全5件 (5件中 1-5件目)
1
未来への不安が、いま この瞬間を悩ましている。 将来どうなるとか 来年どうなるとか 今年どうなるとか、 未来のことを考えることが、いま ここ の恐怖を生み出しているのだ。 仕事がない、先行きがわからない、もうどうしようもない という未来への不安が いまを 悩ましていることに気づく。 そして、我々は 当然に未来に生きることは、これからも永劫できはしないのだ。 生きているのはいまであり、いまだけが実在で 明日のラーメンをいま食べることは出来ない。 しかし、何故か 将来のことを考えるように 刷り込みされている。 僕は、自我が過去と未来という幻の時間を創りあげているからだと思うが、其の自我が いまここに居られないので、なにか考えていたくて 意識を過去や未来に向ける。 もちろん、自我がなければこの二元的世界を経験できないのですが、その副作用のようなものだろう。 そういう時は、意識をいまこの瞬間にもってくるか、 悩んでいる自分自身を 赦すことだろう。(愛は すべてを解決する) 赦せなければ、そういう自分も許す。 でなければ、不安を浄化する。 存在しない未来によって、いまが不幸になり、其の反映としての世界にいま 生きているのだ。 だから、そういうことを考えないで、意識をいまに持ってくることが、 いま あるがままに 生きることになる。 バカボンのパパや、釣りバカ日誌のはまちゃん、寅さん的生き方が、共感をえるのは本来そういう 今を生きるという生き方をしたいけれども できない 理由を並べているだけなのでしょう。 努力しようとか、がんばってそうなろうというのでは決してなく、 楽な道があるなら、楽な道を選べばいいわけで、 なのに、つらく苦しい 困難な道を選んでいる。 得ようとしなければ 楽。 なろうとしなければ 楽。 すでに いま 幸せであったことに 気づく。 ↓ そういうことを考えないで 生きる、ただ在る。(いわば 動物のように 幼児のように)
2009.12.30
コメント(0)
子供のころは、たいてい 今にいた。 いまは、山中、いまは 浜、今は鉄橋 渡るぞと ♪ 自我の成長とともに、時間の概念が生じ(小学校で時計の読み方をおそわる) 過去と未来が あると 感じられるようになる。 いまだけだったものが、過去 現在 未来 と分節して思考できるようになった。 ないものを あると、自我は考えることができる。 そして、自我の思考が未来にいくと 不安になることがある。 このままで いいのだろうか? 将来にたいして お金が無い。 先が見えている。 いやな お客さんに会いたくない。等々 いくらでも でてくるのですが、例えば、嫌なお客さんに会いたくないと思っていろいろ考えても、そんなことは 実際 会ってしまえば どこかにいってしまうわけで考えること自体しないほうがいい。 ただ 何も考えず 会うことが 最善だろう。 将来に対する不安を 感じていれば、それを 引き寄せる=映し出す。 ですから、不安に焦点をあてない。 今にいるとは、いまに 集中し、今を感じること。 五感の感覚、臭い、景色・風景、音を味わうこと もしくは、 五感を忘れて 好きなことに 集中していること。 あなたに プレゼントを持ってきているサンタが、周りにいるのに それに 気づかないだけ、 それは とても もったいないことだと 思いませんか?あなたの歩いている道の先に 幸せはなく あなたが、立ち止まるとき、幸せであったことに気づく。 あなたは いままでも これからも 幸せの中にいるのだ。 幸せに 気づかないで 幸せを探して 求め続ける。 道端のすみにある幸せは、歩いていては 踏んでしまう。 立ち止まり、いま ここにいる。 何かになったり、何かを得られて幸せになることは、できるだろうが それは ほんの一瞬のことで また、別の何かを 求めるだろう。 何かにならなくても 何かを得られなくても いま すでに 誰もが 至福のなかにいる。
2009.12.20
コメント(0)
わたしは 欲しいものを もてないんですか? もてない あなたは前にも、この対話のはじめのほうでそういわれた。だが、わたしには理解できないんです。 あなたは、わたしが望むものをなんても もつことができると、言われたではありませんか。 「あなたが考えるとおり、信じるとおりのことが、あなたの身に起こります」ということではなかったのですか。 その二つは 矛盾しない 矛盾しませんか。わたしには、矛盾するように思えますが。 それは あなたが理解していないからだ そう それは認めます。だからこそ、こうしてあなたとお話しているんですから では、説明しよう。あなたは欲しがるものを何ももてない。第一章でも言ったように欲しがるという行為自体が、それを押しやるのだ そう、前にも聞いたかもしれませんが、でも、わからなくなりましたーまた、こんがらがってしまった 「もっと金が欲しい」と考えるか? ええ だから、世間的な成功ができず、もっと多くのお金をもてないのだ どうしてだめなんですか・ あなたの言葉は命令だ、と言っただろう。あなたの言葉は、「わたしは 成功したい」というものだ。だから、宇宙は「よろしい。あなたは成功したい」という まだよくわかりませんが。 「わたし」+「成功したい」で、成功したがっているあなたが生まれる。「わたし」+「もっと金が欲しい」で、金を欲しがっているあなたが生まれる。 あなたの 考え、言葉、行動がそろって、あなたは確実に、その「欲しい」という状態を経験する。わかったかな 神様 ありがとうございます 現実を変えるには、いままでのような考えかたをやめればいい。 「成功したい」と考えるかわりに「わたしは 成功している」と考えることだ でも、それでは自分を偽ることになります。プラス思考というニューエイジの考え方と同じですね プラス思考といっても、真実であってほしいと願うのでは うまくいかない。 うまくいくのは、真実であるとすでに 知っていることを宣言する場合だけだ。 プラス思考の最高の考え方は、感謝の言葉だ。「人生でせいこうさせてくれて ありがとう、神様」そういう考え、 思いを口にし、それに従って行動すれば、すばらしい結果を生む。 結果が欲しいからそういうのではなく、結果がすでに生じているとほんとうに わかっていて口にするのであれば うまくいく。 だから、人生で何かを経験したければ、それを 「欲しい」と思ってはいけない。それを選びなさい。 以上、多少けずりながら 引用。
2009.12.18
コメント(0)
この著者も コースインミラクルの関係の方ですね。 プラス思考とは、 物事がうまくいっていないのに うまくいっているかのように 信じ込もうとするのではありません。 「これではない」という感覚は、強い願いの形です。 もし、あなたのつくりあげた人生が、あなたにとってうまくいかないのなら、それに正直になるべきです。 イエスはこう さとしました。「あなたの祈りに対する結果を見る前から、その答えに感謝しなさい」 私たちは、望むものをすでに持っていると思いそれを 祝わなくてはなりません。 表面上どんなことが 起きていようともです。 ジェームズ・アレンは次のようにいいます。私たちは ひそかに思考しますが その思考は外にもれてしまいます。 環境は 私たちの鏡なのです。 外界は原因ではなく 結果なのです。 あるものや 状況があなたの視界にあるならば、それはあなたが自分で引き付けたのです。 自分の夢がすでに 実現したかのように考え、感じ 話す練習をしてください。 そうすれば その夢はあなたの戸口へいそいでやってくるでしょう。 いま この瞬間に未来の状況に集中することにより その具現化を早めることができるのです。 以上引用 欲しいものが すでに あるということを 思うことは、無理だと思うけれども その 欲しいものというのを 次元をあげて 広げてみれば可能です。 1000万円あれば お金持ちという 思いをいまある 10万円で お金持ちであるという 思いまで 広げてみることで すでに お金持ちであるということに 偽りはないうえに、 その考えを受け入れることで、実際に すでに いまこの瞬間 お金持ちになっているのです。 歌手でも 作家でも 画家でも 社長でも すでにそうなっているか なりつつあるということは、真実であるから 思いに 裏表がない。 すでに そうなっていると言う思いは、反映される。 10万円で満足しようといっているのではなく、1000万円が欲しいのなら10万円で満足できなければ、1000万円あっても 満足することはできない。 いまの状態に満足できれば、その反映としていまこの世界はあなたにとって 満足した状態。 心=世界 なんです。 デフレスパイラルではなく、思いのスパイラルが上昇し どんどん 思いが表れていくことを観察できる。 多分、長年していない寄付をしてみると、なんらかの 出来事が生じるはずである。 それに 気づくか 気づかないかの 違いです。 出したものは 必ず 返る。 これは りんごを落として 地表に落ちるように、現実の出来事です。 りんごを落とすときに どんなことを思っても りんごは 地表に落ちるように、寄付をするのに どんな気持ちをもっていようが、出したものは返る。 それを 寄付は返りを求めないと思ってとか、思わないとならないとか言う人もいるわけで、まあ そういう人は 思い込みしたいので 何かが返ってきても気づかないのだろうね。 たいして 難しいことで 世界が存在しているわけではない。 あなたが 見ていると思っている、外界の世界があなたの心のなかということに気づくだけ。これは 比喩でもなんでもない、事実。 あなたが 体験しているのは 心の世界。 無限の宇宙のなかの ちっぽけな存在では決してない。無限のときの中に 瞬間に存在するものでもない。 あなたが 宇宙、あなたの見ていると思っていた 外界の世界が、あなたが 知りたがっていた 心の場所なのです。 今日宝くじが 外れたけれども 宝くじが 当たりたい と思うと 当たっていない いまを 創造している。 確かに 想いが実現しているのに 思いが実現しないと感じている。 想いが実現するとは、想い=現実 そのものということ。だから 願いは すでにあると思うことができるかどうかで、実現するかどうかがわかる。 幸せになりたい人は、幸せになっていないいまを 創造している。お金持ちになりたい人は、お金持ちでないいまを この瞬間に創造している。 だから、すでに 幸せになり お金持ちになることのみが、お金持ちになる方法であり、幸せになる方法ということが 古代から言われている。 しかし、いま 幸せに 思えない、お金持ちと 思えないなら、 その 想いを変えればいい。 実に、簡単。 想いが 現実なんですから、実現したい想いを 想えばいい。 幸せになりたい人は、すでに 幸せになればいい。 これも そう思うようにしようというのではなく すでに 幸せであったことに気づく。 それが 気づき なんですよ。
2009.12.17
コメント(0)
お金が無いという現実があるわけではない。 お金が無いという想いがあるに過ぎない。 「そんなこといったって、無いものはない」と思うでしょう。 しかし、例えば、いま頭をぶつけたり、虫に刺されたり歯が痛み出せば、 お金がないという 思いがなくなるので、 お金が無いという現実は消える。 「でも、また 現実に戻れば、やっぱりないという事実にかわりはないわ」というだろう。 問題は、その無いという 想いにあるのだ。 10万円は 100万円より 少ないが 1万円より多い。 上と比べれば、必ず少ないのだ。 しかし、下と比べれば 必ず多い。 あなたは、単に上と比べているから 無いと思っているだけ。 コップの水が半分ある。 半分もあると思うか、半分しかないと思うかと聞かれて、 悩むわけですが、 そもそも、「コップの水は半分ありますか?」と聞かれる前にコップのことなど、見てもいなかったし、気がついてもいないわけで、その 問いによって、初めて悩むという現象が生じているということに気がつかないで、 多いと思うかな、少ないと思うかなと 悩む。 同様に、 「お金はあるかな ないかな、やっぱりないな」ということもその問いに意識を向けるから、生じる悩みであって、コップに意識を向けなければ、そもそもその悩みがないように、お金がないということに意識を向ける必要も無い。 そして、「お金が無い」と意識をむけることによって、その意識の反映として 「お金がない」という現実がより強固に 自らの意思で創られる。 つまり、お金がでていくという現実を自分自身で創る。 急に、集金が来たり、冠婚葬祭の出費、等々、予定していない出費がかさむことになる。 どんどん 無くなる。 もてるものはさらにもち、持っていないものは持っているものまで取り上げられるだろう(キリストの言葉) その「お金が無いという」意識が 持っているものまで 取り上げる。 世界は 意識の鏡だから しかたがないですね。 どうして 私はお金がないと思うのだろうか? どうして 私はお金がないと思うのだろうか? 誰かと比べているからなのか、 欲しいものが買えないからなのか? そして、そのことを どんどん 追求してみる。
2009.12.17
コメント(0)
全5件 (5件中 1-5件目)
1