全22件 (22件中 1-22件目)
1

ブラジル育ちの、ボサノバ一人者の「小野リサ」氏の3度目のコンサートに夕べ家人と行きました。6500円×2で、私達は500円玉貯金で、毎回、温泉やらコンサートやらに出向きます。リサさんは・・高音がハスキーボイスで、とてもシンプルな歌い方なので、心地よく、おしゃべりも、舞台も照明も、一切無駄なく、派手なコンサートではありませんが、観客と一体感で、彼女らしい在り方だと思いました。前半はコバルトブルー、後半は真紅のドレスにビジュだけ。ロングヘアがとてもお似合いで、ギター片手に座ったまま、20曲を歌ってくださいました~ ボサノバとジャズ、日本旅情のアレンジです。シンプル過ぎて、あっけなく感じた方もいらっしゃるかなぁ・・と思ったのですが、リサさんのチャーミングな笑顔と語りかけるような歌声に魅了され、もともと、ボサノバは気だるい曲が多いので、私十二分に満足しました。Cdを購入したので、サイン会と握手にも初めて並んでみました・・・リサさんの手は柔らかく、温かな手でした
2018年06月30日
コメント(0)
今日は、ボサノバの「小野リサ」さんの、30th・・アニバーサリ公演に行きます。~旅 そして ふるさと~昨年は、腰痛のため行けなかったのですが、私としては、3年ぶりのコンサートで、とてもうれしいです。チケットは2か月前に2枚購入、タンスの奥にず~っと、眠らせていました。今回は19時開演で遅いのです・・腰痛で430日間も、リハビリしている私には2時間座り続けるのは、大丈夫かしらと、心配なのですが、これも、自分の腰の状態を知る一つの手がかりとして、行ってきます! 今日も雨、夕方からは曇りとのことです・・・。2週間前より、1年間履けなかったスカートを出し、一人ファッションショー。今は5センチヒールは履けないので、少しオシャレな「ローファー」を買いました。夕方までは、足・腰を冷やさないように、のんびり、まったりし仕事帰りの家人と、待ち合わせをして、3年ぶりのコンサートに「行ってきま~す」
2018年06月29日
コメント(0)
お隣の「みなみちゃん」と昨日約束をした。みなみちゃん、小学校6年生。お隣に越してきて、早、5年。いつも笑顔でご挨拶、ハロウィンには、変身ドレスで真っ先に私に見せに来てくれ、七夕は「ロウソク出せ出せよ~♪」と、玄関先で歌ってくれ、遊びの帰りに私を見つけては「おばちゃ~ん」と手を振ってくれる。今年のバレンタィンには、手作りクッキーを焼いてくれ、お祭りには、足が痛くて、お祭りに行けなかったでしょうと「お菓子」も買ってくれた・とても、幸せな気持ちになるこの「みなみちゃん」が来週、洞爺湖に「修学旅行」に行くとのことです・・・みなみちゃん、持参するもので、何か足りないものがあるかなぁ~?・・・いいえ、大丈夫です・・と、小さな声で返答する・・・おばちゃんね、何かプレゼントしたいの、遠慮なく言ってね・・・・・・オヤツ、オヤツがいいです。・・・エエ゛ーッ、オヤツでいいのぉ~ それでは、お友達と買いに行くと思うので、オヤツ代はいくらかなぁ・・?すると、みなみちゃんは 瞳を輝かせて・・・おばちゃと、買い物に行きたいなぁ ・・・と一言です。もう、ウルウルウル。・・・何時がいいの~?・・・来週の月曜日、15時40分に待ち合わせ!・・・わかったわ~ 月曜15時40分ね 楽しみにしているわよ~みなみちゃんと手をパチンと合わせて、バイバイ お隣のみなみちゃんと待ち合わせ、二人で500円だけのお菓子のお買い物・・・ついでに何かプレゼントしたいなぁ・・今日は雨だけれど、私の心は晴天、
2018年06月27日
コメント(0)
こんな話・・・父が他界しました・・・母が他界しました・・・こんな訃報ばかりしか届かない昨今。その間に色々と彼女たちから話を聞いていた私は 人間って 勝手だなぁ とつくづく感じてしまう親が寝込むようになると・・・幼少期の親子関係を盾にして、あの時はこうだったから・・・・・親らしいこともしてもらえなかった・・・・・我慢をして親の言いなりになっていた・・まるで親が鬼か極悪犯人のように話し、かたき討ちのように手を貸すことような事はしなかった当の彼女たちは どうしていたのか・・?と聞くと・・週2でスポーツクラブに通い、英語のレッスン・・あ友達と ランチ三昧・・パート仕事にかこつけ 何か月も実家に顔をださない・・姉たちがやってくれているから・・依存型・・30過ぎの子供?に手がかかると・・言い訳型しかし、親が亡くなった後は、決まって・・・ほんとうに立派な親でした・・嘘ぶり型・・・私も頑張ったので・・自己逃避型・・・ほんとうに残念なの~・・・泣き転換型後悔してます、親に何もできなかった自分を!という声は、ちっとも聞こえてはこない人間って都合良く 物事を考えたり、言い逃れをするのだなぁと寂しい心になる。そんな事を偉そうに想ってしまう私に・・・夫は先日・・・「君は、十二分に頑張っているよ 仕事をしながらでも、実家に夕食を持参し母親と共に食事をし、お父さんの病院には、毎日、手前弁当を持参しては食べさせに行ったではないか しかも、歯磨きと薬も飲ませてから帰宅。僕と老犬エルは知っているよ・・」そうだ、私は母がサコージュに入居する前まで、分担であった週2回の実家通いは、仕事で帰宅する夫と待ち合わせをして、母親と食事を共にし21時に帰宅・・・ 優しい夫に感謝の心しかない入院していた父には、毎日 夫の夕食を用意した後に、手前弁当を持参し、病室での父との食事だった。もはやスプーンを持つことさえも出来ない父に、一口一口、「美味しいなぁ 美味しいなぁ」と・・私の握った小結を最期の最期まで、口に入れてくれていたそれでも、父が亡くなる前2日間は、私のガン再検診のために・・・この2日間だけ 父の元には 行けなかった・・その2日間、残念なことに4人の子供たちと家内である母が父の元に行かなかった・・魔がさすいうことはこの事であろうか・・父は「寂しい、寂しい・・」と泣きながら 死んでいったもはや言い訳の予知もなく、父に懺悔の日々で5年の歳月が流れた
2018年06月25日
コメント(0)
「生きる」ということは 本当に容易なことではないと、感じています。それは、若くても、老いても、同じこと・・・結局、土曜は天気予報に裏切られ、母を外に連れ出してあげることもできなかった。いつも通り、昼食を持参し、慌てて母のいるところへ12時半に到着。母は、どういう訳か、お出かけモードに・・ああ~ 母には何も伝えてはいなかった私だけれど、母は、前夜の天気予報を見て、きっと「外出」させてくれるだろうと・・期待をしていたにちがいない・・キレイな服に着替え、バックもそろえ、帽子までも用意をしていた。私は「見て見ぬふりをしようかと思ったけれど、、「実は~お母さんを連れてドライブに行こうと想っていたのだけれど、朝から曇り空で風も強く、寒い、天気予報では札幌28度、熱中症に注意・・本当に、天気予報は当てにならないのだから~」92歳の母の瞳が一瞬、きらめいたように 見えたしかし、昼食の用意をしだした私に・・・トイレに行く・・・と言い、杖をつきやっとトイレに入っていった母。お仏壇の父に手を合わせ、母のベットサイドの窓を少し開け、空気の入れ替えをした。・・・あらら~、テーブルの上がお片付けされていないのね~ どうしたの近頃?・・・まだ片づけていないよ~ 今日も何もしたくないから・・と母は応える高齢者住宅「サ・コージュ」に昨秋入居し、朝・夕の食事は食堂で、週3回のディサービスと週1のリハビリ・ラボへ通う。となると、部屋にいる母は土・日・月の3日間だけ。その3日は子供たちが来て、昼食を共に、洗濯、風呂の見張番、アイロンかけもすべてがおませ状態・・勿論、歩行困難な母なので、結果、母は何もしなくてよい状態になる・・楽な生活の陰には刺激のない生活。ディサービスは楽しい、しかし、人間関係はマンネリズム、同じ境遇なので話題も同じ、食事が終われば、それぞれが解散。個室に戻る。部屋同士の行き来は禁物。何だか、ロボットのようだ。決められた時間で食事をし、終わると部屋に戻り、時間でディサービスに呼ばれ、時間で部屋に戻る。ただ、与えられたテーマにそって、動くだけ。考えるときはどんな時?・・・夜になり、部屋に戻り、一人になって初めて一日が終わりハッと気づく・・ここは何処?・・どうして私はここに住まなければならないの?TVも、もはや目ざわり、耳障り、でも、音が欲しい、何か動くものが欲しい、寂しい退屈過ぎる時間の中で、空虚感だけが漂い、思うように体が動かない自分に、ジレンマを感じる父が晩年口癖のように話していた・・・長く生きるのは辛い事だなぁ ・・・体に何十キロの重石を着けられたように、動くことが容易ではない、歩け、歩け、と簡単に言うけれど、誰も一緒に歩いてはくれない・・辛いなぁ・・・本当に辛いなぁ・・振り返ると・・父と共に散歩したのは、まだ父が歩行ができた時。それでも、20回ほどしかできず゛・・父とレンタル歩行器で歩いたのは、10回に満たない・・申し訳なかったと、今さらながら後悔をする私何故だったの? 私?他の子供たちは・・どうしていたの?あの時は、それぞれの「事情」は発生してはいなかったはず・・・・・年老いた親をいつまでも若いと思い、叱咤激励ばかり・・・・・それとも、面倒臭かったからなの・・私達・・・?今の私は母と同じく、辛い・・・人生何が起きるかわからない・・何故なら、昨春、旅行で足・腰を患い、生活の質が低下した。何処でも、いつでも、行ける訳ではなく、天気にも左右され、心も重く、カウンセラーの自分に 笑ってしまう92歳の母に話す・・・お母さん、86歳まで、踊りの習い事ができて、本当に頑張ったね~私達はお母さんが「お手本」になっているの お母さんが辛い顔をすると、私なんか、もう長くは生きたくないなぁと思うわ だから、少しでも楽しい事を見つけて笑おうね~母はこっくりと頷くこんなところに入居させられ、何が嬉しい!・・・・本音はこうだろうなぁ・・なにせ、4人も子供がいて・・・しかも・・寝たきりの子供や連れ合いはいないのに・・こう言う私達もそれぞれ、いずれは母と同じ立場に立ち、現実に悩みと向き合うのだろう自分だけが子供の世話になれるなんて、大間違いのこと・・親に接したように、わが身に戻ってくるのが、世の常・・・因果応報5年前に母に送った置物「置かれた場所で 咲きなさい」・・今と将来の私に必要な言葉かも。。。
2018年06月24日
コメント(0)
母が「サ・コージュ」→高齢者住宅に入居してくれて7か月半が経過した。想えば父が5年前に他界し、49日にも拘らず、母を前にして、長兄から「母をどうするか」という、厳しい質問をされ、私は困惑した。夫を亡くした母は心の整理のつかぬまま、4人の子供を前に「針のむしろ」に座らされ、それぞれの残酷な言葉を耳にし、下をむいたままだった。どうして、あのような場面になったのかと・・・今以て、私は悔しく、心痛思いあまる気持ちでいる。長兄も先先を考え言葉に発したのだろうが、あの時の母の心は大変だったと思う。それから、3回も「母についての話し合い」がなされた。末っ子の私は、夫と話し合い、「母との同居」に承諾したが、兄、姉、それぞれの気持ち・・結局3回とも、私達の意見は流され、その代わりに週2回ずつ、子供たちが母のもとに交代で通うことになった。一人住まいになった母の心身は、月日と共に衰え、歩行困難になり、性格も変わった。あんなに元気で、私達に言い返していた母は、口を閉ざし、否、歳月と共に、会話の数も減り、生きる意味を見いだせなくなり、・・死にたい、死にたい、とほぼ毎日、それだけを繰り返した3年半も過ぎ、私は「そんな母にしてしまった」自分に自責の念を感じたままだった。父のいない大きな家にポツンと残った母は、不自由な足でも、毎朝、6時に起床し、ラジオ体操に励み、自分のために味噌汁をつくっていたが、とうとうラジオ体操もできなくなった。やがて、長兄、長女より・・「母をホームかサ・コージュ゛に入居させる」と話は具体的に進められ、母も私も泣いた。そのような中、私が股関節と腰を患い、「私との同居」は、考えられなくなり、母の説得を託された長女と、母の戦いが始まり、毎日毎日、理詰めで追い詰められ、とうとう母は妥協をすることになった。しかも、その「サ・コージュ」は「イオン」の隣なので、首を降らない母に最後の止めとし、姉が・・・「イオンも傍なので、車イスで連れて行ってあげるわ~ どこでも行けるから~」と言い・・・未だに当の本人は、イオンの約束も守ってくれてはいない。不本意で入居した母の心は、揺れに揺れ、子供たちから騙された・・と小さな部屋で、泣いていた。それでも私達は、「花見と母の日」は母を連れだし、親孝行気分に浸っている私を、母は、別な感情で見つめていた。7か月も経過し、92歳の母は人間関係を1から出直し、苦労をしながら、努力もし、1階ロビーで行われる「ディ・サービス」を3回も受けることとなり、「楽しかったよ」と言う・・・しかし、夜になると・・・なぜ、私は家があるのに、ここにいるのだろうか・・?・・・雪解けで実家が浸水し、もう戻れない・・と聞いたとき、お母さんは、何処も行くところはないと想ったよ、早く死にたい、子供たちには、これ以上面倒を掛けられないと・・・毎晩泣いているという。私は、悲しい、236日も自分のリハビリに通院し、毎日、自宅でも2時間体操をしている。なのに・・母親を連れてきてあげることもできない現状・・いいえ、サ・コージュに入居してもらってから、子供たちは母への心配もなくなり、時間も余裕ができ、つまり、母が入居したことで、その事に慣れてしまい、お陰で自分の生活パターンが戻った。母は、今日もディサービス・・楽しいと言いつつも、夜になると思うのだろう4人も子供がいて・・・十二分に母の気持ちがわかる私は、母に会うのが辛くなった。楽しい話などしても、母の笑いには影ができ、食欲のない母のために、食事を持参するのだけれど、今となっては、母の食欲は衰える一方。これで、いいのか、私達子供仕方ないわ~ それぞれの事情があるのだから~「子供が親より豊かな生活になると、年老いた年金付きの親さえも、邪魔になる」と心理学教授がはなしをしてくれた。明日は母の処へ。お天気と体の調子が良ければ「ドライブ」美味しい食事をつくって、自己満足に浸るんだろうなぁ・・この私。
2018年06月22日
コメント(0)
「谷マドンナ」なんかでなくてもいい~~こんな事を書くなんて・・・チョツト恥ずかしいのですが実は、ブラで困っています・・先月末、普段用のブラを買い、締め付けキツイブラで、肩こりバンバンで一日の終わりを迎えた夜・・いつもの「足・腰のリハビリ体操」を仰向けで行い、最後の軽い腹筋をしたところ、両胸から拡散して、のど・下あご・耳下まで、圧迫感と激痛に襲われました。初めての経験だったので、10分か20分くらいかもしれませんが、確実に「死ぬ」と思いました。すぐそばでは、家人がソファで寝ていたのですが、声も出せない私、動けない、呼吸もやっと、何せモノスゴイ圧迫感と激痛で、恐怖だけです。そんなこんなことで、先週、「かかりつけの心臓外科」に行き、主治医と話をし、結果・・・「ブラで、そんなことは起こらない・・狭心症です」私は、ブラが要因だと思うのですが・・狭心症らしき初めての発作を体験した私は・・・早速も東京にいる娘に「~お母さんに・・何かあったのなら」と要点だけ書いた手紙を送りました。それで、そのブラは新品のまま、タンスの奥で・・どのようなブラかと言うと・・ワイヤー入りのブラです。それで、ワイヤーなしのブラを買い試着すると・・支えがなく、アンダーに沿って垂れ、恰好が悪いのです。ここで、「年齢だもん~」と言って・・諦めてしまう女性もいらっしゃるでしょうが、体系に合わないブラは、下垂の原因と素敵な服を着ても、見栄えが悪い。ので、昨日は、TVのCMで流れている、「疲れないブラ」ということで、上から被る「フィットネス用」のようなブラを買いました。アヘッまた半日していると、ナイロン、ポリエステル・ポリウレタンなので、暑くて、汗びっしよりになり、とうとう夕方には、我慢できずにできな~い! とベットに放り投げ、、今朝はそのままの状態で、ブラが転がっています。なんとも哀れな私の胸・・。締め付けたくない、けれど、洋服の見栄えが悪くなるのは嫌、長女が・・・あなた、今さら、そのワイヤー入りブラを着けるなんて・・・と言いますが姉だって、、私の年齢の時は、ワイヤー入りのブラをしていたではないですか~ 因みに90歳の従姉のアキちゃんは、惚れ惚れとするようなキレイなお胸でワイヤー入りブラを50年間も着けているとのことです。お見事!です。 女性はいくつになっても、下着からキレイにしましょう何故かと言うと、何時、なんどき、何処で、倒れて、救急車に乗るかもしれません その時に、恥ずかしい想いをしないように・・・我が家実の母からの訓示です。
2018年06月21日
コメント(0)
近頃は、体調の乱れが続き・・春なのに秋・・時に冬・・・しかも大吹雪・・考えると、そういうお年頃かもしれません。8年前まで・・・・・「先生、打って下さ~い」・・年末納めはこの言葉で締めくくった私でした。i そこは病院。 私は、病気で卵巣を片方取っているので、40代後半から、年の締めくくりになると心身が疲れ・・ホルモンバランスを崩した。どうななるのかと言うと・・元気も気力も食欲もなく、脱力感に覆われ、ヘナヘナヘナと筋肉に力が入らず、試行回路も止まり動けなくなった。仕事も力が入らない普段はガッツ!と自分に言い聞かせても、こうなったのなら腰を上げるのも・・やっと・・ これを病院では注射で直す・・・それもホルモン注射である。ホルモンと言うと、オバサンの病気にも聞こえるでしょうが、実は当時からお若い女性も外来に多く、子育て中のママ、子育て終わった「空の巣症候群」の昔のママ、夫定年になり、「亭主在宅症候群」のカラカラママ・・みんなストレスが増加し、乱だした主婦が外来のアチラコチラで横になり、つらそう。。最初私は、乳がんリスクが大きくなる・・という巷の言葉が頭にめぐり、どうしょうかと悩みました。ガンリスクか、生活リスクか~~ 色々考えても、生活に支障がおこれば、そんなこと構っていられません。「それでは~ ブチッ」・・・腰にホルモン注射を打つ・・それも少量・・1回で20~30日は軽くもつ。その後、5分もしないうちに、パチッと目が開き、腰がススーッと立ち上がれ、スッタスッタと軽快に歩けた。しかも、患者さんの前をオホホホッと笑いに発展した。しかし、残念なことに、その病院は富良野に転院した。あれから、8年・・。仕事に追われ、親の介助に追われ、私も自分と向き合う年ごろになった。昨春、旅行中に股関節と腰を炒め、、1年以上リハビリの日々、ああ~~疲れる~足も痛い~腰も痛い~娘ベビーのいる東京にもいけない~ 心も疲弊する~何をしても元気になれない~~ 脱力感に覆われ~ 生きるのが辛くなる時もある。こんな時、例の「ブチッ!」をしてほしい!体調の乱れは心の乱れ、心の乱れは自立神経の乱れ、自立神経の乱れはホルモンの乱れ、長いストーリーがある。ああ~~ 今さら、「ブチッ」と打ったください・・とは言えないかもしれない。
2018年06月19日
コメント(0)

楽しい事なら、なんでもやりたい私は、去年いけなかった・・名誉挽回の為に、家人と夕方より「神宮祭り」に行ってきました。「広島風お好み焼き」・・実に美味しいのですね~キャベツがごっそり入っていて、おじさんは目玉焼きを作っている途中です。私達の前に4人の輪かいお兄ちゃんたち・・・と言うことは、あの少し大きい「目玉焼き」が私達の分かもね・・・心ときめきました。500円です~斜め迎えも「広島お好み焼き」ですが、700円・・しかし、混んでいました。食べた後は、スマートボールでも・・昔はよく飲み会の後に遊んだものです。入口で出会った、反対通路のお若い女性たちの口にしていた「もちもちポテト」わお~っ・・・ドチラに売っていましたか~?入口入った途端に私が、声を掛けるものですから・・・家人は恥ずかしそうにしていました。超ロングで、マッシュしたポテトをうどん状にし、カラッと揚げたものです。お洒落で美味しかったです・・・因みに歩きながら食べ食べ、悪親父&悪オバンをしました。出靴では・・とどめはフルーツ飴です・・・血糖値があがるよ、やめなさい・・・本当にあなたってケチねぇ ここに来た時は、思いっきり食べて、楽しむことよ~私は、もも飴~~ あなた食べたくないのなら、私の分だけね~・・・いいや、ボクだって食べるさ、 あんず、あんず飴!仲良く、車の中で食べました~ 人生楽しまなければ!!
2018年06月18日
コメント(0)

神宮祭最終日の夜・・・昨夜、行ってきました~中島公園です。随分歩き、お化け屋敷会場にたどり着きました。スゴイ人人人です。 アララ~~アチラの「呼び込みおばさん」の「おっぱいが」。。すごかったです勿論、お相撲さんの着ぐるみを着ていらっしゃったのですが、リアルすぎて・・・少しエロイという感じでした、、、お客様は、スマホでパチリお化け屋敷なのに、おっぱいおばさんって・・ 呼び込みが上手!!どうする? どうする❔ おばさんに釣られそうねぇ・・・ろくろ首だって、レレレレ~状態でした。でもね・・・せっかくだから、、見世物でも・・「みせもの小屋」は、「とかげ女」だったので・・音の刺激が強い、「オートバイ」に切り替えました。「大樽の中」でのバイクショーはすごいものです。かっこいい~~長蛇の列でしたが、、。「おひねり」を観客から手渡しで・・いただくのに、ウぇンウぇンとエンジン音高めて、上まできますキャー、キャー! お兄さんがきた~~~ キヤーッ~~ おひねりです 動画失敗です。そとにでてから、、カワイイお兄さんとシャツター・チャンスです。お兄さんのバイクの迫力で・・興奮しまくった私のお顔は・・・見せられませんが、楽しいことは、できるだけ参加したいと思います。 楽しい日は、楽しく過ごしましょう街道
2018年06月17日
コメント(0)
今日整形の主治医に、「貧乏ゆすり」が「軟骨を増やす」と言う話をすると、笑いながら主治医曰く・・・僕もTV見たよ、以前から医学界では言われていたことで、足をゆすることで、栄養が軟骨に行き渡り、結果、軟骨が増えるらしいと~・・・・・・先生、私も試してみましたが、「貧乏ゆすり」をしたことがなく、うまくできずに・・股関節を痛めてしまいましたぁ・・ 昨日も一昨日も痛かったのです・・・医師は大笑いて゛・・・痛いものは、しないほうが良い~・・・先生、私は軟骨が欲しいもので、藁をもすがる思いなのです「貧乏ゆすり」のコツ★足が床に着くようなイスに座る★揺するスピードは、どれが良いかはわからないが、痛くならない程度に・・?★1日、通算、2時間はすること とのことです。もし、近場で「貧乏ゆすり」をしている人を見かけても・・・あの人、股関節がわるいのねぇ・・・と思ってくださいまし。
2018年06月15日
コメント(0)
こんなことに・・・なるなんて~~昨夜TVで・・・「たけしの・・」股関節症には、軟骨増やす「貧乏ゆすり」が良いと紹介され、私も家人もそろってな・なんこつが・・増える!! と言うことで、はじめて貧乏ゆすりをしましたが、これまた、上手に行きません。子供のころの躾で ・・・我が家は「絶対ダメ」でしたから、貧乏ゆすりの仕方が うまくいきません・・結果、30分ほど 速さはどのくらいかしら・・? ~ああやら~こうやら~と言いながら・・動かし・・結局、足がしびれ、その後の私は・・・貧乏ゆすりする前までは、まさに元気満々でしたが、終わった後に「股関節痛」が出て、2階に上がるにも、ズリズリと足を引きずり・・・今朝は今朝で、股関節が痛く、おまけに腰までもです 「貧乏ゆすりって」・・・実はちゃんとした「技法」があるようです。まさに「貧乏返し」が・・始まったようです 痛い
2018年06月13日
コメント(0)
ドキドキドキドキドキ・・・動悸が激しくて、目が覚めたのは今朝4時半、、冷や汗と共に、自分の心臓の音で目を覚ますなんて・・・。眠い目をこすりながら、深呼吸を何度もしてみたドキドキドキは いつまでも止まない早い 打ち方が 早い ちょっと 辛い昨日から、降圧剤が変更した。先月、狭心症発作が起きて薬が 変わったのからかしら一日、2回だった薬が倍の強さになり、一日 1回だけ 服用となった。昨日・・少し ためらいながら服用すると低血圧に なった低血圧になると 体から力が抜け、 虚脱感、だるさ、眠気、動けない・・そのせいかしら・・?と、思いつつ 深く深く 深呼吸をした。そのうち白々と 夜が明けた外は雨・・・。
2018年06月12日
コメント(0)

水産会社「札幌シーフーズ」が製造している「いくら丼プリン」が売られているようです。私も是非一度は、食べてみたいと思います ちなみに2個1080円とのことです。
2018年06月11日
コメント(0)

初夏になりました~簡単、「焼かないケーキを、ひんやり冷やして食べましょう」。材料さえそろえれば、15分で作れます用意するものはホイップクリーム、切った果物、切り端カステラ、ラップ、ボールボールにラップを敷き、果物をボールに沿って、貼り付けます。ホイップクリームを塗ります。カステラをいれます。ギュツと押します。また、果物、ホイップクリーム、カステラと順に、します。最期は、ラップを持ち上げて、まとめます。蓋をして、ギュツと押し付け、冷蔵庫で3~4時間ねかせます。取り出して、お皿にクルリンパッ やさしく、ラップを剥がします。
2018年06月10日
コメント(0)

真夜中に、ワイン・・日常の煩わしさから、逃れるように、一人ワインです。まず、コストコで買った「ゴーダーチーズ」を、切ってフライパンで焼きました。こちらは800グラム?で、1180円ほどでした。ずつしり重たいです、こんな感じに~クラッカーに乗せて、美味しいのです。 ナツツとレーズンも食しました。真夜中にワインと。。おつまみ・・・血糖値も上がりますこれでは、狭心症になったのも間違いなしでした 恥!
2018年06月08日
コメント(0)
そうよね~ そうだとは、わかっていたものの・・・先日のブログで・・・「ブラで~ 死にそうに・・」は、原因はブラではなかったようです。昨日、定期健診に行き、主治医に「経緯を話し」心電図をかけました。心電図は何事もなかったのですが、首に軽くプラークができていました。キツイ、ブラでは・・・そのような現象はありえない・・ということで、残念ながら、「狭心症」だということです。先月21日の夜、新調した「ワイヤーブラ」で一日キツサを我慢し続け、着けたまま運動すると、最後に「両胸から突き上げるように、圧迫痛が上へと拡散し、のど、首筋、耳下」までの「圧迫感と激痛」に襲われ、声も出せずに仰向けで・・死ぬかと想いました。我が家は遺伝的に心臓、血圧、糖尿家系なので、気を付けていましたが。。。血液検査報告は、コレストロールは低いのですが、善玉コレストより悪玉が2,5倍もあるとのこと、血糖値が128数値で下がらない・・ということで、心臓プラークに要注意、お薬変更、来月受診です。。。ガクッ 「狭心症発作」とは、、軽いうちは、肩こり、首コリ、上あごの痛み、全歯痛らしいです。私のように全部重なることもあるらしいですが、軽いうちは、肩こりかなぁ・・と思う程度らしいです。皆さま、どうぞ、お気をつけてくださいね
2018年06月07日
コメント(0)

ピンポーン ・・お隣の中3の次男坊君が、ママと二人でやってきました。・・・あの~ 修学旅行で青森に行きました・・ おばちゃんに食べてもらおうと・・・買ってきました・・・恥ずかしそうに手渡してくれた、ルイト君。もう、嬉しいです! 丸いオシャレな箱に入った、リンゴとハチミツゼリーは、お上品なお顔をしていました。食すると、甘味の抑えられたジエリーは、大人向きです。今日も札幌は28度あります。暑い、暑い 冷蔵庫の中で冷やしているジェリーは、食後のデザートに登場します。ルイトくん、ありがとうね
2018年06月06日
コメント(0)
「亡くなっていた・・・・警察の取り調べだから・・遅くなる・・」と家人のからの電話。それは、土曜の夕方の話です。私の心は「8年間、94歳の叔母さんの後見人のような事をしてきた家人だけに」、憤りとやるせなさと、怒りがこみ上げて、胸が打ちひしがれました。・・・こんな悲しい、不本意な行政の話を聞いていただけますか・家人の叔母さんは若い時分に、ご主人に先立たれ94歳の一人暮らしをしていました。同じ町内に住む姉たちとは、この約20年間音信不通。何故そうなったのかは・・姉妹しかわかりません。当時、叔母さんは一人で京都に住んでいましたが、姉たちのいる札幌に呼びよせられ、家を売り、札幌に自宅を構えました。最初は姉たちとも仲良く交際をしていたようですが、色々と訳があったようで、姉たちとは絶縁関係となり、この20年間は、全く行き来もしていませんでした。段々、老いてきたおばさんは、町内、主治医、親戚とも絶えて、引きこもりの状態が続き、食事は週1回、決まりのハイヤーを使い、買い出しに行っていたようです。この8年にわたり、民生委員、区役所にも度々相談をしましたが、「本人の許可なければ、家に入れない」との返事。電話にも出てもらえず、玄関も開けてもらえず、そのうちに数年前から、ベランダフードに山のように、ゴミ袋が積まれ、近所からは火事でも出されると・・と苦情が入り、家人は仕事中でも草刈り、伐採などに大変な労苦を味わっていました。叔母さんは、時々、宇宙と交信ができ、それだけが、生きる頼りになっていたようです。しかし、私は、運よく、この5年間のうち、叔母さんと食事を3回することが出来・・色々とありましたが・・当時のおばさんは、お子さんのいらっしゃらなかった分、とてもお嬢様で、90歳にて髪は肩までカールし、着ているブラウスはフリルがつき、白のトレンチコートに白のバツクと靴を履いて、杖こそついていましたが、とてもおしゃれな女性でした。ガストでの食事でしたが、孤食がいかに寂しいかと思わせるように、とても喜んで「果物のデザート」だけがないと残念がっていたのが、昨日の事のようです。。家人とも色々な経緯で、拒否をされ、まったく、会えない状態の数年を送っていました。隣に住んでいた姉も死に・・そのことさえも気づかずに・・残ったただ一人の長女の姉からは、愛想をつかされ20年。引きこもった叔母さんは、タクシー会社だけが命のつなぎでした。役所に何度も駆けつけ、警察、弁護士さんからもアドバイスを受け、そろって皆・・「家に突入することは困難なこと。本人の許可が・・」と断られる。心閉ざし、認知にかかった老人を、許可されないからと言って、誰もが見て見ぬふりをした。その間に、私は家人に山ほどアドバイスをし、「突入する手立てを、何人もいる甥っ子、姪っ子たちとしなければ、おばさんは必ず、死ぬ」と言っていたが、聞き耳を持つてくれなかった。親戚も面倒くさい事にはかかわりたくない、口だけが動くが、行動は一切なく、現役の家人だけが引き受けてきた。4月・5月には、叔母さんの自宅の庭に草刈りに行っている、窓にはシルエットが見えた・・という。「どうして、窓。玄関をたたき、大声をかけ無かったのか~」と、私は家人の消極的な態度に何度も怒ってしまった・・・とうとう、来る日が来たのです。叔母さんの隣の家の見守り隊の人から、「電気がついているようで・・なんともわからない」一人の甥っ子が手を貸してくれるというので、二人と警察、鍵屋さん、待ち合わせをして、トイレの窓から突入。。悲しく無残なことに・・・居間の床暖をつけたまま、叔母さんはは亡くなっていた死後かなり経過しているとのことで、検死をうけることとして、今は警察に安置されている。生き残った叔母さんの姉の息子さんが、20年ぶりに後片付けの役を買って出てくださった・しかし姉は知らない、高齢と言うことで、次男と家人の3人だけで、済ませるようだ。色々な事情が絡み合ったかもしれないが、最後の最期まで、親戚の誰にも知らされずに、荼毘にふされ、生き残っている姉からもこの世のお別れをしていただけない・・勿論、「お悔み欄」にも載せていただけない・・可哀想な叔母さんである。人として生まれ、人として亡くなった事さえも知らされない、こんな不本意なことはあっていいものでしょうか・・。折角、この世のご縁で姉、妹として巡り合い、20年もの長い月日を一度も心かけてもらえずに、行政からは、見放され、死ぬことだけを待たされた、孤独死とは・・本人が造り上げるものではなく、それぞれの立場から考え、杓子定規に物事を考えるには、人の命がかかっていることであり、強制突入、強制的に病院に連れていく、「生きる権利の中に強制的に」という言葉も添えていただけると、このような無残な悲しい姿にはならなかったと想いました。哀れな叔母さんに、心から哀悼の意わ表します。よく一人で、頑張りましたね、 切ない人生だったでしょう私はこの現状に怒り覚えています 合掌
2018年06月04日
コメント(0)
新しいブラで?・・死にそうになりました。それは、21日の夜10時半の事です。朝から、前日に購入した「少し若めのワイヤーブラ」をつけると、かなりキツメ、なんだか苦しい、・・まあ、新品だから、慣れるまでは・・・と着易い気持ちで一日を過ごし、夕方には、肩こり激しく、後は寝るまでの我慢、我慢・・・と自分に言い聞かせ・・夜9時半から、いつものリハビリ体操を約1時間・・・仰向けになり、足をあげたり、伸ばしたり、最期は、両手で頭を抱え、おへそを覗き込む体操です。この体操を一日3回、もう400日になります。時に、途中頭が痛くなることも、、しばしありましたが、慣れたものです。最後に、おへそを覗き込んだ瞬間に両胸から突き上げるような痛みが走り、それが上へと放射線状に広がり、首、上あご、耳下まで締め付けられ、特に耳下の圧迫と痛みで、恐怖に襲われました。声も出せず、あぶら汗が流れ、もう・・死ぬと・・思いました。5分続いたことでしょうか・・・いや、10分かもしれません私にとっては、生まれて初めての経験と気が動転し、何分かはわかりません。胸が締め付けられたというよりは、両耳下の圧迫感と強烈な痛みです。家人はソファで「うたたね寝」状態で、声の出ない私は、呼吸激しく、やっとこ2階の寝室まで上がり、・・ブラがキツイ! と投げ出し、水を口にして、そっと横になり、深呼吸を・・・。その時には、すでに痛みも圧迫感も収まり、冷や汗だけが残っていました。キツイブラだと、想っていますが、念のため、医学書を見ると狭心症、心筋梗塞などの様子と同じです。6日は、血圧の検診日で通院している「心臓外科」に行きます。ドチラにしても、ブラを新調したときは、そりブラで運動はしない・・ことだと・・かんじました。水曜は、徹底的に心臓を調べていただこうと思います。
2018年06月03日
コメント(0)

これって、すごい大技ですね、 ここは、いつも数台がこのように止まっています。信号待ちで見受けるものですから、毎回、見とれて・・危ない、危ない
2018年06月02日
コメント(0)
カタログギフトをいただいたのが、去年の11月。 6月10日までの期限なのに、決められない、どうしても決められない自分に呆れています。食べものから始まり、あらゆるものが入ったカタログです・・・実は、4月に・・やっとオーブンにも使える「柄の取れるフライパン」を決めて、それだけが欲しかったのですが、業者さんの都合で製造中止との連絡が入りました。ガクッ。。。新たなカタログを送ってくださったのですが、私の年齢では、ほぼ、モノに不自由な生活をしておりません。何が欲しいかとカタログを見つめては、決められずに・・溜息しか出ない、そのうちに期限が9日しか残っておりません。これは、私の心に欲望が渦巻いているのだと、想いました。どうせ・・いただくのなら、自分では買わないモノ、重宝するもの、使えるもの、記念になるもの、あらゆる煩悩に侵されて、結局は、決められないでいるのです。毎回、分厚すぎるカタログを1時間にらめっこしては、ああ~、ダメダメ~ 頭を冷やさなければ~そのうちドンドン時間が経過、いっそのこと、モノを送ってくだされば、こんな気持ちにならなかったのに~~と、呆れた考えが渦巻きます。カタログギフトは、とても便利、好きなものがもらえる!派と決められない派に分かれるのかもしれません残り8日・今夜こそ家人と共に頭をひねって、煩悩に近いものを、頑張って? 選びたいと思います。て
2018年06月01日
コメント(0)
全22件 (22件中 1-22件目)
1