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「きゃ~~ぁぁ~」台所でのこと、突然目の前の壁に出没した瞬間に「にらめっこ」状態で動けない、動こうものなら私の負け! 「あぁ~・・・どうしょう」キョロキョロあたりを見回すも、手にする適当なモノはなし、足元を見ると・・・可愛い薄手の室内履きが・・・もう、これしかない、足からすかさず取り、敵をめがけてバシッと一発!!お・ち・た・・・けれど「つけまつ毛のような足」をばたつかせて生きている。またまたバシッ!それは、ゲシゲジ虫で長さが3センチほど、どうしてこんなに大きいの・・・?今日で春から、ゲジが5回も出ている◆トイレの便座のフタにへばりついていたゲジと、背中合わせに座っていた私は用を済ませるまでわからなかったもちろん、水に流した私の全身の毛は逆立ちっぱなし◆別な日に、トイレの戸を閉めようとすると、同じ色したゲジがへばりついていた・・もう少しで見落とすところだったので、見つけた自分をほめた・・・。◆お風呂で浴槽から上がりふっと床に目をやると・・足元にゲジが・・気絶寸前だった私◆2Fの階段の手すりを鼻歌混じりに駆け上っていたら、顔の前をかすりにポタッと上から落ちたものが、ゲシ・・この時も悲鳴を出し続けた私。ということで、今回が5回目、いったいどうして‥? しかも、3~4センチほどの成長しているゲジばかり。彼らは足が速い、たたかれると足を自ら切って逃げるという習性があるらしいので、ややもすれば1回目のゲジと5回目のゲジ゛は同じゲジかもしれない。 たぶん・・考えたくないけれども、足を切って逃げたことにでもしょうかなぁそれとも、5匹、我が家に出没出没したということにでもしょうかなぁ彼らは我が家のどこかで生育期になっている・・・・ いやいや、つけ睫毛の冗談だとしたいわぁ ああ、身の毛がよだつ、時節柄これからきょろきょろして、家中眺めまわしながらの生活が始まる本当に気持ちが悪い
2014年05月26日
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札幌の5月、6月はとてもエキサイティング。雪で埋もれた重たい景色がGW明けからの桜の開花、庭の木の芽も息吹き、小鳥たちも春の陽気に誘われて、どこの庭でもピーピーッと囀りだし、まさに待ち焦がれていた春の訪れを実感する。5月半ばになると、どの小学校も運動会の練習が始まり、窓を開けるだけで、子供達と先生のマイクを通した声が重なり合う。スポーツ用品コーナーも、家電販売店、ホームセンターなど「運動会応援セール」が催され、化粧品コーナーだって「紫外線に負けない、お母さん!」とかで、日焼け止めクリームのセール合戦、運動会一週間前になると、スーパーではお弁当用のおかずの材料、冷凍食品、飲料水などお手頃価格で山積みされ、ついでに焼き鳥屋台でも半額近くになるので、大人も子供も、眠りから覚めた動物のように熱い血がいやおうなしに湧き上がり、札幌の一大イベントである運動会がスタートされる。この札幌での運動会の始まりは、1878年「新渡戸稲造氏」が札幌農学校「今の北大」に1年間赴任した時に行った行事で、当時は石投げ、ハードル、徒競走、イモ堀りなどであったらしい。実践と遊び兼ねてのゲームで学生たちも楽しんだそうです。そういえば、運動会曲は「天国と地獄」が定番でしたが、現在はAKB・嵐・エグザイルの編曲が使われなんといっても、徒競走用に「スピードクロス」というスピードが出る「運動靴」が開発され売り出されているそうです。懐かしい・・話ですが、私は小学校1年時は、運動靴でなく白タビでした。。自宅から紅白のハチマキと真新しいタビをはいてグランドに行き、昼には母の手作りお弁当「巻きずし、ザンギ、バナナ、ゆでたまご、ついでにサイダー」を家族全員で食べたのを思い出します。そして帰るころは白タビに穴が開き、イタイ、イタイと友達と石を踏まないように歩いたが印象的です。1年間といえども、「タビ時代」の私たちはスピードはあくまでも自分の足にかかっていたので、徒競走の練習は雪解けとともに始まり、いつも町内を走っていたのを思い出します。ちなみに私は15歳まで足が速く、いつも1等でリレーでも活躍していましたが、16歳に恋をしたせいで・・乙女心に火が付き、どんじりになってしまいました・・・。
2014年05月25日
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・後悔とは自分自身に下した判決である・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・きっと 当てはまる方もいらっしゃるかもしれませんね、
2014年05月21日
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「泣きすぎてダウンしているのでは」・・・姉と母が私の心を気遣ってタクシーで駆けつけてくれた。しかも、両手いっぱいにお花や食べ物、果てまた私の通り過ぎたバースディ・プレゼントも・・エルの思い出話になり、80歳を過ぎた老親にエルを預かってもらった時・・・。羽田から「帰りまーすコール」をすると、決まってエルは雰囲気を察して「ウォオーン」と吠え続けていたとのことです。今か今かと、実家の玄関の中をクルクル回り、足音がするとタヌキのようなシッポを千切れんばかりに振り、耳を寝かせ精一杯、私たちをお迎えしてくれた。人は心身が元気で、環境の変化もない時は、まるで一人で生まれ、一人で生きているような錯覚を覚えるけれども、必ず自分を支えてくれているモノがあり、そしてその支えてくれるモノとは人間だけとは限らない・・・・たとえば動物であったり、草や花や、ある人には懐かしい思い出かもしれない・・・。私には、どんな時にも、このように案じてくれる身内、家人、友達、もちろんエルだって・・いる。こんなに素晴らしい人生はない、感謝の心を痛感しています・・・。 今日は晴れです、悲しげな顔を振り捨てて、明るく前を向いて、そして、エルが私に与えてくれた、心休める時間に今週のお勉強しましょぅ!! ・・・・泣いても笑っても時は過ぎるもの・・・・・・・・生きている限り、朝のこない夜もなく 夜のこない朝もない・・・・そうであれば無駄のないように、明るく優しく、レッツ!ゴー
2014年05月20日
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昨夜、メモリアルパーク・天使の里にて、最後のおわかれをしました。早朝に亡くなった老犬エルはキレイに飾られた祭壇の前で安らかな表情に整えられて、私たちが見たこともない「大人の顔」に変身していました。・・・・人間なら、美人すぎるほどの美人です。 「アメージングの曲」とともに、エルに代わって、小さな男の子の声での「おとうさん、お母さん、可愛がってくれてありがとう、私は幸せでした。どんな時も一緒で私のことを愛してくれた姿にうれしかったです。 いつまでもいつまでも忘れないでください。私もお父さん、お母さんのことは忘れません・・・ありがとうございました・・」メモリアルメッセージでした。ペットブームにてペット葬儀場が大変混雑し予約制でしたが、最終時間に間に合いました・・・。 エルへの 感謝状・・・・・・ 世界一の○○エルちゃんエル、本当にごめんね。エルのすぐ傍にいながら、夜中吠えて呼んでいたのを気づけなく、只々悔やんでいます。お母さんは、エルをこよなく愛していたことは事実でエルによって「最後まであきらめない」という強さを教えられました前田森林公園でボールで遊んだこと、晩年のエルが得意げな顔をして、車窓を眺めていた姿など・・一番は17年間、番犬として家を守り、「今どき、外で犬飼うなんて信じられなーい」と爆竹を投げられた時もエルは向かって行ってくれたこと・・・・そしてお父さんがドイツなどに行った時にはお母さんのベット下で見張り番を務めてくれ頭のいいエルは人間以上に気遣いをしてくれましたね最後はお母さんの不注意で事故に遭わせてしまいどんなにか辛かったでしょうね・・・言葉が話せれば、お母さんに言いたいことが沢山あったでしょう 許してね、本当に本当にありがとう、そしてもう頑張らなくてもいいのよ・・・ゆっくり休んで お空で八ちゃんと仲良く駆けっこしてね時々は お父さん、お母さんをお空から見ていてね・・・ 母エル、最後は看取ることができずにごめんな。エルは本当に頭の良い子で、しかもお利口さんでしたねいつも変わった鳴き声で お父さんの帰宅姿を見つけてくれては「アウ~ン・アウ~ン」とお迎えしてくれ「今日は何していた?」と聞くと「アウーン」と目をみて 応えてくれたねボール見つけが得技で 2個口にくわえようとしては困った顔で クンクン鳴いていたエル、ありがとう、安らかに、さようなら、エル、本当にありがとう 大好きだったからね 父平成26年5月18日 おとうさん、おかあさん、ゆきおねえちゃん
2014年05月19日
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とうとうエルが旅たった・・・近々このようなことになると思っていたものの、今早朝に命が尽きて果ててしまった・・・。朝5時ごろ夢の中でエルの弱々しい鳴き声がかすかに聞こえていたような気がした、けれど昨日は仕事の日で疲れ果て、隣の部屋で寝ている家人に声掛けもできずに、夢と現実の中をさまよっていた私。寝たような寝てないような私は6時半に目が覚め階下を降り、「エルちゃん!」呼びかけながら近づくとすぐに理解ができた・・・「エルが死んでいる」エルの気道を確保するためのタオルが外れ、その姿はあまりにも可哀想すぎ、抱き上げると温かいぬくもりだけが伝わった。「エルちゃん、ごめんね・・・」最後に看取ることのできなかった私たちは、今は悲しむよりも悔やむ時間を過ごしている。振り返るとこの数日から吠える声が小さくなり、「いつも傍にいて・・・」と訴えているような鳴き方だった、「ここにいるから大丈夫よ」足を握ったり、顔をなでなですると安心したかのように眠りについてくれた。床にうつぶせになりエル目線で顔を除くと、目の力がだんだん弱くなり、「お母さんが見えるの?」と聞くと、悲しそうに目を伏せた・・・。呼吸困難になりながらも、夕べまでご飯を食べようと精一杯の姿を見せてくれ、食べ終わると「ハアハア」して、横になり目を閉じた、夜11時には排泄知らせの吠えで抱っこされながら、幼児のような格好でシーッシーッとしてくれ、私たちはエルをいつも通りに1Fに寝かせ、寝室に上がり寝付いた毎晩 エルは安心したかのように眠りについては、夜が明けるまで何度も何度も繰り返し吠え家人は3度は起きて介助してくれた。 番犬として16年間は、女の子なのに車庫の前で堂々としてくれ、たまにカラスや雀のお友達ができ、エルのエサを譲ってあげていた、飼い主に忠実だったけれど、犬友のいないさびしかったエル・・・。夕べあんなに食べようと必死に頑張ってくれていたのは「心配しないでね」の最後の私たちへの気遣いだったのかもしれない、寂しそうな鳴き声は、もうすぐお別れだって その時が来るから見守って欲しいという我慢強いエルのサインだったのかもしれない。自分が精一杯生きてきたこの世への「生きる欲」の 最後の証であったのかもしれないね。エルちゃん、こんなに近くにいて看取れなくて本当に悔しい、どうして、夕べに限ってお父さんもお母さんも起き上がれなかったのだろうか・・・エルの小さな声に気づくこともできずに・・・つらかったでしょうね我が家に来てくれて、楽しかった?幸せだった?最後は寂しかったでしょう・・・「最後までそばにいるからね」との約束を果たせずに、小さな命を見守ってあげられずにごめんね、エルは世界一のお利口さんの17歳の女の子の老犬でした‥‥ありがとう今日は一年前に旅たった父の命日です。
2014年05月18日
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不注意で事故に遭遇したのは8カ月前、その日からエルは寝たきり状態になった。真夜中救急病院に走り、手術を2回もし、手術中に心臓停止となり私たちはエルのそばに呼ばれて、前足を握ったり、さすったり呼びかけたりすると、奇跡が起こり息を吹き返してくれた。昼夜問わずエルの介護に追われ、エルが少しでも歩けるようにと自己流ハーネスもアレコレと考え、結局は市販のハーネスに落ち着いた、そして今冬を迎えハーネスでは辛そうなエルの腰をささえながらでも、雪の中、歩行訓練をできる限りつづけエルもそれを要求した。歩行が足りないと寝ながら夢の世界で走っているように、バタバタと手足を動かすので、寝る前は家の中を前足だけでコツコツとヒールの音を立てるように腰を持ち上げ・・・歩かせた。「桜の花見をしましようね・・頑張ろうね」とエルに話しかけながら、やがて春となり飼い主の私たちは、とうとう腰痛と膝を痛め整形病院のお世話になった。首を上げられなくなったエルは、それでも食欲は盛んで家人の特性ディナーを喜んで食べてくれた。排泄も吠えて教えてくれ、小野リサさんのボサノバも大好きで、吠えが続くとピタッと止まる。もちろん、私の作った「エルの歌」にも耳を傾けてくれる。 日中は母とエルの介助で走り回る私のために、真夜中の介護は家人の愛に頼るしかない。そんなエルが4月に入ると、背中を「くの字」に曲げだし前足に首を入れ体を折るようになり、呼吸困難に襲われるようになった。病院に連れて行くと、「人間と同じように動物にもいろいろな痴呆クセがおこり、有る犬は首を後ろにひきつらせたまま、のけぞらせたままの犬など」多々あるといい・・治療方法はないらしい。呼吸が苦しく吠えるたびに気管に胃液が逆流するので、ゼロゼロと激しい音を立てる。首を胸にくっつけるので気道が狭まる、だから首にタオルを挟んで気道を確保する状態となった。それでも、エルは頑張ってこたえてくれる。「エルちゃん、辛いでしょう・・」声をかけるたびにエルは「ウンウン」とうなづく。「頑張って」とは・・もはや言えない。昨9月からエルには毎日誤り続けている私に、エルは「もういいよ」と言うような目をする。私が悲しまないように頑張って頑張って生き抜いてくれているけれども、3日前より鳴く力も弱弱しく今は横になっているだけでも苦しがるので、処方された眠剤を2回服用させている。耳だけは聞こえているようで、ピンと立て私たちの声にも反応してくれ、排泄も教えてくれる。エルから「最後まで生き抜く力、諦めない力」を教わっている私たち・・・、。
2014年05月17日
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人間、即答することは中々できない・・即答して数々の後悔経験した私は、よほどのことでない限りは「即答」は避けたいけれども、思案している内に流れる経験もたくさん積んでしまった。久しぶりに声の便り・・今朝のことです。「おひさしぶりでした・・・実はお願いがあるのですが、ご予定がたてばのお話ですけれども」ということで、学校のPTAさんを対象としての講座依頼のお話でした。折角の嬉しいお話なのに、諸々の事情でハッキリ返答することができなかった私。「即答はできないけれど、必ずご連絡いたしますからね」電話を切った後、次の言葉がよぎった・・・ なかなかはじめる決心が つかない者は、 はじめた時には もう遅すぎる。・・・・・・・・これって本当のことだと思います・・・・・快いお返事とこのチャンス・・・「今でしょう!」
2014年05月16日
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それはとんでもない場所で起こった・・・起こったというよりは、私の意思とは裏腹な現象であった。 老犬エルが老衰と軽い痴呆のため深夜問わずに吠え続ける。吠え続けた結果、胃捻転を起こして、大量の逆流性胃液を吐き呼吸困難になる。 昨秋は、2回も救急病院で手術をし、2回も一命を取り留めてくれたのだけれど、動物病院には保険がない。ので、私たちはまるで日本一周クルージングしたような気持ちとして、エルのため代金をお支払した・・・。3回目はありえない・・と、家人がいうので、私もそう感じていた。2か月前より、エルが再び同じような状態が繰り返され、以前にも増して、ゼロゼロと気管に胃液がたまり呼吸が荒く、本犬もとてもつらそうで私たちは緊張の日々である。このような生活の中、とうとう私たちは苦しがるエルを連れて、いつものお世話になっている病院にいった。あいにく院長医師はお休みで、副院長獣医さんとなった。名前を呼ばれ、家人とエルとともに診察室に入ると・・・「まるで、竹ノ内豊さんのような獣医さん」に、びっくり。静かな声に再度びっくり。すると、私の顔がほころびニヤニヤが止まらなくなってしまった・・・美女を見た男性がニヤニヤ鼻の下を長くしている状態の私。 どうしていいものか、自分に心の中で叱咤激励してもニヤニヤは止まらない・・・ キレイなものはキレイ! 感動しきった私の心は止められない、葬儀会場で笑うのと似ている。どうしょう?? エルを心配しながら、心の中は不謹慎。ニヤニヤニヤニヤ・・デレデレデレ・・・「・・・ということで、獣医さんの仰ることは・・・」と、家人が話を締めてくれ診察は終わり。エレベーター前に行くと家人が一言、「足が内またになっていた」ですって・・・!エルにはこれからも尽くして尽くして、長生きをしてもらわなければ・・・
2014年05月15日
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声に出して読むことが、大脳に一番刺激を与えるということが近年言われ、それが「大人のドリル」となって書店に並んだ。 3年前に父にプレゼントした「音読と計算ドリル」が遺品整理に、兄と私とでそれぞれ一冊ずつわけた。ページをめくると音読60日間、父が中飛ばししながらも48日目まで書き入れていた。もちろん、漢字書き取りと音読である。父は書道の段を持っていて、なかなか上手な字であったけれど、最後の文字は震えていた。「しっかり毎日ドリメをするのよ~」と母に叱咤激励されながら・・・「一人でするのはなかなか続かない」とボヤいていた当時のことが頭をよぎる。私の手元に来てから、毎晩ベットの中で音読をする私が、家人に「音読するのを聞いてくれる~?」中々、返事がかえってこない・・・疲れ切っている家人は私の音読どころではなく、隣の部屋で高いびき。そこそこ頑張ってみてはいるものの、一人で読み上げ、一人で納得するのはさびしいもの。頑張れ、頑張れ、自分を激励しながら今日まで音読練習と漢字に励む。きっと父もこんな気持ちだったのだと・・・今になって反省した。ということで、しばらくの目標は天国の父である。
2014年05月14日
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