全7件 (7件中 1-7件目)
1
道産子の奥さん愛読のネット版北海道新聞に以下のような記事が。「愛を叫ぶ大声コンテスト」優勝者、旧国鉄幸福駅で愛を叫ぶ(06/23 00:54) 【帯広】映画「世界の中心で、愛をさけぶ」のロケ地・香川県高松市で昨年行われた「愛を叫ぶ大声コンテスト」で優勝した同市の自営業大東英○さん(36)が二十二日、帯広市の旧国鉄幸福駅で妻への愛を絶叫した。 高松市は、幸福駅や旧愛国駅がある帯広市と「愛つながり」で今年から交流を開始。大東さんは高松市の旅行会社が企画した「純愛の聖地交流ツアー」に参加した。 婚礼衣装姿の大東さんは、ツアー参加者約百二十人が見守る中、妻佳○さん(38)に「二人で幸福になります」と叫んだ。 何故この記事に私が反応したかというと。実は私の娘は、地元で年一回行なわれる市民健康祭りの呼び物、「大声コンテスト」で2年連続優勝したことがあるからです。近所で変質者に遭った時も大声で「へんた~い」と叫んで追い散らしたことがあります。「愛を叫ぶ大声コンテスト」なんてのがあるのなら、一度出てみることを勧めてやろうかな(笑)
2007年06月22日
コメント(20)

変なタイトルで申し訳ありません。トイレを殺菌・漂白するのではなく、トイレで漂泊の旅の気分を味わうということです。 以前にも書きましたように、私には書斎で読む本のほかに、ベッド用、トイレ用、携帯用など場所やニーズに合わせて何種類かの本を常時用意してあるのですが、今トイレにあるのが『定本 種田山頭火句集』(彌生書房 1994年 2940円)。 山頭火(明治15~昭和15)は尾崎放哉とともに、生き方にも作品にも興味をそそられる俳人の一人です(私の友人に言わせると家族や周りの者にとって迷惑至極の勝手者)。今まで写真句集や啓蒙書の類いは何冊か読んでいたのですが、まとまったものを読みたくて買ったのがこの本。 頭にイメージを描きながら一句ずつ読んでいくと、居ながらにして放浪の旅人になった気分が味わえます。○伊豆はあたたかく野宿によろしい波音も○月からひらり柿の葉○この水あの水の天龍となる水音いくらでも並べることが出来ます。イメージも鮮明で、あくせくしていないところに癒しの気が漂います。ただ山頭火の句も若い頃のもの(大正初期の『層雲集』)は、一句の中にイメージをたくさん押し込め、息詰まるような勢いをもつのが特徴です。○絵本見てある子も睡げ木蓮ほろゝ散る○庭石濡らして微雨過ぎし青葉止まず○汽車とゞろけば鴉散る銀杏真裸なり
2007年06月17日
コメント(14)
大植英次。現在大阪フィルハーモニー交響楽団の音楽監督。関西では最近絶大な支持を得て人気急上昇中の指揮者です。 このブログではクラシック音楽ネタは出来るだけ控えているのですが、わけあって書かせてもらいます。 「のだめカンタービレ」をご覧になってる方には、何を今さらというような話なんですが、クラシックには疎いと仰る方にはヘエ~物かなあと。 実はきのう大阪フィルの定期演奏会に行って来たのですが、思わぬアクシデントが!この大植さんに急遽ドクターストップがかかり(後で知ったところによると、めまいだったそうです)、1曲目のフォーレのレクイエムは合唱指揮の三浦宣明氏がオーケストラも振るということで乗り切り。 休憩をはさんで2曲目、メインのブラームスの交響曲第4番は、やむを得ず指揮者無し、コンサートマスター(トップヴァイオリン奏者)の長原幸太君弱冠26歳がオケをリードするという前代未聞(というほどではないにしろ)の椿事と相なったのでした。終演後の拍手は会場割れんばかりで、多くの聴衆が私と同じ熱い感動に包まれたのではなかったでしょうか。 深夜いろんな方のブログやそのコメントを読んでいると、大きな誤解に基づいた可笑しなものもあって笑ってしまいました。いわく「指揮者って別に居ても居なくても一緒なんですね」◎指揮者の仕事の要は練習にあるのであって、練習が終わっていれば、後はプロ集団ですから、指揮者の指示通りに演奏することぐらい出来ますって。いわく「コンマスが指揮できるとは思いもよりませんでした」◎現代音楽やめったに演奏されない曲ならともかく、こんな有名曲なんですからコンサートマスターなら楽譜なしでも殆ど覚えていますて。万一本番中に指揮者が倒れた場合、代りに振るのもコンマスの仕事ですし。中には大植さんを見に来たのにと言って怒って帰った人や、最後まで聴いた癖に払戻金を請求した人など様々。私なんかはこんな感動的な経験をしたのだから、払い戻しどころか、もうちょっと上乗せしたい気持ちでいっぱいでした。 今夜も同じプログラムで定期演奏会は行なわれました。大事を取って大植氏は今日も指揮台には立たないそうですが、一日も早く体調が快復されますよう祈っております。
2007年06月15日
コメント(10)
今日は老母の病院・買物 送迎の日。そのあと奥さんと近所の美術センターへ。今「紙わざの世界」展、開催中。今のうちにぜひトップページだけでもご覧あれ。シマウマもワニ革の靴も、紙だけで出来ています。このワニ革靴には笑ってしまいました。(我が家の片意地婆さんに履かせてみたい ククク)はじめ複雑な折り紙でも展示されてるのかと思いきや木片、塗料ぬった割木、鋳鉄製のストーブや空気清浄機(これはミニチュア)などどう見ても紙が素材とは思えぬ作品群に圧倒されました。16年も前からあった「紙わざ大賞」(静岡県島田紙わざ探検隊主催)恥ずかしながら今日まで知りませんでした。
2007年06月13日
コメント(8)

今日は久し振りに一人で奈良へ行って来ました。相変わらず修学旅行の生徒さんで賑わっており。若い鹿さんの頭にはご覧のように若いなりの角が。古書店2軒まわって安~い買物。珈琲館で昼食。創作ノートを出してちょこちょこっと書き物。このまま帰るのももったいないので、西大寺まで歩いてみました。平城宮址、いつもは近鉄奈良線の北側を歩くのですが、今日は初めて南側を散策。と、ヤコブの梯子が! 天使の梯子とも言いますね。向こうに見える建造物は復元された朱雀門。なかなかいい構図だったのですが、カメラマンが落ち着きのない男だったもので。
2007年06月12日
コメント(16)
![]()
今日はちょっときわどい発言が飛び出すかもしれませんが、専門家や関係者の方で、それは違う!とクレームを付けたいことがあったとしても、作家の直感または妄想として大目に見て下さい。(誰が作家やねん!) さて、「バッシング」。数年前に世間を騒がせた、あの武装ゲリラの人質事件の被害者にヒントを得て作られたフィクション映画。カンヌ映画祭でも評価が高かったと聞きます。 以前ブログ仲間の某氏がご自分の日記で、「主人公に感情移入できる観客もそうはいまい」「で、見ているものは誰にも共感出来ず、全く宙ぶらりんの気持ちの悪い状態のまま、劇場を去ることになる」と酷評されていました。 確かにこの映画に感動する部分を見つけようとしたり、主人公の女性を理解しようと思っても、冷たくはね返されてしまうのがオチです。監督の意図が世間の無理解を描こうとしたのかどうか解りませんが、私は終始この作品を別の角度から観ておりました。 この極端に自己中心的で身勝手な人物。コンビニでおでん3個を買うのに、容器三つにだしいっぱい入れてくれと頼む非常識なこだわりよう。今までずっと友達も居ず、親子の交流さえぎこちない女の子。自分のせいで父親が職を失い自殺までしたというのに、悲しそうな顔も見せず、もう一度中東に行くための資金を(保険金の半分は私のものだからと)母親にねだる非情さ。 それでいて、中東に行けば自分を必要としてくれる多くの人たちがいると確信している。実際にそうかも知れないし彼女の思い込みかも知れない。損得勘定だけで言えば、そんな危険地帯でのボランティアなど割に合わないに決まっている。自分の居心地の良さを求めているだけだとしたら単なるエゴイストに過ぎないが、普通の人間はそこまではしない。じゃあ純粋なボランティアなのか。だとしたら、それは勇気ある気高い行動に違いない。 普通の人間には(この言い方が適切でないことは承知の上)この主人公を理解することは至難の業です。まるで嫌われるために存在しているかのような主人公ですが、私にはこの人物こそ高機能自閉症(もしくはアスペルガー症候群)の典型?ではないかと思うのです。(監督が意識していたかどうかに拘らず) そう、知的障害を伴っていなければ見た目にはわかりにくいのが特徴なのです。私はここ数ヶ月この関係の本を読み漁っているので、彼女もこの障害の持ち主なのではないかとピンときて、そのつもりで観ていたら最後まで矛盾なく当てはまってしまったのです。 じゃあこういう子が身近にいたらどうすればいいのかと言われると、まったくのお手上げ状態なのですよ。この映画では、父親が上司から「甘やかし過ぎなんだよ」と言われる場面がありますが、そうでないことは専門家なら常識です。親の躾けのせいでもなければ環境の悪さにも関係ありません。遺伝が関わっているとしても誰のせいでもありません。 今の私に出来ることは、こういう障害を持った人が現実にいるのだということと、その家族や周囲の人は精神的にも肉体的にも参っているのだということを一人でも多くの人に知ってもらうことだけです。最近よく見聞きする言葉で今回の日記を締めくくっておきます。 困った子は困っている子
2007年06月04日
コメント(6)
![]()
これも自閉症の青年が主人公の映画です。日本では2年前の夏に劇場公開されていますが、その頃はまだ自閉症や発達障害にほとんど関心もなく、しかも韓国映画ということでスルーしておりました。 自閉症児には共通する点も多いですが、当然ながら個性もあって、人によって好みや苦手なものはまちまちです。自閉症の事をまったく知らない人がこの映画を観たら、意味の解りにくいところや見過ごしてしまうところが何ヶ所もありそうです。でも逆に、自閉症の特徴がいかにも自然に描かれているので、この障害を知るには有意義な作品です。 この話、ストーリーの展開や人物の絡ませ具合が、草なぎ君の出ていた「僕の歩く道」に何となく似ています。「マラソン」の方は実話をもとにしているので、ひょっとしたら「僕ある」の作者が参考にしたのかもしれませんね。ただ「マラソン」の方が、母親の葛藤の描き方は、より深みがあって真に迫っていたと思います。 こういう子たちを見ていて気持ちが和むのは、効率主義の社会とは無縁の世界で生きているからかもしれません。自己責任だの勝ち組だの格差肯定だのと、今の政府は弱者の味方になることをやめ、憲法にある福祉条項さえ守らず、社会的弱者がとても生きにくい状況を次から次へと生み出しています。 今の社会を支えているのが日夜過酷な労働に耐えながら働いている勤労者であることは重々承知してはおりますが、多くの大切なものを犠牲にしながらの極めて非人間的な生き方を自分に無理強いしてはいないでしょうか。一見宇宙人とも思えるような、常人の理解を超えた彼らの言動ですが、一歩近づいて偏見のフィルターを外してみたら、案外、日頃忘れている「人間として最も大切なもの」を教えてくれるのかもしれません。 この映画の元になった「走れ、ヒョンジン!」、舞台を日本に変えて、今秋TBSがドラマ化します。あの二宮和也くんが主演というので見逃せません。
2007年06月01日
コメント(4)
全7件 (7件中 1-7件目)
1
![]()

