えっと…サム、むっつりスケベでした。ま、若いんだし。ねぇ。ディーンには散々突っ込まれますけどね。 第5話「悪魔のささやき」。こちらは一転シリアスなトーン。つまり、スパナチュの底に流れる根源的なテーマが軸となっています。久々にサムの予知夢が炸裂。平和な街で、温厚そのものの人物が猟奇殺人をする夢を見たサム。この夢の中の犯人は、犯行前に携帯電話で話していた…。 いつもとは違う胸騒ぎに、超能力の存在-つまり、サムとの共通点であり、「悪魔の計画」のプログラム-を感じ取った兄弟は、事件を阻止するために予知夢に顕れた場所へ急行する。その街で二人が出会ったのは、誰でも言いなりにしてしまう不思議な男・アンディの存在。ヤツは声を通じてマインド・コントロールする能力を持っているんだ!! 予知夢の事件を手分けして阻止しようとするも、サムは悪魔の“二次災害”をみすみす見過ごし、ディーンはディーンで謎のコントロール男のいいなりになって愛車を奪われる始末。 ところが、コントロールされたとは言え、謎の男が人を殺すようには思えなかったのは、今度はディーン。逆に、サムがそれ諌める始末。ちょうど第3話の逆パターンですね。ミュータントであるこの男を悪魔の手先と認めることは、実弟をその同類と見なすことと同じ。ディーンが苦悩する中、サムと男がご対面。超能力は、超能力を持つ人間には効かないことを知って驚くアンディ。そして、サムを次ぎなる予知夢が襲い、アンディの驚くべき出生の秘密へとつながって…。犯人は、アンディ以外、それもアンディに縁ある人物だった!!そして、アンディと、犯人と、サムの違いは?見つけたくない共通点は如何に??? 第5話は、ちょっと濃厚過ぎ(欲張り過ぎ)ながら、脚本はなかなか深いです。キーワードは“兄弟”です。苦悩しながら光を求めて闘う兄弟と、引き裂かれて闇を彷徨う兄弟。あと、スター・ウォーズファンもニヤリの台詞が登場します。何気にレギュラー入りしているエレン&ジョー母娘と“天才”アッシュの今後の絡みも楽しみです。(了)SUPERNATURALII スーパーナチュラル〈セカンド・シーズン〉コレクターズ・ボックス1(DVD) ◆20%OFF!■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/06
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さてさてスーパー・ナチュラル、セカンド・シーズン鑑賞日記。題して勝手にスパナチュ祭の始まり、始まり~。まずは、「なんじゃあ、こりゃ~!?」的に衝撃的なラストを飾ったファースト・シーズンの最終話の続きにあたる第1話「別れ」。ネタバレになりますから程ほどにしておきますが、これは幽体離脱のお話。大怪我をして病院に運ばれたジョン父さんに、兄・ディーン、弟・サムのウィンチェスター親子。生死の境をさまようディーンは、病院内で幽体離脱を経験。でもこれ、回復を待って本体に戻るアテのある離脱ではなく、実は死へ迎え入れる死神との対面の「境目」だったワケです。いつも衝突ばかりのウィンチェスター一家。ようやく兄弟に戻れたのに…と兄の不在を不安に思うサムは、ディーンをこの世にとどめようと駆け回るものの、さしもの超能力も歯が立たず。「死神の招きは変えられない。変えられうとすればたた一つ。それは…」。妻を悪魔に奪われた悲しみから、復讐のハンターとして生き、またディーンをもハンターとして徹底的にスパルタ教育を施してきた父・ジョンがそのときとった行動とは!!それにしても、吹き替え版のジョン役の方、相変わらず無茶苦茶いい声ですねぇ。聞き惚れます。ま、自分の父親があんなド渋ボイスだったらちょっと気恥ずかしいですけどね(笑)。 ファースト・シーズンのショッキングな最終話との橋渡しだった、これまた衝撃的なセカンド・シーズンの第1話に続く第2話「新たなる旅立ち」。なんかスター・ウォーズみたいな紛らわしい邦題だ…。ともあれ、あまりに不条理な事態に感情のやり場のないディーン&サム兄弟は、父の携帯電話にメッセージを残していたエレンという女性に、対サタンの打開策を見出そうと思い立ち、彼女のもとを訪れる。エレンはハンター達と交流の深い、いわば情報のたまり場であるサルーンを経営する勝気な女性。ここにいるわけですよ、眠狂四郎が。酔っ払ってビリヤード台か何かで寝ている“前髪はサラリーマン、後ろはロックミュージシャン風”という寝坊男・アッシュは、店にいついたエレンお墨付きの“天才”。コンピューターや数列を駆使してハンターを助ける…のかな。父・ジョンが何年もかかって収集した悪霊退治の秘伝のメモの解読を依頼する兄弟は、「こんな男にできるわけがない」と半信半疑。「51時間くれれば簡単さ」。その間に、界隈で起きた殺人ピエロ事件を解決に向かうディーン&サム。このエピソードは、とにかくピエロが怖すぎます。ドラマでも、ディーンが「お前、ピエロが怖かっただろ?マクドナルドのキャラクターでもビビッてたもんな」とサムをからかうシーンがありますが、実は私も、ピエロ駄目です。 さて、殺人ピエロの正体は?なぜ、大人だけを狙って子供は殺さないのか?ブルース・リーもビックリの、“鏡の間”風のオバケ屋敷で、ディーンとサムが大奮闘。ちなみに、件の“天才”氏は、MIT(マサチューセッツ工科大学)出身と判明。スゲー。 一風変わっているのが第3話「吸血鬼」。いかにもアメリカらしいな、と思うエピソード。この第3話は、冒頭がまた思わせぶりです。 悪魔狩り業界は狭いようで、ひょんなことからハンターのゴードンと遭遇するディーン&サムの兄弟。ゴードンは、妹の復讐のためにバンパイア・ハンターとして活動している敏腕の狩猟家。“あの日”以来、心に穴が開いてしまったディーンは、憎しみに燃えるゴードンと意気投合し、ゴードンの吸血鬼狩りに手を貸すことに。一方、ディーンの荒れ様に手を焼き心配を隠せないサムは、吸血鬼の一味にさらわれてしまう。ところが、一行に襲い掛かってこない。一味をまとめる女吸血鬼に、絶滅種である彼らはハンターからの“魔の手”を逃れるために、あえて人の血を吸わない吸血鬼であることを知らされる。最近牛が血を抜かれる事件が頻発する理由を知るサム。この吸血鬼達は、ゴードンの妹の血を吸ったやつらとは違う。この吸血鬼たちは退治しちゃいけない!! そう悟ったサムはディーンとゴードンを制止しようとするが、血に飢えたディーンの耳には、「俺達は生粋のハンターだ。俺達には同じ血が流れているんだ」というアジテーションしか耳に入らない。 今まさに、静かに街を去ろうとしている吸血鬼一味のアジトに踏み込むディーンとゴードン。そこでのゴードンの狂気に憑かれた振る舞いに戸惑うディーン。サムの必死の声がディーンを正気に返す…。「俺達は悪霊のハンターであって、人に危害を加えない霊を葬る権利はない!!」。 これは、多民族国家アメリカ、人種問題を常に孕むアメリカらしい発想です。結局、ヒステリックなレイシズムは、正義をくもらせ人をして悪魔にせしめる、という歴史的論理を、人間と吸血鬼の関係に置き換え、またそんな排他的なハンターであるゴードンを黒人俳優に演じさせるところに、分裂と友愛の矛盾を内包するアメリカの縮図を見る、というのは、私の考え過ぎでしょうか。いや、あながちそうでもないと思うのです。 さて、今回はディスク1収録分の第3話までお送りしました。(了)SUPERNATURALII スーパーナチュラル〈セカンド・シーズン〉コレクターズ・ボックス1(DVD) ◆20%OFF!■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/06
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昨日、久しぶりに『風林火山』見ましたよ。いつの間にか、山本勘助がスゴいことになってた。内野聖陽氏は、地味と言われるけれど、やっぱり巧いなぁ。役者らしい役者…って感じがします。老け役もわざとらしくないし、芸達者な方だな、と思いました。西田敏行氏の勘助も良かったですけど。 ただですね、どう見ても内野氏の山本勘助が、丹下段平@あしたのジョーにしか見えなくて仕方がなかったのですが、もしかして役作りの参考にしてるんでしょうか。いや、ホント。あの塩辛声で叫ばれたら、お館様も立ち上がりますって。ま、火山だけに燃え尽きるかも知れませんが…おっと、上手いね。(了)*下手な落書き。こんな感じじゃなかったでしたっけ???大河ドラマ「風林火山」完全ガイドブック■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/05
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振り返るにはちょいと早いのですが、今年は本当に劇場に足を運ぶ機会が少なかったです。なんか年々減ってるような気がして不安なんですけど。 でも映画はDVDで結構観れたような気がします。今年観た映画でオススメだったのは、■『列車に乗った男』■『アパートメント』■『ブラック・ダリア』■『007 カジノ・ロワイヤル』■『ドリームガールズ』■『スパイダーマン3』■『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』■『プレステージ』 あたりでしょうか。順不同、思いつくままに、ですが。劇場で観た中では『プレステージ』はなかなか硬派でしたね。『ブラック・ダリア』も良かった。『ドリーム・ガールズ』は音楽好き必見。『カジノ・ロワイヤル』は、飛行機の中でも観たのでなぜか三回も観てしまった…。新生ボンド、意外な掘り出し物。一方で『パイレーツ~』はジョニー頼みが強すぎてで、もうひと頑張りって感じはしましたけど。ちなみに、人生最悪の駄作は『処刑人 アナザーバレット』。■『処刑人 アナザーバレット』 これはホントにしょうもない映画でした。どんな映画にも必ず長所を見つける私でも、さすがにこの作品には腹が立ちました。ま、モノ好きで観たんですけど…。『処刑人』フリークとしては納得いかなかったですよ。思わせぶりなタイトルが怒りを増幅させます(笑)。薄々分かってましたけど…。 リアルタイムなところでは、『エディット・ピアフ 愛の賛歌』は評判いいですよ。母も友人と観にいったようですが、良かったと言っていました。私もできれば見逃したくないのですが…。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/05
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いまさら…な話題ですが、ちょっと前に有楽町イトシア、行ってきましたよ。偶々とある書店に資料を探しにいったついでだったのですが、やっぱり新しい店舗や施設は一応見ておこうかな、なんて思いまして寄り道をば少々。 ちょうどオープンから五日目だったようで、まぁ寄り道なんて呑気なことを言える様な状態ではないほどの混雑具合。 関係ないですけど、私山手線占いの結果、有楽町なんですよ(なんか最近占いネタ、多いですね)。だからというワケでもないのですが、私は昔から有楽町~銀座の方が馴染みが深くて、渋谷・新宿はからきし…という人間なので、有楽町駅からマリオンに向かう途中に突如現れた大型のエンターテイメント・スポットが、景観とどうマッチするかですとか、人の流れがどう変わるかに興味があったんです。 よくもまぁ、あんな駅の近くに作ったもんだ。「再開発したい派」には喉から手が出るほどの立地条件ですが、ちょっと駅前が賑やかで狭くなったような感じもしました。あそこ、意外と交通の要所だったりするんですよね。 そうした人混みもしばらくすると落ち着くのかもしれませんが、一方建物自体は比較的こじんまりしていて、上品な感じで好感が持てました。同じお洒落感でも、有楽町という街が持っている風土やイメージ、テイストなどと調和しているという印象。 マルイは、他の店舗に比べて若干高級&年齢層も大人向け、という感じでしょうか。女性にはたまらないスポットになることでしょう。年末にかけてはクリスマスシーズンもありますし、商戦期までに一気にPRをかけて行きたいところなのでしょう。 このときはじっくりと探訪する時間も気力(とにかくどこぞの百貨店の大セールのような混み具合だったのです)もなかったのですが、時間をおいてじっくりと足を運んでみたいと思っています。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/05
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先日とある書店に行きましたら、洋書コーナーにオジェイケレの写真集を発見。この方、アフリカのフォトグラファーで、数年前に品川の原美術館で展覧会を観たのですが、とにかくその作品は個性的。毛、毛、毛!! ナイジェリア(だったかなぁ)の女性のヘアスタイルを撮影したものなのですが、もうアンテナみたいなのや、イソギンチャクみたいなのや、一目見て作家が分かるインパクトのある作品ばかり。というワケで、書店でも遠くから表紙を見てすぐに気がついたのです。 アフリカの女性のヘアスタイル、一見圧倒されてしまうのですが、これが実はすごくファッショナブルで美しいんです。奇抜のようだけれど、すごく強烈なアイデンティティを感じるし、文化的なメッセージや強さを感じる。それが、見世物的でなく、人種主義的でもなく、本当に美しい。 あまり日本では情報がないようですが、興味のある方は是非一度触れてみてください。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/05
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唐突ですが、スパナチュ祭、始まります。ってどんな祭りだ。なんたって連続ドラマを最後まで見通すことのできない私が、ほぼ人生で初めて、第1話から最終話まで見たドラマ、それが海外ドラマ『スーパーナチュラル』。当ブログでも、ファーストシーズンについては、「スパナチュあらすじ&感想記事」を毎回アップしていまして、これをもって個人的に勝手にスパナチュ祭と呼んでいる(自己完結型のバーチャル祭ですね、完全に…)わけですが、このたびようやくセカンドシーズンを鑑賞しはじめましたので、またまたスパナチュ関連記事を順次アップしていきたいと思っています。やっぱ“兄弟モノ”ドラマは感情移入しますねぇ。(了)SUPERNATURALII スーパーナチュラル〈セカンド・シーズン〉コレクターズ・ボックス1(DVD) ◆20%OFF!■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/05
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伝説には由来がセット。これ掟です。神仏や英雄物語に縁あるところには洋の東西を問わず、かならずその来歴、つまりはある種“伝説の証拠”にあたるモノやコトが並べられていたりするわけです。そうした“証拠”の媒体には人間がなることもあります。「●●のメニューにはネズミの肉が使われている」とか「●●にカップルで訪れると結ばれる」といった証言も証拠です。 と同時に、生きている人間そのものが伝説と化しているとき、その人自身が動かざる証拠になる場合もある訳です。 かつてブラジルに住んでいたときのこと。サッカーの神様・ペレに頭を撫でられるとサッカーが上手になるという都市伝説がありました。ブラジルの子供たちにとって、ペレに撫でてもらうことは、ローマ法王の按手と同じくらい、祝福を約束されたものだったのです。 私が住んでいたのはブラジルの小さな港町でしたが、あるとき海岸沿いの中華料理屋さんでエビ料理を食べていると、ジャガーで乗りつけた人気者が来店。なんとペレその人だったのです!! 入店したペレは、この地では珍しい東洋人を見つけ、「この子達を撫でてください」と父が言ったのか、幼い私たち兄弟の頭を撫で、握手してくれたのです。それがどれくらいありがたいことかを知るのは余りにも幼かったわけですが、さて。 それが伝説であって、それ以上でも以下でもない証拠に、私、サッカー全然上手になりませんでした。やっぱり精進が足りなかったのか、伝説は伝説に過ぎなかったのか。あとになって、ペレが「私にご相談下さい」と言ったかどうか(笑)。あ、それはCMでしたね。(了)ナショナル・トレジャー 特別版 ■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/03
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最近は多種多様な占いをネット上で見かけます。人から教わったのが戦国無双占い。ゲーム絡みの占いですね。実際私はこのゲーム、プレイしたことはないのですが、教えられたので占いを試しました。なんだコリャ??? 結果は織田信長だそうですけど、ブルマを履くと運気が上がる(笑)。変態大名じゃないですか!!ま、この手の占いは遊び感覚と重々承知ですが、いくらなんでも戦国時代の風雲児とブルマ、笑ってしまいました。いや、でも案外あの西洋風をいちはやく取り入れた開明派の武将のこと、案外甲冑の下は…んなワケないか。 で、もう一つ占いネタ。ネタ元はよく聞かなかったのですが、なんでも寿命を診断する占いがあるそうで、弟が親切にも私の分まで入力して診断してくれたところ、私、寿命30歳だったそうです。出会い様「お前、とっくに死んでるらしいよ」って、どんな弟だ(笑)。ともあれ、武将も現代人も、命あってのモノダネです。(了)コーエー ゲームミュージック/戦国無双 オリジナル・サウンドトラック■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/11/02
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