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最近,歌詞作成の日々を送っている.姉妹blogでも書いたがここ数か月は読書読書の日々歌詞のためかって?いや,脳へのご褒美みたいなもんだ.おかげで,会社の昼休み今までは昼寝が日課だったのだが今は時間めいいっぱい読書.週1冊のペースで小説を読んでいる(笑)ま,そんなことはどうでもよくて今回は歌詞作成の話でもしようかと思う.とは言っても私の場合はなんちゃって作詞だ世のシンガーソングライターだとか作詞家さんのように巧みな表現は何一つ出来ない.これからシンガーソングライターを目指しているとか曲に歌詞をつけてみたいとか思っている人が手始めにできることをまとめてみようと思う.★イントロダクション~場所について~初めて歌詞書きする時に場所を考える人は少ないかもしれない.だが,場所が物書きに与える要素は思いのほか大きかったりする.尚,世のライターたちも人それぞれさまざまな場所で物書きをしている.私の知る限りではファミレスや公園等でやる人が圧倒的に多い気がする.慣れてくるとどこでも出来るのかもしれないがあるていどのテリトリーというか作詞のスイッチが入る空間みたいなものが重要なことがあるのでまとめてみようと思う.a.集中作用物事をするうえで"集中"は重要である.先ほど"作詞のスイッチ"と表現したものがそれにあたると考えてほしい.だが,人によって"集中"のし方や考え方は様々..."よーし○○○やるぞー"と気合を入れればどこでも集中できる人もいればとにかく静かな場所じゃないと集中できない人逆に,静かすぎると落ち着かない人etc...とさまざまだ.ただし,歌詞作成など物書きは集中しすぎもよくないことがある.集中しすぎて世界観に入り込みすぎることで煮詰まってしまう場合があるわけだ.人によっては集中しすぎないために少し騒がしいところを選ぶという人もいるほどである.程良い集中がよいといえよう.b.リフレッシュ作用私の知人にはカラオケで歌詞を書くという変人もいた.理由を聞いたら『飽きたら歌う』だそうだ.これはリフレッシュといえるのではないかと思う.物書きにはこれも重要だ.カフェで書く人もちょっと煮詰まったらコーヒーだとかデザートだとかを注文しブレイクを入れ頭をリセットする.そして,落ち着いたら再開といった"リフレッシュ"を考えた場所選びをしている場合がある.野外(公園など)で書く場合は風景や人々の様子が気持ちを落ち着かせるという場合もある.物書き⇔リフレッシュを明確に切り替えてはいないがこれも,リフレッシュの一環と考えてもいいだろう.c.情報収集図書館など資料が集まった場所で書くという人もいる.物静かな場所が落ち着くという人向けだともいえるがそれ以外に資料集めという重要な要素もある.図書館など沢山の本や資料が集まっている場所では言葉の表現に困った時やシナリオに困った時,etc...それらの情報を集めることができる.漫画がいいなら漫画喫茶という手もあるだろう.程良く静かで飲食も軽くできる.そして,漫画がたくさんだ.PCを使って音楽を聴きながらという書き方も出来る.街に出て人の行きかう様子を見て想像力を膨らませるという場合もあると思う.カフェの窓際が人の行きかう交差点を一望できるなんて場所なら沢山の物語が生まれる人もいるのではないだろうか.これも,情報収集と考えてよいだろう.d.リラックス効果人はリラックスしている時こそいつも以上の能力を発揮する.どこかで聞いたことのあるような言葉だが,これは最も重要なのではないかと思う.受験の経験がある人なら試験日,張り詰めた空気や緊迫感,その場の雰囲気にのまれいつも以上の能力を発揮できないといったことがあると思う."場の雰囲気にのまれる"なんて表現されることもあるがこれは一種の緊張状態すなわちリラックスできていないといえる.このようなことからも,物書きや何かを生み出そうとする時は特にリラックスしていることが重要だといえる.緊張状態では発揮できるものが発揮できず生まれるものも生まれない.緊張感は場所や空間も大きく作用すると思う.大通りの真ん中でいつ車にひかれるかもわからない場所で作詞なんてもちろんできないだろう(て言うかやっちゃだめ)ちなみに私はふとした時にメロディーが浮かぶのだがその最も多い場所がお風呂場だったりする.大浴場ではなく自宅のお風呂である.気持ちよくお風呂に浸かっている間は心身共にリラックス状態にあるのだろう."風呂は命の洗濯"なんてどっかで聞いたセリフだが私にとってもそんな感じだ.z.まとめ場所が与える効果をまとめてみるa.集中作用b.リフレッシュ作用c.情報収集d.リラックス効果こんなところだ.このように場所が与える情報や付加価値により創作活動の活性化が望めるただし,間違えないでほしい."どこで作るか"が重要なのではなく"自分にとってどういう条件が相応しいか"が重要なのである.人によって考え方が様々であるためどこが自分に合うかわからないうちは色々なところで試してみるのがいいだろう.ちなみに,私は実家や移動中に書くことが多い.自宅だと家事もあるし,予定が多くて集中できない音楽が流れていると耳を傾けてしまうのでカフェもだめでも,図書館は緊迫しすぎる…結論,何も気にしない日常の中での物書きが一番落ち着くだった.学生時代は断然教室で書いてた.あ,授業中じゃないよ…多分(苦笑)イントロダクションは楽しんでいただけたであろうか?今更,まとめるまでもない内容だったかもしれない.今回は"場所"をクローズアップして気持ちを"創作"に持っていくためのコツみたいなものをまとめた.各項目は場所だけにこだわる必要はない.書くときはこの鉛筆が一番落ち着くだとか学生服に身を包むと集中出来るとかなんでもいい.物事,まずは形からだ.何をしたらいいかわからない人はノートやタブレット片手に街に繰り出してみよう.机上では見えない何かが見えインスピレーションがわくかもしれない.
January 31, 2013
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「いくつから音楽やってるんですか?」初めて会う人でも必ず聴かれる質問の一つ『幼少期からなんですよー』って答えるとだいたい「ご両親も音楽やってたんですね」と言われる.そう,小さい頃から楽器に触れている人は親の影響がほとんどである.ただ,家は親が音楽家でもアマチュアミュージシャンでもなんでもないフツーな家だった.私が音楽を始めることになったきっかけは兄が音楽をやっていたから"らしい".兄が演奏している楽器にあこがれたのか弾いてみたかったのか親が「やりたいか?」って聞いたことに『うん!』といったらしい.もちろん,覚えてなんかいない(だから"らしい"なのだが)結局,それが4歳くらいの頃でそれから音楽教室通いの生活が始まったわけだ.こう話すと,さぞかし真面目な生徒だったのだろうなんて思われたりするけど残念ながら不真面目街道まっしぐらだった.レッスンに通ってる間の目的は音楽じゃなかった.今でも明確に覚えているのが帰りに寄るであろう百貨店のレストランで食べるお子様ランチ(のオマケ←多分こっちがメイン)日によっては別のデパートのフードコートもあったがここでも食べるのはラーメンお子様セット(もちろんオマケ付き)そして,音楽教室で数回に1回出る宿題の工作である.音楽のかけらもなかった.食べ物につられてっていうのはよく聞くが私は何故か工作だとか玩具にそれはそれはよく釣られた.小さい頃から折り紙や工作が大好きで教育TVでも"わくわくさん"がお気に入り(ノッポさん世代じゃないの・・・)小学校に上がってからも市立図書館で借りてくるものは何故か工作とか折り紙の本が多かった.(掲載さ入れているものと全く同じものは作ったことがないと思う. どこかしかでオリジナルが入って破綻する… 昔から型にはまらず大失敗は変わらないらしい;)小学4年くらいまでは誕生日でもクリスマスでもプレゼントといえば玩具・・・まー成長しない変態だったことは認めざる得ないけど.これが結果的に今でも機材オタクと言われてしまう由縁であると思う.自分では決してオタク化しているとは思っていないから不思議なものだ・・・実家のシンセラックや音源ラックを見ても"大したことねーな"って思う自分がどこかにいる.ま,実際大したものは入ってないけど…これ以上,増やしたら床が抜けるぞ(苦笑)自分に言い聞かせても今までのものがなかなか手放せないしこの期に及んでNordStage2 , Rhodes Mark7等のモンスター級(重量,値段ともに;)の機材を欲しがるバカである.まー高校の頃,「いつかGX1とMoog 3cを所有したい」って本気で思っていたアホだ.当時のノートに記載されていたスタジオ構想図には名だたるビンテージアナログシンセがリスト化されていた.(Prophet-5,Minimoog,Odyssey,MS-20,Matrix-12,CS80,etc...)横に当時の中古相場で計算された結果だろうか8桁の数字が連なっていた.(メインコンソールや防音吸音設備足すと庭付き一戸建てがたつっつーの!)まだ,ソフトシンセが出たてでピンと来なくて「俺はハード派だ」って言い張っていたからわからないでもない・・・いや,実際今でもどっちかっつーとハード派だけどね(苦笑)こんな感じで昔っからハードウェアが大好きだったことだけは言える.今でも映像ソースですらDL版が嫌でDVDやBDを買うありさま.どうせ,一回見るとお蔵入りするのわかっているくせに・・・iPod touchやiPadを持つ今でも課金ソフトはほとんど買わずに無料どまり(GarageBandとか一部の音楽アプリだけかな?)PCのソフトも必ずDL版+メディアで購入している(ないものは諦めるてるけど)ま,ハード好きは幼少期から変わらないわけで音楽も楽器や機材という"媒体"があったから続いたのだろうと思う.やっぱり物理的な動作はイイ!アナログモデリングシンセだってLCDパネル内で階層を探るよりレンジやツマミでダイレクトにコントロールするやっぱりこれに尽きる.あ,ちなみに2代目に所有したMyシンセがCS1xだけど本人的には"AN1"を買ったつもりだった(液晶映らなくてジャンク\2,000につられたってのもあるけど)"やっぱアナログライクだよ"ってこの頃から始まったのだなぁーとあれ?高校2年の夏頃だっけ?同時期頃目をつけていたのがmicroKORG(初代ね)ヴォコーダがついてアナログライクなデザインで価格もダントツに安かったから何故かずっーとパンフレット持ち歩いてたなぁー結局,MS2000系エンジンとわかったとたん購買意欲なくなっちゃったけどねPCもそのうち画面タッチから目視認証のような非接触タイプロックマンEXEやサマーウォーズ(OZ)みたいな電子petを経て後にはフルダイブ(ソードアート的な?)・・・になるのかなぁ~(フルダイブでアナログシンセさわれるなら Moog3cとかBuchlaでパッチングしてみてぇー GX1も復活させるしかないよなー あーー;でも,外装設計図が残ってなさそう・・・)まーそんな時代生きてるうちに来るとは思えない.現状では,どんなにソフトシンセに意向してもハードシンセを持ち続けようと思う成長しないアホでしたマル!P.S.物作りの現場から一言。。。皆,製品買って!!(笑)
January 26, 2013
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ふと音楽制作スペースをみるとT'sLABは各拠点で個々にピアノ鍵盤をマスターキーボードにしていることに気がついた.TOM:MOTIF XF8NORI:S90ESStusdioT'sLAB:KX8いつの間にかすごいことになっていた(苦笑)よく考えてみると私たちは幼少期からアップライトピアノに触れていた.たどり着いた先にピアノがあることは特別ではないのかもしれない.たまに質問される.「MIDIの打ち込みはどうするの?」って私はドラム,ベース,ギター,ストリングスそしてシーケンスパターンに至るまで全部ピアノ鍵盤で打ち込むので問題ない.まーT'sLABのステージでもお馴染な感じだがSynthLeadのソロもピアノ鍵盤1台でやるしねーということで今日もピアノ鍵盤で打ち込みしているわけだがこうやって電子楽器に向き合っていると震災前の部屋が懐かしく思う.理由はアップライトピアノの存在.震災で倒壊しそうな部屋にアップライトピアノが置いてあり手放す以外の方法がなく急遽売りに出したわけだ.燃料不足が騒がれていたせいで査定に至らなかった.(車を出すことが命取りとまで言えるレベルだったため)クレーン必須の場所なので費用と売値でペイされてしまい実質タダで引き取ってもらったわけだ.馬鹿だと言われてしまうかもしれないが部屋が倒壊するよりマシということでなくなく手放した.25年あまり家で最も活躍した練習用ピアノだった.湿気の多い部屋でもあり,チューニングは1年と持たず非常に過酷な条件でよく頑張ってくれた.最後の頃は鍵盤も相当軽くなっていた記憶がある.ただ,弾き心地はやはり電子楽器のそれとはまったく違くまさに"弾いている"というダイレクト感があるし.アンプラグドで音が鳴るという意味ではどんな電子楽器にもまねができないクイックさがある.思い立ったら鍵盤に向かって音を鳴らしているあの頃が懐かしい.今,第二の人生を歩んでいることを刹那に願う.ピアノを弾き始めてからかれこれ20年を超えてしまったわけだがここ8年近く決して技術が巧みになることなく過ごしてしまった.初めて個人レッスンに通った頃,ピアノが大嫌いだった.私は譜面も読めないし演奏もうまくはなかった.ただ,ひたすら「やめるか?」という親の文句に『やめない』と言い張っただけ・・・そのまま小学校4年まで続いたんだから頑固な性格は折り紙つきと言えそうだ.譜面も読めずになぜレッスンができたかというとそのからくりは簡単なものだった.私の教わってた先生は必ずこれから演奏する曲を一度演奏してくれるのだ指の練習に使うハノンですら必ず一回見本を目の前で演奏してくれる.長編の曲はテープに録音してくれたこれが私を支えてくれたのだ.そう,耳で聞いて目で見て覚えて練習していたのだ.音符の位置はわかったので後は自宅でひたすら耳で覚えたその曲を再現していく.譜面は記憶を呼び戻すためのスイッチの役割だった.恐ろしいことに私は気が付いたらいつの間にか意識もせずにデフォルトでそれをこなしていた.今でも続く耳コピー技術(最近は退化する一方だが)はここから確立していた.結局,電子オルガンを並行で習うようになっても譜面が徐々に読めるようになっていたが耳コピが圧倒的に早かったせいでこの癖は直らなかった.また,練習も大嫌いである程度,再現できるようになるとサボり始める.ただ,家は兄がレッスンを先にはじめていたため昔からアップライトピアノがあった.夕方には家にいる母親がピアノの音を聞いて『今日も練習しているな』って思っていたため音を出さないわけにはいかなかった.そこで編み出した技が右手で曲を弾きながら左手で漫画を持ち漫画を見るという技術もちろん,曲になってないと耳障りに感じる性分になっていたため曲は弾くのだ.ただ,漫画を読んでないと退屈になるから漫画はしっかり読むのだ.私はマルチタスクだったのだろうか?おかげでブラインドで演奏できるようになったし後に自分の音を聞きながら周りの音を聞く余裕を作れるようになったわけだ.悪知恵の働くガキだったことは間違いないわけだが我ながらすごいと思う.色んな意味で・・・と,まぁこんなのが続いても周りが授けてくれた苦難(?)や協力(???)が見方をしてくれて音楽を続けていられた.負けず嫌いな性分だったから当時,グループレッスンで一緒だった子が小学校の同じクラスだったのは幾分辛かった.いい加減なレッスンを続けていたから全くレベルが追いつかなかったしクラスでもその子はズバ抜けて上手いのに私はペーパーテストもびみょーな点数で・・・ライバル意識なんて持つ気になれなかった少しでもそれが芽生えていればあの頃から技術力を磨く努力もしたのだろうけどそれをひっくるめて自分なんだと思う.結局,そんな幼少期を送っていたせいで音楽家なんてのはもちろんのことながら自分が音楽に目覚めるなんて思ってもなかった.その証拠に,小4くらいまでは将来のことについて音楽については一切触れていなかった.転機が訪れたのは小5の頃当時グループレッスンから電子オルガンの個人レッスンに変わって引き続いた先生がグループで出る県大会の選抜演奏チームに私が呼ばれたのだ.兄貴が出ることが決まっていて家の親が後押しをしたのだろうと思う(詳細は知らない)それまで,年一度の発表会に出ていたが300人キャパの小ホールでの演奏が最大級だった.もちろん,演奏なんて下手だし,人前に出るのは何よりも苦手だった私は発表会は好きじゃなかった.そんな私にとって県大会は想像をはるかに超えていた.練習の時は何も考えられなかったんじゃないかと思う.想像すれば足が竦んで何も手に付かなかっただろうし数週間後,いざ大会会場に出た時は驚いた・・・お客さんの数やホールのキャパがデカ過ぎで恐怖を通り越しよくわからなかった.言ってしまえばTVの前で好きな女優さんに「好きだー」って言うくらい離れた世界に思えた(ん?そんなこと言ったことないけど,ていうか今までに女優さんで好きな人いたっけなぁ;)いやーまいったまいった緊張はするんだけどねなんかすがすがしい感じ終わった後,拍手されても実感なし自分に向けられているなんて思えないしでも,決定打は最後の表彰だった.初舞台で審査員特別賞をもらった時初めて「あ,人前で弾いていたんだ」ってこれで火がついたわけだ.「人前で演奏すると爽快だ」と感じた結局,これがきっかけでステージに目覚め現在に至る(間は端折る!)今ではステージに立ってる時最初にステージに立った時とは違いお客さんをよく見るようになったけど当時から変わらず思うことがひとつある.「ここが自分のプラットフォームだ」と・・・最近は年々時間が限られてきているせいで準備不十分のままステージに立つことが多いことで非常にストレスになりここ1年あまりステージそのものを楽しんだことはない.常にお客さんに申し訳ない気持ちでいっぱいだ.今年はT'sLABで復帰したいと思う.また初心に帰って「プラットフォームだ」と言えるように・・・
January 22, 2013
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