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■演奏:バッハ・コレギウム・ジャパン■独唱:ドロテー=ミールズ(ソプラノ)、パスカル=ベルタン(カウンターテナー)、ゲルト=テュルク(テノール)、ペーター=コーイ(バス)■特別出演?:コンチェルト・パラティーノ(コルネット&トロンボーン)■日時:2004年6月24日(木)19:00~■会場:東京オペラシティコンサートホール(タケミツメモリアル)■曲目:ああ神よ、天よりご覧ください BWV2 私は心より願い求めます BWV727 深き苦悩の淵から、私はあなたを呼びます BWV686(以上オルガン独奏今井奈緒子) カンタータ第2番『ああ神よ、天よりご覧ください』BWV2 カンタータ第135番『私は心より願い求めます』BWV727 カンタータ第3番『ああ神よ、何と多くの心の痛みが』BWV3 カンタータ第38番『深き苦悩の淵から、私はあなたを呼びます』BWV686いや~久しぶりに聴きました。なんか二度ほど行けなかったんだよね。半年振りかもしれない。今回はコンチェルト・パラティーノという四人組みが参加してくれていて、コルネット1人、トロンボーン3人で、BCJの演奏が始まる前に4人だけで演奏してくれたりして楽しかった。もちろん、カンタータの演奏にも参加してましたよ。みんな西洋のおじさんだった。だから何ってわけでもないですが(汗)。全体に演奏はまずまず。最近はもうレベルが一定で「はずれた」ってことがほとんどない。ただ、その分、昔のように「当たった!」ってこともない(笑)。あの降るような合唱の響きがなくなったような気がする……寂しい。もしかして次のレベルに上がれずに足踏みしている段階なのかな。あとはオーボエの調子が今ひとつだったような気がする。体調でも悪かったのだろうか? それとも単に私の気のせい?そして久々に聴くゲルト=テュルクの歌声は美しかった。半分、この人の声を聴きに行っている気がする。次回は9月。また開くなぁ。
2004.06.24
■演目:アメリア■演出:エドゥアール=ロック■出演:ラ・ラ・ラ・ヒューマン・ステップス■日時:2004年6月18日(金)19:00~■会場:彩の国さいたま芸術劇場(与野本町)えーと。コンテンポラリーバレエ?「超高速21世紀バレエ」とチラシには書かれていた(笑)。実際に速い。手の上げ下げだけでも、クラシックバレエのようなゆったりとした動きはしない。なんかね、手足の残像が見えるんだわ。手を上げ下ろししているときなんか、千手観音みたい(笑)。その残像は美しくて、つい見入ってしまうものだったが。CGによるビデオと、生の音楽(歌付き)と、ダンスの組み合わせ。あのミュージシャンたち大変だ。音楽を奏でるだけじゃなく演技しなきゃならない。ステージの中央に出てみたり、袖口に移動して楽器を弾いてみたり、それはそれはいろいろと。歌の詩はルー=リードによるものだそうだが、英語でさっぱり(苦笑)。字幕流してほしかった……いや、ケチらないでプログラムを買えばよかったんだろうけど。どういうわけか後半、「ゲイですか?」って感じの役割の男が出てきて、すごい怪しい(笑)。動くだけで、いや動く前からもう怪しい。うまいなぁ。最後に彼だけパートナーがなく一人のまま終わるんだけど(そういうヘンな部分に注目してはいかんのかもしれないんだけど)、そのせいでハッピーなイメージがない。う~ん。面白いけど。私は以前に見た、もっと見てて「きれい~」となるもののほうが好きだな。シロウトだし。エネルギッシュではあった。非常に。でも観ている側のエネルギーを吸われた気がするのはなぜでしょう(笑)。
2004.06.18
そろそろ「フランスの想ひ出」打ち止めかな。実際にはまだあるんだけど、思い出して~それを書いて~という作業がちとツライようになってきた。文庫制作中だし、しかも入稿直前だし(言い訳)。会社も人員減って忙しいし(もっと言い訳)。眠いし(関係ないね)。まぁまた思い出して書けたら書くってことで。ひとやすみ、ひとやすみ。
2004.06.17
今日は前半スライドでよかった。やっぱりスライド楽しい。古くて画像がめちゃ悪かったけど(笑)。そして暗くて無茶苦茶眠かった。やっぱりスライド眠い。う~む? あんまりノートが残ってないので書くことが少なさそう。現在習う着物の着方というのは、別に「昔からこうだった!」という絶対的なものではない。昔の絵なんかを見るともっとゆったり着ていたり、おはしょり(の前身)もぐじゃぐじゃっとなっていたり、帯がもっと細かったり着丈が短かったり、時代によって形も様式もさまざまである。だから「和服かく着るべし」という着付け屋さんの言葉を信じず(彼らはそれが商売なのでしょうがないが)、もっと楽に着る方法を採ったら着物ももうちょっと復活するんじゃないか、という話。むしろ意匠から文化的背景が欠落していることを問題視すべきで。たとえば江戸時代に杜若(かきつばた)と八つ橋の意匠の着物があったら(あったんです)、見る人は「ああ伊勢物語だな」と思い、「からころもきつつなれにしつましあればはるばるきぬるたびをしぞおもふ」という歌をすぐに思い浮かべる。あるいは波の上に跳ぶ兎の模様の着物があったら(あったんです。かわいいんだよ~)、それを見て謡曲「竹生島」を思い出す。牡丹と獅子の意匠が着物に施されていたら(これもあったんです)、やくざじゃなくて、謡曲の「石橋(しゃっきょう)」を思い出す。そうした教養を持っているひとが「伊達者」と呼ばれた。数寄者でもいいのかな。見た目のセンスだけじゃない、文化的教養も備えていて、意匠を見たとたんにその背景や隠された意味までぱっと理解してしまう、そういうひとでなければ「伊達」じゃなかった。だから、当時は男がファッションに興味を持つのは当たり前のことで(まあ下層階級は含めていいかわからんが)、妻の着物を買うのに夫がついていって意見を挟むなんてのは当然のことだった。今はどっちの意味でも「伊達」な男はいない、と?言葉遊び。なぞなぞ。これらは一つの芸術だそうだ。「かきつばた」の歌も「折句」とよばれる一種の言葉遊び。なぞなぞの歴史は古く、たとえば室町にはこんななぞなぞがあった。「練糸のまむすび」とかけてなんととくか。練糸っていうのは精製された絹糸(つまり生糸じゃない)で、まむすびは駒結び(帯締めなんかに使われる結び方)のことだそうだ。練糸を駒結びなんかにしたら解くのが大変→「とくだいじ」(解く=とくのが、大変=だいじ)→「徳大寺」となるそうで。このへんの話は面白かった。ただ、江戸後期の美意識「いき(意気)」について触れたとき、九鬼周造の『「いき」の構造』がいつまで経ってもバイブルのようにみなされていることを批判していた。批判自体は構わないし大いにやるべきなんだけど、どういう点がおかしいかを言わない。黄表紙や洒落本についての研究が浅薄過ぎるって、それはいい。実際にそうなんだろう。九鬼の「いき」概念はむしろ明治・大正のものではないかって、それもいい。でも九鬼の「いき」論のどこにどういう問題があるのかを語らなければしょうがないではないか。批判にならん。それに本当なら研究者なんだから、「私は『いき』というものはこういうものだと思う」くらい言うべきだろう。自分で考えろ? そりゃそうだけど……ハイハイ、そういうことで口を拭っておきますかい。
2004.06.16
ジャンボ宝くじ、ちょっとだけ当たりました。ほんのちょっと。ごくわずか。あ~たまには1億とか当たってみたい。せめて100万でもいいんだけど。どうしてこんなに当たらないんだろう?(当たるかってーの)
2004.06.15
今年の黄金週間に行ったフランス旅行のばらばらな想い出をばらばらに書き留めています。今回は「地下鉄の切符編(別名懺悔)」。パリに着いた翌日、街中を歩いているうちにどうにも足が疲れてきて(歩き倒すには若干デカい街なのよ)とうとう地下鉄に乗ることにした。ちょうど窓口のある切符売り場で、さてどうしようかと思案。毎回1枚ずつ買うのもいいが、ここで割引価格で10枚購入してしまうという手もある。ただし、10回も乗るかどうかは怪しい。明日から一週間はアヴィニヨンだし……。計算してみたところ、8回は乗らないと元が取れない(ここで計算するあたりが日本人? それとも単なる貧乏性?)。「どうしよう~」と窓口に貼られた紙を見て考えていたら、10ユーロ(10枚綴り回数券)と並んで5ユーロの表示があった。「demi ほにゃらら」って書いてある(demiは半分って意味)。おっ、もしや5枚綴りの回数券もあるのか?そうならこれがほしいな~。で、窓口で「demi?」と聞いてみました(これだけじゃ聞いたことにならないかも)。そうしたら売り場のお兄ちゃんは5ユーロで切符を売ってくれました!わーい、半分でも買えるんだー。なんか後ろでアフリカ系のおじさんが売り場の人に文句言ってるっぽいのが気になったけど、ともかく構内へ。ベンチに腰掛けて、財布に切符をしまおうとしたら、なんだか枚数が多い。5枚じゃなくて10枚ある。……………。……え~と?もしかしてなんか特殊な割引価格だった? 学生用とか身障者用とか?それで後ろのアフリカ系のおじさんが怒ってたの?……………。あとの祭り。どうもごめんなさい(汗)。そして未だにあの5ユーロ回数券がなんだったのかわからない。もしご存知の方がいらしたら教えてください。
2004.06.14
今年の黄金週間に行ったフランス旅行のばらばらな想い出をばらばらに書き留めています。今回は「一番高い買い物・解答編」。6/11(金)の日記に書き込んだ問題の正解は、 2番でした。これまたわりと有名?なチョコレート屋さん(チョコレート専門店は仏語で Chocolatier といい、そこら中にある)へ行って、美しいチョコレートの数々を見て、家族や友人や会社へのお土産に3箱+α、買い込んだ。それだけで102ユーロ(13,000~14,000円)。(しかも本当はもっと買いたかったのを我慢して、この価格)ブランド品でも買えばこんな値段もメじゃないんだろうが、そんな買い物はわたくしほとんどしません(たま~にするけど)。今回の旅行でも宿代やTGV代以外に一度に100を超える精算をしたことはなかったので、我ながらちょっとびっくり。そも、今までの人生でこんなにたくさんのお金をチョコレートに払ったことはない!(オーバーな)いやしかし美味しかった(じゅるじゅる)。ここのチョコレートを食べた後で普通のやつを食べると「味がない」と思ってしまうくらい。美味しかったなぁあああ。
2004.06.12
今年の黄金週間に行ったフランス旅行のばらばらな想い出をばらばらに書き留めています。今回は「一番高い買い物・出題編」。さて、今回もあちこちでお土産を買いました。パンも買ったし(笑)。そのなかで一番高かった買い物は、どの店で買ったどんなものだと思いますか?「一回の精算で一番多く支払った」ってことね。注:ホテル代や交通費、現地ツアー代は入れてません。1.ルーヴル美術館のミュージアムショップで買ったグッズ類(Tシャツとかカレンダーとか)2.パリのチョコレート屋で買ったチョコレート3.バスティーユ市場で買ったハンドメイドのフォアグラやパテ類4.アヴィニヨンのワインセラーで買ったワイン5.パリのヴァージンメガストアで買ったDVD6.パリの老舗レストラン「ル・プロコプ」での夕食代7.パリのオー・ボン・マルシェで買ったチーズ・バター類8.ド・ゴール空港の免税品店で買った化粧品9.その他正解は次回に。(すみません、今ちょっと書いてるヒマが……(汗))
2004.06.11
今年の黄金週間に行ったフランス旅行のばらばらな想い出をばらばらに書き留めています。今回は「パンは重かった編」。パリには「ポワラーヌ Poilane」という有名なパン屋さんがある。どのくらい有名かというと、カフェやレストランにわざわざ「当店のサンドイッチはポワラーヌのパンを使ってます」って看板が出るくらい。いわゆる細長いフランスパン(バゲットなど)ではなく、パン・ド・カンパーニュつまり田舎パンで有名なパン屋さんだ。私はキの字がつくほどのパン好きで、パリに行ったら絶対にこの店のパンを買うと心に決めていた。ただし、一人では食べられない大きさだからお土産に買って帰ろう、と。(お土産にパンを買って帰る……なんて幸せな響きかしら……うっとり……って、ここらへんからおかしい)で、実際に買いました。月曜日、飛行機に搭乗するまさにその日、午前中の空き時間を利用してパン屋へ行き、田舎パンまるまる1個と胡桃パン2個と、さらにビスケット2袋!(しめて3600円だ!! 普通そんなに買うか!?)パンを買える喜びで何も考えてない(笑)。「何も考えてなかった」のはそのあとでも判明。なんだかね、荷物が重いんだわ。ずし─────っと。そりゃ確かにワイン1本担いでるし、でかいアナログカメラは持ってるし、チーズもちょっとは買ったけど、いつもこんなもんではないか。なんでこんな異様に重く感じるのだ?関空で「日本に着いたよ」と家に電話。そのときには荷物の重さにすでに辟易していて、母親に最寄駅まで迎えに来てほしいと泣きついた。羽田から「なんでこんなに重いんだろー。なんでこんなに重いんだろー」と泣き泣き電車を乗り継ぎ(原因はわかってるしそも自業自得なんだけど)、やっと自宅の最寄駅に到着。そして迎えにきてくれた母(&自転車)にパンの袋を預けた。途端に楽になった。いや~、重かった。一番重かったんじゃないか、パン。だいたい直径50センチもあろうかというパンを買って帰るのがそもそも馬鹿げているのに、それに小ぶりとはいえ胡桃パンだの、さらにはビスケットだの(このビスケットの袋がまた大きかった)欲張って買い込むからこういうことになる。せめてパンが軽いフランスパンだったらよかったが、どいつもこいつも「詰まってます」ってタイプのずっしりさん。重かったよ~!(←馬鹿)そして持って帰ったはいいものの、「どうするの、このパン……」。とても二人では食べきれないだろう直径50センチの田舎パンに、さすがの母も茫然。恐怖に駆られていろんなひとにおすそ分けしていたら、無事になくなりましたとさ。それにしても、あ~重かった。PS:パンもビスケットもとても美味しかったです。
2004.06.10
なんだろう……モード論やるひとって……視野の固定したひとが多いのか?さておき、衣装に表れる基本概念の話。「二元」を考えるとき、西洋では「対立」になるが東洋では「補完・調和」の二項になる。この「調和」を表しているのが「袷(あわせ)」。表地を「おめらせ(退らせ)」て裏地をわざと見せる。西洋では、裏地というのは表に出ないもので、こういうデザインには決してならない。もともと重(かさね)色目という概念が日本の衣装デザインの根本に?あって、当初は布地が薄手だったため、縫い合わせも毛抜き合わせ(ぴったりしている)で問題なかった。しかし時代がくだると布地が厚くなる(強(こわ)装束)。そうすると下の地が全く見えない。それで「袷」が登場するのだそうだ。このへんの話はまあ面白かったんだけどな~。だんだん精神論に入って(しかも結構偏りが…)だんだん聞いてもつまらなくなってきた。それでも拾った話を書くと、「紋」には「定紋(じょうもん)」と「替紋(かえもん)」がある。定紋は冠婚葬祭など正式な場で必ず使うもので、一つしかない。替え紋は日常使うもので、これがいくらでもある。歌舞伎役者の替え紋を、すべて覚えているのが「贔屓(ひいき)」と言われる人々の役割だった。歌舞伎の語源である「かぶく(傾く)」は「風流(ふりゅう)」や「婆沙羅(ばさら)」といった言葉と同じく、江戸前期の美意識「伊達」と類似した傾向を示す。「伊達」というのは「立てる」であって、描きたいものをそのまま表現する、派手好みの美意識だ。(それに対して江戸後期の美意識は「意気」と言われるそうだ)江戸時代での寺子屋は、女の子には読み書きと裁縫を教えていた。ここで裁縫の基礎が身につくから、たとえそのあと自分で手縫いをしないにしても、着物を注文するときにどう注文すればいいかも身につけられる。着物を注文するときには、皆、「雛型(ひいながた)本」というデザインブックを利用していた。注文の善し悪しによって出来上がる着物の善し悪しも決まり、そのひとに対する評価も決まる。特に昔は「人は見かけである」という時代だったから(今でもちょっと残っているが現代は「人は見かけではない」という時代……そうかな? 口先だけのような気がする)。「人は見かけ」の時代にあっては、「当世風にする(時流に乗る)」ことはたいへん大事なことだった。今のように「流行に乗る=軽薄」という観念はなかった……そうだろうか?和服というのは完全リサイクルのシステムを打ち立てていた(話によれば)。直線裁断で手縫いだから、いつでも生地・素材に戻すことが可能。その着物をしまっておくことは当たり前で、必要になったときに解いたり作り直したり売ったりすればよかった。一種の財産だったわけ。だが今は「使わないのはもったいないから洋装に仕立て直して使いましょう」というのがまかりとおっていて、これこそ「おためごかし」だという話。もったいない、というなら、洋装に仕立てて、そこから先のリサイクルをぶった切ってしまうことのほうがよっぽど「もったいない」のだそうで。江戸時代にはたくさんの禁令が出た。これはつまり、禁令が出るほどそれらが「流行っていた」ことなので、「禁じられてかわいそう」じゃなく「こんなことが流行ってたんだ」と見るのがいい。これは「なるほど~」と思わされた。言われてみれば仰るとおりである。全体にちょっと問題の詰め方が浅い印象(精神論が多いわりに)。たとえば、西洋思想について、表面的なというか大衆的な知識しか持ってないんじゃないかと思える部分がある。ま、いいけど。それから、寺子屋で裁縫を教えていたことが「ジェンダー論から非難される」のについて、「非難すべきこととは思えない」と言っていた。それはいい。だが、ジェンダー論から非難するならそれは「女の子だけに裁縫を教えるのはおかしい」という論点になるのであって、「裁縫を寺子屋で女の子に(決まった科目として)教えるのはおかしい」という論点ではないはずだ。それをまるで後者に対する反論として「非難すべきとは思わない」と言う。これでは論議にならない。(もっともジェンダー論の側がすでにそういう浅いツッコミをしてるのかもしれないんだけど)ま、そういうところで踏み込んで考えるのは彼らじゃなくて我々の役目なのかもな。
2004.06.09
最近、会社のコピー機が不調。きっと夏で、不快指数が上昇してるからだ!!(笑)笑い事ではなく、本当に湿気やら乾燥やらに弱いぞ、コピー機。冬になって乾燥すりゃー紙が2枚3枚重ねて送られる(そして紙詰まり)。夏になってじめじめすりゃートナーの定着が悪くなる(そして紙詰まり)。なんかもう「お肌よりビンカンなんじゃ?」ってカンジ。なんとかならんものか……?
2004.06.08
今年の黄金週間に行ったフランス旅行のばらばらな想い出をばらばらに書き留めています。今回は「ワイン編」。実は最近では、フランスでワインを買う意味はそれほどない。バイヤーがまとめ買いをするので、輸入ワインのくせにどえりゃーリーズナブルなものが多いからだ。逆に日本で買うほうが安かったりする。でもまぁせっかく来たんだから、と、思って、ワイン屋さんに入ってみました。アヴィニヨンで。棚をぐるりと眺めて、改めてシャトー・ヌフ・デュ・パプのワインを見たら、他の倍ぐらいしてる。あ~こんなことならシャトー・ヌフ・デュ・パプのワイン資料館であの美味しかった白ワインを買っておけばよかった~。でもあのときはサイクリング中で、どうにも荷物を増やしたくなかったんだよね……。などと思いながらいろいろ見ていたら、店のお姉さん(おばさん?)に話し掛けられて、いろいろ薦められた挙句に、ものすごく高い白ワインを買ってしまった……………私って馬鹿? 単純?なんだか、この年の白はもうほとんどないからどの店で探しても見つからないんだとか(1998年か1999年だったと思う)、70歳以上の葡萄の木から収穫した葡萄だけを使っているとか(あとでウェブで調べたら「ヴィエイユ・ヴィーニュ」と言うらしい。Vieilleは「古い、年取った」、Vignesは「葡萄の木、葡萄畑」)、いろいろ説明されて「えーい記念に!」って買ってしまったのだが、「そんなにお金使ったの~、ワインに~?」と言われるのがコワイので他人様には値段を言わないことにしている。あ~、「すごく高い」って言っても好事家から見れば「けっ」ってな値段です(きっと)。でも一般のワイン愛好者からすると「そんなにお金かける価値あるの? その分を他のワイン代にしたほうが利口なんじゃないの?」と言われるんじゃないかな……。そう、きっとね、同レベルのいい白ワインでも、シャトー・ヌフ・デュ・パプじゃない普通のコート・デュ・ローヌを買えば、5分の1くらいで買えたんじゃないかな……わかんないけど……。とにかくシャトー・ヌフ・デュ・パプは高い!!しかも白はさらに高い(あんまり作らないからなんだって~)。そのあと帰るまで、ワインをカバンに入れて持ち歩いてました。(ホテルに着いたらホテルの部屋に置いてたけどね)重いし嵩張るし、割れるんじゃないかと思って(あれだけお金払って割れたら泣いちゃうよ、モノと違って買い換えできないし…)、すごく気を遣って疲れました(笑)。もうちょっと安いワインならそんなに気疲れしなかっただろうに……。慣れないことはするもんじゃない(記念にはなりますが)。え? 味はどうだったか?実はまだ飲んでません。いやべつに出し惜しみしているわけではないのだが。そのお店のお姉さんに「持って帰ってから最低1ヶ月は寝かせておけ」と釘刺されちゃって。そろそろ1ヶ月だね。もう飲んでもいいかも。うっふっふ。
2004.06.07
今年の黄金週間に行ったフランス旅行のばらばらな想い出をばらばらに書き留めています。今回は「トイレはどこ編」。お前もかフランス。まさかトイレが有料とは。お店や施設にあるトイレ。使おうとするとなぜかおばさん・お姉さんが番してて、料金を支払わなければならない。料金は固定のところもあれば任意のところもある(でもゼロはだめだろう)。すべてのトイレがそうであるわけじゃないんだけど、多いです、トイレおばさんのいるトイレ。実際にはたいした金額ではない。でもなんとなく払いたくない(笑)。つーか、お金を取られるとわかってて入る気がしない(旅行時って特にケチになるし…)。とりわけて入りたくなかったのが、街中にある公衆トイレ。電話ボックスみたいに建ってて、コインを入れないと入れない~。でも有料だからって綺麗かっていうと……まぁね、入りませんでしたけど、たまたまおばさんが出てきたところをちらっと見た限りではあんまり綺麗じゃなかったような……。というわけで、トイレ事情はアメリカほど楽ではなかった。(どこよりも楽で綺麗なのは日本ですよ、みなさま)もちろん施設によっては無料であるところもあるが、どこが無料でどこが有料かは施設内に入ってからじゃないとわからない(笑)。じゃあどうするか?よくやるのは、(1)トイレを借りるためにカフェなどのお店に入る。これの問題点は、「注文しなければならない」、つまり結局お金がかかるってことだ(笑)。でもなぜかトイレだけに払うよりも抵抗が少ない(よく考えてみればトイレ代0.4ユーロ払うほうがカフェオレ代2.5ユーロ払うより安上がりなのに…)。もうひとつ問題なのは、そこのトイレも有料だった場合だ!!パリの有名なカフェ・ドゥ・マゴに入ったときには、いましたトイレおばさんが。仕方ない、払いましたよ、1ユーロ。だって前の人が1ユーロ払ってたんだもん! ああ、もう…。よくやる手、(2)ホテルに戻る。これ、私はよくやります。特に街歩きをする場合。以前、アテネに行ったときも、昼間一回はホテルに戻ってたし、今回もパリ・アヴィニヨンともにやりました。問題点は、時間がかかること(笑)。ホテルに戻って、出直して、って、時間のロスが多い。「それも醍醐味さ」ぐらいに思えるなら問題ないが。もひとつ問題というか、これって一人で歩いてるときはできるけど、二人以上だとどうだかな~? やったことないからわからない。他に、無料トイレがある場所をいくつか覚えておいて、そこを足がかりにするという手もある。だからね、パリ高島屋のトイレは無料だって聞いてたから行ってみたけど、日曜は閉まってるのよ。借りたくても中に入れなかったのよ(5/27「日曜はダメよ編」参照)。といった問題点はあるけど、これも有効。なぜこんなトイレ話を延々してしまったのだろうか?でも基本ですよね、トイレ。そう思いません?(汗)そして日本に帰るたび、日本のトイレ設備はスバラシイと毎度思うのは私だけじゃないはず……。
2004.06.06
題目:21世紀は都市の時代(1)「グラナダ幻想」日時:2004年6月5日(土)14時~会場:サントリーホール 小ホールおはなし:木村尚三郎演奏:寺島夕紗子(ソプラノ)、尾尻雅弘(クラシカルギター)何を思ったか、サントリーホール主宰の「土曜サロン」なるものに行ってみた。前半1時間くらいが木村氏のおはなしで、後半は音楽サロンになる。今日はグラナダがテーマだったが、「グラナダへ行くとくらくらする」以外にほとんど語っていなかった気がする(笑)。まぁなぜ「くらくらする」かというと、いろんなものが雑多に交じり合って共存しているから。たとえば、キリスト教とイスラム教。たとえば、ユダヤ人やロマの人々。どこかとどこかのように血を流して争うこともなく、異文化同士が共存している、それがグラナダだという。そしてこれからは「都市」の時代で、すべて「都市」はそういうふうに一大交流センターとなっていかなければならない、と。こう書くとまじめなレクチャーのように聞こえるが、実際の「おはなし」は可笑しかった。話し上手な面白い先生で。スライドや写真がなくても十分楽しめた(でもグラナダの具体的なイメージはつかめなかったけど)。後半の音楽サロンは、まあまあ。曲目は、 グラナドス:スペイン舞曲第5番「アンダルーサ」 ガルシア・ロルカ編:ナナ(セビーリャの子守唄) ガルシア・ロルカ編:18世紀のセビジャーナス タラゴー編:プラジェーラ オブラドルス編:スペイン民謡エル・ヴィート モンポウ:歌と踊り第13番 ※ギター独奏 タレガ:アルハンブラ宮殿の想い出 ※ギター独奏 アルベニス:アストゥリアス ※ギター独奏 ファリャ:七つのスペイン民謡ギタリストがちょっと……。調子が悪かったような気が……。ときどき音を出し損ねていたようだった。ソプラノは、声量が結構あって結構なのだが、どの歌も割と攻撃的な歌い方で、ときどきダガーを突きつけられてるんじゃないかと思うことがあった(笑)。土曜サロン、あと1回行きます。次は(ウィーンを飛ばして)パリ。来月だ。
2004.06.05
今年の黄金週間に行ったフランス旅行のばらばらな想い出をばらばらに書き留めています。今回は「アナログカメラ編」。別にフランスじゃなくてもいい内容なのだが……。最近、海外を旅行するごとに思うのだが、デジタルカメラが異様に増えた。一昔前はデジカメを持っているのは日本人ばかりだった(本当ですって)。でも最近はもうだれでもかれでもデジカメを持っている。すごいぞ。でも私はアナログを持っていくのね。高~いアナログカメラをおばあちゃんにもらった(お下がり~)ってこともあるけど、それ以外にどーしても必要な面があるのである。それは「広角」の機能。デジカメってなぜか望遠は発達してるけど、広角って充実してないよね???でも海外で建築物の写真を撮ろうとしたとき、広角がないとものすごく不便なのだ。はっきり言えば、広角がないと画面に収まらないのだ。28ミリぐらいあるといい。写真を撮るのがうまい人なら、別に全部が画面に収まらなくても良い構図で撮れるから問題ないんだろうけど、こっちはシロウト、構図も何も「下手」である(きっぱり)。そうすると、広角君で全部収まってくれるのはありがたいわけだ。それゆえ、海外へ行くと広角ばっかり使ってしまうのだった(望遠ってあんまり使わないです)。とゆーわけで今回も重いアナログカメラを持っていって広角で撮りまくって……電池切れで泣いたのは5月8日の日記で書いた通りです(笑)。次回こそ!!(まだ行くんかい)
2004.06.03
配色というのは、個人のセンスや好みに関わるもので、カラーコーディネイターが「これがいい」と言ったからといって、それが絶対的にいいわけじゃない、という話から。色彩の調和について、中世ヨーロッパと中世日本の違い。ヨーロッパでは、「明るい色+暗い色+赤」の組み合わせが紋章で使われた。それらにおいて、たとえば「赤」がどのような「赤」であるか(青みの赤か、黄みの赤か等)といった色のニュアンスは省みられない。色は抽象化して扱われていた、ということ。対する日本(平安時代)では、「色目」という意識が非常に発達していた。同じ「白・青(緑)」でも、春なら「柳」、夏なら「卯の花」、秋なら「白菊」、冬なら「松雪」を見立てる。つまり、色のニュアンスを感じ取り、それを美の規範に取り入れているらしい。抽象化はせず、むしろ身の回りにある自然の風物や植物といった具象的な色合いをモデルとすることを好んだ。西洋の紋章で「明・暗・赤」の配色が取られたのは、次のような理由からだという説もある。人間の文明の発展段階とともに、認識する色数も増えていくという説がある。最初に認識する色は白と黒、つまり光と闇。次に認識する色が赤なのだそうだ。だからこの最初の3つを使った、という説。(ちなみにその次に認識するのが緑か黄色、次が黄色か緑、そのあとでやっと青、それから茶色、中間色へと続くらしい……らしい)でもまぁ紋章なんだから、戦場で見分けがつかなきゃどうしようもないわけで、その実用面から考えるに「明・暗」を組み合わせるのは当たり前だという話(文明以前?)。あとは、西洋、特に中世では縞模様が嫌われた。縞々の洋服を着るのは、道化、囚人、それから悪魔など。黄縞の服なんて社会的に最低ランクを指すわけだ。ちょっと変わったところで「運命の女神」も縞々ドレスを着る。それもたくさんの色の縞のドレス。彼女は千手観音のようにたくさんの腕を持ち(それぞれに異なる運命を与えるから)、目隠しをしている(めくら滅法に運命の車輪を回すから)。これは、「普通(日常)じゃない、計り知れない」ってことなのかなあ。縞以前に、西洋ではたくさんの色を同時に使うのは嫌がられたらしい。無地がもっとも高尚だった。ただ、そのあとで時代的に縞が流行ったこともある。最近とかにもあった。(そういやマイフェアレディの衣裳で有名な白黒縞のドレスがなかったか?)対する江戸文化(いきなり時代が下ったけど)では、縞模様は「いき」である。浮世絵なんかを見ても、縞のキモノはとてもとても多い。だから悪い意味はなかったってことで。ただ、悪い意味はないけれど、やっぱり縞の服は「カジュアル」だそうだ。言われてみればそうかも。カジュアルなのは、元々縞模様が木綿の地に出てしまう模様だったからじゃないか、という話。これにはうなずける。逆に、無地が最高というのも、もしかすると染色の技術と絡んで、ムラなくきれいに一色に染め上げるのが一番難しかったからなのかもしれない(憶測なので信じないように)。あとはジャポニズム、ネオ・ジャポニズムの話を、スライドを見つつ聞いた。まぁ面白かったけど……どうもちゃらんぽらんな先生だったな(自分でも言ってたが)。ひとくちに教授ってもいろいろいるものだし、それはいいんだけど。でも「答えが出るわけないんだから考えてもしょうがない」って言葉は口にすべきじゃないだろう。(文化史で「答えが出てる」つもりなところがまだまだ浅い)いい話もするけど、概して視野が狭いのが残念だった。それを思うと……うちの大学はいい先生を揃えてたんだなぁ(昔は)。セオリー通り、こういうことはあとから気付くものである。
2004.06.02
最近、読書中に見つけた楽しい誤植。「うずくまヴィーナス」どこの熊だ、どこの?(笑)(正しくは「うずくまるヴィーナス」だろうと思われる)
2004.06.01
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