2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
全26件 (26件中 1-26件目)
1
![]()
過去二作は常に劇場で観てきた『シュレック』シリーズ。新作は遂に劇場で観ることができませんでした。シュレック一家にベビーが誕生するようですが、そのマクドナルドのフィギュアがかわいい!! と言いまくっていたら、友人からフィギュアをいただきました。早速飾ってみましたが、本当に愛らしい。。。しかもコレ、背中のボタンでなにやらしゃべるのですが、意味は不明。このウインクにやられますねぇ。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。シュレック3 スペシャル・エディション
2007/08/31
コメント(0)
デュオ・シルフィードwithフレンズ@東京オペラシティリサイタルホール、行ってきました。もともと稀有な才能と重厚な活動歴を持つピアニストの下森氏とご縁があった関係で、個人的にバックアップさせていただいているのですが、竹内永和氏、成田寛氏、三宅進氏に、石田泰尚氏を迎え、緊張感の高い中にも、雅を感じるひとときを味わうことができました。 同日には、下森氏のピアノトリオアルバム『ハイパークラシック』も発売、また秋には1st.DVDもやがてリリースされるとのコト。来春には下森氏のファースト・ソロアルバムもリリースされるようです。精力的に活動の幅を広げるデュオ・シルフィード、そして下森氏を、みなさんも応援してください。(了)1:アレグロ・ジュスト(ヴィヴァルディ)2:アンダルーサ(グラナドス)3:ロマンス(ヴォーン・ウイリアムズ)4:剣の舞(ハチャトゥリアン)5:ギター四重奏曲 第7番 ホ長調(パガニーニ)6:ピアノ四重奏曲 第1番 ト短調 Op.25(ブラームス)■デュオ・シルフィード公式HP■著作です:何のために生き、死ぬの?。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2007/08/31
コメント(0)
![]()
『ファンタスティック・フォー』、始まりますね。前作は、とにかくキャラの知名度が低いことと、X-MEN的なキャラ立ち感がなかったことで、もう一つインパクトに欠けた感がありましたけど、今回はなんといってもシルバー・サーファーが出ますからね。アメコミ好きなら垂涎ものでしょう。 特撮で描かれるシルバー・サーファーの声をローレンス・フィッシュバーンが担当するようですが、個人的には特撮ナシでエド・ハリスが演じればよかったんじゃないか?という気がしてならないのですが。実写版シルバー・サーファーですよ。頭の形といい、ちょっと賢者風の佇まいといい…。ダメかなぁ。 そういえば、前作ではフォーつながりで、レイザーラモンHGがPR大使だったと記憶していますが、今回は違うようですね…。ま、前回が安易だったのかもしれませんけど。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?ALEX ROSS/ SILVER SURFER BUST▲シルバー・サーファー、できそうでしょ?フィギュア レイザーラモン H.G▲こんなのもありましたね。これが造形がいいんだ、また。
2007/08/30
コメント(2)
ちなみに、先の書評に出てきたモンスター界の有名人ドラキュラ伯爵のモデル、ヴラド・ツェペシュ公は、15世紀ルーマニアのワラキア公のことで実在の人物。とにかく戦に強い領主でして、その残虐さたるや目も当てられぬほど…。有名ですよね。このツェペシュというのが、「串刺し」を意味するあだ名だったようです。でも、改宗してまでルーマニアの独立のために戦った、偉い領主でもあったのですが。写真は、マクファーレン・トイズから出たフィギュアですが、まぁ、大体こんなお方だったコトだろうと想像できますね。なんか、怒らせたら手が着けられないような…。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?
2007/08/30
コメント(0)
![]()
1:清水正晴『<青髯>ジル・ド・レの生涯』(現代書館)2:竹下節子『ジャンヌ・ダルク 超異端の聖女』(講談社現代新書) ジル・ド・レとジャンヌ・ダルクが“合わせ鏡”として語られるのが、想像以上に一般化していたと知ったのは最近のことだと正直に告白しておこう。 清水による1は、幼児大量殺戮を繰り返した謎多く複雑なジル・ド・レを丸裸に(つまりは脱神話化)することに真摯に取り組んでいる。この「聖なる怪物(モンストル・サクレ)」を恣意的あるいは夢想的に神秘化して分析したがる手合いの論考を巧みに制し、早計な人物評に飛躍しないよう慎重にジルの生涯を追いかけていく。ある種のイコンは、思い入れによってその“実像”はいかようにも変貌するからである。 逆に竹下は、歴史(特に、男性中心主義的な歴史観)の中に置かれがちな“分かりやすいヒロイン”を、裸ではなくむしろ、神秘のヴェールに包み隠そうと試みる。異端を、字義通りにも、政治的/記号論的/神学的意味でも超えた「超異端」という聖なる甲冑をまとわせることで、一方では救国の英雄―つまりは国家意識のなかった西欧にナショナリズムを喚起させた魁―としながらも、そうした世俗のこととは無縁の、はるか天上に限りなく近い巫女的な越境者(いわばトランセンダントを体現/内包した者)として神秘化する。その手法には、「男装の処女」という当時のタブーこそが、倒錯的な意味とは無関係に、ジェンダーを無化してジャンヌをアンドロギュノス=性のない天使へと「変身」させ、もってその神懸かりにリアリティを与えもしたし、魔女裁判の口実にもさせたとするあたりは実にクレバーだ。この件は、唐突にアジテーション的な熱気を帯びてくる。 慎重に展開する1であるが、時に読み手を我に返すほど自説に全幅の信頼を置いて断定的な分析をしてみたりもするのは意外であったり気になったりもするが、もともと資料の少ない人物のプロファイリングは、可能な限り逐一吟味し丁寧であるから、清水のジル像は、我が国の最近の分析としては精度が高いものと思われる。一方、あざといほどにさらりとしかジルに触れない2の該当箇所はしかし、清水の見立てとはまったく異なる、少々こじつけの感も否めないが私には納得のできる分析がなされていて実に興味深く、鋭い。 結局、青髯のモデルたるジル・ド・レ元帥とは何者なのだ。魔女から聖女になったジャンヌ・ダルクとは…。 当面の答えは冒頭に戻る。両者は、幸か不幸か時と場所を同じくしてこの世に狂い咲いた花。天国と地獄、男性と女性、洗練と純朴、静謐と情熱、欲望と禁欲、肉体と魂。これらの両世界を互いに行きつ戻りつした―いや、それが許された―希有な存在。あの世とこの世をつなぐ両界の双生児だったのかもしれない。 余談だが、あとがきに行き着く前に、私も著者と同じくジルの生涯に、ドラキュラ伯爵ことルーマニアのヴラド・ツェペシュ公を重ねていたが、私は清水とは袂別してすぐにその連想を手放した。ジル・ド・レの殺戮の酷さは、ヴラドのそれと拮抗するが、その根にあるものは違うように思える。剛胆なヴラドはマチズモの権化と神話化するが、ジルは怪物でありながらも見苦しいがゆえに聖性を帯びて、その正体を曖昧化していくからだ(それ以上の理由はここではあえて記すことはしない)。 血の赤と精液の白。一見、その軍旗から純潔のジャンヌが白さの表象であるかのように思えるが、彼女は信仰への情熱と戦場の血。赤。逆に、殺戮を繰り返したかつての誇り高き武人ジル・ド・レこそが、無慈悲かつ無為に撒かれた人類の種を表す白の人なのだ。(了)注)文中著者敬称略■著書です:何のために生き、死ぬの? 意味を探る旅《青髯》ジル・ド・レの生涯ジャンヌ・ダルク
2007/08/30
コメント(0)
![]()
ベルリナーの蓄音機からからくり人形まで、何かとお世話になっている『大人の科学』ですが、ついに幻のカルト楽器、テルミンが登場してしまうのですね。いやはや、マニアックなラインナップはまさにオトナのための玩具です。 テルミンといえば、私の世代だと10年位前でしょうか、音楽業界でもかなり話題になったりしましたが、映画まで公開されちゃいましたね。 テルミンとは、ロシアの科学者レフ・セルゲイヴィッチ・テルミンによって発明された世界初の電子楽器で、シンセサイザーの元祖ともいえるシロモノ。見かけは、ちょっとオカルトや交霊術みたいな、胡散臭い感じなのです(なにしろ手を触れないで音を出すわけで、演奏する姿は魔法使いのようです)が、ニコラ・テスラといい、テルミンといい、共産圏の発明には、実用性やプラグマティックな面に一目散に擦り寄っていかないがゆえの、ユニークさがあって、なおかつ後代に評価される、という特徴があって、なかなか面白いものです。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?【予約】 大人の科学マガジン(vol.17)テルミンテルミン/DVD10%OFF!テルミン
2007/08/29
コメント(2)
![]()
最近はすっかり関連記事も書いてませんが、私の海外トイ好きは、『スター・ウォーズEP3』公開時にかなり明らかになってしまったわけですが、海外トイでもフィギュア部門では、やっぱりNECA社やマクファーレン・トイズの造形が一番美しいと思う(スタチューなどのコレクター商品は除いて、ですが)のです。コンセプトも面白いし。 マクファーレン・トイズはスポーンのラインナップばっかり無駄に増殖してるような気もしていましたが、ここのムービー・マニアックスシリーズはイイですよ。最近は新作出してないのかな。来年はゴッド・ファーザーがお目見えしますけど。 で、NECA社の方にレクター博士フィギュアがありました。こちらはカルト・クラシック巣シリーズ。軽く檻から出ちゃってますけど。 こうしてみると、他のアイテムに比べて地味ですねぇ。なんか、ピタTきたただのオジサンのフィギュアみたいですが…。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?レクター博士
2007/08/27
コメント(0)
![]()
『ハンニバル・ライジング』の評を書いていて思いついたことだが、ふたたびジル・ド・レーとの関係から論考するに、ハンニバルか、ダース・ベイダーか、という対比をはたと思いついた。 『ハンニバル・ライジング』におけるヤング・レクターは、いささか感傷的でダークに過ぎて、後の、痛快なまでに俗悪や欺瞞を道化てみせる洗練された機知をうかがわせるには説明不足の感が否めなかった。おそらく、悪魔の完成までに、もう一つ二つの説明的作品がなければ、逆にファンは納得しないであろう(かくて、ハンニバル・レクターもまた6作品になるのか!?)。勿論、ギャスパー・ウリエル続投は必須条件である。 話を戻そう。ハンニバル・レクターもまた、トラウマから闇に堕ちた、後天的怪物であったというのは残念であるにせよ、賽が投げられた以上受け入れるとして、ダークサイドのもう一方の雄たるアナキン・スカイウォーカーがメルヘンチックなダークサイダーならば、ハンニバル・レクターは多分にロマン主義的なダークサイダーである。この分岐に、実はアナキン=ダース・ベイダーが、まさに根拠も関連性もなくメルヘンへ置換された青髯=ジル・ド・レーの後裔であると考えるゆえんである。悔悛する悪魔ジル・ド・レーは、フォースに均衡を取り戻すダース・ベイダーの母型である。彼らは同じ〈聖なる怪物〉なのである。 悪魔そのものか、聖なる悪魔か。その両極いずれに向かうかの鍵は、単に二律背反を内包する柔軟性ゆえの脆弱さのみならず、メルヘンへの磁力の強弱にあるような気がしてならない。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?ギャスパー・ウリエル/ハンニバル・ライジング 完全版 プレミアム・エディション
2007/08/25
コメント(0)
![]()
『ハンニバル・ライジング』、賞味しました。本当は劇場で観たかったのですが、結果的に、タイミングからすると今が正解だったかも。 とにかく原作を読んだときから、「〈怪物〉に説明がいるのか?」「レクター博士も、やはりトラウマなしには悪魔になれず、か」「天性の芸術家は得難いものだなぁ」などと思ったもので、『ハンニバル・ライジング』とはつまり、そういう映画なのです。説明的映画。だから、さらに特典映像などを観ると、「解説の解説」を観ているような、なんとも騙し絵的なからくりの中にいるような気になってしまうのです。 とはいえ、期待していたギャスパー・ウリエルのヤング・レクター、いいですね。ちょっとイグアナを感じさせる、モタっとした動きの中に見せる狡智な身振りがいい。ギャスパーからアンソニー=レクターにはならないだろぉ~、と最初はツッコんでいましたが、だんだんそうなりそうな気がしてくるから、やっぱり芸巧者だなぁ。この“逆継承”は、ユアン・マクレガー→アレック・ギネスという、オビ・ワンにおける見事な図式を予感させて、喜ぶべき予想外。 それから、ギャスパーの声がいいですね。あのあどけない(風な)お面相とギャップ大の調低音ボイス。しかも、ちょっとノイズが入ったような、すごく禍々しい声なんですよ。例えれば、悪霊の声がバックに聞こえるレコードみたいな。これが収穫でした。 剣道シーン(森田健作氏か?)や、なにゆえ兜飾り?といったような、シリーズに汚点を残しそうなシーケンスもありました(笑)けど、最終的には一番の杞憂、つまり「〈怪物〉に説明がいるのか?」という本質的な問いは野暮かな、という気がしました。やっぱりレクター博士はフィクションだからこその真性の〈怪物(simply monster)〉で、実在した〈聖なる怪物(sacred monster)〉ジル・ド・レーとの格の違いを感じました。小心者で演劇的性格のゆえに、怪物と化した倒錯者にしてある種のディレッタントであるジル・ド・レーは、聖性と魔性という二律背反を併せ持ったが故に後代まで名を残したとえいるし、同時に半端で脆弱だったと言えるのではないでしょうか。聖ジャンヌ・ダルクしかり。柔軟なアイデンティティを持ち、縛られることのない超異端、周縁者、両界人にも、ともすれば反面、ジルと同じ弱さが在るのかも知れません。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?ギャスパー・ウリエル/ハンニバル・ライジング 完全版 プレミアム・エディション
2007/08/25
コメント(2)
ひさしぶりに定点観測、してみました。365日前の本日、8月23日。私は何を記事にしていたのかといえば、フランス~スペイン旅行記の真っ最中でした。ちょうど第15回目。タイトルは「15:貴人の寝所で」、でした。 ハビエルを後にして、ソス・デル・レイ・カトリコのパラドールでの一夜を綴っていました。今春のフランス~ポーランド旅行記、実はちょこちょこ書き続けていまして、今ちょうど原稿用紙で100枚をオーバーしたところ。もう少しブラッシュ・アップすれば、アップできそうな感じではあります。 といって、まだ写真のリサイズもしてないしなぁ…。定点観測して、かえって気が重くなってしまった…。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?
2007/08/23
コメント(0)
![]()
“干物紳士化”していたお盆休み。先日アップした記事の通り、したことと言えば、一冊の本読了と、一本のDVD鑑賞。何を観たかといえば、ミラ・ジョヴォヴィッチ主演『ジャンヌ・ダルク』。いまさら、です。 ユイスマンスの『彼方』をだいぶ前に読み、“青髭”ことジル・ド・レに興味を持ち続けながら、もう一つ“つながり”を見出せず関心を放置していたのですが、たまたまちょっとぶらり外出した先で、スーパープライスになっていた『ジャンヌ・ダルク』に手が…。聖女ジャンヌ・ダルクをフランスの英雄に仕立てながら、最後はこの勝利の女神を炙刑に後押しした元帥こそがジル・ド・レ、その人なワケですが、なんとそのジル・ド・レ役がヴァンサン・カッセルだったとは!! ヴァンサン・カッセルファンの私としては、ただ彼の出演ゆえに『オーシャンズ12』を観たという顰蹙者(キャサリン=ゼタ・ジョーンズとヴァンサンのために観ました、正確には)。ヴァンサンが出ないので、『オーシャンズ13』はスルーですね。 で、ミラ・ジョヴォヴィッチ。あんまり好きじゃないんですよ。なんか、人形みたいで。お面相もキツそうだしなぁ。ちょっとヘビっぽい。というとファンに叱られそうですが、ご容赦を。 ところが、『ジャンヌ・ダルク』でのミラ、いいですね。勇ましい。姿がいい。ちょっと泥まみれのノーメーク気味の表情も素朴で悪くないし、お告げに憑かれたヒステリックな演技も実に上手。私、過小評価してました。アクションだけじゃないんだ、ミラ。 歴史的な事実関係を考えると、ミラのような華奢な体では、当時の武具甲冑の類は果たして身に着けられたかどうかはともかく、聖女はやはり強く、健気で美しくなければならないのデス。 さて、一番期待したジル・ド・レことヴァンサン・カッセル。なんだよ、超チョイ役じゃないか!!しかも、ミラとは絡みそうで絡まない、なんとも中途半端な役回り。独特のちょっとニヒルなニヤケ顔は健在でしたが、史実ほどの意味合いもなく、ただ泥にまみれて剣を振るってました。ガックシ。 でもこの映画、なかなか面白かったです。後半がやや駆け足的ですが、個人的にはなぜ、ジャンヌが「告解」にああまでこだわったのか、またそうしたシーケンスをリュック・ベッソンが執拗なまでに挿れたのかに非常に興味を掻き立てられました。 ヴァンサン・カッセルは、『憎しみ』に続いて自身の評価を高めた『アパートメント』がDVD化されるので、こちらでリベンジしたいと思います。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?ジャンヌ・ダルク(期間限定)(DVD) ◆20%OFF![枚数限定][限定版]アパートメント/ロマーヌ・ボーランジェ[DVD]
2007/08/21
コメント(0)
![]()
見出し:理系対文系の交わらぬ宴。ヴィリエ・ド・リラダン著、斎藤磯雄訳『未來のイヴ』(東京創元社) この世のものとは思われぬ天上の肉体を持ちながら、下卑た世俗の魂しか持たぬ女性に、赦されたたった一度の恋をした貴族・エワルダ卿が、この恋の悩みのゆえにかつての知人である発明家エジソンを尋ねる。今生の別れの席で、この稀代の発明家の口から飛び出したのは、貴人の恋人から卑しい魂を抜き去り、お望みの肉体と魂を持つ気高き女性を供して見せようという途方もない提案…。 SF小説とも違い、怪奇小説とも異なり、文学上の哲学的実験のようでもありながら、一歩間違えれば大衆娯楽小説にでもなりかねない、しかしこれは危うい境界線上に、狂い咲きのようにして花開いた、まさしく至高の文学的奇書に相違ない。 リラダン版メフィストフェレスともいうべき、“架空のエジソン”の才気煥発にして嫌らしいこと(この辺の下りは、史実でもエジソンのライバルであったニコラ・テスラを“メフィストフェレス”に仕立てた映画『プレステージ』の原作『奇術師』との対比も面白いだろう)!! “メンロ・パークの魔術師”による人造人間(ちなみに、アンドロイドという言葉は、実はこの作品で初めて世に登場した)の構造の緻密な説明の事実関係を逐一吟味する必要が果たしてあろうか。想像をたくましゅうすれば未來のイヴが疑いなく動き出すことは申すまでもない。そして、延々と繰り返されるのは、理系対文系、エンジニア対詩人の、平行して交わらぬエゴのディスコミュニケーションの披露宴。その果てに訪れるのは、束の間の至福か、はたまた…。 足音高く訪れた機械文明や技術至上主義への警鐘?貴族社会を浸食するブルジョワジーの権化たる産業社会への、リラダンの捨て台詞か?いやむしろ、構想という死霊に恋した作者の憑かれた執念、自身をエジソンおよびエワルダ卿に重ねながら取る暗澹たる、しかし稀にみる知のシナプスを縦横無尽に巡らせた一人相撲。 人間の本質は、魂にあるのか。それとも肉体にあるのか。あるいは、その両方を備えなければ、愛し愛されるに値しないのか。少なくとも、結局我々は、飽くまで“リラダンのエジソン”から見れば、この世ではただの人形と戯れ、契っているだけのかも知れない。ともあれジャン=マリ=マティアス=フィリップ=オーギュスト・ド・ヴィリエ・ド・リラダン伯爵、負けて悔いなしである。天晴。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?未来のイヴ
2007/08/20
コメント(0)
ここ数年で久しぶりに一週間ほどお盆休みをしっかり取りました。といっても、単純に、とにかくアタマを徹底的に休めるだけ。ということはほぼ毎日寝ていたのです。今年は前半は何かと飛ばし過ぎていて、ゆっくりと時間をとることもできなかったので、本を一冊、DVDを一本、堪能。それに、はるか昔のことのような気がするフランス~ポーランド旅行の写真の現像など、こまごまとしたことだけに時間を使いました。 何分、実家での休養にて、PCも自分のものでないし、本も資料も最低限しかないので、かえってリラックスに集中できました。 ということで、すっかり“干物男”化していたわけですが、後半はせめてもの干物の恩返しとばかりに、実家のPCのメンテや大掃除を手伝って帰って来ました。 さて、これで当分は干物紳士もおあずけ…かなぁ。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?
2007/08/19
コメント(2)
なんだか、ブラックスプロイテーション映画とか70年代ソウルの邦題みたいですけど。黒い夜。じゃなくて黒い恋人。というより、黒かった白い恋人。 私は、なぜか北海道には何度も足を運んでいるものの、プライベートで行ったことは一度もなく、いつも取材ばかり。ところで、そのたびにお土産を買うのですが、この7、8年で一度も『白い恋人』を買ったことがないんです。今回の一連の事件をニュースで見ていても、騙されたような気がしなかったのは愛着の度合いのせいでしょうか??? といって、その代わりに買っていたものが安全か、というとこれも実際にはわからないわけで、製造者の誠意を信じるしかないワケですが、こうした事件、立て続けによくもまぁ…と思ってらっしゃる方もさぞかし多いことでしょう。しかし、実際にはこんなものじゃ済まないはず。別にアテがあるわけではないですが、企業のコンプライアンスが画餅から現実に代わるとき、企業倫理を守るための“守られた内部告発”がもっと噴出してくると、まさか!?と思うような企業やサービスが、とんでもない背信行為の上に成り立っていたりするような驚くべきニュースが毎日のように巷間を賑わすようになることでしょう。 地球温暖化が自然環境や地球からの異議申し立てならば、こうした不祥事は、社員や製造者側の良心からの申し立てのようなもので、やがては被害やクレームに依るまでもなく、抑えきれぬときが来るはずです。 起きてしまった(起こしてしまった)以上、信頼回復に向けて取るべき道は、きっと一つしかないと思いますが…。 追)ところで、「白い恋人がぁ~♪」と歌った桑田佳祐氏はどんな気持ちなんでしょうか???■著作です:何のために生き、死ぬの?
2007/08/16
コメント(2)
この時期、テレビも新聞もみな戦争の話で一杯だ。私にとって戦争は、幼い頃から実に身近であった。戦争はもちろん知らないけれど、私が戦争を追体験をするには十分な逸話が祖父母にはあった。 罪を憎んで人を憎まず、という。だが、私は戦争を憎むより、戦争を起こした人間の愚考をしっかり憎みたい。歴史的な駆け引きや、国際政治上のあやなどというのは、本当のところどうでもいい話である。私は、若い人が戦争を、何かの形で知り、心に留めていてくれることを望み、また嬉しく思っている。 まだ終戦はしていない。世界も、日本も。だから、我々は戦後を迎えてはいない。戦争は続いている。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?
2007/08/14
コメント(2)
![]()
先日の雑誌での書評掲載に続いて、今度は社団法人日本産業カウンセラー協会の月刊の機関誌『産業カウンセリング』誌にて共著を紹介していただきました。 やがて出版から二ヶ月を迎えようというところ。皆様のご協力のお陰で、少しずつじわじわと反響をいただきながら、文字通り、読者と一緒に育てているような感じです。今後とも、応援のほどよろしくお願いいたします。(了)■著書です。推薦文には帯津良一先生(帯津三敬病院名誉院長)。何のために生き、死ぬの?
2007/08/10
コメント(0)
![]()
見出し:エウロペの柔肌の抱擁澁澤龍彦『ヨーロッパの乳房』河出文庫 カントは、生まれ故郷のケーニヒスベルグを一度も離れたことはなかったが、当時の主要都市の町並みについては仔細にわたって熟知していた。文字通り、筋から大通りまで、あたかも現地を訪れたことがあるかのように、尋ねるものに正確に答えてみせたと言う。入手し得る地図を穴があくほどに眺めて覚えた二次元の地形は、カントの頭の中では立体をなしていたに違いない。 本書は、それまで、ヨーロッパについて数々の翻訳や評論やエッセイをものしてその洞察力と審美眼の高さを謳われた澁澤龍彦、初めてのヨーロッパ旅行の紀行文である。およそ二ヶ月にわたって、澁澤が独特の審美眼で“立体化”してきたヨーロッパの見聞は、驚くほど精度が高く、また同時に、普段の澁澤の文体とは微妙に異なる、くだけた、あるいは素直なニュアンスが垣間見えて、その生涯を通してかれることのなかった飽くことなき探究心が、実は非常に無邪気で天真爛漫な源流を持っていたことに気づかされる。澁澤龍彦は、己の美に忠実であり続けた、博覧強記の子供であったのかも知れない。 この旅以降、自身のヨーロッパへの想いに太い縦軸を得たからか、その後は東洋へと、そのアンテナを向けることになる。 本書は、エウロペの乳房に抱かれた澁澤の「ヨーロッパからの卒業」だったと、多田智満子はあとがきで結んでいるが、まさに言い得て妙である。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?ヨーロッパの乳房
2007/08/10
コメント(0)
![]()
今日は何の日?って、きわめて個人的で恐縮ですが、“当図書館開館888日目”を迎えた日!! 本当は、777とか、どうせなら1000日目とかにしようよ、と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、往々にしてこの手の数字は、気がつくと過ぎていたりするもので、今日はなぜか888が目に飛び込んできたので、日記に記しておきました。 いつもご訪問くださる皆様、そしてコメントや応援を下さる読者の皆様にこの場を借りましてお礼申し上げます。 結構近いけど、次は999日目と1000日目、ダブルで(笑)。忘れそうですが。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?
2007/08/08
コメント(4)
![]()
見出し:東西からくり文化読み比べ。1:高梨生馬著『からくり人形の文化誌』(学芸書林)2:竹下節子著『からくり人形の夢―人間・機械・ 近代ヨーロッパ』(岩波書店)3:立川昭二ほか著『図説 からくりー遊びの百科全書』(河出書房新社) 日本のオモチャ文化は、海外のそれと比較してはるかに高度で精巧である、という想いから不意に、脇道に逸れるようにして手にしたからくり人形の文化にまつわる三冊。読んだ順番に表記してある。 単純に、日本の、精巧な変型玩具をきっかけに、その源流を探るならば、1と3、および2の前半を読んで比較するのが目的にかなっている。そこで目にするのは東西のからくり人形に関する比較。 創造という情熱に取り憑かれていたのは、キリスト教的な神=人間の関係と切り離せない西洋の方である。ただし、竹下の論考では、オートマタという自動人形への飽くなき挑戦は、決して異端的・涜神的な動機によって磨かれて来た技術や文化ではなく、むしろ神による創造の御業の偉大さを説き明かし、賛美するためであったことが分かる。同時に2からは、私が手にしてきた日本のオモチャは、厳密な意味におけるオートマタの系譜から外れてしまった、近代技術を駆使した大量生産向けの産業に還元された類のものということを知ることになる。やはり、日本のオモチャはオートマタの埒外の産物なのだろうか。 逆に、興行およびエンタテイメントとしての文化的源流を持つのは、むしろ日本のからくり人形の文化であるが、これはやがて、各地の祭の山車に載ることで、あとから祭儀的意味を持ち始めてゆく。また、後に工業技術の最先端国として名を馳せることになる日本のからくり人形は、歯車など、機構の主要な部品の素材は木製品やクジラのヒゲなどを使用しており、金属などを使用した量産品でなく、すべて一パーツごとに手作業(歯車に至っては、ギザのある円形を、複数の三角の板を組み合わせて、寸分の狂いの許されないあのからくりの動きの心臓部を、手作業で作っていたという)であり、この精巧にして精密、かつ無駄のない技術としての美しさが、後の工業先進国の土壌になっていると高梨は推論する。 東西のからくり人形の文化史において共通することは、それぞれ、からくり人形という人間のミニチュア、作り手の情熱が立体化した分身には、いずれも物語性がバックに宿っていたということだ。西洋においては、オートマタの製作は脚本から始まりポエジーが加えられると竹下により説明されているし、日本においては、歌舞伎や講談、伝説などに基づいたストーリーと、人形の動きの面白さが織りなす、エンタテイメントとしてのシナリオを持っていたことが高梨によって説明される。 2は、実は途中から、自動楽器や記譜法、機械技術をモチーフにした文学に絡んで、きわめて哲学的な話へと一気に飛躍して行く(最後で辻褄が合うのだが)。そこでは、先人の創造への純粋な熱意と知的冒険心の結晶である人間機械論が、近代以降では安直に批判の対象として誤解を受けている旨が、竹下によってやや駆け足的に語られる(詳述はないので、ある程度、ヨーロッパの哲学や思想に知識があった方がよい)。しかし、文学に登場する“人形への恋”は、美しいかもしれないが、つまりはどれも、セックスドールへのプラトニックな愛の関係のバリエーションに思える。 結局、私としては1と、2の前半を比較し、ヴィジュアル豊富、一冊の中に東西のからくり人形事情について秀逸なコラムや評論(ピグマリオンから玉屋庄兵衛まで!!)が適切に収録される3をパラパラとめくった上で、2の後半を読む、というのが系統だった読み方だった、という感想を抱いた。この三冊は、読み比べるよりも、相互に関係させて読むことで、東西からくり人形文化誌を大きく把握することができるだろう。 そしてふたたび、精巧な日本のオモチャに対して、稚拙で大味なギミック(目を剥くような大幅な改良や新技術の開発は実に稀である)を持つ海外トイは、オートマタの持つ“ダイナミックな驚き”を最高の演出としてきた遺伝子の結果なのかと、その価値を再確認した次第である。 なお、からくり人形については、その動きを実際に目にしないと驚きも面白さも伝わらない。しかし、実際は公共施設・文化施設でのビデオの貸し出しなど以外は、殆ど流通しておらず入手することができない。ちなみに、ネット上では後の東芝の祖であるからくり儀右衛門こと田中久重の設計・製作した作品ほか、代表的なからくり人形である弓曳き童子、文字書き人形のフラッシュ・ムービーを楽しむことができる。(了・文中著者敬称略)■著作です:何のために生き、死ぬの?からくり人形の文化誌からくり人形の夢図説からくり大人の科学 弓曳き童子
2007/08/08
コメント(2)
ちょっとタイミングがズレましたが、遅ればせながら。某日、逗子の海に程近い神奈川県某所。梅雨明け前の一瞬の真夏日、さる友人の誕生会に出席。 小高い山の上に、鬱蒼と繁茂する夏の緑の中にひっそりと秘密基地のように佇む草庵での誕生会。 二日にわたって催され、友人自身の仲間の協力によって作り上げられたパーティは、まさにパーティを越えたフェスティバルの趣。 とにかく暑い、そして熱い。仕事の都合で、メインの茶会には出席できなかったのですが、忙中閑あり。茶室がまさに、外部に付随する一切の要件を無化し、亭主の意図するもてなしを具現化する劇場空間であるとするならば、心頭滅却した我々にとって、そこは暑中に涼あり、一服の茶にひとしい、涼やかなひとときを感じさせていただけるもてなしの場でした。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?
2007/08/06
コメント(0)
ここのところ「夏の似合わない男」をウリにして止まない私ですが、インドアでアウトドアの出来事を満喫するのはやぶさかでないワケで、今年も実家の花火大会に出席。恒例のバルコニーの水撒きから始まって、あとは花火の上がるのを待つばかり。やがて、祖父母らが集まって来て、今年は母の名物料理の唐揚げに松茸のおにぎりを肴に、歩いて20分ほどの距離の場所で上がる花火を愉しみました。 例年は、従兄弟らや、海外在住の親戚も集まるのですが、今年は都合がつかず、少人数での花火大会となりましたが、欠席予定だった弟夫婦が飛び入りして一気にヒートアップし、私にとっては数少ない夏のイベントを心ゆくまで堪能した次第。 今後の課題は、開発されてゆく臨海の土地に林立し始めた背の高いビルをある景観と併存しながら、いかにこの夏のイベントを和やかで楽しいものとしていくか…ですが、皆元気で集まり、ワイワイと騒ぐことこそ最大の妙味なれば、花火はその和みの場の薬味でもいいのかな、なんて思っています。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?
2007/08/05
コメント(1)
![]()
前回『トランスフォーマー』ネタの記事を書いていて、「あ、そうか、日本のオモチャのあの精巧さは、からくり人形の系譜かも」と思い立って、急遽からくり人形系の文献を数冊入手し、集中して読むことにしました。過去に、祖父の誕生日に『大人の科学』のからくり人形をプレゼントした記事を書きました(嗚呼、あれは開設間もない頃だったなぁ)が、そんな記憶を辿りつつ。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?からくり段返り人形▲ちなみに祖父にプレゼントしたのはコレでした。
2007/08/02
コメント(0)
![]()
何なんでしょう、あの『インディペンデンス・デイ』以降、とにかく仮想敵国を宇宙に向けて行く大げさなナショナリズムのおかしな方向性は。それがエンタテイメントになるアメリカって一体。 トランスフォーマーが宇宙からの高度な文明を持った生命体って・・・。私にとっちゃ、オモチャですよ。もう、ブラジルから帰国した頃に大流行りしたオモチャ。それ以上でもそれ以下でもなく、それで十分。 海外にいく前はとにかく超合金にハマり、海外にいたときも、時々小さな日本製のオモチャを祖父母から船便で送ってもらってましたけど、まぁ、海外のオモチャに比べて出来のいいこと。ギミック一つにしても、よくぞココまで!!と幼心に思ったものです。 大概、変形モノは、ギミックを重視するあまり変形後のプロポーションがちょっと悪くて、なんだか足が細くて頭ばっかりデカイなぁ、パッケージのイラストと違うなぁとか、そういうガッカリがつきものなんですけど、それでも四半世紀近く前に、あのトランスフォーマーを手にしたときは痺れましたね。同じ頃痺れたのは、ゴールドライタン。これもプロポーションはイマイチなんだけど、とにかく無意味に機能がたくさん付いていて、それがまた細部までこだわっているからかなりハマりましたね。一寸前に、プロポーションを改良して復刻されたような気が。 ともかく、トランスフォーマー。わたし、コンボイ持ってましたけど、案外他のキャラの記憶がないんです。弟は、フェアレディZにポルシェ、ジェット機、なんての持っていたような気がしますが、私ので一番のお気に入りは、当時はやったホンダのシティが変形するヤツ(だったような)。このモデルは、変形前と変形後のプロポーションが非常に良かったことと、面相が端正だった。だからコンボイより好きでしたね。さらに、オマケとして、たしかシティに付いてくるミニバイクも付属していて、驚嘆した記憶が。 その後は、アニメにもなったりしていたようですが、その頃はもう卒業してしまっていましたから、海外で人気を博していたのは知っていましたが、まさかこんな形で大作映画になってしまうとは予想だにしなかったこと。 なんでも、あの映画版のCGの変形プロセスを、オモチャにも反映しろよ!!と日本のメーカーにキツいお達しがあったそうですが、ちょっとおこがましいというか、図々しい。だって、いまだに海外のギミック付きフィギュアって、味があるから許せるけど、日本のオモチャにくらべて全然稚拙だもんなぁ。プロポーションなんか二の次だし。ま、海外トイ大好きだから、あえて苦言を呈するんですけど。 結局ギミック付きのオモチャ、というのは、人間機械論をどんどん延長していった、海外で言えばオートマタ(自動人形)の文化。一方日本はからくり人形の世界なんです。「驚かせる」、「人間のミニチュアを技術で創造する」、という発想は同じだけど、日本の場合はもっとからくりにこだわってる。そういう仕掛けの精密さや玩具・人形の持つ美しさを、技術的可能性と両立ながら疎かにしなかった日本の技術史が、やっぱりあのトランスフォーマーを作ったのであって、断じてヘンテコな生命体じゃないですよ(これはアニメになってからのトランスフォーマーにも言えること)。ストリーありき、ではなく、トランスフォーマーは絶対に、からくりのあるオモチャありき、なのだと強く思いますけど。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?トランスフォーマー ムービー MA-01 オプティマスプライム【タカラトミー】▲以上復刻版、ゴールドライタン・シリーズ。真ん中のデンジライタンが好きだったなぁ。お腹に地図が入ってるんですよ。超合金魂 GX-32 ゴールドライタン▲リニューアル版はこんなに姿がイイ。
2007/08/01
コメント(0)
![]()
見出し:進行形社会のデザインの原点を辿る。三井秀樹著『美の構成学-バウハウスからフラクタルまで』(中公新書) 構成学、という聞き慣れない言葉を、本書は教科書的ではあるが、非常に分かりやすくかつ丁寧にまとめてあり、駆け足という感じがしない。しっかり読めるが、同時に、先述した通り教科書的なニュアンス(情報や記述ではない)がやや重たく、それが駆け足になりがちな新書に重みを与えているのかもしれない。 1920年代にドイツで始まった画期的なバウハウスというデザインの教育施設/教育プログラム/運動は、まさに「美のための美」へのアンチテーゼとして誕生し、錚々たるメンバーによる“世界一受けたい授業”の宝庫であった。特に、実験的要素を取り入れ、産業革命以後、失われてしまった工業製品の美(=オーダーメイドの死)を、産業と工業の時代にふさわしい新時代の美のあり方の提示の発信基地となって後代のデザイン文化(特に、タイポグラフィの発明による活字文化、アシンメトリックな広告的デザインの誕生、ナチスドイツ政権下から逃亡してアメリカで再スタートしたバウハウスが生むアール・デコ様式、既成の技術にとらわれない写真技術、そして、ディーゼル機関車や豪華客船から、ランプなどの日用品までのプロダクトデザインの潮流)の台風の目となった。現在は、その魂はMITとイリノイ工科大学に継承されているという。読者は、刊行当時から10年を経た現在進行している様々なデザインや技術の原点がどこにあったかを辿ることになる。 ふたたび構成学について、著者は、難しいことでなく日常にも採り入れ、かつ日常から学ぶことの可能なセンスと説いているが、実際本格的に学ぼうと思えば、実に精密かつ巧緻に組み上げられた工学的学問であることを知る。 さらにその先を知りたい向きには、数は豊富でないとは言え、ガイドとしては信頼できる案末の参考文献が、実際的で役に立つだろう。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?美の構成学
2007/08/01
コメント(0)
とにかく、机上に書類がたまる。書斎派の私としては、これは結構悩ましい。ちょっとした手紙やすぐに開封すべきはずの封書、その他もろもろ。これを、重ねておくのは、様々な意味で後がなんとも辛い。 アンティークのレターラックを左の目線の先にある本棚に据えつけてみた。1940年代頃 ブラス(真鍮)製で、裏に英国のマークの入った壁掛けタイプのレターラック。主張しすぎず、早くも生活に馴染んで非常にいい案配である。(了)■著作です:何のために生き、死ぬの?真鍮製レターラック
2007/08/01
コメント(0)
![]()
『ハンニバル ライジング』いよいよDVD化。劇場で見逃した私としては、それはDVDで観ることになるのですが、取り敢えず、おさらいしておきたい。そんなこんなで過去作品、揃えました。羊たちの沈黙 特別編▲しばらく、世間並みに評価できなかった作品ですが、今だからもう一度見直したい作品です。 ハンニバル▲実はシリーズ中一番好きな作品。ゲイリー、あんたスゴいよ。 レッド・ドラゴン▲レイフ・ファインズとシーモア・ホフマンが秀逸。 ハンニバル・ライジング 完全版 プレミアム・エディション / ギャスパー・ウリエル▲伝説に説明はいらないのでは…。と思いつつ、ギャスパーに注目したい。レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙 ▲ご存知亜流、でも先に作られてたという…。私はパスします。■著作です:何のために生き、死ぬの?
2007/08/01
コメント(3)
全26件 (26件中 1-26件目)
1

![]()
