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今日も上映会場の限られた映画を観て来ました。「雲南の少女 ルオマの初恋」 新聞の映画紹介で「満々と水をたたえ、山裾を織り上げる棚田がスクリーンいっぱいに広がる」というのを見て、これはぜひ見てみたいと思っておりました。里山とか棚田とかにノスタルジーをおぼえ、惹かれるのですね、わたしは。養家はかつて半農でありました。 ところで、町の市場(バザール)に取れたての農作物や家で織った織物などを売りに来る人たち(どう見てもプロの商売人とは見えない)に、私はストーカー的興味を抱くことがあります。この人たちはどんな村のどんな家に住んでいるのだろうと。自分が旅行者でなければ、ついて行ってしまいたい誘惑にかられます。それは国内であろうと外国(特に中国)であろうと関係ありません。特に売り子が魅惑的なオーラでも出しているともうたまりません。 はい、映画に戻ります。この映画では、私の好奇心の核心をいきなり冒頭部分で見せてくれます。つまり山深い貧しい家の中での食事の場面から始まり、売り物のトウモロコシ(と牛のための草)を入れた籠を背負った少女が家を出、棚田の広がる村を抜け、仲間と小型トラックに乗って町に出て来る様子をまず映し出します。 私の中のストーカーはこれで半ば満足なんですが、このルオマという少女がとびきり可愛い子なので、今度はこの子のすべてが知りたくなってきます。この映画の監督は私の分身ではないのかと疑うくらい、私の嗜好通りに映画は進んでいきます ストーリーに特段目新しいものはないし、感動で涙が止まらなくなるというような内容でもないし。ひたすら美しい田舎の風景(習俗)とリー・ミン扮するルオマちゃんの愛らしさを愉しむ映画かもしれません(親友のお姉さんの若き日の容姿が重なりました)。もちろんこの作品に、グローバル化の波に抗う伝統や、都会に憧れる村の若者の心情などをテーマと読み取っても何ら差し支えありませんけれど。
2007年09月23日
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過日「日本の青空」を観て来ました。日本の現行憲法の制定にまつわる真実をわかりやすくリアルに描いた作品ですが、如何せん、内容が内容だけに上映を拒否する会館も出ているようです。上映を政治活動と見なして、それを理由に許可を出さないのだそうです。 改憲勢力はあくまで今の憲法をアメリカGHQによる押し付け憲法と規定しないことには具合が悪いようで、この映画はその考えに異議申し立てしていますからやはり具合が悪いのでしょう。 半藤さんの『昭和史 戦後篇』第3章~第5章を読むと、確かにGHQは時の首相や内閣に対してかなり高圧的にGHQ草案を押し付けているように見えます。でも問題はそのGHQ草案(マッカーサー草案)がどのようにして作られたかということなんです。 半藤さんの上の本では134ページにちらっと紹介されている鈴木安蔵という憲法学者が、この映画の主人公です。彼も所属する、在野の政治評論家や学者たちによって組織された「憲法研究会」は、明治大正の民主主義(デモクラシー)の流れを汲みつつ、国民主権、象徴天皇制(天皇は国民の委任により専ら国家的儀礼を司る)、男女平等など新しい国づくりに必要な思想を盛り込んだ、民間初の憲法草案をGHQに提出しました。 GHQはその草案(以外にもたくさんの草案や意見が寄せられました)を参考にGHQ草案をまとめました。だからGHQ草案はアメリカの意向だけで出来上がったものではありません。 考えてみるに、治安維持法を振りかざしていた連中とその法律によって臭い飯を食わされていたリベラルな者たちとでは、同じ憲法草案であったとしても、正反対のもののように見えて当然です。憲法第9条をめぐっても、今も昔も同じような議論をしています。 ただ改憲論者がよく言うように、憲法はアメリカに押し付けられたものだから日本独自のものを作らねばならないという議論は、この映画を観れば事実と違うということがわかります。我々は憲法研究会の人々の情熱や理想を簡単に踏みにじってはならないと思います。 余談ですが、私が観た自主上映の会場は普段は歌声喫茶(まだ存在していたのですね!)。その店を仕切っているママさん兼専属歌手は元わらび座の座員で、私が教師をしていた時営業に来られてその後たびたびお世話になった方でした。こんな所で会うなんて奇遇!
2007年09月22日
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今日は孫の保育園で行なわれた敬老の日の集いに参加して来ました。と言ってもわずか1時間の授業?参観。 親御さんも見たことのない保育の実際。去年から始まった企画だそうで、私は去年何かの都合で行けませんでしたので、今回が初体験。元妻は現在、体調悪く(鬱)、婿殿の両親も都合付かなかったようで。私が両家の代表(恐らく今日の出席者の中で一番若いと思われ) 教室の三方の壁際に並んだ小さな椅子に子ども達の祖父母が窮屈そうに座り、孫らと先生のやりとりをにこやかに見守っています。今日の子ども達の課題は、いろんな形に切り抜いた紙の花にクレパスを使って色を塗り、それらを糊で貼って花束を作ること。 先生の指示をよく聞いて手際よく作業を進める子もいれば、注意力散漫で自分のやりたいようにやるというマイペースな子もいます。恥ずかしながら、私の孫は後者でした(笑) 私の位置が彼から遠かったためか、近くにいた御婦人ふたりにばかり話し掛けています。作業している時間よりも喋りかけてる時間の方が多い。話し掛けられている方たちも遂には迷惑そう。 こんな状態のまま小学校に上ったら、いきなり問題児扱いされるかもしれません。けれど何を隠そう、私も小学校のある時期まではこれとよく似たものでした。学期毎に渡される通知表には常に「注意力散漫。じっとしていない」と書かれていました。授業中よそ見をしたりノートに落書きばかりしていたような気がします。 そんなひどい態度の少年でも高校の教師ぐらいには成れたのですから、角を矯めて牛を殺すことのないよう長~い目で見守って行ってあげましょう。 お絵描きの後は、皆で元気な声で数曲歌ってくれました。その歌の間に3人の先生がきれいに仕上げた花束を、最後にお爺ちゃんお婆ちゃんに手渡してお開き。孫はちゃんと私の所に持って来てくれるだろうかとちょっと不安が過ぎりましたが、一目散に走って来て嬉しそうに花束を手渡してくれました。めでたしめでたし。
2007年09月14日
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