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○交差点をダダーッとわたり、右にサーッと曲がり、大きな木をスーッと通り抜け、ポキポキと木を切っているおじいさんをソーッと見ながら行くと、ワワーンと犬が吠えた隣の家だもん・・・・○階段をダーッと駆け上がり、ピンポーンビンホーンと押すと、サーッとドアが開き、手に持っていたケーキがグシャリと落ちて、ぎゃきぎゃん喧嘩して、バタバタと降りて彼氏と・・・それっきり・・・・・・・・・これは、美容室の某雑誌に掲載されていた「おバカ・・カノに一言」での話。こんな彼女と別れたいとかいう記事で、読むと抱腹絶頂で、私もゲラゲラーと来て、バタバタとしている美容師さんをチョイチョイして、ドドーッと笑った・・・こんな日本語を使うのは、本当に技術がいるなぁと思いました。明日は講座なので、ササーッと起きてムシャムシャ食べ、ブーブーッと行きます・・・?
2014年04月25日
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白々と夜が明ける澄みきった空気の病院の駐車場を、「そんなは事はない」と、走り、裏口の階段を駆け上り、ICUのドアをあけ、「お父さん!」と駆け寄ったあの日から一年。 父の顔はすべての苦痛から解放されたように、穏やかで、見たこともないような美しい表情であった。その手は温かく、からませた私の指に答えてくれるような感覚がした。 しばらく泣いて泣いて、父の顔を見ると、父の両瞼がキラキラと濡れ輝き、一筋の涙が流れた。なくなる前の2日間、私の体の都合で父の介助をできなかった自分を責め、待っていたであろう父の心中を考えると、どうしてよいのか、持っていきようのない憤りに苦しかった一年。あの日から、私は「死と魂」ということをずいぶん考えた、人間死ぬときは家族に看取られ小説の中のように美しく死ねるはずはない。 結局は一人なのだ、当たり前のようだけれど、家族にすれば「こんなはずではなかった・・」ということになり、本人もさびしい気持ちのまま旅たつのだと思った。 私は父の手を握って見送ってあげられなかったことが、本当に悲しい、今もって悲しい。繰り上げ法要日に、東京にいる私の娘が早朝に帰省してくれた。 生前孫である私の娘に会いたいと、ベットの中で3回も泣いた父に「必ず、来るからね・・」と、なだめた私。 娘もなくなる週末に父に会いに来るはずであった。娘も心の中はつらかったであろう。一周忌になり、それぞれの心の中で父が蘇り、笑っていた顔、怒っていた顔、いろいろな場面が繰り広げられる。本を読むのが大好きで向上心あふれる父だったけれど、入院してから日々、文字を見るのがつらそうだったので、「花咲か爺さん」の絵本をプレゼントした。父が泣く絵本の場面は決まって、ポチが隣の悪い爺さんに殺される場面であり、「かわいそうだなぁ・・」と言っていた。 私は父は自分の死というものが感じていたのであろうし、何と言っても、幼児の読む絵本を買った私は、父のプライドをなくさせたかもしれない・・・父のためと読んであげていた私は、実は父が私のためにプレゼントしてくれた唯一の父と娘のはるか遠くの思い出の一コマを演じてくれていたのかもしれない。本当なら今年91歳の父は、笑顔で庭の桜の木を今か今かと・・眺めているに違いない。
2014年04月20日
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「隠し扉があるなんて・・」先週、3年がかりの夫からのプレゼントの三面鏡が届いた。 赤のマニュキュアをこぼしてしまい、それから3年経過。 とうとうコツコツ貯めていたマイポケットから、「プレゼントしてあげる」といわれ、二人で1年がかりで見つけた鏡台。両袖、中央には引き出しがタップリ。 三面鏡の正面鏡が開き、裏は収納ポケットがオシャレに一杯ついている。これこそ、忍者の世界のよう。 ・・・・何をしまおうかしら・・・大事なモノ入れ??? それとも、ヘソくり・・・などなど頭が色々と妄想で大きくなり、ニヤニヤしてしまったところで、夫から一言。「これからもキレイでいなさいね・・・」難しい要求ですが、頑張ります!そしてまたまた「近頃の仏壇ってコンパクトになり、おしゃれになったようだよ~」、広告を手にしながら階段を登ってきた。見ると家具のようなお仏壇とイスがワンセットで・・・・目の前の三面鏡とに・て・い・る・・・かしら・・。「あらっ~ いや~ね」・・・近頃の三面鏡って、色々と用途が多様できるかもしれない。
2014年04月04日
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