ラビット・アンダーグラウンド 1 話
オータムホースシティの第 1 区にある紅星女学院大学(べにぼしじょがくいんだいがく)。
ここに通う一人の女性『藺藤なゆか』は不運が重なり所持金をすべて失ってしまった。
「なぁんでこうなるの~」
住んでいるのは第三区のマンション。突如カラスが窓から飛び込み料理中だったなゆかの鍋をひっくり返しお掃除ロボットを壊し、暴走したお掃除ロボットがパソコンにぶつかりマウスを落とし、海外旅行のサイトを開いていた為一番高額なチケットをクリック。鍋がひっくり返った事に気が付いたトイレから出てきたなゆかは滑って転びデスクに衝突。網膜認証をクリアしてしまい旅券の支払いを確定。カラスはなゆかの新調したばかりの眼鏡を奪い逃走。総額 120 万円を失った。
「くっくぅぅ……お、お金が……これプレミアムチケットだしキャンセルしてもキャンセル料とられるじゃん……しかも払い戻しは月末……くっぅ」
予備の眼鏡をかけるなゆか。太い黒縁で好きじゃないがこれは始めて買ったフレームなので部屋で使うように置いていたもの。
「カラスがガラスを割ったから管理人さん言わなきゃ……お掃除ロボットはメーカーに修理出さないといけないけどお金が……」
鍋とガラスを片付け、お掃除ロボットを箱にしまい管理人に連絡したなゆかは椅子に腰を下ろす。
「オータムホースシティに来てまだ 1 週間なのにぃ~」
両親に相談しようかと一瞬考えたが学費に家賃を払ってもらってるのでこれ以上は負担をかけたくなかった。
「冷蔵庫にまだ食料はあるしお米もまだまだ残ってる。眼鏡は……これで我慢するとしても……月末まで現金 0 円はヤバすぎる……何かあったら詰んじゃうよ」
大学の他に出かける用事を作らなければ大丈夫と考えたが生活必需品を買い足さなければいけない事に気が付くなゆか。携帯のポイントは残ってはいるが使える物は限られている上に現金にする事は出来ない。
「えぇ~……これって詰み !? おうちにお金貸してもらうしかないか……いやでもバイトって手が……あるかも」
携帯でアルバイトを探し始めるなゆか。
「くぅ……稼げそうなのは第二区ばっかり……繁華街怖い」
今月中に全ての貯金を取り戻す気は無くても何かあった時に安心できる程度の金は稼ぎたかった。
「え~……接客業かなぁ高くて出来そうなの。第二地区だけどこの店評判もいいし 19 時までならお酒もでないカフェだしここにしよっかな~?」
【 LavaGarden 】
「スタッフも女性のみ? っぽいし提供してるお料理も美味しそう!定休日は無いから……授業の無い日にシフト入れそう」
LavaGarden の店の雰囲気は落ち着いて上品で高級ホテルのような絨毯が敷かれており柔らかい照明とダークな色調の壁に真っ白なテーブルクロス。まるで「ファンタジー映画のお城のよう」だとなゆかは思った。
スタッフの制服は白いシャツに黒のスカートとスラックス、胸に深紅のワンポイントが刺繍されている。
「地元のカフェでバイトした経験もあるし大丈夫だよね」
早速プロフィールを打ち込んで面接の応募を携帯から申し込む。
3 分後返信が来た。
「えっと……早速今日の 18 : 00 に面接ね。え~服装どうしよう店の雰囲気が大人だしやっぱりスーツかな? でもリクルートスーツしか持ってない……いいよね、きっと」
面接まで数時間、なゆかはクローゼットからリクルートスーツを取り出してシミなど無いかチェックする。
「よしよし、大丈夫! 次は……シャワー浴びてメイクして……」
入念な準備をして LavaGarden に向かうなゆか。到着予定は 15 分前、一度店の前を通って確認して 5 分前まで近くのコンビニのイートインスペースで時間を潰す予定。
定期が使えるのでマンション前からバスに乗り込む。時間的にまだそれほど混んでいないなゆかは降りやすいように降車口付近の席に座った。
「う……緊張してきた。第二区怖そうだな~」
日が傾き始め第二地区のギラギラするネオンが見えてくる。橋を渡り第二区に入るとガラっと雰囲気が代わった。閑静な住宅街の第三区とは違う。いつもは第一区の大学まで何となく窓から見ていた街並みが酷く恐ろしく感じた。
第二区のバス停で降りるなゆか。
「(キョロキョロしないようにしなきゃ。慣れてないよそ者だってバレたら怖い人が寄ってきちゃう)」
なゆかは LavaGarden の場所を完璧に把握していた。行ったことは無くても地図を覚え何度もシミュレートしていた。
「(この通りを進んで次の交差点を右、二つ目の辻を左、そしたら右手に LavaGarden が見えてくる。通り過ぎた先にあるコンビニに入ってポイントで一番安いミルクティーを買ってイートインスペースで時間待ち。これで完璧!)」
交差点で信号待ちのなゆか。携帯を触らずに真っすぐ渡る先の歩行者信号を見つめている。
「ん?」
周囲の人が同じ方向に視線を向けて騒めいている事に気が付く。なゆかも追うとその視線の先には走行しているトラックの上で暴れている二人の姿が見えた。
「あ! 突っ込む!」
向かい側のガードレールに衝突するトラック。投げ出された二人、一人は紅白の全身スーツに狐面の女性、もう一人はサイバーゴーグルをつけた灰色のプロテクターをつけた男。二人は見事に空中で姿勢制御を行い着地する。まるで映画のワンシーンのようだった。
「すご……」
周囲の人々は一斉に携帯を構えて動画や写真を撮っている。信号が青に変わるとなゆかは群衆に押されて転倒、眼鏡を落とし踏み割られてしまう。
「いったぁ……えぇー! 眼鏡がー! そんなのってないよ……噓でしょ」
割れた眼鏡を拾うなゆか。群集は衝突したトラックの周囲に集まり狐面とサイバーゴーグルがお互い隙を伺っている様子に携帯を構えている。
「うわぁ……ストッキング破れたじゃん……コンビニで買わなきゃ。携帯に残ってるポイントでいけるはず」
狐面とサイバーゴーグルは気になったがなゆかは無視して通り過ぎる事にした。事故で道路が塞がった為路地を通る事にする。
「う、暗い!でもここを通り抜けたら……」
なゆかの上を何かが通り過ぎた。両足から火を噴いて飛ぶ狐面だった。
「あ、さっきの!」
「待てい暮葉一族! こっちを見ろ!」
後ろから声がした。振り返る前に羽交い絞めされるなゆか。ゴツゴツとした腕、灰色のプロテクターから狐面と対峙していたサイバーゴーグルだとなゆかは気付いた。
「むっ! 何のつもりでござるか!」
狐面から少女の声がした。なゆかはじぶんと同じか年下だと思った。
「降りて来い暮葉一族……さもなくば何の関係もない一般人の女が死ぬことになるぞ?」
「えっ !? 」
思わず大きな声を上げてしまったなゆか。
「卑怯でござるよ!」
「忍が何を言ってる!だがお前は甘い女だ見逃すことは出来まい!」
「くっ……」
「女ぁ……かわいそうだがここで死んでもらうぞ!」
「は !? 」
ナイフを振り上げるサイバーゴーグル男、狐面はそれを見逃さずガントレットから発射する手裏剣を打ち込んでナイフを叩き落した。
「しゃがんで!」「―― !! 」
狐面の言葉に瞬時に反応してしゃがみこむ。するとブースターで加速した狐面がサイバーゴーグル男を蹴り飛ばした。
「すまんかったでござるな、巻き込んで」
狐面は手をとってなゆかを立ち上がらせる。次にワイヤーを取り出して気絶して倒れているサイバーゴーグル男を拘束してゴミ箱に突っ込んだ。
「さぁはやく行かないと警察が来るでござるよ!」
LavaGarden とは反対方向に手を引く狐面。
「え、え、でも私これから面接があって! その前にストッキングも買いたいの!」
なゆかのじっと見つめる目、声を聞いて狐面は心拍数が上がるのを感じた。
「むむ……じゃあコンビニまで行くでござるよ」
なゆかをかかえてブースタージャンプする狐面。あっという間に LavaGarden 近くのコンビまでたどり着いた。
「じゃあ拙者はこれで」
「ありがとうね、きつねさん」
「きつねさん !? 」
「だって名前知らないし。あ、わたしはなゆか。藺藤なゆか!」
「な、名乗るほどのものじゃないでござるよ。もう二度と会う事もないだろうし……それでは御免!」
ブースタージャンプでビルの上に消えていく狐面。周囲にはパトカーの音が聞こえはじめる。
「あ、携帯が鳴ってる」
画面表示には【大澤垓(おおさわがい)】なゆかの地元の幼馴染みで年上の男。今はこのオータムホースシティで刑事になっている。
『なゆかぁ! 今どこにいる?』
「え、コンビニだよ」
『そうか……第二区の方で事故があったと聞いてな! 第二区なんておまえには縁のない所だがバスで移動中に巻き込まれてないか心配でよ』
「全然大丈夫だよ、私は平気」
『そうか……何かあったらすぐ俺に言えよ! この街は変なのが多いからな!』
「うん、何かあったら相談するね」
通話が切れる。なゆかは小さくため息をつく。
「(はぁ~……心配性なんだから。子供の時は頼りになる近所のお兄さんだと思ってたけど……)」
なゆかは垓と地元では農家同士だった。幼い頃は一緒に虫取りや川遊び、畑の手伝い等をしていた。
なゆかが中学生に入った頃から垓は過保護に接するようになりまるで理想の女性像を押し付けるかのようにあれこれ口うるさくなっていった。
「う~ん……」
なゆかは小学生の卒業式を思い出す。式の終盤、最後の卒業生合唱、なゆかはソロパートを歌った。練習の時、音楽教師に『ソロパートを歌ってくれないか』と言われ承諾した。
元々歌う事が好きだったので喜んだ。クラスメイトからも同級生からもなゆかの歌は好評だった。そして迎えた卒業式。
「―――」
合唱が終わった後拍手喝采。卒業生は歓声の中気持ちよく退場できた。
問題はその後に起きた。
なゆかの歌に感動した教師や保護者、在校生が取り囲みなゆかをもみくちゃした。
「(歌に感動しただけでこんなになる?)」
なゆかの卒業式を見ていた垓は腕っぷしが強かったので群がる群集を引きはがして校門の外に連れ出した。バイクの後ろになゆかをのせて家まで送り届けた。
あまりの出来事に打ちひしがれてベッドで横になっていると祖母がノックしてきた。
「なゆか、ちょっといいかい」
「うん」
「垓君に何があったか聞いたよ。ついになゆかにも発現してしまったようだね」
「え?」
「これから話すことは誰にも言っちゃあいけないよ?」
「……わかったおばあちゃん」
なゆかの祖母は突拍子も無い事を言い始めた。それは自分がサキュバスと人間の間に生まれたサキュバスハーフだと力を制御するのが大変で色んなトラブルを経験したと話した。
息子(なゆかの父)には何も影響がなかったがなゆかにサキュバスの力が宿ってしまったと言った。
「ど、ど、どうしたらいいのおばあちゃん!」
「清く正しく自分を律すれば大丈夫。欲を発散しようとするとサキュバスの力も発現するからね。この力も使い所があるのかもしれないけど……それは好きな男をおとしたい時にだけにしなさいね。制御するおまじないを自分で決めれば抑えやすくなるよ。あたしの場合はアイシャドウを塗った時だけ力を使えるようにって暗示を自分にかけた」
「お化粧……でも私はまだ次中学生だし……」
「じゃあ眼鏡はどうだい?ほら、息子の真似をして買った度の入ってない眼鏡あったろう?」
「あ、あ、あれはおもちゃのだし恥ずかしいなぁ……でも眼鏡かけてる間は大丈夫って思えばいいのかな?」
「そうよ、あの黒縁眼鏡かけて清楚に振舞えば絶対大丈夫」
「え~? 清楚~?」
「なゆかはかわいいし声もきれいだし上品な所作を身につければ絶対清楚なお嬢さんになるよ」
「清楚か~」
そんな事思ったことはなかった。なゆかは自分的にはわんぱくで全然女らしくないスポーツレディだと考えていた。実際バスケットボールクラブに所属しキャプテンまで勤めていた中学に入っても絶対バスケ部に入ると決めていた。
____
「(ふぅ~……なんか思い出しちゃったな)」
コンビニでストッキングを買いトイレで着替えミルクティーを持ってイートインの席に着く。なゆかはぼんやりしていた。
―――中学生に上がったなゆかはバスケ部に入った。
祖母の教えを守り普段は出来るだけ上品に振舞った、最初は大変だったが徐々に身に付きそれが普通となっていった。体育の時間、音楽の時間、バスケ部の時間は元々の自分を解放するようで心地よかった。
普段は顔を隠すような前髪と大きな黒縁眼鏡のせいで目立つことは無かったが体育、音楽、バスケ部の活躍で隠れファンが増えていった。なゆか自身は知る由もなかった。
ある日サッカー部のキャプテンの 3 年男子に呼び出され告白された。なゆかはことわったがプライド傷つけられたサッカー部キャプテンは下校時のなゆかを待ち伏せしてワゴン車に押し込んだ。
そこにはサッカー部のキャプテンの OB やあきらかに危険な反社のサイバネが乗っていた。押さえつけ注射を見せつける男達。絶体絶命のピンチ。
口を塞いでる指に噛みつくなゆか、暴れた拍子に眼鏡がずれる。注射を持った男を睨みつけて大きな声で叫んだ。
「近づかないで!」
注射男、サッカー部キャプテン、運転席のサイバネ男の体が硬直する。なゆかは注射男を蹴って退かせるとワゴン車を飛び出し泣きながら走って逃げた。
翌日。サッカー部キャプテンは学校に来なくなり、サイバネ男と注射男は警察に捕まったと聞いた。なゆかが走って逃げた後も男達は扉が開いたままのワゴン車で放心状態で巡回中の警官に見つかり逮捕の流れだった。
なゆかは 1 週間学校を休み、バスケ部を辞め音楽の授業では歌わなくなり体育も消極的になった。
垓がバイクで送り迎えをするようになり、雨の日は祖父が送ってくれた。
高校は隣街の女子高に入学した。
決して目立たないように、自分を解放しないように努めた。音楽の授業は選択しないで体育では周りに合わせ、部活は料理研究会に入った。
歌の欲求は一人カラオケで、運動はアミューズメント施設のスポーツコーナーで発散した。
通学は電動自転車で雨の日はバス。垓は毎日電話で近況を聞いてきた。
大きなトラブルも無く高校生活を終えたなゆか出会ったがフラストレーションは溜まっていた。地元を出てオータムホースシティの女子大学に入る事にした。新しい環境に身を置いて何か変わるかもしれないと。
女子大では週 2 回のダンス部に入った。ゆるい雰囲気でみんな性格が良く心地よかった。
「(でも……物足りないんだよねー)」
大学では教員免許を取ろうかと考えているなゆか。教師になれるか向いてるかは分からないがとりあえず目標が欲しかった。
「あ、そろそろ時間」
携帯のタイマーは 17 時 53 分。 LavaGarden での面接は 18 : 00 からである。
続く
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