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2008年もいよいよ暮れます。新年を迎えるに当たり、何かと準備に忙しいこの時期、皆様いかがお過ごしでしょうか。今年も、多数の読者・閲覧者に恵まれ、励まされたり、ご縁が出来たり、と、お陰さまで楽しいブログ・ライフを送ることが出来ました。ただ、子の年というのはちょこまかと細かい、しかし重要な動きが多々あるものなのでしょうか、時には記事のアップに間が空いてしまったこともありました。ただ、ここ数年は、ブログの更新は決め事にはしていないので、そうした縛りから自由になれた自分がいたのかな、という手応えはありました。なにせこの手のことが続かない性分、でも続けると決めると縛られてしまう性質なので、今のリズムに馴染むのに時間がかかりましたが、ようやく見についたような感じです。縛り、ということで言うと、特に後半は、塩野七生著『ローマ人の物語』の読破に取り憑かれてしまい(あ、皇帝が憑依してる…)、情報発信というより備忘録的な記事が続くことが多かった点、訪問くださった皆様には暖かく我儘を見守っていただいた、と感じています。 さて、2009年。ブログ開設から4年目を迎えます。来年も、これまで知らずと作り上げてきた当ブログのトーンを踏襲しながら、また新しい、生まれ変わった私の一面(?)なども滲ませつつ、記事を書いていきます。どうぞよろしくお願いいたします。 皆様におかれましては、時節柄お風邪など召されませんよう、また来る2009年が皆様にとって素敵な一年となりますようお祈りしながら、年末のご挨拶とさせていただきます。一年間ありがとうございました!!(了)■「旅から、音楽から、映画から、体験から生死が見える。」 著書です:『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2008/12/30
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メルヴィル・プポー×ジャンヌ・モロー、フランソワ・オゾン監督作品『ぼくを葬る』をDVDで観ました。死生観が一つの私のテーマなので、関心があったのですが、ようやく観ることができました。この手の作品としては非常にユニーク、というのが一番の感想。その点、この作品につけられた国内流通向けのコピーはまったく的外れなんです。まずもって、余命三ヶ月の主人公、よくある映画のような“残り時間の使い方”はまったくしません。し忘れたことをしたり、人のために尽くしたり、人生を最後まで謳歌する、というような話じゃないんです。この独自の描き方の根本にあるのはただ一つ、主人公は「自己開示しないで死ぬ」ということ。 はっきり言って、ここまで自分本位な死に方もあるのか、と。ただ、ただ、淡々と、死にながら傲慢に赦したり赦されたりしながら、主人公は自分本位に死ぬ。フォトグラファーである主人公が、生きていたときの証に、愛おしい風景を切り取るようにスナップを撮影したり、不妊症の夫婦に協力したりするのも、全然意義や博愛主義的な善意を感じさせないんです。ガンと告げられ、仕事も順調な男盛りに余命を三ヶ月残すのみとなった主人公の最期は、静かだけれど独善的。 ではそれが嫌らしいかといえばそうでもないんです。実はすごく深い。ヒューマニズムに寄らない分、かえって肩肘張らない、聖者でも人格者でもない、また死ぬまでに善人になっておきたいなどという欺瞞も似非の償いもなく、これは実は、ある意味、肩の荷の軽い死に方かも知れない、とさえ思えてくる。と同時に、この主人公のような境遇にいなくても、突然死を告げられれば人間誰しも、どこかで「諦めの境地」「もう何をしても虚しい」「絶望」という気持ちと無縁でいられないのではないか、むしろその方が正直で自然だったりもするのではないか、という気もするのです。確かに、人間が人間である以上、たとえその病は癒えなくとも、命ある限りひたむきに生きなければならない。でも、そうした価値観も人間が作り上げた幻想の一種でもあるわけで、一方では、頑張らないで生命の終焉に身を任せる、その方が本人にとっては苦痛がないのではないか、という視点を携えることも、実はこれからの死生観(裏を返せば生き方であり、病や医療に対するスタンスでもありますが)にはある方がいいのかもしれない、という気がしたのです。 家族にさえ病を明かさない=見守ることを強いたくない、という主人公の選択は、ドライだがストイックで潔く、同時に遺された者を完全に無視した、つまり関係性を拒絶した死に方で自己中心的な死生観。そう切り捨てることは簡単です。鑑賞者の殆どはおそらく、つけられたコピーが連想させる“余命モノ”に期待する感触は完璧に裏切られることになりますが、この個人主義が最高に達する境地とも言える死に方=葬り方には、得てして無意識的に入り込みそうになる、実は相当に自分本位で独りよがりな欺瞞は招かれていません。どちらが「本当に人間らしい死に方」なのか。その答えはないけれど、少なくともこの作品は、一般常識が締め出してきた選択肢を提示していると思います。(了)ぼくを葬る(DVD) ◆20%OFF!■「旅から、音楽から、映画から、体験から生死が見える。」 著書です:『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2008/12/28
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昨年もこの時期、「映画で振り返る2007年」なる記事をアップしているのですが、今年も恒例で。といっても、2008年も圧倒的に劇場で映画を鑑賞する機会が少なかった!!観たい映画は定常的に多々あるワケですが、今年も足が遠かったです。その代わり、新旧を問わず、DVDでの鑑賞は豊作で、感想も一部の作品についてはアップできなかったくらい。2008年、劇場&DVD、あわせて、改めて印象に残った作品など、寸評交えて振り返ってみます。■ベスト・ムービー:『ウォンテッド』(T)…次点と悩んだけれど、突き抜けた爽快感とスタイルが斬新。主演のJ・マカヴォイが好演。■次点:『ダークナイト』(T)…ハッキリ言って、大人の映画。あるいは、アメコミ作品ですらない。極めてリアルなクライム・ムービー。H・レジャーの死を差し引いても歴史に残る一作。■掘り出し物大賞:『バンディダス』(D)…二大ラテン・アクトレスの豪華共演、ただのB路線と侮るなかれ。『ブラック・スネーク・モーン』(D)…エキセントリックな切り口の中に、普遍的な“癒し”や“再生”が描かれて◎。ブルース好きにはたまらないシーケンス、S・ジャクソンのブルースマン役が超絶クール。■もう一歩で賞:『ブーリン家の姉妹』(T)、『エリザベス:ゴールデンエイジ』(T)…どちらも歴史モノ。もう一歩踏み込みが欲しく、全体として食い足りなさが残った。■特別賞:『ふたりのベロニカ』(D)…劇場で観て以来、再度鑑賞。よかった。『愛のトリートメント』(D)…この作品はリイシューされるべきでしょう。小さなハコで濃い芝居を観たような拾い物感アリ。■苦笑い大賞:『新・カリギュラ』(D)…トホホ(涙)。ま、時代の産物。ここから、一方でブラック・ムービーが生まれたり、後にはセルフ・パロディ的佳作も生まれたワケで。時代考証やディティールだけ、なぜか結構緻密だったりするのが恐い、Bマイナス路線の典型。コレクションや話のタネなら許せる。『スウィーニー・トッド』(T)、『エディット・ピアフ 愛の賛歌』(D)、『ぼくを葬る』(D)も良かったですね。ただ、今年はとにかく『ウォンテッド』にしてやられてしまいまして、逆にヒューマンタッチな作品やドラマ作品が、一発浴びせられてしまった形になりました(私の中では、ですが)。あ、気がつけば、ベスト&次点、両方ともモーガン・フリーマン、出演してます…。(了)*(T)は劇場での鑑賞作品、(D)はDVD。【初回版:豪華アウターケース仕様】『ウォンテッド』 リミテッド・バージョン/アンジェリーナ・ジョリー『ダークナイト 特別版(2枚組)』/クリスチャン・ベール『バンディダス』/ペネロペ・クルス/サルマ・ハエック『ブラック・スネーク・モーン スペシャル・コレクターズ・エディション』/サミュエル・ジャクソン■「旅から、音楽から、映画から、体験から生死が見える。」 著書です:『何のために生き、死ぬの? 意味を探る旅』(地湧社)。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2008/12/27
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先日、関連記事は記したが、昨日「相馬雪香先生を追悼し感謝する会」に親族として出席してきた。慌しい時期にもかかわらず、多数の出席者があり、先生(今日は先生と敬称をつけたい)の生前の国際的な平和活動と、それを衝き動かした面倒見よく豪快なパーソナリティが、いかに多くの人々を勇気づけ、またそれがため慕われてきたかが改めてよく分かったのである。なお、これまた大変な時期にご出席いただいた著名人や御成りいただいた顔ぶれについては報道記事に譲るとして、会は実に和やかに執り行われた。和やか。和す。これぞまさに先生が生涯を通じて取り組まれたことであったかと思う。 私とは直接面識がなかったものの、間接的には近しいご縁をいただいていた日野原重明先生が、永年の主治医として、また盟友としてスピーチをされたが、哲学者カントの言葉を引いて、「不戦ではなく、否戦でなくてはならない。相馬先生に代わって、平和は赦しから、と伝えたい」との主旨のお話を下さった。 最後に、生前ラジオ番組で相馬先生が語ったインタビューのテープが4分ほど流れた。「私だってできないことがたくさんある。でも、できないことを無理にやるのではなく、自分ができることをやって、互いの不足を補い合えばいい。できないことをひがむのではなく、目の前にある、自分ができることを一つ一つ積み重ねていくことが大事」。肩の荷がスッと下りた気がした。 メッセージには、「相互の違いを認めること」、「人を変えるには、自分から変わる」という先生の思想の根本が息づいているように思えた。そして、日野原先生の言葉と相俟って、平和の実現には「赦すこと」が究極として存在しているように思い到ったのである。 帰宅して、相馬先生より依頼されて寄稿した自筆のエッセイを読み返してみた。「日本語を愛している」と話したら、「何か書いて頂戴」と言われたのだ。10年前の文章である。何も変わっていなかった。そこに私が書いていたことは、今の私が考えていることと変わらない。私にもまだ、あの頃の若々しい情熱が残っていたのだ、と思うと嬉しくなった。 先生の死を悼む気持ちで一杯である。しかし、それよりも、自分にできることで、自分らしい形で、少しでも志を継ぎ前に進むことの方を、先生なら「今すぐ選びなさい」と仰るに違いない。 この時期にしては珍しいほどに暖かい一日。昨日は快晴だった。(了)
2008/12/26
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今年一年を振り返って、ふさわしい一字を思い浮かべてみた。「忍」「辛」「苦」。まさか!!ふさわしい一字を挙げるならば、「殿(しんがり)」をおいて他にないだろう。 いわば、人生という名の己の行軍で、自分自身が殿軍を任されたような一年であった。「殿は戦の華」とはありがた迷惑な言い草、実際には緻密な戦術と高度な自制心、戦局を把握する眼と、加えて運を味方につけねばならない難しい役回り。辛いとか苦しいとか我慢とはまた違う、もっと重要で深い戦い。諸々の心身の贅肉を断ち切るクローザー。 過日仕事仲間でおこなった忘年会と、昨日出席した「相馬雪香先生を追悼し感謝する会」で、この戦いが報われ、見事窮地を脱したことを実感。実に気持ちがよかった。 ひとつ己が譲れない生きざまを守りそれが過ちでないことを、人にはもちろん、自分自身にも示してみせねば意味がない、背水の陣で迎えた試練の殿軍。年の瀬、ようやく、“はじめから分かっていた答え”に辿り着くことができた。結果としてこの一年、何も間違っていなかったことが最大の褒美だった。(了)■「旅から、音楽から、映画から、体験から生死が見える。」 著書です:『何のために生き、死ぬの? 意味を探る旅』(地湧社)。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2008/12/26
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2008.08.21を皮切りに、まさしくひょんなことから、いっそ真っ向から取り組んでみようと決心し、読み始めた塩野七生著『ローマ人の物語』。文庫で読むのだから、物理的な重量としては軽いが、冊数は目もくらむほどの分量になる。これだけのシリーズ物を、ほかに興味があることが何本も並走している状態で、それらを一旦オフにしておいて読み続けるというのは、無謀な、いや、何か取り憑かれたような気持ちの中でしか、できることではないのかも知れない。 ところで、この荒行に似た読書(遊びではないのだ、そこから何かを感じたかったのだ。それが何かはハッキリしているが、読破後に記すことにしたい)と対峙するにあたって、少しでも達成感を味わいながら自分を鼓舞しようと思いついたのが、“読破ゲージ”なるものであった。それを眺めながら、どこまで読み進んだかを確認し、次へのエネルギーにしようという、まぁ言わば小学生の頃に使った目標達成シールのようなものなのだが、実際、これのおかげでなんとか見失わずに今日まで至った、と勝手に思っている。 さて、現在ゲージは、実は31個しかない。これは、ブラウザによっては奇麗に表示されないケースがあったりするので、記事欄の端から端までの長さに合わせての配慮であった。しかし、現実は甘くない。 実際、現在出ているだけでも、文庫は34巻まで出ている。そして、この34巻は、単行本における12巻までを扱ったものだ。ちなみに、単行本は、13巻「最後の努力」、14巻「キリストの勝利」、15巻「ローマ世界の終焉」(最終巻)まであり、これらが文庫化されるとなると、ゲージを30から34に増やした程度ではどうということもない、ということになってしまう。 また、現在のペースであれば、来春には、文庫化されている34巻まで読了してしまうだろう。その後は、おそらく流れを考えれば、その時点で文庫が続刊されていればそちらで、そうでなければ単行本で最後まで読み進め、一区切りをつけることになると思う。そうなると、ゲージそのもののフォーマットも、統一感という点では無に帰すわけだ。 しかしまぁ、ともかくここまでは来たのだ。34巻以降はどうなるか、それはひとまず措くとして、また記事欄の左右の幅の問題も措くとして、このあたりで、もう一山越えるために、これまで31で留めていたゲージを、当面34まで伸ばすこととする。ゴールが見えたようで、実は先がある。これが一番堪える。と同時に、この作品との付き合いがもう少し延びたようで、嬉しい気持ちにもなるのである。(了)▲下記は書評アップ分現時点。読了は27巻まで、書評は順次アップ予定。***********************************************************塩野七生著『ローマ人の物語』(24) 賢帝の世紀(上)(新潮文庫)読破ゲージ:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■***********************************************************■「旅から、音楽から、映画から、体験から生死が見える。」 著書です:『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2008/12/25
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この秋くらいからハマり始めまして、とうとうDVDブックを購入し、暇があれば流しっぱなしにしているのが『ピタゴラ装置DVDブック』。そう、NHK『おかあさんといっしょ』で放映されている、ピタゴラスイッチです。 からくりといいますか、こうした装置モノへの興味は、小学生時代にさかのぼります。映画『グーニーズ』を観に行きまして、確かその冒頭だったか、こんな、からくり装置の目覚まし時計だか呼び鈴みたいなのが出てくるんですよ。それに、ストーリーのメインでは海賊が財宝を守るための装置をアチコチに仕掛けているのでありまして、以来、私はスケッチブックに、数々の装置を考え出しては勝手に描きなぐっては想像力を膨らませていたのでした。 あの時の楽しい気持ち、純粋な好奇心にふたたび火が点いたのが、たまたま何気なくつけたテレビで展開するからくり装置の数々。もう我を忘れて見入ってしまったワケですが、それらの作品装置が一挙に観られ、おまけに裏話までついたDVD+解説本があるってんで、早速第1集、第2集ともに購入。 あのユルいトーンに、身近な道具を使った大げさな装置や、ときどきキリっとしたパンチある装置がどんどん展開します。一作品のたびに流れる、「ピタゴラスイッチ♪」のジングルは脳内感染、グルグルとこだまします。なんか、気分転換に、ちょっと独り言で口ずさんでみたり。「ピタゴラスイッチ♪」。あ、俺にもスイッチが入ったかも、とか。 そんなワケで、好きな人にはたまらないピタゴラ装置。これは子供たちだけの楽しみにしておくのは勿体ない!!『おかあさんといっしょじゃなくても』、是非このクリエイティヴで息を飲む、でも思わず頬が緩んでしまうからくり世界、未体験の皆さんも味わってみて下さい。オススメですよ。(了)ピタゴラ装置 DVDブック1(DVD) ◆20%OFF!ピタゴラ装置 DVDブック2(DVD) ◆20%OFF!■「旅から、音楽から、映画から、体験から生死が見える。」 著書です:『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2008/12/25
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聖なるクリスマス・イブ、皆様いかがお過ごしでしょうか。大掃除に精出している今日この頃でございます(笑)。 ところで、クリスマスが近くなると、必ずすること。それが、劇場公開当時、渋谷で鑑賞して以来、毎年『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』を観ること。映像は幻想的でナイーヴですし、ストーリーも素敵。何より音楽が素晴らしく、クリスマス近くなのについ「ハロウィン、ハロウィン♪」と口ずさんでしまうという(苦笑)。 なんでしょう、人形が語ると、昔懐かしいお話や、かつて持っていたであろう子供心をジンと刺激するようなちょっと照れくさいストーリーにも、かえって素直に心を開けるような気がするのです。気が付くと、ちょこんと座っておとなしく画面に釘付けになっているような。内心はワクワクなんですけどね。 そうして今年、『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』が長年守り続けてきたクリスマス行事の王座に並んだのが、『ルドルフ 赤鼻のトナカイ』。これまで一人横綱だったのが、いわば東西の横綱そろい踏み、になったような形。ピカピカ点灯するルドルフの鼻先や、恰幅の悪いサンタ、雪男、などなど、個性的なキャラクターが多数登場するも、基本に忠実なシーケンスでブレることなく、本当に暖かい気持ちになります。絵本もついて来たんで、これもまた楽しめます。 今年は『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』、『ルドルフ 赤鼻のトナカイ』の二本立てで、健やかなる聖夜を送りたいと思います(笑)。(了)ルドルフ 赤鼻のトナカイ【絵本付きDVD】 ※再プレス(DVD) ◆20%OFF!■「旅から、音楽から、映画から、体験から生死が見える。」 著書です:『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2008/12/24
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***********************************************************塩野七生著『ローマ人の物語』(24) 賢帝の世紀(上)(新潮文庫)読破ゲージ:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■***********************************************************久々の大型皇帝登場。45歳、男盛りで皇帝トライアヌス誕生。曰く「用いる言葉にこめられた真実味、強く毅然とした声音、威厳に満ちた顔、率直で誠実な眼の光」の持ち主。初めての属州出身の皇帝。トライアヌスに求められた君主像はとは、小プリニウスによれば「帝国の自由と繁栄と安全の保障」。アウグストゥス(「ライン河、ドナウ河、ユーフラテス河、サハラ砂漠までを領土とし、これ以上拡大しないこと」)に背き、ドミティアヌスさえなし得なかった領土拡大に乗り出す。当面の敵は、「リメス・ゲルマニクス」に挑むダキア族。自身もカエサルに倣って『ダキア戦記』を執筆したトライアヌス、しかしその激戦および帝国史上初の領土拡大の模様は、全長200メートルに及ぶ「トライアヌスの円柱(コロンナ・トライアーナ)」にすべてリアルで精緻なレリーフで巻物よろしく記されているという。優秀な指導者デケバロスに率いられた“「王」の野心と抵抗”は激しかったが、第一次ダキア戦役は一年と数ヶ月で、講和により決着。当面はその勢いを押さえ込むことに成功。ダマスカスの天才建築家アポロドロスとコンビネーションの良さは、ダキア問題解決後は皇帝恒例の公共事業でも発揮されるが、出色はやはりダキアを完全に屈服させる“喉元のナイフ”たるドナウ河の中流に石橋をわたす大事業。川幅1キロメートルオーバー、前例なし。ローマの橋とは“道路と同じ高さの橋”(なので、このルールに外れる橋はローマ帝国滅亡後の作と分かる)ゆえに、河岸から河岸にかけたのでは目的を果たせない。内陸から始まる長い距離と、足下を流れる水を考慮した高さを備えた石造りの橋の、着工から一年余りでの完成は奇跡的。この「トライアヌス橋」は、19世紀半ばには、ドナウ河を有効利用したいオーストリア・ハンガリー帝国により爆破される。ところで、この橋を有効活用したいトライアヌス、先に手を出して来たダキア相手に第二次ダキア戦役開始。橋を渡ってなだれ込むローマ軍に、デケバロス自刃、ダキア王国の夢は潰える。晴れて凱旋のトライアヌス。ドミティアヌスの命取りになった、捕虜買取の講和も過去の話に。ここまでは属州出身であるためか謙虚を旨としてきたトライアヌス、ダキア戦役以降はそのスケールの大きさを隠すことを止める。戦後処理も徹底。ドナウ北岸に勢威をふるう危険な存在の抹殺を企図。もはや、ダキアは問題のタネとなってはならないとばかりに。ドナウ防衛っっから割くことができるようになったエネルギーと、ダキア戦役で潤った財源は公共事業に。筆者曰く「公共事業に対しても、戦争をするのと同じ気概で臨んだのか」と。ところで、現在に見られる遺跡は、風雪に晒された結果ではなく、キリスト教支配の結果。異境の象徴に使われた、使いやすく切り出された建材は、そっくりはずされて宗教建築に使われた。遺跡は建設資材の採掘場となり、古代ローマの大理石を見たければ、遺跡でなく教会へ行け、と。今も残るトライアヌスの公共事業の傑作は、スペインのアルカンタラの橋。皇帝トライアヌス治世下で小プリニウス、小爆発。その業績は、『小プリニウスとトライアヌス帝との往復書簡』として後世に遺る。同世代で親友のタキトゥスと正反対の円満な人には“毒”が足りず、一方“毒”のあったタキトゥスは「ローマ帝政期最高の歴史家」に。『往復書簡』では、小プリニウスはよく書いたが、トライアヌスもよく返事を書いた。勤勉皇帝の面目躍如。面倒見のよさ(トライアヌス、次世代育成のため「育英資金制度=アリメンタ」も法制化)もあってトライアヌス時代は皇帝と元老院の関係も良好。公私混同せず、公明正大な点も評価され、元老院も安心してこの皇帝を信頼した。ゆえに元老院より、史上初「至高の皇帝」の称号を贈られる。この時代より、ユダヤ教とは一線を画すキリスト教は、アンダーグラウンド的活動により潜行して布教活動開始。結社化へのローマ帝国の脅威へとつながる。またも、というべきか。先帝の誰もが治め得なかったパルティア問題浮上。東への遠征を決意。先人の努力による微妙な友好関係は、またもパルティアの王位継承問題をきっかえとして、パルティアより破られる。抜本的解決は軍事力以外になし、とトライアヌス。が、正面突破敢行に60歳で立ち向かうには成功を重ね過ぎていた、この人は。その一つは、子飼の武将の次世代をうまく活用することが出来なかったこと。にもかかわらず、ローマ軍は軍功を競って善戦、ルシウス・クィエートスらの目覚ましい活躍により敵国の重要都市を陥落。早くも「パルティクス(パルティアを制覇した者)」の称号がスタンバイ。これまた前人未到のペルシャ湾に達したトライアヌス、ひとまずアンティオキアまで帰着すると同時に、これを好機とメソポタミア全土が一斉蜂起。パルティア王国の危機とは関わりなく、パルティア全土に厳とした態度を崩さないトライアヌスへの危機感からの蜂起は、無視できぬ勢いに。よしんばこれを治めても、メソポタミア制覇の高い代価に帝国は耐えられるのか。同時にユダヤ一帯でも反乱勃発。トライアヌス、無念のうちに病に倒れる。総司令官を、かつて自身が皇帝に推された際にいの一番で駆けつけたハドリアヌス(トライアヌスはハドリアヌスの代理父でもあった)に任せ、ローマへと帰途に就くも、病状急変、64歳に満たぬ死、二十年におよぶ治世。これまたローマ869年の歴史でも初の、死者を主人公にした凱旋式で迎えられ、その生涯に幕を下ろす。初の属州出身皇帝ゆえに、人並みはずれて精力的であり続けた男の後は、指名によりハドリアヌスが継承する。(了)ローマ人の物語(24)■「旅から、音楽から、映画から、体験から生死が見える。」 著書です:『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2008/12/16
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***********************************************************塩野七生著『ローマ人の物語』(23) 危機と克服(下)(新潮文庫)読破ゲージ:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■***********************************************************帝国再建の皇帝ヴェスパシアヌスを継いだ長子・ティトゥス。庶民派皇帝の息子もまた、実直純朴の皇帝。生涯の恋も国民のために放棄したティトゥス、筆者をして、公僕に徹し、良き皇帝たらんとした人。しかし、その治世は降り掛かる厄介ごとの収拾に終始した。まずは、ポンペイを襲ったヴェスヴィオ火山の噴火。その詳細は、『博物誌』で知られる大プリニウス(老プリニウス)の甥、小プリニウス(若プリニウス)。叔父譲りの勉学の人、小プリニウスの記す地震の様子(書簡)、残存するのは一部なれど迫真のレポート。この大震災に、公僕皇帝ティトゥス、即対応。余震の続く中、現地に被災者対策本部を置き、陣頭指揮でことに当たる。時をほぼ同じくして首都ローマ、火災。公共建築の立ち並ぶ一帯を襲った火事に、ティトゥスも急行。天災に休む暇なし。疫病対策にも抜かりなかったティトゥス、度重なる災難への心労か、病に倒れ、急死。41歳に満たない生涯、二年三ヶ月の統治。短い治世でも、結果的には市民にも元老院にも愛されたティトゥスの死は悼まれた。死の翌日、弟である皇帝ドミティアヌス、即位。後に、元老院の伝家の宝刀、ネロと同じ「ダムナーティオ・メモリアエ(記録抹殺刑)」に処されるも、実は功績多いドミティアヌス。なぜ元老院を敵に回したのか。父・ヴェスパシアヌスも予測しなかったティトゥスの早すぎる死に、ドミティアヌス、統治に必要な経験もないまま皇位就任。善帝で実兄のティトゥスと比較され続ける統治は不快だったろう、と。しかし、やるべきことはやった点、“悪名高き皇帝”の轍は踏まず。極刑である「ダムナーティオ・メモリアエ」に処されたのだか残る資料は少ないながら、公共事業に偉業は残る。現ナヴォーナ広場にドミティアヌス競技場。父、兄が手がけたコロッセウム落成に都市計画(「ネルヴァのフォールム」)。そして、最も重要なのが、「リメス・ゲルマニクス」の建設。これ、ローマの防衛体制の強化のための、全長542キロの長大な防壁(「ゲルマニア防壁」)。この防壁は、後を継ぐトライアヌスやハドリアヌスも熱心に補強した、ローマの守りの生命線。これが機能すればこそ、ライン河防衛線を心配せずに、ドナウ河防衛に専念できたのだ。二千年後には、軍事専門家からも防衛システムの傑作と評されるも、この防壁建設のために、元老院も望まないゲルマン人との争いを起こしたのであるから不評にも頷ける。このドミティアヌス、秩序を重んじ、不正を嫌ったのもまた清濁併せ持つことのできなかった不器用さか。人間の心の機微に通じていないかと思えば、これが憎いほどそこも抜かりなく。庶民の心は、史上初のナイター試合を提供。要は、抜かりなさ過ぎて、隙がないほどデキたのがまた気に入られなかったのか。インフラ整備、ゲルマンやブリタニア(勇将・アグリコラ活用に失敗して難航、これも失策として批判に)相手に戦争、ナイター試合、とやっても、最高の国税庁長官・皇帝ヴェスパシアヌスらの税制により、万事が滞りなかったが、悩みのタネがないワケでもなかった。パルティアが偽ネロを擁して反ローマ。高地ゲルマニアでも反乱の火の手。ここに、後の皇帝トライアヌスが司令官として抜擢される。ダキア族に大勝。講和に持ち込んだドミティアヌス、ダキア族に対して、捕虜のローマ兵をお金で“買い取る”策に。買った側が金を払い、しかも戦争で体を張った兵士を買い戻す。このやり方が、深く読めないローマの決定的な不評を買うことに。さらに、「デラトール」による、密告・スパイ・告発制度を活用して、恐怖政治再開への警戒心を煽ることに。また、初の終身財務官に就任。明らかに、元老院議員への牽制球。いや、管理下へ置くと一睨みしたに等しく。そして、皇帝ドミティアヌス、暗殺さる。45歳に一月、15年の統治。が、ドミティアヌス、何も不評を買ったローマ市民や、警戒心を抱いた元老院の陰謀によって殺されたのではなく。ドミティアヌスの胸に消え残る生涯の恋に、打ち勝てぬ苦悩ゆえか痴情または至上の愛のもつれ、皇后付きの解放奴隷により、睡眠中に襲わる。死後、元老院議員ネルヴァが皇帝に推挙される。誰の意向か、元老院は早々にネルヴァを皇帝にし、ドミティアヌスを記録抹殺刑に処すことを決定。人望あった近衛軍団らを抑え込み、元老院へ突きつけられた宝刀をなまくらにするのが狙い。ドミティアヌスは、墓碑すら与えられなかったが、心の恋人とともに眠ることはできた。初、が好きなドミティアヌス、ちなみにクィンティリアヌスに、古代唯一の体系的教育論述書を書かせる。ネルヴァ、ショート・リリーフ自覚の上で皇帝に。この皇帝在位中の最大の善政は、後継者にトライアヌスを指名したこと、と。一年余りの治世で、皇帝ネルヴァ、自然死。71歳。己の役割を自覚し、それならば十分に果たした。トライアヌス、皇帝に即位。筆者曰く、ローマの人事・ローマ史はリレー競争。既存の機能が衰えれば、必ず新しい人材がバトンを拾う。やむを得ず続投・既存の体制保持は衰退を加速し、共同体の崩壊へ。バトンタッチする相手に不足して走り回り、あげくトラック上で倒れて死ぬ図式、と。(了)ローマ人の物語(23)■「旅から、音楽から、映画から、体験から生死が見える。」 著書です:『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2008/12/15
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以前、スニーカー断固拒絶派だった私が、パトリックのスニーカーと出会って開眼してしまった、というような記事を書きましたけど、今年も一足買いました。まぁ、コレクターではないので、モロ実用なんですけど。 スニーカーで仕事に行くことも多いので、パトリックの“文系スニーカー”はファッションにも合わせ易いですし、何より、開眼のきっかけとなったモデルが、実に私の足にピッタリだったんです。甲高で、足の形は女性的(足型だけなら、足タレになれるような、イイ形…苦笑)なんですが、これが靴選びとなると、なかなか吸い付くようなフィット感が得られるアイテムに出会うのが非常に困難。 でも、一度出会うと、そこのメーカーやブランドなら大抵問題ないので、パトリックとの出会いは、そんな現実的な面でも大助かりだったワケです。 今回の購入の目的は明確(前回はヴィジュアル重視&レザー・スニーカー)。ガンガン履く。雨でも履く。滑らない。この三本柱でセレクト。パトリック シュリーに決定。一週間ほど履いていますが、やっぱりしっくり来ますね。歩き疲れもないですし。これから、ヘビロテで大活躍してもらうことにします。(了)★送料無料★PATRICK SULLYパトリック スニーカー シュリー ブラック(26751 FW07)■「旅から、音楽から、映画から、体験から生死が見える。」 著書です:『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2008/12/11
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***********************************************************塩野七生著『ローマ人の物語』(22) 危機と克服(中)(新潮文庫)読破ゲージ:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■***********************************************************危機と克服の時代。帝国の辺境。かつて、ユリウス・カエサルが遠征の際に、寛容の精神により大盤振舞いした家門名・ユリウス。そのユリウスの名を持つ男たちのかけ声によって、属州で、反ローマの火の手が上がる。バダヴィ族らは、内乱状態にある今が好機と、決起を煽る。あるいは、同じくユリウスの名を持つ部族長らによって、独立運動起こる。ローマに対して、ガリア帝国を築き上げると。属州で、ローマ帝国崩壊と信じられても一向におかしくない状態が長く続いていたのだから仕方がない。もう一つ、ローマ帝国自慢の安全保証体制を揺るがせたのが、イェルサレムのユダヤ人暴動を契機としたマサダ要塞玉砕で終わるユダヤ戦役。差し迫る二つの危機。ガリア帝国構想には、勇将・ケリアリスの名演説が、ローマの勝利のみならず、伝統である誇り高き寛容の精神を取り戻させる。属州の裏切りも赦し、罪も問わない。火付け役バダヴィ族もまた沙汰なし。ただし、この寛容精神には、戦後処理に一貫したポリシーを持つムキアヌスの指示があったのではないか、と。と同時に、一連の反乱の一因には帝国の不始末の与えた不安があった、という自責の念がローマ側に働いたのだとも。しかし、特殊性が強く、絶妙なバランス以外では、ローマ帝国とは相容れない、つまりは唯一神以外に主人も法も持たぬ選民意識高いユダヤ人の問題は、穏便には行かなかった。高まる反ユダヤ感情の中、長官が、属州税の滞納分としてイェルサレムの大神殿から金貨を召し上げたことで暴動勃発。ついには、130年ぶりに、聖地イェルサレムにローマの正規軍を派遣する羽目に。聡明なるユダヤの若き指導者、ヨセフス・フラヴィウス(『ユダヤ戦記』著者)率いるユダヤ軍団とヴェスパシアヌス率いるローマ軍、衝突。「特殊」対「普遍」の対決。奇策で応じるヨセフスの奮闘と、激しいユダヤ人の抵抗も、ヴェスパシアヌスの手堅い戦略戦術に操られるローマの大軍には及ばず。ヨセフス、高位指導者らとともに逃走。ユダヤ式「自由」のため、一同集団自決に決定も、ヨセフスくじ運により落命回避(現代の高等数学の知識を駆使すれば、くじで生き残ることは可能なのだとか)。洞窟から引き出されたヨセフス、ヴェスパシアヌスに向かって「あなたは皇帝になる」とギャンブル予言をかます。ヴェスパシアヌス、一笑に付すも、それが後に現実になるとは…誰も予想せず。ユダや戦役、最後の詰め。神の棲む町・不沈の聖都イェルサレム攻略のみ。ネロ皇帝の自死で攻略一時中断するも、いまやヴェスパシヌスが皇帝となった状態で戦役再開。イェルサレム攻略は、ヴェスパシアヌスの子にして、右腕・ティトゥス。五ヶ月に及ぶ激戦の末、イェルサレム陥落。ヨセフスによれば、戦役の犠牲者より、籠城による疫病での死者の方が多かった由。ともあれ、この戦の敗者には、ローマも容赦はしなかった。死か、奴隷か。総本山も再建禁止。降伏する者は許すが、抵抗を続ける者には厳格なローマの伝統は、抵抗を続けたユダヤ人には厳格主義。といって、反抗しなかったユダヤ人は対象外であったし、抵抗したユダヤ人にユダヤ教を棄てることさえ強要しなかったのだ。ただ、反乱の芽を摘むことだけが徹底されたのもまたローマらしさ。以後、少なくとも半世紀の間はユダヤ問題は鎮火する。これを治めて、皇帝ヴェスパシアヌス、ローマへ。早速、その健全なる常識と、素朴な愛嬌で、帝国再建へ。ヴェスパシアヌスの留守を十ヶ月守っていたクールなデキる男・ムキアヌスが当座行った諸政策はすべて見事なり。さらに、複数の、必要に迫られた待ったなしの難問解決を、同時並行でこなしたというのだから脱帽。“ムキアヌスの十ヶ月”により、ヴェスパシアヌス、些か気も楽に治世スタートできたのだ。さらには、もはや皇位は望まぬムキアヌス、以後、アウグストゥスにおけるマエケナスの立ち位置で、ティトゥスとともにヴェスパシアヌスの治世を支える。身の処し方にも美学ある男・ムキアヌス。ヴェスパシアヌスのスローガンは、「平和と秩序」。ネロ以後を見れば、当たり前といえば当たり前。だが、これこそまさに当時のローマの最優先事項。このヴェスパシアヌス、身の丈に合わぬ、自分に似合わぬ贅沢の類いは一切せず。妻亡き後は再婚もせず、幼なじみの元奴隷を愛人とし、会いたいと望む者には誰とでも会った。洗練や強要とはほど遠い立ち居振舞いであったが、ユーモアと人好きのするキャラクターを持っていた。そして、ローマに「平和と秩序」を取り戻すだけの堅実さが備わっていたのだ。皇位継承者問題を回避するため、皇位世襲を、さらには「ヴェスパシアヌス皇帝法」で皇帝権の明文化を元老院に承認させる。後者には「サンクティオ」なる罰則免除が盛り込まれていたが、これは皇帝弾劾によって自死に追い込まれたネロの事例に学び、かつその後の混乱を繰り返さぬための元老院へのキツイお灸(ただし、同時に元老院に対しては、国家反逆罪の量産もしないことを明言して支持を得る)。この「サンクティオ」によって、アウグストゥス直系の、元老院による皇帝へのチェック機能を、元老院は失うのである。ただし、筆者によれば、元老院による「国家の敵」量産に歯止めをかけたヴェスパシアヌスの力量には満点はつけられない、と。曰く、法制化しても所詮は完全な解決などあり得ないことの法制化を結構したから。とはいえ、9年に及ぶヴェスパシアヌスの治世は、庶民的な振る舞いと健全な常識、さらには大事件も起こらなかった幸運を味方に付けて、善政の評価のまま穏当に終始。名門出身でなかったからこその、優秀な人材を広く登用することもできた。息子にして皇位継承者・ティトゥスもまたなかなかに純朴。というか不器用。ユダヤの王女に恋をし、愛人のままにはしておけないティトゥス、正式な結婚を父に請うも、民衆が大反対。ユダヤの王女だから反対なのではない。アントニウスとクレオパトラのカップルを、ローマ人に思い出させたからである。恋愛成就せず。ティトゥス、以後結婚相手も愛人も求めなかった。現代イタリアを代表する景色の一つ、コロッセオの建造はヴェスパシアヌス。財政再建の手腕は、後の研究者からは「最適の国税庁長官」との最高の評価。税率上げず、新税創設もせず、いかに税収を増やすかを考え実現できたから。ところで、当時のローマの社会福祉像には、医療と教育が意識されていなかったため、当時の地図には病因と学校は見当たらないのだ、と。特に医療については、「死すべき存在」と人間を見る死生観のゆえに、治療や延命に狂奔した皇帝は一人もいなかった、と。むしろ、今風に言えば、免疫力を高める予防医学的見地から、食と衛生(浴場と水道)、生活習慣への関心は高かった。ヴェスパシアヌスも浴場を作った。公衆便所設置にも熱心だったので、イタリアでは公衆便所のことをヴェスパシアーノと呼ぶようで。ヴェスパシアヌス、帝国の再建者としてなすべきことをすべて終え、後事はティトゥスに託して安らかに逝く。享年70歳。(了)ローマ人の物語(22)■「旅から、音楽から、映画から、体験から生死が見える。」 著書です:『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2008/12/09
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こうしてブログに雑記らしい雑記を書くのも久しぶりな気がします。読者の皆様、慌ただしい季節、いかがお過ごしでしょう。さて、今年も誕生日を迎えてしまいました。いやぁ、めでたくもあり、めでたくもなし…か。 今年の誕生日は、実際には感慨や余韻に耽る間もなく、慌ただしさの中で迎えてしまったのです(前後に、旧友との再会や親戚の上京などなど、様々な行事が重なったせいもあるのかな)が、この年齢になると、“構えない誕生日”というのもまたナチュラルでいいものか、と思ってみたり。 ただ毎年気になるのは、クリスマスのイルミネーション。もう、ハロウィンが終わった時点で、フライング気味にムードはクリスマスへ(空飛ぶイルミ、じゃなく、勇み足の方のフライングです、悪しからず。前者なら夢があるんですけどね)。オイオイ、いくらなんでも、早過ぎやしないか。って、その間にワタシの誕生日があるので、個人的にはなんだかスキップされてしまったような、ひがみが(笑)。実際、誕生日を迎える前に、アチコチでイルミネーション、見ちゃいましたからね。。。 丸の内界隈は、再開発もあって、ここ数年で街の景観がまたもうひとつ変わりましたが、ミレナリオなき後は、都市の風景と自然に馴染み調和するライティングが広範囲に施されていて奇麗でした。でもやっぱり、イベント色の強いイルミネーションやツリーなんかもまた胸躍るワケで。百貨店のウィンドウやディスプレイからも、楽しげな雰囲気がビシッ、バシッ、と伝わってきます。 でも、日頃当たり前のように通る道のあそこやここに、さりげなく、いつの間にか登場する飾りや電飾などが、控えめながらも季節への感度が精緻で、かえって風流なのかもな、なんて思ったりしてしまいます。(了)▲写真は、日本でも一、二を争う有名レジャー・スポット付近のツリーですね。■「旅から、音楽から、映画から、体験から生死が見える。」 著書です:『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2008/12/09
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***********************************************************塩野七生著『ローマ人の物語』(21) 危機と克服(上)(新潮文庫)読破ゲージ:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■***********************************************************皇帝ネロ自死に追い込んだのは、ネロの暴走を危険視した元老院とそれを後押ししたローマ市民。かわってインペラトールとなったのはガルバ。いわば、皇帝になって首都への凱旋。しかし、首都の雰囲気を認識していなかった、棚からぼた餅の人、ガルバ、皇帝としてローマに入り事態の収拾に動くべきが、事態を舐めて初動遅れる致命傷。元老院と市民の前に姿を現す前に行った、適当としか呼べない手抜かり政策、早くも不信感のタネに。皇帝らしさ、というパブリックイメージでは、ネロの方がまだマシだったのだ。自分に代わって首都を掌握する人事不評、財政再建も具体性なき施策。地盤のはずのイベリア軍団兵から忠誠拒否、さらに兵らは、ガルバに代わる皇帝人選を元老院に要求。元老院は、低地ゲルマニアを任されていたヴィテリウスを指名。争乱避けたかった市民には気の毒に、帝位をめぐってローマ人とローマ人が血を流し合う羽目に。ヴィテリウスはヴィテリウスで、ガルバ以外なら誰でも…の空気を読まず、勘違い、ゲルマニア軍団を擁して反ガルバに起つ。皇帝になったつもりのヴィテリウスに対して、今度は若き人気者・オトーも起つ。その混乱の中、皇帝ガルバ、近衛軍団により輿から引きずり降ろされ殺害さる。懐柔されたガルバへの失望隠せない兵士たちにより、オトー、一足先に「インペラトール!」の歓呼を浴び、正式に皇帝となる。無名オトー、いま、みた、知った。オトー、この人こそ、皇帝ネロの遊び仲間にして、妻=ポッペアを横取りされ僻地に左遷された男。しかし、それを恨むことなく、元々有していた才能を生かして職務遂行、善政で聞こえていた。そのオトー、ガルバが為損じた事態の収拾に着手。当面の敵・ヴィテリウスに対しては共同皇帝の提案を持ちかけるも、過信するヴィテリウスは一蹴。オトー、自身の認知度の低いドナウ河防衛担当「ドナウ軍団」を、ライバル意識から奇跡的に味方に付け、ついにヴィテリウス率いる「ライン軍団」と激突。同胞を敵にする場合、兵士にはそのわだかまりを断たせねばならない。我がためにルビコンを越えよ、と言えたのはカエサルだから。ヴィテリウスはこれに失敗。兵士がヴィテリウスを愛さなかったのだ。しかし内乱に躊躇いがあるのはオトーもまた。決定的な戦局で冷徹になれず、ヴィテリウスにチャンスを与える。第一次ベドリアクム戦は、軍規・軍旗なき暴徒が野っ原で敵味方なく無秩序に戦った混戦でしかなく。やがて、陣頭指揮を執らぬことではヴィテリウスと変わらぬも、期待は背負っていたオトー、兵士の失望を買い自軍は戦意喪失。自軍敗北の報に、皇帝オトー、自殺。わずか三ヶ月の皇帝、37歳の死。潔いつもりが、これは諦めが早い死出。やはり、急に転がってきた皇帝の座だからこそ、未練がなかったのだろうが、勝者の心得知らぬヴィテリウスが後始末するのだから始末が悪い。オトーの死により、元老院、今度は正式にヴィテリウスを皇帝に承認。短い治世の中で、警察人事が成功していたのが幸い、オトーの置き土産で首都に混乱は起こらず。混乱期によらず、敗者の処遇は時局を左右する。これに、デリカシーなき皇帝ヴィテリウス、まず失策。この人は、やるべきことをやらなかっただけでなく、やるべきでないことだけやった、と筆者も辛口。ここに来て、皇帝に就くとの予言を笑ったヴェスパシアヌス、ムクムクと皇位実現に向けて周到な準備。ライバルは、有能なるシリア総督ムキアヌス。叩き上げの庶民派ヴェスパシアヌスと名門でなくとも父の代から元老院階級に属すムキアヌスは対極にいる同士。しかし、ヴェスパシアヌスには、この時期のローマは一番望んだ資質があった。それは健全な常識。理性と信念の人・ムキアヌス、今帝国を救えるのは元老院の外側で生きてきたヴェスパシアヌスと、合理的に判断。同じ想いは、エジプト長官、かのフィロンの同族、アレクサンドロス。帝国再建のため、素朴なるヴェスパシアヌスの皇位実現に向けて、ムキアヌス、アレクサンドロス、三者に、皇位継承の争いを避けるためヴェスパシアヌスの息子・ティトゥスを加えた四人で、きわめて現実的な役割分担のもと進められる。皇帝の美酒に酔いながら時間を空費するヴィテリウス、緩慢に首都入りする頃には、すでにヴェスパシアヌスが皇帝に名乗りを上げていた。クールに脇に徹するデキる男・ムキアヌス、次期皇帝の手を同胞の血で汚させぬため、復讐するは我にあるドナウ軍団に合流して、ヴィテリウスのライン軍団と激突する腹づもり。これ、第二次ベトリアクム戦。第一次と同じく混戦となるも、今度はドナウ軍団が勝利。雪辱の意気込み、強し。自軍の敗北に、ヴィテリウスは…自死は選ばず、ただ惑い恐れ、逃げ隠れるのみ。挙げ句、皇位をヴェスパシアヌスに譲ると表明。これにはヴィテリウス派が怒った、怒った。アンタッチャブルなるカピトリーノの丘に逃げるも、もはや神殿効果は効かず。道照らす松明が、ローマの守護神殿を焼き尽くすこの惨劇。しかし、市民は市街での騒乱を、冷ややかに、いや半ば見せ物を眺めるような目で見ていた。皇帝を放棄したヴィテリウスは、八ヶ月の在位の末、豚のように兵士に追い立てられて殺され、テヴェレ河に投げ捨てられた。一年間で三人の皇帝の血を見たいま、ローマ全体に堕落と狂気と諦観が蔓延する中、ムキアヌスによって迅速かつ完璧にコントロールされた首都に、秩序の再建者としてヴェスパシアヌス、治世に着手。(了)ローマ人の物語(21)■「旅から、音楽から、映画から、体験から生死が見える。」 著書です:『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2008/12/09
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***********************************************************塩野七生著『ローマ人の物語』(20) 悪名高き皇帝たち(四)(新潮文庫)読破ゲージ:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■***********************************************************16歳の皇帝ネロ、誕生。クラウディウスの秘書官政治は嫌いだった元老院も、元老院による補佐官は歓迎。セネカ、補佐官としてネロをサポート、新皇帝のスローガンは、基本に返って「寛容」と決定。気分一新でスタートした政権若返りも、またもパルティア問題浮上で緊迫。セネカ人事により名将・コルブロ、起用。しかしネロの眼前の厄介は、自分を帝位に就けた孟母・小アグリッピーナ。ネロの反抗期、始まる。母は、皇帝の母にではなく、女性初の皇帝になりたかったのだ。先帝クラウディウスとの実子ブリタニクスを擁するアグリッピーナを危険視し、ネロを守ろうとするセネカらに対してアグリッピーナ爆発。ブリタニクス、殺害さる。アグリッピーナ、自派形成に奔走。その一方で、アルメニア王位問題に立ち向かうパルティア対策の要・コルブロ。知勇を備え、情報を重んじ人心も掌握する、駆け引き巧みな名将は、お家騒動でもめる本国からの指令もない三年間を、有効活用。皇帝と敵国を上手に秤にかけ、パルティアが名を捨てて実を取るならば、ローマは実を捨てて名を取る、アルメニア対策ではローマ史上初の発想の大転換を画策。軍事的解決回避をはかるもまた、名将の資質なれば。ローマでは、皇帝ネロ、母親殺し。もてなしの小舟での事故死、との計画は水泳達者のアグリッピーナには効かず。殺意に気付いても岸まで泳ぎきった母。もはやこのまま母を放置できない息子。あの母なら、自分を殺すだろう、と。同じ夜も白む頃、アグリッピーナ、再度刃を向けられ果てる。ギリシャ贔屓のネロ、父ではなく母親を殺して、以後母の亡霊に悩むことに。気分を変えたいネロ、やりたい放題。ギリシャ贔屓(だから彫像のネロに髭があるのだ)からオリンピックをまねて、ローマで「ネロ祭」開催。体育だけでなく、文化も競うオリジナリティ溢れる模倣は盛況、帝国を覆う暗雲は、憂さ晴らしの連続投下を誘発。勢いに乗ってブリタニア問題では英断下すも、ついに貴重な補佐を失う。即位からネロを支えた近衛軍団長・ブルス、病死。そして、知識人による政治の限界を知ったセネカ、知の敗北を認めて退場。お目付け役を失って以後は、その不安からか、たががはずれたのか、おそらく両者はコインの表裏だが、ネロ、坂道を転落。妻を殺して愛人ポッペアと結婚。女児を授かり、子煩悩な一面も。宗教に無関心なポッペア、ユダヤ社会を保護し、それが後にネロのアンチ・クライスト像を強調することに。前半戦は、オリエントの王の様式を重んじて、“ネロの像”に額ずかせ、後半はローマでネロから冠を授かる。見事なプランは実って、パルティア王・アルメニア王の納得を勝ち取ったコルブロ、12年かけてパルティア問題を解決。ギリシャ好き皇帝、詩作も本場で実力を試したい。ネロ、ギリシャで歌手デビュー。皇帝の力を行使せず、判定待ちも一般出場者と同じ立場でドキドキ。そんな真摯な歌う皇帝、喝采を浴びる。きな臭くとも、天性の愛嬌はあり、それなりに愛された皇帝ではあったのだ。ローマ、大火に見舞われる。陣頭指揮で事に当たり、被災対策もまずくはなかったネロだが、ローマの再建計画に、自身の夢を相乗りさあせる。黄金宮殿建設計画だが、その予定地が大火による全焼地帯と重なったため、「皇帝放火説」流れる。ネロ、放火犯にキリスト教徒を挙げる。社会不安の種となる…など事情は諸々あれど、肉体としてのパン、血としてのぶどう酒を供すイエス・キリストの宗教観は、カニバリズムとしてローマ人には嫌われたのだ。誤解されたカニバリズムよりも残虐なキリスト教徒迫害、始まる。ローマ市民をなだめるつもりのキリスト教迫害、市民には不評。この残虐な行為は、公共の利益でなく私利私欲のためのものと。ネロ、2000年後にはローマ史上最も有名な皇帝になったのはこの一事によるが、それは西洋世界の中心がキリスト教に変わったから。ネロに不足していたのは、出る杭は打たれて当然、という超然たる余裕、または覚悟。ゆえに過激に暴走すると止まらない。ナイーブな、歌う皇帝のタレント化を危惧する元老院。愛されることはまた畏怖されることと反対に進むエネルギー。皇帝稼業は人気だけでは務まらず。ネロ殺害「ピソの陰謀」、発覚。ピソの陰謀に加担したと疑われたかつての師でありサポーター、セネカもまた死を命じられる。セネカ、墜つ。その後は憂国の青年将校らによる「ベネヴェントの陰謀」でまたも殺害されそうに。これは、皇位をコルブロに、という含みもあったとか。真偽はともかく、ネロ、功臣・コルブロにも死を。同時に、帝国の防衛線を任される司令官二名も殺され、三将を自ら放棄することに。これに目をつけたガリアの有力者・ヴィンデックス、「反ローマ」ではなく「反ネロ」を合言葉に決起。これはガリアの反抗による対ローマ蜂起ではなく、形の上では、ローマを愛するガリア人によるネロへの疑問符。ゆえに、皇帝を討つのはガリア人の呼びかけに応じたローマ人。イベリア方面の総督ガルバ、ネロ追放に呼応。元老院はガルバをパブリック・エネミーに指定するも、ローマ皇帝の責務たる「食」と「安全」の確保に期待でいない市民、もはや同胞同士の混乱は絶対回避したいと激しく反発。仕方なく密かにガルバと結んだ元老院、今度は返す刀でネロを「国家の敵」に。元老院は、ネロの次の皇帝にガルバを指名する。「皇帝ガルバ、万歳」の声を耳に、伸びる逮捕の手から逃げ場なしネロ、自決。死ねば愛されたという、皮肉な五代皇帝ネロ。死後、その墓には庶民からの花や供物は絶えなかったと。ネロの死をもって、アウグストゥスより始まる「ユリウス・クラウディウス朝」終焉。それは、血統の断絶ではなくむしろ、アウグストゥスが描いた壮大なる計画、オリジナルな意味での帝政が崩壊したことと同意だった。(了)ローマ人の物語(20)■「旅から、音楽から、映画から、体験から生死が見える。」 著書です:『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2008/12/08
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***********************************************************塩野七生著『ローマ人の物語』(19) 悪名高き皇帝たち(三)(新潮文庫)読破ゲージ:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■***********************************************************憂国の近衛大隊長ケレスらの手によって、思いもよらず、齢50にして皇帝となったのはゲルマニクスの弟・クラウディウス。この人、50歳までは全く無名の人として、権力や政治とは無縁の学究活動に打ち込んだ学者皇帝。ルックスはイマイチなれど、血筋はイイし培った学は『ローマ史』のリヴィウス(カエサルのルビコン渡河からアウグストゥスの帝国樹立まで、パクス・ロマーナの歩みを目撃したアウグストゥスとほぼまったくの同時代人)を師とする一級品。ポップ・スター皇帝の若気の至りに手痛い思いをしたローマ市民および元老院、机上では優等生のクラウディウスの政治に賭けるとする。先帝カリグラの殺害という国家の大事件を手早く処理すると、野心はないが、学問の力を実地で検めるにやぶさかでなかったクラウディウス、結構やる気満々で治世スタート。カリグラの不始末・財政破綻の再建、税制改革、中途半端な公共事業の貫徹。今ひとつ、悩みの種のユダヤ人社会の問題。イェルサレムではアウグストゥス(威厳)、アレクサンドリアではティベリウス(調停役)の方式を復活。歴史を学んできた自負はある。ブリタニア遠征。なお、ケルトとガリアの使い分けは、ローマ征服以前はケルト、以後はガリア。いずれからも逃れた純正ケルトは、今や手つかずのブリタニアに移動し、ドゥルイデスが活動。人身御供を排したいローマ、ドゥルイデスにセーブをかける意向。クラウディウスの長所で短所は、人を信じすぎること。いや、人の善意を信じすぎること、か。元老院に伺いを本気で立てる皇帝は歴代初。ただ、帝国の拡大はその統治の複雑化を生み、これをハンドルしようと思えば、誰かを頼り信じるしかなかったのも事実。クラウディウス、己が解放奴隷三人組を秘書官として組織して機能させるも、元老院には不評。所謂、茶坊主の魁。権力と結びつくセクレタリーは、セクリタスには危険因子。クラウディウスもまた、妻に翻弄される。若妻メッサリーナ、皇帝の男児を生んで野心も受胎。虚栄心に物欲、性的欲望(ゆえにメッサリーナは伊では性欲のコントロールできない女性を指すそうで)の三本柱がクラウディウスの鈍感な横っ面を殴り付ける。クラウディウスを見る世間の目は次第に冷笑的に。アウグストゥスが創設した郵便制度(クルスス・プブリクス)を、国営から民間に開放。カリグラ建造の元祖タイタニック号を灯台の礎石に替えたクラウディウス港開港。メッサリーナ、愛人との極秘重婚の罪で、皇帝との弁明の接触を果たさず殺害さる。感情を見せない(事態を収拾できない)皇帝に、またも市民の疑問符。しかし、この時期なされる開国路線を踏まえての名演説は、ローマ文明が遺した教訓の一つとまで後々賞賛されることに。「議員諸君、今われわれが態度表明を迫られているガリア人への門戸開放も、いずれはローマの伝統の一つになるのだ」。カエサル~アウグストゥス~ティベリウス・ラインで綿密に固めた帝国の統治ならば、確かに50年にわたる歴史研究の成果で問題なくできたのだ、この人は。それはそれで本人は幸せ。ポスト・メッサリーナは、先帝カリグラの妹、小・アグリッピーナに決定。これまた、皇帝の妻になり、皇帝の母となって帝国統治を夢見るアウグストゥス直系の野心家。アウグストゥスの自制の心は、女性の子孫にはまったく受け継がれなかったこの不思議。アグリッピーナ、皇妃になって、敵対分子は早々に一掃。ただし、夢は帝国統治。それまでは、周到に立ち回った点、メッサリーナとは格が違う。妃選びの際に自分を押した秘書官・パラスを擁し、息子・ドミティウス(後のネロ)には哲人セネカをつけ、着々と野望実現を詰めていく。ドミティウスをクラウディウスの養子とさせ、その名をネロとする。先妻・メッサリーナとの実子、ブリタニクスをさしおいて、ネロを皇太子に押し上げる。そして、烈婦の権力への愛情は、凶暴な結末へ加速。クラウディウスを必要とする手は全て打った。今や無用。おまけに、摂政として皇帝を操るには、ネロの成熟は厄介と判断、きのこ料理に毒をばまぶし、突然皇帝になった人はまた、突然皇位から引きずり降ろされる。禍々しき最期、享年63。当然、拒絶する間もなく、ネロがインペラトールの歓呼を浴びる。解放奴隷による秘書官システムを活用し、妻に欺かれ続けたお人好しの文人皇帝の死に際して、ローマ世界は新たなスターを欲望していた。皇帝ネロ、母の熱意により誕生。(了)ローマ人の物語(19)■「旅から、音楽から、映画から、体験から生死が見える。」 著書です:『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2008/12/03
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***********************************************************塩野七生著『ローマ人の物語』(18) 悪名高き皇帝たち(二)(新潮文庫)読破ゲージ:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■***********************************************************“家出皇帝”、カプリからこんにちわ。でも政務には問題なし。なぜなら、帝国の隅々に至るまで、その政策を行きわたらせることのできるリモート・コントロール・システムを高度に洗練化したのが当のティベリウスだから。以降その「手足」は近衛軍団長官・セイアヌス。ところで、ギリシャ人にとって政治における偽善は二種に分けられると。つまり上等下等。公共の利益につながるうわべだけの装いは、上等な偽善だそうで。ローマ人・ティベリウスの欠点は、上等下等にかかわらず、一切の偽善ができない性格にあり。ゆえにカプリ隠遁へと至ったわけだが、成果は上がっても遠隔操作される方はいい気はしない。曰く、米国大統領が、合衆国領海内の小島から政治をするようなもの、と。ティベリウスの悪名の根拠No.1のタキトゥス(ゴシップの人・スヴェトニウスは、また別の意味で悪名被せNo.1)のティベリウス嫌いはこの辺にもあり。ティベリウスが首都を離れれば、鬼嫁・アグリッピーナの思うツボ。首都はアグリッピーナ母子がアドバンテージを握って旺盛に。だが、やり過ぎはいけなかった。ゲルマニア軍団を擁して起つ、かどうかはともかく、その悪影響は無視できない。国家反逆罪により母子ともに有罪。が、この判決がまた世間じゃ不評。家族こそがベースと考えるローマ市民にしてみれば、肉親憎悪と誤解されるこの裁判は、ティベリウス不人気に追い打ち。遠隔操作の落し穴にセイアヌス自身が落ちる。アグリッピーナ派一掃に功あったセイアヌス、得意絶頂、野心も膨張。「手足」が「頭脳」を逆操作しようとでもすれば、“テリブル・ティベリウス”のキツいお灸が容赦ない。セイアヌス、死刑。が、これがまたセイアヌスの妻による讒言を誘い、ティベリウスの面子をつぶそうとしたこの迷惑妻は、とうとう皇帝をキレさせた。まして、その内容が、ふしだらな家族関係を突く言いがかり。自制の人、キレる。一家皆殺し、一派の元老院もまた。無論、槍玉に上がった不名誉の実娘にも自殺を強要。名高きポンツィオ・ピラトもティベリウス時代の人。彼が裁かれたのは、イエス・キリストを十字架にかけたからではなく、ユダヤ地方の長官として職務を全うできなかった(騒乱を処理できなかった)から。ところで、自己憐憫とは、すべてを一人で行ってきた人が陥る一時的なスランプで、それを脱すると、憐憫の情などどこへやら、「一人ですべてを考え行う人」に復帰するのだ、とか。77歳、ティベリウス。時には愚痴もこぼすのだ。そして、後継者も決めておかなければならないタイミングに。そして、運命は皮肉にも、すでにアウグストゥスによってティベリウスの次と決められていたゲルマニクスの子・カリグラをその跡継ぎにしてしまった。77歳、ティベリウス、静かに逝く。不人気皇帝の死を、市民は「遺体を河に投げ込め」と叫び歓呼で迎えた。地道で孤独な仕事を評価していたのは、ローマ人ではなく、属州エジプトの首都アレクサンドリアの人、「ユダヤのプラトン」フィロン。ティベリウスなればこそユダヤ社会におけるパクス(平和)は実現し、ゆえに、ティベリウスの決めた後任の政治もまたパクスをもたらすだろう、と。・・・。でも、そうならないことを、あとでフィロンは知る。ティベリウスと、その後任は、正当性では同一性が高くとも、必ずしも器量が同じというわけでもなく。退屈皇帝・ティベリウスの死後ならばなおのこと、24歳の若き新皇帝は市民はもちろん、元老院の大喝采までをも受けて歓迎された。皇帝カリグラ、即位。元が華のあるゲルマニクスとアウグストゥスの孫アグリッピーナの子。さらに持ち前のスター性で、もう十分。あとは、何をやるかって?つまり、ティベリウスの反対路線を次々に打ち出せば、支持率はうなぎ登り。何もかも上々の滑り出し。不要な税金は廃止するわ、剣闘士試合解禁に連日連夜のどんちゃん騒ぎ。市民も元老院も、たががはずれて、羽目もはずれて、浮かれ騒ぎのバブル・パクス。不人気をこうむってまで国益を考える気など毛頭なし。楽しくて、派手で、格好良ければそれでオッケー。ただし、それは同時に、大衆が望んでいるものを的確に掴み、惜しげなく提供しただけの話。カリグラ、ズレてはいたけど、やはり皇帝の遺伝子は持っていたのだ。ティベリウスの遺した政策や人事が周到であったからこそ、カリグラが「政治をしなかった」おかげで、維持できたものもあった。カリグラもそのことは知った上で、この手の地味なことには着手しなかったのだが。スター皇帝。こういう人の一挙手一投足は、社会全体の不確定ながらも重要な要因に影響があるから大変だ。病気をすれば、帝国全体が灯りを消したように暗くなる。それがスターの光。そして翳もまた深く。ティベリウスの不人気で孤独な死を見知っている繊細なるカリグラは、すべてを所有するがゆえに、それを失うことを恐れて不眠症に悩んだ。病気の回復を祈る民の姿に自信を深め、ますます愛情の保全に躍起になったカリグラは、全快とともに、それを奪う可能性のあるものの排除に乗り出す。養子の抹殺。また、「無冠であるがゆえに最強」であるローマ式帝政の意味(つまり、ローマ式帝政は君主制ではなく、皇帝はあくまで市民の中の第一人者、ただし拒絶の出来ない第一人者だから無冠)を解さず、王よりも上位にある神になろうとする。“ゼウス風前身金色”やら“黄金の稲妻片手のゼウス風ver.2”、“三叉かついだポセイドン風”、と神様ルックで現れたカリグラを、さすがの元老院も唖然。「オレって最高だろ?」、カリグラ談!?でも庶民には意外に好評。あわせて、剣闘士試合に戦車競争も好評、好評、満員御礼。神の世界では許される妹への愛は、少なくともローマ世界ではタブー。その死に傷ついたスター・カリグラ、懲りずに妹の神格化を実現。でも人気あるから全部オッケー。人気を得るにはパンとサーカス。と同じくらい、公共事業も大事だというコトは知っていたカリグラ。ティベリウスの人事のおかげではあるが、こちらも推進。水道も造ったぜ。おっと話題も造り続けなくちゃ。アレクサンダー大王ごっこもしたし、“元祖タイタニック”の建造でニュースにもなった。さて…財政破綻です。今度は金策、皇帝一家の家具調度品でオークションもやってみた。無論、焼け石に水。転がり続ける赤字の雪ダルマの対処もそこそこに、“インペラトール”と呼ばれたいがためだけに、突然のガリア行。内容は、大掛かりな閲兵式と、ドーヴァー海峡を見下ろす灯台建設。略式の凱旋式を行い、“インペラトール”と呼びかけられて満足。ようやく落ち着いて金策に。ストレートに、まずは富裕層に冤罪を被せてその財産を召し上げ。カリグラの暴走は、「ユダヤのプラトン」フィロンの希望をも曇らせる。もはや、カリグラはティベリウスのユダヤ人統治の継承者ではないのは???利害が衝突する犬猿の仲、ユダヤとギリシャ。アレクサンドリアにて、ギリシャが仕掛けて始まった暴動にカリグラの態度は…。これまで護られてきた一切のユダヤ人にとっての「自由」を奪われ、シナゴーグも焼かれ、祭司は侮辱されて鞭打たれ、経済活動からも締め出されたユダヤ人は、最後の手段、皇帝への直訴に踏み切る。使節団主席はフィロン。カリグラの立場は飽くまで調停役。両者を諮らねばならない。おっとり刀で場に出揃ったギリシャ団の言いがかりや嘲笑にも耳を貸さず、切々と理を説くフィロンらがローマはカリグラに見たものは絶望意外の何者でもなく。国家の大事にも、演劇に使う「マエケナスの庭」での準備と点検をしながら上の空で応対。カリグラにおもねるギリシャ、カリグラに捧げる祭壇を立てて犠牲式を挙行しようとするが、これがユダヤを刺激。祭壇は破壊される。これを知った当のカリグラ、神になりたいんだからユダヤ社会に逆ギレ。カリグラを模した神像を造ってイェルサレムの大神殿の中に据えよ、とシリア提督に命じる。現地のデリケートな文化の相違を知っているがゆえに、それができるワケがない総督、時間稼ぎ。カリグラ像をゆっくり製作。これがカリグラをまた怒らせる。長く信頼関係にあったマウリタニアの王の殺害によるマウリタニアの蜂起など、街生面でも失策を重ねる。テロ行為とは、文明の成熟度には関係ない、と。権力が一人に集中しており、その一人を殺せば政治が変わると思うから起こるのだ、と。では、9.11以降はどうなのだろう、とは個人的な感想。少なくとも、カリグラの時代はそうだった。これ以上のカリグラの暴走は、先人の偉業に傷をつけ、事実上パクス・ロマーナの維持にも支障があると判断。とある演劇上演の日、会場に向かうカリグラ、“たった二人の主犯”である近衛軍団大隊長サビヌスとケレア、それに数人の兵士たちによって殺害さる。統治期間3年10ヶ月、28歳の死であった。目の前で展開するカリグラ殺害におののき物陰に隠れていたクラウディウス、ケレアにしょっぴかれる形で公衆の面前に引き出され、インペラトールの歓呼を浴びせられる。つまり、皇帝を殺した男によって、皇帝クラウディウスは誕生したのである。聞けばケレス、ティベリウス即位時はゲルマニア軍団で百人隊長を務め、ゲルマニア暴動では、二歳のカリグラを含むゲルマニクス一家を守って、暴徒の前に立ちふさがった硬骨漢。その後はゲルマニクスに従って、遠征にも、あるいは東方問題にも随行したろう。カリグラに対しても思い入れと忠心深かったろうケレス、カリグラ即位で近衛軍団大隊長にまで昇進した男は、父・ゲルマニクス亡き後のカリグラにとって、影のように付き添い従い、支える、父親代わりだった、と。そのケレスは、自分を引き立てたゲルマニクスに代わって不肖の息子を誅する気持ちで、あるいはかつ先人の努力を水泡に帰してしまう最悪の事態から、放っておけないカリグラを回避させるために、殺害を決めたのではないか、と。なぜなら、その後の騒乱が起きぬように、ゲルマニクスの弟であり、カリグラには叔父にあたるクラウディウスを迷うことなく力づくで皇帝として認知させ、帝位の継承の正当性をも守ることを仕損じなかったし、何より、クラウディウスを立てたことで自身は何一つ恩恵を受けていないばかりか、皇帝殺害の罪でクラウディウスより死罪を言い渡された際も、不平一つ言わずそれを受け入れている。なすべきことを、思う人のためになし終えた男は、自分個人のためには何一つ求めず、何一つ特にもならない殺害をしたのだ。愛情を失うことを恐れたカリグラが、この揺ぎない、静かなケレスの父性に気付いていれば、このような悲劇も起きなかったのか。なお、本巻には、多神教のローマ人、一神教のユダヤ人。法に人間を合わせるユダヤ人、法を人間に合わせるローマ人。十戒が法のユダヤ人、法は遊興でないとするローマ人。敗者さえも同化するローマ人、敗者になっても同化を選ばないユダヤ人、といった当時の各民族や文化、文明の持つ根源的な比較がなされていて興味深い。人種差別の感情が意識されるには、日常において密接な間柄であり、それでいて利害が一致しない関係にあること、という定義も黙考の機会を与えてくれる。(了)
2008/12/01
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