VAMPIREEYE108 「記憶の楼」
魔力の鎖が砕け散りゆっくりと床下の扉が開かれる。光を吸い込むような漆黒の空間が三姉妹に緊張を走らせる。
「何も見えない」「新月の夜でも見えるのに」「どうなってるの!?」
漆黒の空間に髪で作った針を落とす霄。
「おかしな感じだ。落としたはずの髪が地面についてない」
「なんでなんで?」
手を伸ばす霞、漆黒の空間に触れた瞬間姿を消す。
「霞!!」「霞!?」「霞お嬢様!?」
飛び込む霄と吹雪。数秒間の浮遊感のあとゆっくりと石畳の敷かれた地面に着地した。
「あ、お姉ちゃんたちやっと来た!」
「ん?」「やっと?」
霞が消えてすぐに飛び込んだはずの二人は違和感を覚える。
「ここは……お墓かな?」
霞に言われて二人は周囲を見渡す。小さな石柱が目の前の壇上に並べられている。
「墓は市内の別の場所にあるがここは一体……石柱に刻まれているのは名前だな」
「沢山ある……」
『穢れた体でここに来るとは礼儀知らずの一族の子だな』
声がした。石柱の一つが青く光を放っている。石柱に刻まれて名前は静燕。
「誰?」
吹雪は身構える。霄と霞には声が聞こえている様子はない。
『己(おの)は白峰静燕(せいえん)。名乗れ娘』
「白峰……吹雪」
「吹雪どうした!?……誰だ!!」「お姉ちゃんたち何?……え?誰か呼んでる!!」
三姉妹はそれぞれ棒立ちとなりそれぞれ別の石柱から語りかけられる。
『吹雪……ここがどのような場所か知っているのか?』
「知らない」
『ならば思いがけずここに来たという事か。まぁよい、すぐに帰したのではつまらん』
「ここはどういう場所です?」
『記憶の楼。白峰の者たちが死後一族の為に己の記憶を石柱に刻みつける場所。今お前と話している己はただの記憶の残滓、影法師のようなもの』
「静燕……さま、何故貴女がわたしに?」
『知らん、お前が己を引き寄せたのだ。お前の心の奥底で求める何かが己を呼んだ』
「わたしが……」
『細かい事はよい、時間がもったいない。己と接触できる時間はお前自身の魔力量による。己ができる事と言えば剣のみ、場所を移すぞ』
吹雪の意識が体を離れ静燕と共に飛翔する。暗闇を突き進むと海に囲まれた小島に着いた。目の前には長い太刀を携えた袴の女性。吹雪は少し自分に似ていると思った。
「あの……」
『話はもうよい、構えろ』
吹雪はいつもの戦闘服に愛刀を持っていることに気が付いた。
『さぁ吹雪、全力でかかってこい。案ずるなここでは死なん』
スラリと長い太刀を抜く静燕、白刃が輝く。刀身を後ろに脇構えに。
「……」
愛刀を抜く吹雪。右八相に構える。
「ハッ!」
砂浜を抉るような爆発的な踏み込みで間合いを詰める吹雪。静燕の腕を狙って振り下ろす。次の瞬間、吹雪の愛刀は弾かれ胸元と右大腿から鮮血が噴出した。
「え……」
倒れる吹雪。すぐに瞬間移動で元の位置に戻される。傷は塞がっている。
『甘すぎるぞ吹雪。速いが見切るのは簡単すぎる』
「それなら……」
平正眼に構える吹雪。今度はゆっくりと間合いを詰めていく。吹雪は刀身を氷で覆って長くしようと試みたが能力は発動せず出来なかった。
『おっと、ここは剣でしか戦えないぞ』
「……そうですか」
『不満か?お前が求めたのは此れであろう?自分自身で制約をつけているはずだ』
「わたしは……わたしにしかできない戦い方で大切な人を守りたい、そう考えてる」
『違うな、剣の腕が未熟だから妥協で他の道を選んだ。そしてお前はそれを悔いている』
「そんな……うっ……」
下から襲い掛かる静燕の斬撃は突如消え吹雪の左肩を上から切り裂いた。
倒れる吹雪、元の位置に瞬間移動する。
『時間を無駄にするな吹雪。己と対峙できる時間は長くない。貪欲に夢中にこの状況から得ようとしろ。あの男のように』
「あの男?」
『己に一太刀でも入れればその問いに答えてやる』
***
―霄は竹林に立っていた。
目の前には十二単の女性。目は閉じられ大きな扇子で顔の半分を隠している。
「貴女は誰ですか?」
『妾は輝夜』
「かぐや……?」
『一族の祖である』
「まさか初代様!?」
『これまで妾を呼んだ者はそなたを含め三人。紅葉、華月、霄』
「貴女は本当に初代様……?」
『ふふふ……お前は素直だな。紅葉、華月は問答無用で仕掛けてきたというのに』
「ここはどのような場所ですか?」
『記憶の楼。妾が一族の為に記憶を残したのが始まり。何故か子々孫々続けておるが』
「紅葉様というのは確か……二代目」
『うむ、実際【白峰】の姓を得たのは紅葉の代からだ。あの娘が白峰の家を築いたと言っても良い』
「初代様、先ほど私が貴女様を呼んだと言われましたがそれはどうして?そもそもこの記憶の楼を知らなかったわけですが」
『運命というものだろうな。紅葉も華月も妾を呼んだ時、追い詰められておった。自身のあり方に思う所があるのだろう?紅葉も華月もそうだった』
「運命……?私が追い詰められているとおっしゃるのですか?」
『そなたの目には余裕がない。紅葉のように迷いでもなく華月のように闘争心という訳でもない。紅葉は器用であったが精神的に不安定でな、華月は強さを求めておった』
「私は……白峰にふさわしい力を持てる自信がない。でも妹たちに重責を背負わせたくないのです」
『……そういうことか。そなたは考えすぎだ白峰が何だというのだ、そなたは自分らしくあれ。歴代の者や周囲の事など気にするな時代がそなたを選んだのなら自分らしくあり続けるのだ。それこそが求められるもの』
「でも……そんな簡単には」
『ごくまれに他の歴代の記憶の楼の者とも対話をするが、皆白峰の名を重く考えすぎだ今の時代の事も歴代の者からある程度は聞いている。誰かの真似事などする必要は無い、もし自分の生き方を通しそれで白峰が終わるのならそれも仕方が無い事なのだ』
「初代様はそれでいいと?」
『良い、そもそも妾が暗い世の中を照らす役割を引き受けたのは偶々そういう力があったから、それだけだ。霄、覚えておいて欲しいのは、白峰は白峰だけにあらず。だ』
「え?」
『かぐや姫の物語知っているのであろう?』
「はい、一応は」
『結局は周囲の者が決める事、なのだ。妾は病から人々を救い邪なる者を退けた。この世界に生を受け大事にしてもらった恩を返したにすぎないが、それがきっかけで様々な諍いを生むことになった。妾はそんな事は望んでいなかったのにだ』
「でも、私は周囲の期待に応えなければ……」
『応えようとすることは悪い事ではない、だが自分を偽る必要などない』
「……」
霄は華月の事を考えていた。自分を貫き歴代最強とまで言われた華月は支持していたはずの者らの罠にかかり更に実の娘の手によって滅ぼされたことを。
『何を考えている?聞かせて見よ』
「初代様、実は……」
霄は華月の事、雪名の事を輝夜に話した。
『そういう事であったか。ならばそなたはそなた道を行く為に模索するが良い。そしてみつけたのならそれを貫け。歴代の一族は皆そうしてきた』
「皆そうしてきたのですか……」
『ホッホッホ、妾も一族の者も多くを救ってきたが自分が望まない状況に振り回されてきた。そういう存在なのだ妾たちは』
輝夜は扇を動かす。二人の周囲の空間に窓が開き白峰一族の姿が映し出された。
『断片的ではあるが一族の生き様を見ていくが良い』
「はい」
***
―霞は船に居た。砲を積んだガレオン船を思わせる構造をしている。霞の目の前には霄に似た海賊帽子の少女、須原に似た大柄な男、吉良に似たスマートな男が見える。
「ここはどこ?あなたたちは誰?」
「え?嘘!?わたしの記憶の楼に来る一族とか珍しい!!」
海賊帽子の少女は驚いて声を上げる。大柄な男とスマートな男も振り返る。
「白峰霞といいます!あなたたちは?」
お辞儀をして大きな声でハッキリと挨拶する霞。
「わたしは船長の白峰杏月(あづき)、デッカイのは須原凱、シュッとしてるのは吉良斬蔵……なんだけど、二人はわたしの記憶から作り出した存在でね。君とは会話できないの」
「そーなんだ……それでここはどこ?」
「わたしの記憶の楼の領域。死んだあとの魂がここにいるわけじゃないんだけど……生前のわたしが記憶を記録しておいた存在的なものかな。君の体の中にも流れてる血の記録にわたしのものも含まれててね、それが反応してこうして会話出来てるんだ……多分」
「杏月さんはご先祖様でいいのかな?」
「そうだよ、霞。それにしてもわたしみたいな一族の異端者に会いに来るとはね」
杏月はマスケット銃を弄びながら言った。
「異端者ってどういうこと?なんで海賊っぽい恰好なの?」
「国を飛び出し白峰家と離れて海賊をしてたんだよわたしは」
「ええ~っ!何でそんな事に?」
「よく聞いてくれた!」
杏月はコートを翻して飛び上がり木箱の上に立った。
「このわたし杏月には双子の姉が居た。名前は桃月(とうげつ)わたしと姉は杏、桃と呼び合って子供の頃は仲良くしてたんだよ。当時の白峰家は海外の技術や学問を学ぶことに力を注いでいてね、たびたび長崎にまで行ったりしてたんだ」
「ほうほう」
「貿易の船が度々正体不明の海賊に襲われるってことで長崎奉行からの命令で船に乗ることになってね、優秀で聡明な桃が同行する事になった。忌み嫌われる白峰家の双子、桃は皆の期待を受け次期当主は間違いないとされてたんだ。一方わたしは分家に引き取られることがほぼ決まっていて、桃の影武者として存在してた」
杏月は木箱に座り足をぶらぶらさせながら霞を見ている。
「……桃は帰って来なかった。船も行方不明、何の成果も無いということは許されない状況だった。長崎奉行に知られる前に繋がりのあった地下役人に頼んで密かにわたし、須原、吉良で出航した。術を施した船で数日後に問題の海域にたどり着いた。そこで見たものは……浮島だった。その浮島は高速で航行し潜って進み視界だけでなく音で周囲の状況を把握するものだった」
「それって……潜水艦!?その時代に!?」
「そう、潜水艦。あの時代そんな船あるわけないしね、只々驚いたよ。そしてその浮島潜水艦に桃は居た。妙な連中とね」
「妙な連中?」
「人魚って奴。マーマンとか海の賢者とか何とか。戻りたくないって言う桃を何とか説得しなきゃいけなくて、わたしが桃として長崎に戻ることにしたんだ。影武者杏月は行方不明になっても問題ないからね」
「マーマン……って!水元来海ちゃんの先祖!?」
「そう、白峰家にマーマンが入り込んだのはコレがきっかけ。向こうの使者の一人が私と一緒に白峰家に戻った。まぁ父上母上には当然わたし杏月と見破られるわけで、事情を話して当主の座を譲る時まではわたしが桃として過ごす事を許してくれたんだ。んで、数年後。桃が当主になる時が来てわたしが交代でマーマンの船に乗ることになった。その後世界中の海を渡り歩いて幽霊船と戦ったり深海の邪悪な一族と戦ったり、海賊と戦ったりね。数十年くらい経ってコッソリ白峰家の様子見に行ったんだけど、父上母上は既に亡くなって、桃もすっかり弱って桃の娘が家の中心となってたんだ。桃の最後の頼みでわたしが当主になったけど桃は三日後に亡くなり、四十九日が終わって桃の娘に当主を譲ってまたマーマンの所に戻っちゃったんだ」
「ええ~……」
「白峰の家は居心地悪かったんだよ……マーマンらと一緒に船に乗ってる方が楽しかった。たった 52 日間だけの当主、それがわたし」
「確かに異端者ですね……杏月さん。その後桃月さんの娘さんは?」
「静燕という名前でね。剣術家として生きたんだと。桃とは似ても似つかない野蛮で攻撃的な子で 52 日間だけ一緒に過ごしたけどあのままじゃわたし斬られてたかもね……」
「ええええ~……」
「わたしはその後、結構長い間海で過ごして最後は海賊との戦いで命を落としたんだ。当主の力を受け継いでないから白峰の血の力もその頃には大分失って殆ど人間と変わらなかったし普通に撃たれて死んじゃった訳。でも悔いはなかったよ」
「だと思います!杏月さんの表情見てれば分かります!!」
霞は杏月の話を聞いて不思議に思う事があった。
「あれ?杏月さん 52 日間しか白峰当主じゃなかったのに記憶の楼にそれ以降の事記録されてるのおかしくないですか?」
「それなんだけどね……よく分かんない。霞が当主になったら死ぬまでの記憶がここに残る可能性はあるね。時間とかそういう概念ここにはないから」
「えええ~なんかこわいここ……」
「初代様が作ったらしいよ。何か難しいこと一杯言ってたけどわたしに理解できる内容じゃないし忘れた、あはは……」
「あはは……」
二人は向かい合って笑う。
「ねぇ杏月さん、また会えるかな?」
「どーだろ?一日でも霞が当主したらここで会えるんじゃない? 52 日のわたしがここにいるんだし」
「おお!成程!!あたし思ったんですけど、双子や姉妹が白峰家に居ても気軽に当主交代したらいいんじゃないかなーって思うんです。 4 年に一度とか交代で。何かあった時お互い支えあえるし」
「うっわ!霞ちゃんスゴイ事言うね!!わたしの時代じゃ絶対許されないよ、そんな事口に出す事さえ無理無理……でも今の時代ならありなのかなー?」
「もっと自由でいいと思うんです。華月さんもお母さんももっと自由にできたらもっと楽しそうに生きれるのにって。あたしはお姉ちゃんたちにも楽しく生きて欲しいしあたし自身も楽しく生きたい!白峰家も守りたい!!」
「あ~……なるほどね、霞ちゃんがわたしの所に来た訳だ。君も歴代白峰一族からしたら異端者だよ。わたし以上の存在になるかも?好きにやっちゃえ!!」
「えへへ……色々頑張ってみます。杏月さん、また会えるといいですねー!桃月さん、静燕さんとも会って話したいです」
「わたしも楽しみにしてるよーここは時間概念ないから待ってて退屈なんかしないし」
続く
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