ラビット・アンダーグラウンド 2 話
「すみませーん」
LavaGarden の分厚いドアを開けるなゆか。内側には防音素材が取り付けられており、夜はクラブに変わるというのがすぐに理解できた。
「(絨毯フカフカで高そう~照明も落ち着いてるし)」
LavaGarden に入った瞬間別世界だと感じた。
「お待たせしました。 1 名様ですか?」
受付カウンターのカーテンの奥から顔が小さくて目鼻立ちが整った背の高いスラックスの女性が現れた。
「いえあの……面接の約束をしている藺藤なゆかといいます」
「そうでしたか、お聞きしております。では先に ID の確認をさせていただきます、当店の決まりですのでご了承下さい」
なゆかは右手の甲に生体フィルムで張り付けてある ID チップを従業員の女性に見せる。従業員は携帯をかざして読み込む。
「確認できました、それではこちらにどうぞ」
受付カウンターの横の扉をあける従業員。中に入ると絨毯の敷いていない通路に出る。バックヤードだと解った。廊下の一番奥にエレベーターがある。
「こちらの部屋でおかけになってお待ちください」
エレベーターの手前の扉に通されるなゆか。中はオフィス用の机と椅子とモニターがあった。入口側の椅子に座るなゆか。
「お待たせしました」
現れたのは眼鏡をかけた黒髪でショートカットの中年女性だった。高そうなスーツに手にはタブレット端末を持っている。なゆかは立ち上がる。そういえば自分の眼鏡は割れてかけてないなとなゆかは思った。
「では早速面接を始めます」「お願いします」
二人とも席に着く。
「私は LavaGarden 昼営業カフェ担当の責任者・丹羽省羅(にわしょうら)といいます。藺藤なゆかさん。履歴書拝見致しました。昼営業のホール希望ということですが、週にどのくらい、何時から入れますか?」
「授業無い日なら開店時間から入れます。それ以外は 16 時からなら入れます」
「……なるほど。 LavaGarden がどのような店かご存じですか?」
「ええ、大体……実際来たのは初めてですけどサイトを見てすごく興味を持ってここで働いてみたいと思ったんです」
「 LavaGarden は誰でも働けるとお考えなら止めておいた方がよろしいですよ。この店にふさわしい従業員になっていただく必要がありますので研修は厳しく辛いと感じるかもしれません。それでも働いてみたいですか?」
「働きたいです!」
「お客として来店されたこともないのでしたね。ではこれからわたしと一緒に店で何か食べながら面接の続きをしましょう」
「はい!」
丹羽省羅の目は鋭くなゆかの一挙一動を観察しているように見えた。
「(これも全部面接なんだよね? うわ~絶対受かりたい~)」
「代金の心配は無用ですよ、気にせず楽しんでください」
「( LavaGarden の面接って毎回ご飯奢ってくれるのかな? いや、違うこれは面接が進んでると考えていいのかも? 見込みありそうって思われてる? 食事マナーとかこれから見られるのかも?)」
丹羽省羅となゆかは LavaGarden の 1 階の中央のテーブルに着く。
「好きなもの頼んで良いですよ」
「え、え~それでは……」
テーブルにある液晶パネルを見るなゆか。
「(食べやすそうで気になるのは……くぅ~カヌレ気になるけど食べにくいし……ミルフィーユ、サントノーレ、タルトタタン、ムースケーキ……マカロン!マカロンなら食べやすそうだし決めた!)
「私は本日のコーヒーを。貴女は?」
「では……マカロンとミルクティーでお願いします」
待つ間丹羽省羅はなゆかのアルバイト経験や得手不得手などを質問した。
「お待たせしました。本日のコーヒーがおひとつ。マカロンとミルクティーがおひとつ。以上でよろしいでしょうか?」
運んできたのはスカートの従業員。歩き方、注文した品の置き方、表情、その辺のカフェとは違うとなゆかは感じた。
「(え、凄い……店の人みんな綺麗だし仕草も優雅だし……)」
「どうぞ、藺藤なゆかさん」
「あ、はい、いただきます」
丹羽省羅はコーヒーを飲みながらなゆか観察し機を計りなゆかに質問をしていく。
「(マカロンめちゃくちゃおしゃれでかわいい!この銀のお皿も高そう! ミルクティーのカップとポットも絶対凄い品だよ)」
丹羽省羅に視られて緊張していたなゆかであったがマカロンを一口齧った瞬間気にならなくなった。
「(えー! 美味しすぎる! ミルクティーも凄くいい香り……!)」
なゆかが食べ終わるとここで本日の面接は終了と告げられた。合否は次の日に連絡すると言われた。
「(めちゃくちゃ美味しいもの食べて飲んでおしゃべりして終わったんだけど……受かってるといいなぁ)」
時刻は 18 : 50 。後 10 分で LavaGarden の夜営業が始まりクラブに変わる。
「( LavaGarden のクラブってどんなのかちょっと気になる…… 2 階も見て見たかったなぁ)」
店の外は既に薄暗かった。
「あ、そうだ何か丹羽さんに渡されたんだった」
丹羽省羅が面接終了時渡したのは 1 枚のカード。 LavaGarden の会員証である。登録すれば様々な特典を得られる。
「コンビニのイートインでゆっくり見よ」
・カフェ会員はポイントが貯まる。限定メニューの予約ができる。
・クラブ会員は L コインの購入ができる。ショーの配信を視聴できる( L コイン使用)
「う~ん……細かい規約はいっぱいあるけどざっくりと覚えておくのはこの二つかな。お酒はまだ飲めないけど 18 歳だから一応クラブ会員にはなれるんだよね……ここで働けなくても気になるしカフェもクラブも会員登録しちゃお、無料だし」
なゆかは LavaGarden の会員証は紹介でしか手に入らない事を知らなかった。丹羽省羅がなゆかに会員証を渡したのは既に気に入られている証だった。
バス停に向かうなゆか。周囲の人々の視線が自分に集まっているのを感じる。
「え……? なんか私おかしいかな?」
ビルのガラスに映る自分の姿を確認する。 1 周回って見るも変わった所はない。
「どこか破れてたりなんかついてたりしてんのかと思ったじゃん……」
バスの車内でも視線を感じた。
「(え~? なぁんで~? 絶対おかしいよ)」
マンションの自室に帰るなゆか。割れた窓を修繕したガムテープを見てどっと疲れが押し寄せてきた。リクルートスーツを脱いでベッドに倒れこむ。
なゆかが目を覚ましたのは翌日の正午だった。
「えええええええええっ! 寝すぎじゃん! 午前の授業終わってるじゃん!」
ベッドから出るなゆか。玄関のチャイムが鳴った。
「え、え、ちょっちょっと……」
モニターで確認すると作業服を着た女性が社員証を向けて立っている。
「モニターのスキャンを押して……と」
管理人が呼んだ修理業者だった。 ID の確認を終えオートロックを解除する。なゆかはあわてて洗面所に駆け込み顔を洗って歯を磨く。
「そうだった、管理人さんに頼んでたんだった! え、あ、じゃあ授業行ってたら修理また後日になってたって事 !? え~? 私そんなテンパってて予定入れてたんだ……」
修理業者の女性が上がってきた。作業は 30 分ほどで終了、なゆかは書類を確認してサインする。
「……今の業者さん会った事あったかな?」
初めて会った気がしなかった。
***
なゆかの部屋の窓修理を終えた女性は軽バンに戻り電話をかける。
「作業終わりましたよ」
『ご苦労様』
「ちょっと焦りましたよ。いや、自信はあったんですがバレないかドキドキ……」
『わたくしのスライムの変身能力と貴女の忍法合わされば余程の事がない限り大丈夫ですわ』
「だってあの子……」
『解ってますわ。フォックス、戻って来なさい』
***
大学で遅めの昼食(家から持ってきたおにぎり)を食べ終えた時に LavaGarden からメッセージが入った。採用通知だった。研修等の説明がある為連絡が欲しいとの事。
「やったぁ! 採用! 早速今日の夕方行こう」
「なになに? どうしたのなゆか?」「藺藤さん?」「採用って?」
ダンスクラブの友人が寄って来る。いつもにもまして距離が近くなゆかに過剰とも言えるくらい今日は触れていた。
「(なんか今日みんなすごいくっついてくる……なんで?)」
「絶対眼鏡しない方がいいよなゆかは」「ダンスの時もいつもしてるもんね」「きょうはなんでしてないの?」
と、鈴木真亜子、佐藤実衣、高橋夢生が言った。
「えっと……(うっかりしてた! 眼鏡割れたからかけてない!)バイト受かったんだ」
なゆかは顔をさわって眼鏡が無い事に今更気が付いた。
「そーなんだ!」「へぇ~どこ?」「何で急に?」
纏わりついてくる友人に簡単に部屋の状況を説明してバイトをする経緯を話した。
「災難だったね! でも LavaGarden って超高級店じゃん!」「すご……良く受かったね」「行ってみたーい!」
「う、うん今日授業の後研修なんだ~だから部活は今月は参加できないかも」
「事情が事情だし仕方ないね」「え~残念……」「お店の事話してね!」
後ろの鈴木真亜子はなゆかにもたれかかり腕を肩から前に回している。右の佐藤実衣はなゆかの腿に手を乗せ、左の高橋夢生はなゆかの手を握っている。
「(わ~絶対これサキュバスハーフの力漏れてるよ…… LavaGarden に受かってテンション上がっちゃったからだ眼鏡もつけてないし……女子大でこれだから共学なんて通ってたら……ヤバ……)」
午後の授業の後、帽子を目深にかぶり視線を下に誰とも顔を合わせないようにして自宅マンションに帰る。そのまま LavaGarden に向かおうとも思ったが着替えたかった。
「パーカーは……ちょっと LavaGarden に行くにはおかしいかな。通勤の時になるべく顔隠したいし……日傘は暗くなるとおかしいし……うぅ、残り僅かな携帯のチャージでコンビニの安いサングラス買うしかないのか……や、でも安いサングラス買うくらいなら」
なゆかはバキバキに割れた眼鏡を取り出し指で押してレンズを無理やり外す。
「紫外線カットは無くなるけどどうせ伊達メガネだったしこれでいっかな、いいよね」
太いフレームの大きな黒縁眼鏡。嫌いだけど今はこれにすがるしかない。眼鏡をかけることで『自分は清楚でおしとやかな女性』と自己暗示をかけ意識できる。そうすればサキュバスハーフの力も抑えられる。なゆかは肩部分がレースのダークネイビーカラーのワンピースに着替えて家を出る。
LavaGarden に到着すると受付のカウンターには丹羽省羅が待っていた。
「今日はオーナーと会っていただきます。それから研修です」
「あ、はい」
前回同様にバックヤードからエレベーターに乗る。今度は 4 階に。降りると目の前には監視カメラと物騒な武装タレットが見えた。
「(え! あんなの警察署とかでしか見た事ない)」
「さぁ、入りますよ」
丹羽省羅が手をかざすと扉は左右に開く。中は半円形のソファが置かれ大きな低いテーブルにホログラム装置がおかれ監視カメラの映像と思われるものが浮かんでいた。ソファに座って眺める深紅のドレスの女性とパーカーを羽織った小柄な女性が横に立っていた。
「省羅、ごくろうさま。藺藤なゆか、こちらに来なさい」
深紅のドレスの女性の顔はなゆかからはホログラムで隠れて見えない。
「はい(すごく良く通る声……)」
ソファに近づくと背中に悪寒が走った。深紅のドレスの横にいる小柄な女性の鋭い視線が刺さっているのだとなゆかは気が付いた。
「(え~? なんかすごく怒ってる? あの子……あんなにかわいらしいのにすっごい目力……)」
「ハート、大丈夫ですわ」
「承知致しました」
ハートと呼ばれた小柄な女性はなゆかから視線を外す。
「(ハートさんって子、声カワイイ……)」
「おかけになって、藺藤なゆか」
「し、失礼します」
深紅のドレスの女性の斜め向かいに座るなゆか。大きな目に長い睫毛、小さな顔。小柄にも関わらず存在が大きく見える。深紅のドレスが恐ろしく似合っているとなゆかは思った。
「わたくしはこの LavaGarden のオーナー、クリムゾン」
昊菜は本名の秋馬昊菜をここでは名乗らない。
「藺藤なゆかです。あの、採用してくださってありがとうございます」
「ええ、省羅からいい子が面接に来たって聞いたので貴女と省羅の面接を見させてもらいました。わたくしも貴女を気に入りましたの。それに縁もありましたので」
「縁ですか?」
「貴女のお住まいのマンション、あのオーナーもわたくしですのよ。紅星女学院大学の理事長とわたくしは知り合いですの」
「ええ~! そうなんですね」
「わたくしが惹かれたのは貴女の容姿、声、仕草、品性……それと特別性ですわ」
「特別性とは……」
「自分でもお気づきでしょう? 魔の力が備わっている。隠さなくても大丈夫ですわ、わたくしも人ではありませんもの」
昊菜は全身に取り付いている神名来夢( Super L ife Medical Equipment 通称 SliME )を顔部分だけ解除してルビー色の骸骨を露出させる。
「あぁっ!」
「流石に驚きましたね。これがわたくしの姿です。纏っているメカスライムで以前の姿を再現していますの」
「は、はぁ……」
あまりの出来事に動悸が激しくなるなゆか。昊菜は顔を戻す。
「この LavaGarden では人外の者は珍しくありませんの。オーナーのわたくしはもちろん、このお付きのカワイイメイドのハートも、従業員の何人かも人外です」
「それは凄いですね……」
「ふふ……今まで人外とは会う機会に恵まれなかったようですね。特に今の時代サイバネが居るおかげで目立たなくなってはいますので。それで、貴女はどのような人外ですの?」
「それは……」
なゆかは正直に話すべきか迷った。初対面の人間に話していいものか。しかしオーナーは自らさらけ出して見せた。嘘を言っても見抜かれる気がする。
「あの……サキュバスってご存じですか?」
「もちろん」
「私はサキュバスハーフの力を持ってまして……」
「聞かせてくださいな」
続く。
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